2014年12月 4日 (木)

私の村の文化

 

私は、JENの南スーダンプログラムで衛生促進を担当しているレミ・ピーター・ジョセフです。

 私は、中央エクアトリア州イェイタウンの西に位置するとても小さい村の出身です。その村は、この地域で一番高い山の名をとって、トコリと呼ばれています。
 

 村に住んでいる人たちは、”ポジュル・ティ・キリクワット/コウ・ナ・ルクデュ”と呼ばれ、”ポジュル・ティ・キリクワット”は、キルクワットに住むポジュル部族の意味で、”コウ・ナ・ルクドゥ”は、コミュニティの初酋長ルクドゥに属している人々のことを指しています。

 私の文化の中で最も特徴的なことは、死者を称える方法です。
 
 

 もし、子どもが亡くなると、家族は深い悲しみに暮れ、子どもの両親は服を脱ぎ、木の葉を身体に付けます。両親はその子どもが埋葬されるまで、食事を摂ったり身体を洗うことはしません。

 パートナーが亡くなると、残されたパートナーは身体を洗わず、髪も6ヵ月間切りません(これは「テラカ」と呼ばれる風習です)。その代わりに、灰を身体に塗り付けることだけをします。6ヵ月経過して初めて身体を洗い髪を切ることが、亡くなったパートナーを敬慕していることを意味します。

 遺族は、山羊や鶏を料理し、クウェテと呼ばれる地元で作られるお酒を大量に作り、後に残された家族の悲しみを分かち合うためにお葬式に来てくれる人たちに振舞います。

 このような文化は、私の村の特徴です。しかし、これは社会の発展とともに徐々に失われてきています。

【村人の調理の様子】
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薪と3つのかまどを用意し、村人が最も好きなキャッサバ粉とササゲを調理します。



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12月 4, 2014 事務所・スタッフ文化、生活、習慣 |

2014年10月 9日 (木)

ポジュル部族

 私はルジャン・ロバート・ステファン・ヤッタ・レミです。南スーダン人で、中央エクアトリア州ラニャ郡のポジュル部族の出身です。首都ジュバから西に70マイルのロカという小さな村で生まれました。私の部族、ポジュル部族についてお話しします。

【子どもを連れながら水が入ったバケツと薪の束を持った妊婦】
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 ポジュル部族は、南スーダンの赤道直下に位置する、白ナイル川の谷のサバンナ地帯に住んでいます。ナイル言語群の人たちで、カロ族に属します。カロ族には、バリ、ムンダリー、カクワ、クク、ニャンワラも含まれます。

 ポジュル部族は、ニョリ、モルサク、ゴダク、ロボラ、ムルサク、ピリサ、マラリ、マンカロや、さらに少数のいくつかの一族に分かれています。ポジュル部族の人口は95万人で、そのうち25万人が女性であると推定されています
ポジュル部族の大部分の人たちは、中央エクアトリア州ラニャ郡に住んでいます。ジュバ郡やイェイ郡にも住んでいます。

【南スーダンのポジュル部族の草ぶき屋根の家】
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【ロカ西部チーク人工林:私の故郷の最大のチーク人工林】
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 ポジュルという名前には、いくつか由来があります。

 バリ語を話す人たちは皆、発音、挨拶の言葉、付き合い方などで部族を識別できます。ポジュル部族の人たちは独特の方言があるので、他のカロ族の人たちと識別することができます。バリ語は、それぞれの部族の日常生活や伝統や経験と結びついて、長い時間の間に方言が発達していったのです。

 私の属するポジュル部族の文化について、簡単に紹介してみました。
 読んでくださってありがとうございます。

 ルジャン・ロバート

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10月 9, 2014 文化、生活、習慣 |

2014年8月14日 (木)

私のルーツ

 私はモニ・シシリアです。今回、私のルーツであるカクワ文化についてお話しします。カクワとは、バリ語を話す人々のことです。

 その昔、カクワは一つの言語を話す集団でした。混合農業に従事し、ソルガム、キビ、ゴマ、ササゲ、ピーナッツといった様々な作物を栽培するとともに、ヤギを飼育していました。また、ソルガムやキビだけを食用として生育することを信条としていました。バリ語を話す人々は一般的にペースト状の食べ物が大好きで、ピーナッツやゴマをペーストにするために育てて、伝統的なソースを作っていました。

 カクワはコミュニティで多くの人びとの死に直面して、多くのことを学んだと気づき、中央エクアトリア州ジュバのあるナイル川の方へ移り始めました。その後、カクワはバリ語を話す一つのコミュニティとして、ラドゥ山付近に定住しました。しかしそこでも、人は死んでいきました。このように死が続くのは、バリ語を話す人々が固まって一緒に生活しているからではないかと考え、また死に対しての大きな恐怖心から、中央エクアトリア州内でいくつかの部族へと分散していきました。

 カジョケジという場所に移った集団はクク族とよばれ、イェイに移った集団はカクワ族と呼ばれるようになり、私もそのカクワ族です。イェイリバー郡のムゴに住んでいます。ジュバに残った部族は、バリ族と呼ばれるようになりました。

 モニ・シシリア

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8月 14, 2014 事務所・スタッフ文化、生活、習慣 |

2014年7月17日 (木)

ジョングレイ州

 南スーダン共和国は2014年7月9日で独立3周年を迎えました。

 今回は、南スーダンの州についてお話しします。

 南スーダンは10の州からなる共和国で、同国の中で最大の面積を持つ州は「ジョングレイ州」です。

 ジョングレイ州の現在の州都ボルでは1983年に内戦が勃発しています(当時は、まだ南スーダンは国として独立しておらず、ボルは上ナイル行政の中の行政区でした)。

 ジョングレイ州の面積は130万平方キロメートルで、11の郡から構成されています。南スーダン共和国の東側に位置し、東にエチオピア、南はケニアと国境を接しています。州の人口は約135万人で、ヌエル族やディンカ族などナイル・サハラ語族と呼ばれる6つの部族が生活しています(2008年国勢調査)。

 同州は主に雨季と乾季の2つの季節に分かれており、社会経済的には、人びとは半農半牧と漁業に従事して生計を立てています。また、7-8か月続く雨季の平均降水量は400-1100ミリです。

 ジョングレイのコミュニティは、深く定着した文化の根源を持ち、人びとの行為のほとんどが伝統的な習慣やしきたりに基づいています。例えば、イニシエーションや、(15歳の成人儀式の際に男性が)額へ一生残る傷痕をつける習慣、また牛を飼うこと等が挙げられます。
 

 ヌエル部族のコミュニティでは、成人の儀式で男女を問わず入れ墨が施され、下顎歯が抜歯されます。一方、ディンカ部族の文化では、こういった習慣に加えて、成人と認められるために男性は雄牛を殺さなければなりません。

 ジョングレイ州では、現在もなおこのような伝統的な習慣やしきたりが色濃く残っています。

 総務担当:エマニュエル ケニス ドゥク

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7月 17, 2014 文化、生活、習慣 |

2014年7月 3日 (木)

ボールペンの色

 文書に使われるボールペンの色は、国によって様々なようです。
  
 日本で文書に使用されるボールペンの色は、黒が圧倒的でしょうか。青では退色しやすいから、あるいは墨汁文化の名残で黒を使用している、などの背景を耳にします。

 欧米ですと、青の使用率が高いという話を耳にします。こちらは、コピーした時に区別しやすいから、またもともとタイプライターを使用していた時に青で訂正・サインしていたから、などの話が聞かれます。

 上記いずれもその背景については定かではありませんが、ボールペンの色の主流が異なるようではあるようです。

 南スーダンに目を向けると、文書の署名に緑色のペンが使われていることがあり驚きます。
下記写真は文書の署名部分です、左側に見える署名(写真は、署名の一部のみです)が緑色であるのが分かりますでしょうか。

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 常に緑色のボールペンで署名されるというわけではないようです。ジェンの現地職員の話によると、省庁の公文書それも決裁者が署名する際に、緑色のボールペンが使用されるのだそうです。ジェンが事業地で現地政府と覚書を交わした際には、政府の署名者のサインも押印も緑でした。

 なぜ、緑色なのでしょうか。英語で、認可を示す表現としてgreen lightがあります。許認可=決裁者による署名、そこからgreen=緑、のボールペンが使われるになったとかならなかったとか、と、こちらも現地職員の話でした。

 ボールペンの色一つとっても、国により、事情は様々なようです。


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7月 3, 2014 文化、生活、習慣 |

2014年5月15日 (木)

南スーダンのクク部族における文化

 私の名前はエマニュエル・ケネス・ドゥクです。総務担当者としてジェンに勤務しています。この支援速報において、私の出身部族の文化についてご紹介いたします。

 私の出身部族はククと呼ばれます。この部族は主にジュバがある中央エクアトリア州のカジョケジ郡に住んでいます。南スーダンの南部に位置し、そこにはカンガポ1、カンガポ2、リレ、ルゥオロ、ネポという5つの地区(「パヤム」と呼ばれます)があります。
 カジョケジの地名は、部族酋長カジョ・コジの名前から取って名付けられたものであり、クク族の土地にその名が与えられました。

 ククは、中央エクアトリア州に約54万2千人が生活する最大部族バリ族に属します。私たちはバリ部族と同じ言語を話しますが発音が異なり、その言語はクク語と呼ばれます。書き言葉も存在し、次の27のアルファベットからなります。

A E I O U Ö – B D G J K L – M N P R S T – W Y ’B ’D Ý Ŋ – NY GB KP 

 部族の主要な経済は農業であり、家族の大半は、村で農業に従事しています。主な栽培作物はアワ、メイズ(トウモロコシの一種)、米、野菜、です。また、羊、ヤギ、牛といった家畜を飼育しています。そのほかに、狩猟用のナイフや槍、歌が歌われる時に演奏されるドラム、シェケレ(ヒョウタンを使った楽器)やフルートなどの楽器も作っています。

 クク族には、様々な踊りがあります。例えば日照りに悩まされたときは、部族の若者が雨乞いの踊りを踊ります。雨に恵まれると、人々は土地を耕し収穫をあげられます。そうすると今度は、喜びを表す踊りを踊り、神への感謝を表します。葬儀の際にもまた踊りがあり、遺族が悲しみを表します。

 クク部族は、歌を愛し、歌を書きます。通常は実話をもとに歌が書かれ、そこに登場するキャラクターは大抵が動物です。これらは普通年長者によって子どもたちに語られます。

 現在は、村で私たちは近代的な衣服を着ていますが、昔は、動物の皮や木の繊維から作られた服を着ていて、身体のほんの一部を隠しているにすぎませんでした。

 美についてですが、女性は金属製のイヤリングを身に着けますが、男性は男性である証として身体に傷跡をつけます。そうすると、女性が認識してくれ、好意を持ってくれます。身体に傷をつけることは女性には許されていません。

 日常生活は、男性は日中狩りに出かけ、女性は大抵農作業か家事をしています。女性は、男性より早く家に戻り、子どもたちのために食事を作り始めます。幼い子どもは男の子であっても女の子であっても、近くの水汲み場へ水をくみに行きます。若い男性は、父親や年長者の側にいて狩猟を学び、若い女性は、母親の側で料理や夫との接し方を学びます。

 裕福であるか沢山の家畜を持っている人はコミュニティの中で最高の敬意を払われますが、通常敬意は年長者に対して払われます。次に若い男性たち、最後にようやく女性と子どもの番になります。年長者に敬意が払われるのは、家庭内およびコミュニティ内で問題が発生した場合に、年長者が問題解決を任され、皆が年長者の言葉に耳を傾けて従うということからも見て取ることができます。

 結婚のプロセスはとても長く、まず、男性の家族が他の地区のコミュニティへ行って、良いバックグラウンドの女性を探すことから始まります。そのバックグラウンドは、かつては家柄と振る舞いでしたが、今では教育も含まれます。もし特定された女性のバックグラウンドが良くなければ、良いバックグラウンドを持つ尊敬に値する女性を探しに男性の家族は別な村へ移ります。こうして男性の家族は、女性達の振る舞いを知ることができるのです。
 もし女性の家族が同意すれば、婚姻が正式なものとなります。以前は、自分の両親や年長者が合意すれば結婚に選ばれた女性は何も言いませんでしたが、今では、両親や年長者と結婚する女性が全員同意することになっています。持参金は通常、現金や家畜で支払われます。

