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2013年9月26日 (木)

より良い明日への希望

 今回はデラ・イスマイル・カーンにおける支援活動の対象者の一人であるワジール・ジャンさんに聞いたお話をご紹介します。ワジールさんは現在85歳で、息子2人と妻と一緒に暮らしています。

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「私の家族はこれまでとても貧しい環境で暮らしてきました。以前は住んでいた村の中で、家と小さな土地を所有しており、それを耕作地として使うための水も十分にありました。そのころは幸せな生活を送っていました。

 ところがある日近所のモスクで、パキスタン軍が反政府武装勢力掃討作戦を私の村で行う、ということが発表されました。避難するための交通費すらなかった私は、頭が真っ白になりました。避難する時、私は自分の家が空爆で破壊されるのを見ました。その瞬間、全ての希望と夢を失いました。避難先には徒歩で行かなくてはならなかったため、ほとんど何も持っていくことが出来ず、全ての財産を破壊された家の中に置き去りにせざるを得ませんでした。

 避難当初はデラ・イスマイル・カーンに移りましたが、避難所がなかったので近くのダラバン郡の親戚の元に身を寄せました。そこでは小さなテントでの絶望的な貧困生活が半年続きました。

 2010年8月には、猛暑の中突如大雨と嵐が始まり、私はテントを出て用水路の土手に避難しました。洪水は私の全ての荷物を流し、小屋は破壊され、避難当初の状態に戻ってしまいました。

 現在は草と木で出来た小さな小屋に住んでいます。非常に小さく、一家全員が入るのがやっとです。子ども達は幼く、まだ働くことが出来ないので、私のわずかな収入で一家を支えています。電気設備が無いため夏の猛暑の中での生活は過酷で、私は子どもたちと出来る限り橋の下で日差しを避けて過ごしています。冬は非常に寒く咳やインフルエンザに悩まされ、雨季には小屋が水漏れします。私は人生がこれほど辛いものになるとは思ってもみませんでした。

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 私は人道支援機関から援助や寄付を受けるために長い距離を頻繁に移動していましたが、唯一私の家を訪問し、生計復帰事業に登録してくれたのがジェンでした。私はジェンから収入を増やす手段として、ビートル種の山羊を受け取りました。これから全力で山羊を管理し、生計を回復し、生活状態を向上させることに尽くしていこうと思います。



【JENでは、皆様からのご寄付を受け付けています。ご協力をよろしくお願いします。
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9月 26, 2013 国内避難民支援生計回復事業 |