2018年5月24日 (木)

「生計回復委員会」の会合

 帰還民の人々の生活の向上を目指し、JENが設立した「生計回復委員会」を中心に、これまで2年にわたって支援を続けてきました。これまで「生計回復委員会」では、定期的に帰還民の人々との会合を開いてきましたが、5月の1週目に開催された会合では、これまでの活動の振り返りを行いました。

 生計回復委員会の一員である畜産局の職員が、これまで給餌方法や、その他の家畜管理の研修、人工授精などの活動を直に観察してきており、その結果帰還民の収入は着実に向上している、と説明しました。

 帰還民の人びとは、2年という長期的なプロジェクトはこの地域では初めてで、とても有意義だったと話してくれました。

 また、会合では今後の課題についても意見を出し合いました。金銭的に余裕のない人は家畜用の小屋の建設を支援してほしいと話しました。また、普段なかなか外に出られない女性たちは、家畜の管理を勉強する機会を作ってほしいと言いました。村の長老の一人は、家畜への給餌に関する研修は本当に有意義だったので、今後もさらに続けてほしいと話していました。

 会合の後、生計委員会の一員はJENスタッフに対し「この2年間は地域の人々の生計向上に本当に意味のあるものだった。」と話してくれました。

 

【「生計回復委員会」会合の様子】
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5月 24, 2018 帰還民支援, 生計回復事業 |

2018年4月12日 (木)

家畜を守り育てるシェルター

 昨年8月・9月に畜産研修についてご紹介しました。(写真はその時の様子)

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3月に研修の参加者を訪問して話を聞いてきました。

すると、参加者の1人は、研修で学んだことを活かして家畜用シェルターを作ったと語ってくれました。何とかお金をかき集めて2ヶ月かって作ったそうです。他の参加者も、それに続き、計9世帯がシェルター建設に取り組んでいます。

昨年行った研修では、まず座学研修でシェルターの重要性について学び、畜産研修で実例を見てもらいました。

参加者の一人は、「研修を受けるまでは、天候の変化で家畜の体調が悪くならないように、締め切った部屋の中で飼育するのが正しいと思っていましたが、研修に参加した後は家畜を外へ出したり、部屋の換気をしたりするようになりました」。 「家畜用シェルターを作るにはお金がかかることからなかなか決心がつかなかったのですが、思い切って作り、シェルターで飼育を始めると、家畜の健康状態がよくなり、牛乳などの収量が増えました」 と話してくれました。

 生計にとって、また糧としてとても重要な家畜の飼育状況を改善しようと、人びとが自身で努力していることに感銘を受けます。これは前向きな変化です。しかし、人びとがかつての暮らしを取り戻すにはまだまだ絶え間ない支援が必要です。

畜産研修①の様子はこちら

畜産研修②の様子はこちら

4月 12, 2018 生計回復事業 |

2018年3月29日 (木)

モット草の需要

 以前にお伝えしたモット草のお話の続きです。

 人びとは家畜の放牧をしますが、実は家畜にとってはこれだけでは十分な栄養が取れません。補助飼料を与える必要があります。

 畜産局との話し合いで、私たちはタンパク質を多く含むモット草について知りました。政府酪農場では広く栽培されています。そこで、苗を分けてもらうこととなりました。

 最初は新しいことを試す意欲にあふれた人びとに苗を配布しました。苗はうまく成長し、政府酪農場にさらに苗の供給を依頼しました。7.000株が提供され、70軒の酪農家に配布しています。
 
 そうしているうちに噂を聞きつけて、さらに多くの人びとが苗を求めてきました。政府酪農場は協力的で、人びとが直接、酪農場に配布を依頼することになりました。先に栽培に成功した人びとが彼らに栽培方法を教える予定です。

 少し前まで大半の人びとはモット草について知りませんでした。今後、彼らがこれを活用し、家畜のより健全な成育、乳量および乳製品生産量の向上に役立てることが期待されます。

【モット草の苗についての話し合い】
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【苗の配布】
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【政府酪農場での苗の刈り取り】
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3月 29, 2018 帰還民支援, 生計回復事業 |

2018年3月15日 (木)