 コミュニティにおいては、年長者がほとんどの意思決定をします。係争や人の死などが発生した場合は、年長者が集まってどう解決するかが話し合われます。もし殺人のような犯罪があった場合には、被害者側の許しを得たうえで、加害者は、羊や牛などの家畜で代償を払わなければならず、時には農地の一部を被害者の家族に与えることもあります。コミュニティには様々なルールがありますが、その中には、互いを尊重し、また互いのプライバシーを守るというルールも含まれています。

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5月 15, 2014 文化、生活、習慣 |

2014年3月27日 (木)

南スーダン、ポジュル族の伝統的な通過儀礼

 私は、ジェンで衛生促進員を務めています。今回、南スーダンの首都ジュバ郡の北東に位置するティジョル地区で生活している、ポジュル部族についてお話します。

 ポジュル部族は複数の氏族にわかれています。その大多数がラニャ郡に居住する一方、少数ではあるものの、ジュバ郡の北東ティジョル地区にもいます。
 ジュバ郡に住むポジュル族は、ヤングワラ族、ムンダリ族、そしてジュバ郡で多数を占めるバリ族の各部族と接して暮らしています。

 ボジュル部族は伝統的な信仰を崇拝し、若者は成人になる通過儀礼を経験します。儀式を経て成人と認められると、氏族の長老たちと交流を図ったり、長老と共に貢献をしたり、また長老と会話をすることが許されます。さらに、男性の結婚に一番ふさわしい女性を男性と男性の両親が決めた後で、その女性と結婚をする資格を獲得できます。

 この通過儀礼は通常、18歳から45歳くらいまでの男性が対象となります。儀式の期間中彼らは、3か月90日間の間、裸で過ごします。コミュニティ内で通常行われている家畜の放牧や狩猟などに従事します。他の男性たちと異なる点は、裸で過ごして、通過儀礼が終わるまで屋内で就寝しないということです。

 儀式に参加した者だけが結婚をする資格を認められ、この伝統は、先祖代々からこの氏族たちの間で受け継がれてきています。この通過儀礼は、各氏族の長老によって、下記の写真のように、宣言されます。
   
【飲用水の容器(ティジョル地区)】
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【氏族の長老による儀式の説明(ティジョル地区)】
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 ティジョル地区内には、約1,000から1,500世帯のポジュル族が生活しています。南スーダンにおける一世帯当たりの人数が6人とすると、人口ベースで6,000人から9,000人がジュバ郡のティジョル地区に生活していると推定されます。そのうち2013年に通過儀礼に参加した男性は、98人でした。途中で3人が亡くなりましたが、95人が無事に儀式を通過しました。

 長老の話によると、南スーダンがスーダンから分離独立を果たした後に近代化が進んだため、若者が自由に移動できるようになり、以前と比ベて儀式に参加する若者が減少してしまったとのことです。
 
 

 この部族は生活に最低限必要な数の牛を飼育する一方、ヤギを飼育し生活の糧としています。こうやって家畜を飼育することで、婚姻時の結納金や学校教育費、そして医療費を捻出していました。医療に関しては、特に患者の症状が重く約50マイル(75km)も遠く離れた首都ジュバへ搬送が必要なときの費用にもなりました。

 私がそこの部族の長老とこの通過儀礼について話をしているとき、周りの若者たちは私に対して敵意を抱いているように見えました。
 

 彼らはよく、先述のムンダリ族と見間違えられることがあります。それは、この部族出身を意味するために顔に刻まれた線の模様がムンダリ部族の模様と似ているからです。

 ポジュル族の若者たちは、とても体格がよく、敵とは槍、場合によっては素手でも容赦なく勇敢に戦える戦士です。彼らは一見敵意を感じさせますが、実際には、初対面の訪問者を傷つけるようなことはありません。実際、長老がこの伝統について私に語ってくれたことからもそれがわかりました。

 本原稿は簡単な紹介ではありますが、ご笑覧いただけましたら幸いです。

 マリアムング・M・モーゼス

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3月 27, 2014 文化、生活、習慣 |

2014年1月17日 (金)

【速報】南スーダン国内避難民緊急支援を開始します

2013年12月15日に首都ジュバで起きた軍内部の武力衝突に端を発し、ディンカ部族とヌエル族の軍兵士の衝突が国内各地にも飛び火しました。

ジュバから車で約4時間の距離に位置する中央エクアトリア州イェイリバー郡にも軍駐屯地があり、そこでは収監されていた兵士の脱走と発砲事件へと発展しました。一般市民は戦闘を恐れイェイ市内にある敷地面積わずか1平方キロの国連施設に約100世帯(約500名)が避難。緊急対応として同敷地内に1か月限定の避難民キャンプが設置されました。

避難民のうち7割が18歳未満の子どもです。にわか作りのキャンプにはまだ水やトイレの施設がなく、乾期で連日40度近い猛暑の中、適切な排泄場所もなく衛生状態の悪化が懸念されています。

JENでは、キャンプ内の避難民を対象に、これより衛生環境改善のための緊急支援を行います。
(詳細は追ってレポートいたします)

なお、JENは、2008年より同地域で帰還民支援活動を実施しています。今回の緊急支援と並行し、今後も支援活動を継続する予定です。皆様のご支援をよろしくお願いいたします。

<これまでの南スーダンでの活動>

JENは2007年1月から、南部スーダンで帰還民の再定住を支援する事業を開始しました。
2011年7月に南スーダンは独立を果たしましたが、衛生環境の問題も含め、未だに様々な課題があります。
そこで、JENは人々が井戸やトイレの建設や、運営・管理の知識や技術を身に着けるワークショップ、そして子どもから子どもへ正しい衛生知識が広まるような衛生教育を実施しています。

南スーダンの活動について、支援速報は、こちらから
南スーダンでの活動について、くわしくはこちらから

***   ***   ***   ***   ***

迅速な支援を届けるために皆さまのご支援が必要です。ご協力をお願いいたします。

ご寄付はこちらから (クレジットカード)

 

(注)皆様からのご寄付は、今回の緊急支援や南スーダンでの支援活動に活用させていただきます。

1月 17, 2014 水衛生環境改善文化、生活、習慣避難民支援緊急支援 |

2013年5月30日 (木)

南スーダンの通信事情

 今回は、南スーダンの通信事情をお届けします。

 と言っても、まだ電話線が国内に敷かれていないので全てが無線となります。事務所に固定電話はありますが、それも無線。なので、持ち歩けます。

【JENジュバ事務所にある固定?電話】
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 しかし、主流はやはり携帯電話です。会社だろうと個人だろうと、連絡先は全て携帯電話になります。携帯電話は、4社ほどの携帯電話会社があちこちに電波塔を建てており、少しつ通話圏が広がっていますが、まだまだ田舎に行くと携帯電話は繋がらなくなります。

【スタッフの携帯をいくつか集めてみました。】
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 町や村によってつながる電話会社が違うので、いくつかの電話会社と契約する必要があります。しかしたくさんの携帯電話を持ち歩く必要はなく、SIMカードで十分です。このカードを携帯にセットすると電話がかかるようになります。

【小さい小さいSIMカード】
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 携帯電話も便利なもので、このSIMカードが2、3枚入るものもあります。一台で数社の電話会社を利用できるという、日本では考えられない仕組みです。かけるときはボタンを押して携帯会社を選択し、受けるときはどの電話会社からも自動で応答ができます。

【2枚入る携帯電話の中身】
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 携帯電話に代わる通信手段は衛星携帯電話。JENは田舎に行くスタッフには衛星携帯電話を持たせて万が一に備えます。しかし、ポケットやカバンに入れて持ち歩くと衛星電波を受信できないので、常に電波を受信できるよう気を付ける必要があります。

【ちょっと大きめの衛星携帯電話】
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 インターネットもこれまではほとんどが衛星経由で、事務所に衛星用アンテナを設置してネットを使っていました。しかし、大雨が降ったりすると使えなくなる時もありました。

【事務所にある衛星アンテナ】
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 そこで、最近は、ジュバ市に限ってネット業者と契約者を地上波で結ぶWiMAXサービスが始まりました。まだ個人のパソコンでは受信できず、各家庭・事務所にWiMAXの送受信機を設置してLANにつなげる仕組みです。衛星インターネットより安上がりかつ安定していますが、ネット業者側に故障があるとつながりません。

【事務所の給水タンクの傍に設置したWiMAXの送受信機】
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 その他、写真のような機器をパソコンにつなげてインターネットが使えますが、携帯電話網を使うのでかなり遅くほとんど使えません。それでも、ネット業者の機器が壊れて数日ネットにつながらないような時には、この小さい機器に頼るしかありません。

【インターネット機器】
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このようにして、JENは南スーダンで通信機器を「駆使」しながら良い支援ができるように活動を進めています。これからもよろしくお願いします。


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5月 30, 2013 文化、生活、習慣 |

2013年5月 2日 (木)

中央エクアトリア州のマンゴー

 マンゴー。

 南スーダンからの支援速報ではキーワードのように、頻繁にこの果物が登場してきます。

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 中央エクアトリア州で見かけるマンゴーは、その木がとても大きいのが特徴です。車で移動中、調査に行く予定の学校が見つからないときに村人に道を尋ねると、「ここから二つ目のマンゴーの木を右に曲がって...」と説明してくれます。どの人も、どれがマンゴーの木なのかを知っています。ジェンの運転手も「ここのマンゴーの木を右だったね」と言って、示された通りに曲がると、実際に探していた学校がありました。


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 木は非常に大きいのですが、その木になる実は比較的小粒で、日本のリンゴくらいの大きさです。南スーダンの人は、大人も子どもも、まだ外皮が黄色や赤になる前の緑色のマンゴーを棒で突き落として取り、リンゴのようにガリガリとかじって食べています。子どもたちにとっては、手軽な朝食であり、おやつになります。

 今はまさにマンゴーの季節真っ盛りで、あちらこちらのマンゴーの木に沢山の美味しそうな実がついています。ただ、少しばかり注意も必要です。このマンゴーの木の枝は意外に繊細で、比較的重さに弱いため、数多くついた実の重さに耐えきれなくなって突然枝が落ちてきたりします。


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 上の写真は、ジェン職員が村のマーケットを調査中に、実際に枝が職員の左肩をかすめて落ちてきたものです。雷のようなものすごい音がして、周りにいた女性たちは一瞬驚きの悲鳴を上げましたが、すぐに爆笑に変わりました。みんなが笑っている間に、数人の大人が走ってきて枝から実をもぎ取って食べていました。

5月 2, 2013 文化、生活、習慣 |

2013年4月 4日 (木)

ナイル川に生かされる

 南スーダンを通過するナイル川は、全長おおよそ6,650km、世界でも最長級の河川です。

 インフラの整備がまだまだ進んでいないこの国では、住民にとってこのナイル川の水は重要な生活用水でもあり、交通手段の一つでもあります。
 また、ここで活動する私たちにとって美しい自然の姿を垣間見ることのできる癒しの存在でもあります。

 川を渡る人々。対岸で取れた大量のマンゴーを抱えて川を渡ってくる人もいます。
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 川沿いには果物が実ります。4月はマンゴーの季節で、川岸いっぱいにマンゴーが実ります。また、時々グワバの木をみる事も出来ます。取れたての果物はとても良い香りで、人々の空腹を満たしてくれます。

【マンゴー】
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【グアバ】
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 ジュバの中心をほんのすこし離れると、野生の動物を眼にすることもできます。美しい鳥たちや、ワニの姿を見る事もあります。

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 JENジュバ事務所でも、ナイル川の水に塩素タブレットをいれて生活用水として使用していました。乾季には多少透き通ってくるのですが、雨季になると水が濁って大変です。うすい色の洋服は洗濯をするたびに茶色くなって行きます。
(最近ようやく、浄水処理された水が入手しやすくなり、洗濯物も少しはきれいに洗えるようになりましたが、日本と比べるとまだまだ不便です)

 そんな日々の生活から、ナイル川を通して、多くの事に気づかされます。日本では当たり前の様に感じてしまっていた、きれいな水や整備された道路のある生活のありがたさ。美しい大地に生かされている事に感謝しながら、1日1日を大切にして活動を続けたいです。

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4月 4, 2013 文化、生活、習慣 |

2013年2月21日 (木)

事業地までの道路事情

 JENが研修とモニタリングを実施しているモロボ郡とカジョケジ郡は、首都ジュバから車で6~7時間ほどの距離にあります。同時に、隣接するイェイ郡での支援ニーズも調査するため、ケニア出身のプロジェクトオフィサー、エリザベスと3週間にわたって、事業地間を往復してきました。

