2008年2月14日 (木)

6頭の牛が…

0212ushi   人一倍大忙しのエンジニアは、最近お休みをとる計画を練っています。事業担当者として、「乾季が終わるまで、もう少し待ってもらえないだろうか」と打診したところ、「6頭の牛をまだ納めていないんだ」とポツリつぶやきました。  

 スーダンでは、結婚の際に結納の品として、牛や羊などの家畜を納める習慣があります。新婚の彼は、12頭の牛を納めたいところ、まだ6頭しか納めてない。休みが取れたら、残りの6頭を納めて、結婚の儀を完成させたいそうです。0212

 6頭の牛の前に、まずは5本の井戸を現地の人々に納めよう!と励まし合いながら、おかげさまで井戸とトイレが完成し、無事、現地の人々に引き渡すことができました。(写真右下:右から2人目がエンジニアです)

2月 14, 2008 生活、習慣、風土 |

2008年1月17日 (木)

今日は、清掃日!

0117 2008年1月14日朝一番に、事務所のセキュリティガードが「事務所の外を掃除しなければならない!」と切迫した感じのやる気を見せて掃除を始めました。理由を聞いてみると、「軍隊が来て、掃除をしていないと連れて行かれる」とのこと。あまり時間がないようだったので、箒とプラスチックの袋を渡し、事務所の外を掃除してもらいました。(写真[左上]:あちらこちらに見えるゴミ(ジュバの街中))

よくよく事情を聞いてみると、昨日、政府がラジオを通して、「明日は、Public Cleaning Day」とアナウンスしたようでした。今朝、現地職員の通勤途中にも、南スーダンの正規軍隊、(SPLA)が彼を呼びとめ、「どこに行くのか?」「なぜ、掃除をしないのか?」と聞いてきたそうです。もし「用事はない」と言えば、そのまま連れて行かれ、町のマーケットでの合同清掃に強制的に参加させられる、とのことでした。(写真[右下]:清掃に走り回るガード) 0117_2

清掃の呼びかけまで軍隊が行うのは、かなり「本気」の清掃だと感心しました。おかげさまで、事務所の前の道路は、赴任してから4ヵ月間、見たことがないほど清掃されています。

0117_4

きれいになった事務所前の道路

1月 17, 2008 生活、習慣、風土 |

2007年12月 6日 (木)

フィールドでの通信事情

20071119_sudanjpf_lainya_training_f  JENが活動するラニャ郡は通信事情が悪く、専ら衛生携帯電話や無線で連絡を取り
合っていました。しかし最近、郡内でたった2箇所ですが、普通の携帯電話の電波が
入るようになりました。

 そのうちの1箇所はケンニ山という岩山の中腹。地元の人に聞くと、山をちょっと
登った所に電波が入るポイントがあるとのこと。半信半疑で山を登り、言われた場所
でジュバ事務所の同僚に電話をかけたところ、本当に連絡を取ることができました。

 今は2箇所だけですが、ラニャ郡全体で携帯電話が使用できる日が来るのも、そう遠
い話ではないかもしれません。

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12月 6, 2007 生活、習慣、風土 |

2007年10月11日 (木)

THAT’S “MADE IN JAPAN”

 ジュバにはたくさんの日本車が走っています。国連機関やNGOの車だけでなく、街中を走るジュバ市民が利用するバスなどの車両も、日本からの中古車が多く利用されています。

 日本から輸入された車であることが、一種のステータスとなっているようで、日本でペ
イントされたと思われる元所有者のお店や団体の名前が記載された車などを多く見かけます。

 たとえば、「○○幼稚園」「○○スイミングスクール」「○○ガラス店」「○○輸送」などなど。また、バックをする際に、「バックします。ピピーッ。」と日本語でアナウンスをす
るトラックなどもあります。

 これを読んでいる方が昔乗られていた車も、もしかすると今ジュバを走って、ジュバ
市民の生活を支えているかもしれません。

★★ 神楽坂まち飛びフェスタがはじまります。★★P1000174_2 

JENは豪華ゲストを迎えて

「スーダンまるかじり」なるショーを企画しています。

ふるってご来場ください!

