2017年7月13日 (木)

応急手当研修



JENが活動しているパルワン県の教育局から学校での応急手当研修実施を提案されました。教育局によると、人びとや学校の教師の大半がけが人の応急処置についての知識をもっていないということです。そこでJENは県都のチャリカの30校の60人の教師に対して研修を行いました。

グル・モハマドさんはアリ・ハン小学校から参加しました。彼は数年前に学校に行く途中で起こった出来事を話してくれました。

「ある男性が息子を自転車で学校に連れていく途中、突然、息子が自転車から地面に落ちて手と足に怪我を負いました。私は男の子に駆け寄り、足から出血しているのを認めましたが、父親も私もどうしたらよいのかわかりませんでした。そこで、ある人が出血を止めようとして傷に土を被せました。しかし、その人もまた応急手当の知識がなく、土が汚いものであるということすら知らなかったのです。」

「田舎の人びとの大半は応急手当について知らず、適切な知識をもつ人が処置をしなければ、逆にけがした人は命を落とすことになるかもしれません。私もまたけがをした子どもをどう助ければよかったのかを知らず、土を被せることが出血を止めてくれる唯一の方法だと思っていました。」

「しかし今は、土は汚いもので、傷に被せると取り返しがつかないことになるかもしれないことを知っています。この研修は私達に応急手当とは何か、応急手当をして他の人を助けるということについて教えてくれました。」

「この3日間の研修で私は多くのことを学びました。救助者の役割、血圧や脈拍・体温、気道・呼吸・循環、傷の処置、ショックなどについてです。今の私は必要なときに応急手当ができます。このような重要な研修を提供してくださったJENに感謝しています。」

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【グル・モハマドさん(右)】

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【研修の様子】

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7月 13, 2017 文化、生活、習慣, 衛生教育 |

2017年7月 7日 (金)

10歳の少女、カティラの願い

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 JENは、パルワン県チャリカ地区で、学校修復や水と衛生環境の整備を通した教育支援を行っています。そのうちのひとつ、女子学校の3年生のクラスで学ぶ10歳のカティラ(写真上)は、2015年、家族とともに避難先だったイランから9年ぶりに故郷に戻りました。イランでは学校に通えず、父親から勉強を教えてもらっていました。
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 「学校に通いはじめるまで、私の生活は家で家事を手伝うことが中心でした。兄弟や両親から『新しい学校ができるんだよ』と言われても、何が楽しいのか、想像がつきませんでした。ところが学校生活は、まるで新しい世界との出会いです。将来の夢や、たくさんの希望ができました。今では、このあたりでいちばんきれいな私の学校が自慢です。先生は、私たちに災害や防災、健康についてを教えてくれます」。
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(写真:一生懸命勉強するカティラ)
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(写真:先生が言ったことを暗唱するカティラ。彼女は学級委員に選ばれました)
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 「昨日の夕方、お母さんから『日なたの水を使ってもいいかしら?』と聞かれた私は、『ふたをしていた水であれば、安全です』と答えました。
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 JENが修復している校舎には、教室が6部屋できると聞いています。もっとたくさんの教室があれば、もっと多くの児童が学べると思います。新しい校舎が完成したら、きれいな花をたくさん植えたいです。わたしがそうだったように、世界中のたくさんの子どもたちが学校に通えるようになりますように」。
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(写真:JENが建てている校舎の前で。カティラは週に1~2回、ここに来て、校舎の完成を楽しみにしています)

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7月 7, 2017 学校修復・建設, 教育支援, 文化、生活、習慣, 衛生教育, 防災教育 |

2017年6月29日 (木)

アッラーの祝宴月: 後編


ラマダンの間はサハリとイフタールという2種類の食事があり、それぞれに特別の食べ物が出されます。

断食をする人は、日の出の2時間前に食事します。これをサハリといい、その後は1日中飲食を控えます。そのため脱水症状や高血圧症を防ぐために、サハリで十分食べたり飲んだりすることは大変重要です。多くのアフガニスタンの人びとは、サハリでお米のようにカロリーの高いものを少し食べ、一緒にお茶を飲みます。

サハリのあとはイスラム教の教えに従い祈りを捧げます。日の出前の礼拝は他の時より価値があるとされているので、イスラム教徒は神との結びつきを強めるため、いつもより多くお祈りをして様々な宗教行為を行います。
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日没後、人びとは断食を中断しイフタールと呼ばれる食事を摂ります。イフタールは一日続いた断食のあと人びとが楽しみにしているごちそうです。
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伝統に従い、人びとはこの食事のときにジュース、ミルクや水を飲みます。イフタールには、おいしい食べ物や素敵なデザート、冷たいシャーベットなど様々なごちそうが並びます。アフガニスタンでは、伝統的なスープやケバブ、ピラフ、さらに粥なども食べますし、お茶もよく飲まれます。

イフタールを食べた後はラマダン月の意義について思いを馳せます。

ラマダンの効果の中で最も重要なものの一つは、社会とのつながりや社交です。ラマダン月の間、人びとはできるだけ家族と一緒にイフタールを楽しみますが、イスラム教徒は客を神の友人と考え最大限もてなすように教えられているので、人びとは友人や親せきや近所の人をイフタールに招き、一緒にごちそうを食べます。

30日間の断食のあと、イスラム教徒はシャワルの一日目に待ちに待った断食明けのお祭りであるイードを祝います。これは重要な宗教上の祝日で、イスラム圏の国々で広く祝われます。

また、イードの前には誰もがイードを祝えるように貧しい人びとに食べ物などを振る舞う、伝統があります。そして、待ちに待ったイードでは、早朝からモスクに集まりお祈りをしてから家族や友人とお祝いを始めます。


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6月 29, 2017 文化、生活、習慣 |

2017年6月15日 (木)

アッラーの祝宴月: 前編



イスラム暦8月の最後の夜に新月が昇ると、神聖なラマダンの始まりがイスラム教徒に告げられます。ラマダンはイスラム暦の9番目の月であり、イスラム教徒が信じるところの「アッラーの祝宴月」です。世界中の全てのイスラム教徒が毎年熱い思いで、ラマダンを待っています。

毎年、イスラム教徒はこの聖なる月の間に断食をします。年に一度ラマダン月に断食をすることは、イスラム世界では義務の一つと見なされているので、世界中のイスラム教徒は、みな日の出から日の入りまで断食をしなければなりません。しかし老人や子どもや妊婦や病人など、肉体的に断食が難しい人は断食から免除されます。

イスラム教徒は、ラマダンの期間中、悪魔は鎖につながれ、コーランの啓示が初めて与えられたこの月は神の恵みと慈悲に溢れていると信じています。そのため彼らはいつもより熱心に祈りを捧げ、できるだけこの神聖な期間から何かを得ようとしています。

ラマダンの断食はイスラム教徒にとって、義務というだけでなく精神的な意味があります。断食時に行う内省や様々な形での信心は、彼らが自分自身の問題に力強く立ち向かう際の助けになり、非常に暑いときでも断食をする気持ちを支えます。聖なる月の断食には精神的、肉体的価値以外にも、常に各国の伝統的な習慣が伴います。

アフガニスタンではラマダンの開始を人びとは大変歓迎し、一日前に断食を始めて、そのあと大好きな伝統食を食べます。(後編につづく)

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【日の入り後に飲食です:華やぐ現地のレストラン】

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6月 15, 2017 文化、生活、習慣 |

2017年2月 9日 (木)

アフガニスタンのイベント その3



今回は、アフガニスタンの新年のお祝い行事についてです。

3月21日に、ナウローズ(ダリ語でナウ=新しい、ローズ=日の意)という新年を祝う行事があります。アフガニスタンではこの日を農業の日とも定義しており、国連総会でも公式に認定された日で、アフガニスタン以外でもイランや中央アジア諸国で祝われます。

アフガニスタンのナウローズは独自の伝統があり、ハナ・タカニという大掃除を行い、サマヌーとハフトミワという特別な食べ物を用意します。ハフトミワはピスタチオ・アーモンド・アプリコット・クルミ・ヘーゼルナッツ・レーズンなどのドライフルーツの盛り合わせで、サマヌーは麦芽を原料としたお菓子です。

グルスルクは年はじめの30日間、カブールから北方のウズベキスタンとの国境に近いマザーリ・シャリーフという街で行われるお祭りです。期間中は一面に赤い花が咲き、アフガニスタン中の人々が訪れます。人々はジェンダ・バラ(旗振り)や騎手がヤギや牛の死骸「ブス」をゴールまで運ぶポロのようなアフガニスタン国技「ブズ・カシ」に興じます。

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2月 9, 2017 文化、生活、習慣 |

2017年1月26日 (木)

アフガニスタンのイベント その2

前回お伝えしたお祝い行事イードEid al-Fitr(イード・アルフィトル)とは別のイードを本日は説明します。両者ともに3日間のお祝いですが、2つ目のイードEid-al-Adha(イード・アルアドハー)との違いは、羊やヤギ、牛、ラクダなどを屠畜する犠牲祭になります。

イードの祝い方は地域により多少伝統の違いはあるものの、概ね同じで、老若男女誰もが楽しむ人生にとって最重要な日の一つと捉えられています。また、イード期間中は不仲な者どうしが互いの家に行き来して関係を修復し、婚約者はそれぞれの義父の家に行くという習慣があります。

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【Eid Al-Adhaの親戚間の昼食の様子】

次回はその他のお祝い行事をお伝えします。

ズフラ

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1月 26, 2017 文化、生活、習慣 |

2017年1月12日 (木)

アフガニスタンのイベント

市場は賑わい、訪れる人びとは食べ物やお菓子、服の買い物に興じ、お店も忙しそうです。それもそのはずで、買い物客の誰もがお客や親しい人びとを招くイードの準備を急いでいるからです。これは昨年のアフガニスタンでのイード前の風景です。

日本ではあまり馴染みがありませんが、イードにはEid al-Fitr(イード・アルフィトル)とEid-ul-Adha(イード・アルアドハー) という2つの種類があり、世界中のイスラム教徒がお祝いをします。アフガニスタンでは独自の伝統や慣習がイードをさらに盛り上げます。

1つ目のイードであるEid al-Fitrは断食月であるラマダンの終了をお祝いするものです。人びとはヘナで体に模様を描いたり服を買ったり、食事やおやつを用意して親戚や知人を招いたりします。

子どもたちにとってもこの3日間は特別で、新しい服に身を通して家族と共に親戚を回り、おもちゃやお小遣いやお菓子をもらいます。

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【Eid al-fitrの際のチャリカのドライフルーツ店の様子】

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【Eid al-fitrのとき、ヘナでペイントをしてもらい、これをじっと見つめる女の子】

次回は2つ目のイードをお伝えします。

ズフラ
ジェンアフガン事務所フィールドオフィサー

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1月 12, 2017 文化、生活、習慣 |

2016年10月27日 (木)

パルワン県に逃れてきた家族

2016年10月上旬、武装勢力は北東部のクンドゥーズに攻勢をかけ、市街戦が始まりました。彼らは民家に立てこもり、政府軍と交戦しました。多くの人びとが近隣のタクハー県・バグラン県・バルク県・パルワン県・カブール県に国内避難民として逃れました。
ある家族は、3人の男の子がいるのですが、彼らは身体に障がいを抱えています。この男の子たちは、話すことも歩くこともできず、日常生活では、2人の姉と母親の手助けが必要です。父親は、その日の生活をするのがやっとで、家族は何とか1日に二度の食事ができる程度です。
この家族がクンドゥーズからパルワン県に逃れてきたとき、頼る人はおらず、食事もままなりませんでした。一家は今も何とか生活をしていますが、もとの家に戻るためのお金がありません。そして、自宅に残してきた持ち物が盗まれてしまうのではないかと心配しています。
チーフエンジニア
シル・アリ


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【家族について話す父親】


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10月 27, 2016 文化、生活、習慣 |

2016年8月12日 (金)

チャリカ

 JENが活動しているチャリカは、アフガニスタンの中心部にあるパルワン県の県庁所在地で、コダマン谷の主要な町です。この町は、カブールから北部へ69キロ進んだ道路沿いにあり、パンジシャール谷の入口でもあります。人びとは、北部のバグラン・クンドゥズ、サマンガン、タクハル、バルク、バダフシャン、バーミヤン、ダイクンディといった県を訪れる際にこの町を通過します。

【主要な広場の様子】
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 この町のほとんどの住民はタジク族で、ダリ語を話します。芸術・詩や、ぶどう・きゅうり・トマトといった果物野菜の生産地として有名です。また、美しい自然でも名高く、グル・グンディ(紫の花で覆われている美しい丘)など、多くの景勝地があり、県外からもピクニックに訪れる人がいます。毎年、政府はグル・グンディで式典を行っています。

【グル・グンディの風景】
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 歴史的には、チャリカはジャムシッド王(ヤマ王として知られる)によって発見され、その後のカニシュカ王やクシャニア人によって創立されました。1930年代には、ジャバル・サラジに新しい織物の工場が作られ、この町の新しい歴史が始まりました。

【絨毯のお店】
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 しかしその後、長い間、旧ソ連の侵攻やムジャハイデン戦争などの前線となってしまい、この土地の人びとの文化・知識・経済は計り知れない被害を受けました。北部の県へ通じる重要な場所であったため、タリバン政権時代にタリバンと北部同盟の境界線となり、荒廃しました。残念ながら、この15年間、新しい政権はチャリカの復興・開発を行っていません。

 チャリカは小さい町ですが多くの人口を抱えています。通行量は多いのに道路は1つだけです。ここにある全てのものが、カブールから運ばれてきたものです。住民の多くが農家で、他には政府職員や技能労働者や技能をもたない労働者がいます。多くの住民の経済水準は貧困ラインを下回っています。

 チャリカは、アフガニスタンの中でも特に水不足に悩まされている地域です。そのため、1977年にパンジシャール川から水路が引かれました。この水は飲み水として安全なものではありませんが、大半の人は飲み水として使っています。