パキスタンの気候と農業

 パキスタンは美しい風景と四季、豊かな土壌に恵まれ、農業に適しています。人口の約4割が農業に従事しています。

 北部では多くの降雪があり、これが十分な飲料水や農業用水をもたらします。このため、パキスタンでは質のよいコメ・小麦・とうもろこし・綿・果物が収穫できます。マンゴー・リンゴ・ミカン・さくらんぼ・バナナ・グアバは名産で、国内消費だけでなく輸出もされます。

【収穫前のグアバ】
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【売られているグアバ】
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【食べごろのグアバ】
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 しかし、こうした気候・地理条件は洪水・地滑りなどの災害も引き起こします。気候変動がこうした災害を悪化させていると言いますが、自然だけを責められるわけではなく、これを破壊している人間にも責任があります。

 たとえば水資源管理は適切でなく、利用可能な水量は年々、減少しています。家庭では人びとは水を無駄遣いしています。ダムで効果的に貯水を行うということもなかなかなされていません。また、森林を大切にせず、伐採が進み、これが気候変動や災害の増加・悪化につながると懸念されています。

【荒廃した山々】
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 政府などによる植林や貯水などの努力が行われていますが、人びとの認識がまだ不十分です。次の世代のために政府や人びと、NGOなどが手を携えて尽力せねばなりません。

【ダム】
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3月 15, 2018 政治、経済、治安, 文化、生活、習慣 |

2018年2月22日 (木)

働き者の女性

 パキスタンでは武装勢力の掃討作戦が展開されたことにより、避難を余儀なくされていた多くの人びとが、少しずつ故郷に戻っています。くわしくはこちらから。

こうした状況に対してJENは、連邦直轄部族地域(FATA)ハイバル管区への帰還民を対象に、支援者の皆さまと日本政府のご協力のもと、家畜を通じた生計向上プロジェクトに取り組んでいます。

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 働き者の女性は家事だけでなく家畜の世話や園芸を行います。

 ハナムさんはそうした女性の一人です。JENが2015年に人びとに野菜の種を配り、園芸についての研修を行いました。ハナムさんもそこで学びました。

 今、ハナムさんは3人の子どもたちを学校に送った後、2時間ほど掃除・洗濯などの家事をし、庭の畑に向かいます。冬にはほうれん草の種を蒔きます。畑の準備から野菜を育てるまで、すべてが彼女の仕事です。夫は有機肥料を持ち込みます。

「家族が食べられるだけのほうれん草が収穫できます。お金の節約になりますし、ほうれん草は栄養分が高いです。たまに親族や近所の人びとに分けています」とハナムさんは言います。
 彼女は賢明で、次の種蒔きのために一部の種を取っておきます。

【親戚の子どもを抱きながら子どもたちの昼食のためにほうれん草を収穫するハナムさん】
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【収穫できるまでに成長したほうれん草】
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【種蒔き用のほうれん草の種】
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写真③

2月 22, 2018 生計回復事業, 農業支援 |

2018年2月15日 (木)

FATAの学校の実情

 パキスタンでは武装勢力の掃討作戦が展開されたことにより、避難を余儀なくされていた多くの人びとが、少しずつ故郷に戻っています。くわしくはこちらから。

こうした状況に対してJENは、連邦直轄部族地域(FATA)ハイバル管区への帰還民を対象に、支援者の皆さまと日本政府のご協力のもと、家畜を通じた生計向上プロジェクトに取り組んでいます。

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ハイバル管区には以前からたくさんの学校がありましたが、机・椅子などの生徒用の備品や、トイレなどの水衛生施設が整っていない学校が多く、そのため親も子どもたちを学校に通わることにあまり関心をもたず、子どもたち皆が学校に行っている状態ではありませんでした。

 管区での戦闘が激しくなり、人びとは近隣のペシャワールなどに設けられた避難民キャンプに移りました。そこではNGOなどの支援団体が教育支援活動を行っていました。学校に水衛生施設を併設した仮教室が作られ、男の子・女の子双方にとって教育が必要であることが伝えられました。
 こうしたことを通じて、避難した人びとは教育の重要性を理解していきました。