 首都から事業地に向かう道路を、日本の資金で整備していました。そのため、私たち職員が乗った四輪駆動車は、最初の1時間は大変快適に、スムーズに進んでいました。ところが残りの5時間は、整備されていない広い赤土のダート道脇のわだちの上を、車体を大きく傾け、ガタガタ揺れながら進むきつい道のりでした。目的地へ到着するまで、村の小さな屋外マーケットを通りますが、それ以外にお店は何もなく、ひたすら走り続けるだけです。

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 時折道路脇にある村を通ると、井戸水を汲んだプラスチック容器を頭に載せた女性や子どもが歩いています。
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 長距離を往来する若者が小型バイクに乗って移動する姿は見かけますが、ほとんどの村人は歩くか、ヒッチハイクをしています。

 村の奥地へ行くと、住民手作りの簡素な丸太橋が川の上に架けられているのですが、丸太の隙間にタイヤが挟まってしまったり(写真の通り、実際挟まりました)、
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 車両通行に十分な幅がない橋では、川に車両のタイヤがハマってしまうときもあります。

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 日頃から車輛の定期点検や、出発前の点検は実施していますが、毎日6時間、デコボコ道を走行して車を酷使するため、ジュバへ戻る途中でショックアブソーバーが故障してしまうこともありました。

 このように、日本では快適な車での移動にも、ここ南スーダンでは苦労が伴いますが、代替ルートはほとんどありません。そこで、緊急時に対応できる様、複数の連絡手段をもち、工具や消火器、救急箱、緊急用の食料・水などを積んでおくことが欠かせません。

2月 21, 2013 事務所・スタッフ文化、生活、習慣 |

2013年1月10日 (木)

ジュバのクリスマス

 あけましておめでとうございます。
 いつも温かく支援をしてくださる皆さまにとって、また南スーダンの人々にとっても、2013年がさらに良い年となることを、ジュバ事務所スタッフ一同お祈り申し上げます。

 今年初めの支援速報は、2012年の常夏ジュバのクリスマスの様子について紹介します。南スーダンのクリスマスは、雪もちらつく日本のクリスマスとは異なり、季節でいうとおおよそ初夏にあたります。雨季が長く続いた今年も、クリスマス前後の日中の気温は優に30度を超えています。

 ジュバ市内では色々なものを売るお店が増えてきています。今までは手に入らなかったようなものが、店先に並ぶようになりました。クリスマスをお祝いする為のグッズもその一つです。クリスマスが近づくと店先はきれいに飾られ、クリスマスをお祝いするためのたくさんのきらびやかな商品が並びました。

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 普段はジュースやお菓子を売る商店も、クリスマスグッズを並べています。

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「我々南スーダン人にとってクリスマスはとても重要なイベントなんだ。皆が楽しいクリスマスを過ごせるようにきれいな飾りを売りたいんだよ」とにこやかに説明をしながら、忙しそうに品物を並べる店主。
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 ジュバにある大きなスーパーもスタッフはサンタの帽子をかぶりお客さんを迎えます。店頭もお店の中もきれいにデコレーションしています。

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 ジュバで暮らす人々の中には、故郷の村に帰りクリスマスをお祝いした人もたくさんいます。村で待つ家族のために新しい洋服や靴、お祝いの品々を買って帰ります。今年はジュバに残ったと言う人も、家族でお祝いをしたり、親戚同士で集まったり、近くに住む人々同士で集まって、たくさんの料理でお祝いをしていました。

1月 10, 2013 文化、生活、習慣 |

2012年12月 6日 (木)

コミュニティでの衛生教育~多様な文化~

 今期事業では、学校での衛生教育を実施するとともにコミュニティでの衛生教育も実施します。これは、生徒の衛生行動の変化をコミュニティ・家庭からサポートするという目的があります。

【さまざまな絵カードを使った学校での衛生教育】
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 実施のためにジュバ郡のコミュニティを回っていると、これまでのカジョケジ郡やモロボ郡と異なった文化に気づきました。

【ジェンの事業地の一つ、イリアンガリ村】
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 一般的にジュバ郡にはバリ族の人々が住んでいると言われていますが、実際にはバリ族以外にも、ロルブ族、ムンダリ族、ロコヤ族、 ニャンバラ族が住んでおり、また、農業をする人と遊牧民が混在しています。特に遊牧民は、雨期が収まるこの時期に牧草を求めて動き回るため、衛生教育の実施が難しくなります。

 先日、ジェンのスタッフがティジョル区域を調査していたとき、青年たちの一団に出会いました。
 18歳から25歳の青年達は3か月にわたる成人の儀式を行っている最中で、この儀式が終わると、青年たちはコミュニティから結婚が許されます。
 儀式は、20人前後の青年たちが3か月間、野外で寝食を共にし、敵からコミュニティをいかに守るかを示します。そして、この儀式の間、青年たちは身体を全く洗わず、全裸で過ごすのです。(残念ながら写真をお見せすることはできませんが…。)

【イリアンガリ村での貯水瓶】
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 南スーダンでは、コミュニティでの意思決定に男性が大きな役割を果たします。なので、衛生教育にはこのような青年たちを含めることが必要となります。
 井戸の掘削が成功したイリアンガリ村の受益者の一人、キデン・ローゼさんは「私たちの住む地域で子どもたちがきれいな水を飲めることができるようになり、そして私たちは衛生教育にも初めて参加します」と幸せそうに語ってくれました。

(プロジェクト・オフィサー エリザベス・モーセ)

12月 6, 2012 水衛生環境改善文化、生活、習慣 |

2012年9月27日 (木)

ルルの実から~女性の自立

 日本で売られている高級な化粧品の中に、シアバターと呼ばれる成分を含んでいるものがあるのを見た事がありますか?

 実は南スーダンにはこのシアバターの原料となる実がたくさん自生しています。地元ではルルと呼ばれ、フルーツとして食べる事もでき、種からはオイルを抽出し、食用にもお肌のケアにも使います。

 今週はカジョケジにある女性の社会的地位向上のための団体を紹介します。
 Bile wate ki(ビレタワテキ)という名前の団体で、これは地元の言葉バリ語で「女性を盛り上げよう」と言う意味です。JENが活動するカジョケジ群のBibi Gore(ビビゴレ)と言う地域で、女性たちはこのルルを使って収入を得るために活動を行っています。
 2006年頃に、ある国際NGOから石鹸やボディーオイルの作り方のトレーニングを受け、今では教会の支援を受けながら活動を続けています。

 ルルの実から絞り出したオイルはAランクからCランクに仕分けされます。Aランクの品質の良いオイルが取れた時にはボディーオイルにし、Bランクは食用、Cランクの場合石鹸にします。シアバターたっぷりの石鹸は、お肌をとってもしっとりすべすべに洗いあげてくれます。

 【ルルの実】
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 【砕いた種】
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 【砕いた種を布でくるみ、機械にいれオイルを絞り出します】

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 【絞り出したオイルは水と共に火にかけ、ごみを取り除きます】
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 【石鹸】
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 【ボディーオイル】
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 活動のための建物も自分たちで建設します。木で作ったワクに石を積み、最後に土を練ったものを塗り壁にします。
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 はちみつも作っています。南スーダンでは使い古しのペットボトルにはちみつを詰めて売っているのをたまに見かけますが、ここではきれいな容器に詰めて販売します。
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 この日、女性たちはとてもステキな笑顔で私達を迎えてくれました。(慣れない写真撮影は緊張気味の様子)
 
 産業がまだまだとても少ない南スーダンで、いち早く活動を始めたビレタワテキ。今後の活動を見守っていきたいです。

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9月 27, 2012 職業訓練文化、生活、習慣 |

2012年8月30日 (木)

日々を生き抜く ~アディリヤさんの話~

 先日、対象校の選定調査のために訪れたガンジ村で一人の女性を見かけました。今回は、その村人からの話をご紹介します。

 57歳のアディリヤ・ポニさんは6人の子どもがいるお母さん。ご主人は15年前の1987年に地雷を踏んで亡くなってしまいました。その後、頼れる親戚も多くが戦争でなくなり、一人で子ども6人を育ててきました。
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 子どもの一人は結婚しましたが、1人は大学まで行ったものの職がなく、その他の4人はまだ学校に行っておりお金がかかります。 診療所の管理人として月に280ポンド(約4480円)を得ており、それでなんとかやりくりしています。

【診療所のスタッフ宿泊施設を清掃するアディリヤさん】
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 アディリヤさんは、これらのことを少しずつ話す中で、涙が止まらなくなっていました。戦争が終わっても人々の悲しみがすぐに終わるわけではなく、その悲しみを背負いながら毎日を何とかして生き抜いている。そのようなことを感じた一日でした。

(プログラム・オフィサー ハイレセラッセ・メレス)

8月 30, 2012 水衛生環境改善文化、生活、習慣政治、経済、治安 |

2012年8月16日 (木)

元気の出る一杯

 今回は、村人たちの生活のお話です。前回のクリパパ小学校での調査が終わった後、学校のすぐそばのお茶屋でコーヒーや紅茶を飲んでいきました。

【左がコーヒー、右が紅茶】
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 コーヒー2ポンド(約60円)、紅茶1ポンド(約30円)を出してくれたのは、この青空お茶屋を営んでいるエスターさん28歳。

【お茶を入れてくれているエスターさん】
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 エスターさんは3人の子どもを抱えるお母さん。お父さんはジュバに出稼ぎに行っているのですが、なかなか職がなく、エスターさんが今年の3月から学校のそばで簡単なお茶屋さんを開き始めました。

 お茶屋さんと言っても、お湯を沸かすのは次のような道具。
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 これでお湯を沸かした後に、紅茶は茶こしに入った出がらしの紅茶に湯通ししておしまい。コーヒーはちょっと手間がかかって、次のような鍋で煮詰めて完成です。味付けは砂糖です。
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 ここでお茶屋さんを始めたのは、学校の建設が始まって工事の関係者が増えたことや、学校の周りに家が増えてきて村人たちが多く通って行く場所だったからそうです。

【エスターさんのお茶屋で休んでいく村人たち】
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 朝の6時ごろには1時間かけて仕事用の水汲みにでかけ、8時ごろにはお店を開けて4時30分ごろまで働きます。

 この学校で井戸を建設するかどうかはまだ決まっていませんが、もし建設されればこのようにがんばるお母さんも1時間かけて水汲みをせずにすみ、3人の子育てをしながらもう少し楽にお茶屋を営んでいくことができそうです。

【子どもをあやしながら仕事の話をしてくれたエスターさん】
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 このお茶屋さんで元気の出る一杯を頂いて、帰りの2時間の悪路の途につきました。

(ジュバ事務所長 西丸崇)

8月 16, 2012 文化、生活、習慣 |

2012年5月24日 (木)

ジュバの物価上昇問題

 現在、ジュバ事務所では次期事業の開始に向けて、予算の最終確定を進めています。そこで悩ましいのが最近の物価上昇です。今年に入り、スーダンとの国境沿いの紛争が激しくなり、石油輸出の停止や戦費の支出などが引き金となっています。

 この物価上昇、ものすごく人々の生活を苦しめ始めています。例えば・・・・、

 以前街角グルメで紹介したチャパティー。以前は卵とトッピング付きで2ポンドでしたが、今では卵もトッピングもなしで2ポンド(約35円)です。
 卵を付けると4ポンドです。(約70円)
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 ピンポン玉程のとても小さな玉ねぎが4玉~5玉で10ポンド(約177円)。
 大きな玉ねぎは1玉10ポンド(約177円)もします。
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 卵1玉1ポンド(17円)
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地元のレストランの1食あたりの平均金額12~15ポンド(約215円~270円)。
 1年前には1食5~7ポンド(約90円~120円)でした。
(写真は2食分)
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バイクタクシー
 市民の交通手段としてバイクタクシーは人気です。ですがこのバイクタクシーも金額が変動し始めています。現時点では、ジュバ市内の燃料の価格は据え置きですが、燃料を手に入れるのが非常に困難なため、多くのガソリンスタンドが営業を中止していて、営業中のガソリンスタンドの前には遥か彼方まで行列が続いています。車の列、オートバイの列、人の列。給油後の車がどこから出られるのかもわからないほどごった返しています。

 今後、南スーダンの物価はどこまで上昇するのか。紛争の行方はどうなるのか。多くの課題をいまだ抱える新生南スーダン。まだまだ様々な問題の解決に向かって歩き始めたばかりです。