 2015年の調査によれば、貧しいためにやむを得ず衛生的でない水を飲むことで、多くの病気が引き起こされています。他にも、人びとが適切な衛生教育を受けていないこと、医療機関が不足している状況などが人びとの健康に影響しています。

 このような環境下で、学校や病院を建設・再建し、研修を行い、啓発を強めることは、健康的な生活を楽しむことのできる新しい世代を生みだすことにつながります。
JENは、2002年にパルワン県での活動を始め、2005年からチャリカで水衛生事業を実施しています。2017年に実施を計画している事業では、学校施設整備・教師を通じた衛生教育により、生徒の衛生の改善と、衛生関連の知識が生徒から彼らの家族・地域の人々に波及していくことを目指しています。

 フィールドオフィサー
 ズフラ・アフシャル

【市場のメインストリート】
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【チーズのお店とドライフルーツのお店】
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8月 12, 2016 文化、生活、習慣, 水衛生環境改善, 衛生教育 |

2015年7月30日 (木)

ラマダンを経験して

 アフガニスタンはイスラム教徒の多い国なので、毎年ラマダン(断食月)があります。
 イード休暇(断食月の終わりの祝日)が先週で終わり、パキスタンおよびアフガニスタン事務所は通常の業務時間に戻りました。

 今年は私もわずかな期間ですが、断食にチャレンジしてみました。
 日の出から日の入りまで、飲食は一切行わないのがラマダンです。自分の唾液すら飲み込んではいけないと聞きます。7月のイスラマバードのだいたいの日の出時刻は5:00、日の入り時刻は19:20であり、この間約14時間半、飲食を一切行わないことになります。
 
 ラマダンの時期はイスラム暦(太陰暦)によって決められるため毎年少しずつずれますが、今年はその中でももっとも日照時間の長い、そしてもっとも暑い季節に重なるラマダンとなりました。
 
 最初は水も飲まない完全断食をするつもりでしたが、さすがにそれでは仕事にならず、結局食事だけの断食を1週間少し行いました。

 食事だけでも断食をしてみると、これを1か月も、飲み物も一切取らずに行うということがどんなに大変かがわかり、改めてムスリムの人々に尊敬の念を抱くようになりました。
 それと同時に、ラマダンの期間中、国中の業務効率が落ちる理由もよくわかりました。空腹に耐えながら仕事をするだけでも難しいのに、さらにいつもの生産性を保つことが難しいのは当然です。

 しかし、イスラム教徒の人々はそれでも断食をします。イスラム圏外にいたときはその意味がわかりませんでしたが、やはり空腹に耐える苦しみを知ること、そのような状況に置かれている人たちの気持ちになること、普段あまり空腹にならずに食事ができることに感謝すること、そういう部分にラマダンの意味があるんだろうな、と思いました。今回わずかではあるものの、経験を通してわかったことです。

 JENの事務所があるパキスタンの南部・シンド州では毎年干ばつで死者が出ています。50度近くになる気温の中、水が飲めないというのはどんなに厳しい状況か、今回改めて想像しました。
 アフガニスタンも同様で、ラマダンを経験する国だからこそ、干ばつへの対策が取られることを願いますし、支援も広げていかなくてはならないと改めて思いました。

【イスラマバード事務所にて、スタッフとのイフタール(日没後の食事)】
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 JENパキスタン事務所
 総務経理担当
 堀 真希子



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7月 30, 2015 事務所・スタッフ, 文化、生活、習慣 |

2015年6月 4日 (木)

美しい国アフガニスタン

 JENは現在、アフガニスタン中央部のパルワン県で活動をしています。パルワン県は豊かな文化と美しい自然で知られています。国内の治安状況は大変厳しいアフガニスタンですが、実はとても美しい場所がたくさんあるのです。今日はそんなアフガニスタンを写真でお伝えします。

 ‏JENが建設した学校からの景色。眼下に広がるのは、ジャブルサラジの街です。サラン峠に向かう道沿いにあるこの街は、アフガニスタンで最も美しい街の一つで、夏になるとカブールなどから多くの人々が訪れます。

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 ジャブルサラジにあるアブザル・ガファーリ男子高校。JENの支援で建てられたこの学校では、学校管理委員会と教職員たちが積極的に学校内外の環境美化を推進しています。学校の目の前の湖がとても美しいです。

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 サラン峠は、パルワン県とアフガニスタン北部を繋ぐメインロードです。この峠を南に下ると、首都のカブール、そしてパキスタンのハイバル・パフトゥンハー州まで繋がっています。

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 パンジシール渓谷。今年起きた雪崩では大きな被害を受けました。地域へのアクセスが閉ざされ、何日間も孤立してしまいました。冬季の通行は大変困難ですが、夏に訪れると素晴らしい場所です。

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 アフガニスタンの人々はサッカーが大好きです。このスタジアムは、最近パンジシール渓谷の村に建てられたものです。地元のサッカーリーグの試合が行われます。

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6月 4, 2015 文化、生活、習慣 |

2014年11月27日 (木)

スルヒ・パルサの秋

 秋は私が最も好きな季節です。あらゆるものがとっておきの美しさであふれんばかりで、まるで自然がグランドフィナーレのために1年をかけて力を蓄えてきたかのようです。
 
 でもそれは、私の国であるアフガニスタンでの美しさでしょうか?それとも、私が働いている、治安や経済的な問題を抱えているスルヒ・パルサという小さな地域の美しさでしょうか?

 スルヒ・パルサは、貧しく、冬が早く訪れる標高の高い地域です。
この地域では、秋は美しさにあふれていますが、食糧や燃料の不足や、建物の弱い骨組みを壊してしまう雪への不安は、秋の美しさを愛でて楽しむことを人々に許さないのです。

 秋と冬について思いつく最も前向きなことは、子どもたちが雪で遊んだり、収穫した後に最後に残った芋をオーブンで調理して食べたりすることです。子どもたちは、それほど楽しくはなさそうですが、冬の間は学校として使われるモスクに通って学びます。

 秋の写真を2枚紹介します。私が仕事中、休憩を取りながら紅葉の広がりを眺めている時のものです。この時期の木々は人生の終わりを迎えようとしている人のように見えます。落ちていく木々の1枚1枚の葉を、たくさんの経験を重ねた長老のように、私は尊敬する気持ちで見つめます。でも、考え事をしているうちに、短い日は暮れて夜がやってきます。

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 私にとっては紅葉を眺めるのは楽しいことですが、木を植えたこの地域の人にとってはどうなのでしょう?

 この地域の人は、葉が落ちるのを待っていて、落ち葉を集めて家を暖める燃料として使います。また、かれらにとっては、冬の訪れとともに1世帯で5~10本しか持っていない果物の木に実がならなくなってしまうことは、非常につらいことです。子どもたちのための果物は、これらの木々からしか手に入れることができないのです。

 この地域の人にとって、日が短くなるにつれ畑仕事が減り、食べ物を家族に与えることができなくなるこの時期は、本当につらい季節の始まりです。
 それは同時に、家の中で仕事をする女性が、機織りや子どもたち用のセーターを作るための毛糸を紡ぐ作業を止めなければならないということを意味します。明かりがないので、夜の暗闇の中では仕事ができないからです。

 生活の困難さが、自然を楽しむことができないようにしてしまうのです。富める者から貧しい者まで、誰もがそれぞれの問題を抱えているのだと、ここで働いていると感じます。

総務・ITオフィサー
ワヒード・アフマド



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11月 27, 2014 事務所・スタッフ, 文化、生活、習慣 |

2014年8月 7日 (木)

遠隔事業管理拠点、パキスタンの夏

ジェンはアフガニスタンの支援活動を、パキスタンのイスラマバードから管理しています。

通常、パキスタンの夏は5月に始まり、9月に終わります。しかし、ここ数年、地球の気候変動により、この傾向は変わりつつあります。今年の夏は4月頃始まり、6月、7月ごろには気温が50度まで上がりました。

暑さがピークに達する時期には、人々は日射病にかかったり、下痢にもなりやすく、特に直射日光にさらされながら働く人たちは、他の健康問題にも気を付けなければなりません。 

経済的に余裕がある人たちは、猛暑を和らげるためエアコンなどの冷房器具を買うことが出来ますが、貧困率が高い農村地域の住人たちは川や運河などで身を冷やします。文化的背景からこれらの場所に行けない女性たちは、夏の間最も脆弱な立場にあるといえるでしょう。

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一部の人々はパキスタン北部の渓谷やヒルステーションなどの避暑地への旅行で夏を楽しむことも出来ますが、ほとんどの人にとってそれはできません。

これから数年の間、夏はラマダン(断食月)が重なるので、いつも以上につらくなります。夏に行う約16時間の断食は、とても苛酷な体験です。

ジェンイスラマバード事務所 アフガニスタン事業総務・経理アシスタント  フメイラ・ワッハーブ

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8月 7, 2014 文化、生活、習慣 |

2014年5月15日 (木)

自然も生き生きとよみがえる春、子どもたちは学校へ

 春はアフガニスタン暦の最初の季節です。アフガニスタンでは、毎年、この時期に新年を祝います。

 昔からこの国では、新年の初日を祝日として祝っています。このほかカブールを含むいくつかの州の学校では、新年の2日目は「農業の日」と呼ばれています。この時期はアフガニスタンで最も良い季節で、緑の木々や様々な色の花、果樹の美しい姿をあちこちで目にすることができます。

【春の街並み】
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 この時期は学校が始まる時期でもあります。学校へ通う年齢になった大勢の7歳の子どもたちは、家族に伴われて学校へ向かいます。学校や先生のことを知らなかった子どもたちは、学校に通うようになると、新しいことをたくさん学びます。最初はわからないことだらけですが、子どもたちは家族に励まされながら、学校に通うのです。

 今年も大勢の男女児童が学校に通い始めました。その人数は全国で100万人を超えているかもしれません。

【学校に通う女子児童たち】
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 これらの子どもたちが、アフガニスタンの未来を創っていくのです。子どもたちの未来が明るいものになることを祈っています。

 ジェン カブール事務所 総務・調達マネージャー
 アフマド・ファヒム

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5月 15, 2014 文化、生活、習慣 |

2014年5月 1日 (木)

アフガニスタンの歴史的選挙

 今年、ついにアフガニスタンの人々が自らの投票によって大統領を選出する機会が訪れました。多くの人が今回の選挙を、アフガニスタンの歴史上で重大な出来事として注目しています。何十年にもわたり非常に厳しい状況に置かれてきた国が、平和と民主主義を重んじる国であることを示す時が来たのです。

 各ニュースによれば、投票率は有権者の約60%に上ったそうです。有権者数が約1200万人とすると、およそ700万人強の人々が投票をしたことになります。

 ジェンのアフガニスタンスタッフも投票に行きました。投票日直前や当日には、アフガニスタン国内では各地で爆発や銃撃などが発生し、治安上のリスクは高まりました。それでも、ジェンのアフガニスタンスタッフによると、アフガニスタンの人々は、自分の国のより良い未来のために、投票に行くことは国民の道徳的な義務だと考えているそうです。候補者の誰が当選したとしても、国民が大統領に期待することは、国民の基本的なニーズに対応してくれることだといいます。

 新しい大統領は、アフガニスタンという国が、またその国民が、自分たちの力で立ち上がれるのだということを世界へ示し、国を引っ張っていくことが期待されます。アフガニスタンの人々はなによりも平和を望んでいます。平和こそが、ほかの先進国のように、国の発展の礎になると信じているからです。

 投票結果の第1回目は4月26日、第2回目は5月14日に発表される予定となっています。

 イスラマバード事務所長 アズマット・アリ

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5月 1, 2014 文化、生活、習慣 |

2014年4月17日 (木)

アフガニスタンが誇る悠久の文化。ことわざ(マタロナ/ザルブル マサル)

 アフガニスタンでは、諺(ことわざ)をパシュトウン語では「マタロナ」、ダリ語では「ザルブル マサル」と呼びます。この国の諺は、簡潔で、会話の中で頻繁に使用され、アフガニスタンの文化を深く反映します。

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 アフガニスタンの諺は、その豊かさと意味において、世界の歴史上の著名な哲学者や作家の偉大な言葉が与えるインパクトに匹敵すると言えるでしょう。とてもシンプルなのですが、その背景には一つ一つ物語があります。意味をすべて理解し、背景を把握できたとき、驚き、笑い、そして喜びが得られるでしょう。人びとはみな、機知に富み、気の利いたスピーチを好みます。彼らはまた、適切な諺をタイミングよくスピーチに用いることが出来れば、説明や議論全体に影響力を持たせることが出来ると考えます。

 アフガニスタンの諺は、日本の福沢諭吉の教えや孔子の格言、禅の奥深さに共通するものがあると思います。また、ルイス・キャロル(イギリスの作家)の斬新さやマーク・トウェイン(アメリカの作家)の言葉の素朴さ、シェイクスピアの叙情主義や、すべての意味合いを一つの短い言葉で表したムハンマド・イクバール(パキスタンのラホール出身の詩人)の表現にも匹敵するといえるでしょう。

 諺を適切に使用することは、アフガニスタンの文化を高いレベルで理解し、敬意を示すことになります。また、諺を用いることで人間関係に深みが増し、異なる宗教や民族、習慣、伝統への橋渡しとなり、さらには前向きな関係を構築する手段にもなるのです。

諺の例:

1.*ワフト ラカ サラ ザル デ(パシュトウン語)   
  *ワクト テラ アスト (ダリ語)
  *時は金なり(日本語)

2.*ダ トパック ザハム ジュリギ フー ダ ジャビ ナ(パシュトウン語)
  *ハル ザハム ジョー メシャ マガール ザフミ ズバン ニ(ダリ語)
  *剣や銃によって持たされた傷は癒えるが、言葉による傷は癒えない(日本語)

