2012年5月24日 (木)

ジュバの物価上昇問題

 現在、ジュバ事務所では次期事業の開始に向けて、予算の最終確定を進めています。そこで悩ましいのが最近の物価上昇です。今年に入り、スーダンとの国境沿いの紛争が激しくなり、石油輸出の停止や戦費の支出などが引き金となっています。

 この物価上昇、ものすごく人々の生活を苦しめ始めています。例えば・・・・、

 以前街角グルメで紹介したチャパティー。以前は卵とトッピング付きで2ポンドでしたが、今では卵もトッピングもなしで2ポンド(約35円)です。
 卵を付けると4ポンドです。(約70円)
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 ピンポン玉程のとても小さな玉ねぎが4玉~5玉で10ポンド(約177円)。
 大きな玉ねぎは1玉10ポンド(約177円)もします。
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 卵1玉1ポンド(17円)
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地元のレストランの1食あたりの平均金額12~15ポンド(約215円~270円)。
 1年前には1食5~7ポンド(約90円~120円)でした。
(写真は2食分)
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バイクタクシー
 市民の交通手段としてバイクタクシーは人気です。ですがこのバイクタクシーも金額が変動し始めています。現時点では、ジュバ市内の燃料の価格は据え置きですが、燃料を手に入れるのが非常に困難なため、多くのガソリンスタンドが営業を中止していて、営業中のガソリンスタンドの前には遥か彼方まで行列が続いています。車の列、オートバイの列、人の列。給油後の車がどこから出られるのかもわからないほどごった返しています。

 今後、南スーダンの物価はどこまで上昇するのか。紛争の行方はどうなるのか。多くの課題をいまだ抱える新生南スーダン。まだまだ様々な問題の解決に向かって歩き始めたばかりです。

 引き続き皆さまからの温かいご支援をよろしくお願いいたします。

5月 24, 2012 生活、習慣、風土 |

2012年5月10日 (木)

街角グルメ in モロボ

 今週は前回に引き続き南スーダンのグルメを紹介します。特に村でのグルメです。

キャッサバを砕いて塩味を付け練り揚げたものです。
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 少し硬めのオダンゴのような食感です。写真のように丸くて平たいものや、細長くして揚げたものがあります。モロボの市場でも売っていますが、比較的深い山の中でも、道路沿いでこれを売っている姿を時々見かけます。5個で1ポンド(約25円)です。

モロコシと豆を炊いたもの。
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モロコシと豆と炊いたものに香ばしいネギ油をかけて食べます。人々はこの香ばしいネギ油が大好きで、たっぷりとかけて食べます。1皿1ポンド(約25円)です。

これは日本では高級な化粧品の材料として有名なシアバターの実です。

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村ではルルと呼ばれていて、ジェンが活動する村にたくさんなっています。化粧品の材料にもなるこの実は、中にある種子を乾燥させ砕いて抽出します。

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村人たちは体にもとても良く、質の良いこのルルの油を食用として使っています。この種子の周りには甘くて少し独特の香りがある実がついていて黄色く熟すと食す事ができます。

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南スーダンの人々の大好物。人々は4月の終わり、雨季の始まるこの季節をとても楽しみにしています。その理由はこの白アリの季節だからです。(※日本のシロアリと違って大きく、羽が取れると芋虫のように見えます)
繁殖期に羽を落とした白アリを集め、油で揚げたり、煮込み、スープにして食べます。特に乳白色のスープは絶品で、ウガリと言うモロコシの粉を練りあげて作ったオダンゴのようなものにたっぷり浸して食べます。


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4月の終わり、朝から作業をしているメンバーに村人が差し入れをしてくれました。少し疲れていたメンバーの表情が全員一気に明るくなりました。

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村のあちこちには大きなアリ塚があります。大きな四輪駆動車と比較してもこの大きさです。時にはいくつもの植物の根と絡み合い自然界の美しい姿を垣間見る事もできます。

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5月 10, 2012 生活、習慣、風土 |

2012年4月19日 (木)

南スーダン街角グルメ

 南スーダンの首都、ジュバの街角グルメを紹介します。

 ジュバタウンのこのハンバーガー店は、いつも大勢の人でにぎわっています。昼過ぎには完売で閉店になります。
 チキン、ビーフ、レバー、フィシュ、豆、野菜など様々なテイストが楽しめるのもこのお店の売りでしょう。店頭で焼かれるお肉はとてもいい香りを放っています。
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左下:フィシュバーガー 右下:チキンバーガー 中央上:ビーフバーガー

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 フレッシュジュースもあり、レモン、オレンジ、パイナップル、グアバー等のジュースが日替わりで楽しめます。

