イラクの結婚事情
バグダッドでは、車のクラクションをよく聞く。運転が乱暴だったり、交通渋滞が激しかったりするために、鳴らす頻度が多いのかもしれないが、それだけではない。特に木曜日の夕方に街に出ていると、度々、クラクションのけたたましい音を聞いた。最初は、「そこまで鳴らさなくても・・・」と不思議に思っていたが、すぐにこのクラクションは、結婚するカップルに対するお祝いだと聞いて納得した。
イスラム教徒が多いイラクでは、金曜日が休日のため、木曜日の午後に結婚式が行われることが多い。結婚式当日、花婿が参列者と音楽隊を引き連れて、花嫁の家に迎えに行き、パーティー会場に一緒に行くのが習慣らしい。そして、結婚するカップルを乗せた車は、花などで飾り付けがされており、この車が近くを通ると、周りの車が祝福のために、一斉にクラクションを鳴らすのだから、さぞかし気分も盛り上がるだろう。
かつては、両親や親戚が結婚相手を決め、見たこともない相手と結婚したり、男性が気に入った女性に家族を通して求婚したり、というパターンが普通だったそうだが、今は恋愛結婚も多くなってきている。JENのバグダッド事務所には、20代半ばの美人スタッフがいる。時々、「好きな人いないの?」とか「あの人、結婚相手にどう?」とか、他のスタッフと一緒になってからかったりしていたが、いつも笑ってごまかされた。女性が結婚前に男性と付き合うことを良く思わない人は未だに多く、密かにお付き合いしていることも多いそうだ。彼女の場合、真相はわからないが、いわく、周りの友人はほとんど結婚していて、自分は遅い方だけど、今は働くことが楽しいので、特に結婚を急いではいないとのこと。日本の私の周囲でも聞くような話だ。
そして、子どもが大勢いるのが当たり前のイラク社会だが、それも少しずつ変わってきているようだ。JENスタッフも、5人の子どものパパもいれば、2人しかいない人もいる。少人数の子どもの家は、女性が大学を卒業していたり、共働きだったりする。
旧政権時代、軍隊や公安、秘密警察などフセイン体制を支える機関で働いていた多くの人々は、結婚に政府の許可が必要だった。時代が移り変わり、旧政権が崩壊し、今のイラクでは、結婚すること、しないこと、家族のあり方など、より自由度が広がっているように思う。しかし、その一方で、結婚式を米軍に誤爆されたり、失業して家族を養うことができなかったり、以前よりも厳しい現実が広がっていることも確かだ。木曜日の午後のクラクションは、バグダッド市民にとって、そんな厳しい現実を少しだけ忘れさせる役割を担っているような気もする。