2016年1月14日 (木)

6年間、ご支援ありがとうございました

 2016年1月をもってハイチでの支援を終了することになりました。今まで支援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

 ハイチで支援を始めたのは2010年1月16日でした。2010年1月12日に起こったハイチ大地震に対応するために、地震で最も被害が大きかった地区グランゴアーブ市とレオガン市で支援活動を開始し、被災者4700世帯にトタン板、ハンマー、釘などの緊急シェルターキットを配布しました。

 2010年5月からは水衛生事業を開始し、主に給水施設の修復・建設、水管理委員会の結成・育成、衛生啓発を中心に活動を行いました。

 震災から6年が経ち、当初と比べると復興は進んでいますが、震災以前から西半球で一番貧しい国と言われていました。基礎的なインフラなど、さらなる発展の余地はあることでしょう。

 JENはハイチから去りますが、これまでに出会った地域の仲間が、これからもハイチの国づくりに携わり、国や地域の発展に貢献してくれることを願っています。

 あらためて、6年間のご支援に深く感謝申し上げます。

【ララ祭での衛生啓発活動をするJENスタッフ】
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【衛生啓発の訓練を終えた衛生啓発ボランティアとJENスタッフ】
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1月 14, 2016 ハイチ, 事務所・スタッフ, 水管理委員会, 水衛生改善, 給水施設修復・建設, 衛生教育 |

2015年12月24日 (木)

ハイチの食料品購入事情

 ハイチで暮らす人々は、どこで生活用品や食料品を買うのでしょうか。

 まず、ハイチの人は、地元の市場で生活用品や食料品を購入します。事業地レオガンにも市場があり、品数は限られますが、野菜や肉など生活に必要なものを購入することができます。ただ、大抵の市場は、衛生環境が悪い場所で食料品を販売しているので、購入する際はしっかりと判断する必要があります。

【ゴミや泥水の横で野菜や果物が販売されている(地元の市場にて)】
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 次に、多くの外国人は、首都近郊にあるスーパーマーケットで、生活用品を購入します。ほとんどの生活物資は、アメリカやドミニカ共和国などから輸入されるので、とにかく価格が高いのが特徴です。特に乳製品は高く、牛乳は1パック約120グルド(250円)~、卵は1ダース12個で250グルド(約530円)~します。また、ハイチで取れる野菜は安いのですが、輸入される野菜は日本より高いのが印象です。

【スーパーマーケットで購入した白菜、209グルド(約440円)】
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【スーパーマーケットで購入した人参、113グルド(約240円)】
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 ハイチでは電気や水道などインフラ関係が十分に整っていません。家、電気、インターネット、水など、日本と同じ生活水準で生活をしようとなると、日本以上にお金がかかるのが特徴です。



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12月 24, 2015 ハイチ, 文化、生活、習慣 |

2015年12月10日 (木)

天皇誕生日レセプション

 12月2日、在ハイチ日本大使館主催の天皇誕生日レセプションに参加してきました。ハイチの政府関係者や援助機関、在留邦人など総勢で300名以上が参加し、立食パーティーが行われました。

 セレモニーが始まると、日本大使のスピーチ、ハイチ政府代表の方のスピーチがフランス語で行われました。

 参加者には、和食をはじめとする食事や、ビール、シャンパン、日本酒などの飲み物も振る舞われました。和食には寿司や天ぷらが含まれ、これらはハイチで唯一の日本食レストラン「Haiku」に注文したそうです。
 以前、個人的にこのレストランに行った際に、サーモン丼を20ドルほどで食べましたが、味は良かった記憶があります。
 ハイチには、生の魚を食べる文化がないので、こういった寿司に使えるようなネタを購入することはできません。値段が総じて高めである理由は、刺身や寿司に使われるネタはマイアミの市場から船便で取り寄せているためだそうです。

【レセプションの壇上、ハイチと日本の国旗】
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【日本文化についても紹介】
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【ハイチで唯一の日本食レストラン「Haiku」のサーモン丼】
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12月 10, 2015 ハイチ, 文化、生活、習慣 |

2015年11月26日 (木)

キオスク型給水施設5号棟の建設が完了

 JENハイチ事務所では、2010年に大震災で被害が大きかったレオガン地区とグランゴアーブ地区を中心に、水衛生のプロジェクトを実施しています。

 グランゴアーブ地区バジェラー村では、キオスク型給水施設1棟の建設を行いました。また、この給水施設の周りには水道網がなかったので、給水施設に水を引くために、200メートルの水道網の延伸も行いました。

 このキオスク5号棟は、この地区に住む35世帯とバジェラー近くに住んでいる2つのコミュニティの15世帯にも利用される予定です。建設が完了すると、早速住民が水を汲みに来ました。以前、この地区に住んでいる住民は、徒歩約20~30分かけて、キオスク4号棟に水を汲みに行っていました。この建設により、水を汲みに行く時間が大幅に短縮できます。

 完成したキオスク型給水施設は水管理委員会に引継ぎ、今後は住民自身で維持管理していく予定です。

【完成したキオスク型給水施設5号棟】
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【水を汲む住民】
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【水量測定器を設置している様子】

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11月 26, 2015 ハイチ, 水衛生改善, 給水施設修復・建設 |

2015年11月19日 (木)

コレラ感染者大量発生のその後

 ハイチでは、2010年の大震災以後、各地でコレラ患者が大量に発生しました。ハイチ政府の統計では、2010年10月から2014年1月までの間で、コレラ感染者が698,304人を記録しました。

 2013年に限ると、58,505人になり、2012年の100,000人から大幅に減少しました(注1)。2014年はさらに半減し、約26,000人になりました(注2)。
ここまで見ると、コレラ感染数は震災直後と比べると大幅に減り、成功したように見えます。

 しかし、2015年1月から8月の感染者数は21,666人に上り、2014年の同じ期間と比べて147%も増えました(注3)。このデータを見る限り、各機関のコレラ対策の限界が見えてきました。

 コレラは患者の糞便や吐瀉物に汚染された水や食べ物を口にすることによって感染します。ハイチでは、特に貧困層の人びとが安全な水、衛生施設や保健所へアクセスするのが困難であり、コレラ感染が止まらない状況につながっています。

 また、資金不足も理由のひとつに挙げられます。国連が必要と掲げる2014年から2015年の資金は、まだ目標額の46%しか集まっていません。資金が集まらなければ、安全な水を提供する施設などの衛生施設を建設することができません。

 これらの問題が解決されない限り、コレラを完全に消滅させることは困難かもしれません。

 JENは一人でも多くの方に安全な水を提供できるように、引き続きサポートしていきます。

【首都中心街を流れる川。ゴミなどが捨てられている】
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(注1)UN fact sheet: Combatting cholera in Haiti. (United Nations, 2014)
(注2)Haiti: 5 things you need to know. (UNOCHA, 2015)
(注3)Haiti: Cholera figures as of August 2015. (UNOCHA, 2015)


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11月 19, 2015 ハイチ, 文化、生活、習慣, 水衛生改善 |

2015年10月22日 (木)

森林破壊が進むハイチ

 ハイチから隣のドミニカ共和国に入ると、緑や木が増えることに気づきます。
 カリフォルニア大学ロサンゼルス校の教授で生物地理学者のジャレド・ダイアモンド(Jared Diamond)は、著書「Collapse」の中で、「ドミニカ共和国の28%の国土は森林で覆われている一方、ハイチにある森林は国土の1%」と述べています。同じイスパニョーラ島にある国なのに、なぜこのような差が生まれるのでしょうか。

 その理由は、人々の生活にあります。ドミニカ共和国では、料理を作る際にガスが使われていますが、ハイチでは炭を利用して火をおこし料理を作っています。
 農村に住んでいるハイチの人びとの収入源は限られます。木を切り倒し、炭を作ることが、貴重な収入源となります。また、貧困層が多いハイチでは、ガスを買う金銭的な余裕はありません。負のサイクルに陥っているのです。

 森林がなくなれば、水を蓄えること、やがては私たちの住む場所も失われます。負のサイクルから抜け出し、少しでも森林破壊を抑制できるように、考えていかなければいけません。

【炭を作る住民】
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【市場に販売しに行く前の炭】
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10月 22, 2015 ハイチ, 政治、経済、治安, 文化、生活、習慣 |

2015年10月 8日 (木)

水源修復工事が完了

 本事業地グランゴアーブ(Grand Goave)地区バジェラー(Bas Gerard)地域にて、水源の修復工事が完了しました。

 修復する以前は、コンクリートで覆われている隙間から水が外に流れ出ていました。そのため、水が逆流し、汚染水が水源に入ってくる可能性がありました。また、水が外に漏れることにより、貯水槽へ流れる水の量が少なくなっていました。

 水源をコンクリートで修復・強化したことにより、より安全な水を住民に供給し、水の量もこれまで以上に確保することができます。

 バジェラー(Bas Gerard)地域では、水源からキオスク型給水施設と私用水道を通して、安全な水が供給されています。水源が汚染されることは、全ての給水施設が汚染されることに繋がります。JENは住民が安全な水にアクセスできるように、引き続きサポートしていきます。

【修復前の水源】
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【修復後の水源】
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10月 8, 2015 ハイチ, 水衛生改善, 給水施設修復・建設 |

2015年9月24日 (木)

キオスク型給水施設1棟の建設開始

 JENの事業地グランゴアーブ地区バジェラー地域にて、キオスク型給水施設5号棟の建設を開始しました。
 
 バジェラーでは、今年に入りキオスク4棟の改設を終了しましたが、4号棟に多くの住民が集中しました。水を汲む待ち時間の短縮や住民のトラブルを防ぐため、4号棟から250メートル離れた場所に、5号棟を建設しています。

「昔は川の源泉まで片道45分歩いて水を汲みに行っていました。キオスク4号棟ができてからは片道25分、建設中のキオスク5号棟が完成すると片道10分で水を汲みに行けます」
 と話すのは、建設中のキオスク近くに住む女性の方。

 キオスク5号棟は、この地区に住む35世帯とバジェラー近くに住んでいる2つのコミュニティの15世帯にも利用される予定です。

【建設中のキオスク給水施設5号棟】
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【建設中のキオスク近くで洗濯をする住民】
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9月 24, 2015 ハイチ, 給水施設修復・建設 |

2015年9月10日 (木)

ハイチで起こる干ばつ

 ハイチでは今年、雨季にあたる4月から6月の間の干ばつによる影響が出ています。
CSSA(Coordination Nationale de la Sécurité Alimentaire)によると、この干ばつにより農産物の収穫が大幅に減っていて、普段の年の半分にも満たない収穫量になる見込みです。異常な天候は今年の12月まで続き、雨量は例年の平均以下になることが予想されています。

 収穫量の減少とそれに伴う物価の値上がりによって、ハイチ南半島、北西県、北東県、南東県に住む貧しい人々の食糧確保が難しくなることが予測されています(注1)。
 また、灌漑施設の不足や川の水位の低下が、農民や地方の住民の生活をより一層厳しくすることが予想されます(注2)。

 今のところ、レオガン地区では干ばつの影響は目立っていませんが、今後の天候によっては被害がでる可能性があります。 JENは引き続き安全な水へのアクセスを提供し、住民の生活に貢献できるように活動を行っていきます。

【水位が下がった川で洗濯をする人々 事業地バジェラーにて】
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(注1) HAITI Perspectives sur la sécurité alimentaire (CNSA ,2015).

(注2) Bulletin humanitaire Haiti numéro 52/Juillet 2015(OCHA, 2015




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9月 10, 2015 ハイチ, 政治、経済、治安, 水衛生改善 |

2015年8月27日 (木)

新スタッフの挨拶

 皆さん、こんにちは。新しくJENハイチで働くことになりました、ハイチ出身のアレキサンダー・フランソワです。私は総務チームの一員として仕事をしています。

 働き始めた最初の週、レオガン市で働くJENスタッフとかれらの仕事にとてもよい印象を受けました。プログラムを担当しているスタッフが各担当地域の情報をシェアするために、朝ミーティングをしてから現場に行くのを見て、効率的で、チームワークがよい、と感じました。
 また、私は幸運にもJENスタッフに温かく迎え入れられました。オフィスにいる番犬ロカも私のことを出迎えてくれました。私がロカに慣れるまでには時間がかかるかもしれませんが。

 ララ祭で有名なレオガン市で働くのは2回目です。日本の団体で働くのは今回が初めてですが、これからJENのスタッフとして、事業に貢献できるように取り組んでいきます。

【総務チームの一員として働くアレキサンダー・フランソワ】
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【番犬ロカ】
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8月 27, 2015 ハイチ, 事務所・スタッフ |

2015年8月13日 (木)

ハイチの公共交通機関

 ハイチの住民は通勤や町を移動する際、どんな交通手段を使うのでしょうか?

 まず、都市間の移動には、タプタプと呼ばれる路線バスや、ミニバンタイプのバスがあります。 タプタプは値段が手ごろなので利用しやすいですが、各駅に止まるので、移動するのには時間がかかります。ミニバンタイプのバスは停車する回数は少ないですが、タプタプよりは値段が高くなります。

 次に、街中での移動で活躍するのは、バイクタクシーです。渋滞もあまり影響なく進むことができるので、とても便利です。首都ポルトープランスのような大規模な都市になると、タプタプが各地区を走っています。また、数は少ないですが、タクシーもあります。

 JENのオフィスがあるレオガンからポルトープランスの片道あたりの値段の比較をすると、次のようになります。(2都市間の距離は約35キロ)

 ‐ミニバン型のバス(50グルド=約110円)乗り換えなしで行ける。
 ‐タプタプ(35グルド=約75円)途中で1回乗り換えをしないといけないが、値段は安い。
 ‐バイクタクシー(300グルド=約660円)行きたい場所に行けるが、値段が高い。

【タプタプ ポルトープランス市内にて】
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8月 13, 2015 ハイチ, 文化、生活、習慣 |

2015年7月30日 (木)

水管理委員会紹介 ―バジェラー地域編―

 今回は本事業地グランゴアーブ地区Bas Gerard(バジェラー)地域にある水管理委員会を紹介します。

 JENハイチは、2014年11月からバジェラー地域を支援しており、4棟のキオスク型給水施設の建設が完了しました。この地域では、過去、ハイチ水衛生局により水管理委員会が設置されたことはありますが、現在は活動していません。
そのため、バジェラー地域に住む人々でキオスク型給水施設を管理できるように、JENは水管理委員会の再結成と育成を支援しています。

 ハイチ水衛生局の合意のもと、既に水管理委員会のメンバーが決まりました。現在は、水管理委員会のメンバーが住民向けに会議を開き、キオスクの利用の仕方や、水の利用料の徴収などについて説明しています。

 給水施設や、それを繋ぐ水道管は、しばしば故障することがあります。ハイチでは、管理する組織や修理費がなく、そのまま放置されている給水施設がたくさんあります。水管理委員会は、徴収した金額を修理費に充てるなど、地域住民が持続的に給水施設を管理できるよう対処しています。

【水管理委員会のメンバーがバジェラー地域の住民に水の利用料などの説明をしている様子】
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【水管理委員会のプレゼンテーションを聞いているバジェラー地域の住民】
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【水道管の修理をしている様子】
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7月 30, 2015 ハイチ, 水管理委員会, 水衛生改善 |

2015年7月16日 (木)

ハイチの観光事情

「ハイチってどこにあるの?」「そんな国あったっけ?」と思う方も多いかもしれません。ご存知の方も「西半球で一番貧しい国」として知っているのではないでしょうか。

 ハイチはカリブ海の島国ということもあり、観光産業としての潜在能力を持っている国です。今回はそんなハイチの旅行事情を紹介します。

 世界銀行の統計によると、2012年に外国からハイチに訪れる観光客は295,000人でした。隣国であるドミニカ共和国は約15倍の4,563,000人でした(注1)。
ハイチに訪れる観光客が少ない理由は、治安悪化や政情不安のため、各国政府が渡航を勧めていないことが挙げられます。日本の外務省の海外安全情報によると、首都ポルトープランスは、「渡航の延期をお勧めします」と定められています。ハイチに来る際は、情報を確認し、安全を確保した上で、来られるのが望ましいでしょう。

 では、ハイチに来る観光客はどこを訪れるのでしょうか?