レモンジュース

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 街角ではチャパティーと呼ばれる薄焼きパンが売られています。手際良く薄焼き卵を焼きチャパティーをあわせます。
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 スライストマトと生玉ねぎをトッピング。
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朝食やランチ、小腹がすく夕方にも、手軽に食べられる一品です。

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 マーケットには多くの生活用品が並びます。食料品はその代表の一つ。おいしく料理された料理が並ぶお店の前には、たくさんの人が集まります。
香ばしく焼けたチキンはほんのりスパイスが効いています。

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 フライドチキンにフライドポテト

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 マンダジと呼ばれる揚げパン
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 こちらはターミヤと呼ばれるスナック。絶妙な塩加減とサクッとした香ばしい衣が癖になります。とんかつから豚肉を抜いたような食べ物です。

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女性たちが香ばしい香りを放ちながら街角でターミヤを揚げています。

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4月 19, 2012 生活、習慣、風土 |

2012年4月 5日 (木)

よもやま話~現地モニタリングを通して~

 先週、モロボ郡の事業地の進捗を見てきました。事業も大詰めを迎えており、井戸の設置なども各地で進んでいます。そこで出会った人々を紹介します。

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 右側のデビッド・バイガさん(30歳)はウドゥドラ小学校にてトイレ建設スタッフとしてボランティアで働いています。奥さんのジェシカさん(20歳)は、ほぼ毎日、デビッドさんの働きを見に来るそうです。
 これまで、農業か日雇い労働しかしていなかったご主人が建設のスキルを身に付けたことで、いろいろなことにポジティブに物事を考えるようになったそうです。デビッドさんもジェシカさんが毎日見に来てくれて嬉しいと言っていました。

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 その小学校の新設井戸で水汲みをしていた青いシャツを着たグレイスさん(16歳)。実家を離れて、12人家族のおばさんの家を手伝っているとのこと。昔は、水汲みに往復40分かかかっていたところ、今は往復15分ですむようになって、料理や洗濯もすぐ済ませられ、ゆっくりする時間が増えたそうです。


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 ルジュロ・ウェスト小学校でおいしそうに水を飲む子どもたち。


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 そして、ヲンゴボロ小学校でも。

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 その学校での衛生教育の風景。パペットショウをジェンスタッフが行いました。とおりすがりの人々も見ていきます。


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 舞台裏ではジェンのスタッフが熱演です。


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 最後にみんなで記念撮影をさせてもらいました。

(この事業は、ジャパン・プラットフォームや皆様のご支援で進められています。)

4月 5, 2012 水衛生事業 |

2012年3月22日 (木)

コミュニティによるトイレ建設(壁・天井編)

 昨年12月、コミュニティによるトイレ建設として汚水槽用の穴掘りという最初の段階をお伝えしました。(詳しくはこちら

 その後、穴の壁を作り、トイレの床を作り、そしてようやく最終段階の壁・天井に至る地域が出てきました。

 3月の中旬に訪問したルジョロ・ウェスト小学校では、1月頃に住民から、「自分たちで煉瓦を用意するのでトイレの壁をベニヤ板ではなく煉瓦の壁にしたい」という申し出があり、急遽、設計を変更して対応しました。
 煉瓦は町から買ってくるのではなく自分たちで土を焼き固めて作ったのです。
 そして、地域の人々は作業している人々のために食事を作って支えていました。
 これらは、村のリーダーたちや教会の人々、教員、保護者達のサポートで持って進められました。

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(最終工程の天井づくりに入ったトイレ建設)

 現場では、トイレ建設の訓練を受けたサミュエル・アユメ・アゴスティノ(29)がこの最終工程の天井づくりを地域の人々と一緒に進めていました。
「みんな、自分たちでトイレを作れることで自信をつけています。NGOに頼り切るのではなく、自分たちが本来持っていた力とジェンのトレーニングにより、もうすぐトイレが完成するところまで行きつきました」と語ってくれました。

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(屋根を設置中のトイレ。真ん中にサミュエル氏)

 この地域にはもともと井戸がなく、きれいとは言えない川の水を飲んでいました。ジェンはこの地域に井戸を設置し、コミュニティによるトイレ建設を進めてきましたが、ルジョロ・ウェスト小学校は、コミュニティが自分たちの尊厳を回復し自立に向けて進めることを、他の地域よりもいち早く示してくれていました。

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(ルジョロ・ウェスト小学校に設置した井戸)

 (プロジェクト・オフィサー:エリザベス・モーセ)

3月 22, 2012 水衛生事業 |

2012年3月 8日 (木)

元気になった発電機 ~自衛隊のみなさん、感謝です~

 南スーダンの首都ジュバでは、電力公社が住民に電気を供給しています。しかし、ここ1年ほど停電が頻発し1週間に2~3時間しか供給されません。なので、事務所の必要な電力は、発電機を使って自分たちで発電しています。ところがこの発電機、酷使に酷使を重ねた結果、最近調子が悪くなってきてしまいました。

