2026年2月12日 (木)

アフガニスタンから、ジェンのロゴにビーズ刺繍が施された素敵なバナーが届きました!

26歳のシャミラさんは現在ジェンが実施している生計支援事業の参加者のひとりです。シャミラさんが手作りしたビーズ刺繍のジェンロゴバナーが先日事務所に届きました。

厳しい人道危機が続くアフガニスタンで、女性たちは移動や就労などにも制約があります。そのような状況下でも生活をしていけるよう、ジェンは自宅でも取り組める生計手段として、仕立てのためのミシンや道具を配布し、ビジネス研修を実施しています。

 

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ジェンスタッフのインタビューに答えるシャミラさん(右)

 

シャミラさんは、アフガニスタンから逃れ数年パキスタンで暮らしていましたが、アフガニスタンに帰還せざるをえなくなり、女性の就労や移動が制限されている状況下で、厳しい暮らしを送っていました。

現在は、ジェンの提供したミシンを用い、仕立ての仕事をしています。最近ジャララバード市内で流行し人気のあるデザインも取り入れるなど、意欲的に働くシャミラさん。女性がひとりで市場に出入りすることが許されていないなど、困難な状況は続いていますが、このバナーはシャミラさん自身の材料と技術を使って感謝を示してくださったものとのこと。

 

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シャミラさんのビーズ刺繍によるジェンロゴバナー

 

丁寧に刺繍された、キラキラと光るビーズが、シャミラさんが輝くセンスと素晴らしい腕の持ち主であることを物語っています。

ジェンは困難な状況にあるひとりでも多くの方が「自分で明日を選べる」ことを目指し、自立への一歩に寄り添い続けます。

 

 

2月 12, 2026 女性自立支援 |

2026年1月28日 (水)

食事をとれない日々を乗り越え、生き延びた家族――アフガニスタン帰還民支援

「過去にない規模」アフガニスタン帰還民の実情

 パキスタンで20239月に始まった「不法滞在外国人帰還計画」。同国に滞在するアフガニスタンの人びとを主な対象としたこの政策で、2511月末までに約180万人がアフガニスタンへ帰還しました。多くの人が十分な準備もないまま、長年住んだパキスタンの地を離れざるをえず、帰還先では住居・食料・医療など深刻な人道的課題が発生しています。

 ジェンは2024年2月からアフガニスタン国内で帰還民支援を続けており、昨年の夏には事業スタッフが、帰還民が集まるトルハム国境付近を視察しました。国連機関の報告やスタッフの現地視察をもとに、帰還民が置かれている実情を読み解きます。

 

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帰還民を対象にジェンが行った食糧支援(20258月、ジャララバード地区で)

「難民」も帰還を促す対象に

 パキスタンにアフガニスタン難民が流入したきっかけは、1979年の旧ソ連軍によるアフガン侵攻に遡ります。それ以降、今日に至るまで、アフガニスタン国内の情勢悪化とパキスタン政府による帰還政策の間で、難民の流入と帰還は何度も繰り返されてきました。ただし、今回の帰還政策は、過去にない規模と言われています。

 パキスタンに居住しているアフガニスタンの人びとの在留ステータスは大きく分けて三種類あります。「難民」としてパキスタン政府と国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に公式登録されている「Proof of RegistrationPoR)」保持者、PoRを持たないがパキスタン政府から国内の一時滞在を認められていた「Afghan Citizen CardACC)」の保持者、そしてPoRACCの両方とも保持していない「Undocumented」の人たちです。

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いずれもアフガニスタンにルーツがあってもパキスタンで生まれ育った人も多く、こうした人びとは、パキスタン政府から見れば「外国人」ですが、実際にはパキスタン社会に馴染んで暮らしています。

 パキスタン政府が20239月に始めた帰還計画では当初、対象は最も立場の弱いUndocumentedの人たちと見られていました。しかし20254月にはACC保持者、さらに7月にPoR保持者も「有効期限が切れている」として、帰還対象とされました。UNHCRはこの措置に関し懸念を示しています。