3.*ダ ヤウ ラス トリ グアティ ヤウ バルバル ナ ディ(パシュトウン語)
  *アンゴシュタン ヤック ダスト ヘッチ ガ バ ハン バラバル ネスト(ダ リ語)
  *5本の指は全て違う(物事には1つの面ではなく様々な側面があります)(日本語)

 
 JENアフガニスタン事務所
 シニア・フィールド・オフィサー 
 ハミドラ・ハミッド

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4月 17, 2014 文化、生活、習慣 |

2014年4月 3日 (木)

女子教育の大切さ

 教育は、性別にかかわらずとても重要なことですが、アフガニスタンでは特に女子教育の促進がとても困難な課題となっています。

 この国では、文化の壁が女子の教育の発展を制限してしまっています。たとえば、親が自分の娘が男の子と同じクラスに通うことを拒んだり、家族から若年での結婚を促されたり、ときには、女子がこころない暴力の対象となってしまうこともあります。また、貧困や校舎・施設の不足、治安の悪化による学校への襲撃や女性教師の不足なども、女子教育を阻む要因となっています。

 女子がもっと安心、安全に学校に通えるようになるためには、「学校へ行ってよかった」と思えるひと工夫が必要です。たとえば、安全な教育環境を整えると、入学者数を増やすことにつながります。

 女子教育には、次世代の教育レベルの向上、乳幼児死亡率の低下や児童婚の減少、コミュニティの活性化など、いくつもの社会への良いインパクトがあります。そこで、JENでは常に女子教育の優先度を高くし、意識しながら支援活動を行っています。

 今までJENは、パルワン県でいくつもの学校施設の建設と修復を実施しました。去年は5つの女子校を含め、全14校を建設しました。そのうちハズラット・ゼイナブ女子校では、女子生徒たちのより安全な環境とプライバシーを確保するため、外周壁を建てました。

【境界壁が建てられた学校】
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 今年はスルヒ・パルサとシーハリ地区の3つの女子校を含む全5校で建設を行う予定です。また、アフガニスタンの教育環境をより良くするために、JENでは学校の建設・修復以外に生徒たちの衛生知識・習慣を改善するための活動も実施しています。このプログラムは女子生徒に限定したものではありませんが、多くの女子校を対象としており、女子教育の環境改善に役立つことを願っています。

【6つの新しい教室が建築された学校】
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【石鹸を使った手洗いの方法を習う女子生徒たち】
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※この活動は、支援者の皆さまおよび、特定非営利活動法人ジャパン・プラットフォームの協力により実施しています。

ジェン・イスラマバード事務所
シニア・プログラム・アシスタント
ハニフ・カーン

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4月 3, 2014 学校修復・建設, 教育支援, 文化、生活、習慣 |

2014年3月20日 (木)

アフガニスタンの首都、カブールの冬

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 通常12月20日頃から3月20日頃まで続くカブールの冬は厳しく、時には3月以降もその寒さが続きます。カブールでは雨や大雪が降り、ここに住む人々は、ストーブに薪をくべて暖を取り、この厳しい冬を乗り越えます。

 毎年秋のはじめには、やがてやってくる冬に備え、人々は薪を買います。この時期の薪は比較的安価ですが、カブールでは終日使えるだけの電力やガスが町にないため、主に薪ストーブを使うしかなく、必然的に薪の値段は高騰していきます。

 また、冬に向けて暖かい服と靴も用意します。特に朝方は全ての道路が凍結するため、車は渋滞し、交通が乱れ、時間通りの移動は難しくなります。

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 この季節が来る前に、学生は学校の最終試験を迎えます。冬の3か月間、すべての学校は休みに入り、生徒たちは家で過ごします。この時期は生徒にとって、授業の復習をし、今までの学習内容の理解を深める良い機会でもあります。

 また先生は、冬の間は週1回程度学校へ行きます。この時期は先生にとっても自由に過ごせる時間が増えるため、ある先生は仕事を進め、ある先生はスキルアップのために、政府やNGOにより主催されるワークショップに参加したりもします。

 最近は気候変動の影響で、アフガニスタンではいつにも増して雪が降る日が続いています。

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 ジェンカブール事務所 総務・経理マネージャー 
 アフマド・ファヒム


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3月 20, 2014 文化、生活、習慣 |

2014年3月 6日 (木)

イスラームとタイガーマスク

「笠地蔵」という昔話がありまして、おじいさんが正月の餅を買うために街まで笠を売りに行きました。帰りに雪を被ったお地蔵さんに売れ残った笠を乗っけてあげたら、お地蔵さんが多大なお礼の品々を自宅まで配達してくれたという非常に良いお話です。

 さて、イスラームには5つの義務が課せられています。その中に喜捨(ザカート)という義務があり、旅人や貧しい人、孤児等にお金や食べ物を分け与える行為です。

 イスラームの聖典「コーラン」の中にも頻繁に出ており、具体的に喜捨するべき額の目安なども提示されています。現世で間違いを犯す、他の義務を履行できない等の場合、代わりに喜捨をすることでそれらが帳消しになるとも説いてもいます。

 また、その善行は神様(アッラー)の御心にかない神様も見ておられるので、結局は現世での死後自分に返ってきます。「定めの喜捨をこころよく出すことは怠らぬよう。アッラーに対し奉り立派な貸し付けをしておくにかぎる。お前たち己が魂のために何か善いことをしておけば、必ずアッラーのみもとに(行った時)もっと善いものを見出すであろう」(コーラン73章より抜粋)

 当地イスラマバードでは、宗教行事の日や冠婚葬祭の時に食物やお金を貧しい人に分ける習慣が根付いています。富める人間はそれを当然のように行う文化にはいつも感心させられます。

 タイガーマスク運動(全国の児童養護施設等に対する匿名寄付運動)も見返りに関する概念がないものの、立派な喜捨行為です。日本には「情けは人の為ならず」という言葉があります。恩恵が神様を経由して返ってくるか、人間社会の摂理かという違いはあれども、この諺、傘地蔵、そしてイスラームの喜捨概念も同じ因果関係を示しており、遠く離れた地でも通じる考え方なのだと思いました。

 アフガニスタン・パキスタン事業担当
 二村 輔

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3月 6, 2014 文化、生活、習慣 |

2014年2月20日 (木)

パルワン県の気候

 ジェンが事業を実施しているパルワン県はアフガニスタンの中央部、カブールの北に位置します。同県は民族構成が多様な人口631,600人の農村社会であり、多くの住民は農業と畜産により生計を立てています。カブールとアフガニスタンの北部地域をつないでいるサラン幹線道路が通ることから、パルワン県は戦略的にも交通の要となっています。

 パルワン県は、夏は乾燥し、気温が40℃近くまで上がる一方で、冬は-20℃まで冷え込み、季節がはっきりと分かれています。1日の中での気温変化も激しく、冬の日中の気温は、明け方の零下から昼時の12℃まで幅があります。

 11月から3月の冬の間は、北風がロシア南部から吹き荒れ、猛吹雪、氷晶雨(日本ではめったに見られませんが、雲の中で作られた氷の結晶が落下中にとけて雨粒となります)、暴風をもたらし、一面が雪に覆われます。これにより、供給ルートとなるサラン幹線道路はいつも封鎖されます。

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 人々は冬が来る前に、燃料と薪を家に買い溜めますが、貧しい住民は燃料やその他暖を取るのに必要なものを手に入れることができず、いつも厳しい冬に苦しむことになります。
 

 冬の間はこのような多雪・多雨により工事ができないため、貧しい人たちの生計手段となる建設現場での日雇い労働もできません。

 例年、冬季は雪の影響で道路が封鎖されてしまうため、コミュニティの人々は伝統的な鋤を使って道の雪かきをします。

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 また豪雪のため、これまで災害により多くの人が亡くなっています。その中でも、2010年2月にサラントンネルで起きた事故では165人の通行者が亡くなり、135人以上の負傷者を出す悲惨な事態となりました。

 今年もすでにたくさんの雪が降り、厳しい寒さが続いています。パルワン県の人々は暖かい春を心待ちにしています。

 ミルワイス・オメルゾイ(ジェン シニア・フィールドオフィサー)

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2月 20, 2014 文化、生活、習慣 |

2014年1月 9日 (木)

身も心も温めるソウルドリンク

 あけましておめでとうございます。
 いつもJENをご支援いただきましてありがとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 さて、日本ではお正月には帰省して家族と団欒する、とても大切な行事の一つですが、日本人スタッフが住むパキスタンのイスラマバードではこのような風習はありません。断食月後のイード休みには日本のお正月と同じように故郷に帰りますが、正月は特別にお祝いする習慣がありません。日常はいつもと変わらず、気温がとても低い季節です。
 そして、この時期の厳しい寒さの中で助けとなってくれるのが至る所で売られているチャイです。

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 チャイと言えば日本ではインドのイメージが強いかもしれませんが、ここパキスタンでもイギリス統治時代から根付いている文化です。値段も1杯10円~20円程度とリーズナブルな価格で、誰もが日に数杯いただく飲み物です。

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 一見ただの紅茶のように思えますが、家庭でティーバックを使って煎れた紅茶に砂糖と牛乳を混ぜたものとは大違いです。鍋に煮立ったお湯を入れ、細かいお茶を時間かけてじっくり煮だします。そこに砂糖とミルクをふんだんに入れ、一度煮立って味が馴染んで完成します。

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 元々はヨーロッパへ輸出する良質な紅茶の品質に満たなかった細かい葉から、おいしい紅茶を作るための製法として生まれたという説があり、生姜やカルダモン等のスパイスを入れたりとバリエーションも豊富です。
 私自身も、寒い日は買い物帰りに一杯いただいて温まるのが冬の楽しみのひとつです。

 アフガニスタン事業/総務・経理担当
 二村 輔



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1月 9, 2014 文化、生活、習慣 |

2013年10月24日 (木)

家畜の園、パキスタンについて

 アフガニスタンとパキスタンの活動を担当している二村です。アフガニスタンの活動地を訪問できない困難に直面する毎日ですが、今回は、アフガニスタン事業の拠点となっている隣の国、パキスタンについて、お話します。

10月16日~19日まで、”Eid ul-Adha(イード・アル・アドハ)”というイスラームの祝日がありました。世界中のムスリムがお祝いし、パキスタンでももちろん盛大な祝日となりました。

 この時期、パキスタンではほとんどの人が帰省し、食用の家畜を買うのが一般的です。解体した肉はアッラーへの捧げもの、貧しい人への施し、近所や家族と共有するものとして皆でこの日を分かち合います。

 このEid ul-Adha以外でも、ここではお祝いごとに家畜を買うのは良く見られる光景です。パキスタンは伝統的な肉料理のメニューが豊富で、焼・煮・蒸と手法も多岐に渡ります。

  他方で、イスラームでは禁食の掟もあり、人びとは徹底して尊守しています。ムスリムの方々が豚肉を食さないのは有名ですが、コーランでは豚肉以外にも血・死肉も禁食の対象に該当しますし、全ての肉は神の御名によって処理を施した肉でなければなりません。

「死獣の肉、血、豚肉、それからアッラーならぬ邪神に捧げられたもの、絞め殺された動物、打ち殺された動物、墜死した動物、突き殺された動物、また他の猛獣の喰らったもの。ただし、汝らが手を下したものは別である。そして偶像の前で屠られたもの、これらはおまえたちに禁じられている。」(コーラン第5章4節より)
日本に生まれ育った私たちに馴染みの深いもので例えると、スッポン料理(スープ)、ソーセージ等が血を使っているので禁食の部類に入ります。

パキスタンでは以下の動物を見かけることがありますが、荷役用・食用と様々です。

1. 山羊
食用兼乳製品の生産
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2. ロバ
イスラームでは禁食とされている。主に乗用と運搬に使われる。
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3. 牛
食用兼乳製品の生産
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4. ラクダ
食用兼乗用・運搬に使われる
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5. 馬
緊急時を除いて、食さない。乗用・運搬に使われる。
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6. 羊
食用・羊毛・乳製品の生産に使われる。
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JEN イスラマバード事務所 
 アフガニスタン事業総務経理担当 二村 輔




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10月 24, 2013 文化、生活、習慣 |

2013年10月10日 (木)

アフガニスタンの季節の果物

 アフガニスタンは果実の菜園の盛んな国で、季節ごとにたくさんの果物が実ります。特に、ブドウ、リンゴ、ザクロが近隣諸国においても好評で、有名です。

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 日本と同様に、ブドウは生のまま食べられますし、ジャム、ジュース用としても古くから栽培されています(昔はワインも製造していたようです) 。干しブドウと併せて、これらはアフガニスタンの主要な輸出品目であり、インド、パキスタン、そしてヨーロッパのさまざまな国で流通しています。

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 リンゴも同様に主要な農作物であり、寒冷地であるアフガニスタンでは古くから栽培されています。

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 日本ではそれほど一般的な果物ではないザクロも、主要な農作物です。トルコからインドにかけて広く栽培されており、アフガニスタンではカンダハール州, カピサ 州, ファリャブ州といった東部から南部にかけての州で生産が盛んです。パキスタンも含めて、周辺国では古来より薬用としても重宝されています。

 アフガニスタンにあるJENの事務所では庭にザクロの木があり、ちょうど今の季節に実り始めます。

 アフガニスタン事業、総務・会計アシスタント
 フメイラ・ワッハーブ



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10月 10, 2013 文化、生活、習慣 |

2013年8月 1日 (木)

アフガニスタン中部・北部の中間テストや夏休み

 アフガニスタンは山の多い国で、地域によって気候が異なります。国の中部や北部では、通常、学校は3月に始まって11月に終わります。

 3月から8月の終わりにかけては、日に日に温度が上がります。1年生から3年生の低学年の子どもたちにとっては、暑い気候はつらいものです。

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 子どもたちは、上の学年に進級するには難しい試験を受けなければなりません。そして、その試験は気候が厳しい時期に行われるのです。