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10月 11, 2007 生活、習慣、風土 |

2007年10月 4日 (木)

こんぶ出汁?かつお出汁?

20070815_sudan_jpf_lainya_mundu_04  みなさま、こんにちは。2007年9月5日より南部スーダンのジュバ事務所に意気揚揚と赴任しました若野です。雨季の南スーダン・ジュバに来まして早1ヶ月です。

 赴任前からある程度予想はしていたものの、最もカルチャーショックだったことは、事務所の水も濁っている、ということでした。それは、不透明であるという程度の濁り方ではなく、日本で言うと、だし汁くらい色の付いた濁り方をしています。蛇口から出る水も、シャワーの水も、洗面台の水もトイレの水も、すべてナイル川の水を使うためです。

2007621   週に一回の頻度で、水タンクを積んだ給水車が事務所に来ます。その給水車の水を事務所の水タンクに入れて、使用します。体を清潔に保つために、水で体を洗い、使用した食器を洗浄し、トイレを水で洗浄したり、沸騰させて飲料したり、炊飯をしたりと多くの場面で欠くことができないのが水です。

 南部スーダンでのJENの活動は、衛生教育と井戸掘削やトイレの建設を通して、水に関する疫病を予防することです。

 私たちが日本で当然のように使用している水が、この国では長い間、使用できませんでした。その苦労に、たくさんの敬意を込め、そしてこれからは、水を使って生活環境を整えるための努力と、その必要性を現地の人々と確認し合いながら、事業を進めていきます。

★★ 神楽坂まち飛びフェスタがはじまります。★★P1000174_2

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10月 4, 2007 水衛生事業, 生活、習慣、風土 |

2007年9月 6日 (木)

ムンダリ族女性のおしゃれ

20070830_sudan_jpf_terekeka_01_2   テレケカ郡に住むムンダリ族の女性は、ジュバ以南に住む民族とは異なり、内戦時代を国内で過ごした人たちが多いので、今でも伝統的な衣装を身にまとい、日々のおしゃれを楽しんでいます。

 例えば、身に着ける布は、独特の赤や黒といった鮮やかな色が混ざったもので、それに様々な柄をつぎ合わせたスカートをまといます。そして腕や首には、男性も女性も、黒のゴム製の輪をはめ、耳にはビーズでできたカラフルなイヤリングをつけます。また、赤ちゃんのときに額にV字の傷がつけられ、10歳になると下あごの前歯を抜きます。こうした身体的な特徴からも、ムンダリ族は他の民族と一目で見分けることができます。 20070829_sudan_jpf_terekeka_01_2

 スーダンの他の地域では、内戦の終結と共に近隣諸国からの帰還民の影響を受けるようになりました。その結果、古くから伝わる伝統を継承する人たちが減ってきました。国に平和が訪れた一方で、伝統が消えてしまうのは残念だと思いました。

9月 6, 2007 生活、習慣、風土 |

2007年8月16日 (木)

翻弄の歴史に触れるとき

20070726_sudan_jpf_terekeka_jonkok_  私たちが活動している中央エカトリア州の人々は、さまざまな言語を話します。

 まずは現地語として、バリ語があります。この州に住む部族によって、このほかにもムンダリ語、クク語、カクワ語などがありますが、中央エカトリア州に住む部族同士であれば、お互いに意思疎通ができるぐらいとても似ている言語とのことです。

 二つ目はJuba Arabicと呼ばれる、アラビア語です。ジュバは内戦時にはハルツームのスーダン政府軍の支配下にあったこともあり、多くの人がジュバ風にアレンジされたアラビア語を話しますが、読み・書きが出来る人はあまり見かけることがありません。

 三つ目は英語です。内戦中ウガンダに難民として逃れ、教育を受けていた人も多いことから、英語を話せる人が多くいます。

 英語が話せる人が多くいることは、私たちがプロジェクトを実施するにあたって非常に助かることなのですが、話せる言語の数が多いことは同時に南スーダンの人々が内戦に翻弄されてきた結果であることを考えると、とても複雑な気分になります。

