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2003年4月10日 (木)

イラクの火の影で(駐在員椎名カブール日記)

 イラクでの戦争がはじまって48時間、アフガニスタンでは国連機関をはじめとした支援団体が外出を控え、この機に乗じたテロ活動などに備えた。ジェンでも大使館や国連のセキュリティーオフィサーなど、可能な限りの全ての人たちと連絡をとりながら有事の際の国外退去などについて準備を行なった。複数の情報によれば自爆テロリストが複数アフガニスタンに侵入したという噂があることで、カブールでも緊張が高まった。幸い特に大きな事件なども起こらず時間は過ぎ、人々は通常業務に戻ったけれど、国連のセキュリティーオフィサーは引き続きの警戒を呼びかけていた。その矢先、国際赤十字委員会(以下ICRC)の国際スタッフの一人が、アフガン南部で武装した集団に車をとめられ、射殺された。私と同じ28歳だった。犯行声明からはカルザイ政権に警告する意図のものだという。国際スタッフを故意に狙った殺人は、私が着任して以来初めてだと思う。

 そして先日、東京本部事務局からイラクが日本を三番目の敵対国とみなしたので更に治安に気をつけるようにとの連絡が入った。アフガン政府はアメリカ支持を打ち出しているけれど、イスラム教国であり、アメリカに複雑な感情を抱いている人々が多いこの国で、この影響がどのように私たち日本のNGOに降りかかるのか、予測が出来ない。すぐに事務所のステッカーや看板をはずし、「JAPAN」という文字を消した。その時から私の心の中で何かが変わったように感じる。それは「日本人である」ということでアフガニスタンの人々から尊敬や親しみを受けている時に無意識の内に持っていた「私たちは大丈夫」という奇妙な安心感の崩壊と、戦火くすぶる外国で働いているという不安の顕在化ではないかと今思う。

 メディアはイラクでの戦争であふれているけれど、アフガニスタンでは今でも、アメリカ・アフガン政府連合軍が空と陸から山に潜むタリバン・アルカイダ勢力に攻撃を加え、双方共に死者を出している。ロケット弾は基地に打ち込まれ、地雷は特定の建物や人物、軍隊を狙って新たに設置されている。ただそれはもう以前のようにメディアと世界中の人々の関心を集めるには至らず、ひっそりと人は死に続けている。アフリカの草原で、中南米のジャングルで、そしてアジアの高原で。いまこの瞬間に何人の人間が銃弾や爆弾を受け、誰の注目も浴びずひっそりと亡くなっているのだろう。そして幾つの家族が取り残されるのだろう。ボスニアで出会った、深い皺やため息とともに暮らす老婦人のように。息子達の遺影に囲まれてお茶をすする、アフガンの老人のように。

 私は戦闘や地雷などで亡くなっているアフガン人や殺されたICRCのスタッフの事を考える。聞くところによると、彼を殺害したのは、ICRCから義足の支給を受けたアフガン人だったという。銃を向けられたとき、彼は何を考え、感じたのだろうか。私がシェルター事業の受益者に銃を向けられたとしたら。私の家族はどうなるのだろうか。今はただ、殻の無い貝のように行動するしかない。

 ブラウン管からはみ出した世界で、今この瞬間にまたひとつ、命が奪われる。

4月 10, 2003 事務所・スタッフ |

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