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2010年9月22日 (水)

私って本当にコミュニティワーカー?

Pusparajah  私はサーミッタンビ・プシュパラージャ、29歳のパラトゥチェナイ住民です。私の少年時代について話したいと思います。そういえば、私は今まで、自分がどのようなひとで、どんな生活をしてきて、そして将来のために何をしたのかを忘れていました。今回、皆様に私がジェンでやっている仕事や過去を紹介したいと思います。

 私の家族は、生きるためだけに、日々変化のない生活をしていました。父親は、薪を売って生計を立てていました。しかし、1994年、薪を収集していた父親は見知らぬ人に撃たれ、亡くなりました。私たちはすべて無くした、私はそう思いました。そして、絶望を感じた私は、故郷のサンティウェリ村で親戚と一緒に暮らすようになりました。

 苦しい時期を過ごしました。しかし、そんな私の人生を、神が救ってくれました。ジェンのスタッフが私の所へ来たのです。スタッフと村について話をした後、私はジェンのために働きたいと思いました。そして、寺院長、村長や村落行政官の推薦のおかげで、この仕事を得ることができました。

 この仕事に就くことができて、本当に感謝をしています。私たちは神を強く信じています。神は私の人生を救い、常に良いことをするように導いてくれました。コミュニティを強化するためのワークショップに参加し、調査や、村のデータを収集する業務を通じて、私は、コミュニティの発展とNGOの存在価値の大切さを学びました。

 ジェンで働き始めてから、私は、人びとが協力することがどれほど重要か、目の当たりにしてきました。そして、より良い生活ができるように日々努力をしている様々な人びとと知り合うことができました。私は、たくさんの人びとと共に毎日を過ごし、コミュニティの声に耳を傾けて、様々なことを学びました。考えや価値観が異なる人同士が、どうすればコミュニケーションをスムーズにとれるか。コミュニティにおいて、問題を解決したり、適切な判断をする術をどのように共有するのか。私個人がどう成長するかではなく、コミュニティがいかに発展するかを考えることで、私の人生は大きく変わりました。

 今、私は、パラトゥチェナイで、妻と共に幸せで平和な毎日を過ごしています。どこにでも自由に行けるし、収入もあります。生きるということ、働くということ、協力することなど、私はジェンから多くの大切なものを教えてもらうばかりです。仕事を通して学ぶ様々なことを、コミュニティに伝えることで、私の学びが多くの人に広がってゆけばと思います。

ジェン パラトゥチェナイ村コミュニティワーカー
サーミッタンビ・プシュパラージャ

9月 22, 2010 事務所・スタッフ |

2010年9月 9日 (木)

ワウニア北部に住むJENコミュニティーワーカーの話

 私の名前は、キィルシャンティと言います(Ms.V.Kirushanthy)。ワウニア・ノース郡のナイナマドゥ行政地区(Nainamadu GN Division)に住んでいます。 私は9カ月前に自分の家に戻って来ました。私は一人っ子で、紛争の間に母を亡くしました。 紛争による避難のため、高等学校に行くことをあきらめなくてはなりませんでした。私の家族は農家で、自宅には農業用の井戸と耕作地があります。紛争以前は、農業器具も持っていましたが、今は全てを失いました。

 私が避難キャンプ「マニックファーム」にいた時は、いろいろなことに失望したり、不安な気持ちでいっぱいでした。私たち家族は、帰還して一から新しい生活の立て直しを始めなくてはなりませんでした。JENの名前を聞いたのは、私がマニックファームの6番目地区に住んでいた時、JENによる給水を実施の時でした。

 JENのコミュニティワーカーとして、私は仕事をとても楽しんでいます。母が亡くなった時の悲しみを少しでも忘れることができるからです。私の母が亡くなってから、父の体の具合までも悪くなりました。また、私はコミュニティワーカーとして、同じような経験をして苦しんでいる多くの人たちに会います。それでも、人々と交流を深めることで私の苦しみも少しずつ癒されてきているように感じます。コミュニティワーカーの仕事を通して、新しい技術や知識を得ることができたり、他の村の人々や生活についても知ることができるので、私はこの仕事が好きです。この仕事でJENから自転車を借りていますが、仕事に凄く役立っているだけでなく、仕事で何もない地域や森の中を通る時に安全を確保してくれます。私は私の村を代表してJENに感謝を述べたいです。

(写真は、ジャパン プラット フォームや支援者の皆さまの協力で運営しているワウニア事務所でキィルシャンティを含む3人のフールドワーカーとフィールドオフィサーとの会議の様子。もう1枚は、キィルシャンティの写真。)
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9月 9, 2010 北部緊急支援 |