 まずハイチ北部にある世界遺産のシタデル・ラフェリエールはハイチ観光の目玉です。巨大な石造建造物は、フランスの侵攻を防ぐために1805から1817年の間に建てられたと言われています。また駐車場から建造物までは急な坂道なので、馬に乗って上ることができます。

 次に世界遺産の候補に挙がっているジャックメルの町には、フランス植民地時代の建造物が残っており、18世紀にタイムスリップしたかのような雰囲気を楽しめます。また海に面していることもあり、キレイなビーチを見ながら、過ごすこともできます。

 これら二つの都市は、比較的治安が安定しているハイチ北部と南部にあり、観光客が訪れやすい場所でもあります。

【シタデル・ラフェリエール】
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【観光客は馬に乗って建造物があるところまで上ります】
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【ジャックメルの海】
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(注1) International tourism, number of arrivals. (The World Bank).

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7月 16, 2015 ハイチ, 文化、生活、習慣 |

2015年7月 2日 (木)

水管理委員会紹介 ―ジャンティ地域編―

 今回はグランゴアーブ地区ジャンティ地域の水管理委員会を紹介します。
 
 村を歩いていると、給水施設が壊れてそのまま放置されている状況が、しばしば見受けられます。JENハイチは給水施設の建設に加え、水管理委員会の育成・強化に取り組んでいます。水の使用を管理する習慣がなかった現地コミュニティで、住民自身の手で水供給施設の維持管理を行えるように能力強化を支援しています。

【キオスク型給水施設を管理しているキオスク管理人】
150702

 ジャンティ地区では、2年前から支援を続けてきた結果、水管理委員会自身で給水施設の維持管理を行えるようになっています。今年の1月~3月にキオスク型給水施設で徴収された利用料は3,985グルド(約1万円)でした。

 また、水管理委員会は、私用水道も管理していて、その月毎の徴収率は67%を超えています。私用水道を持つ家庭では水量測定器が活用されていて、水の消費量をもとに、月ごとに使用料を支払います。これらの利用料は、給水施設の維持管理に使われています。 

【家庭内にある私用水道】
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【給水施設の水質検査をする水管理委員会のメンバー(真ん中)とJENスタッフ】
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7月 2, 2015 ハイチ, 水管理委員会, 水衛生改善 |

2015年6月18日 (木)

水源の修復工事の様子を紹介します

 本事業地グランゴアーブ地区Bas Gerard(バジェラー)にて、現地での調査を踏まえたDINEPA(ハイチ水衛生管理局)との合意のもと、5月から水源の修復工事を始めました。

 水源はコンクリートで覆われていますが、損傷した箇所から汚染水が逆流し、水源を汚染する可能性がありました。バジェラーの住民はこの水源からキオスク型給水施設や私用水道を通して水を得るため、安全な水を供給するには、水源の修復工事が必要でした。

 今回の工事により、汚染水の進入を防ぐだけでなく、水の量もこれまで以上に確保される予定です。

【水源のコンクリート隙間から水が流れている様子】
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【水源の修復工事をしている様子】
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 また、訪問時、収穫期を迎えたマンゴーをたくさん見ることができました。マンゴーの木は村のいたる所にあるので、住民にとっては珍しいものではなく、とても身近な果物です。バジェラーの住民数に対し、マンゴーの数は明らかに多く、収穫期を迎えても、木の下にそのまま放置されているマンゴーもあります。

【収穫時期を迎えたマンゴー】
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【木から落ち、放置されているマンゴー】
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6月 18, 2015 ハイチ, 水衛生改善, 給水施設修復・建設 |

2015年6月 4日 (木)

給水施設の建設が完了!

 JENハイチ事務所は、レオガン地区Haut Gerard(ウジェラー)にて既存蛇口式給水施設6棟からキオスク型給水施設6棟へ改設。グランゴアーブ地区Bas Gerard(バジェラー)では、既存蛇口式給水施設3棟からキオスク型給水施設4棟へと改設しました。

 これらの給水施設は今後、建設物の検証を行い、水管理委員会へと引き継ぎます。毎月利用料を徴収するシステム導入など、地域の人びとが給水施設を維持管理していけるように研修を行う予定です。

 キオスク型給水施設の特徴は、利用料の徴収がより確実に行えるシステムであるため、水管理委員会が主導して長期的な維持管理ができることです。また、水の供給がコントロールできるため、水の無駄遣いも防げ、給水所が管理されるので水因性感染症の予防にもつながります。

【キオスク2号棟、Haut Gerardにて】
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【キオスク5号棟、Haut Gerardにて】
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【キオスク3号棟、Bas Gerardにて】
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【水管理委員会Bas Gerard代表(左側)とJENスタッフ(右側)】
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 この給水施設は、日本の外務省及びハイチの人々を支えてくださっている支援者の皆さまのご支援により建設することができました。Haut GerardやBas Gerardの人々に安全な水を届けるためになくてはならない設備となっています。



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6月 4, 2015 ハイチ, 水管理委員会, 給水施設修復・建設 |

2015年5月21日 (木)

事業地紹介 ―バジェラー編―

 今回は、本事業地であるグランゴアーブ地区バジェラー地域を紹介します。

 バジェラーは以前紹介したもう一つの本事業地であるレオガン地区ウジェラーから車で5分ほど行ったところにあり、160世帯が住んでいます。
住民は主に農産物、家畜、炭の販売を通して、現金収入を得ています。バジェラーは山間に位置しているので、耕すのに十分な土地がありません。そのため、住民にとって炭は貴重な収入源で、木を切り倒し、焼き、近くの市場にて販売しています。

 JENはこのコミュニティでキオスク型給水施設4棟の改設、貯水槽1棟の修復、水管理委員会の育成、衛生促進活動を行っています。

【建設中のキオスク型給水施設(右側)】
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【修復中の貯水槽】
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 3月23日には「世界水の日」に因み、衛生的に正しい水のくみ方、水の保護の仕方、浄化剤を使った水の処理の仕方などの衛生活動を行いました。

 今後は、給水設備を建設、修復することにより、地域住民が安定かつ平等に安全な水にアクセスできるようになること。公衆衛生に関する主要な危険(コレラ感染含む)を認識し、衛生状態の悪化を防ぐための手段を取れるようにすること、をめざし、継続して衛生促進活動を行っていきます。

【炭を作っている住民】
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5月 21, 2015 ハイチ, 水衛生改善, 給水施設修復・建設, 衛生教育 |

2015年5月 7日 (木)

統計で見るハイチのコメ事情

 ハイチの人に「代表的な食べ物と言えば、何ですか?」と質問すると、ほとんどの方は「コメ」だと答えるでしょう。その理由は、町の食堂で食事をすると、コメが必ずと言っていいほどメインコースの一部として、出てくるからです。
 しかし、ほんの数十年前までは、コメは代表的な食べ物ではありませんでした。

【典型的なハイチの食事】
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 データを見ると、1980年のハイチでの精米消費量は63,000トンでしたが、2014年には約8倍の490,000トンの消費量を記録しました(注1)。

 一方で、年間の国内精米生産量は統計を見てもほとんど変化はなく、1980年の生産量が62,000トンに対し、2014年は69,000トンでした(注2)。

 消費量が増えた要因として、政府の政策の影響が挙げられるでしょう。
 以前、ハイチの人びとは自分たちが消費するコメは自国で生産していましたが、1990年代半ばに、国際通貨基金が推進する貿易自由化政策のもと、政府はコメの輸入税率を35%から3%に引き下げました。まもなく、アメリカ政府からの助成で、価格が安いアメリカ産のコメが国内の市場に流入した結果、国内のコメの価格は下落し、アメリカと競争することが難しくなりました(注3)。

 今日では、ハイチは世界の中で5番目に多いアメリカ米の輸入国です(注4)。
 また、コメ消費量の80%近くを輸入に頼っています(注5)。

 消費量が増えた要因は他にもあると思いますが、コメが代表的な食事になったのは、少なくとも政府の政策が影響しているでしょう。

【町の市場で売られているアメリカ産の米】
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(注1)Haiti Milled Rice Domestic Consumption by Year (index mundi, 2015)

(注2)Haiti Milled Rice Production by Year (index mundi, 2015)

(注3)Country profile – Haiti(New Agriculturist, 2007)

(注4)Beyond Aid: The Flood of Rice in Haiti(Poverty cure, 2013)

(注5)Haiti no longer grows much of its own rice (Oxfam America, 2008)



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5月 7, 2015 ハイチ, 文化、生活、習慣 |

2015年4月23日 (木)

「ララ祭」の様子を紹介します

 去る4月5日、JENはレオガン地区のララ祭に参加し、手洗い促進活動を行いました。

 ララ祭は、ハイチでカーニバルに次ぐ2番目に大きな宗教的・文化的行事で、各地で祭りが催されます。
 ララは1日限定のイベントではなく、主に四旬節(復活祭前の準備期間)に行われ、ミュージシャンがドラム、トランペットや竹のホーンを演奏し、グループメンバーと踊り、町の至る所で小さなパレードが行われます。

 レオガンのララ祭は、国内で最も知られており、今年は祭りが4月5日に行われました。

【レオガンの中心部で行われているララ祭のパレードの様子】
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【パレードでダンスをしている女性ダンサー】
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 パレードは夕方の6時から始まり、翌朝まで行われました。今回は深夜に大雨が降ったので、見物客の多くが祭りの会場を後にしましたが、夜の8時ごろには多くの見物客が大通りに押し寄せ、パレードを楽しんでいました。

『「ララは私の文化」と「浄化された水+手洗いは私の健康のために」』をテーマに、JENはスタンドを1つ借り、手洗い促進活動を行いました。見物客を対象に手洗いの重要性を伝え、子どもたちには水・衛生に関するクイズを出し、正解した子には、水の浄化剤をプレゼントしました。また、実際に石鹸を使い、手洗いの実践も行いました。

 ハイチ文化と水衛生をキーワードにした今回の活動は、JENにとっても、多くの人たちとの交流や、水衛生の重要性を共有できる良い機会となりました。 

【JENのバナー『「ララは私の文化」と「浄化された水+手洗いは私の健康のために」』】
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【手洗いを実践している子どもをサポートしているJENスタッフ】
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【衛生促進活動をしているJENスタッフ】
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4月 23, 2015 ハイチ, 文化、生活、習慣, 衛生教育 |

2015年4月 9日 (木)

「世界水の日」イベントの様子を紹介します

 皆さんは「世界水の日」を知っていますか?
「世界水の日」は、水資源の重要性について世界中の人々と一緒に考える日です。1993年に国連総会で、3月22日を「世界水の日」とすることが定められました。

 現在JENハイチでは、水・衛生プロジェクトを行っています。今回の機会を活用し、去る3月23日、2つの地域で水・衛生のイベントを行いました。

 イベントでは、衛生的に正しい水のくみ方、水の保護の仕方、浄化剤を使った水の処理の仕方などの衛生活動を行いました。また、水衛生についてのクイズ、イス取りゲームなどを通し、地元住民との交流も行いました。当日は、世代関係なく大人から子どもまで、多くの住民がイベントに参加し、笑いあり、踊りあり、学びありのイベントとなりました。

【浄化剤を使った水の処理方法を説明している衛生促進員】
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【イス取りゲームに参加している住民】
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 ハイチは世界的に見てコレラ感染者数が多い国と言われています。主な原因として、安全な水へのアクセスや改善された衛生施設の利用を、全ての住民がいつでもできるわけではないことが挙げられます (注1)。また、正しい衛生知識を得ても、行動に結びつけないこともあることから、継続して知識を伝達することが求められます。

 JENでは、地域住民が自ら公共の給水施設を長期的に維持管理できる体制を構築するためのサポートをするととともに、衛生促進員が主体となり、衛生知識の普及にも努めています。今回のイベントを通し、より多くの人々に水の重要性を理解し、実践してもらえたと思うので、今後も継続してサポートをしていきます。
 
【手洗いの実践をしている様子】
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【クイズに答えている参加者】
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(注1) United Nations Support Plan for the elimination of the transmission of cholera in Haiti 2014-2015 (United Nations in Haiti, 2014).

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4月 9, 2015 ハイチ, 衛生教育 |

2015年3月26日 (木)

衛生促進活動の様子を紹介します

 JENは現在行っている事業では、今月から本格的に衛生促進活動を行っています。

 本事業で支援している6地域のうち、レオガン地区デピュレシ地域の小学校での活動をご紹介します。

 訪問時、5人の衛生プロモーターが、各学年に手洗いの仕方やなぜ手洗いが必要なのか、またその重要性を説明しました。その後、実際に子どもたちが手洗いを実践しました。

【子どもが手洗いの実践をしている様子】
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【指の先まで念入りに手洗いをしています】
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 事業地において、特に下痢は日常的な病気となっています。感染リスクが高くなる住民の行動の例として、家畜の水飲み場や洗濯場として使われている川の水を飲料水として使うことや、水くみで家庭に持ち帰った水を非衛生的なバケツに保存すること、などが挙げられます。

 住民が公衆衛生に関する危険を認識し、衛生状態の悪化を防ぐために、JENは手洗いの仕方以外にも、学校や保健所、また戸別訪問等を通して、トイレの使い方、水のくみ方・運搬・保管の仕方などの衛生活動を行う予定です。

【衛生プロモーターが手洗いの仕方を子どもたちに教えている様子】
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【子どもたちが手洗いの歌を歌っている様子】
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【緊急企画】イラク国内避難民緊急支援活動報告会を開催します。

イラク北部にて緊急支援に従事しているスタッフが帰国します。
今、イラク北部でなにが起こっているか、JENは国内避難民に対しどのような支援活動を行っているか、今後の活動の展開は、など、緊急支援活動報告会でご紹介いたします。
ふるってご参加ください。

くわしくはこちら

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3月 26, 2015 ハイチ, 衛生教育 |

2015年3月12日 (木)

ハイチ大地震 ―私の経験―

 私は2013年7月からJENでオフィスアシスタントとして働いています。
 

 既に5年が経過しましたが、2010年1月12日に大地震が起きたときのお話をします。

 地震が起きたとき、私はレオガン地区から約10キロ離れた家に、家族8人でいました。そのような激しい揺れを体験したのはそのときが初めてだったので、とても驚きました。
 

 家は全壊し、ケガをした私は、家族と一緒にバスで1日かけて隣国のドミニカ共和国の病院に行きました。その途中、道には建物の瓦礫が散乱し、通行することが極めて難しい状況でした。

【筆者】
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 全壊した家は、NGO団体が修復してくれました。一番辛かったのは、建物の倒壊によって、義母が亡くなったことです。この一瞬の出来事は私の人生の中でも、忘れることはできないでしょう。

【震災後、再建されたレオガン地区中心部の道路】
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 今年で震災から5年が経ち、多くの家は建て直され、道も元通りに復元されました。私はJENの一員として、引き続き地域の発展に貢献したいと思います。


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3月 12, 2015 ハイチ, 事務所・スタッフ |

2015年2月26日 (木)

事業地紹介 ―ウジェラー地域編―

 今回は、本事業地でもあるレオガン地区ウジェラー地域を紹介します。ウジェラーはレオガン地区中心部から車で30分ほど行ったところにあり、150世帯が住んでいます。
JENは11月からこのコミュニティで、キオスク型給水施設6棟の改設、水管理委員会の育成、衛生促進活動を行っています。
 
【町の主要道路】
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 町を歩いていると、よく目にするのが、キャッサバです。キャッサバとは熱帯地域にてよく栽培されているイモの一種で、食感はジャガイモやサツマイモに似ています。乾燥している地域でも容易に育つことから、住民がよく栽培しています。

【町で栽培されているキャッサバ】
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 訪問時、衛生促進を行うボランティア向けに衛生講習会を行いました。内容は、水を汲む時、持ち運ぶ時に用いる容器について、またどのような手段が適切であるかを話し合いました。今回講習を受けたボランティアの皆さんは、今後、戸別訪問や講習会を住民向けに開き、衛生知識の普及を行う予定です。

