2009年7月 2日 (木)

同じ太陽の影で

090702_20090618_jpf_assessment_swab  スワビ県パンジュビル地区でニーズ調査のため、JENスタッフがある家を訪れ、女性に面会していた時のことです。老人が部屋に入ってきて、気分が悪そうにしていました。「どうしたのですか?」とスタッフが尋ねると、彼はこう答えてくれました。

 「国内避難民の登録所に来るのは今日が二度目なのです。食料や支援物資を受けるためには、家族の登録を行わなくてはいけません。そのため登録所へ向かったが、登録所では何千人もの人が長い列を作って順番を待っていました。お年寄りや女性にとって、太陽がジリジリと照り付ける中、何時間も自分の順番を待つことはとても大変なことなのです。どれだけ待っても自分の番がこないこともあります。
 一滴の雨もなく、異常なまでに暑い。多くの人がこの暑さに耐え切れず、意識を失う人もいます」

 彼らの多くは、スワート、ブネール、カラムなど比較的涼しい地域の出身者です。この地域の夏はとても過ごしやすく、またピクニックコースも豊富なため、夏休みにはたくさんの観光客が訪れます。

 老人は続けました。
 「同じ太陽の下で、スワートでは何時間働いても暑いと感じたことはなかったのです。しかし、今は環境の違いを感じます。食べものも、ベッドも、フライパンも不足しているし、新鮮な湧き水もないのです。そして同じ太陽とは思えないくらい暑いのです。
 私は、この先、(避難民の)登録を済ませることも、政府や関係機関から支援を受けることもないでしょう」

 JENのスタッフは、政府登録の有無に関わらず、彼の家族に生活物資を届けたいと思いました。

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このたびの緊急支援に、

皆さまの、ご支援をよろしくお願いいたします。

ご寄付は、こちらまで

その他、お問い合わせは、電話:03-5225-9352

または、info@jen-npo.orgまで

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7月 2, 2009 緊急支援物資配布 |

2009年6月25日 (木)

スワートの勇敢な女性

090625_brave_lady_of_swat1_low  私はフィールドアシスタントの一人として、先週からJENでの仕事を始めました。

 スワビ出身の私は、以前は現地機関で働いていました。JENでの仕事は、コミュニティの人々と直接話をすることで、彼らの抱える問題を直に知ることができるので、とてもやりがいがあることだと感じています。

 JENが支援を開始したマルダン県ナライ地区で、私は国内避難民の家族が暮らす学校を訪ねました。生活環境は、日に日に悪化しているため、避難先で生活する人のなかには、そこに訪れた私たちJENスタッフをみて、まるで天使のようだという人々もいました。また、私は、ナライ地区で家族を支える一人の女性にも出会いました。

 彼女は、7人の子どもをもつ一方、夫は障がいを抱えているため十分な稼ぎがないことを打ち明けてくれました。かつて彼女たちは、紛争の中心地であるスワートでお店を営んでいましたが、この唯一の収入源だったお店から今は遠く離れ、国内避難民となった彼女らの生活を支える収入はありませんでした。090625_brave_lady_of_swat2_low

 しかし、その女性は一方で、マルダン県に来て、嬉しい経験も話してくれました。

「避難民としての生活が厳しくなる中、私は家族のために何かしなくてはと思い立ったものの、何をしたらいいか分からずにいました。そこで、近所の人々に相談をしてみました。

ある女性が私に、女性用の服を縫うことはできるか、と尋ねたので、私は、もちろん、と答えました。マルダンでホストファミリーと暮らすその女性は、何処からか調達したミシンと糸、そして針を私にくれました。私は近所に住む女性のために服を作り始め、お金を得ることができました。

すると、ほかの村の女性たちからも服作りの依頼があり、今では家族のための食料も、夫のための薬も買うことができています。すべては、私を助けてくれた近所に住む人々の優しさのおかげです。彼らの支えなしには、自分の技術を活かし、稼ぎを得ることはできなかったでしょう」

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6月 25, 2009 緊急支援物資配布 |

2009年6月18日 (木)

故郷から続く川

180609_idps_living_outside_camps__7  武装勢力とパキスタン政府軍との戦闘は、パキスタン北西辺境州で続いています。その中でも、スワート県は、紛争の中心地にあり、沢山の避難民を出しています。