 UNHCRと国際移住機関(IOM)の報告によると、20239月以降、パキスタンからアフガニスタンに自主的に帰還した約160万人のうち、Undocumentedは約120万人、ACC保持者は約9万人、PoR保持者は約36万人となっています。このほか約18万人が退去措置を受けています。イスラマバード市内にあるJENパキスタン事務所周辺でも、一昨年ごろまでは多くのアフガニスタンの人びとが居住し、商店などを経営していましたが、昨年に入り、ほとんどいなくなりました。

 

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トルハム国境近くに設置された帰還民キャンプ

帰還民の「国境越え」

 帰還政策が続く中、20258月、ジェンの事業スタッフがパキスタンからアフガニスタンへ陸路で入る機会がありました。パキスタン側の都市ペシャワールから約60キロ地点のトルハム国境近くの道路では、帰還民のものとみられる家財道具を積んだ大きなトラックが長い列をなして止まっており、越境手続きにはお年寄りや女性、子どもたちが、日陰もない中で何時間も待たされていました。一方、国境を越えたアフガニスタン側には、UNHCRなどが運営するキャンプがあり、簡易宿泊施設のほか、学校やクリニックなどが併設されていました。人びとはここで帰還民としての登録を済ませ、一時金を受け取って帰還先へと移動していきます。

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 パキスタンから帰還した人の多くは、アフガニスタン側の国境地帯であるナンガルハル県に留まっています。両国の国境を挟んだこの地域は、パシュトゥー語を話す人たちが多く、元々、パキスタンに避難していた人たちの大部分もこの地域出身の人たちだからです。一方、アフガニスタンの公用語であるダリ語はペルシャ語に近いことから、ダリ語を母語とするアフガニスタンの人びとには、イランに逃れた人が多くいます。

 

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25年4月にパキスタンから帰還したナジファさん(左から2人目)とご家族

「生きるだけで精一杯」帰還した家族を支援

 帰還民の中には、アフガニスタン側に親戚がいて、比較的スムーズに生活を再建できる人もいます。しかし多くは、パキスタンに家財道具や家畜、不動産などを残したまま、最低限の荷物だけで帰還し、住居や食料の確保にも苦労しています。またパキスタンの公用語であるウルドゥー語で生まれ育った若者や子どもたちの中には、アフガニスタンで使われるパシュトゥー語やダリ語を十分に話せない人も多く、帰還後の生計構築やコミュニティへの適応が一層困難になっています。

 ジェンは昨年8月、ナンガルハル県で帰還民のうち寡婦世帯や障がい者世帯など、特に困窮している1,024世帯を対象に食糧を配付しました。支援を受けたナジファさん(45)は、身体障がいのある息子を含む7人家族で、ACC保持者として約9年間パキスタン・パンジャーブ州で暮らしていましたが、帰還政策を受け254月に帰国しました。

 帰還後は、月額家賃1,000円程度の部屋を借りたものの、収入も貯蓄もなく、食事をとれない日が続きました。子ども3人が病気になっても病院に行けず、生き延びることも困難に思えました。そんな中でジェンから2月分の食糧を受け取ったナジファさんは、「しばらく空腹を気にせず眠ることができます。その間に、今後どうやって生きていくか、子どものたちの健康をどう回復させるか考えたい」と話していました。

 長い年月をパキスタン社会の中で懸命に生きてきた人びとが、帰還を強いられ、生き延びるだけでも必死な日々を送っています。ジェンは帰還民の状況を注視しながら、今後も必要な支援を届けていきます。

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パキスタンとアフガニスタンの国境近くに止まる、家財道具などを積載したトラック

※本事業は、ジャパン・プラットフォームからの助成金や皆さまからのジェンへの寄付金により実施しています。

1月 28, 2026 緊急支援 |

2025年12月 4日 (木)