 今年、その試験はラマダンが始まる頃に行われます。多くの子どもたちは断食をしていますが、試験を受けるために遠くから徒歩やバスで学校に通ってきます。子どもたちにとって、ラマダンの時期の試験はとても厳しく大変なものですが、イスラム教徒にとっては誇らしい時なのです。

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 試験が終わると、15日間の夏休みが始まります。先生たちも夏休みに入ります。夏休み中に、先生たちは答案用紙を全て採点しなければなりません。更に、採点が終わった後、先生たちは一人一人の生徒の成績を付けなければなりません。夏休みが終わると、子どもたちは皆、学校に戻ります。そして先生たちは生徒たちにテストの結果を通知します。

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 紛争によって、多くの学校は傷んだり、完全に破壊されたりしており、学習環境が整っていない学校が現在も多くあります。今もなお、テスト期間中も屋根の無い地べたで勉強している子どもたちもいるのです。

 JEN カブール事務所 総務会計マネージャー 
 アフマド・ファヒム




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8月 1, 2013 学校修復・建設, 文化、生活、習慣 |

2013年7月18日 (木)

神聖な期間、ラマダン

「炎の熱」を意味するラマダン(ラマダーンともいう)は、イスラム暦の第9月(月の位置によって毎年少しずつ異なります)を指し、イスラム教徒の断食、あるいは日中飲食をしない期間となります。

 ラマダンは通常29日間~30日間続きます。ラマダン中の食事は2回です。1回目は早朝の祈り(ファジュル)を捧げる前、または日の出前です。2回目は、夕食として知られる、人々が集まって一緒に断食を中断する「イフタール」です。イフタールは、日没後すぐに始まります。伝統的に、イフタールは預言者ムハンマドが断食を中断した方法に倣い、最初にデーツ(ナツメヤシ)を3つ食べます。

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 ラマダンはイスラム教徒にとって、貧しく住処のない、満足な食事をとれない人々について考える機会となります。この経験により、イスラム教徒たちはより従順になり、欲深さを抑えるようになるのです。ラマダン中、イスラム教徒は、自らの犯した罪が許されることを求め、悪事に手を染めることのないように祈ります。

 イスラム教徒はラマダンが、神が人間の前に姿を現した月と信じています。というのは、この月が、コーランの第一節が預言者ムハンマドに示された月だからです。また、ラマダンの月はマリア(イエスの母)にイエスの受胎告知がなされた月でもあります。

 ラマダンは一般的に、イスラム教徒と多くの重要なつながりをもっています。まず、コーランの最初の部分「この世の全てを創造した神の名において、読みなさい」という言葉は、ラマダンの月に提示されたといいます。また、ラマダンの時期に、イスラム教徒の間で有名な「バドルの戦い」があったことも知られています。

 アッラーはイスラム教徒に、ラマダン中断食することを命じています。断食はイスラムの教えの大事な柱のひとつであり、これをしないことは大きな罪となります。この規律はファルドと呼ばれます。病気または旅行中の者は、他の日に断食することが許されます。

 アッラーは信者を苦しめようとしているのではなく、楽にしようとしています。断食する者は、日没まで飲食や性行為を避けることになります。うっかりこれらの行為を行ってしまうことは断食を破ることにはなりません。
 しかし、もし意図的にいつも通りに食物あるいは飲み物をとった場合は、断食を更に60日間行う必要があります。もしこの60日間の断食ができなければ、その人は貧しい人々60人の、一日分の食費を払わなければなりません。この罰はカファラとして知られています。

 これは旅行者や病人、妊婦には適用されません。病人はフィドヤと呼ばれる1.6kg分の小麦で支払うことになります。貧しいため支払いできない人は、すべての支払いが免除されます。
 うがい中に水を飲みこむことで断食が中断された場合は、カッダと呼ばれるラマダン後の断食を再度することになります。

 ラマダン中、アッラーは毎日地上に降り立ち、人々に「私を探し求めている人はいますか?私の助けを必要とする人はいますか?」と呼びかけます。この慈悲は昼夜通して発せられます。
ラマダンの最後の10日間はイスラム教徒たちにとって特に大切な期間で、預言者ムハンマドは昼夜朗読していたと言われており、信者たちは全能の神アッラーにすべての時間をささげるのです。

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7月 18, 2013 文化、生活、習慣 |

2013年5月 9日 (木)

ガンダーラ時代の遺跡「タキシラ」

 JENの国際スタッフは、イスラマバード事務所からアフガニスタン事業を管理していますが、そこから近いところに、「タキシラ」というガンダーラ時代の遺跡があります。
 今から約2500年前にできたこの遺跡はユネスコの世界遺産にも登録されています。

 遺跡に併設されている博物館には古い貨幣や仏像が多数展示されており、家財道具などから当時の暮らしを想像することができます。

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 当時の基礎が今でもしっかり残っており、寺院や塔跡があります。
 この遺跡ができた頃、日本はまだ弥生時代前後であり、こちらの方がはるかに発展していたことが分かります。

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 紀元前の仏像など、日本では見ることができないものもあります。
 考古学にご興味があれば、ぜひ見学に来られることをお勧めします。

 ジェン イスラマバード事務所 
 アフガニスタン・パキスタン事業総務経理担当 二村 輔

5月 9, 2013 文化、生活、習慣 |

2013年4月25日 (木)

パキスタンの伝統衣装「シャルワールカミ」

 JENの日本人スタッフがパキスタンの文化に慣れ親しんだ姿を見ると、私たちパキスタン人もとても嬉しいです。今回はパキスタンの民族衣装「シャルワールカミ」を紹介します。今まではこの服に特別な感情はありませんでしたが、JENで働く多国籍の人がこの服を着るととても素敵に見えます。

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 「シャルワールカミ」の歴史は12世紀、ムガル帝国の時代まで遡ります。
シャルワールカミそのものは、中央アジアの大草原で馬に乗る生活を送っていたイランの人々、「チュルク語族」の衣服が起源だと言われています。これらの部族の多くはイスラム教に改宗しました。
 12世紀から、この地域には外部からの侵略が相次ぎ、やがてイスラム教のチュルク語族系イラン人による統治体制(デリー‐スルタン朝、のちのムガル帝国)が現在の北インド、パキスタン地域に確立されました。これに伴い、シャルワールは同地域で伝統衣装として着用されるようになりました。
現在ではイスラム教に関係なく、様々な宗教に属する人が、日常生活でも着るようになりました。


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 シャルワールカミは南アジア地域でたくさんの人が着ています。「シャルワール」はゆったりしたズボンで、「カミーズ」は長袖のシャツです。着心地が良く、日常生活でも冠婚葬祭でも着用します。特にインドとバングラデシュ、さらにアフガニスタンでも一般的です。ズボンの方はパジャマのように腰回りが広々として足首の部分が締まっているという形状です。

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 女性が着る場合は、「ドゥパッタ」と呼ばれる長いスカーフかショールを頭と首回りに巻きます。イスラム教徒の女性にとってはチャドルやブルカより身軽です。一方、ヒンドゥー教徒の女性にとっては、寺院内や年長者との面会など、頭を隠す必要がある場合にとても便利です。「ドゥパッタ」はシンプルでスタイリッシュでもあり、単純に肩にかけたり、胸から両肩を覆ったりします。

 機会があれば、ぜひこの文化と親しんでもらえればと思います。

 イスラマバード事務所
 アフガニスタン事業総務/会計アシスタント
 フメイラ・ワッハーブ

4月 25, 2013 文化、生活、習慣 |

2013年3月28日 (木)

アフガニスタンの新年

 今年、ノウルーズ(新年)のお祝いはアフガニスタンの人たちの生活の中で、より重要で大切なものとして行われました。というのは、国連総会が3月21日を国際的なノウルーズの日と承認したからです。

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 毎年この日には、ハズラト・アリ の霊廟での盛大な儀式を見ようと、大勢の人たちがアフガニスタンの北部の都市マザリシャリフへやってきます。
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 ノウルーズの最も重要で象徴的な伝統の1つに、ハフト・メワ(「7種類の果物」」があります。「7種類の果物」は、7種類のドライフルーツ:干しブドウ、センジェッド(グミ の木の実を干したもの)、ピスタチオ、ヘーゼルナッツ、プルーン、クルミ、そしてアーモンドか他の種類のプラムから作られます。
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 見た目は、フルーツのシロップの中に漬けられたフルーツサラダのような感じです。
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 伝統的に、アフガニスタンの女性はサマナック(小麦の胚芽から作られる料理)でノウルーズを祝います。サマナックはアフガニスタンの女性にとって特別なもので、夜遅くから翌日の日中にかけて作ります。料理をしている間、女性たちは集まって、特別な太鼓や踊りとともにノウルーズの歌を歌います。この儀式に男性が参加することは禁じられています。

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 ノウルーズでは、大統領が公式のスピーチにて特別警備員にお祝いの儀式を始めるように指示をします。警備員は、大砲3発を撃ち、続けて巨大な旗を地面から掲げます。人々はその動きを注意深く見守ります(旗がなかなか揚がらないとその年は悪い年に、旗がすんなり揚がれば幸運な年になるといわれているのです)。
 この日掲揚された旗は、40日後に政府の役人によって降ろされます。

 日中の儀式が終わると、音楽やコンサートで賑やかな夜の儀式が始まります。毎年、ヨーロッパやアメリカから世界的な歌手たちがアフガニスタン政府に招かれ、新年の祝賀のために歌います。アフガニスタンの歌手たちだけでなく、パキスタン、インド、イラン、トルコ、タジキスタンやウズベキスタンの音楽グループや歌手たちも招かれ、演奏とともにそれぞれの文化を披露します。

 公式行事が終わると、人々は「ブズカシ」の試合のために広大な広場へ向かいます。ブズカシは、馬に乗った人たちがヤギや牛の死骸を取り合う、古代からの伝統的な騎馬競技です。

 JENアフガニスタン事務所 シニア・フィールド・オフィサー
 ハミドゥラ・ハミド

3月 28, 2013 文化、生活、習慣 |

2013年2月14日 (木)

南アジア最大のイスラム教寺院「ファイサル・モスク」

 JENのアフガニスタン事業の事務所があるパキスタンのイスラマバードには、南アジアで最大、世界で4番目に大きいというイスラム教寺院があります。

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 同寺院は、1986年にサウジアラビアの第3代国王ファイサル・ビン・アブドゥルアズィーズ・アール・サウードによって建設され、同国王の名前を冠して「ファイサル・モスク」と命名されました。
 パキスタンのナショナル・モスクにも制定されており、宗教行事がある日は講堂に入りきれないほどの人たちが集まります。

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 入り口で靴を預けます。

 残念ながら中まで撮影できませんでしたが、私が行った時間がちょうどアザーン(お祈りの時間)と重なったため、たくさんの方がお祈りに来られていました。

 この寺院は山のふもとに建てられており、敷地はおよそ5000㎡、講堂は1万人以上を収容できるほど広く、その大きさと迫力に圧倒されます。イスラム教徒以外の人でも見学は可能であり、非常に見ごたえのある施設です。

2月 14, 2013 文化、生活、習慣 |

2012年12月13日 (木)

アフガニスタンのクリケット

 アフガニスタンのチャリカ事務所フィールドオフィサーのハミドゥラー・ハミドです。
今回はアフガニスタンの人気スポーツ、クリケット事情をご紹介します。

【クリケットファンの子ども】
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 1990年代、パキスタンのペシャワールで暮らしていたアフガニスタン難民の間でクリケットの人気が高まり始めたのが、アフガニスタンでのクリケット人気の始まりでした。

 1995年にアフガニスタンクリケット連盟が設立され、難民の人びとは2001年後半にアフガニスタンへ帰還した後もクリケットを続けました。同2001年中にはクリケットのナショナルチームが発足し、2010年には女子のナショナルチームも結成されました。

【アフガニスタン女性のナショナルチーム】
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 アフガニスタンチームは2008前半以降、世界クリケットリーグの中で急速に頭角を現し、ICC(国際クリケット協会)ワールドカップ2009、ICCリーグ部門2010に出場したほか、2010年のICC World Twenty20(世界選手権大会)では、インドや南アフリカと対戦しました。

 アフガニスタンのナショナルチームは、4日間マッチ(クリケットには、短時間で終わるものから数日に渡るものまで様々な試合形式があります)で一度も敗れたことがないという、世界記録を持っています。

 またアフガニスタンチームは、ACC(アジアクリケット協会)Twenty20 Cup 2007、2009、2011においても勝利をおさめ、2012年のIcc U-19 ワールドカップ、2012年ICC World Twenty20では、世界トップランクのインドやイングランドと対戦し、世界を驚かせました。自国の英雄たちが世界トップクラスの国と対戦するという、アフガニスタンの国にとって信じられないような夢物語が、現実となったのです。

【2012年WCCにて国家斉唱をするアフガニスタンチーム】
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 クリケットはアフガニスタンの国とアフガニスタンチームに平和や調和、尊厳、信頼、享楽、そして愛をもたらすと私は考えています。

【2012年WCCにて、ポリオ撲滅支援のためバットにサインをする選手】
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 アフガニスタン国内には、Ghazi Amanullah Khan国際クリケットスタジアム、カンダハール国際クリケットスタジアム、Ghazi国際スタジアム、カブール国立クリケットスタジアムといった大きなクリケット競技場があります。また、クリケットの中心として知られるジャララバード市の Shezaiクリケットスタジアムも現在建設中です。
 アフガニスタン政府とクリケット委員会は、今後5年間でアフガニスタン国内の34県全てにおいてクリケット競技場を建設する計画をたてています。

 ハミドゥラー・ハミド(フィールドオフィサー)

12月 13, 2012 文化、生活、習慣 |

2012年9月 6日 (木)

イスラマバード長期出張から見えるイスラム文化

 東京本部でアフガニスタン事業を担当している藤田めぐみです。 2012年の88月10日からパキスタンのイスラマバード事務所に長期出張にて来ております。到着してからまだ日が浅いのですが、パキスタンの首都であるイスラマバードや文化について感じたことを少しご紹介させていただきます。