 そんなある日、自衛隊の方がジェンの事務所を訪問されました。その際、不調な発電機の話になったところ、「それでは見てみましょうか」と、居あわせた整備員が早速点検をしてくださることになりました。

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 手際良く小さな小さなパーツをどんどん取り外していきます。先日、現地業者に不調の原因を見てもらった際に解体しなかった部分まで分解されていきました。

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 不調の主な原因は、今まで現地の業者では点検もされなかった細かい部品の汚れでした。そのような日々砂埃にさらされてしまっている細かい部品を取り出しきれいに磨いてくださいました。

 作業後、発電機は、見違えるように元気な音を立てて発電を始めました。

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(左から、三宅さん、大野さん、木村さん、茂籠さん、浦上さん)

 自衛隊の皆さん、炎天下での作業、本当にありがとうございました。これからもこの発電機を大切に使って行きたいと思います。

3月 8, 2012 水衛生事業 |

2012年2月23日 (木)

井戸ができると・・・!

7か月前に独立した南スーダンで、ジェンは今年も各地で井戸を造っています。今日は、昨年の事業で井戸を造った村の声をお届けします。

カジョケジ郡のバジュル村に住むジュアン(Juan)さんは、26歳ながら5人の母親です。

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2006年に村に戻って来ました。それ以来、「安全な水」を得るために毎日4kmを朝晩と往復していました。一日の大半を水汲みに費やすので、その間、子どもたちは自分たちで何とかして過ごすしかありませんでした。小さい子はちょくちょく下痢になり、病院にも行かなければなりませんでした。

ジェンが家から600mのところの学校に井戸を作ってから状況は一変しました。

「こんなに幸せなことはありません。
今では家族の世話をする時間があります。
そして水のことを心配する必要がありません。
水もたくさん出ているので列を作って待つこともありません。
家族は衛生に気をかけるようになり、今は手洗い場を作ることを考えています」

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給水施設管理委員会のメンバーでもあるジュアンさんは、
「井戸がいつも動いて清潔であるように委員会の一員として責任を持ってみていきます」と語ってくれました。

井戸ができてから、生活がよくなると共に、人々の尊厳も回復していっています。

(プログラム・オフィサー エリザベス・モーセ)

2月 23, 2012 水衛生事業, 管理委員会 |

2012年2月 9日 (木)

あたらしい事業に向けて ~北バルエルガザル州~

 昨年5月から中央エクアトリア州で実施している事業もいよいよ大詰めを迎えてきました。

 一方で、次の事業の準備を進めています。その一環として、治安の比較的安定している南スーダン北部の北バルエルガザル州にて、2月に入ってから現地調査を行っております。

 北バルエルガザル州は南スーダンの北部に位置し、スーダンとの国境に面しております。昨年住民投票の結果により独立した南スーダン共和国は、独立後に国の内外から地元に帰ろうとしているたくさんの帰還民が発生 していますが、その中で同州は10ある南スーダンの州で2番目に帰還民が多い州です。

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出典:《Office for the Coordination of Humanitarian Affairs》国連人道問題調整部、通称OCHAの資料。

http://reliefweb.int/node/476467

 中央エクアトリア州にある首都のジュバからワオという町を中継して3時間。行きついたところには滑走路があるだけの空港でした。
(写真は、国連が運行している飛行機)

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 北バルエルガザル州の南部は、6月から12月頃まで雨季のため、幹線道路から村々へ車で入ることが難しく、これまで多くの支援団体が避けていた地域でした。
 その地域の村々を見てきました。
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 その一つの村マンガ・ギエールにて、マグッド・モワルエルさんの家族を訪問。お昼時、ちょうど子どもたちが水汲みから帰ってきたところでした。片道40分歩いての水汲み。 朝と夕方の仕事です。

 この日は病気の子どものために追加の水が必要で小さな容器に入れて帰ってきたところでした。

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 小さな子がきちんとコップを洗って水をくみ、病気の子に渡していました。しかし、食事の前やトイレの後の手洗いはしていないそうです。
 衛生知識が普及していないことと、安全な水を安定的に入手できないことから、 雨期の時は子どもも大人もしばしば下痢になるそうです。
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 生計は次の写真のような萱を森から切ってきて束にして売ります。一束10ポンド(約300円)。
 お父さんは、ここから数百キロも離れた首都のジュバで仕事をし、大きなお兄さんたちもジュバにいて、学生をしているそうです。
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 この後、子どもたちが通う近くのマンガ・ギエール小学校を訪問しました。ちょうど乾季休み中で(12月から4月まで)生徒たちは誰もいませんでしたが、教頭先生に会うことができて話を伺いました。
(下の写真、教頭先生(右端))
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 先生から井戸やトイレの状況、衛生教育などについて話を聞いてきました。
 学校は800人近い生徒がいるのですが、校舎はなく職員室もありません。
運動場の周りに広がる大きな木の根元が各学年の教室です。