【衛生促進ボランティアが衛生講習会で討論している様子】
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2月 26, 2015 ハイチ, 水衛生改善, 給水施設修復・建設, 衛生教育 |

2015年2月12日 (木)

新事業開始 ―(3)衛生促進活動編 ―

 今回は、本事業3つ目のアプローチである衛生促進活動についてご紹介します。

 コレラ等の水因性感染症を予防するために、現在6つの地域で、住民に衛生知識を普及する活動を行っています。

 本事業でキオスク型給水施設を建設しているウジェラー地域とバジェラー地域では、衛生促進ボランティアを選定し、訓練を行います。その後、各地域で住民向けにボランティア主体の衛生促進集会を行い、また個別訪問や学校を訪問し、衛生知識の普及に努めます。

【手洗いを実践する子どもたち】
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 他に、4つの地域コミュニティでも、引き続き衛生促進活動を行います。これらの地域では、前事業で活動していた衛生促進員を採用し、学校や保健所を訪問することにより、コミュニティ全体に知識が普及することを目指しています。
学校では、手洗い、トイレの使用などの衛生啓発を行う予定です。保健所では、待合室で手洗い用スタンドを用い、一般的に良く知られているコレラや腸チフス以外の感染症についての情報も広め、その予防についても啓発していく予定です。

 これらの活動を通し、本事業地の住民が公衆衛生に関する危険を認識し、衛生状態の悪化を防ぐための手段を取ること。また、浄化剤を利用し、住民の健康状態が改善されることを目指しています。

【事務所で衛生啓発の練習をしているJENスタッフ】
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2月 12, 2015 ハイチ, 水衛生改善, 衛生教育 |

2015年1月29日 (木)

新事業開始 -(2)水管理委員会の再結成・育成・強化編 -

 前回は、キオスク型給水施設の改設について紹介しましたが、それを管理できるシステムがないと安定して水を供給することはできません。

 現在、レオガン地区ウジェラーでは、パイプ等の故障により、給水施設の半分しか利用されていません。また、グランゴアーブ地区バジェラーでは、私用の水道網から水漏れが発生し、水が浪費されることで、一部の住民に水が行き渡っていません。

 持続的に給水施設を管理するために、上記2つのコミュニティでは、以前存在していたものの機能していない水管理委員会メンバーの再結成・育成を行っています。
たとえば、給水施設の利用料を毎月徴収するシステムの導入や、適切に管理されるように水管理委員会が率先してガイドライン作りを行う予定です。

 他に、4つのコミュニティ(計2,005世帯)を選定し、水管理委員会のフォローアップを行ないます。これらの地域では、JENのコミュニティ・モビライザー(活動推進員)が2週間に1回程度現場を訪問し、問題があった場合は水管理委員会に対して維持管理を適切に行うよう指導を行います。

【地域住民への維持管理の仕組みや役割の説明をしている様子】
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 プロジェクトの終わりには、上記の6つの水管理委員会が継続して活動すること、給水施設の維持管理費が各委員会で貯蓄・管理され、施設の維持管理が住民主導で実施できるようになることを目指しています。



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1月 29, 2015 ハイチ, 水管理委員会, 給水施設修復・建設 |

2015年1月15日 (木)

新事業開始 ―(1)安全な水へのアクセス編―

 JENハイチでは、支援者のみなさまと日本の外務省の協力により、2014年11月7日から10か月間に渡る水衛生関連の新事業を開始しました。
 このプロジェクトは3つのアプローチで構成されています。今回はその1つである、安全な水へのアクセスについて紹介したいと思います。

 現在、ハイチ西県レオガン地区ウジェラーとグランゴアーブ地区バジェラーの住民は、トイレの未整備及び十分な下水処理が存在しないことから、汚染された水源を利用しています。そのため、この2地区では9棟の蛇口式給水施設を10棟のキオスク型給水施設に改設することを計画しています。

【バジェラーにある蛇口式の給水施設】
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キオスク型給水所とは
1つのキオスクに2~4個の蛇口がついている箱形の建物で、中にいる管理人が水を管理しています。住民はバケツ1個につき1グルド(約2円)を窓越しの管理人に支払います。

【前事業でJENが建設したキオスク】
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キオスク型給水所の利点
(1)利用料の徴収がより確実に行えるシステムであるため、水管理委員会が主導して長期的な維持管理が期待できます。

(2)水の供給がコントロールできるため、水の無駄遣いも防げ、給水所が管理される事により水因性感染症の予防にもつながります。

 10基のキオスク型給水施設は8月には完成して、利用される予定です。




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1月 15, 2015 ハイチ, 水管理委員会, 給水施設修復・建設 |

2014年12月25日 (木)

新スタッフ赴任のご挨拶

 ボンジュール!みなさん、初めまして。12月8日からハイチに赴任した佐野泰隆です。

 こちらハイチは、日中の気温が30°Cまで上がり、日に当たると汗が止まりません。日中は半袖短パンで十分であり、コートで過ごしていた日本と比べると、とても快適に過ごせる気候です。

 現在はレオガン市にある事務所で業務に取り組んでいますが、週に数回、各種手続きや事務用品の買い出しで首都に行くことがあります。首都ポルトープランスは山と海がすぐ近くにあり、町中には坂道がたくさんあります。町の丘から海を見渡した景色は絶景で、カリブの国に来たことを実感できます。

【ポルトープランス市内の様子】
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 業務と並行し、現場スタッフや関係者とのコミュニケーションの向上を目指し、フランス語とクレオール語の勉強にも力を入れています。まだ赴任して日は浅いですが、まず自分の役割を全うし、ジェンのプロジェクトが一人でも多くの人に届けられるように精一杯取り組んでいきます。



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12月 25, 2014 ハイチ, 事務所・スタッフ |

2014年12月11日 (木)

貯水槽建設完了!

 JENハイチ事務所は今年、ハイチ西県レオガン区マシュー地区に貯水槽を建設しました。
 
 この貯水槽は約84立方メートルの水を貯めることができます。重力(土地の高低差)を利用する仕組みになっているため、電力(発電機など)が無くても、この貯水槽から各給水施設に水を運ぶことができます。

建設工事は今年5月に始まり、9月下旬に終了しました。工事の様子をご紹介したいと思います。

【建設作業開始時の状態】
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【柱を建設している様子】
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【壁工事】
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【壁工事の様子】
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【貯水槽の中の様子】
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【コンクリートで壁を固める様子】
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【完成した貯水槽】
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 この貯水槽は、日本の外務省及びハイチの人々を支えて下さっている支援者の皆様のご支援により建設することができました。マシュー地区の人々に安全な水を届けるために無くてはならない設備となっています。



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12月 11, 2014 ハイチ, 給水施設修復・建設 |

2014年11月27日 (木)

水路の修理

「人々に安全な水を届けるための支援」と聞いて、皆さんはどのような活動を思い浮かべるでしょうか。井戸を掘る、貯水槽を建設する、などの支援を想像された方が多いのではないでしょうか。

 JENがハイチで行っている活動のひとつに、水路の改修があります。

 遠く離れた水源から、人々が住む村々まで水を運ぶ水路の建設・改修も、安全な水を届ける支援のひとつの形態と言えます。水路を村々の水供給施設(キオスク型給水施設など)に接続することで、現地の人々はそれぞれのコミュニティで、安全な水を使用することができます。

 住民の方々が自分の村で安全な水を手に入れられれば、遠く離れた水源まで毎日水を汲みに行く必要が無くなり、また村の中に存在する汚染された水を使用することを避けられます。
 

【改修工事を行った水路】
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 JENハイチ事務所は、日本の外務省及びハイチ事業を支えて下さっているお一人おひとりの皆様のご支援により、今年約6kmにわたる水路を改修しました。老朽化した水路の水道管の中には、廃棄物が詰まっているものや、水道管の部品(弁など)が壊れているものもありました。

 改修が行われたことで再度機能するようになった水路は、西県パルム地域のマシュー地区の人々へ安全な水を届けています。
  

【古い水道管から出てきたごみ】
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【水道管の部品(白い部分)を交換】
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11月 27, 2014 ハイチ, 給水施設修復・建設 |

2014年11月13日 (木)

統計で見るハイチの水事情

「西半球の最貧国」― ハイチについて語られるとき、しばしばこの表現が使われます。
 
 

 事実、人間開発指数(人々の生活の質や発展の度合いを測る指数)を見ても、ハイチは世界の187か国中168番目に位置しています(注1)。
 また、ハイチは「後発発展途上国」と呼ばれる、世界で最も貧しい国々のカテゴリーに分類されています。
水衛生、教育、インフラ、保健などの分野において、取り組むべき課題が山積しているのです。

 JENハイチ事務所が支援活動を行っている水衛生分野においても、多くの困難があります。
 

 例えば、ハイチの都市部に住む約4人に1人が、そして農村部に住む約2人に1人が、安全な水にアクセスすることができません(注2)。
 また、ハイチで生まれた5歳以下の子どもたちの約6人に1人が、下痢が原因で亡くなっています(注3)。
 安全な水へのアクセスと、衛生に関する正しい知識があれば、救える命です。

 ハイチにおける、2010年10月から2014年2月までのコレラの推定感染数は706,089件、亡くなった人々は8,592人です。(注4)。
 ハイチは、現在もコレラ感染数が西半球で最も多い国です(注4)。

 皆様からのご支援を受け、JENハイチ事務所はこの2年間で、給水施設の修復・建設や衛生促進活動などを通じて農村部に住む約3,000世帯に支援を届けてきました。
 

 私たちの活動地域は、2010年で最も被害を受けた西県パルム地域です。現地の人々はいつも「水は、命そのもの(Dlo Se lavi)」と口にします。安全な水は、人々の健康や生活の基盤であり、まさに“命そのもの”なのです。

【水汲みをする子どもたち】
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(注1)Human Development Reports(UNDP,2014)

(注2)Joint Monitoring Programme Report 2014:Progress on drinking water and sanitation(WHO/UNICEF、2014), 報告書の中のデータは2012年のもの

(注3) Haiti Meternal and Child Health and Family Planning Portfolio Review and Assessment(USAID,2008)

(注4)Haiti Cholera Response September 2014,報告書のデータはハイチ保健人口省より引用 (UN Haiti,2014)

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11月 13, 2014 ハイチ, 給水施設修復・建設, 衛生教育 |

2014年10月30日 (木)

クレオール語でこんにちは

 ハイチには公用語が2つあります。フランス語とクレオール語です。
 クレオール語は、ハイチの人々が日常的に使っている言葉で、フランス語は書面や公式な場で使われることが多いです。

 JENハイチ事務所でも、事務所長およびハイチ人スタッフは通常クレオール語で会話をしています。
 
 いくつかクレオール語の言葉をご紹介したいと思います。

 こんにちは Bonju (ボンジュ)
 ありがとう Mèsi(メシ)
 どうもありがとう! Mèsi anpil(メシ、アンピール!)
 問題ありません Pa gen pwoblèm(パゲン プウォブレム)
 えぇ!?本当に? Sa’wm dim la(ソームディムラー)

 お気づきのかたもおられるかと思いますが、フランス語の表現と似ている言葉もあります。
ハイチに来られる機会があれば、ぜひクレオール語であいさつをしてみてください。

(筆者:JENハイチ事務所の日本人スタッフにもクレオール語を教えています)

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 オフィス・アシスタント
 クローデル・ブルジェ

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10月 30, 2014 ハイチ, 文化、生活、習慣 |

2014年10月16日 (木)

「手を洗おう」ポスター@ハイチ

 ここハイチ事務所でも、ジェン20周年記念「手を洗おう」ポスターを掲示しています。この機会に、「手洗い」について、深く掘り下げて紹介したいと思います。

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「手洗い」は、多くの人にとって、無意識的な行為です。しかし、水・衛生分野の専門家の私から言わせれば、単なる「手洗い」で片づけるわけにはいきません!

 私は仕事柄、必要な場面で現地の人々がより多くの時間を手洗いに割くよう、その重要性を伝えています。また、手洗いがコレラなどの感染症の発生を大きく食い止める場面を見てきました。このブログを読んでいる皆さんは、「手洗い」が途上国のみに必要なものであると考えるかもしれません。しかし、実はそうでもないのです。

 第二次世界大戦の後、抗生物質の使用が一般的になり、「手洗い」の重要性がないがしろにされるようになりました。抗生物質を飲めばバイ菌が殺せるからいいじゃないか、と人々は思ってしまったのです。ウイルス性の感染症にかかると抗生物質を飲むよう処方されることも、人々がそう思う一因となりました。

 私の母国フランスで、最近大規模な「手洗い」キャンペーンが行われたのは新型インフルエンザ(H1N1)が流行した時です。しかし、フランスでは結局、予防注射のほうが石鹸よりも多く売れたのです。予防注射よりも手洗いのほうが、新型インフルエンザへの予防策としては有効にもかかわらず。

 ここハイチでは、手洗いは何より重要です。それにはいくつか理由があります。
 

【手洗いを学ぶ子どもたち】
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 まず、手洗いによって予防できる感染症であれば、手洗いに全力を尽くして予防すべきなのは言うまでもありません。そして、ハイチの人々の多くは、病気にかかっても薬を買うことが経済的に困難なので、予防は非常に大切です。また、ハイチの医療に大規模な感染症の発生に十分に対応する能力がないことも、残念ながら事実です。

 もちろん手を洗うだけでは病気の伝染を防ぐことはできません。「適切な方法で」洗う必要があります。

 手洗いの効果を出すためには約30秒間必要なのをご存知ですか?私たちの生活においても、正しく手洗いをしている人はまれで、そうしている人は少々「手洗いオタク」に見えるかもしれません。みなさんは30秒間手を洗っていますか?洗っている方は逆に少ないのではないでしょうか。

 ハイチで私が初めてフィールド調査をしたとき、地元の人々に手洗いをやってみせてもらうよう1日中お願いして回りました。驚いたことに、外科医よりもきれいに、と言っても過言でないほど、住民の方々はきちんと手を洗えるのです。ではハイチではいったい何が問題なのでしょうか?

 私たちが苦労しているのは、人々に「どうやって手を洗うのか」を教えることではありません。なぜならば、人々は既に知っているからです。むしろ、「手洗いをすることは効果があることだ」ということを伝え、そのための継続的な努力を促すことなのです。

 最後に、水と衛生の専門家として、「手を洗おう」キャンペーンに一言、付け加えさせてください。
「手を洗おう、石鹸で!!」と。

 ハイチ事務所長
 ルドビック・ブランコ



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10月 16, 2014 ハイチ, 事務所・スタッフ, 衛生教育 |

2014年10月 2日 (木)

衛生トレーニング修了証

JENがハイチで行っている主な活動の一つに、現地コミュニティでの衛生促進ボランティア育成があります。現地でボランティアになることを希望する人々にJENスタッフが衛生についてのトレーニングを行い、今度はこのボランティアの人々が各コミュニティの住民にその知識を伝えます。

昨年12月から始まった一連のトレーニングが終了し、今月、ボランティアの方々にジェンから修了証が手渡されました。

【修了証授与】
141002_4衛生に関するトレーニング、と聞いても、日本ではなかなかなじみがない活動かもしれません。どのような内容のトレーニングなのでしょうか?

