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2003年4月22日 (火)

50度の暑さ

バグダッドでの生活は、予想に反して不便に感じることは少なかった。実際、食料品や家電製品、事務用品など、手に入らないものはほとんどなかった。あるものを除いては。肝心なものがなかった。それは電気だ。

バグダッド市内の電力不足は深刻で、私がバグダッド入りしたばかりの昨年8月には、50度近い暑さの中で1日の半分しか電気が使えなかった。1日のうち、3時間交替で通電時間と停電時間がある。気温50度、冷房も扇風機も無い生活を想像してみて欲しい。一般市民の生活はかなり過酷だ。イラクの気候に慣れているはずの現地スタッフでさえ、あまりの暑さに屋上で寝ているという人もいたくらいだ。

ホテルや大きなレストランには、発電機があり冷房が入っていたが、それでも問題がないわけではない。ある日、発電機の動いているレストランに入り、注文をしたら「今は電気が来てないから、この料理は作れない」と断られたことがあった。「発電機は?」と聞いたら、電力が弱いからオーブンを使うものはできないとのことだった。食品の保管状態も怪しいもので、発電機がある肉屋さんでも、買い物途中に停電になり、ろうそくで営業している場面に何度か遭遇した。

JENの事務所も発電機を置いているが、やはりパワーが弱く全ての部屋の冷房を同時には使えない。停電の間は事業遂行の必需品、パソコンやプリンター、電話などの機器も動かないため仕事も進まない。そのうえ、発電機を動かすためのガソリンも不足していて入手できないこともあった。

電力不足の主な原因は、戦争中の発電所への攻撃や戦後の略奪、抵抗活動を行う人々による施設の破壊などだ。周辺国からの電力輸入といった対策も取られ、復興の最優先課題の一つとされているが、戦争後1年経った今もなお回復せず、全面復旧の見通しは立っていない。それでも時とともに少しは改善されるだろうと思っていたが、私が滞在していた間は逆に悪化していて、昨年12月には、1日に朝2時間、夜2時間しか電気が来ないこともあった。現地では気温がぐんぐん高くなるこれからの時期、また電力不足に陥ることは目に見えている。

戦争前には不自由しなかったライフラインの一部が突然なくなり、1年経っても回復しない。当初はフセイン政権から解放されたことを喜び、多少の不便さは我慢していた一般市民にも当然不満が溜まっている。治安が改善しないことで復興事業も思うように進まず、さらにインフラの整備が遅れる。そして、不満をもつ一般市民との衝突が起きる。まさに治安悪化・復興停滞のスパイラルである。このスパイラルの打破に必要なのは、武力ではなく、復興を実感できる支援であると思う。必要とされている支援も、できる支援も山ほどある。ところが最近の治安悪化を受け、多くの国際NGOや業者がバグダッドから一時退避している。何とももどかしい状況だ。

50度の暑さが、今年ももうすぐやってくる。

4月 22, 2003 | | コメント (0)

2003年4月17日 (木)

バグダッド調査開始

2  3月20日、現地(イラク・バグダッド)時間午前5時40分ごろ、アメリカによるイラク攻撃が始まりました。多くの犠牲者を出した激しい戦闘は、その後のバグダッド陥落を経て、4月11日、アメリカ側がイラク政権の崩壊を公式に宣言した今、事態は復興への局面に向かい始めました。しかしながら、一般市民がこの戦闘で受けた傷は大きく、各国のNGO、あるいは国際機関が緊急支援活動のため現地入りしつつあります。

 JENでは、こうした厳しい状況下に暮らすイラクの人々への緊急支援のため、4月20日、立正佼成会・外務部の保科和市(ほしな わいち)氏とともに、事務局長・木山啓子(きやま けいこ)、JENカブール事務所調整員・椎名規之(しいな のりゆき)の3名がイラク入りし、約3週間のニーズ調査を行うことを決定いたしました。 1

 私たちは、支援の手の届きにくい、取り残されがちな地域と人々のニーズを把握し、状況に応じた適切な支援を行うという事業方針のもと、直接現地に足を運び、この調査の結果を踏まえて、今、現地で最も必要とされている支援を、必要とされる人々へ届けます。

4月 17, 2003 調査活動 | | コメント (0)