ナハリンへの道1(駐在員椎名カブール日記)
ナハリンへ出発する前日は、いつも何か真っ暗なトンネルに入っていく気持ちがする。治安状況は確認した。車両も無線もチェックした。水も充分に積んだし、スペアタイアもある。やらなければならないことはリストアップしたし、ナハリンに着けば村人が歓迎してくれるだろうと感じてもいる。でも駄目なのである。「メロン幾つ買ってこようかな。」などと現地スタッフと無駄口をたたいて気分を紛らわせようとしても無駄である。それはじわじわと足元から這い登り、胸を締め上げる。私は静かに深呼吸する。頭を振る。
ナハリンは昨年、大地震により大きな被害を受けたアフガン北部、バグラン州の田舎である。倒壊した家屋に押しつぶされて多くの人が亡くなったこの地域で、ジェンは募金によって集められた資金を使って井戸掘削事業を行なっている。私はこの事業を計画、実施、監督しているのである。北に抜けるサラン峠のトンネルが修復工事で通行止めのため、通常8時間半で行けるところを、今は砂埃と砂利の道を17時間以上揺られて行かなくてはならない。道中の交通事故も多い。精神的にも肉体的にも辛い旅である。
うつらうつらしながら夜を過ごし、日の出前にベッドから抜け出す。電子メールをチェックし、同僚のデスクに私の部屋の鍵を置く。手荷物をまとめ外に出ると、意外に冷たい空気が私の胸を刺す。いつの間にか、こんなに近くに冬が迫っている。二人の運転手と短い挨拶をする。モスクから聞こえる祈りの声。門番の短い咳払い。朝日がゆっくり昇ってくる。「さあ、メロンでもいっぱい食べてくるか。」カラ元気を出したつもりだったが、自分の声が意外に小さくてびっくりする。運転手が少し笑ったような、困ったような顔をする。出発である。
カブールの町はまだ眠りから覚めたばかりで、日中の喧騒が嘘のように静まり返っている。マーケットの中をうろついていた痩せた犬が私をちらりと一瞥する。私を乗せた車はその静かで冷ややかな空気を吸い込みながら北へ走る。チャリカまでの1時間あまりの道のりの間、私は何か忘れたことは無いか考えをめぐらすが、気がつくと考え疲れて眠ってしまっていた。チャリカの見慣れた町並みが見えてくる。事務所の門番が、何か眠そうに門を開け、私の顔を見て目を丸くする。チャリカでナンと砂糖がたくさん入った緑茶という朝食を取り、東京に事務連絡の電話を入れる。私は話しながら、自分の声が上ずっているのを感じる。「治安に特に気をつけて。」と同僚が声をかけてくれる。メロンのお土産を私に頼むことを忘れないチャリカの同僚と握手をして、私は更に北を目指す。いつの間にか日が高く上り、アスファルトの道が白っぽくかすむ。私は同伴車とのコンボイの編成に気を使いながら走り続ける。
舗装された道に別れを告げ、砂埃舞う道を、右手に岩山、左手に清流を見ながらしばらく進む。この道は遠くバーミヤンに続いている。山間に土色をした集落がいくつか見える。どうしてあんな高いところに家を建てるのだろう。他人が入ってくるのを拒んでいる。高い塀に囲まれた家が見える。少し風化したその壁は地面と同化し、まるで地面から生えてきたかのようである。
道は次第にうねるように山道を登り始める。これから「天国と地獄」が見える場所にさしかかる。
10月 2, 2003 事務所・スタッフ | Permalink
この記事へのコメントは終了しました。
コメント