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2003年2月20日 (木)

感謝の重み(駐在員椎名カブール日記)

220  「ありがたいことですなぁ。」
 柴田さんは人道支援活動家のお坊さんである。68歳にはとても見えない活動的な方で、今回ジェンに文房具と医薬品のご寄付を下さり、カブールにいらっしゃって実際に現場をご覧になった。長く医療機器メーカーにご勤務された後、ある医療支援NGOの立ち上げにたずさわられ、修行を積まれた後、現在は長野県更埴市でお坊さんをされながら市の国際交流協会で働いていらっしゃる。柴田さんはアメリカやユーゴスラヴィアに赴任されていたことがおありで、誰とでも物怖じせずにお話されるのはそのせいだろうか。ジェンが支援をさせていただいたカブールの学校を見学され、持ってこられた文房具を学校にご寄付された後、生徒達に向かって応援のお声をかけられたり、チャリカに唯一ある病院を訪れた後、さらに奥地にあるクリニックをお訪ねになるなど、自分の目と足で支援をされる方だと私は思った。柴田さんの口癖がこの「ありがたいことですなぁ。」だった。 

 130ダース以上の新品の鉛筆や医療用の手袋などの支援物資は、更埴市で協会や病院の方々のご協力で2週間ほどで集められたものだという。柴田さんは地方公共団体や企業が出来る支援活動に関して深い知識とご経験をお持ちでいらっしゃり、お医者さんにボランティア活動をされている方が多いことなどを私に教えてくださった。会社社長を努められたこともある、いわゆる“偉い方”なのだとだけ思っていた私は、今回のご滞在中その気さくで柔らかい物腰や話し方についうっかり友達と話しているような言葉づかいになってしまうことも度々だった。柴田さんは丸い頭を撫でながらおっしゃる。「今回の活動では地元の方々が支援物資をこんなに集めてくださり、地元の新聞も取り上げてくださるという。ありがたいことですなぁ。」この「・・・ですなぁ。」のおっしゃり方にお人柄がとても出ている感じがする。何か胸にゆっくり降り積もるような言葉なのである。

 柴田さんのお話を伺ったり、新聞記事を読ませて頂いて一貫して感じるのは、日本のNGOとその支援活動への大きな期待と、それを可能にするNGO活動への支援体制確立に向ける情熱である。柴田さんはそれを地域の人々のネットワークや企業からの協力という多角的なアプローチと「ありがたいですなぁ。」という気持ちで結び付けて達成しようとされている。今回私は柴田さんに同行させていただいたことで、日本での地元に根ざした支援活動に関する新しい可能性を見せていただくことが出来た。柴田さんはこれからさらに支援活動を広げてゆかれるということで、ジェンも柴田さんの活動に負けないように頑張らねばと思わせていただいた。

 柴田さんを空港でお見送りした後、帰りの車の中で自然と思い出されるのは、やはりあの「ありがたいことですなぁ。」という柴田さんの言葉なのであった。ジェンを支援してくださっている皆さんへの私の感謝の気持ちが、言葉にあれほどの重みや深さをあらわせることが出来るだろうか。私は本当に感謝して日々活動をさせていただいているか。私もいつか、支援させていただいた方々にあのような言葉をもっと言ってもらえる様になれるだろうか。

 「ありがたいことですなぁ。」

 そうなることができたら、柴田さん、 それは本当にありがたいことですね。

2月 20, 2003 | | コメント (0)

2003年2月13日 (木)

3校目の学校がよみがえりました

 「パンジャッド・ファミリー・ハイ・スクール」、「第16小学校」とJENの学校修復事業3校のうち、現在まで2校の完了報告をお届けしてまいりましたが、3校目の「ラビア・ハイ・スクール」の修復工事が2002年12月9日に完了しました。その完了報告をお届けします。

【事業完了報告】
 この事業は昨年8月11日の着工から12月9日の完了まで、カブール市内第4地区で約4ヶ月間に渡って行われました。生徒数は2002年12月現在で、4,467人(女生徒:2,778人、男子生徒:1,689)です。また、 事業実施地区にはおよそ12,000家族が住み、その多くは過去20年に渡る戦争の間、アフガニスタン国内の特に北部の各地から避難し、現在はこの地区に定住している人々です。またパキスタンやイランからの帰還民の家族も少数います。(但し、生徒数、住民数とも流動的です。)ここに住む人々の多くには仕事がありません。今までもお伝えしている通り、この修復事業は子どもたちが少しでも良い環境の中で安心して学ぶことができることと共に、国連開発計画(UNDP)との協力により、「UNDPアフガニスタン復興・雇用プログラム〔REAP=Recovery and Employment Afghanistan Programme〕」の一環として、戦争で職を失ったこの地区の人々に、一時的ではあっても、仕事に就く機会を持ってもらうことを目的としています(今回の事業では111人)。

 どの国のどの事業でもある困難が、この約4ヶ月間の工期の間にもありました。校長先生が変わったことによって最初の契約以上の修復を依頼されたり、現場に行ってみると作業をするべき人がまばらだったり、お給料日には本人ではない”別人”が現れたりといったことです。不安定な社会状況の中で人々が生きていくのは大変なことです。また、生活習慣や文化などの違いの中で、現地の人々とともに事業をして行くことは、「日本流」を押し付けない支援をする上でも簡単ではありません。こうした困難を、現地スタッフと日本からのスタッフが協力し、教育省や地域の代表など関係する人たちと何度も根気よく話し合いを行って解決し、何とか決められた期間内で完了するよう事業を進めてきました。

 今回の事業では、新しいドアと窓のついた16の新しい教室を建て、古い校舎のドアや窓、廊下、教室も修理しました。古い校舎の天井は、新しい梁を入れ、塗り固めました。 また、新旧両方の校舎とも、きれいに塗装し、水道設備の設置や校庭も整備しました。 さらに、いくつかの教室には電気設備を設置し、2つの校門も完成しました。

*REAP(=Recovery and Employment Afghanistan Program)プロジェクト:アフガニスタンの失業者のための雇用促進事業

2月 13, 2003 学校修復・建設教育支援 | | コメント (0)