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 トイレはコミュニティで作り上げたものがありました。
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 中には石組みの穴。
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 大人が入ると非常に小さく感じました。
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 このようなトイレが、2か所だけ。だいたい女の子が使うそうで、男の子は学校のはずれにある茂みで用を足します。

 その際に必要なのが、次の手に持っている品物。
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 単なる木の棒ですが、これがトイレットペーパーの代わりになります。別の州では石を使うところもあるとか。使ったら穴の中に捨てるそうです。

 この学校には井戸がないため、子どもたちは用を足した後手を洗うことができません。
近くの井戸も歩いて40分のため、限られた学校の時間のためには汲みに行くことができないそうです。

 最後に家族の皆さんと記念写真。
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 同県ではまだ調査を開始したばかりですが、こういった実地調査の結果を踏まえて、他地域との比較、国連等の公的機関データ、現地行政との会合といった要素から、もっとも必要な支援となるように内容を詰めていきます。

2月 9, 2012 水衛生事業 |

2012年1月26日 (木)

井戸のメンテを地域一体で

 ジェンは、井戸を建設する際には各学校に井戸の維持管理委員会を設置して、住民が自分たちで修理やメンテナンスができるようにしています。

 しかし、数年間の間に、いくつかの問題点も見えてきました。
 委員会は簡単な修理はできるけれども、大きな修理は水道局に頼らざるをえない。
 水道局の対応は、人員不足、予算不足で遅くなる。
 修理のスペアパーツが水道局の在庫になく、地域でも手に入らない。

 そこでジェンは、地域で育ち始めている井戸修理工の経験者を組織化し、政府に頼り切らず、住民と民間の修理工が連携して井戸の維持管理を進める仕組みづくりを、ラニャ郡にて進めています。
 スペアパーツも修理工の協会が在庫管理して、常に在庫があるようにしていきます。
 また、公共性の強いこの協会が住民とうまく連携できるよう、政府による支援にも繋げていっています。

 先日は協会のメンバーである修理工の技術再確認トレーニングを行いました。

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(技術再確認トレーニングの一場面)

 井戸の修理工として協会の設立から関わっているジョン・ラドゥさんは
「この協会の設立を通して、井戸の維持管理は、政府ではなく私たち井戸修理工の責任であることを再確認しました。
 私たちに井戸の維持管理を任せてくれようと考えているコミュニティも出てきています。
 今は、その契約額について人々と一緒に勉強しています」
 と語ってくれました。

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(インタビューを受けるジョン・ラドゥさん(左))

 ジェンは、住民が「官」だけに頼らず、「住・官・民」のネットワークの中で、民間の協会を核として、自分たちで井戸の維持管理できるような地域の自立支援を進めています。

1月 26, 2012 水衛生事業, 管理委員会 |

2012年1月12日 (木)

イェイタウンの年明け

 首都ジュバから南に車で3~4時間ほど走ったところにあるイェイタウン。
 ジェンの事業地モロボ郡やラニャ郡で活動するジェンスタッフが給油したり、宿泊したりする拠点となっています。

 そこで年越しをしたスタッフ(サミュエル)に、1月1日について聞きました。

 1月1日はクリスマスと同じぐらい重要な日です。クリスマスと同じように朝から教会に行きます。
 私は朝6時から教会に行きました。日中は暑くなってきましたが、朝はまだまだ寒い中、数百人ほどの人々が集まります。
 1980年代に建てられた教会の中には400人ほどが、教会の外にも数百人が集まりました。そして、皆で独立後初めての新年を迎えられたことを喜び合いました。

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(教会に集まった人々)

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(礼拝中も教会の外で人々は集まってきて新年のあいさつを交わしていました)

 1月1日は、食事も大切です。牛肉、豚肉、鶏肉を煮たり焼いたりしたりしたものや野菜の料理を各家庭で準備します。

 女性たちはこの準備のため、早朝の礼拝ではなく昼前の礼拝に参加します。

 礼拝の後は、友人を招待したり、友人の家の訪問したりして1日中、どこかでご飯を食べていました。

 クリスマスと1月1日にたくさんお金を使ったので、1月2月はつつましやかな生活をしなければなりません。

 2011年は国民投票や独立など多くのイベントがありました。そして物価は上昇し、各地で争いが続いています。つい先日も北部で数千人規模の襲撃事件が起こり、数万人の避難者が出る事態となっています。

 2012年は経済が安定し、各地の争いが収まり平和が定着するような実りの多い年になることを願っています。

1月 12, 2012 スタッフ, 生活、習慣、風土 |