 イスラマバードは緑豊かで、自然あふれる都市であります。実際に出張前のイスラマバードに対する自分が持っていた印象とはだいぶ変わりました。いたるところに緑があり、鳥のさえずりが聞こえてきます。JENの事務所内でもキツツキを何度か見かけました。町中には緑の生い茂る大きな公園、丘もいくつかあり、人々が家族や友人と共に来ています。また、イスラマバードには南アジア最大のファイサル・モスクもあります。

【丘の上から見えるイスラマバード】
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【丘の上のレストラン(MonalMonal)からのイスラマバードの夜景、アズマット・アリ撮影】
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【ラマダン時期のファイサル・モスクの夜の風景、アズマット・アリ撮影】
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 自分が到着した時期はイスラム教のラマダンである断食月(7月20日~8月18日)にあたり、イスラム教の人々は日が出ているときは食事を一切とることが出来ません。日没後から夜明け前までは食事をとることができます。日中は欧米系のファーストフードの飲食店などを除いては、全ての飲食店は閉まっています。イスラム教ではラマダンで、食べられないことを体験することによって、食べ物へのありがたみを得るとも言われています。

 また、イスラム教徒の人々は1日に5回お祈りをします。JENイスラマバード事務所の職員も事務所にてお祈りをしています。金曜日は、イスラムの祝日であり集団礼拝があり、お店などを閉めて、お祈りに行きます。 様々なお店が並んでいるマーケットのすぐ近くには必ずモスクがあります。生活の身近に宗教があり、生活と宗教が自然なかたちで一体となっているのを感じました。

 イスラム・ヒンズーの伝統習慣である、「メンディ」を体験してみました。メンディはヘナ(Henna)という植物の葉をペーストして、皮膚などに模様を描きます。パキスタンではメンディは化粧としてだけではなく、結婚式のときには手の平や甲に模様を描きます。また、メンディは「幸せ」や「幸運」を表すシンボルとも言われています。

 ペーストされたヘナは生クリームを出すような容器に入っており、絞りだしながら模様を描いていきます。ヘナが乾いたら、取り除き、模様が長持ちするように水と砂糖を混ぜたものをふりかけます。人によって違うのですが、模様は約1週間から2週間ぐらいは消えずに残ります。日本の美容院でもヘナで髪を染めたことのある方もいらっしゃるかと思いますが、ここでのメンディに使われるヘナとまさしく同じものです。

【メンディを描いているところ。描き手はJENイスラマバードの職員】
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【メンディを乾かしています】
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【メンディの出来上がり】
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 今後とも、長期出張中に、イスラム文化、生活や人々についても深く知り、さまざまな発見をしていきたいと思っております。日本ではなかなか伝えられないパキスタンの美しい文化、生活、人々などについてもお伝えしてきたいと思っております。

9月 6, 2012 事務所・スタッフ, 文化、生活、習慣 |

2011年8月11日 (木)

イフタール

 先週、アフガニスタンやパキスタンなどのイスラム諸国は、ラマダン月に入りました。ラマダンの期間中、日の出から日没まで、飲食や喫煙などを絶ちます。日頃食べているものにありがたみをもつ、神聖な期間なのです。

 地域によって断食する時間が異なり、また期間中、断食の始まりと終わりの時間も少しずつずれていきます。パキスタンやアフガニスタンでは、朝3時半ごろから夕方の7時ごろまで断食します。断食を終えた後の食事のことを、イフタールといいます。

 今回はそのイフタールの様子をご紹介します。

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 イスラマバードのマルガラ山頂の、庶民に大人気のレストランです。イフタール時は、あらゆるレストランで、イフタール・ビュッフェが用意され、本当に大勢の人で賑わいます。マーケットの店頭にも大量の料理が並びます。

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 家族や友人などと集まり、みんなで食事を共にします。長時間の断食を終えた後、まず、デイツや水を摂取し、メイン料理を食べていきます。

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 コックも大忙し。カバブを次から次へと焼いています。ウェイターも、大量の料理を持ちながら走り回っています。

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 ナンやカバブ等のパキスタン料理。適度にスパイスが効いていて、とてもおいしいです。イフタールの食事は、食べ物へのありがたさが感じられます。そして家族や友人などと大勢で一緒に食べることも格別です。

 この際、みなさんも断食にチャレンジしてみてはいかがでしょうか?

====== ご報告 =============

平成23年度 外務大臣表彰受賞しました。

これまで、JENの活動を温かくご支援くださいました、
支援者の皆様に、深く感謝申し上げます。
詳しくは、こちら

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8月 11, 2011 文化、生活、習慣 |

2010年12月22日 (水)

アフガニスタンの結婚文化

 アフガニスタンの結婚文化をご存知でしょうか?
 他の国とは少し違っているところがあります。
 結婚する相手を親が決めてもらうこともありますが、もちろん恋愛結婚というのもあります。

 婚約が正式に決まると花嫁の父親は6千ドルから8千ドル(約7万円)ぐらいの“お嫁代”と呼ばれる大金を花婿側に請求できます。それに加えて、新郎の家族からお嫁さんのために高価な衣装2、3着と香水、化粧品などの多くのおしゃれ用品が贈られます。新郎の家族が負担するのはそれだけではありません。二つの家族の一大イベントである結婚式の日のために、親戚の全員分の晴れ着も用意しなければなりません。

 このような準備が整いましたら、いよいよ結婚式本番です!
ホテルなどの式場に両家の親戚や友人たちを招いて新婚の二人を祝福してもらいます。ご馳走を用意するのももちろん花婿側のお仕事です。ご馳走のあとには歌を歌い出す人、踊る人や奇妙でおかしな行動をとる人などそれぞれ自由に楽しみます。

 このような結婚式が終わると新婚夫婦の仲だけでなく、お互いの親戚の間でもますます関係が深まっていきます。年中を通してご馳走や贈り物を持参しながら、お互いの家を訪ねて行くのです。

12月 22, 2010 文化、生活、習慣 |

2010年9月16日 (木)

アフガニスタンのイード・アル・フィトル祭(イード・ラマタン)とは

 イード・アル・フィトル祭(別名:イード祭)は、イスラム月第9月を意味するラマダーンの終わりを示します。イスラム教徒は、聖クルアーンによって、断食を行う聖なる月・ラマダーンの最後の日に、断食を終えるようにと告げられます。イードとはアラビア語で“祝祭”、フィトルは“清めること”を意味します。つまり、断食を終えた後のお清めを表しています。

 アフガニスタンのイード祭には、それだけではない、大変重要な意味があります。

 まず、祭典に備えて、イスラム教徒は祭典の10日前から家の掃除を始めます。そして、家に招いた人を歓迎するために、お菓子や新しい服を買い揃えます。

 祭典では、初日の午前8時半か9時頃から、イードの祈りを始めます。そして、皆が抱き合い、素晴らしい祭典であることを皆で祝います。その後、家に戻り、家族と祭典を祝福します。「エイデ モバーラク!(良いイード祭を!)」という言葉を掛け合いながら、祈りや断食がアッラーに認められるよう祝います。そして、各家庭では子供たちにお小遣いを渡すこと、日頃会うのが難しい家族や友達に会いに行くことも、お決まりです。

 このように、ラマダーン月の最後に行われるイード・アル・フィトル祭では、大切な家族や友達と一緒に過ごし、また、病気の人や貧しい人を助けるために過ごします。

9月 16, 2010 文化、生活、習慣 |

2010年6月24日 (木)

イスラマバードのアフガニスタン人

 100624_islamabad_f10_022 昨年の5月半ばに、JENの事業を遠隔管理するため、プログラムオフィサーとして隣国パキスタンのイスラマバードに赴任しました。それから1年経ちます。この1年間、アフガニスタンの治安は回復の兆しを見せるどころか、大統領選挙が行われた昨年の8月以来悪くなる一方でした。そのため、私たち国際スタッフにとっては、アフガニスタンへの出張も控え、パキスタンから100%遠隔管理となった1年でした。

 事業地に行けない状況で、お隣のアフガニスタンが遥か遠くに感じられるかといえば、意外とそうでもありません。イスラマバード事務所では毎日、パキスタン人スタッフがカブール事務所のスタッフと、共通語であるパシュトゥン語で電話のやりとりをしているのを聞きます。一歩外へ出れば、いつも行くマーケットの八百屋さんも、時折お昼ごはんを買うパン屋さんも、アフガニスタン人のお店です。日常のちょっとした食品を扱うお店も、多くはアフガニスタン人が経営しています。まだ見ぬ土地でありながら、其処ここでアフガニスタンの人に出会います。いったい、どれほど多くのイスラマバードのアフガニスタン人が、祖国へ帰る日を待ち望んでいることでしょうか。

 この国の一日も早い復興を祈りながら、今後も隣国パキスタンから持続可能な自立支援を続けていきます。

6月 24, 2010 文化、生活、習慣 |

2010年6月10日 (木)

ペシャワールのアフガニスタン難民の生活

 100610_qaiser_khan_3 私はケサー・ハーンといいます。2010年5月30日からイスラマバード事務所の総務と経理担当のスタッフとしてジェンで働き始めました。私はパキスタンのノーシェラというところの出身なのですが、2004年からは家族と一緒にパキスタン北西部のペシャワールに住んでいます。ペシャワールはトゥルクム(パキスタンとアフガニスタンの国境)から65キロしか離れていないため、1980年から2001年の内戦で多くのアフガニスタン難民がペシャワールにやって来ました。そして難民たちのペシャワールでの生活が始まったのです。

 教育を受けたことのある難民は教師や、合法・違法を問わず、人を海外に送る仕事などを行い、教育を受けたことのない人たちは、運転手や果物を売り、で一家の家計を支えました。比較的裕福な難民がハヤタバードやその他ペシャワール市内の快適な場所で暮らす一方、貧しい難民たちは、難民キャンプや小さな村で惨めな生活を送っていました。

 最近になって、難民たちは教育を重視するようになってきました。アフガニスタン情勢が回復しており、良い教育を受ければ素晴らしい将来があると考えるようになったからです。設立された学校はペシャワール市内で313校にのぼり、入学した生徒はのべ117,375人になりました。そして4,695人の先生が、アフガニスタンの将来を担う若い世代を教えています。残念ながら、これら313校は全て毎月200~600ルピー(約215円~650円)の月謝がかかります。アフガニスタン政府が建てたものではありません。
  学校を訪問してみたところ、設備は満足なものでなく、特にトイレの95%が使える状態ではありませんでした。また、質問によって、ほとんどの生徒は先生の能力に不満があるということが明らかになりました。生徒の多くは、学校のオーナーは質の高い教育を提供するためではなく、単にお金儲けのために開校した、と考えているようです。
  ペシャワール市内には、アフガニスタン難民の孤児のための孤児院もなく、難民たちが無料で治療をうけられる病院もありません。アフガニスタン国内だけでなく、彼らのような「パキスタン国内のアフガニスタン難民」のことも忘れてはなりません。

6月 10, 2010 文化、生活、習慣 |

2010年5月27日 (木)

チャリカの水の歴史

100722  チャリカはパルワン州に10ある地区の一つです。カブールから北に60キロの地点にあり、パルワン州の中心部です。

 およそ1万世帯がチャリカやチャリカ郊外の高地に住んでいます。この地域には、45年前、中国人によってパンジャシール川から引かれた運河が造られ、現在も町の中心部を流れています。全人口のうち、約95%の人たちがこの運河を利用していますが、この水は清潔ではありません。

 町には、50年ほど前から、大型の貯水ろ過システムがあります。これは、日本の技術者によって造られました。運河から引かれた水は、ポンプによってこの貯水ろ過システムでろ過されます。この貯水ろ過システムの容量は500立方メートルで、ろ過された水は市内のごく限られた家庭のみに送られます。

 町の北側には、グルグンディ地区という場所があり、ここには40年ほど前に町の人たちが掘った泉と用水路からのきれいな水があります。ここの水が政府やNGOによって整備され、町に届くようになりました。今では、これら2箇所からのきれいな水が、町の家庭の5%に行き渡るようになっています。

5月 27, 2010 文化、生活、習慣 |

2010年4月15日 (木)

アフガニスタン 未来の希望

100413_2   私はナジブラ・ハリルザイといいます。2010年3月7日から、JENの事業地であるパルワン州チャリカ地区のサイトエンジニアとして働いています。

 30年間の紛争で、約300万人ものアフガニスタン国民が、死亡もしくは負傷しました。政府側も反政府側も多くの病院や学校を破壊したので、大勢の人々が外国へ逃げなくてはなりませんでした。私たち国民の人権は忘れ去られ、訓練を受けた正規の警察や軍も崩壊しました。

 今、アフガニスタンでは、人々の選挙で選ばれた新しい中央政府が樹立され、私たちの生活にも良い変化が訪れています。人権は守られるようになり、アフガニスタンの全ての州で、人々が平等の権利を持てるようになったのです。

 国家の再建に向けて、たくさんの海外の団体が、アフガニスタンの教育、保健、インフラ整備、経済など、様々な分野で支援をしています。けれども、アフガニスタンのように破壊された国では、今以上に多くの支援が必要です。

 治安の面では、一時期はいなくなっていた警察や軍隊が、毎日訓練に励んでいます。ただし、この国ではまだ戦闘が続いており、未だに一部の地域では、政府がコントロールできない場所もあります。

 国際社会は多くの支援を私たちの国に届けていますが、アフガニスタンはまだまだ貧しい国です。私たちの生活が、もうこれ以上貧しさに苦しむことがなく、治安が良くなり、危険を感じずに生活ができるようになることを願っています。

4月 15, 2010 文化、生活、習慣 |

2010年4月 1日 (木)

ヘマヤトル校の新学期

 アフガニスタンではイスラム太陽暦(ペルシア暦)を公式の暦として採用しています。3月21日はナウローズ(元旦)で、この日から1389年が始まります。そして、翌22日はアフガニスタンの新学期です。