【トレーニングの様子】
141002_5JENのトレーニングの内容には、手の洗い方、トイレの使い方、安全な水を使用する大切さ、ハイチで感染が見られるコレラ、マラリア、デング熱、チクングニア熱の予防の仕方、などがあります。例えばコレラを防ぐための知識として、路上や小川などの汚い水を飲まず、飲み水はキオスク型給水施設のものを使うこと、きちんとトイレを使用すること、ご飯を食べる前には手を洗うこと、といった内容を伝えています。また、コレラによる脱水症状を防ぐために飲む生理食塩水(人間の体液とほぼ同じ濃さの食塩水)の作り方もトレーニングで学びます。

【修了書を受け取るボランティア】

141002_6コレラ、マラリア、デング熱、チクングニア熱などは、適切な予防知識を持つことで防げる病気です。各コミュニティの人々が感染症に悩まされず健康に過ごせること、衛生的な状況で生活できること、これはJENハイチの活動目的でもあり、各コミュニティの人々の願いでもあります。
この目的に向けて、今度はこのボランティアの人々自身が自分たちのコミュニティで衛生に関する知識を人々に伝えていきます。

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10月 2, 2014 ハイチ, 衛生教育 |

2014年9月18日 (木)

チクングニア熱とデング熱の啓発ポスター

 JENハイチ事務所が活動を行っている地域では、現在もチクングニア熱の感染が多く見られます。ハイチでのチクングニア熱流行については、ハイチ支援速報の過去の記事で何度か取り上げたので既にご存知の方も多いかもしれません。チクングニア熱に感染すると、一般的に高熱・関節の痛みなどの症状が出ます。

 チクングニア熱、およびハイチで広く感染が見られるデング熱は、蚊を媒介として感染するため、この病気を予防するには蚊を避けることが何よりも重要です。チクングニア熱やデング熱を予防するための正しい知識を地元の人々に伝えるため、日本の外務省の資金及び皆様のご支援により、JENは啓発ポスター及びカードを作成しました。

【チクングニア熱の啓発ポスター】
140918_4 このポスターとカードには、チクングニア熱やデング熱の症状の特徴、予防の仕方などが、現地の人々が分かりやすい表現で書かれています。このポスターとカードを使って、私たちは、活動地であるレオガン、グレシエ、グランゴアーブ地区の村々を回り、地元の人々に蚊の増殖を防ぐ方法について伝えています。現地の人々がチクングニア熱・デング熱に関する正しい知識を持ち自ら予防のための行動をすることで、蚊の増殖及び感染の拡大を防ぐことができます。

 
【ジェンのスタッフが啓発活動に使っているカード】
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9月 18, 2014 ハイチ |

2014年9月 4日 (木)

ハイチの料理

 カリブ海に浮かぶ国、ハイチの料理について紹介したいと思います。ハイチの主食はお米です。しかし、日本の白米と違って、お米を炊く際には水に加えて塩と油も入れるのが一般的です。ハイチ料理は、全般的に油を多用します。

 また、以下の写真に見られるように、多くの場合ご飯には豆が入っています。ご飯が赤く見えるのは、豆が赤いためです。見た目は日本の赤飯のようにも見えますが、豆の香りと味は赤飯とは全く異なります。この赤いご飯は典型的なハイチ料理と言えます。また、この豆を煮てソースを作り、ご飯にかけて食べることもあります。レモンなどの柑橘類で仕込みをした肉類を、トマトと一緒に煮込むことも多いです(写真の肉が赤く見えるのはそのためです)。
 

【ハイチの豆ごはん 】
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  【赤い豆のソース 】
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【鶏肉のトマト煮込み】
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 お米に加えて、主食としてはバナナを揚げたものや、野菜をゆでて丸め揚げたドーナツのような食べ物もあります。ドーナツの味は、サツマイモを少し薄味にした感じです。

【ドーナツ】
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 熱帯気候のハイチでは、バナナ、マンゴー、黄色いザクロなどのフルーツも豊富です。特に、ハイチでは一年中マンゴーが食べられます。ジェン・ハイチ事務所の周りにも、たくさんマンゴーの木があり、もうしばらくすると食べごろです。




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9月 4, 2014 ハイチ, 文化、生活、習慣 |

2014年8月21日 (木)

貯水槽建設中!

 JENハイチ事務所では、現在ハイチ西県パルム地域において、日本の外務省からの資金と皆さまのご支援により、水衛生に関するプロジェクトを実施しています。このプロジェクトでは、ハイチの人々が安全な水にアクセスできるよう、キオスク型給水施設や貯水槽の建設、そして衛生についての知識を普及する活動を行っています。

【ハイチ西県パルム地域の地図】
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 キオスク型の給水施設では、バケツごとに、水の利用量に基づく支払いのシステムが導入されています。なぜ有料で水を提供するのでしょうか?それは、JENがプロジェクトを終了した後も、パルム地域の人々が自分たちでキオスクを運営・管理できるようにするためです。キオスクの維持には、修理費や管理費等が必要であるため、支払われたお金はそれに充てられます。
 

【キオスクの様子】
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 昨年12月に開始されたこのプロジェクトは今終盤を迎えており、建設については残るは貯水槽のみとなりました。建設中の貯水槽(写真)は、現在コンクリートで貯水槽の壁を設置する作業が行われています。
  

【貯水庫建設の様子】
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 【JENの建設チーム】
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【コンクリートを型に流し込む作業を行うためのトラック】
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 この写真では、どのような貯水庫が出来上がるのか想像しがたいかもしれません。完成は数週間後の予定ですので、また支援速報でご報告します。

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8月 21, 2014 ハイチ, 水管理委員会 |

2014年8月 7日 (木)

離任のご挨拶

経理総務担当としてJENハイチ事務所に赴任したのは、ちょうど去年の今頃のことでした。初出勤日、事務所には約20人のスタッフが働いていたので、スタッフ全員の顔と名前をすぐに憶えられるか不安だったのを覚えています。ほとんどのスタッフはクレオール語とフランス語を話しますが、着任当初私はどちらの言語もできなかったので、コミュニケーションが取れるかどうかも心配でした。

そして一年が過ぎ、拙いながらも現地語であるクレオール語で、現地スタッフとやり取りをすることを楽しんでいます。そして、ハイチ流の生活の仕方も学びました。ハイチ事務所に出勤して毎朝まず行うことは、現地スタッフ全員と握手をすることです。これはハイチ流の朝の挨拶ですが、初対面で無い人に毎朝握手をするこの習慣に慣れるには時間がかかりました。

仕事については、ご支援いただいている皆様から頂いた資金を適切に使用し、プロジェクトがスムーズに実施されるようサポートすることが、総務・経理担当としての私の役割でした。関係機関に提出する申請書の準備や、プロジェクトの実施について調整するのもやりがいのある仕事でした。


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衛生イベントの様子 (トラックの荷台で衛生キットを配る筆者)

また、私は首都ポルトー・プランスに住んでいたので、毎日首都からレオガンに通勤していました。着任当初は、時間がかかる通勤が大変でしたが、この通勤時間を、毎日ハイチ出身の運転手とのクレオール語の練習に充てることができ、運転手との会話が言語習得のモチベーションになりました。私にとって、世界で最も貧しい国の一つとされている国に住むこと、そして水・衛生分野で仕事をするのは初めての経験であったため、毎日が新しいことの連続でした。ハイチの人々が抱えている水・衛生についての問題を知り、ハイチ政府がどのように現状を改善しようとしているのかも実際に現場で目にしました。キオスク型給水施設や貯水槽の建設、そしてハイチの人々の衛生環境を改善するための衛生促進活動にも携わることができました。

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現場視察の様子

残念ですが、ハイチに別れを告げる時がやってきました。10月からは新しい国に引っ越す予定ですが、ハイチの人々の笑顔と笑い声を私はずっと忘れません。ハイチの人々の生活環境は厳しいですが、人々はとても優しく、フレンドリーです。ハイチが次世代の人々にとって、より発展した国になりますように。

ハイチ滞在中、支えてくださった皆さん、ありがとうございました。

Orevwa Ayiti! (クレオール語で、「さよならハイチ」)。

Photo_8 ジェン・ハイチオフィスのスタッフ

総務・経理担当

和田志保

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8月 7, 2014 ハイチ |

2014年7月24日 (木)

ハイチ事務所の1日

 JENのハイチ事務所は、ハイチの首都ポルトープランスから片道約1時間離れたレオガンという街にあります。
レオガンは、緑あふれるのどかな街で、首都からの国道の道沿いにはサトウキビ畑が広がっています。レオガンは2010年のハイチ大地震の震源地で、最も被害を受けた場所でもあります。ほかの多くのNGOは首都にオフィスを構えていますが、JENは支援が必要な人々に近い場所として、事業地レオガンを拠点にしています。
 
【緑に囲まれたオフィス】                
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【事務所から見える景色】
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 現在JENハイチ事務所には、約15人のスタッフが勤務しています。これまで何度かこのブログを執筆しているフランス人事務所長のルドビックをはじめ、建設を担当するチーム、衛生促進を担当するチーム、そして総務・経理担当者がいます。そして、忘れてはならないのがオフィスの安全に貢献している番犬のロカ(Lorka)です。
              
【事務所の様子】
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【ロカ】
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 ハイチ事務所の朝は、事務所近辺で飼われている鶏や牛の鳴き声で始まります。毎朝8時にスタッフが出勤してきた後、建設担当チーム・衛生促進チームはトラックで事業地に行って、それぞれ水供給施設の建設や、衛生促進活動を行います。事務所長は、建設の現場に行ったり、首都で他機関とのミーティングや調整を行ったり、事務所で作業をしたりしています。
  

【現場で作業をする建設チーム】     
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【衛生促進チーム(啓発活動を行っている様子)】
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 総務・経理チームは、文字通り裏方として出入金管理や総務全般を担っているわけですが、ハイチの総務担当にはひとつ、重要な任務があります。それは、電源管理!です。
 ハイチは、公共の電気の供給が不規則なので、電気が通っているときに事務所で蓄電したり、蓄電が無くなったら発電機を稼働したりしなければなりません。日本に居ると想像しがたいかもしれませんが、これはかなり重要な任務です。なぜなら、(当たり前ですが)電気が無いと、インターネットも、携帯の充電器も、扇風機も使えないからです(事務所の気温は35度を超えています)!

 仕事をする環境は決して快適とは言えませんが、スタッフ一同、支援事業の目的を明確に、日々たくましく過ごしています。

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7月 24, 2014 ハイチ |

2014年7月10日 (木)

ワールド・カップ

 サッカーはハイチの国民的スポーツです。ハイチのサッカーチームが初めて国際試合を行ったのは1925年3月22日のことです。ワールド・カップに初出場したのは1974年で、この年はハイチのサッカー界においては歴史的な年となり、多くの人々がラジオやテレビでサッカーを観戦しました。それ以来、テレビでサッカーを観戦するのがハイチの人々にとって一般的なこととなりました。

 ハイチのサッカーリーグは12チームにより構成されています。一番有名なのは「レイシング・クラブ・ハイチ」、「ヴィオレット」そして「エーグル・ノワールAC」です。ハイチの人々はテレビでサッカーを見るのが本当に大好きですが、一方でスタジアムに足を運ぶことはあまりありません。週末には多くの人が、スペイン、イングランド、イタリア、フランスなどのサッカーリーグの試合をテレビで見て楽しみます。

 2014年のFIFAワールド・カップもハイチの人々の生活に大きな影響を及ぼしています。ハイチのチーム(通称グルナディエー;精鋭の兵士、という意味)は残念ながらワールド・カップには出場できませんでしたが、多くの人がブラジルやアルゼンチンを応援しています。それらの国々を応援している人々は、自分たちの車や家、住んでいる通りに国旗を飾ったり、応援しているチームのブレスレットやキーホルダーを付けたりしています。

140710_2【Le Nouvelliste紙より引用(2014年6月18日)】

 ワールド・カップ開催中、人々はどこでもテレビでサッカーの試合を見ています。テレビが見られない人は、ラジオで試合を応援しています。テレビを乗せた移動式パブも出現し、人々はその移動式パブの周りに集まってサッカーを見ます。政府までも、薄型TVを都市および田舎に配布し、宝くじ屋、オフィス、庭などあらゆる場所でサッカーを観戦する人々が見られました。サッカーに熱中するあまり、多くの人々が仕事にならず、町の交通量が少なくなったほどです。

 応援しているチームがゴールを決めると大きな歓声が上がり、勝つと大騒ぎになります。通りではバンドが音楽を演奏し、特にブラジルが勝ったときは盛り上がります。負けた時はみんなで悔しがり、試合が終わった後は、ワールド・カップの話で持ち切りです。2014年のワールド・カップをハイチの人々は大いに楽しんでいます。



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7月 10, 2014 ハイチ |

2014年6月19日 (木)

ハイチで広まるチクングニヤ熱

「チクングニヤ熱」と呼ばれる感染症がハイチで発生して2ヶ月経った今、ハイチは混乱状態にあります。ハイチ政府がこの感染症に関して発した情報の中でも混乱があり、危機に対応しきれていない状況です。

 しかし、こうした状況になっているのは彼らのせいだけではありません。「チクングニヤ熱」は数カ国に広まり流行していますが、この感染病についての研究はあまり行われておらず、治療法はまだ開発されていません。今のところ、関節の痛み、頭痛と発疹などの症状を痛み止め薬で治療するのが精一杯です。治ってから数年後にまた痛みを感じる人々たちもいますが、幸いに、命に関わるものではありません。

 チクングニヤ熱の媒介生物は一般的にはヤブカと呼ばれる、熱帯シマ蚊です。デング熱などの感染症を媒介する蚊でもあります。デング熱は数年前、ハイチで蔓延しましたが、この存在を否定する医者などもいたため、混乱は増すばかりでした。また、以前いくつかのNGOはマラリアへの対応を行っていましたが、チクングニヤ熱とデング熱が流行してからは、マラリアはあまり注目されなくなりました。

 チクングニヤ熱とデング熱の主な症状は同じですが、デング熱は正しく治療されないと命に関わることもあります。しかし、ハイチでは、お金を節約するために、病院に行かず自己治療で済ませようとするケースも多くあります。
このような状況下では、国全体で計画を策定して対応することが一番効果的ですが、残念ながらハイチではまだその能力を持ち合わせてはいないのが現状です。個々人では、蚊が集まる場所を避けるなど警戒することが最も重要ですが、もちろんそれだけでは問題は解決されません。

 いくつかのNGOは人家の周りにある蚊の巣(水たまり)を破壊する、症状が発生したら病院にかかる等、自分たちで身を守る手段を伝えています。また、蚊の巣を煙であぶって追い出す方法などもあります。これらは有効な手段ですが、資金や人員とともに時間も必要なのが事実です。

 ハイチでは、地域住民が水へ容易にアクセスできるように、多くの井戸が建設されています。ただ、残念ながら、こうした水回りは蚊が好む場所でもあります。ジェンのハイチ事務所の職員も、ほぼ全員が既にチクングンヤ熱に感染した経験があります。

 ハイチの全国民がこうした現実を認識するには数年必要かもしれません。現在ジェンのハイチ事務所では、この対応策について話し合っているところです。



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6月 19, 2014 ハイチ |

2014年5月22日 (木)

チクングニヤがハイチに。。

 蚊を媒介する感染症は、ハイチを含め、世界のある地域ではよく見られます。その中で、マラリアやデング熱は、日本でも名前は聞いたことがあるという人は多いかもしれませんが、チクングニヤ熱を知っている人はそう多くはないのではないでしょうか?

 チクングニヤ熱は、ウイルスを保有している蚊から人へ感染し、その症状は一般的には高熱、発疹、関節痛などです。もし、感染後すぐに治療を施せば大きな問題とはなりませんが、関節痛は年齢や元々の健康状態次第では、数ヵ月から数年続くこともあります。
 これはカリブ海諸国で急速に広まっており、夏の旅行シーズンが間近に迫っていることから、北・南米でも広まってしまうのでは、という懸念があります。

 ハイチ隣国のドミニカ共和国でこの感染が広まったというニュースを聞いてすぐ、JENのコミュニティモビライザーチームは、それぞれ担当のコミュニティを訪問し、この感染症について伝えるとともに、予防法について説明しました。

 過去、ハイチでコレラが蔓延した時に経験した通り、適切に対処可能な病院の数が不足し衛生環境があまり良くない国では、感染症は早く蔓延してしまいます。加えて、現在ハイチは雨季に入り増水していることと、下水システムが整っていないため、汚染された水は街に流れ出てしまいます。
 いくつかのNGOやヘルスケアを行なっている団体が、この感染症に対応しています。コレラで経験したような新たな伝染病の蔓延にならないことを願っています。

 私は約1年間ハイチに住んでいますが、病気にかかったことはありません。蚊に刺されてチクングニヤに感染しないよう、今後数ヵ月は虫よけや蚊取り線香が手放せなくなりそうです。

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5月 22, 2014 ハイチ |

2014年5月 1日 (木)

ララ祭

 ララ祭は、ハイチで2番目に大きな文化行事です。私のハイチ滞在は1年になりますが、昨年は参加することができませんでした。しかし、今年は見逃すわけにはいきません!