 引き続き皆さまからの温かいご支援をよろしくお願いいたします。

5月 24, 2012 文化、生活、習慣 |

2012年5月10日 (木)

街角グルメ in モロボ

 今週は前回に引き続き南スーダンのグルメを紹介します。特に村でのグルメです。

キャッサバを砕いて塩味を付け練り揚げたものです。
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 少し硬めのオダンゴのような食感です。写真のように丸くて平たいものや、細長くして揚げたものがあります。モロボの市場でも売っていますが、比較的深い山の中でも、道路沿いでこれを売っている姿を時々見かけます。5個で1ポンド(約25円)です。

モロコシと豆を炊いたもの。
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モロコシと豆と炊いたものに香ばしいネギ油をかけて食べます。人々はこの香ばしいネギ油が大好きで、たっぷりとかけて食べます。1皿1ポンド(約25円)です。

これは日本では高級な化粧品の材料として有名なシアバターの実です。

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村ではルルと呼ばれていて、ジェンが活動する村にたくさんなっています。化粧品の材料にもなるこの実は、中にある種子を乾燥させ砕いて抽出します。

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村人たちは体にもとても良く、質の良いこのルルの油を食用として使っています。この種子の周りには甘くて少し独特の香りがある実がついていて黄色く熟すと食す事ができます。

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南スーダンの人々の大好物。人々は4月の終わり、雨季の始まるこの季節をとても楽しみにしています。その理由はこの白アリの季節だからです。(※日本のシロアリと違って大きく、羽が取れると芋虫のように見えます)
繁殖期に羽を落とした白アリを集め、油で揚げたり、煮込み、スープにして食べます。特に乳白色のスープは絶品で、ウガリと言うモロコシの粉を練りあげて作ったオダンゴのようなものにたっぷり浸して食べます。


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4月の終わり、朝から作業をしているメンバーに村人が差し入れをしてくれました。少し疲れていたメンバーの表情が全員一気に明るくなりました。

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村のあちこちには大きなアリ塚があります。大きな四輪駆動車と比較してもこの大きさです。時にはいくつもの植物の根と絡み合い自然界の美しい姿を垣間見る事もできます。

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5月 10, 2012 文化、生活、習慣 |

2012年4月19日 (木)

南スーダン街角グルメ

 南スーダンの首都、ジュバの街角グルメを紹介します。

 ジュバタウンのこのハンバーガー店は、いつも大勢の人でにぎわっています。昼過ぎには完売で閉店になります。
 チキン、ビーフ、レバー、フィシュ、豆、野菜など様々なテイストが楽しめるのもこのお店の売りでしょう。店頭で焼かれるお肉はとてもいい香りを放っています。
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左下:フィシュバーガー 右下:チキンバーガー 中央上:ビーフバーガー

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 フレッシュジュースもあり、レモン、オレンジ、パイナップル、グアバー等のジュースが日替わりで楽しめます。

レモンジュース

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 街角ではチャパティーと呼ばれる薄焼きパンが売られています。手際良く薄焼き卵を焼きチャパティーをあわせます。
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 スライストマトと生玉ねぎをトッピング。
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朝食やランチ、小腹がすく夕方にも、手軽に食べられる一品です。

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 マーケットには多くの生活用品が並びます。食料品はその代表の一つ。おいしく料理された料理が並ぶお店の前には、たくさんの人が集まります。
香ばしく焼けたチキンはほんのりスパイスが効いています。

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 フライドチキンにフライドポテト

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 マンダジと呼ばれる揚げパン
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 こちらはターミヤと呼ばれるスナック。絶妙な塩加減とサクッとした香ばしい衣が癖になります。とんかつから豚肉を抜いたような食べ物です。

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女性たちが香ばしい香りを放ちながら街角でターミヤを揚げています。

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4月 19, 2012 文化、生活、習慣 |

2012年1月12日 (木)

イェイタウンの年明け

 首都ジュバから南に車で3~4時間ほど走ったところにあるイェイタウン。
 ジェンの事業地モロボ郡やラニャ郡で活動するジェンスタッフが給油したり、宿泊したりする拠点となっています。

 そこで年越しをしたスタッフ(サミュエル)に、1月1日について聞きました。

 1月1日はクリスマスと同じぐらい重要な日です。クリスマスと同じように朝から教会に行きます。
 私は朝6時から教会に行きました。日中は暑くなってきましたが、朝はまだまだ寒い中、数百人ほどの人々が集まります。
 1980年代に建てられた教会の中には400人ほどが、教会の外にも数百人が集まりました。そして、皆で独立後初めての新年を迎えられたことを喜び合いました。

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(教会に集まった人々)

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(礼拝中も教会の外で人々は集まってきて新年のあいさつを交わしていました)

 1月1日は、食事も大切です。牛肉、豚肉、鶏肉を煮たり焼いたりしたりしたものや野菜の料理を各家庭で準備します。

 女性たちはこの準備のため、早朝の礼拝ではなく昼前の礼拝に参加します。

 礼拝の後は、友人を招待したり、友人の家の訪問したりして1日中、どこかでご飯を食べていました。

 クリスマスと1月1日にたくさんお金を使ったので、1月2月はつつましやかな生活をしなければなりません。

 2011年は国民投票や独立など多くのイベントがありました。そして物価は上昇し、各地で争いが続いています。つい先日も北部で数千人規模の襲撃事件が起こり、数万人の避難者が出る事態となっています。

 2012年は経済が安定し、各地の争いが収まり平和が定着するような実りの多い年になることを願っています。

1月 12, 2012 事務所・スタッフ文化、生活、習慣 |

2011年12月22日 (木)

南スーダンの人々が大好きな食材

 今日はここ南スーダンの食卓には、かかせない食材を紹介します。
 カジョケジの中心部にある、とある小さな工場を見学させていただきました。

 まずこの食材を機械に掛けます。

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 モーターのついた機械で、何やらすり潰しています。

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 機械の端から絞り出されたものは、ピーナッツペーストです。

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 ピーナッツの栽培はJENの事業地カジョケジでも行われています。
もちろん各家庭でもこのペーストを作っていますが、拝見した工場のペーストも村人には人気で、この日もピーナッツの香ばしい香りが広がっていました。

 人々はこのピーナッツペーストが大好きで、スープ・豆の煮もの・野菜の煮物、焼いたお肉と野菜のピーナッツソース和えなど、様々な料理に使います。

 日本でピーナッツペーストといえば、パンにつけて頂く少し甘いクリーム状の物が有名ですが、東アフリカでは南スーダンに限らず多くの地で色々な調理法で食されています。

12月 22, 2011 文化、生活、習慣 |

2011年9月15日 (木)

テレビの取材がありました

 テレビ朝日の国際協力番組「地球VOCE」の取材依頼が来ました。
 案内人は、ルー大柴さん。

 まず、南スーダンの水事情を、ルー大柴さんと共に取材しました。

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 南スーダンでは、首都であるジュバですら、
 多くの人々が、ナイル川の水を汲み、そのまま飲んでいます。
 人々が飲み水を汲むそのすぐ横で、
 洗濯をしたり、自動車やバイクを洗車したり、
 入浴をしている人がいることも、お構いなしです。

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 インタビューに応じてくれた男性によると、
 一日6回水を汲みに来るとのこと。
 自分の家の分と、それ以外は1タンク1ポンドで売り歩き、
 生計を立てている、とのことでした。

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 JENはこの南スーダンで、水衛生に関する支援を行っています。
 ナイル川で取材を行った翌日には、
 JENがモロボ郡の学校で実施している衛生教育の様子を
 取材していただきました。

 子どもたちは、どのように正しい衛生知識を学んでいるのか。
 そして、正しい衛生知識を身に付けた子どもたちの暮らしについて。

 次回の支援速報でご紹介いたします。

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====== ご報告 =============

平成23年度 外務大臣表彰受賞しました。

これまで、JENの活動を温かくご支援くださいました、
支援者の皆様に、深く感謝申し上げます。
詳しくは、こちら

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9月 15, 2011 事務所・スタッフ文化、生活、習慣 |

2011年8月 4日 (木)

心の広い 南スーダンの人々

 南部スーダンの人々の、心の広さが分かる出来事を紹介します。

 銀行は、いつもたくさんの人で混雑しています。長身の方がとても多い南部スーダン。私の背丈は彼らの胸のあたりまでです。赴任当初は、横入りをされないように身を守りながら長時間並ぶだけで、精一杯な程でした。

 ここでは、順番待ちの間、列から抜ける事が許されます。銀行の待ち時間は、長い時には2時間を超えます。その間に前後の人の了解を得て、列から離れても、また戻ってくる事が許されるのです。

 そのため、私が長時間並んで、やっと自分の順番がもうすぐ回ってくると思った時に、列を離れていた人が再び戻ってきて、私の順番がまだまだ後回しになるという事が日常です。長時間その場に並び続けた私としては、あまり受け入れたくないのですが、みなさん快く戻ってきた人を受け入れています。なんと心が広いのだろうといつも感心します。

 (伊東美千:アドミニストレーション・ファイナンス・オフィサー)

====== ご報告 =============

平成23年度 外務大臣表彰受賞しました。

これまで、JENの活動を温かくご支援くださいました、
支援者の皆様に、深く感謝申し上げます。
詳しくは、こちら

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8月 4, 2011 文化、生活、習慣 |

2011年3月10日 (木)

スーダンの「?」

トイレットペーパーの代わりに、現地の人が使っているものって?」

           ↓

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「アイロンに使っている意外なものって?」

           ↓110310

「携帯電話を充電するのに、使っている意外なものって、なに?」

           ↓110310_dsc01216

「塩が取れない地域での塩味をつけるものって、なに?」

           ↓110310_local_salt

この続きは、本日開催の
MOTTAINAI×JEN第1回活動報告会『眠ってる本が学校に!・スーダン編』~誰でもすぐにできる社会貢献
にてご報告します。ぜひお越しください。
(詳しくは
コチラ

3月 10, 2011 水衛生環境改善文化、生活、習慣 |

2010年11月18日 (木)

スーダンの不思議な木

 私がその一本の木を見かけたのは、ジュバから事業地のモロボ郡に向かう道中でした。この辺り一体は他の南部スーダン各地と同様、森の木々で覆われています。しかし、その木は周囲のどの木よりもはるかに高く、いったいなぜこの木だけがこのように成長したのかと不思議に思いました。それはマホガニーの木でした。材木として非常に珍重される木ですが、周囲には他にマホガニーの木はありません。

 それからしばらくしてまたこの道を通った時、私は現地スタッフの1人にこの木について聞いてみました。すると、彼はびっくりするような話を教えてくれました。


 この木は材木に非常に適している古い木なので、今までに何人かこの木を切ろうとしましたが、うまくいきませんでした。重機を使って切ろうとした人もいました。木は倒れましたが、次の日には何ごとも無かったかのように真っすぐ立っていました。

 信じられますか? 私にはとても信じられない話でした。もしかしたら、何か不思議な力を持った木なのでしょうか? スーダンの菩提樹。。。アジアでは「バンヤンツリー」、アフリカの特にマダガスカルでは「バオバブ」が有名です。誰か真実を明らかにしてくれたらと思いますが…。

11月 18, 2010 文化、生活、習慣 |

2010年10月 7日 (木)

スーダンの遊牧民

 スーダンでは、「給料を(お金で)もらうよりも、牛をもらったほうがいい」と言われることがあります。なぜなら、お金は友だちや家族に少しずつ分けるとすぐになくなってしまいますが、牛はバーベキューでもしない限り、分割されることがなく、財産として持ち続けることができるからです。スーダンのある部族の人々は、牛を崇拝しており、額に牛の角の形に傷跡をつけます。彼らの多くは無数の牛を放牧しながらスーダンの広大な大地を移動する、遊牧民です。彼らは子牛を育て、それらを売ることで生計を立てます。また、牛乳や、時には家畜の血すらも、遊牧生活を送る人々の栄養源になります。

 このような人々は移動を続けているため、コミュニティに属するのがむずかしいこともあります。たとえば、学校の勉強以外のこと、たとえば牧畜の技術を学びたい人にも教育の機会を提供することは重要ですが、学校は彼らのように移動式ではありません。
 