 
 昨年末パルワン県チャリカ地区に建設をしたヘマヤトル校にも、子どもたちが初登校してきました。

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ジェンスタッフが鐘を鳴らして、授業の始まりを告げます。
 

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子どもたちは新しい教室で勉強できるようになりました。

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小さい図書室もあります。

これからも、多くの子どもたちが学べる環境を作れるよう、活動を続けます。

4月 1, 2010 文化、生活、習慣 |

2010年3月18日 (木)

再び金メダルを目指して

 イスラマバード事務所の近所にカブール出身の友人、ファヒマが住んでいます。彼女はハザラ人で、タリバン政権時代は両親と兄弟姉妹とともにパキスタンに亡命していましたが、終焉後カブールへ戻り、そこで高校までを過ごしました。ファヒマの父親はカブールでケータリングビジネスを営んでいます。

 見た目は華奢で容姿端麗なファヒマですが、実は柔道の黒帯保持者です。4年前に国際大会で金メダルを獲得した功績で、カルザイ大統領から「欲しいものを一つ叶えてあげる」、と願いを聞かれました。ファヒマは「柔道の練習をする道場を作ってください」と答え、4カ月内に叶えると約束してもらったそうです。、しかし、4年経った今も施設はありません。

 ファヒマとはイスラマバードで働く援助関係者が多く通っている「超筋トレ」クラスで会いました。治安の関係上外出しないため、体力維持を心がけて多くの女性が週に2、3回通っています。その中でファヒマは体力アップを図り、2009年から毎日のように仕事の後に通っています。定期的にラホールの道場へ通い、日本仕込みの柔道家から指導も受けます。近い将来、アフガニスタン代表としてまた柔道選手権へ出場し、そこで金メダルを獲ることを目標に、毎日トレーニングに励んでいます。

3月 18, 2010 文化、生活、習慣 |

2010年3月 4日 (木)

アフガニスタンにおける人道支援

100304  2010年1月19日からJENのアフガニスタン事業のためにチャリカ事務所で勤務することになりました、スルタン・ハムーシュです。

 30年もの戦争の間、アフガニスタンの人びとは、人道面、政治面、経済面、文化面など多方面にわたる問題で苦しんできました。

 タリバン政権崩壊から8年経ち、国際社会によって何十億ドルもの支援が提供されてきましたが、アフガニスタンはいまだに貧困と治安の問題が残ったままで、首都カブールやその他の地域でも女性や子どもが生きるために物乞いをしています。アフガニスタン政府は、人びとの生活を改善する明確な計画を打ち出すことができていないようです。

 人道支援はこのような問題に応えるためにあります。人びとが住む家を追われた時には、彼らの置かれた状況を調査し、支援や保護を提供します。たとえば、彼らが家に帰ることができるように、紛争を起こした当事者と話し合いを行ったりしています。

 しかし、アフガニスタンでは今のところ、避難民の発生という問題について十分に理解されているとは言えません。それは、現地の治安があまりに悪く、どれだけの人が避難民となり、すでに故郷に戻った人はどのくらいいるのかといった現場の情報が得られないからです。

 現在、都市部と地方の両方において、貧困にあえぐアフガニスタンの人びとのために、NGO、国際社会、アフガニスタン政府が連携した貧困削減と人道支援のためのプログラムが求められています。また、政府や国際社会からの支援のための資金が公正かつ効率的なルートで提供されるよう、NGOが目を配ることも必要です。政治的な意図を持たない資金、支援を受ける人のバックグラウンドに左右されない公平な支援が非常に大切となるのです。

 全てのアフガニスタン市民により良い未来が訪れることを私は願っています。困難な状況でもアフガニスタンの人びとを一生懸命支援する人道支援団体の努力が成果を上げ、人びとが自分たち自身の手で生活ができるよう、活動を続けてゆきます。

3月 4, 2010 文化、生活、習慣 |

2010年2月 4日 (木)

アフガニスタンで働くには

 そろそろ今年のアフガニスタン事業のお話をしなければと思いつつ、前回同僚がお話したカレンダー苦悩話にならって、今回は保険についての小話をしたいと思います。

 昨年、ジェンで長期間働いている現地スタッフから、保険をかけてほしいと依頼がありました。彼らが望むのは、健康保険や雇用保険のような社会保険です。カレンダーで苦労をした同僚が昨年から必死に保険会社を探していますが、国内には保険会社が存在していません。

 アフガニスタンでは、補償やそれを行う責務という概念がまだ一般的ではないようです。ジェンがアフガニスタン事業の遠隔管理をするパキスタンでは保険会社がありますが、最近になって傷害保険の契約にテロによる怪我は補償しないという条件が加わるなど、保険一つとっても日本の常識とは異なり、その国の置かれた状況が見えてきます。

 ジェンが事業を実施する裏では、このような文化・社会情勢の違いと格闘しながら事務所の運営を円滑にするよう努力している、表からは見えないスタッフが活躍しています。

2月 4, 2010 文化、生活、習慣 |

2010年1月21日 (木)

来年の休日は?

 アフガニスタンでは、イランのペルシャ暦を採用しており、新年の幕開けは春分の3月21日頃になります。

 日本の年末年始に、JENアフガニスタンにおける2010年の休日日程を確認していた時のことです。現地の政府、大使館などに問い合わせてみても、正確な休日の日程はまだ誰もわからないという回答なのです。インターネットで調べてみてもその情報源によって日程が若干ずれており、新年の3月にならないと、2010年の休日が確定されないとのことでした。

 さらに、宗教上の休日はイスラム暦に従って定められており、月齢により数日前に変更されることもあります。

 西暦との違いがあるとはいえ、次年の休日が決まらず予定がたてられないのではないかという心配をしているのは、日本人である国際スタッフだけなのでしょうか?現地アフガニスタンのひとびとの予定が気になります。

1月 21, 2010 事務所・スタッフ, 文化、生活、習慣 |

2009年12月 3日 (木)

イード ムバラク!

 パキスタンでは、アフガニスタンよりも1日遅く、27日、金曜日から犠牲祭が始まりました。JENのパキスタン人スタッフは全員、30日、月曜日までの4日間村に帰郷しました。

 犠牲祭は、クルアーンの故事にちなんだ行事です。神様からの啓示で、自分の子を神の犠牲に捧げるように言われたイブラヒームが正に啓示に従おうとしたときに、神がその厚い信仰心を称え、天使ジブリーエールを遣わして、犠牲の羊を神に捧げるように指示したことから始まりました。

 公園や市場には、普段は見ない家畜市が立ちます。イスラム教の友人曰く、貧しい人にも解体した山羊や牛の部位を分け与え、全ての部位が有効に利用されるとのことでした。

 犠牲祭の前日には外で日向ぼっこをする山羊や牛を見かけましたが、29日はあちらこちらが屠殺された動物の血の海となっていました。通常は屠殺の専門家が一刀で処理するため、動物は痛みを伴わないそうです。

 このような行事に慣れていないため大変複雑な思いがしましたが、改めて「命」の尊さを感じ、「命」を頂くことに感謝の念を抱きました。

12月 3, 2009 文化、生活、習慣 |

2009年11月19日 (木)

学校を建てるということ

091119_mraarahimi_and_mr_feda_muham  今年の4月に建設を開始したパルワン県チャリカ地区のヘマヤトル・アスラム高等学校は、12月半ばの完成を予定しています。95%以上が完成し、もうすぐ建物の上塗り作業と電気の配線工事が始まります。

 10月に撮った写真左は、このマヤトル校の建設工事を請けて下さっているアフガンアメリカンカンパニーのラヒミ社長、右はエンジニアのフェダ・ムハマド氏です。ラヒミ社長はこう話します。

091119_h_installation_of_isogam_is_  「アフガニスタンの70%以上の人は読み書きが出来ません。きちんとした教育なしには、この国の発展はありません。

 私自身は奨学金を受けて米国カリフォルニア大学でエンジニアリングを勉強し、英国オックスフォードで都市デザインの修士号を取りました。アフガニスタンが共産国だった時代には、サウジアラビアの大学で助教授として教鞭をとっていたこともあります。

H_isogam_on_the_roof_is_completed_2  その後、国の復興のためにアフガニスタンに戻り、今の会社を設立しました。これまで省庁官舎や病院の他、学校や一般住宅などを建てました。これからも多くの学校を建設し、国へ貢献するつもりです。

 建設作業は、雇用も生みます。今、この国で何よりも大切なことです。」

11月 19, 2009 学校修復・建設, 教育支援, 文化、生活、習慣 |

2009年9月24日 (木)

現地スタッフとのイフタール

 先日、イスラマバード事務所全員でイフタールを準備しました。イフタールとは、ラマダン中、日没後にイスラム教徒が摂る断食明けの食事です。街では、日没からレストランで「イフタールビュッフェ」が行われており、それを目当てにするパキスタン人で賑わっています。

 まずは軽くデ―ツを食べ、パコラというスパイシーな天ぷらのような揚げ物やサモサを食べます。以前招かれた知人のパキスタン人の女性の家では、アーモンドジュースが出されました。乳白色の飲み物で、シロップで甘さを調節しますが、味と香りはココナッツミルクに似ています。そのイフタールでは、パキスタン人がひよこ豆や小さいパスタが入ったサラダとフルーツサラダを同じお皿で混ぜて食べていました。

 今回、JENの現地スタッフが同様の食べ方をしていました。フルーツサラダを食べると、なんと味付けは辛く、それに合うスパイスを使っているとのことでした。他のサラダも辛いので、一緒に食べても全く違和感はありませんでした。現地スタッフによって、新しい発見をしたイフタールでした。

9月 24, 2009 文化、生活、習慣 |

2009年8月27日 (木)

大統領選挙

 8月20日は、アフガニスタンで4年ぶりの大統領選挙の投票日でした。今回の有権者数は1700万人で、投票率は40―50%とみられています。

 治安の理由上、10%の投票所は閉鎖され、残りの約6200箇所で投票が行われました。重複投票を防ぐため、投票を済ませた有権者の指にインクをつけることになっていました。そのため、反政府武装勢力は投票に行った者の指を切り落とす、と脅していましたが、女性も果敢に投票所へ行っていたようです。

 一方、JENでは治安を考慮し、投票日はカブール、チャリカ事務所ともに休日にしました。投票日前、反政府勢力の攻撃を憂慮していた現地スタッフの一人は、当日は奥さんと投票所に行き一票を投じてきたそうです。

 開票の正式な最終結果の発表は9月17日です。再選が有力視されている現職のカルザイ大統領含め、候補者が過半数を獲得できない場合、10月に決選投票が実施される予定です。選挙期間中は、アフガニスタン全土で更なる治安の混乱が予想されますが、投票日の前後に事業地のパルワン県チャリカ地区でのテロ事件の発生の報告はなく、事業にも影響が出なかったことにスタッフ一同とりあえず胸をなでおろしています。

8月 27, 2009 文化、生活、習慣 |

2009年7月30日 (木)

現地での活動には

090604_no1h_71_low  現在、アフガニスタン全土で治安の悪化が懸念されています。その中でも特に、パキスタンとの国境付近である南部と東部の治安はさらに悪化傾向にあり、支援のニーズが高いにもかかわらず、その活動を断念せざるを得ない地域も多くあります。

 外国人をターゲットにした事件はアフガニスタン全土で頻繁に起きており、現場で活動する支援関係者の安全対策は、時に大きな負担になることもあります。

 例えば、移動には防弾車を使用したり、ターゲットにされない為にルートを変更する、オフィスや住まいにも安全対策を施す、などの必要があります。こうしたことから、事業予算の立案や決定時点には予想ができなかった安全対策費が発生したり、安全対策のために時間を取られたりするため、限られた予算と事業期間内で事業を遂行することが難しくなることもあります。

 治安の問題を考えなくてはいけないアフガニスタンのプロジェクトでは、事業遂行を妨げうるこのような様々の要因のため、ジェンのスタッフも日々工夫しながら活動をしています。多くの方々の支援のもと、さまざまなリスクを抱えながら現場で働く現地スタッフの努力、またパキスタン・東京のスタッフと彼らとの連携があってこそ成り立つ支援活動です。

 今後も、アフガニスタンでの人道支援にご協力のほど、よろしくお願いいたします。

7月 30, 2009 文化、生活、習慣 |

2009年7月16日 (木)

チームワーク2

7月6日の深夜、東京本部事務局でアフガニスタン・パキスタン事業を担当するプログラム・オフィサーがイスラマバードに降り立ちました。
深夜にも関わらず空港は人で溢れており、パキスタンの暑さそして熱さを感じます。

翌日からは、既にパキスタン入りしていたアフガニスタン人スタッフ、パキスタン人スタッフを含め、「1チーム=2プロジェクト」の合言葉のもと、早速それぞれの国のプロジェクトの壁を取り払って情報交換をする会議が始まりました。
事業の進捗状況、課題、今後の戦略等の意見交換が行なわれます。普段お互い顔を見て話せていなかったこともあり、予定していた会議時間はあっという間に過ぎてゆきました。

ある晩、スタッフ全員で丘の上にあるパキスタン料理を食べに行きました。
丘の上からの夜景は一見の価値あり。時刻は21時を過ぎており、また平日でしたが、レストランには家族連れが多く、満席で活気付いていました。
おいしい料理を囲みながら、仕事以外のこともいろいろと話をしました。
ここはイスラムの国。お酒を飲みながら、というわけにはいきませんでしたが、スタッフ同士がお互いを理解する良い機会となりました。

治安の問題もあり、国際スタッフが支援現場へ行くことはかないませんでしたが、普段は日本とアフガニスタン、パキスタンと離れた地域で一緒に仕事をしているチームが、初めて顔をつき合わせて行った会議は、とても有意義でした。
今後、プロジェクトを推進していく上で良い影響を及ぼすことは間違いないでしょう。
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7月 16, 2009 事務所・スタッフ, 文化、生活、習慣 |

