ナハリンへの道4(駐在員椎名カブール日記)
またか。
私は短気を起こしかけている自分を抑えて、すっかり冷めたお茶をすする。怒ったら負けである。この地域で今動かせる掘削機械を持っているのはこの業者だけだ。彼は私の足元を見ているのだ。なんとしても彼の首を縦に振らせなければ。さもないとこの事業は一貫の終わりである。
町にある食堂の一角、5人の男がひざをつき合わせて話をしている。かれこれ3時間。私とスタッフ、ナワバデ村の村長と業者2人の話し合いは、掘削機械の輸送費をめぐり、振り出しに戻ってしまった。業者の一人が、ジェンが輸送費をもっと出さなければナハリンなんかに行くもんかとゴネ始めたのである。嫌になるが、まあ、よくあることである。契約書を作ったって、お金を払ったって、「現物」が手元に届いてからその質を確認しない限り安心は出来ない。電話一本というわけには行かないのだ。リコール制度なんてアフガニスタンには無い。だからもちろんお金は最後の最後まで払わない。配布物だったらなおさらだ。出来ればそれを作っている工場まで行って確認する。「支援は足を使って賢く」それが鉄則であると思う。
こんな事もあろうかと、私はこの交渉の場に村長を連れてきていた。目的は3つ。地元民の強みを生かして、交渉する金額や条件をとんでもない方向にもっていかないため。ジェンが支援を完了し、村人が独自で井戸の管理をする時を考えて業者との顔をつなげておくため。そして、大げさに言えばジェンがどんな苦労や問題を克服して彼らを支援しているか、実感してもらうためである。村長は業者の一人がナハリンの出身である事を突き止めて村の窮状を訴え、業者をつなぎとめようとする。これは強い。
しかし状況は私たちに不利だった。別の団体が現場をよく調べずに他の掘削業者と相場の3倍の費用で契約を結んでしまったらしく、その影響がここまで来ているらしい。こうした無責任な仕事は現地経済を混乱させ、結局地元民が一番被害をこうむることになる。案の定業者は今回の掘削の本数が思ったより少なく利益が薄いと文句を言いはじめ、それなら輸送費をジェンがもっと負担すべきだと主張している。私は前もって入手しておいた、他の団体とこの業者の過去の契約書コピーを見せ、反論する。
「でもこの団体との契約では輸送費を請求していないですよね。本数もさほど変わらないし。どうして今回だけそんなに払わなくちゃいけないのかな。」
業者は一瞬あっけに取られた顔をし、その後いたずらっぽい顔をして同僚に笑いながら話しかける。「こりゃしてやられたわい」というわけか。前もって別の井戸備品業者と話し合いをし、契約書を見せてもらったときに無理やりお願いしてすかさずコピーしておいて良かった。3時間半の交渉の末、結局掘削費は据え置き、輸送費は業者が請求した半額を支払う事で落ち着き、予算内で支援を継続できることになった。しかしこの業者はその後機械をなかなか村に運ぼうとせず、ジェンが同行して半ば強制的に掘削を始めるようにした。1つの山を越えたか。新たなトラブルの始まりか。
明日は井戸の備品を扱う別の業者との交渉である。私はこの機会をあるチャンスだと考えていた。