『ご飯ができたら起こすね』――空腹の夜を越えるために――アフガニスタン帰還民への食糧支援

食料危機に直面するアフガニスタン帰還民

「毎晩、私は料理をするふりをしながら、『ご飯ができたら起こすから、寝ていなさい』と、子どもに嘘をついて寝かしつけていました。空腹のまま眠る子どもを見るのは、ほんとうに辛かったです」。パキスタンからの帰還を余儀なくされたアフガニスタン人の母親が、胸の内を語ってくれました。

2023年9月、パキスタン政府が「不法滞在外国人帰還計画」を発出して以降、2025年までに、100万人以上のアフガニスタンの人びとが、準備のないまま帰国を余儀なくされています。多くの家族はパキスタンで長年生活を築いていましたが、家財のほとんどを置き去りにし所持金もないまま国境を越えており、深刻な人道危機が発生しています。

ジェンは今夏、アフガニスタン東部の国境地帯で、こうした「帰還民」を対象に食糧や衛生物資の配布を行いました。

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緊急支援の食糧を受け取った女性(813日、ナンガルハル県べスード地区で)

 

深刻化する人道危機・ジェンが実施している食糧支援

UNHCRによると、20255月までにパキスタンからアフガニスタンに100万人以上が帰還。さらに年末までに60万人が移動すると見込まれています。イランからも約100万人がアフガニスタンへ帰国しており、アフガニスタン国内の経済・社会状況をさらに逼迫させ、帰還民の多くが貧困や飢餓などの人道的危機に直面しています。

ジェン2025年7月〜8月、パキスタンと国境を接するナンガルハル県の5地区で、食糧支援を行いました。帰還民の中でも女性が世帯主だったり、家族に障がいがあったりする、特に困難な状況に置かれた1,024世帯を対象としました。米や豆、油など2ヶ月分の食糧を配布し、現地では感染症の流行が著しいことから、石鹸を使った手洗いや浄水法に関する研修も行いました。

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女性を対象にした衛生啓発研修(813日、ナンガルハル県べスード地区で)

 

嘘を言って子どもたちを寝かしつけていました

「パキスタンでの生活は貧しく厳しいものでしたが、家族で支え合い、なんとかやっていけていました。今のように食べ物に困る日々が続くことはありませんでした」

2025年3月、4人の子どもとともにアフガニスタン・ナンガルハル県ベスード地区へ帰還したアジザさんは、パキスタン・パンジャーブ州での生活をこう振り返ります。

アジザさんたち一家は約15年前、極度の貧困や治安の悪化を避け、アフガニスタンを離れ、パキスタンで生活を築いてきました。がんで夫を亡くしたアジザさんは助産師として働き、子どもたちも路上で豆を売り、なんとか日々、食べていくことができました。

しかし、強制帰還ですべてが崩れました。彼女は、パキスタン政府が発行するAfghan Citizen Cardを保持しており、厳密には「不法滞在(Undocumented)」ではありませんでしたが、それでも家財道具を残し、支援も仕事もないまま帰還を余儀なくされました。アフガニスタンではほとんど仕事がなく、食べ物のない日々が続き、子どもたちは弱り、必要な栄養をとれない状態に陥りました。

「毎晩、私は料理をしているふりをして、『ご飯ができたら起こすから、寝ていなさい』と嘘を言って、子どもたちを寝かしつけました。私は他人の家で洗濯や皿洗い、料理などなんでもして、食べ物や少しのお金を得ていますが、それでも毎日の生活には到底足りません」

アジザさんのもとには8月、ジェンの食糧支援が届き、安定を取り戻し始めました。食糧があるうちに、一家は豆売りの屋台を購入し、12月現在、ナンガルハル県で小さな商売を始めています。

 

帰還民の方々の暮らしは厳しいですが、ジェンは今後もこうした人びとの暮らしの安定を支える活動を継続します。

また、帰還民の方々の状況を、引き続きお伝えしていきます。

 

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アジザさん(右から3人目)に話を聞くジェンスタッフ(左、1130日撮影)