 もちろんこの国で1番大きな行事はカーニバルですが、私にとってララ祭は、よりハイチの文化を反映したもののように思われました。カーニバルは、カリブ地域の他の国々でも体験できることもその理由かもしれません。

 初めは、ララ祭の意味がよく分かりませんでした。

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 イースターの週末は4月20日ですが、その1か月前から、毎晩のように楽器(トランペットや手作りのチューバなど)を持ったバンドが通りを歩き、そのバンドに続いて群れをなす人々と大騒ぎをします。また、その行列には、飲み物がいっぱいに入ったクーラーを積んだ手押し車を持った人もいます。道を練り歩くこのご一行の中には、ライトのためのバッテリーを積んだ手押し車を押している人もいます。
時々、その音楽団は道端で止まり、一人の男性が進み出て、情熱的にそして時折激しくムチをたたきます。そして、またその集団は音楽を演奏しながら道を進んでいくのです。大通りのそばに住んでいる人にとって、毎年3月と4月は悪夢かもしれません。

 また、道でこの音楽団に出くわすのも厄介です。運が良くても数分、運が悪ければ時には1時間も足止めを食らってしまいます。大通りの真ん中で、何百人もの人々の集団が歌い、踊り、演奏し、そしてお酒を飲んでいるのを想像してみてください― 私たちにできることといったら、音楽を楽しむためにひたすら忍耐強く待ち、静かにしていることしかないのです。

 話をもとに戻しましょう。この、(私にとっては)異文化の行事について、その起源を知ろうと地元の人々に聞きまわりました。しかし、いろいろ聞いてみても、ヴードゥー教に由来するものだ、という以上の説明がありません。

 これでは納得がいかなかったので、さらに詳しく調べてみたところ、ついに妥当な答えに行きつきました。どうやらこれは、黒人奴隷の故地、西アフリカの風習です。大まかに説明すると、ちょうど雨季に入る前、農家の人々が近隣の人々に農作業を手伝ってもらうよう頼んで回っていたのですが、その際、夜に農地から農地へと呼びかけて回ったのです。なぜ夜かというと、昼間はもちろん皆働いているからです。

 これは、カーニバル終了から約1か月間行われます。イースターの週末には多くのグループがパレードのために市内に集まります。パレードは夕方6時頃始まり、翌日の朝まで、時には10時頃まで続きます。今年は、このイベント中に事件や事故はなかったようです。

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 この行事への参加は、ハイチの人々の文化を理解するために大変重要でした。また、JENが参加することで、「手洗いは感染症のリスクを減らす効果があります」という基本的な衛生促進メッセージをより多くの人々に、特に子どもたちに伝えるよい機会になりました。

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5月 1, 2014 ハイチ, 文化、生活、習慣, 衛生教育 |

2014年4月17日 (木)

JENハイチで勤務して2年

 皆さん、始めまして。ジミー・ピエールと申します。ジェンには管理・財務アシスタントとして2012年4月9日から約2年間、勤めています。

 私の仕事はとてもやりがいがあって面白いです。毎朝、出勤すると、必ず現金出納帳を確認します。チームをサポートしながら、仕事を通して、事務所の外で新しい人と出会い、友達をつくる機会もあります。時々、フィールドに出て、ジェンのハイチでの活動の成果を自分の目で確かめることもあります。ジェンはハイチの人々たちに処理水を提供し、処理方法と手洗いの知識を広めています。ジェンのスタッフは私の家族です。

 この仕事を通して、私自身の知識も深まり、生活の質は向上しました。更に、家族のためにより良い生活を夢見ることが可能になりました。仕事で身につけたは様々な状況で役に立ちます。ジェンは震災後、私の人生に新たな息吹を吹き込んでくれました。

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4月 17, 2014 ハイチ, 事務所・スタッフ |

2014年4月 3日 (木)

世界水の日

 3月22日は何の日か知っていますか?
 答えは「世界水の日」で、1993年に国連総会で定められました。

 JENハイチでの支援活動は水に関わるものなので、この日にちなんで水の重要性について住民の方に伝える良い機会にし、特別なイベントを実施しようと考えました。

 JENは現在18のコミュニティにおいて事業を実施していますが、そのうちの4つのコミュニティにおいて衛生促進活動の実施を決定しました。その中でこのイベントは、水管理委員会や衛生促進ボランティアとともに時間をかけて計画しました。

 イベントでは主に、水の保護方法、汚染された水の処理、水をきれいに維持管理する方法等に焦点を合わせました。水処理の重要性を示すため、「Dlo+Tretman=Sante」というスローガンを掲げました。「水処理は健康につながる」という意味です。音楽や演劇、ゲーム等を用いてイベントの準備をし、多くのボランティアが準備段階からサポートしてくれました。

 西半球で最も貧しい国と言われている通り、ハイチはNGOや国際機関からの支援に頼っているのが現状です。私たちは、過去4年以上ハイチで活動してきた経験から、多くのハイチ人は共用施設の維持管理に対して責任を持つことに消極的で、NGOや国際機関がその責任を負う事に頼ってしまっていることがその原因だと理解しています。

 JENのハイチでの活動の目的の一つは、コミュニティが自立して給水施設の維持管理を長期的に行なえる環境作りをサポートすることです。

 こうした理由から、より多くの住民がこのイベントで行なう紙芝居やクイズに参加できるよう事前に練習する機会も設けました。また、UNICEFやMSFといった団体から以前寄付された衛生キットを、住民に配布しました。ただし、事前練習に参加したり、このイベントの活動に参加した住民のみが、この衛生キットを受け取ることが出来ると事前に住民に説明しました。

 コミュニティの大人たち、子どもたち、皆がこのイベントを楽しみ、重要なことを学んだのではないか、と考えています。

【「世界水の日」バナー】
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【JENスタッフによる水処理トレーニング】
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【「Dlo+Tretman=Sante」(水処理は健康につながる)スローガンが入ったブレスレッドを巻いています】
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【衛生キットの配布】
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【演劇やゲームを見る為に住民が集まりました】
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【手洗いの適切な方法の練習をする子どもたち】
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4月 3, 2014 ハイチ, 水管理委員会, 衛生教育 |

2014年3月11日 (火)

ハイチ中にオートバイが広がった理由

 1990年代の後半までハイチではオートバイは殆ど見かけられなく、人々の交通手段は徒歩でした。1996年から1997年に、現在上院議員で当時ジャクメルの貿易業者だったエド・ゼニー氏が、失業している若者たちを助けるため、生計手段を目的としてオートバイを提供しました。
それは、オートバイを受け取った若者たちが、時間をかけて利息付きでバイク代を返済するシステムでした。しかし、ゼニー氏はこの時、どれほどオートバイが国中に広がるかは予測していなかったでしょう。
 2000年には、オートバイ販売店が首都ポルトー・プランスや地方の町で増加し、交通量も急速に増えてきました。これは後に、治安面の問題等、警察が統制できない状況となり、更には大気汚染によって既存の農作物の生産率を低下させました。
 警察の報告によると、バイクに関する負の側面として、犯罪者たちの移動性を高めることで、特に首都ポルトー・プランスでの治安が悪化しています。バイクに乗った強盗たちは一人で盗みをするだけでなくグループで窃盗団として行動することも可能です。犯罪以外にも、バイク関連の事故も大きな問題があります。運転教習を受けていない無免許運転手が多いため、事故による死亡率は武器等による死亡率より高くなっています。
 また、ここ数年、バイク問題ほど深刻ではありませんが、新たな社会現象がハイチで見られます。それは、現地のクレオール語で‘チョフェ・ハス・ドワット’と呼ばれており、若い男子が学校を中退し、田舎の家を離れ、出稼ぎのためポルトー・プランスでトラック運転手になるということです。
 バイクを利用したバイクタクシーとトラックの運転手が増える二つの社会現象によって、農業に従事する人数が減少しています。ある報告によると食糧生産率が50%も減った地域もあり、多くの農家は家族を養える収入を得ていません。国中の失業率が高い今、手っ取り早く稼げるバイクタクシーやトラックを運転して得られるわずかな金額は、多くの家庭にとって重要な収入源なのです。

3月 11, 2014 ハイチ |

2014年1月30日 (木)

ハイチで日本の文化紹介

 皆さん、こんにちは。
 私は、ジミー・ピエールと申します。JENハイチに総務経理アシスタントとして採用され、2年ほど勤務しています。同僚と仕事をするのを心地良く感じており、毎日刺激的です。

 平日はJENで勤務し、週末の土曜日はボランティアとして日本語を教えています。私は、日本の文化を振興する日本ハイチ協会の一員です。この協会は、2010年1月12日にハイチを襲った大震災後に設立されました。

 生徒は20名ほどで、日本語・日本の文化を学んでいます。ハイチ人は言語を学ぶことに興味を持っています。それぞれのセッションは4ヶ月間ですが、生徒数は増加しています。現在、セッションの終わりに近づいており、以下は生徒が日本語の試験を受けている様子です。

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 当初、先生はハイチで勤務する日本人駐在員のみで、出張で来られる人が時々見に来たりしました。日本の音楽や表現方法を彼らから学びました。また、日本大使館の大使が訪問される機会もありました。日本大使館はこの活動に協力的で、それぞれの等級で3名の生徒に対してプレゼントを提供してくださいました。現在6つの等級がありますが、今後拡大予定です。

 毎年、日本大使館は文化的な催しを開いてくださいます。

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【クリスマス前の催し】
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【日本大使館による映像上映】
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【字幕付き日本の映画鑑賞】

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【剣道をやっている様子】
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【盆踊りの様子】
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 私のJENとしての業務も、生徒の皆さんに伝えています。ハイチから日本は遠いですが、ハイチ人は日本語や日本の文化を学んでいます。地震の多い島に住んでいる同士として、私たちはもっと日本のことを学びたいと思っています。

 JENはハイチと日本を繋いでいるのです。

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1月 30, 2014 ハイチ, 事務所・スタッフ, 文化、生活、習慣 |

2014年1月23日 (木)

震災から4年が過ぎて

 2014年1月12日で、あの大地震からちょうど4年がたちました。特にそのための記念式典はありませんでしたが、ハイチの人々すべてがそのことを思う一日でした。私達全員が耐えてきた4年間でした。

 ところで最近、人道支援に関する興味深い全国調査の結果が公表されました。その調査の主な目的は、支援の対象が適切だったか、NGOの活動が人々の必要としていることとマッチしていたか等を検証することでした。この調査は地震発生後の長い期間にわたって、1000万人ほどとみなされる全人口(2013年)の内、全国の100万人以上の人々を対象にして行われた調査です。

 特筆すべきことは、多数の人々(70%)が人道支援に満足したということです。中でも人々が最も感謝しているのは「医療支援」でした。医療サービスが脆弱なこの国において、このことは十分理解できます。現在でも、国内や国際団体によって提供されている医療サービスを、人々は大変ありがたく感じています。しかしながら、ハイチでは今も民間信仰が根強く残っていて、それに応じた伝統薬が広く使われていることも忘れてはなりません。

 2番目に感謝されているのは、NFIと呼ばれる非食料品の配布でした。木材やビニールシートや板金など、地震直後に仮設の小屋を建てるために配給された物資です。今でも避難所が少し残っていますが、ほとんどの人々は定住用の住まいを得ることができました。

 メディアや政治家たちが、地震直後にハイチの再建について語っていたのを思い出しますが、4年経った今でも、ハイチが再建されたとはとても言えません。語られていたことと正反対になっていることも確かにあります。
 最近のニュースで、医療センター建設に関する謝罪が報道されていました。この医療センターは、太陽光発電を全面的に採用し、最新の設備を備えた国内最大の病院になる予定でした。さらに余った電気は他用途としてネットワークに送られることになっていました。
 このような現実離れした計画は、先進国と言われる私の国(フランス)でもほぼ不可能だと言えると思います。発展途上国が、新しい技術やドラッグ等の展示場になるのは残念な話です。もちろん上手くいくこともありますが、犠牲になるのはいつも同じ人たち、というのは悲しいことです。

 ハイチ事務所長
 ルドビック ブランコ



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1月 23, 2014 ハイチ, 政治、経済、治安 |

2013年12月26日 (木)

2013年の終わりが近づいて

 1年の終わりが近づき、年次報告を書く時期となりました。

 その前に、私が仕事で経験したことをお話ししたいと思います。先日、国際的に有名なある司祭の成功談を聞く集まりに出席する機会がありました。その司祭は30年以上にわたり、水圧の高い人工湖を作るプログラムを実施してきましたが、その結果は驚くべきもので、恩恵は農業、漁業、環境、飲料水など様々な分野に及ぶものでした。こんなに多岐にわたって成功を収めるプログラムは滅多にあるものではありません。

 このような良い話(個人事情はありますが)はあまりないので、ぜひともお伝えしたかった訳ですが、それで私がここで伝えたいポイントがはっきりしました。2013年を振り返り、思い出せる限りで良い点を見てみましょう。

 何よりもまず、今年ハイチは大きな自然災害からまぬがれることができました。たぶん皆さんはまず地震のことを考えるでしょうが、ハリケーンも非常に破壊的なものです。地震を過小評価するつもりはありませんが、ハイチはアフリカやカリブ海北部、カリブ海南部、そしてメキシコ湾から来るハリケーンの交差点に当たるのです。今年いくつかのハリケーンがハイチに近づきましたが、幸いにも直撃せずに済んだのです。
 

 2番目は1番目の結果でもあるのですが、今年の収穫が大変良かったことです。これによっていくつかの地域の食料不安が和らぎ、インフレが少し安定します。今年は気象が農家に味方しました。農産物を輸出するにはまだほど遠いですが、少なくとも良いスタートだと言えます。

 前回環境問題に言及しましたが、再度取り上げても悪くはないでしょう。ハイチには、体系的に実施されていなくとも、環境に関する法律があります。人々は環境について話し、大きな町では行動を起こそうとしていると報じられています。そして再び、私はハイチに来たばかりのころのことを思い出します。今とは比較にならない日々のことを。

 ところで、微妙な問題ではありますが、現政府はまだ健在です。ハイチ政府が直面している問題は全て簡単に解決できることではありません。しかし年末に大統領が「選挙法」を公布したため、国内の緊張は和らぎました。
 若い人々は、国民の信頼を得ることができた大統領を知りません。現大統領がそのようになれるかわかりませんが、そうなった時の良い影響が期待できるだけに、私達は前向きでいたいものです。地理的に、ハイチは経済面でも観光面でも絶好の場所に位置しています。政府はそれを理解し、うまく活用することで都市を発達させようと明言しています。
 政治面でもうひとつの良かった点は、もちろんセキュリティーです。セキュリティーが日々良くなっていることは誰の目にも明らかで、2012年に比べてずっとよくなっていることはデータからもわかります。

 締めくくりとして、2014年のハイチへの私の願いを書きます。
 まず第1に、この国の人々が自然災害に遭わないよう心から願い、同時にフィリピンの災害に思いを馳せます。
 第2に、政治が安定し、発展に向けて離陸できますように。そして最後に、ここでは言及しませんでしたが、健康管理や人権に関して改善がみられますように。

ハイチ事務所長
ルドビック ブランコ



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12月 26, 2013 ハイチ, 事務所・スタッフ, 政治、経済、治安 |

2013年12月12日 (木)

希望?

