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2009年3月26日 (木)

バロチスタンのりんご

090326_apple_3  パキスタン南西部ジアラット県は、りんごやさくらんぼの生産で有名です。きれいに色づいたりんごをたわわに実らせた果樹園は、ジアラット県の象徴でした。そのジアラットの美しい渓谷は、昨年10月の大地震により大きな打撃を受けました。

 マグニチュード6.4の地震により300人もの尊い命が奪われ、家が崩壊し、果樹園でも多くの木がなぎ倒されました。美しく色づいたりんごの収穫を目前にして、多くのりんご農家が生活を失ったのです。地元の人にとって、果物の栽培は収入の大部分を占める重要なものでした。

 果樹園のオーナーは、地元の貧しい人々を雇用していました。人々のほとんどは現在、ジェンの支援を受けている人たちで、年間を通して様々な仕事を果樹園で行っていました。090326_apple_farms

 1月には畑を耕し、2月と3月は土壌に肥料を撒きます。この作業は、りんごの花が開くまで繰り返されます。この段階がもっとも難しく、大雨が降り強風が吹けば、花が落ちてしまいます。逆に、雨が少なければ果実が十分に実りません。バロチスタンでは、しばしば水不足が起こります。農業は雨水に依存しています。雨が降らなければ、地元のダムの貯水は少なくなってしまいます。

 8月、りんごが収穫期を迎えると、木から摘み取り、木箱に詰めます。そしてトラックに載せて出荷します。この収穫、梱包、積み込みの作業は12月まで続きます。

090326_apple_farms_1_2   パキスタンは世界でも有数のりんごの生産国です。バロチスタンはパキスタンのりんご生産の70%を占めており、特にジアラット県とピシン県は共にりんごの生産で有名です。

 地震はたくさんの果樹園にその爪あとを残し、多くの人から仕事を奪い、果樹園のオーナーからは彼らの収入源を奪いました。たくさんの団体が被災者に支援物資を配布していますが、彼らが失ったものを取り戻すには、まだまだ多くの時間が必要です。

3月 26, 2009 |

2009年3月19日 (木)

小さなフセインくん

090312_hussein_and_co_1_low  バロチスタンで、子どもたちへの防寒着の配布が終了しました。

 当初は、学校の先生達と、学校へ通う子どもたちにフリースを配布する計画を立てました。フリースは、寒さから子どもたちを守ると同時に、大地震で心に大きな傷を負っている子どもたちに、学校に通う勇気を与えるからです。

 全ての準備が整い、いざ配布を始めようとしたとき、学校側が準備した生徒のリストに記載されている子どもの数より、実際は人数が多いことに気付きました。学校に通っていない子どもたちが、数多くいたのです。

 私たちは、途方に暮れました。一緒に配布の準備をしていた先生に、

「この子どもたちはどうしたんですか?他の学校の生徒にも配らなくてはならないし、ここにいる子どもたち全てに行き渡る数のフリースはないんです」

と言った時、そばにいた小さなフセインくんが言いました。090312_hussein_and_co_low

「ぼくももうすぐ学校に来て勉強するよ」
「本当に?どうして学校に来ることにしたんだい?」
「来るよ。ぼく明日から学校に来させてもらえるよう、お父さんに頼むよ。だってぼくの友達は学校でとても素敵なプレゼントをもらえるんだ。ぼくも学校に来たら、そんなプレゼントをもらえるでしょう?」

 私たちJENのスタッフは、どうしたらよいかを話し合いました。

 もし私たちがフセインくんのような子どもたちを見過ごしにしたなら、彼らを傷つけてしまうだけでなく、学校に来て勉強したいという彼らの気持ちまで、なえさせてしまうかもしれない。一方で、フセインくんのように学校への登録をしていない子どもたちにフリースを与えれば、他の子どもたちに配布するものがなくなってしまう…。

 最終的に私たちは、これまでに支援物資の配布を行った村々の学校へ予定していたフリースの配布を見合わせることにしました。幸いなことに、その村々の子どもたちには防寒着配布の話をしていなかったので、彼らを悲しませる心配もありませんでした。

 現場では、このような問題にしばしば直面します。どのように問題に対処するか、時にはとても難しく感じます。

090312_hussein_and_co_2_low_2  暖かいフリースを手に、満面の笑みを浮かべたフセインくんとその友達は、今年の4月から学校に通い始めます。いつかフセインくんや彼の友達が、医師となってたくさんのパキスタンの人びとの力になる日がくるかもしれません・・・。

3月 19, 2009 |