  

※本事業は、ジャパン・プラットフォームからの助成金や皆さまからのジェンへの寄付金により実施しています。

12月 4, 2025 緊急支援 |

2025年9月25日 (木)

アフガニスタン東部地震被災者 グルミナさんのストーリー

ジェンは、831日(現地時間深夜)に起きた地震の被災地、クナール県で炊き出しを行っています。913日から炊き出しを開始し、924日時点で6,361人の方々に温かい食事をお配りしました。その中のひとり、グルミナさんの声を紹介します。

グルミナさん(34歳、クナール県ヌルガル地区):
グルミナさんは4人の子どもを育てるシングルマザーで、地震で夫と家を失いました。身近に頼れる家族もおらず、混み合ったテントの中で子どもたちの生活を支えるため、日々奮闘しています。

彼女はこう語ります。
「ジェンが届けてくれる温かい食事は、私たちにとって命綱です。私が料理できない時でも、子どもたちが栄養のある食事を食べられていると分かることで、安心することができます。」

特に、温かいカブリプラオ(アフガニスタンで食されている米料理)は、空腹を満たすだけでなく、不安定な状況の中で束の間の安らぎをもたらしてくれると強調しました。グルミナさんは、この支援が冬の間も続くことを強く望んでおり、厳しい環境下では料理が難しい状況であると訴えています。

現在被災地域は朝晩の寒暖差が激しく、10月から3月にかけては一層気温が下がり、降雪もあるとのこと。被災された方々が厳しい冬を乗り越え、希望を持つことができるよう、皆さまの温かいご支援を、どうかお願いいたします。

 

炊き出し支援の食事を囲んでいるグルミナさんの子どもたち

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▼アフガニスタン東部地震緊急支援はこちら

https://www.jen-npo.org/n/news/21446

9月 25, 2025 緊急支援 |

2025年9月10日 (水)

喪失と希望を背負って歩く少年

アフガニスタン東部、クナールの険しい山々で大きな地震がありました。この地震は、壊れた家や瓦礫の山だけでなく、人びとの暮らしや心にも深い傷を残しました。

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現地スタッフが撮った一枚の写真に、ある少年の姿が映っています。彼はただ山道を歩いているのではありません。背中には、少しの食料と残された持ち物。そして腕には、母を亡くした甥を抱えています。両親を地震で失った彼は、自分と甥の命を背負いながら歩いているのです。

8月31日23時47分(現地時間)、アフガニスタン東部ナンガルハル県(パキスタン国境付近)でマグニチュード6以上の地震が発生しました。 現時点で死者数は2,205人、負傷者は3,640人に上っています。 地震から6日後、ようやく村へ続く道が開き始めました。人びとは壊れた家や畑、大切な人の記憶を胸にしまいながら、安全な場所を目指しています。けれど、その道のりは険しく長いものです。この少年にとって、それは単なる避難の旅ではなく、「生き抜く力」と「家族への想い」と「重すぎる責任」を背負った旅になっています。

彼のような子どもは、決して例外ではありません。被災地の村の人びとでは、多くの家族が悲しみと不安を抱えて暮らしています。家や生きる手段を失っただけでなく、支えとなる大切な人までも失ってしまったのです。

それでも、希望は残されています。少年の勇気ある姿は、未来への小さな光です。そして私たちが力を合わせれば、その光をもっと大きくすることができます。

今、必要なのは避難所、食料、水、心のケアなどです。でも一番大切なのは「あなたは一人じゃない」というメッセージかもしれません。私たちの小さな支えが集まれば、大きな力となり、必ず彼らの背中を押すことができます。

クナールの山々に今は悲しみが響いています。でも、私たちの思いやりが集まれば、明日は「強さ」と「再生」の響きに変わるはずです。

どうか、アフガニスタンの子どもたちと家族が再び立ち上がれるよう、皆さまのご支援をお願いいたします。

▼ご寄付はこちらから

9月 10, 2025 緊急支援 |

2025年7月24日 (木)