101007_5  ある人は、ジェンが学校建設現場で使っているコンクリート・ミキサー車をとても気に入り、

「建設の仕事の期間中は家族と牛を学校の近くに置いておく」と宣言しました。

「そうすれば、コンクリート・ミキサーのようなテクノロジーをもっと学ぶことができる」と言います。

 ほかのある家族は、伝統を大切にしますが、読み書きを身につけることも重んじており、授業がある間は子どもたちを学校の近くに住む親戚の家に預けています。そして学校が休みになると子どもたちは両親のところへ帰り、遊牧民の技術を身につけます。学校建設の事業に携わりながら、遊牧をする人々の教育観がさまざまにうかがえて、興味深い経験でした。


ちなみに私たちが事業を行う上での「ちょっと困ったこと」は、牛たちで道路が渋滞することです!101007_3 101007_4 

プロジェクト・オフィサー/フィリップ

10月 7, 2010 文化、生活、習慣 |

2010年5月20日 (木)

季節の移り変わり

 日本では、春夏秋冬、四季を楽しみますが、スーダンではさらに他の季節もあるようです。

 例えば、先月は「選挙の季節」でした。かわって今は雨季です。度々降る激しい雨は、良い面もあれば悪い面もあります。良い面は、気温を下げてくれる点です(2月の48度からだいぶん下がりました)。雨のおかげで、ようやく夜眠れるようになりました。また、うっすらかかった雲は、夕焼けを美しくみせてくれます。一方、悪い面は、道路が水没して川となってしまうこと。蚊がとても増えること。そして、それらが支援作業の邪魔になること。

100520_former_bridge_between_gudele  例えば、ジュバで小学校建築を手伝っていた人たちは、彼らの仕事の成果を文字通り「洗い流されて」しまいました。私はそのことを聞きつけて、まずは自分の目で確かめるため、現地へ行こうとしました。ところが洪水で橋が壊れていたので、結局現地まではたどり着けず、無駄足になってしまいました。

100520_dsc00014_small  嵐に限らず、ほかにも予測不能の事態が起きます。乾季が待ち遠しいです!

5月 20, 2010 文化、生活、習慣 |

2010年4月22日 (木)

20年ぶりの選挙

 4月11日から15日まで、スーダンで選挙が行われました。
 
100429_election_poster_small_2   スーダンにおける選挙はなんと20年ぶりです。この20年間の戦争があったため選挙が開催されず、今回の選挙者の中には生まれて初めて選挙に参加する人も多くいます。そこで、選挙キャンペーンとしてあらゆるところに候補者のポスターを貼り、さらに選挙バッグ、選挙Tシャツ、選挙スカートが無料で配られました。投票できない代わりに、子どもたちはTシャツをもらったりしていました。

100429_somba_polling_station_small  選挙当日、現在JENが学校を建設しているコミュニティは投票所となり、地域のリーダーが選挙の監督役に入っていました。学校がまだできあがっていないので、有権者は木の下で投票をしていましたが、次の選挙では学校の施設を使うことができると思うと、本当にうれしいです。

 

 学校が、コミュニティセンターのような働きをするのは、本当にすばらしいことだと思います。

4月 22, 2010 文化、生活、習慣 |

2010年2月10日 (水)

待ちに待ったテレケカ訪問

 最近の調査で、中央エカトリア州で、さまざまな理由から支援がほとんど行き届いていないテレテカを訪れる機会がありました。

 テレテカは、牛の牧畜をして生計を立てる遊牧民が人口のほとんどを占めている地域です。JENは、過去にこの地域で学校水・衛生プログラムを実施しました。今となっては平和と安全への不安はなくなりましたが、スーダンで最も政治的に不安定だった地域へ調査に行くことは、とても興味深いものでした。

 さて、テレケカでは、心を惹く様々な習慣が行われていました。たとえば、釣、結婚式(女性に結婚を申し込むときは最低でも50頭以上の牛が必要だと言われています)などです。

 さらに、ナイル川近辺で、ハンドバックのように見えるものを提げて歩いている女性に興味が湧きました。

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MCHクリニックで待っていた新婚女性、テレケカ PHCCにて

 写真をよく見てください。
 ハンドバッグを提げているように見えますが、目を凝らして見てください・・・。お分かりになりましたでしょうか?そうです、赤ん坊が中に入っているのです。南スーダンのこの地域では赤ん坊はヤギの皮で作られたバッグに隠されているのです。とても革新的ですね!

(ジュバ事務所:エリザベス)

2月 10, 2010 文化、生活、習慣 |

2010年1月14日 (木)

2010年4月は・・・

 みなさま、新年明けましておめでとうございます。

 今年もみなさまからの温かいご支援をいただきながら、大切に事業を実施していきたいと思っております。どうぞよろしくお願い申し上げます。

 昨年はみなさまにとってどのような年でしたでしょうか?

 南部スーダンは様々な困難を経験する1年でした。南北政府の意見の相違は、国勢調査の結果に対する対立に現れ、南部でも部族間の争いや家畜を巡る武力衝突が相次ぎました。また、隣国の不安定な政情も南部スーダンの帰還民の生活を不安定なものとしました。

 今年4月には、初めての総選挙が予定されています。2011年の国民投票に向けた大切な選挙となります。どうか新たな混乱を招くことのないようにとの願いを込めて、平和の配当がより多くの人に実感されるよう、JENは今年も1年がんばります。どうぞ温かいご支援をよろしくお願いいたします。

JENスーダン事務所スタッフ一同

1月 14, 2010 文化、生活、習慣政治、経済、治安 |

2010年1月 7日 (木)

髪の毛を切ることは…

091224_dsc07753  ジャパンプラットフォームさまと皆さまからのご支援を受け、JENは2007年から継続して南部スーダンの子どもたちに向けて、衛生教育を行っています。その衛生教育を受けた子どもの話をご紹介します。

 「JENの衛生教育を受ける前は、両親がなぜ必死になって僕の髪を切ろうとするのか、わかりませんでした」と語るのは、14歳のロパニ・ダダ君です。「以前は、親が意地悪でそんなことをするとばかり、思っていました。でも、今はわかります。それは、髪の毛を短く切らないと、虱がわいたりして不潔になるからです。」

091224_dsc07790  JENの衛生教育により、たとえば「掃除をする」「爪をきる」「洋服を洗濯する」等々の身の周りの衛生知識が再び身につけられ、身だしなみについても変化が起こっています。

1月 7, 2010 水衛生環境改善衛生教育文化、生活、習慣 |

2009年11月26日 (木)

大活躍する、元地雷撤去犬

091126_dsc00384  JENスーダン事務所で、警備員と同じくらい目覚しい働きをみせている犬がいます。

 彼女の名前は、キム。元地雷撤去犬で、RONKOというアメリカ系地雷撤去会社で活躍していました。出身地のヨーロッパ(おそらくベルギー)で生まれたキムは、その賢さと人なつっこさ故に地雷撤去犬として選ばれ、特別なトレーニングを2年ものあいだ受けた後、他の地雷撤去犬と共に何万マイルも離れたアフリカへと渡りました。

091126_dsc00394  RONKOから彼女へ支給される食料が近頃では途絶えつつあるのですが、それでもなお、彼女は、献身的にJENの警備員として、またスタッフの心の癒しキャラとして働いています。さらに、最近の彼女の仕事は、警備員にとどまりません。写真のようについには机に向かう姿すら目にすることができるようになりました。

091126_dsc00389_2  現在、事務所に寝泊まりするスタッフは現地スタッフを含め4名。治安の問題からも日本とは全く異なる環境のなかで、日々精一杯の力を仕事に発揮できるためにはメンタル面での安定は欠かせません。そういった観点からも、キムの果たす役割は非常に大きいのです。

 Haile (Operation Manager)

11月 26, 2009 事務所・スタッフ文化、生活、習慣政治、経済、治安 |

2009年9月 3日 (木)

色々なタイプの「魔術つかい」

090903_20090803_jpf2_kajo_keji_akub  南部スーダン、中央エクアトリア州のある小学校でのお話です。

 衛生教育の導入部分として、学校の周辺の状況をマッピングする作業を高学年の生徒と行いました。すると、興味深いことに、多くの学校周辺コミュニティには、地元の薬草を使って病気を治す「魔術つかい(Witch Doctor)」と呼ばれる人たちがいることがわかりました。

 JENが支援対象とする20校の小学校は、どの小学校も、道なき道を通って辿り着くことができるような、主要道路から離れたところにあります。そうした学校では、公的なクリニックまでの距離があまりに遠く、病気になっても薬を買いに辿りつけないがことがほとんどです。そこで、地元の薬草を薬として飲むのですが、「魔術つかい」はその薬草の専門家として存在していました。

 一方、現地スタッフによると、「魔術つかい」は、夫婦の仲が悪い場合に薬を使って仲良くさせたり、特別な薬で浮気性な夫の浮気を治したりするそうです。そのため、「魔術つかい」に対しては“怪しげな人”という印象をもち、そんな怪しい人のところに行く人のことも軽蔑するような雰囲気がありました。JENのドライバーによると、「自分の妻が『魔術つかい』のところに行っていたら、即刻離婚する」とのことでした。

 同じ地域で使われる、同じ「魔術つかい」という言葉に対する印象がひとによって非常に異なり、とても興味深く思われた出来事でした。

9月 3, 2009 文化、生活、習慣 |

2009年8月20日 (木)

フィールド出張の大変さ

090813_2009junesdkajokeji_roadcondi  筆者は普段、ジュバで総務経理を担当しています。7月末に、活動地域、カジョケジ郡へ行く機会がありました。最近雇用した衛生教育プロモーターに会えることや学校衛生教育の事前調査に立ち会えること、ウガンダとの国境付近という遠隔地域に訪問できることなどから、たくさんの期待を胸に出発しました。

 ところが出発当日、悪路により車が故障し、代替車の手配、中継地での宿泊など、予定していなかったことが数多く起こりました。そのため、翌日早朝に出発し、昼ごろにようやくカジョケジに到着した時は疲労困憊。しかし、学校で子どもたちに衛生教育を実施することが楽しみで仕方がないといった衛生教育プロモーターたちと会えたことは大きな喜びでした。

(写真:草原にしか見えないような?カジョケジへの道、車内から撮影2009年7月)

 今回の出張は、フィールドでの仕事にまつわる苦労と困難さを実感する良い機会となりました。これからもフィールドで活躍するスタッフを十分にサポートし、スーダンの人たちへの支援を効率良く実施できるよう、ジュバ事務所でがんばります。

8月 20, 2009 文化、生活、習慣 |

2009年7月 9日 (木)

万病に効く?ニーム茶

090709neemtea  南スーダンでは、ニームという木が至る所に生えています。そしてこの葉から作るお茶が、免疫効果を高めるということで、万病に効くと信じられています。特に、現地でよく発病するマラリア予防・治療にも効果があると言われています。

 雨季には乾季より病気が発生しやすいと言われています。そこで、現地スタッフにニームの葉をもってきてもらい、お茶を作ってもらいました。一口飲んでみると、想像以上の非常に苦い味でした。今まで飲んだことのある飲み物の中で、一番苦いと言っても過言ではありません!もうひと口飲むとやはり、甘いお菓子をすぐに口に入れたくなるほど強い味が口に広がりました。良薬口に苦し、とはまさにこのことだと思います。現地でもあまりの味の苦さに、砂糖やはちみつなどを混ぜて飲むようです。

 手軽に手に入ることを知ってから、定期的にニーム茶を冷蔵庫に保管しています。そして、特に「今日は体調がちょっと悪いかな?」と思った日には、皆ニーム茶を飲むようにしています。健康管理も現地で手に入るものを使って、現地の問題を解決しようとする、JENの姿勢に則って行っています。

7月 9, 2009 文化、生活、習慣 |

2009年6月24日 (水)

着工式で「うん」がつく

090625_20090610sdunhcrsombagroundbr  6月10日、JENが校舎の建設を進めているソンバ小学校にて、着工式を執り行いました。

 実は、すでにこの学校の工事は開始しています。しかし、バリ族である地元の人々の話によると、“工事を実施する前には必ず、ある儀式を行う必要がある”ということで、遅ればせながら着工式が挙行されたのです。儀式には地元の酋長さん、南スーダン政府の教育省の役人、パートナーであるUNHCRの代表者が参加してくださいました。

 動物のあるモノを地面に浸透させる、というその儀式は、工事の安全と工事にかかわる人々の健康を保証するために執り行われるものです。着工式に向けて、JENからは山羊を一匹、トウモロコシの粉、油、塩、トマト、ドラム缶一杯のお酒を寄付しました(バリ族の皆さんは自他共に認める?大酒飲みということで有名だそうです)。

 山羊と食料を受け渡したのち、儀式は、まず動物を犠牲にするところから始まりました。首から血を絞り出し、大地にしみこませます。その後、肛門を切り裂いて糞便を絞り出し、それに食用油を混ぜ、学校の敷地に撒きます。この作業は村の酋長さんによって執り行われ、その儀式の間、村の女性たちは大地に響く雄叫びをあげていました。

 その後、酋長さんが私の目の前で立ち止まり呪文らしきものを唱え始めました。思わず目をつぶって聞き入っていましたが、そのうち顔の表面に何やら生暖かい感触を感じました。目をあけると、なんと、酋長さんが私の顔にその聖なる糞尿を塗っているではないですか!