 ここに住む人々は、新鮮で冷たい湧き水や氷河から流れ出る水など自然の恵みを享受してきました。そして、フルーツ、牛乳や肉、その他必要な栄養を摂り、バランスのとれた食生活を送ってきました。豊富な自然の中での生活は、市街地に住む人々よりも豊かであるとすら言われるほどです。高地にあるスワートの夏は、とてもさわやかで避暑地として有名です。パキスタン各地からたくさんの家族連れが訪れ、また、心地よい気候や、壮大な氷河の景色、美しく豊かな湖や緑の渓谷を楽しむのです。

 わたしたちは、このたびの緊急支援のために、スワートから南に下ったマルダン県や、スワビ県で活動を開始しました。スワート県を美しく彩っている沢山の川やその支流は、やがてマルダン県やスワビ県に流れ込み、この地域の人々の農業や飲み水に使われているのです。180609_idps_living_outside_camps__8 

 マルダン県で、川沿いに暮らす国内避難民のおじいさんに話を聞きました。

「この川を見るたびに嬉しさと、そして悲しさがこみ上げてきて、とても複雑な気持ちなります」

その理由を尋ねると、

「この川は、私の故郷スワート県のカラムというところにある氷河から流れ出てきてるのです」と教えてくれました。

180609_idps_living_outside_camps__9 「私の故郷では、農業や飲み水、また水浴びも、すべてこの川の水を使っていました。この川を見て懐かしむたびに悲しくなるのです。でも、故郷から100キロ以上離れたこのマルダンの地においてさえ、私は、この水を使って生きることができます。同じ川の水を使っていることをとてもうれしくも思うのです。川の水は、スワートで見るよりは澄んでいません。それでも、私たちは同じ川の水で水浴びをします。私たちの故郷から続くこの川は、マルダン県とスワビ県の広大な土地に水を運んでいるのです」

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このたびの緊急支援に、

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6月 18, 2009 |

2009年6月11日 (木)

緊急支援に向けて

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 6月4日、多くの支援者の皆さま、そしてジャパン・プラットフォームの協力を得て、パキスタン北西辺境州で発生している多くの国内避難民のための、緊急支援を開始しました。

 対象となる地域は、マルダン県とスワビ県です。約1,200世帯を対象に、テントやキッチンセット、衛生キット、蚊帳など、生活用品の物資を配布する予定です。

 JENにとって今回の支援は、パキスタンで行う3回目の緊急支援事業となりました。これまでの経験を大いに活かしてゆくことができる一方で、拠点となる場所の選定や一緒に働くスタッフのリクルートなど、一連の準備にはこれまで同様、慎調に行っています。

 現在、首都イスラマバードのJENオフィスでは、国内避難民に配布する物資の調達をはじめています。物資が揃うまでの間、現地スタッフは、事業地の行政官や社会福祉団体とコンタクトと調整をし、さらに、物資配布をサポートしてもらう新たなスタッフの確保に努めています。と同時に、現地の調整会議に参加して情報収集も行っています。

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 1日も早く被災者に支援の手を届けられるよう、スタッフ一同、事業の立ち上げに全力で取り組んでいます。

写真①:配布予定の生活支援物資の一部
写真②:業者倉庫での検品の様子

********************* 皆さまの、ご支援をよろしくお願いいたします。 現地の状況は、こちらまで ご寄付は、こちらまで その他、お問い合わせは、電話:03-5225-9352 または、info@jen-npo.orgまで *********************

6月 11, 2009 緊急支援物資配布 |

2009年6月 4日 (木)

イスラマバードでの生活

090604_1_aalu_bukhara_low  現在イスラマバードに住む人たちの最大の懸念は、治安の問題です。

 政府軍とアフガン国境に近い部族地域に伸ばす勢力との戦闘が激化するにしたがい、大都市での報復テロや外国人を狙った誘拐の恐れが高まっています。わずか4,5年前のイスラマバードは、テロとは無縁の街だったそうですが、今はいつ来るか分からない見えない脅威のために、街が閉塞感に包まれています。

 イスラマバードに駐在する我々スタッフも、以前は夜間に街の中心部のレストランやカフェに出かけて行ったり、事務所の外を自由に散歩したりしていましたが、今では事務所兼宿舎からの外出の頻度も大きく減りました。