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8月 16, 2007 生活、習慣、風土 |

2007年8月 9日 (木)

牛は財産

放牧を生業としている民族が多い南部スーダンでは、牛を貨幣と同じように利用する習慣があります。

例えば、結婚するときには、男の人の家族から女の人の家族に対して、牛をプレゼントします。
渡す牛の数も、部族によって大きく異なるそうです。

南部スーダンでも比較的南のウガンダ国境に近い方のバリ族では、牛は3~5頭ぐらい。
一方、私たちの事業地でもあるテレケカ郡のムンダリ族は、牛の放牧を主な収入源としていることから、相場は10~30頭だそうです。
さらに北に住んでいる放牧民として有名なディンカ族の場合は、100頭にまでなることがあるとか。

大きさにもよりますが、牛一頭あたり3万円ぐらいはするそうですので、結婚しようとしている人たちにとっては、大きな障碍となることも多いようです。

2007aug09_2 写真:車で移動していると、よく牛の大群に出会います

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8月 9, 2007 生活、習慣、風土 |

2007年8月 2日 (木)

天然歯ブラシ

南スーダンでは、日本では身の回りに当たり前のように存在する物資もまだ都市以外では手に入らないことが多くあります。

歯ブラシもそんな物資のひとつです。

都市部以外では、木の枝を使った、写真のような天然歯ブラシを利用している人を多く見かけます。

木の枝を折って、それを歯で噛み、繊維質が出てくるようにして、それをブラシ代わりとしているのです。

地元の人たちの生活の知恵です。

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8月 2, 2007 生活、習慣、風土 |

2007年6月28日 (木)

事業地までの長い道のり、その3

20070605_juba_port  4時間の船旅を終えひと休み中の我々一行は、この街からJubaまで、ボートで更に6時間かかるということを知りました。そこで、急遽予定を変更。ボートを降り、乗り合いバスを利用することにしました。そして、バスに揺らること2時間、ようやくJubaに到着しました。

 この出張は、Terekekaへのアクセスがどれほど困難かを、実証するものとなりました。アクセスの悪い場所ほど支援の手が届きにくいこと、そして、そういう場所で支援活動を実施することこそがJENの使命です。20070606_school_ion_terekeka

 いかに安全に、そして確実に支援を届けるか。スタッフの安全を第一におき、迅速な支援を行うための事業の作戦を練る。必要とされている人たちに、必要とされる支援を届けてゆきます。

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6月 28, 2007 水衛生事業, 生活、習慣、風土 |

2007年6月21日 (木)

事業地までの長い道のり、その2

20070605_boat_to_terekeka1  Jubaへ引き返した我々一行は、急遽バックアッププランを立てました。スピードボートをチャーターしてナイル川を下り、事業地を目指すのです。

 翌日早朝にJubaを出発、3時間の快適な船旅の末、無事Terekekaに到着しました。行きのチャーターボートで「これはイケる!」と安心しましたが、帰りは大変なことになりました。乗り合いボートを利用することにしたのです。

 出発予定の朝8時を過ぎても、一向に出発の気配がなく、ひたすら待ち続けることに。12時を過ぎたころ、ようやくボートが出発。ところが、出発後30分もたたないうちに今度は雨が降り始めました。20070605_boat_to_terekeka2

 やがて、この雨は雷と風を伴った激しい本降りになり、ふきさらしのボートが激しく揺れはじめました。なんとか雨をしのごうと、そして転覆しないようにと命がけ(!)でした。やっとの思いで中間地点にある街に着いたときには、既に4時間が経過していました。正直、命拾いをした気分でした。

 この街からJubaまでは、ボートで更に6時間かかるそうです。つづく

6月 21, 2007 スタッフ, 生活、習慣、風土 |

2007年6月14日 (木)