 同席していた政府の役人によると、この糞を塗ってもらうことで私自身の今後の身の安全と健康が保証される、とのことでした。「うんがつく」とはまさにこのことでしょうか?儀式の後、代表者がスピーチをしていたのですが、私は驚きと、微妙なにおいに刺激され、ほとんどうわの空でした。

 順調な工事を願うための式典で、思いもかけず珍しい体験をしてしまいました。最初はびっくりして思わず腰が引けたものの、これで健康が保証されると聞くとなんとなく嬉しい気分です。

6月 24, 2009 文化、生活、習慣 |

2009年5月28日 (木)

基礎インフラの大切さ

090528sd_low  ジュバに赴任して早くも1か月が経ち、ようやくスタッフ全員の顔と名前が一致してきました。また、ジュバ市内の様子や、よく訪れる建物の場所と名前も、だんだんはっきりと把握できるようになってきました。

 生活に慣れてきて気づくようになったのが、道の状態の悪化です。雨季に入り、ほとんど毎日降り続く雨のため、コンクリート舗装がされていない道は削られ、道路の凸凹が目立つようになりました。この劣悪な道路事情のため、移動時間が乾季に比べてより長くかかり、車の故障が頻発し、修理費がかさむといった状況です。

 日本に住む私たちが当たり前のように享受しているインフラですが、実はそれが当たり前のことではないこと、そして人々の生活にとって非常に重要なものであることをつくづく感じるようになりました。ジェンの実施している水衛生環境改善事業も、帰還民の人たちの生活安定にとって基礎となるからこそ、大切なものであることを実感しています。

5月 28, 2009 文化、生活、習慣 |

2009年5月14日 (木)

自立する力とは

090514_dsc02288  日本では、新しいことをスタートするのにもっともいい季節は春ですね。南スーダンでも4月をむかえ、いろんな新しいことがスタートしています。

 皆様とUNHCRのご協力で2009年3月に始まったジュバ郡小学校3校の建設と,皆様と外務省のご協力で4月に始まった学校水衛生改善のプロジェクトです。これに伴い、ジュバ事務所にも新しいスタッフが加わりました。現在は国際スタッフも含め、全員で21名の大所帯。大変賑やかです。090514_dsc02326

 ところで、2009年3月末までプロジェクトを行っていた地域で新しいことが起こっているのを見てきました。いままで建物がなく、木の下で学んでいた学校に、なんとシェルターができ、トイレと井戸が完成しているのです。子どもの人数も倍に増えて、運動用の場所もできていました。住民の協力で作った井戸の柵やシェルター、それに学校の敷地を見るたびに、このプロジェクトが化学反応をおこし、人びとの自立する力を引き出したんだと思うと、胸がいっぱいになります。

5月 14, 2009 水衛生環境改善衛生教育文化、生活、習慣 |

2009年4月16日 (木)

大荷物でようやく到着!南部スーダン、ジュバ事務所のニューフェイスよりご挨拶

こんにちは!
4月11日に南部スーダンのジュバ事務所に着任しました、福田雄一です。

私にとって、初めてのアフリカ。
乗り継ぎ地であるケニアの首都ナイロビから、ずっと刺激的な時間が続いています。

今回の赴任にあたっては、
JENの支援者として現地視察に訪れる4名の皆さまと、東京から同じ便でここジュバまでやってきました。
道中、全力でサポートしようと意気込んでいましたが、
実際は、逆に同行の皆さまに、気を遣っていただくばかりでした。

私がパソコン二台を両脇に、更に精密機械である測量器を抱え、
初めての業務渡航で「皆さんをサポートします!」と意気込んでいた姿が、
必死に無理して頑張っている?かのように見えてしまったのかもしれません、、、。

自分で持てる以外にも、ジュバ事務所で必要な機材をいくつか、皆さんに手分けして運んでいただきました。
あたたかいご協力とお気遣いに、感謝をしてもしきれません!

こうして、ご支援くださる皆さまと直接お目にかかる機会は本当に貴重です。
あらためて、たくさんの人たちのご理解とご協力があってJENが存在し、
各国で自立を目指した支援が続けられているのだと実感しました。

これから経理・総務担当として、南部スーダンでの支援に貢献できるように精進してまいります。
皆様のさらなるご支援をどうぞよろしくお願い申し上げます。

私と同じ便でジュバに到着された皆さまは、
現在、ジュバから南に4時間ほど走ったラニャ郡に視察に出かけています。

視察に同行しているJEN事務局長・木山啓子のブログは⇒⇒⇒こちら
JENジュバ事務所で、プログラム・オフィサーとしてもうすぐ2年となる若野綾子のエッセイは⇒⇒⇒こちら

4月 16, 2009 事務所・スタッフ文化、生活、習慣 |

2009年1月22日 (木)

黄色と緑色!

090122_p1040366   2008年9月より、中央エカトリア州ラニャ郡にて、皆さまと外務省のご支援を頂いて実施している事業では、井戸掘削がほぼ終了し、トイレの建設事業が着々と進んでいます。

 これと並行して進めていたトレーニングで、生徒自らドアノブの高さ、窓の位置、手洗いキットの高さ、トイレの壁の色を選ぶ活動がありました。ピンク、赤、紫等、別の色を用意していたにも関わらず、壁の色として、もっとも人気が高かったのは黄色と緑色でした。4校中3校の生徒が、この2色を選んでいます。090122_p1040398

090122_p1040477  好きな色に理由はないだろうと、理由を尋ねませんでした。が、事業地からジュバへの帰り道に、ふと、思い当りました。まぶしい太陽と生い茂る木々がとても印象的な地域に暮らすこどもたち。太陽をつかさどる黄色と木々をつかさどる緑色は生徒にとって最も身近で、生活に存在する色なのではないかな、と。

 出来上がったトイレを、少しでも身近に感じてもらえればと願います。

1月 22, 2009 水衛生環境改善文化、生活、習慣 |

2008年12月18日 (木)

気になる水

20081218_low  ジュバ事務所から出る水道の水は茶色い水です。この水は、ナイル川の水で、週に2~3回、業者のトラックにて運んでもらっています。トラックからタンクに移動したあと、殺菌剤を投入し使います。とはいっても、飲料水として飲むには、さすがに勇気が入りますので、飲料水には井戸水やミネラルウォーターをつかっています。

 茶色い水なので、白いTシャツを洗濯するとベージュ色に染まります。先日、休暇で国外に脱出した私が、ホテルについて最初にしたことは、透明な水でシャワーを浴び、持参した衣類を洗濯することでした。

 安全な水をスーダンの人々に届けるための事業を続けているジェンのスーダン事務所ですが、日々生活しながら、つくづく水の重要性を実感しています。

12月 18, 2008 文化、生活、習慣 |

2008年11月20日 (木)

地元住民と支援者の方との出会い

20081115sdkiribarachabomission_low  Chabo!著者の勝間和代さんが、JENの代表理事および事務局長とともに、スーダン事業地まで視察にいらっしゃいました。事業地の人々にとって、一度にこんなに大勢の日本人を見たのは初めての経験です。子どもたちが歓迎の歌で出迎え、先生たちの熱いメッセージが勝間さんご一行に届けられました。

 JENの事業地は道路事情が悪く、支援の行き届きにくい場所にあります。今回のように、日本の支援者の皆様が事業地を訪れてくださることで、現地の人々は日本の人々からの暖かい応援を間近に感じることができました。

「私たちができることを、一緒に考えていきましょう」

という勝間さんからのメッセージは、人々の今後の自立を支える第一歩のメッセージになったことでしょう。

11月 20, 2008 水衛生環境改善事務所・スタッフ文化、生活、習慣 |

2008年10月23日 (木)

新たに、3校の小学校で活動をスタートしました!

このたび、皆さまと外務省からのご支援をもとに、新しい事業をスタートしました!
新しいといっても、事業を行う地域はこれまでに引き続き、中央エクアトリア州ラニャ郡。ムカヤ・パヤム(Mukaya Payam)と呼ばれる地域の小学校3校です。

これらの学校では、飲料水として安全な水源がなく、近くにある池を利用しています。
下痢などによる乳児死亡率は非常に高く、また、水源まで歩いて数時間かかる家庭も多く、多くの女性や子どもは飲み水の運搬に時間をとられてしまいます。
たとえば、17名の女性の中で、妊娠中も水汲みをしていたという人は15名いました。
妊婦の重労働が流産を引き起こすとも言われており、実際17名中7名が流産を経験しているそうです。
また、10名は下痢によって子どもを亡くしたことがある女性でした。

避難先から帰還してきた人たちが健康的な暮らしを送るために、足りないものはまだまだたくさんあります。
たとえば、医療設備や地元で手に入る薬、最低限生活する上で必要な食糧、そして安全な飲料水と衛生施設(トイレなど)。

JENは子どもたちとその家族の水・衛生環境を改善するために努力していきます。応援をよろしくお願いします。
20081023lainya_20081004_06_kiribala

10月 23, 2008 水衛生環境改善衛生教育文化、生活、習慣 |

2008年10月 9日 (木)

ところ変われば

20081009_low 皆様、こんにちは。パキスタンを離れ、南スーダンの首都・ジュバに赴任しました山田絵美です。

 パキスタンでは、イスラム教の文化に則り、ドゥパッターと呼ばれるスカーフを頭に巻いていました。ジュバでは自由な格好ができると思っていましたが、先日、パンツスタイルの若い女性が逮捕される、という事件が起こりました。ジュバに住む女性たちはロングスカートを着るのが常識となっているようです。おしゃれは日本での楽しみにとっておくことになりそうです。

 海外で生活をする際、仕事をする際にいつも心がけていることは、その国の文化を尊重することです。日々起こるさまざまな出来事を快く受け止め、理解し、文化に適応していくことが大切です。

 予想以上の土埃の多さと水道から流れ出る茶色い水に、驚きを隠せない日々ですが、少しずつこの環境に慣れ、スタッフ全員でスーダン事業を盛り上げていきたいと思います。今後とも温かいご支援、よろしくおねがいします。

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皆さんのお気持ちを、その温かさそのままに、
      JENが確実にお届けします。

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10月 9, 2008 文化、生活、習慣 |

2008年9月25日 (木)

あるお葬式

20080925nrc_pulajilgirlsschool_  今朝は、午前中から事務所の隣の民家から太鼓の音と人々の歌声が絶えない。お祭りかなとも思えるにぎやかさであるが、実はお葬式が行われている。

 隣の民家に住む男性が、亡くなった。先日南スーダンのルンベク(Rumbek)という地方にて、バイクで走行中に何者かに攻撃され、袋叩きに会った。そして、そのままスーダン共和国の首都、ハルツームに運ばれたが、ほどなくして亡くなってしまったそうである。彼の遺体がジュバに戻ってきてから土葬するまでの間、親戚や地元の人は祈りを捧げ、歌を歌い続ける。スーダンのお葬式は、歌と太鼓と人々の祈りが夜を通し行われ、土葬を行うスタイルが多い。

 現地の知人に聞いたところ、この亡くなった男性はジュバからルンベクの途中にあるムンドゥリ(Mundri)という地方のモロ族の出身だったそうである。一方ルンベクはディンカ人が多い地域である。彼女曰く「ディンカ人は、あなたがお金を持っていたら、あなたを殺してでも、そのお金を奪っていくわよ」という。もちろん、そんな一般化は全く正しくはない。ただ、彼女の中でのディンカ人に対するイメージが、このような事件でも、当たり前のように当てはめられて理解されたということが気になった。20080925nrc_pulajilgirlsschool_2008