 このような生活を考えると気分が滅入りますが、事務所での生活にはちょっとした癒しもあります。ここイスラマバード事務所は最近、集合住宅から一戸建て住宅に移転しました。新しい事務所兼宿舎には、プラムのような果物のなる木が植わった庭があり、野鳥が事務所に巣を作っています。090604_2_tree_pie_low

 殺伐とした街の状況の中で、このような自然や生きものとふれあう機会は小さな安らぎとなっています。

写真①:アール・ブハラ(Aalu Bukhara)という果物の木
写真②:ツリー・パイ(Tree Pie)という野鳥

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アフガニスタンとの国境近く、北西辺境州にて避難生活を送る

国内避難民を対象に、生活用品の配布を含む緊急支援を始めました。

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6月 4, 2009 |

北西辺境州での国内避難民への緊急支援がはじまりました

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アフガニスタンとの国境近く、北西辺境州にて避難生活を送る

国内避難民を対象に、生活用品の配布を含む緊急支援を始めました。

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6月 4, 2009 緊急支援物資配布 |

2009年5月21日 (木)

現場での思い出

090521_memories_2  ここ3ヵ月間というもの、私は事業を行っているフィールドではなく、イスラマバード事務所で働いています。JENで働き始めて以来、これほど長くオフィスワークをするのは初めてのことです。整然としたきれいなオフィスでのチームワークはとても楽しいですが、一方で現場でのチームワークを懐かしく感じています。

 
 私はJENでこれまで、フィールド・スタッフとして、カシミールの山中や険しいバロチスタンの山あいの地域で支援活動を実施していました。以前、いくつかのプロジェクトをカシミールで同時に行うため、一度に25人ものスタッフが集まったことがありました。日本からの国際スタッフとパキスタンの現地スタッフが共に力を合わせて支援を行ったことが、とても懐かしいです。チームワークはいつも最高でした。互いから多くを学び、寝食を共にし、そして夜にはジョークを言って笑いあいました。090521_memories3_2

 時おり東京本部スタッフが出張で現場に来ることもありました。東京本部スタッフ、パキスタン駐在日本人スタッフ、パキスタン現地スタッフ、カシミール駐在スタッフの全員が、顔をあわせて共に働いたことは、とても貴重な経験でした。

090521_memories2_2  しかし今は、情勢不安定のため、日本人スタッフが現場に出張することが難しくなりつつあります。日本人スタッフ、パキスタンスタッフ、カシミール駐在スタッフが現場で一緒に働いた時間がとても懐かしく感じられます。再びみんなで働けるような日がやってくることを心から願っています。

5月 21, 2009 事務所・スタッフ |

2009年5月 7日 (木)

お母さんの心配事

 パキスタン北西部のFATA(連邦直轄部族地域)に住む多くの人々は、治安の悪化に伴い北西辺境州への避難を余儀なくされています。
 JENがニーズ調査を実施している北西辺境州の難民キャンプでは、避難民の間で健康や安全、将来の仕事など不安な事が多く話題に出ます。中でも、子どもたちへの教育は、特にお母さんたちにとって大きな心配事のようです。学校が不足している為、キャンプに住む全ての子ども達が学校に行けないからです。

 ニーズ調査の過程で、2人の息子と3人の娘を持ち、夫を亡くした女性と出会いました。

 彼女は
 「ここでは学校が不足している上、地域によっては、女の子が勉強することを勧めていないところもあります。私は幸運にも、2人の息子と2人の娘を学校に通わせることが出来ました。ただ、もうひとりの娘は、年齢が低いのでまだ学校へは通っていません。

 娘たちがまだ学校へ行けていなかった時のことです。他の子どもたちの通学風景を、子どもたちは毎日羨ましそうに眺めていました。そのときに、どうしても学校には行かせたいと思ったのです」と言います。

 彼女はこう続けます。
 「私は家を失いました。今は自分がもともと生活していた村にも住んでいません。でも、そんな事よりも、子どもたちが勉強を続けられない環境である事が、今一番の心配です」

5月 7, 2009 現地からの報告 |

2009年4月23日 (木)

バジョールの一般市民が思うこと

090423_13_14april09nwfpassessment_4 2008年、バジョール管区とモハマド管区の一部で、過激派と政府治安部隊の間の衝突が起こりました。過激派・政府治安部隊の両者とも自分たちの正当性を主張しています。