事業地までの長い道のり、その1

20070604_road_to_terekeka  先日、JENの事業地であるTerekekaを訪れました。JEN事務所があるJubaからTerekekaへの道は悪く、雨季が始まった今、移動に困難が伴うことが予想されていました。そして、予想は的中。Terekekaへの道中は、一難さってまた一難となり。。。

 出発当日、レンタルする予定の車がTerekekaから帰って来ないということで借りられませんでした。急遽、代用車を探すところからスタート(この当時、JEN車はまだ届いていなくてレンタカーを使用していました)しました。

 とは言うものの、レンタカー業者が多くあるわけではなく、悪路に耐えられそうな車を見つけてなんとかJubaを出発できたのは、予定より半日遅れのお昼過ぎでした。ところが、この日の道路のコンディションは悪く、道中で仕入れた情報によると、何台もの車がぬかるみにはまって動けなくなっているとのこと。陸路の移動は危険と判断した我々は、Jubaへ引き返すことになりました。

つづく

6月 14, 2007 スタッフ, 生活、習慣、風土 |

2007年5月31日 (木)

人で溢れる掲示板、その1:求人広告事情

Jpf200705253_1 現地スタッフの採用が始まりました。先日、スーダンに赴任した川勝です。
日本であれば、メールや電話、または郵便で応募者と連絡をとります。
しかし、インターネットも電話も普及していないスーダン南部では、情報交換の手段が180度違います。 

最もポピュラーなのが、国連機関事務所の前にある掲示板の利用です。Jpf200705252_2

まず、求人広告をこの掲示板に貼ることから始まります。
職を探している現地の人びとは、毎日のようにここまでやってきて、求人広告の張り紙をチェックするのです。
中には、「これだっ!」という広告の紙切れを、引きちぎって持って帰る人もいます。
すると私たちは、もう一度求人広告の紙を作り、掲示板に貼るのです。

次に、応募者の書類選考を済ませた後、合格者に面接日時を通知します。
このときも掲示板に戻り、合格者の名前と面接日時や場所を書いた紙を貼ります。すると、該当する応募者が指示どおりに面接に現れるという流れです。 Jpf200705251_4

人と連絡を取り合うために活躍する掲示板が、ここでは大変重宝しています。

5月 31, 2007 生活、習慣、風土 |

2007年5月24日 (木)

テレケカの人びと

240507_p1040357  JENの事業地のひとつであるテレケカ郡には、ムンダリ族という人たちが住んでいます。

 ジュバやジュバより南の地域では、隣国ウガンダで難民生活を送り、教育を受けてきた人たちが多いといわれています。

 一方、ジュバよりも北にあるテレケカ郡の人たちは、内戦中もスーダン国内で国内避難民として過ごしてきた人たちが多いといわれています。そのために、あまり西洋的な考え方や文化が浸透しておらず、昔ながらの生活や文化が残されています。

 たとえば、テレケカ郡に行く途中では、裸で弓を持って狩りをしている人に遭遇したり、ムンダリ族であることを示すためのしるし、額のV字の印(傷)が入った人びとに多く出会います。

 ある日、私がマーケットを歩いていると、ひとりの女性が突然、飛び跳ねながら踊りだし、こんな歌を歌いはじめました。

「(中略)白人さんようこそここへいらっしゃいました♪」
(黄色人種の日本人も、彼らからすると白人に見えるのでしょうか。。。)

 衛生教育事業でどんな文化や人びとに出会うか、とても楽しみです。

5月 24, 2007 生活、習慣、風土 |

2007年5月17日 (木)

命と病気の源

Lainya 南スーダンの特に川沿いの地域では、マンゴーの木がたくさんあります。

 3月から4月にかけてはマンゴーの実がなる時期で、現在JENスタッフが滞在しているテントホテルにあるマンゴーの木からも、大きな実が落ちるのをよく見かけます。

 内戦中に物資が不足していたときには、マンゴーの実が人々の命を救ったとも言われています。

 マンゴーの木を切り倒すことはしないというのが、紛争当事者の間でも合意されていたという言い伝えがあるほどです。Photo_70

 この命の源のマンゴーですが、同時に病気の源でもあります。

 落ちてそのまま地面に放置してあるマンゴーは、ハエの格好の食料となるため、マンゴーの収穫時期にはハエの数が倍増するのです。落ちたマンゴーにハエがたかって、オレンジ色のマンゴーが真っ黒になっているのをよくこの時期見かけます。

