癒される日がくることを
6月27日、職業訓練の第三期が終業式を迎えました。事業地4村のひとつで終業式を終えた後、車に向かった時のことです。
道を挟んだ隣村の男性が、何やら叫んでいました。すると、通訳を介して男性の状況が明らかになりました。この男性は津波被災で子ども2人を失い、家屋、船・漁の道具など生計手段を全て失ったそうです。さらに話を聞くと、強いアルコールの匂いと共に、止め処ない憤りと痛みが溢れていました。隣の村は支援を受け、自分の村が除かれたと言いました。
JENは公平中立を期すため、各村の規模・被災程度・人口構成・被災前後の経済状況の変化など、多くの要素から支援対象の村を決定します。この男性の村は、調査の結果、支援対象から外れていたのです。
道路を挟んだ村で活発に行なわれる職業訓練。にぎやかな空間。楽しそうな人びとの声と笑顔。そこで男性が抱いたのは、やり場のない不満と怒りでした。
私たちには、静かに男性の話を聞き、自分たちの力不足についてただ謝罪するだけでした。私たちの判断が生んだ周囲の影響に、多くを学んだ瞬間でした。「JENが、男性の望む物資を与えたとしても、津波が残した傷跡を癒すことはできない」と。