 この衝突による一番の被害者は、貧しい村人たちです。彼らはこれまで、部族内の問題が発生したときは、地元のジルガ(長老たちにより行われる部族の集会)の働きで解決し、平和に暮らしてきました。ジルガで決められたことは、誰もが受け入れる仕組みなのです。

 バジョールとモハマドの両管区は、パキスタン北西部のFATA-連邦直轄部族地域にあります。この地域は、イギリス統治時代の1849年から特殊な行政・政治体制をとっており、伝統に基づき、独立した生活を営んできました。このユニークな体制は今日でも続けられています。090423_13_14april09nwfpassessmentid

 しかし、最近の衝突は、この地域にも様々な変化をもたらしました。そして、多くの人が、住みなれた故郷を離れ、より安全だといわれている北西辺境州への避難を余儀なくされています。難民キャンプで生活している人もいますが、避難民の多くは、キャンプの外で親戚とともに生活しています。家を借りて生活している人もいます。

 JENパキスタンでは、さきごろ北西辺境州でのニーズ調査を実施し、現実を目の当たりにしました。

090423_13_14april09nwfpassessment_2  避難民たちは、多くの問題を抱えています。例えば、キャンプではテントを与えられますが、防水が十分ではないようです。医療機関や、子どもたちが勉強を続けられるような学校も不足しているように見受けられます。いくつもの団体や政府が支援を届けるべく努力を続けていますが、まだまだ不十分なことがたくさんあります。

 避難民キャンプで出会ったおじいさんは言いました。
 「夏が近づいてきているのに、扇風機もない。風呂に入る水も、冷たい飲み水も不足している。人生の中で一番厳しい夏となるだろう」

 そんな状況でも、村の平和を100%確信するまでおじいさんは村に帰る気持ちはないと言います。

 こうした避難民の人びとの未来を考える必要があるのではないでしょうか?JENでは、引続き調査を進めていきます。

4月 23, 2009 現地からの報告 |

2009年4月 9日 (木)

被災地の結婚式

090409_marriage_dress  支援を行っているバロチスタンでは、イスラムの伝統的な結婚式が行われます。結婚式の準備は、新郎の家族、親戚、そして友達と一緒に1ヶ月ほど前から始めます。結婚式の3日ほど前からお祝いが始まり、女性や子どもたちは新しくあつらえた服を着て出席します。夜になると女性たちは新郎新婦の家に集まり、太鼓のリズムに合わせて歌います。バロチスタンは敬虔で保守的なイスラム教徒が多く、いつもは静粛な雰囲気なのですが、それでもこの人生の一大イベントはにぎやかに祝います。ここでの典型的な結婚式のメニューは、羊の肉が添えられたご飯とカレーです。

 パキスタンの他の地方と同様に、新郎新婦はモルビ(宗教の教師)と2~3人の証人の前で互いを伴侶として認めると宣誓するまで、顔をあわせることはありません。まれに恋愛結婚もありますが、年配者や家族には好まれません。それでも離婚率はとても低いです。

 結婚式では、男性はAttanと呼ばれる伝統的な踊りを舞います。Attanはアフガニスタンの国民的な踊りで、パキスタンのパシュトゥン人の間でも一般的に踊られます。新郎の友達やプロのダンサーたちは輪になり手を叩いてリズムをとりながら、くるくる回って踊ります。090409_quetta_marriage

 実際にバロチスタンの州都クエッタとJENの事業地ジアラットで行われた二つの結婚式に出席する機会がありました。ジアラットの結婚式では、Attanやその他のセレモニーを目にすることはできませんでした。出席者に話を聞くと、「結婚式はうれしいけれども、つい数ヶ月前に地震で亡くなった人や倒壊した家のことを考えると、ダンスや歌でその喜びを表現することはできない」と言います。

 地震の影響は、このような、おめでたい席までにも及んでいたのです。人びとは、今も人道支援団体から配布されたシェルターやテントでの生活を続けています。

090409_tent_bedroom  地震によって人々が伝統的な方法で結婚式を祝えないのは悲しいことです。一方で、JENのテントが結婚式のようなすばらしい目的に使われたことは、うれしい出来事でした。人々が以前と同じように集い、心を通わせあっているのを見ると、私たちJENスタッフもまた勇気づけられます。

4月 9, 2009 2008年10月29日 パキスタン地震 |