ハエは人間の食物にもたかるために、人々の衛生状態を悪化させる原因にもなるのです。

5月 17, 2007 生活、習慣、風土 |

2007年5月10日 (木)

手作りの砂利

100507_p1040338  ジュバの街を歩いていると、道端で石を砕いている人と、砕かれた石が小さな山になっていくつも置いてある光景をよく目にします。

 地元の人に聞くと、なんと、人の手で砂利を作っているとのこと。ジュバには石を砕く機械がほとんどありません。そのために、こうして手で砕いた石が砂利となって、建設などに使われているのだそうです。April07__1 

 しかし、ジュバではあまり砕く元となる大きな石というものを見かけません。地面が砂で覆われていることから、一部の山を除いては石を目にすることはめったにありません。このため、工事現場などで地面を掘り返す作業などがあり、石が大量に掘り出されることがあると、「あ、石だ!」と、近所の人たちが嬉しそうに大きな石を拾い集めている光景を目にします。 

 こうして集められた石は手で砕かれて売られ、彼らの現金収入となっているのです。物不足、というジュバの状況がよく現れている光景です。

5月 10, 2007 生活、習慣、風土 |

2007年4月26日 (木)

ラニャの小学校を訪問

P1040325   JENの事業地のひとつであるラニャ郡は、南スーダンの中心都市のジュバから車で約2時間南に行ったところにあります。先日事業を開始するにあたって、ラニャ郡の行政の方々へご挨拶すると同時に、付近の小学校を訪れました。

 ラニャ郡は、内戦中に政府軍と南部を拠点とするSPLA(Sudan People’s 

Liberation Army)が戦った紛争地帯でした。そのため、ラニャの小学校は建物がある小学校がほとんどなく、現在子どもたちは青空教室や、国連機関が配布したテントの中で勉強をしています。

2005年に内戦が終了し、隣国ウガンダやコンゴ民主共和国に非難していたスーダン人の帰還が開始しました。2007年も南スーダン全体で約10万人の帰還が予定されています。その中には多くの子どもたちが含まれるため、急激に増加する生徒数に学校側が対応できていないケースも多くみられます。

 私たちが訪れた学校でも、現在約400人の生徒数に対してトイレが2つしかなく、衛生環境の整備が課題のひとつとなっていました。

 帰還した子どもたちが安心して学べる環境を整えるため、JENでは日々準備を進めています。

4月 26, 2007 水衛生事業, 生活、習慣、風土 |

2007年4月19日 (木)

ジュバに到着

P1040234  ケニアのナイロビから飛行機で約1時間半。南スーダンのジュバに到着しました。標高が高いために比較的涼しいナイロビから一転、ジュバでは35度の熱風に出迎えられました。

 ジュバは南部スーダンの中心の都市ですが、スーダンは1956年の独立以来、1972年と1983年を除いては常に戦争状態にあったために、建物があまり多く見当たらず、物資も隣国のウガンダやケニアからの輸入品に頼っている状況です。2005年1月の停戦合意を受け、政府機関の建物の建設などが見られる中、国内避難民の人たちが居住する地区もまだ多く存在しています。

 それでも停戦合意以降、状況は良くなってきていると、地元の人たちは言います。まだ途切れてばかりではあるものの市内に電気が通り始め、市場には以前はなかった卵が売られ、道路もまだアスファルトは一本しかありませんが平坦にするための整備が進んでいます。P1040240

 南スーダンは戦後復興の道のりを歩み始めたばかりです。復興が一日でも早く進むよう、JENも微力ながら支援をしていきます。

4月 19, 2007 政治、経済、治安, 生活、習慣、風土 |