 正直、私が初めてハイチに到着して真っ先に感じたことは「希望がない」ということでした。それから9か月後、私の意見はどのように変わったでしょうか。私は今もハイチにいますが、暗闇の中に微かな光が見えてきたような気がします。何が変わったのか、はっきりしたことは分かりません。

 ハイチに来て2日目のことを、まるで昨日のことのように覚えています。私たちはフィールド事務所(そこは2か月間私の事務所兼宿舎になりましたが)に行くために、首都ポルトープランスから車を走らせました。運転手はとても優秀だったのですが、50キロしか離れていない事務所まで2時間もかかってしまいました。私のそこでの第一印象は、ここでは何もできないということでした。

 明日の朝、私はポルトープランスでミーティングがあります。それに間に合うためには、真夜中に起きなければならないと思いますか? 残念でした。今ではポルトープランスの中心部に行くのに45分で行けるようになりました。相変わらず交通渋滞はありますが。

 9か月たった今、変化が見えてきたと言えるでしょう。わたしがこの国に来たばかりの時、山のようにゴミがあふれる市場の周りで人びとが廃棄物をかき集めている姿を見ました。今ではそうではないのです。シンガポールのようだとは言えませんが、大きな進歩です。
 
 今日インターネットのニュースを見てわかったことは驚きです。20万個もの発砲スチロールゴミが集められたのだそうです。最近できた法律で(2013年7月10日施行)、主に食品やカップ用に使われていた発砲スチロール製品は締め出されることになりました。餓死する人が存在し、コレラで毎週死者が出ているようなこの国で、次の世代のためにこんな法律が作られるなんて信じられますか?これを私は「希望」と言っています。
 思えば私の母国(フランス)でビニール袋が禁止されたのはそんなに前のことではありません。白熱電球が省エネ型電球に換えられ始めたのは、ほんの数年前のことです。

 私の専門分野のことを見てみましょう。私は国の水衛生部門から会議に招待されました。その時、参加者全員(組織、会社等)に、何千ページもある書類が配られました。それは、水と衛生に関する全てのことがまとめられたガイドで、守らないと処罰の対象になる基準が書かれていました。本当に、あれだけの災害があった後、全てを失った状態からこのようなものを作る、混沌の中でこれほど早く秩序を作り出す試み、それは奇跡です。
 だから私はまだハイチにいるのかもしれません。

 ハイチ事務所長
 ルドビック ブランコ



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12月 12, 2013 ハイチ |

2013年12月 5日 (木)

新事業開始!

 JENハイチでは、日本の外務省からの資金と皆さまのご支援により、12月1日より新たに水衛生関連の事業を開始しました。
 ハイチの水衛生分野での課題を解決するため、安全な水へのアクセス確保、地域住民による持続可能な給水施設の維持管理体制の構築、下痢やコレラの予防のための衛生促進、という3つのアプローチにより、8ヵ月間の予定で事業を行なっていきます。

 事業内容としては、まず約6kmに及ぶ水路を改修し、その水路を水源とするキオスク型給水施設を9棟、貯水槽を1基建設します。それにより、住民が安全な水へのアクセスが可能となります。
 キオスク型給水施設は、蛇口が1~3つ外についている箱形の建物で、水の供給はキオスク内の管理人が管理します。住民は外の蛇口で水を汲み、バケツ毎の料金を支払います。

【使用不可能な蛇口】
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【貯水槽】
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【キオスク型給水施設】
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 また、給水施設の維持管理を住民によって持続して行えるよう、水管理委員会を結成し、体制を構築・強化します。
水管理委員は地域住民によって選出され、水利用料を住民から徴収します。    これにより、地域住民による給水施設の維持管理が長期的に行えることが期待されます。

【水管理委員の選挙】
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【水管理委員会トレーニング】
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 更に、住民が公衆衛生に関する危険を認識し知識を増やすことによって、下痢やコレラ感染の予防等につながるよう、サポートします。地域住民から衛生促進ボランティアを募り、トレーニングを行うことでボランティアの方々の衛生知識を向上させます。住民に対しては、衛生促進ボランティアが中心となって戸別訪問やキャンペーンを行ない、衛生知識・習慣の改善を行います。

【衛生促進ボランティアトレーニング】
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【衛生促進キャンペーン】
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 引き続き、ハイチの人びとに対してのご支援を頂けますよう、よろしくお願いします!


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12月 5, 2013 ハイチ, 水管理委員会 |

2013年11月14日 (木)

ハイチからの2度目の離任

 私はもうすぐ、JENハイチ事務所から離れます。
 最初の赴任(2010年3月から2011年7月)に続き、JEN ハイチ事務所での2回目の任期(2012年3月から2013年11月)がもうすぐ終わろうとしています。
 こう書いてみて、この国ですでに計3年が経つことを改めて実感します。

 このハイチでの3年間で、本当にたくさんの変化と、そして改善点を見てきました。
 2010年1月の大地震直後から今日まで、この4年間に本当にたくさんのことがありました。
 2010年のハリケーントーマス、2012年のアイザックとサンディ、2011年10月からのコレラ大流行、議論を巻き起こした大統領選や政治危機、社会不安や隣国ドミニカ共和国との複雑な関係など、どれも興味深く、また強烈な経験でした。
 壊滅的な大地震からの復興途上で様々な問題がある中、更にこれらの様々な厳しい状況が重なりました。

 このような諸々の問題にもかかわらず、ハイチは着実に前に歩みを進めています。ポルトープランスからグランゴアーブまで2時間で行けてしまう今日では、かつて5時間かかっていたことが信じられません。
 また、国道沿いや公共広場に広がった臨時キャンプ、その他の被害地域が一面がれきで埋まり、被爆後のような光景が広がっていたことも、今となっては想像し難いです。
 今日では、多くの人が新たに居を構え、広場や道路は新しくなり、ソーラーパネルによって充電されたバッテリーによって夜でも明かりが灯るようになりました。

 また、支援業務に携わる私自身とJENハイチ事務所にも、大きな変化がありました。
 私は、ジャパン・プラットフォーム(JPF)の協力を得たプロジェクトのプログラム・オフィサーとして働き始め、JPFとJICAの協力を得た大きな水衛生プロジェクトの責任者となりました。 一度離任後ハイチに戻ってきてからは、レオガン市中心部の道路修復のためのJICA/八千代エンジニヤリングそしてJENが共同で行うプロジェクトの責任者となり、最終的にJENハイチでの統括責任者となりました。

 今日まで、事務所の移転を何度も行なった背景から、ポルトープランスで4つ、グランゴアーブでは1つ、そして今チーム全体が再結成されているレオガンでは2つの事務所で働いたことになります。
 チームとしては、日本の外務省の協力を得て行う現在の活動より以前は、JPFの7事業とJICAの3事業を終了しました。(*)

 私はJENハイチ事務所がこれからもより多くのプロジェクトを実施することを願うと同時に、同僚の今後の健闘を祈ります。
 フランス語に「never 2 without 3」(2度あることは3度ある)という言い回しがあります。
 将来ハイチに戻ってくるとは言えませんが、色々な意味で難しくてそれでいて魅力的な国、ハイチのことは決して忘れません!

 ロマン・ブリー

(*)JENのハイチでの支援活動は、様々な国際機関、日本政府および皆様おひとりおひとりからの支援金によって実現しています。この場をお借りしてお礼申し上げます。

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11月 14, 2013 ハイチ |

2013年10月31日 (木)

ラフェロネ(レオガン)での貯水槽と給水施設の引渡し式

 JENは、日本の外務省からの資金と皆さまの支援によって、現在ハイチで水衛生関連の事業を実施しています。ハイチ水衛生局との緊密な連携のもと、農村部に水管理委員会を立ち上げるとともに、給水施設の建設・修復を進めています。

 10月27日、JENのスタッフはレオガンにあるラフェロネで行われたプロジェクトの引渡し式に参加しました。これは、貯水槽1基と給水施設2棟を建設したグランゴアーブのジャンティに続くもので、このプロジェクトで2つ目のコミュニティーでの水関連施設の引渡しです。

 ラフェロネには以前水関連施設がありました。海外にいるハイチ人から資金の提供を受けて建設された物ですが、残念ながら2010年の大地震で深刻な被害を受けてしまいました。JENは水道管の修復だけではなく、キオスク型給水施設3棟の建設と1棟の修復を行いました。水はバケツ1杯につき1ハイチグールド(20リットル/約2USセント)で売られます。
 また、貯水槽2基の建設も行い、夜間の使用にも十分な水を貯めておけるようにしました。貯水槽に送水する水ポンプの電源がソーラー・パネルのため、夜間は水ポンプが機能しないのです。

【ラフェロネのキオスク型給水施設4棟の内の1つ】
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 水管理委員会のメンバーや衛生促進ボランティアが、JENのサポートを受けて引渡し式の準備をしました。式ではまず、水管理委員会のメンバーが正式に紹介されたあと、コミュニティーで給水施設を維持管理する方法についての説明がありました。

【コミュニティーの人々に水管理委員会のメンバーを紹介する委員長】
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 水使用料の支払いは、過去には使用料に関係なく月単位で支払う登録制度が採られていましたが、コミュニティーによっては登録した家庭の数が非常に少なく、キオスクで働く人にわずかな給料を支払うだけのお金すら集まらない所があり、無報酬でキオスクの仕事をやってくれる人がなかなか見つからない事態になりました。
 
 そこで新たに、使った分だけをその都度支払う方法が導入されました。バケツ1杯ごとに代金を支払うシステムで、代金の25%がキオスクで働く人の収入になるため、以前より魅力的な仕事になりました。
 
 

 この新しい方法は、給水施設を長期的に維持管理することが出来るという意味でも大きな効果があります。今後施設の部品の修理や交換が必要な際には、プールされた水利用料を使い、水管理委員会が中心となってすぐに対応できるからです。

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10月 31, 2013 ハイチ, 水管理委員会 |

2013年10月17日 (木)

ハイチ軍の再生

 1804年にハイチは当時の統治国フランスから独立し、軍隊を創設しました。

 途中1915年のアメリカによる占領など様々な浮き沈みはありましたが、FADH(ハイチ国防軍)はその後190年以上正規軍として活動した後、兵士のクーデターを恐れたアリスティド大統領が1995年に解散させました。
 実際、独裁者ジャン・クロード・デュヴァリエ(「ベビー・ドク」)が失墜した1986年以降1995年までの間、ハイチ国防軍はほとんどのクーデターに関与したのです。(その9年の間に、なんと13回政権が変わりました!)

 現大統領のミシェル・マーテリーは、2010年の選挙活動中に国防軍の再創設を約束し、2004年以来駐留している「MINUSTAH(国連ハイチ安定化ミッション)」と呼ばれる国連PKO軍を快く思わない多くのハイチ人を喜ばせました。

 しかし、マーテリー政権の最初の2年間は新国防軍の創設についてあまり語らなかったので、41人の若いハイチ人がエクアドル軍で秘密裏に10か月間訓練を受けたあと帰国したと聞いて、人々は本当に驚きました。

 2013年9月初めにハイチに戻ったその若い兵士たちは、実地訓練のためアルティボニット県に配属されました。技術者や工兵として訓練を受けた彼らが、新ハイチ軍の最初のメンバーになります。将来、新ハイチ軍は国境や沿岸線を警備し、国家警察が麻薬取引などと戦うのを支援し、自然災害時に国民を救助することになるでしょう。

 今のところこの41人の兵士たちは、少なくとも2015年までは武器を携行しないことになっています。そのことは国民に歓迎されていますが、多くの疑問があります。軍隊は最終的に何人くらいの兵士になるのか? いつ武器を携行するようになるのか? PNH(ハイチ国家警察)とどのように任務を分担するのか? 

 そして旧ハイチ軍の兵士たちについてはどうするのか? 41人の兵士たちより18歳以上年上になる彼らの大部分は新ハイチ軍に加わりたいと思っていますが、政府はそれを断固拒否しているのです。その結果、現在、旧兵士たちはマーテリー大統領の年末までの退任を求めて政治的敵対勢力となっています。近いうちに問題が持ち上がる可能性があります。



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10月 17, 2013 ハイチ |

2013年10月 3日 (木)

2013年ハリケーンシーズン終盤に入る・・・

 6月1日に本格的にハリケーンシーズンが始まってから、18の熱帯性波動がハイチに近づき、その内の8個は名前が付けられるような熱帯性低気圧、つまり恐ろしく破壊的なハリケーンになるだろうと予測されましたが、幸運にも今までのところそのような嵐は来ていません。

 前号の記事ですでにお話ししたように、7月初めに“Chantal”と“Dorian”という2つの熱帯性低気圧がハイチに近づきましたが、沿岸部に到達する直前に勢力が衰えました。その後も多くの熱帯性波動や熱帯性低気圧が発生し、つい最近も、熱帯性低気圧 “Gabrielle” がハイチに近づきましたが、何と直前でコースを変えたので、直撃をまぬがれました!
 通常、コースを変えてハイチを直撃する熱帯低気圧やハリケーンがとても多いのですが、今回、母なる自然は西半球で一番貧しい国を見逃してくれたのです。

 でもまだ安心はできません。ハリケーンシーズンは11月末まで続きます。ハイチの人々は2010年11月の“Thomas”や、昨年10月の“Sandy” のことを忘れていません。

 今年のハリケーンシーズンは、上記のような幸運なハリケーン進路の変更の他に、雨が少ないことが特徴です。それはコレラの大発生を防ぐことにはなりますが、農業のことを考えると深刻な問題です。

 今年の春の収穫高が最近発表されましたが、(2010年1月の大地震以前の最後の確かな数字である)2009年の60%しかありませんでした。昨年よりはわずかに改善したものの、インフレが続く中、ハイチの多くの人々にとって状況は本当に悪くなっています。インフレ率は最近少し低くなったとはいえ、現在約150万人の人々が食糧不足の状態にあると言われています。

 干ばつがもたらすもう一つの悪影響は、もちろん飲み水です。地下水が豊富なことで知られているレオガンでも、ほとんどの井戸が干上がっているのです。ジェンのオフィスでも貯水タンクを一杯にするのに、5月頃は小さな電動ポンプで20分しかかからなかったのに、今は1時間以上かかっています。

 水不足はまたコレラ菌の増殖に適した環境を生み出します。といっても都市部での話ではありません。都市部ではきれいな水と汚れた水を混ぜ合わせてしまう大雨が病気を広げますが、地方の過疎の地域では、水不足のためわずかな水を多くの人々と動物が共用することにより病気が広がるのです。

 今年ハイチではすでに約35000人がコレラに感染しました。今年の感染者数の合計が最終的に昨年や一昨年より減る可能性はありますが、恐ろしいのは最近数か月の間に死亡率が上がってきたことです。国全体では感染者の1.4%が死亡、遠隔地では4%に達した所もあるそうです。何とか許容できる死亡率は1%以下なのですが・・・

 そんなわけで、結局雨が降った方がいいのでしょうか。農業は助かりますが、大都市ではコレラが増えます。それとも干ばつの方がいいのでしょうか。大都市にコレラが大発生することは防げますが、人里離れた地域で死亡率が恐ろしく上昇し、大勢の人々が食糧不足に直面します。
誰もそれを決めることはできません!
 
