2008年4月10日 (木)

戦争の爪あと

0407  ジュバ事務所から事業地のラニャ郡に車で移動する途中、道路が通行止めになっていることが良くあります。これは、戦時中に道路脇に埋設された対人・対戦車地雷の除去作業を、国際NGOが行っているためです。ラニャ郡は、南下してくるスーダン軍とスーダン人民解放軍(SPLA)との間で激しい戦闘が行われた地域です。このため、終戦から3年が経過した今も、おびただしい数の放置された地雷や不発弾が、人々の生活を脅かしています。

 赴任したての頃は、こうした通行止めに出くわす度に「事業地でミーティングの時間が迫っているのに」と焦っていました。しかし、この地雷除去作業も、スーダンの復興に不可欠で非常に重要です。今では、通行止めが解除されるまで、ドライバーや他のスタッフとジュースを飲んで休憩しながら気長に待てるようになりました。

4月 10, 2008 政治、経済、治安 |

2007年9月27日 (木)

ジュバの経済、その2

 ジュバの物資は南に国境を接しているウガンダからの輸入品がほとんどである、という話を先週お伝えしました。このため、南から北に行くに従って、物資の値段が上がる傾向にあります。

 私たちの事業地のラニャはジュバの南に、そしてテレケカは北にありますので、ラニャ→ジュバ→テレケカの順で、物資の値段が上がっていくわけです。
たとえばコーラは、ラニャで2スーダンポンド(SP)、ジュバで3SP、テレケカで4SP、といった具合です。

 しかし、いくつか例外はあります。たとえば羊やヤギ。

 テレケカの人々は遊牧で生計を立てていることもあり、羊やヤギは豊富にあります。
このため、テレケカでは羊やヤギは60SPぐらいで買えますが、ジュバでは平均100SPで取引されています。

9月 27, 2007 政治、経済、治安 |

2007年9月20日 (木)

ジュバの経済

ジュバでは、最近、物価が高騰しています。

20070905_sudan_jpf_lainya_01  原因は道路。ジュバにあふれる物資の大半は、南に国境を接するウガンダからの輸入品です。雨季の今、大雨の影響で道路状況が悪くなると、トラックなどの大型車輌が、幹線道路を通行できなくなります。そのために、物資の供給が極端に減り、値段が跳ね上がるのです。

 JENの事業地であるラニャ郡は、この幹線道路沿いにあります。当然、この道路の状況の悪化により、事業地に行くのも一苦労です。

 写真のとおり、大型トラックが何十台と列を成し、2週間以上も足止め状態にあるというトラックのドライバーにも出会います。

 
行政主導で道路の整備が開始されているようですが、雨季の中での作業のため、難航しているようです。

 ジュバの経済安定のためにも、一刻も早い道路の復旧が望まれます。20070911_sudan_jpf_lainya_01_2 

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9月 20, 2007 政治、経済、治安 |

2007年4月19日 (木)

ジュバに到着

P1040234  ケニアのナイロビから飛行機で約1時間半。南スーダンのジュバに到着しました。標高が高いために比較的涼しいナイロビから一転、ジュバでは35度の熱風に出迎えられました。

 ジュバは南部スーダンの中心の都市ですが、スーダンは1956年の独立以来、1972年と1983年を除いては常に戦争状態にあったために、建物があまり多く見当たらず、物資も隣国のウガンダやケニアからの輸入品に頼っている状況です。2005年1月の停戦合意を受け、政府機関の建物の建設などが見られる中、国内避難民の人たちが居住する地区もまだ多く存在しています。

 それでも停戦合意以降、状況は良くなってきていると、地元の人たちは言います。まだ途切れてばかりではあるものの市内に電気が通り始め、市場には以前はなかった卵が売られ、道路もまだアスファルトは一本しかありませんが平坦にするための整備が進んでいます。P1040240

 南スーダンは戦後復興の道のりを歩み始めたばかりです。復興が一日でも早く進むよう、JENも微力ながら支援をしていきます。

4月 19, 2007 政治、経済、治安, 生活、習慣、風土 |