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2010年9月30日 (木)

洪水後のチャルサダ県への初めての訪問

 9月21日の朝、私はチャルサダを訪問するという任務にあたりました。目的地はチャルサダ県のウトマンザイ地区とラガール地区です。今回の洪水により大きな被害を受けたため、被害状況を調査し、被災者のニーズを把握することが訪問の目的です。

*目的地までの道のり
 朝9時、JENフィールド事務所のあるペシャワールから、車で出発。チャルサダまでは30キロほどで、2通りの行き方があります。1つはGT Road(一般運送用道路)です。この道を通ると、順調に行けば40〜50分ほどで到着するのですが、一般道のため渋滞に巻き込まれてしまい、時間がかかってしまいます。もう1つ、最近開通した高速道路は、渋滞がないためスムーズです。

*現状調査と被害状況
 チャルサダ県の大洪水による被害は甚大でした。河川に隣接した地域は特に大きな影響を受けていました。私はまず、今回氾濫したインダス川の支流、ジンディ川に面するベラガイやマハリャ・サダット、そしてペラノ・マハリャという村を訪問しました。この辺りは人口密度が高く、何百もの家がパッカとカチャ(コンクリートと土)で建てられています。そのほとんどが全壊又は半壊状態です。ウトマンザイ地区とラガール地区では、被害を受けていない家屋は見当たりませんでした。

 チャルサダ県にはインダス川の支流であるカブール川、ジンディ川、スワート川(別名ヒャーリ川)、サルダリャブ川の4本の河川が流れています。中でも、今回調査に訪れたジンディ川周辺は市の中央で、村や商業施設の間をぬって流れています。そのため、洪水が市街地に壊滅的な被害をもたらした、と地元住民が教えてくれました。
チャルサダ県の人びとは農業と酪農を主な生業としています。地元住民の収入源は野菜などの季節の作物で、肥沃な土壌と豊富な水を基盤として成り立っています。 今回の災害は、被災者の資産に対してだけでなく、チャルサダ県の農業や教育、健康など、地域社会全体に被害を与え、人びとの心に深い悲しみをもたらしました。生涯に二度とない大惨事であると地元の住民は話していました。

 各地域を訪問して、水嵩が家屋やお店、さらには建物の屋根まで達していたことがわかりました。被害は、私たちの想像を遥かに超えており、洪水による災害の傷跡を癒すには何年もかかると感じました。

以下は訪問地で撮影した、破壊の大きさを表す写真です。20100927_jpf20102assessmentutmanz_2

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ロジスティックスオフィサー
ファルマン・ウラー

9月 30, 2010 |

2010年9月24日 (金)

物資の手配

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 イスラマバードにあるシェルターキット(住宅再建用資材と工具類)の倉庫に、サンプルチェックに行きました。

100924_p9200015_2  この会社は、救援物資を主に扱っています。既に国連機関、国際NGO等から多くの依頼があるらしく、物資の在庫が倉庫に積み上げられていました。倉庫の至るところで、スタッフが出荷の準備に忙しそうに働いていました。

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 この会社の社長によると、洪水前と後で取り扱う物資の価格がおよそ30%~40%値上がりしているとのことです。特に、テントは国内での生産が間に合わず、ドバイからも輸入した、と言っていました。

9月 24, 2010 北西部大洪水 被災者緊急支援 |

2010年9月22日 (水)

洪水の破壊力

 今回の大洪水は、過去80年間で最も大きいものでした。
写真は、大洪水後のウトマンザイ市ピルノ村。

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 ウトマンザイ市の水害被災者支援委員会の集合写真。
地域の人々の多くは、とても冷静で協力的です。
私たちが訪問すると、いつも、近況を教えてくれます。

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 この写真は、9月21日に、私たちが初めてウトマンザイ市ガライ・チャルサダ村に訪問した時のものです。
屋根の高さまで水が到達し、家の中を水浸しにした痕が残っています。
この町全体で、被害を受けてない家は一軒もありません。
嵐が去ったあと、人びとは壊れた家の瓦礫をかき集め、可能な限りの材料で、家の修復を始めています。
洪水は破壊力は、すさまじいものでした。

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9月 22, 2010 北西部大洪水 被災者緊急支援 |

2010年9月 8日 (水)

人生は生きる価値あるもの

100908_02_rahman_guls_children_livi  ラフマン・グルはグンバットという町の住民ですが、今回の洪水で2人の娘を亡くし、家も深刻な被害を受けました。この取り戻すことのできない喪失に耐えることは、山よりも高い悲しみであり、自分たちはもう終わりだと思いました。2人の娘を失った悲しみに耐え、家を再建する計画を立て、働くことの意味を見つけ出さなければならないのです。

 JENは彼の悲しみ、哀悼の気持ちを分かち合った最初でただ一つの団体でした。人生は生きる価値のあるものだと勇気づけ、生活支援物資を配ることによって再び前を向いて人生をスタートするきっかけを作りました。今、彼は地元の市場で荷物の積み下ろしをする仕事をし、再び働き始めました。そんな父親の姿は子どもたちの人生の指標となることでしょう。

9月 8, 2010 北西部大洪水 被災者緊急支援 |

2010年9月 7日 (火)

夢が現実になった時

100908_01_children_on_wreckages_of_  ジャナス・ハーンとシャー・ナワズは、グンバットという町に住む兄弟です。そして、5人と4人の子どもを育てています。二人は、馬車を使ってグンバットの市場から隣の村に積荷を運ぶ仕事をしています。

 ある日、深夜2時に、子どもたちと一緒に眠っていたところを、突然水が押し寄せてきました。目覚めてすぐに目に入ってきた光景は、自分たちの家が水に浸かっていく様子でした。とっさの判断で家から安全な場所へ、避難することを考えました。すさまじい速さで家が水に浸かっていく中、9人の子どもたちをつれて一目散に逃げることは、至難の業でした。逃げまどう中、子どもたちのうち何人かがケガをしてしまいましたが、幸運にも安全な場所に避難することができました。

 

100908_01_a_child_in_front_of_his_d  翌朝早くに家を見に行ってみると、建物は全壊しており、残骸だけが残っていました。もちろん、唯一の財産である馬も、洪水という容赦のない自然災害により流されてしまいました。家を失っただけでなく、収入を得る手段さえも失ってしまいました。わたしたち一家に、かつてない試練が訪れた現実を目の当たりにし、希望を失ってしまいました。大家族を抱えて洪水前の暮らしに戻ることは想像すらできませんでした。100908_01_cart_is_there_while_hor_2

 

 

 

 

100908_01_family_is_living_in_tent_  それからというもの、近所の人々が食べ物をくれる以外、誰も助けにきてくれませんでした。そんな時、JENの調査チームがやってきて、何が必要か尋ねてくれました。それから2日後、JENは支援物資を届けてくれました。一家は再び希望の光を見いだしました。受け取った支援物資はすべて、生活をスタートするために必要最低限のものでした。生活必需品を手にした今、私たちは、家を建てなおし、再び働くために、歩み始めました。

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9月 7, 2010 北西部大洪水 被災者緊急支援 |