シンジャール山に逃れた人々
JENは、2015年3月からイラク北西部ニネワ県のシンジャール山の国内避難民を対象にトラックによる給水活動を行ってきました。
シンジャール山を走る給水トラック
2014年8月、シンジャール市や周囲の村が過激派武装勢力によって占拠されました。古くからこの地に暮らしていたヤジディ教徒の人々は、異教徒として虐殺、人身売買等、迫害の対象として狙われ、逃げ場を失った人々は、周囲を武装勢力に包囲されたシンジャール山の山頂近くにかろうじて逃れ、荒れた吹きさらしの山上で、恐怖と、飢えや乾きに苦しみながら避難生活を送りました。
そんな中でも、誕生した生命もあります。ラヴィンはそんな1人。家族がシンジャール山に避難してすぐ生まれました。今4歳です。「ラヴィン」とは、クルド語で「逃れる」という意味。この年に生まれた多くの少女が、「ラヴィン」と名付けられました。
ラヴィンとJENスタッフ
ラヴィンは、この年ごろの少女にしては珍しく、照れずに話をしてくれました。2年たったら学校に通うのを今から楽しみにしているそうです。夢はたくさんあって、「その一つは、お医者さんになること。だから、一生懸命勉強して、学校でよい成績をとるの」と話してくれました。
JENが2018年6月に実施した、給水と生活状況のインタビューによれば、現在シンジャール山で避難を続ける人々の多くは、元々はシンジャール市周辺の村落にいたとのこと。武装勢力から解放された現在でも、住居や基本的インフラが大破し、近隣地域の民族バランスが変化し、武装勢力残党の掃討作戦が継続している状況で、帰還にはリスクがある、まだ帰還はできないと、ほとんどの人が回答しました。
テントの中でのインタビューの様子
集落ごとに設置された貯水タンクをチェックするJENスタッフ
そんな中、「JENの給水がなければ、とても生き延びることができなかった」と多くの人々から、感謝の声をいただきました。JENは、2018年7月にイラク北西部での活動を終了しましたが、それ以降も、シンジャール山に暮らす人々の最低限の基本ニーズである給水が継続されるよう、他団体に引き継がれました。
JENモニタリング担当
シャルワン M ムハンマド