2009年5月21日 (木)

新しい仲間

 5月15日深夜、パキスタンのイスラマバードに到着しました。荒木名穂子です。私はこれから、現在アフガニスタンでの事業を遠隔管理で、ここパキスタンから担当する予定です。

 アフガニスタン国内の治安悪化のため、JENの国際スタッフは一昨年の10月以来、アフガニスタンの首都カブールには駐在できなくなりました。遠隔管理3年目の今年、アフガニスタン人スタッフが現地での活動を直接実施する傍ら、私はこのイスラマバードからアフガニスタン事業を円滑に進めるために必要な業務を行っていきます。

 遠隔管理で事業を実施するなかで、Face to Faceのコミュニケーションが出来ないことが原因で、スタッフ間に軋轢や小さな誤解が大きくなったり、精神的フラストレーションが蓄積しがちになるという弊害も生まれます。そのため、アフガニスタンの現地スタッフとの事業遂行には通常の何倍ものコミュニケーションそしていわゆる労力を要します。

 心身ともに健康な状態で質の高い支援を継続していくために、スタッフは意識してストレス解消に努めることが必要です。しかし、イスラマバードでの外出先は、治安面で制約がありますし、女性の場合はさらに、パキスタンの慣習を考慮すると、昼間でも一人歩きなどは自粛をした方がよいようです。

 このような環境下のパキスタンでの生活に慣れるには少し時間がかかりそうですが、今から何を発見できるのかが楽しみでもあります。心身健康で、同事業担当の仲間と共に力を合わせて、アフガニスタン事業を実施していきます。

 支援者の皆様、今後も引き続きアフガニスタン事業へのご支援を賜りますよう宜しくお願いいたします。

5月 21, 2009 文化、生活、習慣 |

2009年5月 7日 (木)

アフガニスタンのテレビ事情

07052009  現在、都市部では比較的電力供給が安定し、8割のひとがテレビを見ることが出来ると聞きます。一方で、効外の村ではインフラ整備が遅れ、電力の供給不足で誰もテレビを見れないのでしょうか。いいえ、ちがいます。村では、車のバッテリーから発電する人も時々いますが、一般的には、テレビを持っていて電力を得ることが出来る家に、大勢の人が集まります。

 今、アフガン人に最も人気の高い番組は、民放テレビ局で放送しているインドの恋愛ドラマです。ダリ語(アフガニスタンの現地語)に翻訳されていて、多くのアフガニスタン人が見ています。ゴールデンタイムに放送している連続ドラマで、ほとんどの人が毎晩夜8時半から30分、この番組を見るためにテレビの周りに集まります。数年間継続している長寿番組で、視聴者の心をつかんでいます。

 アフガン人はテレビを見るのが大好きです。国には14のローカル放送局があり、24時間放送です。映画は、アフガニスタンの映画だけでなく、トルコ、イラン、エジプト、アラブ諸国やアメリカの映画なども見ることもできます。

インフラが整い、もっと多く人がの番組をみることができるようになったらと思っています。

5月 7, 2009 文化、生活、習慣 |

2009年4月23日 (木)

春を迎えたアフガニスタン 

 長く厳しい冬が終わり、アフガニスタンにもようやく春がきました。素晴らしいお天気です。木々や植物や畑は緑色に染まります。失業や食糧不足で生活は相変わらず大変厳しいですが、春は人々を幸せな気持ちにします。アフガン人は外出も多くなりますし、またピクニックへも出かけます。

 4月末には「ムジャヒディンの日」と呼ばれる大きなイベントがあります。アフガニスタン最後の共産党政権、ナジブラ政権からムジャヒディンに政権交代した日を祝うイベントです。この日はアフガニスタンの祝日になっていて、大人も子どももモスクや公共のホールに集まってスピーチを聞き、ソ連のアフガニスタン侵攻を思い出します。

 今年の夏には、アフガニスタンはさらに大きなイベントがあります。大統領選挙です。人びとは治安の悪化を懸念しており、選挙への思いは非常に複雑です。

-現地スタッフ イナヤトラより-

4月 23, 2009 文化、生活、習慣 |

2009年1月15日 (木)

パキスタンの仲間達と大自然 その3

090115__low  チームはスカルドゥーを発った後、インダス川の源流の一つであるシガール川沿いにある村々で停車。2週間分の食料を運んでくれるポーターの人たちを、ギュウギュウ詰めのジープでピックアップしながら進みました。途中何度か、落石を避けながら進んだり、崩落ちしかけた橋を越えたり、土砂崩れなどでの通行止めなどの困難がありましたが、なんとか最後の村であるアシュコレーにたどり着きました。ここから先は、岩と氷河だけの死の大地が続いています。

 インダス川沿いの地域のほとんどは断崖絶壁で、とても人が住めそうな環境でないように見えます。しかし、ところどころ谷が開けていて、汚染されていない氷河が融けた水が注がれるところには、小さな集落があります。場所によっては、小学校の運動場ぐらいの面積しかないにも関わらず、バルーチスターンの人々は谷から水を引き、畑を作り、家畜を育て、生活を営んでいます。090115__low_2

 冬になると谷は氷雪におおわれ、気温も氷点下数十度に下がります。このような過酷な電気・水道のほとんどない地で古代から生活を営んできた人たちを眼のあたりにすると、本来、人間が持っている厳しい自然の中で生き抜くための強さというものを改めて感じずにはいられません。特にアシュコレーの自然は厳しく、冬はマイナス20度にも下がり、村の人たちは谷間から注がれる少量の飲み水とそれによって育まれた小さな森から取れる僅かな薪によって冬を越します。

 アシュコレーのキャンプ場で一晩過ごしたあと、チームは次の日の早朝に村人に見送られながら歩き始めました。

1月 15, 2009 文化、生活、習慣 |

2008年12月11日 (木)

パキスタンの仲間達と大自然 その2

081211__2   チームはまず、バルトロ氷河遠征の起点となる町、スカルドゥーへと向かいました。スカルドゥーへは、イスラマバードからカラコムハイウェイを通って、インダス川沿いをひたすら北上し、カラコラム山脈沿いを東へ向かって進みます。(写真左:インダスの渓谷でトラックが故障し立ち往生)

 カラコルムハイウェイは古代シルクロードになぞり、ギルギット~フンザ~中国ウイグル地区のカシュガルまでつながっています。古代からウイグルのシルクロードとガンダーラを繋ぐ主要な道で、文化、経済などに大きな影響を与えてきました。今日もカラコルムハイウェイは、経済・軍事上また、パキスタンの生命線とも呼ばれています。中国にとっても、中東へのアクセスとして重要な存在です。

081211__3  スカルドゥーはバルチスタンの首都で、もともとチベット系の民族が占める都市です。現在JENが緊急支援を行っているパキスタン南部のバルーチスターンと名前が似ていて混乱しやすいですが、こちらのバルチスタンはカラコラム山脈沿いに位置し、深いインダスの谷が開けた場所に古代から栄えていました。北に中国領のチベット高原、東に同じラダック系チベット人が住むインド側のラダック地方、南にジェンが2005年より支援しているカシミール州があります。(写真左:スカルドゥ、ホテルからの眺め)

 16世紀以降、イスラム色が強くなり、19世紀にはカシミールに統合され、人口のほとんどがイスラム教徒に改宗しました。1947年のインドとパキスタンの対立以来、貿易の中心で豊かな都市だったバルチスタンは衰退し、現在では、多くの人が最低水準以下の貧困の中で暮らしています。081211__5

 途中、トラックの故障で数時間動けなかったりしましたが、丸2日間のバスの旅を終え、やっとのことでスカルドゥーに到着しました。バルトロ氷河をはじめ、世界第二の高さを誇るK2に挑む登山家が拠点とするスカルドゥーで登山道具や食料を備え、バルトロ氷河遠征の準備を完了させました。(写真右:旅の仲間たち。左後ろから右へ、アッシュ、太郎、アズマット、シェザード)

12月 11, 2008 文化、生活、習慣 |

2008年11月13日 (木)

パキスタンの仲間達と大自然 その1

 アフガニスタン国内の治安悪化のため、事務所をパキスタンのイスラマバーに開設し、遠隔管理体制に移ってから早1年が経ちました。

 事務所の立ち上げや、アフガニスタン事業のためのスタッフの新規雇用やトレーニングなど、この一年間にプロジェクトだけではなく、色々な総務の業務をおこなってきました。なかなかスムーズに調整できないことも多く、ストレス回避との戦いだったときもありました。今、振返ってみると、担当は違えども、すぐ近くにいたパキスタン事業のスタッフのサポートがあったからこそ、次から次へと起こる事態を乗り越えることができたと言っても過言ではありません。

 事業担当分野を超えたチームワークの理由は、国際スタッフをはじめ、現地スタッフが仕事だけでなく、趣味も共有しているからです。

* * * * *

Photo_3  今年8月、パキスタン事業担当でカシミールのカフータ事務所マネージャーのアズマット、同じくパキスタン事業担当でイスラマバード事務所アドミニオフィサーのシェザード、アフガニスタン事業担当でイスラマバード事務所アドミニオフィサーのウゼール、そして私、アフガニスタン事業担当のプログラムオフィサー山形太郎が半年以上前から計画を練ってきた、世界第3番目の長さを誇るバルトロ氷河の遠征に向かいました。

これから折に触れ、この遠征の続きをお伝えしたいと思います。Photo_2

(写真上:ラワルピンディで荷物の積み上げ<右からシェザード、山形、アズマッとト>)

(写真下:集合写真<スタッフ+遠征の準備のサポートをしてくれたスタッフの友達>)

11月 13, 2008 事務所・スタッフ, 文化、生活、習慣 |

2008年10月30日 (木)

純白のトイレ

今年の5月に開始した学校再建事業では、パルワン州チャリカ市から車で20分ほど南に行ったところに位置するラグマニ女子学校でのトイレ建設も行っています。
アフガニスタンでは女子が教育を受けることに対して意識が低く、学校の衛生設備も整っていないため、両親が子どもを学校へ通わせることにあまり前向きでない状態です。

ラグマニ校では10室のトイレを建設中です。
現在のところは8割近く完成していて、白のペンキで覆われています(ペンキは全部で3回塗る予定で、色は後にクリーミィな青色に変わります)。
アフガニスタンでは下水施設が充実していないため、トイレは汲み取り式ですが、JENは女の子たちも安心して学校に通えるように、衛生環境を整えることを心がけています。
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10月 30, 2008 学校修復・建設, 教育支援, 文化、生活、習慣 |

2008年8月21日 (木)

達成感と感謝

 パキスタンからの遠隔管理体制に移ってから、すでに10か月が経過しています。

 2008年7月、2校の学校が完成しました。
現場で最前線を守って頑張ってくれたスタッフに感謝し、ともに乗り越えた苦労と達成感を分かち合うため、食事会を行いました。
 川沿いに作られた素朴な造りの食事処で、自然の風景を楽しみつつ、ケバブやコフタ、パラウ等の地元料理に舌鼓をうつ。たったそれだけのことでしたが、みなとても喜んでくれました。

 これまでも、事業が終わる度にこのような食事会を開催してきました。
今回は事業の途中から遠隔管理体制に移ったこともあり、いつにも増して達成感を感じられる食事会となりました。
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8月 21, 2008 事務所・スタッフ, 文化、生活、習慣 |

2008年4月17日 (木)

同じようで違うようで

080415  隣国パキスタンからの遠隔管理体制に切り替えてから、すでに半年となりました。

 先日、スタッフの誕生日を祝うため、イスラマバードにあるアフガニスタン料理レストランに行ってきました。久々の油っぽいけど味わい深いアフガニスタン料理に、舌鼓を打ってきました。

 アフガニスタンとパキスタンには、元を辿れば同じ民族が多くいます。料理を見ても、似たような料理が沢山あります。しかし、味付けが結構異なっています。パキスタン流は、カレーのような濃くて辛い味付けの料理が多いです。一方、アフガニスタン流は、青唐辛子は多用しますがそれ程辛くなく、トマトと香菜を使ったシンプルな味付けです。でも、両者とも大量のオイルを使用するところは似ていますね。

 人々の移動に伴って、料理が変化することを実感している今日このごろです。

(写真:イスラマバードにあるアフガニスタン料理のレストラン、その名もカブールレストラン。アフガンベーカリーも併設。)

4月 17, 2008 文化、生活、習慣 |

2008年2月21日 (木)

繋がりはアフガニスタン

080219  アフガニスタンミッションが、隣国パキスタンからの遠隔管理体制に移ってから、早4ヶ月が経ちました。

 ここパキスタンは、アフガニスタンを彷彿させる部分を多く見かけます。特に、昔からアフガニスタン難民が多く住んでいた地域には、現在も多くの2世・3世のアフガニスタン人が住んでいます。これらの人びとの中には、アフガニスタンに行ったことがないという人もかなりいます。

 そんな人たちに、ダリ語で挨拶をしたり、最近までアフガニスタンに居たことを話すと、とても喜んでくれます。そして、八百屋では野菜をおまけしてくれたりします。(写真:市場の中にあるジューススタンド)

 アフガニスタンに行ったことのないアフガニスタン人と、アフガニスタンに駐在していた日本人が、パキスタンで、アフガニスタンを通じて交流している。ちょっと不思議な光景ですが、心が少し温まる瞬間なのです。

2月 21, 2008 文化、生活、習慣 |

2007年11月22日 (木)

事業の遠隔管理、スタート

Photo  治安状況の変化を踏まえ、10月中旬より隣国パキスタンから遠隔管理体制に移りました。

 アフガニスタンからパキスタンに来ると、空路わずか1時間弱の距離にもかかわらず、二つの国の間には、大きな違いがあることを実感します。

 特に、首都イスラマバードの幹線道路は、片側3車線の立派な舗装道路。その他にも、立派な建物が沢山建っていたり、道路脇の緑地帯では定期的に散水車が水を撒いていたり・・・。何よりも、徒歩で外出できるという点が大きく違います。Photo_2