 戦闘が終わると、人びとは故郷に戻りましたが、家や学校、病院などが破壊されているのを目にしました。

 そのうちの1つ、人びとが避難する前には900人の生徒がいたスピーン・カバール中学校は、建物がなくなっていました。2014年以降、ユニセフがプレハブやテントで仮教室を設置しましたが、電気や水・トイレといった施設がありません。屋外で勉強しなければならない子どもたちもおり、雨が降ると授業が中断されます。こうしたことにより、現在生徒数は600人程度に留まっています。

「人びとは教育の重要性を認識し始めているのですが、施設の不足がその思いをくじいています。生活や地域を向上させていくには教育が必要なのですが、適切な施設がないと教育は行えないのです」
 そう話す学校の先生たちは、この地域の教育環境が整うことを祈っています。

【スピーン・カバール中学校の様子。校舎は仮の建物で、子どもたちは外で勉強しています】
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2月 15, 2018 学校修復・建設, 教育支援 |

2018年2月 1日 (木)

ペシャワールの文化遺産

 パキスタンでは武装勢力の掃討作戦が展開されたことにより、避難を余儀なくされていた多くの人びとが、少しずつ故郷に戻っています。くわしくはこちらから。

こうした状況に対してJENは、連邦直轄部族地域(FATA)ハイバル管区への帰還民を対象に、支援者の皆さまと日本政府のご協力のもと、家畜を通じた生計向上プロジェクトに取り組んでいます。

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JENは連邦直轄部族地域(FATA)での活動の拠点として近隣の大都市であるペシャワールに事務所を置いています。ペシャワールは文化遺産が豊富な町で、今回はそのいくつかをご紹介します。

 ペシャワールの歴史は紀元前3世紀に遡り、南アジアで最も古い都市の一つです。

 代表的な文化遺産の一つに「ゴーハトリ」があります。
 これは1641年にムガール帝国皇帝のシャー・ジャハーンの王女であるジャハン・アラ・ベグムによって建てられた宿泊所です。
 広さは4万5千平方メートル以上あり、複雑な構造をしています。王女はこれを「サライ(「宿泊所」の意味)・ジャーナバード」と名付け、モスクや内部への階段がついた井戸を作りました。遠方から来た人々はこの井戸で喉を潤したり水を汲んだりしたのです。
 また、ゴーハトリはラクダ商隊の宿泊所ともなりました。東西に2つの門があり、それぞれに10の宿泊室を伴った2階建ての建物が併設されていました。

【ゴーハトリ】
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 他に「セティス・モハラー」という遺跡もあります。
 これは大貿易商であったセティス一族によって建設された7軒の家の集合体です。ガンダーラと中央アジアの様式が融合したユニークな造りとなっています。最初の建物は1884年にハジ・アーメド・グルによって建てられました。

【セティス・モハラーのベランダ】
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【セティス・モハラーの2階】
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 これは1900年に建設された旧市街の「ガンタ・ガー」(時計台)の近くにあります。この20メートルほどの高さの時計台は歴史的シンボルのようになっています。セティス一族は中国・アフガニスタン・イラン・中央アジアなどと貿易を行い、アフガニスタンのマザリシャリフやウズベキスタンのタシケントなどに拠点を構えていました。

【時計台】
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 セティス・モハラーは木造で、完成までに35年間を要し、ここでは交易のために通貨が交換されていたそうです。

【セティス・モハラーがあるペシャワール旧市街】
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2月 1, 2018 文化、生活、習慣 |

2018年1月11日 (木)

牛乳から得られるもの

  パキスタンでは武装勢力の掃討作戦が展開されたことにより、避難を余儀なくされていた多くの人びとが、少しずつ故郷に戻っています。くわしくはこちらから。

 こうした状況に対してJENは、連邦直轄部族地域(FATA)ハイバル管区への帰還民を対象に、支援者の皆さまと日本政府のご協力のもと、家畜を通じた生計向上プロジェクトに取り組んでいます。

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 JENは人びとに牛を提供しましたが、主に女性が家で餌やり・水やりなどをして牛の世話をし、搾乳を行います。シャイスタ・グルさんはそうした女性の一人です。彼女には娘と息子が2人ずついます。うち3人は学校に通っており、1人はまだ2歳半で、彼女が家で面倒を見ています。夫は日雇い労働をしています。