20年支援が届かなかった村に、給水設備を建設

ジェンは202410月以降、アフガニスタン東部、ナンガルハル県にあるメムラ村で、深井戸と給水設備を整える活動を行いました。

この村は住民約2000人のうち、コレラ感染者が80人確認されるなど、劣悪な衛生環境に置かれていました。しかしその後、ジェンの活動により、すべての住民が安全な水にアクセスできるようになり、感染症予防の取り組みも進んでいます。

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村の給水所で、完成を喜ぶ女の子(2025年6月12 日撮影)


ジェンがこの村を訪れた2024年当初、村の失業率は3割を超え、平均収入は県の半分以下で、世帯主の約2割が夫を亡くした女性でした。
村には公衆トイレがなく、すべての家庭で屋外排せつが行われていました。
安全な水にアクセスできる家庭はなく、唯一の深井戸は村から2キロ以上離れており、村内の浅井戸9基のうち6基が枯れ、残る3基の水も安全とは言えませんでした。40人が急性水様性下痢を患い、80人のコレラ感染も確認されました。

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重機を投入して行った深井戸建設工事(2025年3月23日撮影)

ジェンの活動ではまず、安全な水を確保するために深井戸を1基掘削しました。さらに、太陽光発電で動くポンプで水を高台の貯水タンクへくみ上げ、そこから村内100か所の給水所へと配水する仕組みを整えました。

給水所は数世帯ごとに1か所設け、すべての家庭が自宅から200メートル以内で水にアクセスできる環境を整備しました。

これにより、水汲みにかかる時間や身体的負担が軽減され、また、水を媒介とする感染症の予防にもつながっています。

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女性向けの衛生啓発講習(2025年3月27日)

 
インフラ整備に加えて、衛生教育にも力を入れました。村の278世帯から、男女1人ずつ計574人が参加し、手洗いや飲用水の煮沸、感染症の基礎知識について学びました。
女性参加者には、女性の衛生プロモーターが研修を担当することで、安心して参加できるよう配慮しました。
研修参加者全員に石けんを配布し、手洗いの習慣が日常に根づくよう働きかけました。

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村内で調査を行うプロジェクトチームのメンバーら(202532日撮影)


水や衛生は、人びとの命と尊厳を守る基本です。ジェンは今後も、現地のパートナーや地域の人びとと協力しながら、生活環境を改善し、「水のある暮らし」「安心して生きられる地域」を取り戻すための支援を続けていきます。

皆さまのご支援とご関心に、心より感謝申し上げます。

※本事業は、ジャパン・プラットフォームからの助成金や皆さまからのジェンへの寄付金により実施しています。




7月 24, 2025 水衛生環境改善 |

2025年1月30日 (木)

山道を往復していた水汲みが、今では家の外で

 202312月からナンガルハル県コギャニ地区で実施した、食糧と水衛生の支援事業が完了しました。この事業では287世帯(約2,007人)の人びとに活用いただける、井戸と給水所も設置しました。

 ジェンが事業を実施する前は、片道2-4キロも離れた水源まで水を汲みに行っていたそうです。家族が使用する水汲みの仕事を担っていた子どもたちに、水源までの道を案内してもらいました。

 子どもたちが入っていったのは、急な坂もある山道。ゴツゴツとした石が転がる道を、小さな足で進んでいきます。

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  目的地に着くと、そこにあったのは小さな水たまりでした。水は少し濁っていて、動物もここに水を飲みに来ることがあるそうです。つまり、この水は動物の排せつ物などで汚染されている可能性もあります。しかし、今まで人びとはその危険性を認識せずに、飲み水としてもこの水を使っており、下痢などの症状が頻発していました。そのため、ジェンはこの水源の危険性をすぐに人びとに伝え、近くにある小さな滝から水を取り、適切な処理をしてから使用するように説明しました。

 

 

 