 スーダン共和国は約20年間の戦争を2005年和平合意で終止符を打った。北と南は戦争を止め、平和が戻りつつある。実際に2005年以降の難民/帰還民の帰還数は膨大で2007年12月末のUNHCR調べでは199万人が帰還したことになっている。一方、長期にわたる紛争は、民族や部族間の戦闘も同時に起こしていたために、南と北の戦いだけではなかった。平和になった今も、異なる部族はそれぞれの思いを持って復興を歩んでいるのだと実感した。

9月 25, 2008 文化、生活、習慣 |

2008年8月12日 (火)

井戸維持管理トレーニング(1) – どこで寝る?@フィールド

現在、日本政府のご協力の下で進めている学校水衛生改善事業も、佳境を迎えています。
対象校3校での井戸とトイレの設置も予定通り完了し、今は施設維持管理委員会のメンバーを対象とした、井戸維持管理トレーニングを実施しています。

フィールドに滞在する時は、その日の宿泊場所を決める必要があります。
町の中心部ではロッジを見つけることができても、遠隔地ではそうはいきません。

今回のトレーニング実施場所は、町から2時間ほど離れた小学校であるため、同校の教室に泊めてもらうことに。
スーダン人スタッフ2名は教室内にテントを張って寝ることにしましたが、私は以前からスタッフのすさまじいイビキに悩まされていたため、車の中に寝袋を敷いて寝ることにしました。

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フィールドではこの時期夜間は冷えるのですが、車中で寝てみると案外暖かく、快適で、今後もクセになりそうです。

8月 12, 2008 水衛生環境改善衛生教育文化、生活、習慣 |

2008年7月31日 (木)

支援の手が届かない人々へ支援の手を

080729_teacher_under_tree_low_2  2007年事務所開設当初から、ラニャ郡の小学校を対象に井戸掘削とトイレ建設事業を継続して行っています。現在までに“アクセス可能”な小学校48校中、もっとも水衛生環境に乏しい6校に井戸とトイレを建設しています。

 次の事業地ムカヤでは、乾季になると、井戸1本しか使えません。水源は、おもに自然に発生した沼や水溜りばかりです。これからは、ムカヤにある小学校3校を対象に、井戸とトイレを建設する予定です。

 先日、ひと休みしたカフェで、地元の炭とウガンダの茶葉を使った、とてもおいしいお茶をいただきました。炭火で水が沸く間に、お店の方と一緒に見た水源は、やはり沼地にありました。080729_tea_shop_2_3_low_2 

 ムカヤは、ウガンダの国境にあるイェイという比較的大きな町に隣接していながら、人口が少ない地域です。人数は少ないものの、安全な水源へのアクセスが難しい子どもたちを対象に、学校からきれいな水を届けてゆきます。

7月 31, 2008 水衛生環境改善文化、生活、習慣 |

2008年7月17日 (木)

雨の降らない雨季

080715__low  スーダン南部には雨季があります。地域によって異なりますが、だいたい例年6-11月です。

 今年は、事務所のあるジュバや事業地のラニャ郡でも雨季の訪れが早く、3月頃には既に頻繁に雨が降っていました。井戸の掘削やトイレの掘削がこれから始まる、という時期だったため、いつ事業地に行けなくなるかと心配していました。

 降り始めの時期は例年より早かったものの、今年は雨季真っ只中のはずの7月になっても、ジュバではあまり雨が降っていません。事業活動の計画は、雨季と乾季の時期を考慮して作られているので、あまりに雨が降らない日が続くと、「雨季に降らない分、乾季の訪れが遅れるのではないか」と、またヤキモキさせられています。地球温暖化の影響はここにも現われているのでしょうか。080715__low_2

7月 17, 2008 文化、生活、習慣 |

2008年7月 3日 (木)

ジュバ事務所での野菜作り

080701_low_2  日々追われっぱなしの業務の中で、私の小さな幸せは、現在、植えて3週目になるレタスとオクラ、そして地元スパイスの成長を見守ることです。スタッフ総出で休みの時間を利用して、早朝から事務所内の小さなスペースの草刈を始め、スパイスの種や私が日本から持参したレタスとオクラの種を植えました。

 スーダンでは、ウガンダ等、隣国からの輸入が主流です。野菜(主にトマト、キャベツ、玉葱、ジャガイモ)は日本のようにバラエティー豊かとは言えません。種類が少ないうえに、値段も日本と変わらないのです。

 今10cm程に成長した野菜が順調に育ち、オクラカレーやレタス入りサンドイッチなどを作り、みんなで食べることを楽しみにしています。

 この写真は、スタッフが植え替えに向けて、事務所の裏庭を耕しているところです。

7月 3, 2008 事務所・スタッフ文化、生活、習慣 |

2008年2月14日 (木)

6頭の牛が…

0212ushi   人一倍大忙しのエンジニアは、最近お休みをとる計画を練っています。事業担当者として、「乾季が終わるまで、もう少し待ってもらえないだろうか」と打診したところ、「6頭の牛をまだ納めていないんだ」とポツリつぶやきました。  

 スーダンでは、結婚の際に結納の品として、牛や羊などの家畜を納める習慣があります。新婚の彼は、12頭の牛を納めたいところ、まだ6頭しか納めてない。休みが取れたら、残りの6頭を納めて、結婚の儀を完成させたいそうです。0212

 6頭の牛の前に、まずは5本の井戸を現地の人々に納めよう!と励まし合いながら、おかげさまで井戸とトイレが完成し、無事、現地の人々に引き渡すことができました。(写真右下:右から2人目がエンジニアです)

2月 14, 2008 文化、生活、習慣 |

2008年1月17日 (木)

今日は、清掃日!

0117 2008年1月14日朝一番に、事務所のセキュリティガードが「事務所の外を掃除しなければならない!」と切迫した感じのやる気を見せて掃除を始めました。理由を聞いてみると、「軍隊が来て、掃除をしていないと連れて行かれる」とのこと。あまり時間がないようだったので、箒とプラスチックの袋を渡し、事務所の外を掃除してもらいました。(写真[左上]:あちらこちらに見えるゴミ(ジュバの街中))

よくよく事情を聞いてみると、昨日、政府がラジオを通して、「明日は、Public Cleaning Day」とアナウンスしたようでした。今朝、現地職員の通勤途中にも、南スーダンの正規軍隊、(SPLA)が彼を呼びとめ、「どこに行くのか?」「なぜ、掃除をしないのか?」と聞いてきたそうです。もし「用事はない」と言えば、そのまま連れて行かれ、町のマーケットでの合同清掃に強制的に参加させられる、とのことでした。(写真[右下]:清掃に走り回るガード) 0117_2

清掃の呼びかけまで軍隊が行うのは、かなり「本気」の清掃だと感心しました。おかげさまで、事務所の前の道路は、赴任してから4ヵ月間、見たことがないほど清掃されています。

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きれいになった事務所前の道路

1月 17, 2008 文化、生活、習慣 |

2007年12月 6日 (木)

フィールドでの通信事情

20071119_sudanjpf_lainya_training_f  JENが活動するラニャ郡は通信事情が悪く、専ら衛生携帯電話や無線で連絡を取り
合っていました。しかし最近、郡内でたった2箇所ですが、普通の携帯電話の電波が
入るようになりました。

 そのうちの1箇所はケンニ山という岩山の中腹。地元の人に聞くと、山をちょっと
登った所に電波が入るポイントがあるとのこと。半信半疑で山を登り、言われた場所
でジュバ事務所の同僚に電話をかけたところ、本当に連絡を取ることができました。

 今は2箇所だけですが、ラニャ郡全体で携帯電話が使用できる日が来るのも、そう遠
い話ではないかもしれません。

☆★☆ 2007年歳末募金へのご協力をおねがいします ☆★☆

詳しくはこちらへ

12月 6, 2007 文化、生活、習慣 |

2007年10月25日 (木)

スーダンで感じるボーダレスな世界

 アフリカの中でも最も長い間、内戦を経験した南スーダンでは、自国のものよりも隣国のものが普及している傾向にあります。

 例えば紙幣。隣国の紙幣がマーケットで使用されていることが多く、ウガンダに近いラニャ郡では、ウガンダの紙幣が流通しています。エチオピアに近い州ではエチオピアの紙幣、ケニアに近い州ではケニアの紙幣が流通しているともよく聞きます。

 そして携帯電話。ジュバで一番受信しやすいGemtelという携帯電話の会社は、もともとウガンダ発祥ということもあり、携帯電話番号はウガンダの国番号が使用されています。
スーダンの国番号の携帯電話を持つ人と電話で連絡を取り合おうとすると、同じジュバにいるにもかかわらず、国際電話になってしまうのです。

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10月 25, 2007 文化、生活、習慣 |

2007年10月11日 (木)

THAT’S “MADE IN JAPAN”

 ジュバにはたくさんの日本車が走っています。国連機関やNGOの車だけでなく、街中を走るジュバ市民が利用するバスなどの車両も、日本からの中古車が多く利用されています。

 日本から輸入された車であることが、一種のステータスとなっているようで、日本でペ
イントされたと思われる元所有者のお店や団体の名前が記載された車などを多く見かけます。

 たとえば、「○○幼稚園」「○○スイミングスクール」「○○ガラス店」「○○輸送」などなど。また、バックをする際に、「バックします。ピピーッ。」と日本語でアナウンスをす
るトラックなどもあります。

 これを読んでいる方が昔乗られていた車も、もしかすると今ジュバを走って、ジュバ
市民の生活を支えているかもしれません。

★★ 神楽坂まち飛びフェスタがはじまります。★★P1000174_2 

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10月 11, 2007 文化、生活、習慣 |

2007年10月 4日 (木)

こんぶ出汁?かつお出汁?

20070815_sudan_jpf_lainya_mundu_04  みなさま、こんにちは。2007年9月5日より南部スーダンのジュバ事務所に意気揚揚と赴任しました若野です。雨季の南スーダン・ジュバに来まして早1ヶ月です。

 赴任前からある程度予想はしていたものの、最もカルチャーショックだったことは、事務所の水も濁っている、ということでした。それは、不透明であるという程度の濁り方ではなく、日本で言うと、だし汁くらい色の付いた濁り方をしています。蛇口から出る水も、シャワーの水も、洗面台の水もトイレの水も、すべてナイル川の水を使うためです。

2007621   週に一回の頻度で、水タンクを積んだ給水車が事務所に来ます。その給水車の水を事務所の水タンクに入れて、使用します。体を清潔に保つために、水で体を洗い、使用した食器を洗浄し、トイレを水で洗浄したり、沸騰させて飲料したり、炊飯をしたりと多くの場面で欠くことができないのが水です。

 南部スーダンでのJENの活動は、衛生教育と井戸掘削やトイレの建設を通して、水に関する疫病を予防することです。

 私たちが日本で当然のように使用している水が、この国では長い間、使用できませんでした。その苦労に、たくさんの敬意を込め、そしてこれからは、水を使って生活環境を整えるための努力と、その必要性を現地の人々と確認し合いながら、事業を進めていきます。

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10月 4, 2007 水衛生環境改善文化、生活、習慣 |

2007年9月 6日 (木)

ムンダリ族女性のおしゃれ

20070830_sudan_jpf_terekeka_01_2   テレケカ郡に住むムンダリ族の女性は、ジュバ以南に住む民族とは異なり、内戦時代を国内で過ごした人たちが多いので、今でも伝統的な衣装を身にまとい、日々のおしゃれを楽しんでいます。

 例えば、身に着ける布は、独特の赤や黒といった鮮やかな色が混ざったもので、それに様々な柄をつぎ合わせたスカートをまといます。そして腕や首には、男性も女性も、黒のゴム製の輪をはめ、耳にはビーズでできたカラフルなイヤリングをつけます。また、赤ちゃんのときに額にV字の傷がつけられ、10歳になると下あごの前歯を抜きます。こうした身体的な特徴からも、ムンダリ族は他の民族と一目で見分けることができます。 20070829_sudan_jpf_terekeka_01_2

 スーダンの他の地域では、内戦の終結と共に近隣諸国からの帰還民の影響を受けるようになりました。その結果、古くから伝わる伝統を継承する人たちが減ってきました。国に平和が訪れた一方で、伝統が消えてしまうのは残念だと思いました。

9月 6, 2007 文化、生活、習慣 |

2007年8月16日 (木)

翻弄の歴史に触れるとき

20070726_sudan_jpf_terekeka_jonkok_  私たちが活動している中央エカトリア州の人々は、さまざまな言語を話します。

 まずは現地語として、バリ語があります。この州に住む部族によって、このほかにもムンダリ語、クク語、カクワ語などがありますが、中央エカトリア州に住む部族同士であれば、お互いに意思疎通ができるぐらいとても似ている言語とのことです。