 彼女は言います。「戻って来て、家を建てるのにお金を使ってしまいました。そのおかげで食費に事欠きます。昔はヤギを飼っていて、乳を搾っていました。今、JENからいただいた牛から1日に3リットルほどの牛乳を得ることができます。そのうち2リットルほどを自家消費します。ヨーグルトやバターを作ったり子ども達が飲んだりします。残りの1リットルを近所に売り、100ルピー(約100円)ほどになります。なかなか難しいのですが、この利益を貯金しています」

 FATAでは復興が進んでいます。グルさんの夫も地元や近隣の大きな町であるペシャワールで仕事をしていますが、JENが提供した牛も一家の家計や子ども達の健やかな成長を支えています。

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JENでは、皆様からのご寄付を受け付けています。ご協力をよろしくお願いします。

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1月 11, 2018 帰還民支援, 生計回復事業 |

2017年12月14日 (木)

家畜支援に参加する若者グループへ研修を実施しています

 パキスタンでは武装勢力の掃討作戦が展開されたことにより、避難を余儀なくされていた多くの人びとが、少しずつ故郷に戻っています。くわしくはこちらから。

こうした状況に対してJENは、連邦直轄部族地域(FATA)ハイバル管区への帰還民を対象に、支援者の皆さまと日本政府のご協力のもと、家畜を通じた生計向上プロジェクトに取り組んでいます。

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 JENは職を得ていない若者に対して3日間の起業家研修を実施しました。支援している地域では初めての試みです。
対象として20人を選びました。彼らは研修にとても興味をもっていました。

【若者たち】
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 研修の内容は地元の市場との関係構築、これに私達がサポートしている人びとから集めた牛乳などを販売することです。何人かは避難する前、卵・野菜・小型家畜などの販売に携わっていました。

 若者達は積極的に研修に参加しました。この中で彼らと講師は活発に意見交換・質疑応答を行いました。

【研修の様子】
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 若者の生計について政府による支援は不十分で、FATAの状況では民間セクターのビジネスも不活発です。

 こうした現状では若者達は定職より起業を通じてより収入を得られますし、他の未就業の若者達を巻き込むこともできます。大きな可能性を秘めています。

 JENは今後も彼らを支援していきます。来年にフォローアップ研修を実施する予定です。

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12月 14, 2017 帰還民支援, 生計回復事業 |

2017年11月30日 (木)

FATAのスポーツ

 パキスタンでは武装勢力の掃討作戦が展開されたことにより、避難を余儀なくされていた多くの人びとが、少しずつ故郷に戻っています。くわしくはこちらから。

 こうした状況に対してJENは、連邦直轄部族地域(FATA)ハイバル管区への帰還民を対象に、支援者の皆さまと日本政府のご協力のもと、家畜を通じた生計向上プロジェクトに取り組んでいます。

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 人びとが帰還するようになってから、政府と人道援助団体は彼らが元の生活を取り戻すための支援を始めました。

 避難の前、人びとに人気があったスポーツはクリケット、ホッケー、バレーボール、サッカーでした。その中で特にクリケットは盛んでした。しかし、人びとは帰還後、生活を立て直すのに忙しく、スポーツを楽しむ余裕などありません。子どもたちは学校でスポーツを覚え、クリケットもしますが、学校施設や教育内容の整備も課題です。

 スポーツの必要性を鑑みて、政府は2016年11月に総合運動公園を建設しました。この公園は有名なクリケット選手にちなんで「シャヒッド・アフリディ総合運動公園」と名付けられました。クリケット場、サッカー場、バスケットボールコートなどが整備されました。また、子ども用の公園も作られました。太陽光発電で稼働する給水施設も備え付けられています。

 現在、この公園はそれほど活用されていませんが、将来、すべての人びとが帰還した後、利用者が増えるでしょう。FATAにもスポーツの才能をもった人びとがいると言われていますが、現在は資機材や施設の不足により、こうした人びとが能力を発揮できません。まだまだ先は長いものの、総合運動公園を第一歩として、国内的・国際的に活躍するスポーツ選手が出てくることが期待されます。

【総合運動公園の将来的見取り図】
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【クリケット場】
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【サッカー場】
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【バスケットボールコート】
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【太陽光発電式給水施設】
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11月 30, 2017 文化、生活、習慣 | | コメント (0) | トラックバック (0)