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2009年9月17日 (木)

住む人のいない新築の家

 景勝の地として有名な、スワート渓谷を訪れ、さきの戦闘でスワートを逃れ、避難を終えて帰還した人々の様子をうかがうとともに、プロジェクトのニーズ調査を実施しました。

 この調査に同行したスタッフは、約2年半前にこの地を家族と訪れた時には人びとが平和に暮らしていたにも関わらず、今回多くの建物が破壊されているのを見て信じられない、と言います。2年半前は、人びとは楽しそうに仕事に従事し、子どもたちは学校へ行き、女性はマーケットへ買い物に出かけていました。しかし、紛争により、生活が変わってしまったのです。

 人びとは、何かが起こるのではないかという不安に絶えずかられ、外出を控え、家で過ごすことが多くなりました。我々は、新しく家を建てたもののそれが紛争により崩壊してしまった人に会って話を聞きました。

 「私は、この家を建てるために農地を売りました。息子の結婚も予定していました。しかし、治安状況が悪化して突然全てが変わってしまったのです。

 紛争が始まったため、私たち一家は、家を去り国内避難民となりました。2ヵ月後、家に戻ると、そこにあったはずの家はなく、がれきと化していたのです。私の年老いた母親は、ショックで意識を失ってしまったほどです。

 今は、売る土地もなく、家の再建もできません。この事件から正常な状態に戻ることができるかどうかわかりません。それでも、私たち家族が幸せに暮らしてゆけるよう願っています」

9月 17, 2009 緊急支援 |

2009年9月10日 (木)

5回目のラマダンを迎えて

 “光陰矢のごとし”ということわざは本当なのだと感じます。

 今から4年前、2005年のラマダンの時期にカシミール地方で大地震がありました。何千人もの人びとが亡くなり、家族と住居を失いました。ジェンはその年、その神聖なラマダンの月からカシミール地方で支援を開始しました。その支援は、きっと被災者の人びとにも忘れがたい記憶を残したことでしょう。

 翌2006年のラマダンも、ジェンはカシミールで支援を続けていました。常設の学校を建設し、カシミールの山奥にある249もの学校に対し、給水支援事業を行いました。被災者への支援を進めている間は、ジェンのスタッフも周りの人びとも、自分たちの空腹や喉の渇きが気にならないほどでした。

 2007年のラマダンでは、カシミール地方でかつてないほどの雨が降りました。ジェンのスタッフは、学校の備品の配布、学校用テントの補強、そして生徒や保護者、先生への防災教育に忙しかったのです。

 2008年は、ジェンがカシミールで活動する最後の年になりました。ラマダンの最中に3年連続で支援を実施したカシミール地方を離れる時は、ジェンのスタッフにとってとても悲しい瞬間でした。この年、カシミールの遠隔地で仮設学校の建設、子どもたちのスポーツ活動事業や衛生教育事業など様々な事業を行いました。
そして、今年2009年。ジェンのスタッフは北西辺境州でラマダンを迎えました。毎週あちらこちらの街でたびたび爆発があったため、北西辺境州の治安は非常に悪い状態でした。ジェンは北西辺境州の2つの地区で、紛争地域からの国内避難民に対する支援を続けました。

 2009年ものこり3ヶ月となった現在、多くの国内避難民が故郷へ帰還し、元通りの生活を始めようと努力しています。

9月 10, 2009 |

2009年9月 3日 (木)

全ての人に平等な支援を

 パキスタン政府は、スワート県やブネール県などの出身の国内避難民へ緊急支援を行う際、IDカードを持っている国内避難民にのみ難民登録をし、支援を実施していました。JEN を含めた他のNGO団体でも同じように、支援する基準はIDカードを持っているかどうかでした。しかし調査を継続していると、IDカードを持っていないことが理由で難民登録をされていない国内避難民が多くいることに、JENのスタッフは気付きました。

 ある日、スワビ県にあるJENの事務所に一人の女性が訪れました。警備員は彼女を止め、JENのスタッフに彼女のことを知らせました。スタッフが直接話を聞くと、彼女は一人で五人の子どもを育てている女性で、年老いた義理の父親も一緒に暮らしているようでした。夫は病気で数年前に亡くなったそうです。

 彼女たちはスワート県でも郊外に住んでおり、IDカードを持っていなかったのです。それどころか、彼女はIDカードが彼女にとってそれ程重要なものだとは思っていなかったため、家から二時間ほど離れたIDカード事務局へ行ったこともなかったようです。義理の父親は、IDカードは持っていましたが、緊急避難のため故郷から持ってこられなかったのです。

 JENのスタッフは翌日話し合い、国内避難民問題を担当している地区の首長のところへ彼女について相談にゆきました。そして首長とともに調査に行き、その家族が本当に支援を必要としていることを確認しました。一家は、泥でできた小さな一室にホストファミリーとひどい状況のなか暮らしていました。

 すぐにJENのスタッフは一家の支援を行い、翌週の他のNGO団体との会議でこの問題点を挙げました。そして、避難民登録された人びとだけでなく、様々な理由でIDカードを持ち出せなかった、避難民登録に未登録の貧しい国内避難民も支援することを強く主張しました。

 人びとが難民として登録されていようといまいと、平等に支援されるべきなのです。

9月 3, 2009 文化、生活、習慣緊急支援 |