 二つ目はJuba Arabicと呼ばれる、アラビア語です。ジュバは内戦時にはハルツームのスーダン政府軍の支配下にあったこともあり、多くの人がジュバ風にアレンジされたアラビア語を話しますが、読み・書きが出来る人はあまり見かけることがありません。

 三つ目は英語です。内戦中ウガンダに難民として逃れ、教育を受けていた人も多いことから、英語を話せる人が多くいます。

 英語が話せる人が多くいることは、私たちがプロジェクトを実施するにあたって非常に助かることなのですが、話せる言語の数が多いことは同時に南スーダンの人々が内戦に翻弄されてきた結果であることを考えると、とても複雑な気分になります。

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8月 16, 2007 文化、生活、習慣 |

2007年8月 9日 (木)

牛は財産

放牧を生業としている民族が多い南部スーダンでは、牛を貨幣と同じように利用する習慣があります。

例えば、結婚するときには、男の人の家族から女の人の家族に対して、牛をプレゼントします。
渡す牛の数も、部族によって大きく異なるそうです。

南部スーダンでも比較的南のウガンダ国境に近い方のバリ族では、牛は3~5頭ぐらい。
一方、私たちの事業地でもあるテレケカ郡のムンダリ族は、牛の放牧を主な収入源としていることから、相場は10~30頭だそうです。
さらに北に住んでいる放牧民として有名なディンカ族の場合は、100頭にまでなることがあるとか。

大きさにもよりますが、牛一頭あたり3万円ぐらいはするそうですので、結婚しようとしている人たちにとっては、大きな障碍となることも多いようです。

2007aug09_2 写真:車で移動していると、よく牛の大群に出会います

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8月 9, 2007 文化、生活、習慣 |

2007年8月 2日 (木)

天然歯ブラシ

南スーダンでは、日本では身の回りに当たり前のように存在する物資もまだ都市以外では手に入らないことが多くあります。

歯ブラシもそんな物資のひとつです。

都市部以外では、木の枝を使った、写真のような天然歯ブラシを利用している人を多く見かけます。

木の枝を折って、それを歯で噛み、繊維質が出てくるようにして、それをブラシ代わりとしているのです。

地元の人たちの生活の知恵です。

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8月 2, 2007 文化、生活、習慣 |

2007年6月28日 (木)

事業地までの長い道のり、その3

20070605_juba_port  4時間の船旅を終えひと休み中の我々一行は、この街からJubaまで、ボートで更に6時間かかるということを知りました。そこで、急遽予定を変更。ボートを降り、乗り合いバスを利用することにしました。そして、バスに揺らること2時間、ようやくJubaに到着しました。

 この出張は、Terekekaへのアクセスがどれほど困難かを、実証するものとなりました。アクセスの悪い場所ほど支援の手が届きにくいこと、そして、そういう場所で支援活動を実施することこそがJENの使命です。20070606_school_ion_terekeka

 いかに安全に、そして確実に支援を届けるか。スタッフの安全を第一におき、迅速な支援を行うための事業の作戦を練る。必要とされている人たちに、必要とされる支援を届けてゆきます。

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6月 28, 2007 水衛生環境改善文化、生活、習慣 |

2007年6月21日 (木)

事業地までの長い道のり、その2

20070605_boat_to_terekeka1  Jubaへ引き返した我々一行は、急遽バックアッププランを立てました。スピードボートをチャーターしてナイル川を下り、事業地を目指すのです。

 翌日早朝にJubaを出発、3時間の快適な船旅の末、無事Terekekaに到着しました。行きのチャーターボートで「これはイケる!」と安心しましたが、帰りは大変なことになりました。乗り合いボートを利用することにしたのです。

 出発予定の朝8時を過ぎても、一向に出発の気配がなく、ひたすら待ち続けることに。12時を過ぎたころ、ようやくボートが出発。ところが、出発後30分もたたないうちに今度は雨が降り始めました。20070605_boat_to_terekeka2

 やがて、この雨は雷と風を伴った激しい本降りになり、ふきさらしのボートが激しく揺れはじめました。なんとか雨をしのごうと、そして転覆しないようにと命がけ(!)でした。やっとの思いで中間地点にある街に着いたときには、既に4時間が経過していました。正直、命拾いをした気分でした。

 この街からJubaまでは、ボートで更に6時間かかるそうです。つづく

6月 21, 2007 事務所・スタッフ文化、生活、習慣 |

2007年6月14日 (木)

事業地までの長い道のり、その1

20070604_road_to_terekeka  先日、JENの事業地であるTerekekaを訪れました。JEN事務所があるJubaからTerekekaへの道は悪く、雨季が始まった今、移動に困難が伴うことが予想されていました。そして、予想は的中。Terekekaへの道中は、一難さってまた一難となり。。。

 出発当日、レンタルする予定の車がTerekekaから帰って来ないということで借りられませんでした。急遽、代用車を探すところからスタート(この当時、JEN車はまだ届いていなくてレンタカーを使用していました)しました。

 とは言うものの、レンタカー業者が多くあるわけではなく、悪路に耐えられそうな車を見つけてなんとかJubaを出発できたのは、予定より半日遅れのお昼過ぎでした。ところが、この日の道路のコンディションは悪く、道中で仕入れた情報によると、何台もの車がぬかるみにはまって動けなくなっているとのこと。陸路の移動は危険と判断した我々は、Jubaへ引き返すことになりました。

つづく

6月 14, 2007 事務所・スタッフ文化、生活、習慣 |

2007年5月31日 (木)

人で溢れる掲示板、その1:求人広告事情

Jpf200705253_1 現地スタッフの採用が始まりました。先日、スーダンに赴任した川勝です。
日本であれば、メールや電話、または郵便で応募者と連絡をとります。
しかし、インターネットも電話も普及していないスーダン南部では、情報交換の手段が180度違います。 

最もポピュラーなのが、国連機関事務所の前にある掲示板の利用です。Jpf200705252_2

まず、求人広告をこの掲示板に貼ることから始まります。
職を探している現地の人びとは、毎日のようにここまでやってきて、求人広告の張り紙をチェックするのです。
中には、「これだっ!」という広告の紙切れを、引きちぎって持って帰る人もいます。
すると私たちは、もう一度求人広告の紙を作り、掲示板に貼るのです。

次に、応募者の書類選考を済ませた後、合格者に面接日時を通知します。
このときも掲示板に戻り、合格者の名前と面接日時や場所を書いた紙を貼ります。すると、該当する応募者が指示どおりに面接に現れるという流れです。 Jpf200705251_4

人と連絡を取り合うために活躍する掲示板が、ここでは大変重宝しています。

5月 31, 2007 文化、生活、習慣 |

2007年5月24日 (木)

テレケカの人びと

240507_p1040357  JENの事業地のひとつであるテレケカ郡には、ムンダリ族という人たちが住んでいます。

 ジュバやジュバより南の地域では、隣国ウガンダで難民生活を送り、教育を受けてきた人たちが多いといわれています。

 一方、ジュバよりも北にあるテレケカ郡の人たちは、内戦中もスーダン国内で国内避難民として過ごしてきた人たちが多いといわれています。そのために、あまり西洋的な考え方や文化が浸透しておらず、昔ながらの生活や文化が残されています。

 たとえば、テレケカ郡に行く途中では、裸で弓を持って狩りをしている人に遭遇したり、ムンダリ族であることを示すためのしるし、額のV字の印(傷)が入った人びとに多く出会います。

 ある日、私がマーケットを歩いていると、ひとりの女性が突然、飛び跳ねながら踊りだし、こんな歌を歌いはじめました。

「(中略)白人さんようこそここへいらっしゃいました♪」
(黄色人種の日本人も、彼らからすると白人に見えるのでしょうか。。。)

 衛生教育事業でどんな文化や人びとに出会うか、とても楽しみです。

5月 24, 2007 文化、生活、習慣 |

2007年5月17日 (木)

命と病気の源

Lainya 南スーダンの特に川沿いの地域では、マンゴーの木がたくさんあります。

 3月から4月にかけてはマンゴーの実がなる時期で、現在JENスタッフが滞在しているテントホテルにあるマンゴーの木からも、大きな実が落ちるのをよく見かけます。

 内戦中に物資が不足していたときには、マンゴーの実が人々の命を救ったとも言われています。

 マンゴーの木を切り倒すことはしないというのが、紛争当事者の間でも合意されていたという言い伝えがあるほどです。Photo_70

 この命の源のマンゴーですが、同時に病気の源でもあります。

 落ちてそのまま地面に放置してあるマンゴーは、ハエの格好の食料となるため、マンゴーの収穫時期にはハエの数が倍増するのです。落ちたマンゴーにハエがたかって、オレンジ色のマンゴーが真っ黒になっているのをよくこの時期見かけます。

ハエは人間の食物にもたかるために、人々の衛生状態を悪化させる原因にもなるのです。

5月 17, 2007 文化、生活、習慣 |

2007年5月10日 (木)

手作りの砂利

100507_p1040338  ジュバの街を歩いていると、道端で石を砕いている人と、砕かれた石が小さな山になっていくつも置いてある光景をよく目にします。

 地元の人に聞くと、なんと、人の手で砂利を作っているとのこと。ジュバには石を砕く機械がほとんどありません。そのために、こうして手で砕いた石が砂利となって、建設などに使われているのだそうです。April07__1 

 しかし、ジュバではあまり砕く元となる大きな石というものを見かけません。地面が砂で覆われていることから、一部の山を除いては石を目にすることはめったにありません。このため、工事現場などで地面を掘り返す作業などがあり、石が大量に掘り出されることがあると、「あ、石だ!」と、近所の人たちが嬉しそうに大きな石を拾い集めている光景を目にします。 

 こうして集められた石は手で砕かれて売られ、彼らの現金収入となっているのです。物不足、というジュバの状況がよく現れている光景です。

5月 10, 2007 文化、生活、習慣 |

2007年4月26日 (木)

ラニャの小学校を訪問

P1040325   JENの事業地のひとつであるラニャ郡は、南スーダンの中心都市のジュバから車で約2時間南に行ったところにあります。先日事業を開始するにあたって、ラニャ郡の行政の方々へご挨拶すると同時に、付近の小学校を訪れました。

 ラニャ郡は、内戦中に政府軍と南部を拠点とするSPLA(Sudan People’s 

Liberation Army)が戦った紛争地帯でした。そのため、ラニャの小学校は建物がある小学校がほとんどなく、現在子どもたちは青空教室や、国連機関が配布したテントの中で勉強をしています。

2005年に内戦が終了し、隣国ウガンダやコンゴ民主共和国に非難していたスーダン人の帰還が開始しました。2007年も南スーダン全体で約10万人の帰還が予定されています。その中には多くの子どもたちが含まれるため、急激に増加する生徒数に学校側が対応できていないケースも多くみられます。

 私たちが訪れた学校でも、現在約400人の生徒数に対してトイレが2つしかなく、衛生環境の整備が課題のひとつとなっていました。

 帰還した子どもたちが安心して学べる環境を整えるため、JENでは日々準備を進めています。

4月 26, 2007 水衛生環境改善文化、生活、習慣 |

2007年4月19日 (木)

ジュバに到着

P1040234  ケニアのナイロビから飛行機で約1時間半。南スーダンのジュバに到着しました。標高が高いために比較的涼しいナイロビから一転、ジュバでは35度の熱風に出迎えられました。

 ジュバは南部スーダンの中心の都市ですが、スーダンは1956年の独立以来、1972年と1983年を除いては常に戦争状態にあったために、建物があまり多く見当たらず、物資も隣国のウガンダやケニアからの輸入品に頼っている状況です。2005年1月の停戦合意を受け、政府機関の建物の建設などが見られる中、国内避難民の人たちが居住する地区もまだ多く存在しています。

 それでも停戦合意以降、状況は良くなってきていると、地元の人たちは言います。まだ途切れてばかりではあるものの市内に電気が通り始め、市場には以前はなかった卵が売られ、道路もまだアスファルトは一本しかありませんが平坦にするための整備が進んでいます。P1040240

 南スーダンは戦後復興の道のりを歩み始めたばかりです。復興が一日でも早く進むよう、JENも微力ながら支援をしていきます。

4月 19, 2007 文化、生活、習慣政治、経済、治安 |