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2009年12月24日 (木)

2009年を振り返って

 2009年は、スリランカにとって、25年以上にわたった内戦が終結するという歴史的な1年でした。

 年が明けてすぐ、政府軍が北部の反政府勢力の中心都市であったキリノッチを攻略し、徐々に北部全域を制圧、5月19日には大統領が勝利宣言をしました。これをうけ、ジェンは、2009年の6月より北部での避難民支援を行ってきました。

 東部では2007年から引き続き、紛争の被害を受けた地域の復興支援を行っており、人々が経済的にも精神的にも自立した生活を取り戻すためのサポートをしています。バティカロア県で活動しているジェンのチームは、2007年より事業参加者の前向きな気持ちを引き出し、精神的な自立を支える経験とノウハウを蓄え、「ジェンらしい」事業を実施するのに欠かせない存在でしたが、ますますチームとしての力を増してきました。

 北部では徐々に避難民の帰還・再定住が進んでいます。今後、北部での帰還・再定住を支援できるようになった際には、東部のモデルを北部にも広げていきたいと考えています。東部のスタッフと北部のスタッフが相互に訪問し合って学びあう機会をつくりたい、という思いもあります。

 2009年は、温かいご支援をたまわり、本当にありがとうございました。ジェン・スリランカは2010年も、より多くの人々の自立を支えるために努力してゆきます。引き続き、温かいご支援をどうぞよろしくお願いいたします。

12月 24, 2009 緊急支援東部帰還民支援北部緊急支援 |

2009年12月17日 (木)

「スリランカで学んだこと」

091217_pc130030s  私、道正義隆は、約9ヶ月間に亘るスリランカ事務所でのインターンの勤務を終え、14日に日本へ帰国しました。スリランカでは、事務所内での活動に加え、実際に現場へ行くことができ、日本ではできないようなことを多く体験することができました。

 その中でも特に印象に残っていることは、農業プログラムに参加している方々へインタビューをしたことです。「野菜の種が大きく成長しました」など植物の様子に関する回答はある程度予想していたのですが、「農業をすることによって、生活が楽しくなってきました」など心の変化についての答えは予想しておらず、とても驚きました。

 「今までは何もせずにだらだらとして、毎日を退屈に思いながら過ごしていましたが、農業をすることで有効に時間が使えるようになりました。生活の中心であった農業を再び始められるようになり、生活がとても楽しくなりました。」この参加者の方が答えてくださったように、農業を再開したことにより、収入が増えただけではなく、心理的な面も回復していることを改めて感じることができました。
 
 このように、ジェンでは、農業に復帰するという一つのプロジェクトを行うことにより、「収入の回復」だけではなく「心の回復」という二つ目の効果も同時に出るようにプロジェクトは制作されていたのです。

 私も、これからは一つのことをすることにより、二つ三つと成果が得られるようにしていきたいと思います。

(海外事業部インターン 道正 義隆)

写真左から:事務所長・西丸/インターン・道正/プロジェクト・オフィサー・山中嶋

12月 17, 2009 事務所・スタッフ文化、生活、習慣 |

2009年12月10日 (木)

【東部】ワカライ郡衛生ワークショップ

091210_20091105_ptt_sallitivu_hygie  支援者の皆様、そして国際ボランティア貯金のご支援により、バティカロア県ワカライ郡で行っている衛生改善事業で、ついに、50基のトイレが完成しました。

 この事業では、トイレ建設に加え、人々が衛生に関する正しい知識を身につけ実践できるように、ワークショップも行います。ワークショップには多くの女性が参加し、子ども連れの人も多く見られました。

 参加者の一人であるサバパティーさんは、次のように話してくれました。

 「家には子どもの面倒を見てくれる人が誰もいませんが、このワークショップの機会を逃したくなかったので、子どもを連れてきました。これまではトイレもなく衛生状態も悪かったため、雨季になると病気がちでした。衛生に関する正しい知識を学ぶことは重要だと思ったので、このワークショップに参加できてよかったです」

 現在、バティカロア県は雨季の真っ最中。この事業を通して、ひとりでも多くの人が去年よりも健康に過ごせることを願っています。

(ジャヤンティニ、ワラチェナイ事務所 コミュニティ・モビライザー)

12月 10, 2009 東部帰還民支援 |

2009年12月 3日 (木)

「避難民キャンプの外で生きる」

 スリランカ北部ワウニア県で、ジャパン・プラットフォームと協力して実施してきた避難民キャンプへの給水事業も、残すところ12月だけとなりました。

 この間、ワウニアのキャンプの人数も12万人まで半減しました。キャンプから去った避難民の中には、自分の村への帰還を認められて戻る人々、治安の問題から自分の村には戻れずキャンプ以外の親戚・知人宅に身を寄せる人々など、さまざまな人がいます。

 ワウニア県の親戚・知人宅に身を寄せている人の中には、一つの親戚に3家族の避難民が同居しているケースがありました。写真左に移っているメリーさん(33)は、この家の大黒柱。90年代の戦争に巻き込まれ避難民キャンプに移り住み、3年前、ワウニアの田舎にあるタダックラム再定住村に移住しました。しかし、2年前に近所でだんなさんを何者かに殺害されて以来、2部屋しかない自宅で4人の子どもたちを育てています。

 そのメリーさんのもとへ今回、避難民としてIDP(国内避難民)キャンプから解放された義理のお父さんやお母さんが身を寄せ、ついでお義姉さんの家族、義妹さんの家族が加わることになりました。

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メリーさんと義理の父母、姪

 お義姉さんには2人の子どもと赤ん坊、義妹さんには1人の赤ん坊がいます。2人のだんなさんはどちらも、LTTEと関係があると疑われ、隔離キャンプに依然として収容されています。みんな、メリーさん宅に身を寄せ、収入の目処もなく不安な日々を過ごしながら、地元に戻れる日を待っているのです。

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4家族が同居する2部屋の家

 このメリーさん一家のように、もともとワウニアに住む貧しい家族が、何も持たない親戚や知合いの避難民を受け入れて、懸命にその一時の苦境を支えあおうとしています。地雷除去の進む、戦闘地域だった村々に戻れる日を待ち望みながら。

 ジェンは、このように早期の帰郷を待ち望む避難民が、受け入れ先の家族と共に少しでも安心して安全に暮らせるような支援は何か、刻一刻と変化する最前線の支援ニーズに対応できるように、現在、調査の真っ最中です。

12月 3, 2009 北部緊急支援 |