Youtubeでご覧になりたい場合はこちら↓
https://youtu.be/DywooO6DV_M

 それからしばらくして、ジェンが建設した井戸と給水所が完成しました。給水所は家のすぐ外にあり、子どもたちは日に何度も、何キロも歩いて、重い水の容器を運ぶ必要はありません。給水所で水をくむ子どもたちには、明るい笑顔が見られました。子どもたちの一人は、今までは水汲みの仕事があったために、あまり学校には通えていなかったといいます。しかし、今は家の外ですぐに水を入手できるため、毎日学校に通えると話してくれました。

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 アフガニスタンで厳しい状況にある方々が、一日でも早く自立できるように、ジェンは継続して活動していきます。みなさまのあたたかいご支援を、お願いいたします。



1月 30, 2025 水衛生環境改善 |

2024年11月28日 (木)

この実なんの実?

今日は、ジェンのアフガニスタンでの活動拠点、ジャララバード事務所から届いた写真をご紹介したいと思います。

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こちらの小さな木の実、なんの実だかお分かりになりますか・・・?
食べられるようになるまであと2週間ほど、これから赤黒く色づいていくそうです。
「今食べてもキュウリみたいな味しかしないけれど、熟すと甘みが出てとってもおいしいんだ!」と現地のスタッフが教えてくれました。

この実の正体は・・・ナツメです! 

日本ではお目にかかる機会があまり多くないナツメですが、アフガニスタンでは人気があるらしく、植物好きのスタッフが事務所に植えたようです。イスラム教ではナツメは神聖な木とされているとも聞いたことがあり、それも人気の理由かもしれません。

少し調べてみたところ、ビタミンCや鉄分なども豊富で、栄養価が高いため、日本でも最近、注目が高まっているということがわかりました!

ジェン アフガニスタン事務所のナツメが熟すまでもう少し・・・日々刻々と状況が変化するアフガニスタンの厳しい支援の現場で、最前線で活躍してくれているジェンの現地スタッフたち。ナツメの実も、彼らの活動を応援してくれているのかもしれません。


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アフガニスタンで厳しい状況にある方々が、一日でも早く自立できるように、ジェンは継続して活動していきます。みなさまのあたたかいご支援を、お願いいたします。

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11月 28, 2024 事務所・スタッフ |

2024年10月29日 (火)

絶望と共に「帰還」した故郷で

今回は、パキスタンから帰還し、ジェンの生計向上事業に参加した女性のエピソードをご紹介します。彼女は度重なる苦難を乗り越え、ジェンの事業で自立へのきっかけを掴みました。

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私はアフガニスタン出身のファウジアです。住み慣れたパキスタンを離れることを余儀なくされ、最近アフガニスタンに帰還しました。現在はナンガルハル県ベスード地区に住んでいます。

以前は、パキスタンのペシャワールでとても幸せな生活を送っていました。夫は日雇いではありましたが、毎日仕事があり、上の2人の息子は学校に通い、将来のために一生懸命勉強していました。私はNGOが運営する裁縫センターで、服の仕立ての見習いとして働いていました。


しかし5年前、私の人生を変える悲劇が起こりました。夫がパキスタンの建設現場で作業中、ビルの3階から落ち、亡くなったのです。その日から私はたった一人で、3人の息子を育てていかなければなくなりました。

夫の訃報を受け取った時、絶望的な気持ちになりました。幸せだった日々は奪われ、私たちの生活は完全に変わってしまいました。毎日の食事など、必要最低限のものを確保するため、私はやむなく上の息子たちを退学させ、レンガ製造工場で働かせなければなりませんでした。私は、縫製の仕事をしていましたが、機材を借り受け、自宅で小さな仕立て屋を始めることができました。1年以上厳しい状況が続きましたが、苦労が報われ、私たちはなんとか自活できるようになりました。

パキスタン政府からアフガニスタンへの強制送還に関する通知を受け取ったとき、夫の訃報を受取った時のような衝撃を受けました。幾重もの努力のうえに築き上げた、私たちの希望は打ち砕かれ、軌道に乗り始めた仕立ての仕事も奪われ、私たちは悲しみに暮れながらアフガニスタンへの帰還を余儀なくされました。