 

 確かなことは、ハリケーンシーズンは後半に入ったということです。そして、現在の大きな脅威は相変わらず・・・ハリケーンなのです。



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10月 3, 2013 ハイチ, 文化、生活、習慣 |

2013年9月19日 (木)

西村内閣府副大臣(防災担当)がハイチを訪れました

 2014年は、日・カリコム(CARICOM)事務レベル協議開始後20年が経過した年となり、文化交流や経済協力の様々な面で注目されています。

 7月には山田外務省中南米局長、8月中旬には、西村内閣府副大臣がハイチを訪れました。西村副大臣との意見交換会には、JENの邦人スタッフを含め、倉冨在ハイチ大使館大使、他NGOや国際機関で活躍される邦人数名が参加しました。食事を交えながらの交換会は、ハイチの復興状況や支援のニーズ、私たちの活動内容などが話題となりました。

 現在ハイチでは、国際機関を含め多くのNGOが活動しています。主に、教育、衛生、インフラ設備などの分野での支援が中心ですが、まだまだ病院や学校、電気、水、通信などの基本的なインフラも完全とは言えません。しかしながら、道路の設備、ごみ清掃活動やハイチ警察の働きを日々目にし、日々前進しているように感じます。
 これからもJENハイチは、更に安全な水の提供と水衛生教育に力を入れ、活動を継続していきます。

 東京でも今年から来年にかけ、様々なカリブ海の国々の文化交流関連イベントを目にする機会があると思います。その時は是非足を運んでください。

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9月 19, 2013 ハイチ |

2013年8月22日 (木)

2013年ハリケーンシーズンまっただ中

6月1日に到来が正式に発表されたハリケーンシーズンは、ハイチでは年間を通して最も緊張感の高まる期間です。

降雨は農業収穫に欠かすことができないため、雨が多く降るこの時期は、農業従事者にとって大切です。また、外国で暮らすハイチの人びとが、夏休みを利用して故郷を訪れる時期でもあり、更には様々な催し物が行われるのもこの時期の特徴です。

生まれ変わった夏の「フラワー・カーニバル」(前回分参照)も含め、定期的な集まりやビーチでのパーティなど、お祝いをする機会は多々あります。

ハイチの主要都市のほとんどで、夏季は地域コミュニティが開催するパーティーも毎週行なわれます。

例えば今年は、プティ・ゴアーブ市誕生350周年記念の祝祭が、ハイチで著名な歌手やバンドを集めて8月中旬に行われました。現大統領であるミシェル・マーテリーも、この時ばかりは大統領としてではなく、かつて歌手として一世を風靡したスウィート・ミッキー(Sweet Mickey)として参加しました。

これら全ての祭典をよそに、今はハリケーンシーズン真只中だということを誰も忘れることは出来ません。今年は例年ほど降雨量は多くないですが、気温や湿度はとても高いです。

たとえば、今年はすでに18もの熱帯波動が予報され、そのうち8個は既に名づけられています。ということは、少なくとも熱帯性低気圧による破壊的なハリケーンが、かつてない数量予測されているということになります。

ハイチは、ハリケーンに関しては苦い歴史があります。それは、中米をハリケーンが通過する3つのルートの交差路にハイチが位置していることが大きな理由の一つです。ハイチ東方のアフリカからカリブ海東南部の小アンティル諸島経由、もしくは北方、または南西からジャマイカ近辺経由で、いずれにしても嵐やハリケーンは、どうにかしてハイチに到達しようとするのです。

山が多く、森林伐採により国土の2%ほどしか木々に恵まれていないハイチは、大雨による洪水や地滑りに対して極めて脆弱です。

今年は、今のところ幸運に恵まれています。

というのは、”Chantal”と”Dorian”という2つの熱帯性低気圧が連続して大西洋に発生し、ハイチを襲う絶好のルートだったものの、双方ともハイチに到達する前にその勢力が衰えました。特に、”Chantal”はハイチ南部に達する50キロ手前で勢力が弱まったのです。

嵐に関しては幸運に恵まれていますが、雨に恵まれている年だとは言い難いです。
ハイチのほぼ全土で例年より雨が少ないため、専門家は干ばつの危機感を強めています。少なくとも秋の収穫には影響し、数ヵ月後には厳しい食糧危機に直面する可能性もあります。

嵐に関しては幸運に恵まれていると言いましたが、決してシーズンが終わったわけではありません。特に、2008年は”Fay”、”Gustave”、”Hanna”、”Ike”が8月16日から9月6日にかけてハイチを続けざまに襲いました。昨年は、”Sandy”がハイチを襲ったのが10月24日だったことを考えると、今年もまだまだハリケーンシーズンに楽観視していられないのです。

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8月 22, 2013 ハイチ, 事務所・スタッフ, 政治、経済、治安, 文化、生活、習慣, 衛生教育 |

2013年8月 8日 (木)

フラワー・カーニバル

 ハイチでは、カーニバルはクリスマス以上に重要なお祝い行事です。伝統的なカーニバルはハイチ全土で2月に開催されますが、首都ポルトープランスでは更にフラワー・カーニバルが夏に開催されます。

 2012年に30年ぶりに復活したこのカーニバルは、今年は参加者が3日間で100万人を超える規模となり、その中の15,000人はコスチュームや衣装を着ていました。もともとジャン・クロード・デュヴァリエ(「ベビー・ドク」)元大統領のシンボルだったカーニバルですが、現在は観光客を呼び込むイベントとなっています。

 夏は、海外に住んでいる多くのハイチ人たちが、家族に会うためハイチに戻ってくるシーズンです。そのため、夏にカーニバルを開催すれば、海外に住むハイチ人が家族や他の市民たちと一緒に祝うことが出来ます。
 また、関係者によると、毎日平均1,500人ほどの観光客や訪問者が、カーニバル一週間前からトゥーサン・ルヴェルチュール空港を訪れ、ホテルやレストランも客数がピークに達するなど、経済的にもとてもよい効果がありました。

 今年は昨年と比べ大きな事件などは起こらずに開催することができました。 また、来年のカーニバル開催の話し合いがすでに始まっています。ブラジルの代表団もカーニバルに参加し、今後このイベントを2月のカーニバルと同じぐらい重要なものにするために改善すべき点なども話し合われました。




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8月 8, 2013 ハイチ |

2013年7月25日 (木)

ジャンティ(グランゴアーブ)での給水施設引渡し式

 JENは、日本政府と皆さまのご支援によって、ハイチで水衛生関連の事業を行っています。
 ハイチ水衛生局との緊密な連携のもと、水管理委員会の結成・強化、給水施設の建設・修復等を進めています。対象は3つのコミュニティですが、そのうちジャンティ地区で給水施設2棟の建設、貯水槽1基の建設が完成し、6月30日に多くの住民の参加のもと引渡し式が行われました。地域住民で構成されている水管理委員会のメンバーや衛生促進ボランティアが、JENスタッフのサポートを受けて引渡し式の準備を行ないました。

 合計5時間にも及んだセレモニーでは、まず水管理委員会のメンバーが、住民主導で給水施設を維持管理していくコンセプトについての説明を行いました。コミュニティにおいて飲料水の供給を維持するために重要なこと、特に、全ての世帯が公平に毎月の使用料(毎月1USドル以下)を支払う必要性に焦点があてられていました。

 ジャンティでは、2010年に他の国際NGOによって電動式水ポンプ設置の支援が行われていました。しかし、清潔で安全な水を供給できる環境ではなく、また貯水もできないため、ハイチの不規則な電気供給(1日最低数時間)とあいまって大きな問題となっていました。

 今回JENが建設した貯水槽は154世帯分・6万リットルの容量があり、なにかの理由で数日間電気が供給されなくても、一家族あたり390リットルを蓄えておくことができます。加えて、塩素を使った水の浄化処理システムを導入した2棟のキオスク型給水施設の設置により、浄水にかかる時間が大幅に短くなりました。

【右側:貯水槽、左側:キオスク型給水施設
それぞれ公式に引渡しが行われました】

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“DLO SE LAVI!”(水は命だ!)は、おそらくハイチで最も多く繰り返されるメッセージです。言うまでのないことですが、きれいな水が命です。
 キオスク型給水施設のきれいな水でも、使い方が適切でなければ、あとで汚染されてしまいます。そのため、セレモニーでは最も時間をかけ、クイズやゲーム、寸劇を通して衛生に関する知識を明確に伝えました。これは、JENのスタッフからトレーニングを受けたボランティアが運営した音楽付きの遊びの要素のある催しで、積極的な参加者に石鹸、トイレットペーパー、歯ブラシや歯磨き粉等詰め合わせの衛生キットを賞品として渡しました。いつもどおり子どもたちが最も熱心で、それはJENがこの日の一番に対象と考えていた年齢層に完全に一致しました。というのは、子どもたちは未来を担う存在です。彼らのふとした行動から環境が好転するか、あるいは、習慣にならないと、これまでどおり、洗っていない手を家庭のバケツにつけて水を汚してしまいます。

 現在、建築作業も引渡しも完了し、水管理委員会のメンバーにとって最もやりがいのある仕事が始まりました。人々は、毎月の使用料を定期的に集めて、必要に応じて施設を修理することができるでしょうか?それともハリケーンに襲われ、集めたお金では施設の修理に足りないようなことになるでしょうか。

 現時点では、残念ながら誰もこういった質問に答えることはできません。しかし、JENのスタッフは事業終了の10月末まで、水管理委員会のメンバーをサポートし続けます。

【コレラについて寸劇をする衛生促進ボランティア】
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7月 25, 2013 ハイチ, 水管理委員会, 衛生教育 |

2013年7月11日 (木)

総務会計担当として着任しました!

 皆さん、こんにちは。
 私は、和田志保と申します。この度JENハイチに総務会計担当として着任しました。
ハイチの首都ポルトープランスに数ヵ月前から住んでおり、JENのハイチでの活動をサポートする機会に恵まれ、うれしく思っています。

 私は、16歳から海外に住んだことがありますが、さらに多くの新鮮な体験をしたいと思っています。NGOでの経験は多くありませんが、経験値の高い同僚から多くの事を学びたいと思います。

 JENのレオガン事務所は想像していたより大きく、緑に囲まれ、周りに牛やヤギがたむろしていて、とても平和に感じます。5月から6月にかけては以前は雨がよく降りましたが、今はその機会も減り、毎日気温30度を超える日々です。しかし、ハリケーンがいつ来るかわからないため、いつ来ても良いように注意する必要があります。

 そうそう、業務中に来ているTシャツを写真で紹介しますね。Tシャツそのものの青色は水を意味しており、手の適切な洗い方についての説明がプリントされているのです。

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7月 11, 2013 ハイチ |

2013年6月27日 (木)

新事務所の倉庫が完成しました

 JENがレオガンへの事務所移転を決定した後、新事務所には倉庫施設と車庫がないことが判明し、問題となりました。

 しかし、幸運にも一週間後に、国際NGOハンディキャップ・インターナショナルからテントを寄付されました。
 有名テントメーカーRub Hallの製品ではありませんが、巨大なサイズ(長さ24m、幅10m)、防水、そしてとてもタフな作りであることは本物のRubHallテントと同じです。

 事務所庭の地面を固め、マンゴーの大きな木枝二本を切断し、テントを分解してまた新たに組み立て直す事ができる業者を見つけるのには相当な時間、エネルギーを必要としましたが、最終的には今後の洪水等にも備えた防護を行い、設置完了することが出来ました。

 また、ハイチでの活動を終了するハンディキャップ・インターナショナルから、石鹸、バケツ、ポリタンク、塩素錠剤などの衛生キットの寄付も受けました。

 倉庫施設内は、二つに分かれています。一つ建設チームのための倉庫、もう一つはハリケーンシーズンに備えて衛生キットを保管しています。
 ポリタンク1500個、抗菌効果のある石鹸8500個、そして塩素錠剤230000個のおかげで、私たちは今年の雨季でのハリケーンやコレラが蔓延する前に、即座に対応することができそうです。

 すでに、カバレーという山沿いにある小さな村で衛生キットの配布を行いました。なぜなら、住人たちは川水を使用していて、深刻な下痢に悩まされている人が数十人いたからです。

【専門業者のスタッフ13人がテントを組み立てるのに、半日しかかかりませんでした!】
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【この先更なる大規模なプロジェクトを実施することが可能になる、大きな倉庫です】
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【JENでは、皆様からのご寄付を受け付けています。ご協力をよろしくお願いします。
ご寄付は、こちらから受け付けております】

6月 27, 2013 ハイチ |

2013年6月13日 (木)

【ニュースレター新連載】木山啓子とJENスタッフの往復書簡

啓子さん

お元気ですか?
1月に、啓子さんが山の中の村ゴマンへ
来てから5ヵ月経ちますね。

5/12、ゴマン全世帯が参加する集会が
開催されて、2つの重要なことが決まりました。

一つ目は、全員で協力して節水をすること。
本格的な雨季が来るまで、水不足に悩まされることに
なりそうなので、飲料水を確保するために、
洗濯などの水を節水しよう、ということが決まりました。
二つ目は、水管理費の徴収方法を変えること。

老人や孤児の多いこの村では、
水管理費を払えない住民が、汚い水を使ったていたり
遠くまで水を汲んでいましたが、
今後は、一緒に暮らす世帯ごとに水管理費を徴収するのです。

とはいえ、現在、ゴマンの水管理委員会は、地域住民の
90%から水管理費を徴収することができているんですよ。
それは、正しい衛生知識の意味と必要性を地域住民たちが、
しっかり理解しているからですね。

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毎日、衛生促進ボランティアが、衛生習慣の改善や
水因性伝染病の感染予防を呼びかけているからこそ。
衛生促進員や水管理委員会が中心となって、
ゴマンの住民たちの生活が、日々改善されている様子を、
とても実感しています。

ロマン・ブリー (ハイチ事務所)

【筆者:写真右】
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木山啓子からの返信は、
ニュースレター最新号をご覧ください。
ニュースレター最新号をご希望の方は、
info@jen-npo.org
までご連絡ください。

【JENでは、皆様からのご寄付を受け付けています。ご協力をよろしくお願いします。
ご寄付は、こちらから受け付けております】

6月 13, 2013 ハイチ |

2013年5月30日 (木)

事業開始後4ヵ月が経過しました

 2月より外務省と皆さまのご支援で行っている水衛生環境改善事業は、開始から4ヵ月が経過しようとしています。

 ハイチでは、安全な水へのアクセスが容易でない住民が多く、また給水施設はあってもコミュニティで適切に維持管理を行っていくシステムが機能していないのが現状です。更に、住民の衛生に関する知識が低いため、下痢やコレラに容易に感染してしまうのです。JENは、ハイチでのこういった水衛生分野での優先課題を解決していくため、支援を継続して行っています。

 事業地へは、道なき道を進んでいかないといけない場合もあります。

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 水管理委員会、またその重要性について住民に説明中!
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 納得いかないこと、わからないことは何度も質問を受けます。

 給水施設(貯水槽とキオスク)を建設中。
 完成までもう少しです。

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 引き続き、ハイチでの活動に対するご支援のほどよろしくお願いします!