 
 アフガニスタンには今後も出張ベースで訪れる予定です。とは言うものの、現在はパキスタンを拠点にしていますので、アフガニスタンとパキスタン、二つの国についてレポートしたいと思います。

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11月 22, 2007 文化、生活、習慣 |

2007年10月11日 (木)

カブール:女学生のいる風景

111007_cimg1353  JENカブール事務所の近くには女子校があります。事務所の前の舗装されていない道を、女の子たちが通学している姿をよく見かけます。

 下は5-6歳でしょうか。小さな女の子から上は中学生くらいの少女まで、ゆったりとした黒い衣装に、白いスカーフという揃いの制服姿で、徒歩で登下校しています。

 楽しそうにお喋りしながら歩く年長の少女たち。その後ろを、遅れまいと小走りに歩く小さな女の子。他愛もない光景ですが、見ていて微笑ましいものがあります。

 アフガニスタンには、女子への教育が禁止されていた時代があったことを思うと、楽しげに学校に通う女の子たちの姿は、大きな希望として私の目に映ります。

 一方で、長い内戦で破壊されてしまい復興が必要な学校は、まだ数多く残っています。すべての子どもたちが、安心して勉強できる環境を整備することが重要です。

10月 11, 2007 文化、生活、習慣 |

2007年9月20日 (木)

薔薇の花咲く楽園

Kabul_office_rose  アフガニスタンといえば、乾いた大地と戦争、というイメージが強いかもしれませんが、薔薇の産地として有名です。カブール市内でも、この時期ちょっとした庭がある場所に行けば、たいてい美しい薔薇が大輪の花を咲かせています。

 JENの事務所にも小さな庭があり、そこに咲いた薔薇が心を和ませてくれます。涼しくなった夕方のひととき、その庭に出てぼーっとしたり、本を読んだりお茶を飲んだりする時間は、治安状況から外出がままならないカブールにいて、貴重な気分転換のひとときです。

 ソ連侵攻前のアフガニスタンは、南アジアを移動してきた旅人たちが、薔薇が咲く美しい庭園で、ホスピタリティあふれるアフガニスタンの人々に囲まれて疲れを癒す楽園のような場所だったと言われています。残念ながら、今はまた、治安が悪化の一途を辿るアフガニスタンですが、ふたたび楽園に戻ることを願ってやみません。

 JENはこれからも、教育支援を通して平和で安定した国づくりに貢献していきたいと思います。

9月 20, 2007 文化、生活、習慣 |

2007年8月30日 (木)

レシートにみるお国事情

 外国で支援活動を行うとき、直接支援を受け取る人以外にも、幅広く多くの人が様々なかたちでプロジェクトにかかわります。それはたとえば、現地政府の省庁の人であったり、プロジェクトに必要な様々なものを仕入れる先の人です。そして、その国の個性が見える瞬間が、まさにこうした人びととの日々の小さなやりとりだったりします。

 アフガニスタンも例外なく、強烈な個性を放っています。

Afghanistan_receipt  たとえば、現地スタッフが持ってくるレシート1枚をとってみても(アフガニスタンは治安の問題があるので、自分で買い物に行きません)、かなり個性的で、奥深いものがあります。まず、ほぼ100パーセントが手書きで、現地の多くの人の母語であるダリ語で書かれています。そして、アフガニスタンには、西洋のカレンダーとは違う「アフガニスタン歴」があり、日付はその日付が書かれていることが多いため、いつのことなのかよくわかりません。そして、数字はアラビア語の数字によく似た数字で、私がなんとか自力で解読できるのはこの数字のみ。つまり、レシートの解読さえも、現地スタッフの翻訳に頼らざるをえません。つまり、1回の支出を処理することも、手間隙のかかる作業です。

 さらに、よくよくチェックしてみると、日付が入っていない、計算が間違っているなどの「大らかな」レシートにも頻繁に遭遇します。それも個性だよなーと思いつつ、きちんとしたレシートを取り直してきてもらわなければいけません。活動を支えてくださる方々へ適切な報告をするために、“ある程度の水準”のものを出してもらわなければ、報告の際に問題視されるからです。

 現地の習慣を尊重しながら、自分たちの筋を通す-そんな絶妙なバランス感覚を意識して身につけることが、支援する側にもっと必要だな、と思った今日この頃です。

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8月 30, 2007 文化、生活、習慣 |

2007年8月 9日 (木)

誇り高き人びと

この国に来て誰もが気づくのは、アフガニスタンの人たちは誇り高く、人前で恥を掻かせられることを極度に嫌うということです。
これらはJEN事務所で働くスタッフマネジメントにおいて最も気を配らなければならない点のひとつであり、同時に仕事の動機付けには欠かせない要素となっています。

JENで働くドライバーを対象としたセキュリティーワークショップを行なったとき、「武装集団に捕らわれたときは、抵抗しないであちら側の支持に従うように」と言うと、
「アフガニスタンの男にとってこれ以上の屈辱はない」と聞かされ、驚きました。

長い歴史の中で、アフガニスタンが外敵に屈したことはありません。
絶え間ない戦乱や貧困の中でも、個人や家族、国家としての尊厳は失われなかったように感じられます。
このドライバーの言葉には、ちょうど戦国時代を生き抜いた武士のような印象を受けました。

地政学上、重要な地域であるアフガニスタンは、常に大国の干渉を受け続けてきました。
約25年にわたって続いてきた内戦や、現在の状況も含めて、こうした外部的要因が民族、宗教、政治などの内部的な要素に火種をつけて起こったことは否定できません。

このアフガニスタンの人たちの誇り高き精神が民族、宗教間を越えて互いに協力していくことが、復興に欠かせない要素です。
地元の人たちから見れば「外から来た人」である私たちは、押し付けや干渉ではなく、復興を真に願い、ともに歩む姿勢を忘れてはならないと感じます。

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写真:JENアフガニスタン事務所で働く仲間たち

8月 9, 2007 事務所・スタッフ, 文化、生活、習慣 |

2007年4月19日 (木)

アフガニスタンの食べ物

皆さんこんにちは。アフガニスタン事務所長の柴田哲子です。
今日は、アフガニスタンの食事についてご紹介したいと思います。

JENでは、朝食と昼食は国際スタッフも現地スタッフも一緒に食べています。
床にロの字型に座って、真ん中にビニールシートのようなものをひろげ、その上に食事を並べます。

朝食はナン(薄型のパン)と砂糖をたっぷり入れた緑茶です。
赴任当初は、緑茶に砂糖という組み合わせにびっくりしたのですが、これが慣れるとなんとも美味しくて、いつも大匙1杯(!)の砂糖を入れて飲んでいます。
現地スタッフには大匙2杯派が多いようです。。。ちょっと心配。

昼食は、コックさんによるアフガン料理。一番多い組み合わせは、

・パラオ(細かく刻んだにんにくや玉ねぎなどの香味野菜を入れて「たっぷりの」油で炊き込んだピラフのようなもの)

・豆の煮物(小豆のような豆を圧力鍋で煮込んだものでシチューのような見た目と味)

・生野菜(ラディッシュ、小ねぎ、トマト、青唐辛子など)です。

みな、激辛の生青唐辛子をぽりぽりかじりながら、パラオに煮物をかけてカレーのようにして食べています。
たまに料理好きの運転手さんが、トルシーと呼ばれる漬物を作って持ってきてくれます。中身は、茄子、トマト、青唐辛子、たまねぎ等など。
このトルシーは、味は日本の糠漬けにとても似ているのですが、一般的にはインド料理でお口直しにでてくるチャツネとよく似ています。

そのほかにも美味しいアフガン料理がたくさんありますので、また折を見てご紹介させて頂きますね。

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4月 19, 2007 事務所・スタッフ, 文化、生活、習慣 |

2007年4月 5日 (木)

安全な水を届けたい

Photo_57 皆さんこんにちは。ジェンアフガニスタン事務所長の柴田哲子です。

 アフガニスタンにもようやく春がやってきました。パルワン州でも、桜の花や鮮やかな色の花が咲き始めています。雪を頂いた急峻な山並みを背景に、芽生え始めた緑と花々を見ることは、長く厳しい冬の後では格別なものです。

 JENは、現在パルワン州の4つの地域で飲料水を供給するシステムを作っています。パルワン州では、殆どの家庭に水道が設置されていないため、多くの人びとが排水で汚染された川や遠く離れた井戸に飲料水を頼っています。また、水を汲む作業は、多くの場合子供たちの仕事になっています。Photo_58

 しばしば、自分の体と同じくらいの大きさのポリタンクを、ロバの背に乗せたり、一輪車に積んだり、時には手に持って、休み休み運んでいる子供たちを目にします。そしてそれらの仕事は、一日に何度も繰り返されます。

このような状況を改善し、衛生的な水を供給することによって様々な疾病を予防するために、この事業を開始しました。

次回は、飲料水供給事業の内容を詳しくお伝えしたいと思います。

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4月 5, 2007 文化、生活、習慣, 水衛生環境改善 |

2007年3月29日 (木)

新しい支援のかたち

アフガニスタンで暮らし、そこに生きる人びとの現実の見つめながら思うこと。

支援活動を通じて、人びとに価値や意識を生み出すのが私たちNGOの役割だとすれば、これまでの救済を主眼とした支援活動の役割は縮小の傾向にあります。

これからは、人びとが寄り添って生きるうえで不可欠な“互いの信頼”や、生きることそのものに対する不安を解決する“自らの力への信頼”など、コミュニティビルディングをとおした自助自立の支援が必要となるのではないでしょうか。

長年にわたり争いの繰り返されてきたアフガニスタンで、人びとが支え合い、信じて生きてゆける新しい世界を、一日も早く感じることが出来るよう、これからも活動を続けます。

3月 29, 2007 女性自立支援, 文化、生活、習慣, 水衛生環境改善 |

2006年12月21日 (木)

素顔のアフガニスタン、その2

首都カブールでも、破壊された建物の残骸や銃弾の跡の残る建物を数多く目にします。

1_50  労働者市場のような場所では、凍てつく寒さの中、仕事を求め毎日早朝から100人以上の老若男性が集っています。また、道路の真ん中で所在無げにしゃがみこみ、物乞いをするブルカをまとった女性たちの姿を目にすることもあります。そして、羊飼いとともにカブールにやってきた羊たちは、ごみ置き場に群がり餌を漁っています。

 こんな、何気ないカブールの日常に、「どこから手を付けようか?」という思いでいっぱいになります。しかし、私たちJENにできることは、本当に限られています。だからこそ、大海の一滴でも良いので、いま与えられているこの立場でできることを前に進めたいと思います。そして、JENと関わりを持つことになった人たちが、少しでも明日への希望を持てるよう、ひとつひとつ着実に仕事をしていきたいと思っています。Photo_20

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12月 21, 2006 事務所・スタッフ, 文化、生活、習慣 |

2006年12月 7日 (木)

素顔のアフガニスタン、その1

カブール事務所長の柴田哲子です。Photo_19

 赴任してひと月半が過ぎましたが、幸いにも今のところ想像していたような「身に迫る危険」を感じたことはありません。

 しかしながら、やはり数十年にわたって戦争し続けてきた国だけあって、あらゆるものが破壊されているか、または存在しません。たとえば、先日視察したチャリカの学校では、天井と敷地にロケット弾を被弾した大きな穴が空いていました。

 私自身これまでに中央アジア、コーカサス、中東、東南アジア、南西アジア、南米等々を訪れてきましたが、鉄道が無い国は、ここアフガニスタンが初めて、日々新しい経験を積んでいます。1_51

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12月 7, 2006 事務所・スタッフ, 文化、生活、習慣 |

2006年11月22日 (水)

カブール到着!

 JENカブール事務所長の柴田哲子です。約3週間前にアフガニスタンの首都カブールに到着しました。

 アフガニスタン事務所は、JENの海外事務所の中では最大の事務所です。着任後、すべてのスタッフ30名程度を一度に目の前にする機会があり、若干(相当?)圧倒されてしまいました・・・(笑)。が、無理せず自然体でがんばっていきたいと思っています。

 ところで、例えば「30名」という言葉、口にするとそれ以上でもそれ以下でもありませんが、実態を伴って目の前に現れると、また異なった印象に感じられ、そして自分の中でこれまでとは違った場所に落ち着いたりすることがあります。私がアフガニスタンにきた理由のひとつとして、「貧困」とか「平和構築」とか「紛争」とかいった、この業界で語られる様々な言葉に、自分の中で実体を伴わせたかった、ということがあります。

 そんなことを考えながらやってきたアフガニスタン。アフガニスタンでの生活、その中で考えたこと、JENの活動等々について、これから少しずつ、みなさんにお伝えしていきたいと思っています。1_48

(筆者は後列右から二番目。真ん中が、前カブール事務所長の玉利です)

11月 22, 2006 事務所・スタッフ, 文化、生活、習慣 |

2006年8月 3日 (木)

川で水を飲む子どもたち

1_39  アフガニスタンで人々の生活を見ていると、非常に素朴な光景に驚くことがあります。

 例えば、街角の側溝の水で顔を洗う大人や川の水を飲む子どもたちです。なぜ、日本では川の水を飲まなくなったのでしょう?いいえ、実際には川の水を飲んでいます。2_26
 
  ただ、本来なら飲んでよい川を汚してしまい、そして手間隙かけて浄化するという無駄のことを循環と呼んでいるだけのような気がします。
 
  見過ごしそうになるアフガニスタンの素朴な生き方の中に、我々が気づかなければならない本来の生き方があるような気がしてなりません。

 アフガニスタンもそして日本も変わって行かねばならない中で、生活の根幹ともいえるアフガニスタンの水問題とどう関わるべきなのか考えさせられる毎日です。

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8月 3, 2006 文化、生活、習慣 |