夫の出身地には、家も、帰る場所もありませんでした。私が仕事を見つけられるか、少なくとも息子たちが働けるようにと願っていました。空きのある借家を見つけましたが、家賃を払う余裕がなく、途方に暮れていたところ、幸運なことに、私たちの境遇を知った近所の人が、半年分の家賃を払ってくれました。

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ジェンの事業に参加できるとわかった時には、とても嬉しく、私の人生をいい方向に変えてくれると直感しました。縫製の技術がある帰還民の女性が自立できるように、ジェンがミシンやアイロンなどの道具を提供してくれたのです。合わせて開催してくれたビジネス研修では、色々なことを学びました。利益を計算して値付けをすることや、トレンドを調査しながら商品を提案することなどです。私は希望を取り戻し、前向きな気持ちで、自宅で仕立ての仕事を始めました。ジェンの研修で教わったことを全て実践しています。自分の仕事を始められたことで、息子たちにホテルの清掃の仕事を辞めさせ、学校に入学させることができました。

今では、家賃、食事、医療、学用品など、家族のニーズを満たすことができます。窮地に追い込まれた私たちに、タイムリーな支援をしてくれたジェンと日本の方々に心から感謝しています。私は、自分の仕事を増やし、子供たちが学校を卒業するまでサポートできるよう、一生懸命働くと決意しました。

現在の制限下では、人生は時に耐え難い困難を伴うことがあります。しかし、私は幸運にも、仕立ての仕事を始めるための手段と知識を得ました。おかげで前に進むことができ、安定した生活への希望を持てるようになりました。

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アフガニスタンで厳しい状況にある方々が、一日でも早く自立できるように、ジェンは継続して活動していきます。みなさまのあたたかいご支援を、お願いいたします。

いつも応援をありがとうございます。
ジェンは厳しい環境にいる人びとに寄り添い、
「自立した生活を取り戻すこと」と「心のケア」を中心に支援活動を行っています。
ジェンとともに「生きる力」を支えてください。

今回のみのご寄付はこちらから
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10月 29, 2024 生計回復事業 |

2024年9月11日 (水)

「帰還」した場所での安心を届けています

 

ジェンは、「帰還民支援を開始します」でご紹介した通り、アフガニスタン・ナンガルハル県を中心に帰還民支援を開始しております。そのうち今回は、食糧支援の様子についてお伝えします。

 

昨年9月から今年の6月の間に、パキスタンからアフガニスタンに帰還した人びとの数は、実に63万人以上に上ります。やむを得ず帰還した人びとの多くが、ジェンが活動するナンガルハル県に滞在しています。その内、親戚を頼って住む場所を見つけられる人は2割にも満たず、貸家を見つけなければいけない人びとは4割弱、3割程度の人びとはいつまで滞在できるかわからないながらも、キャンプで生活しているそうです。

 

ジェンはナンガルハル県の中でも、帰還した人びとが特に多く居住する4地区で、合計1,500世帯以上の人びとに食糧支援をしています。

 

写真は、慢性疾患を患っておられる方のご家族、また女性が世帯主のご家族に食糧パッケージをお渡しした際の様子です。

 

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アフガニスタンに「帰還」したとは言っても、中にはパキスタンで生まれ育ち、初めてアフガニスタンで生活する方々もいらっしゃいます。取るものもとりあえず「帰還」し、新しい土地での生活を一から始めなければならない人びとの不安は、想像に難くありません。

 

ジェンがお渡しした食糧パッケージが、そのような方々に大きな安心をお届けできているであろうことが、写真からも伝わってきます。

 

アフガニスタンで厳しい状況にある方々が、一日でも早く自立できるように、ジェンは継続して活動していきます。みなさまのあたたかいご支援を、お願いいたします。

9月 11, 2024 支援物資配布 |