【JENでは、皆様からのご寄付を受け付けています。ご協力をよろしくお願いします。
 ご寄付は、こちらから受け付けております】

5月 30, 2013 ハイチ |

2013年5月16日 (木)

ハイチの新事務所が開設されました

 JENのハイチ事務所が移転することになりました。ポルトープランスとグランゴアーブの2事務所を、レオガンに統合します。

 2010年1月12日の大地震以降、交通事情が悪いため、フィールドチームが活動地に移動するのに片道3時間から5時間かかっていました。しかし、これ以上時間をかけ続けるわけにはいきません。渋滞で移動時間が長くなることは安全確保にも影響するため、2010年6月にグランゴアーブに第2の事務所を開設しました。

 しかし最近、状況が大幅に変わりました。道路からの瓦礫の撤去、橋の再建、国道の整備により、グランゴアーブ方面へ向かう70kmの行程は、かなり円滑になりました。順調な日は、わずか1時間半で グランゴアーブに到着することができます。
 加えて、現在ハイチで行っているほとんどの事業が、ポルトープランスとグランゴアーブの半分の距離にあるレオガンで行われているのです。
事務所の統合は、コストを削減し、物資調達やスタッフ間のコミュニケーションの効率を高めるために最適な方法です。

 新しい事務所は、国道から250m、MINUSTAH(国連ハイチ安定化ミッション)キャンプからから300m、二つのガソリンスタンドから500m、更にレオガンの中心地から1kmという理想的な立地に設けられ、治安面も良好です。

 18の事業地の内、17か所が5km以内の場所にあるので、移動のリスクも劇的に減らすことができます。(ただ、グランゴアーブ地区から10分以内にある活動地のジェンティだけは逆に離れてしまいます)
 
 事務所が1つになったことにより、国際スタッフ同士の事業地訪問が容易になりました。
関係機関との調整もしやすくなり、グランゴアーブに建設資材のお店が1軒しかないのに対し、レオガンには多くのお店があるため、調達面でもメリットがあります。ポルトープランスで調達の必要性が発生しても、1時間足らずで帰ってくることができます。

 ハイチでの活動3年にして、5月6日よりJENは新しいスタートを切りました。良い方向に進むと確信しています。

 ロマン・ブリ―

5月 16, 2013 ハイチ |

2013年5月 2日 (木)

ハイチの深刻な住居問題

2010年1月12日の大地震以来、ハイチの住居問題は深刻です。
外国のジャーナリストは、被災者たちの住居環境の整備が遅れていると指摘しています。ハイチ政府は、地震から3年の間に、キャンプで生活していた被災者の79%が、キャンプから移転したと報告しています。
住居環境を整備するためには、まず、住居を建てる場所を確保しなければなりません。震災直後、公共スペースやサッカー場、ラウンドアバウト(環状交差点)に自然とキャンプが発生しました。ペンションビル地区(ポルトープランス郊外にある近代化した地域)のゴルフコースでさえ利用されていました。
住居を建てる場所の問題の他に、被災者たちの住まいの移転が問題です。震災被災者のみならず、その後のハリケーンによる被災者など、今も住まいを移転せざるを得ない人びとがいます。首都ポルトープランスには、既に200万人が住んでいます。ポルトープランスには、この人数が働けるほどの職がないにも関わらず、ポルトープランスへ住まいを移す人は増え続けていて、2030年には600万人にまで膨れ上がるであろうと推測されています。人里離れた市北部の地区には、仮設住居を建てる土地があるのですが、水道、交通機関、もちろん仕事もありません。案の定、ほとんどの被災者たちは、そこへ行きたがりません。
また、限られたスペースで大量の瓦礫を処理しなくてはいけない課題も深刻です。ハイチ国内で、トラック1,000台で、24時間1,000日間は必要と見積られています。そして、瓦礫が処理されても、土地の所有権の問題が発生します。ハイチでは、人口の10%の人たちが、土地の90%を所有しています。土地の所有者たちは、自分の土地に新しくできた仮設住宅を、自分たちが管理しようと占拠したり、高額で貸し出すケースもあり、住居を必要としている人たちには届いていません。
仮設住宅の概念自体も、誤って認識している人も多くいます。緊急人道支援分野では「仮設住宅は1,500ドル以下の15平方メートルで国内避難民が最低3年使用できるもの」と言われていますが、多くのハイチ人たちは「地震で壊れた家を、NGOがきちんとした家に建て直してくれる」と誤解していました。
その上、震災以前に住んでいた家よりも、ベニヤとトタンで作られた仮設住宅の方が良いと感じている人も多いようです。
残念ながらハイチの住居問題は、今後も引き続きそうです。
ロマン・ブリ―

5月 2, 2013 ハイチ |

2013年4月 4日 (木)

悲しいお話

 3年間警備員として働いていた、Gさんという男性がいました。

 Gさんは人里離れた南部半島の出身で、そこは教育を受けたり仕事を得ることが難しい地方でした。彼は仕事を求めて首都であるポルトープランスにやってきて、何とか生活していました。

 働いている間、彼はよく調子を崩していましたが、決して検査には行こうとしませんでした。しかし実は、彼は休日になけなしのお金を払って私立の病院へ通っていたのです。

 彼が衰弱し始めた頃、事務所の同僚たちが、彼が何かしらの病気に感染しているのではないか、と私に教えてくれました。

 不幸なことに彼はエイズと診断されていました。ハイチでは未だにエイズは恥ずべき病気だとされています。

 一度は衰弱状態から脱したものの、Gさんは病気であることを否定し続け、ブードゥーの呪いと考えるようになりました。その時からブードゥー教の神官や儀式にお金をつぎ込むようになりました。

 住んでいた部屋は、大家にエイズであることが分かったために追い出されてしまい、最終的にシャーロム教会(プロテスタントのキリスト教会)に流れ着きました。

 2週間、街を探して回ってようやくGさんと出会うことができました。彼はとても弱った状態で、多くの同様な境遇の人たちとともに、汚れたコンクリートの上に横たわっていました。傍らでは、彼と同じようにポルトープランスに出てきた兄が、3歳に満たない彼の子の世話をしていました。

 私たちは兄に、子どもも罹っている可能性があることを話しました。兄は彼を、すぐに子どもを検査に連れて行き、ハイチにある無料のエイズケアセンターに登録するよう説得してくれました。
実はGさんは、もしエイズに感染していなかったとしても無料の治療を受けることができたのです。

 ハイチではどれだけこの様なケースがあるでしょうか。多くの人たちが無知や汚名と差別の恐怖の中で苦しんで亡くなっているのがハイチの実情なのです。

 ロマン・ブリ―

4月 4, 2013 ハイチ |

2013年3月21日 (木)

新プログラム・オフィサーの自己紹介

 私の人道支援との関わりは高校生の時に始まりましたが、その頃ははっきりと意識していたわけではありませんでした。当時、消防署で働くことを目指して学校に通っていました。しかしこの仕事は私には向いていないと感じるようになりました。そこで水管理分野に注目し、その中で公衆衛生のための汚染のない安全な水へのアクセスについて学び始め、ルーマニアで4か月間のトレーニングを受ける機会を得ました。

 その後、イギリスで給排水について学び、開発途上国におけるマネジメントの知識を得ました。その時の研究テーマはインドでもっとも貧しい州であるウッタル・プラデーシュ州での生活用水処理の実現です。これが私にとって初めての海外経験でした。私はフランスの海外県であるインド洋の小さな島“リユニオン”出身なので、このように出かける機会がありませんでした。島を出て、家族の元を離れる際には、世界観を広げて、考え方や知識、文化の異なる多くの人に出会うチャンスを数多く持つことを決意しました。

 研究修了後、直ぐにフランスの水衛生関係のNGOで働き始め、ブルンジに行きました。そこではプログラムマネージャーとして18か月間勤務し、経験を積みました。ブルンジでは3つのプログラムに携わり、1つはコンゴからの難民キャンプ(6500人規模)での水衛生管理、残り2つは水管理ネットワークの構築と衛生啓発、水管理委員会や設備管理の研修でした。

 その後、1年半の間、フランスで生活排水処理の公共サービスの仕事をし、再びフランスのNGOで働く機会を得て、ヨルダンでのシリア難民支援に携わりました。そのNGOは難民キャンプで最初に水衛生分野での支援を始めたNGOでした。そこでは8か月間、4つのキャンプで水の供給と排水管理を行い、さらに別の5~6万人規模のキャンプで衛生啓発とおむつの配布を行っていました。

 そして、3月からJENに加わり、ハイチで働いています。ハイチの事業はブルンジでの経験によく似ています。ヨルダンでの出会いがJENとの最初のつながりです。

 ちなみにスポーツが好きで、時間があるときにはエクストリームスポーツをしています。

ハイチ事務所 ルドビック・ブランコ

3月 21, 2013 ハイチ |

2013年3月 7日 (木)

JENとハイチ水衛生局~緊密な連携開始から間もなく3年

 JENはレオガン地区で活動を始めたのは、2010年1月の地震の数日後でした。農村部の4000世帯へシェルターキットの緊急配布を行いました。
 
 

JENが水衛生分野で初めに取り組んだのは、105か所のポンプの修繕、10の井戸の新設、コミュニティでの衛生促進でした。
 

 現在行っている水管理委員会の導入は、今だけでなく将来のハイチにとっても重要な活動です。
 

 ハイチ衛生局は、地震が発生する前の2009年に設置され、それ以前はNGOの支援で成り立っていました。
 私たちは2010年に水衛生事業を開始した際に、ハイチ衛生局との緊密な連携が不可欠であることに気づき、共同で活動を開始しました。2011年末には水管理委員会が公式に認められ、JENはレオガン地区のコミュニティでの共同給水施設の自主運営を支援しています。これは将来、ハイチ衛生局が農村部の全世帯に水道を供給できるようになる前段階として必要なステップです。

 事業では、Tシャツや横断幕、建物にハイチ衛生局のデザインをあしらっています。これは人びとに、安全な飲み水へのアクセス方法や、現地の行政機関を知ってもらうための方法のひとつであり、国際社会への依存から自立へ、という変化につながることが期待されます。

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 日本からの無償資金協力によるレオガン地区の道路整備プロジェクトでも、JENはハイチ衛生局と緊密な連携を保っています。

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 新しい排水設備のために地下に水道管を設置するプロジェクトで、JENからトレーニングを受けた10人ほどのチームが、JEN支給のヘルメットや安全帯を身に着けて工事に携わっています。JENはその中でチームの監督と調整の役割を担っています。

 国家計画レベルでのJENとハイチ衛生局との関係も良好です。

 JENとハイチ衛生局の共同でワーキンググループ「資本とハイチ地震から3年に学ぶ教訓」を設置し、その前にはハイチ衛生局コミュニケーションディレクターのステファン・ラクロワさんに、JENスタッフやボランティアが着ているTシャツをつながりの証としてお渡ししました。

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 ただ、残念ながらJENとハイチ衛生局との3年の付き合いもまだ公式なものではありません。
 国に認定されるために必要な書類の準備がなかなか難しいのです・・・

 ですが、間もなくハイチ衛生局とのパートナーシップの正式な手続きができそうです。認定されれば、水へのアクセスや水管理のプロジェクトを今まで以上に推進することができるようになります!

ハイチ事務所 ロマン・ブリー

3月 7, 2013 ハイチ, 水管理委員会 |

2013年2月28日 (木)

アクセスの難しい事業地・ゴマンでの成果

海抜200mに位置するグラン・ゴアーブ近郊にあるゴマンという小さな村には、誰もが立ち寄ってみたいと思うような素晴らしい海の眺めがあります。
 しかし、この地への道のりは、急勾配が続く悪路です。未舗装で車が泥まみれになるような道から始まり、すぐに岩に覆われた河川敷と混ざった道になります。

 JENが初めてゴマンを訪れた際、車では到達できず、最後は歩いてやっと辿り着くことができました。汗だくになって丘を登ってきた私たちにゴマンの人たちは驚き、歓迎してくれました。
 JENの事業について手短に説明し、その地域唯一の水源を案内してもらうために、今度は丘を下っていきました。30分も「ブンダ・チッタ(底の底)」と呼ばれている丘を、落ちないように気を配りながら下り続けました。

 谷のような深い丘を下ると水の音が聞こえ、水源を見つけることができました。その水源は危険な岩場にあり、水道管は壊れています。下流は洗濯をする人たち、水浴びをする人たち、水汲みをしている人たちで共有され、さらには動物も一緒に水を飲んでいました。

 私たちは壊れている水道管を見て、まずは村の長老に状況を確認しに行きました。
 詳しい調査の結果、ゴマンはJENが活動すべき場所であるという結論に至りました。国道は丘を下ったはるか先という場所にあるこの村は、生活の基盤が脆弱で、支援活動の必要性がとても高かったのです。

 給水施設を建設する際、工具や鉄、セメントといった道具をすべて水源まで運ぶ必要があります。一部、車やトラックを使うことは出来ましたが、ほとんどはバイクやロバ、徒歩で運ばなければならず、作業は難航しました。しかし、現地の人たちがその悪路を自ら直してくれました。



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 現地の人びとが熱意を持ち、プロジェクトに関わることは、衛生促進活動を行い、コミュニティに広げていくにはとても重要です。また、水管理委員会の設立と運営も、プロジェクトによって毎日の生活がどれくらい改善されたかをコミュニティ全体が実感するためにとても大切です。この村でこのことを実感することができました。
 
 その後私は、ジャパン・プラットフォームのモニタリングでゴマンまで同行しました。衛生促進ボランティアと水管理委員会のメンバーが、給水施設ができてからどれくらい生活が改善されたかについて、関係者であることを示すTシャツを誇らしげに着て説明していたことを、今も思い出します。

(本事業は、ジャパン・プラットフォームの助成及び皆さまからのご支援により行われました。)

ハイチ事務所 ロマン・フリー

2月 28, 2013 ハイチ, 水管理委員会 |

2013年2月 7日 (木)

「キタ・ナゴ」がもたらしたもの(パート2)

 地元の新聞に掲載されていた記事を読んで、「キタ・ナゴ」にはさらに多くの意味があることを知りました。
 
ハイチの現地語であるクレオール語で頻繁に使われる「Mwen pap fe yon pa Kita,yon pa Nagoという表現があり、直訳すると「小さな一歩も長い一歩も踏まない」、意訳すると「私は動かない、ここにいる」という意味です。  キタとナゴはハイチの信仰の一つであるヴードゥー教で信じられている、21の国の中の2つでもあります(ヴードゥー教は、アフリカの複数の国から連れてこられた奴隷たちの信仰や習慣などがベースとなってできたため、ヴードゥー教の儀式では奴隷たちの出身国や部族の名前が多く使われています)。キタ国民は繊細な足を持っていて、ナゴ国民はとても持久力があると考えられています。

 シンボルに使われている木のY字のYはヨルバ族(Yoruba)のYで、奴隷時代にはたくさんの奴隷がヨルバ族から連れてこられたと言われています。このシンボルはヴードゥー教の儀式でヤム(イモの一種)を食べる際にも使用されています。樫の木は、過去には重要な国の資源の一つであり、ハイチがフランスから独立する際に課せられた賠償金の支払いにも多く使われました。

 この行動のもう一つの重要性は、ハイチ国民が外国の支援を受けなくとも、地元にある資源(人的・物質的両面)のみで物事を行えるということを示す機会であるということです。

 700キロは50キロごとに14段階に区切られています。これは、イエス・キリストが死刑判決を受けてゴルゴダの丘で死刑に処されるまでの道中を区切った14ステーションを象徴しており、処刑されてなお復活を遂げたキリストのように、失敗も大きな勝利に転じることができるというメッセージが込められています。

 この行動は、ハイチ人に対して、ハイチの環境のために植林するよう呼びかける良い機会でもあります。レジワからウアナマントへの道のりは、キタ・ナゴ・ロードを人々の心に刻むものであることは間違いないでしょう。

 人々は、「運んでいる木が話す」と言っています。おそらく本当なのでしょう。こういったメッセージを人々に訴えかけながら、この木はたくさんの人々の心に響き、多くのコミュニティーに希望をもたらしました。

 ところで、「キタ」と「ナゴ」と聞くと、上述の意味とは関係ありませんが、日本でも地理的に相反するところ(北と南(沖縄県名護市))にも通じるものがありますね。

☆☆☆☆☆ 参加者大募集中! ☆☆☆☆☆

2/18、2/20 ニュージーランドワインのチャリティ試飲会を開催いたします!

東京会場
■日時:2013年2月18日(月)18:30 – 20:30(18:00開場)
■場所:ザ・リッツ・カールトンホテル東京 2階 グランドボールルーム

大阪会場
■日時:2013年2月20日(水)18:30 – 20:30(18:00開場)
■場所:ホテルモントレ大阪

お問い合わせ、お申込みは、こちら


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2月 7, 2013 ハイチ, 文化、生活、習慣 |

2013年1月24日 (木)

「キタ・ナゴ」がもたらしたもの(パート1)

「キタ・ナゴ(Kita Nago)という儀式的な行進がレオガンに近づいており、渋滞を引き起こすと考えられるため、できるだけ近づかないこと」
このメッセージが治安対策ネットワークを通じて私の携帯電話に届いた時、意味がわかりませんでした。なぜ行進がこの街に近づいているのか、また、有名な儀式であればなぜ今まで聞いたことがなかったのか?

すぐに、たくさんの追加情報が届きました。中には矛盾している内容もあって、混乱するほどでした。それと同時に行進中の集団が街の中心部に到着しました。とても穏やかで幸せそうでしたが、同時にとても疲れて見えました。
それもそのはずです。この人たちは、Y字型をしたとても大きくて重い木を交代で運んできたのですから。ハイチ南部の半島部分で見ることができる、とても古くて美しい樫の木でできていました。

1週間後、「キタ・ナゴ」についてもっと知ることができました。ハイチ共和国の独立記念日にあたる1月1日にレジワというハイチの最も南西にある街を出発し、ウアナマントという最も北東に位置する街まで、実に700キロもの距離を歩くという試みでした。みんなで協力して木を運ぶことによって、参加者たちは他のハイチ人に、「みんなが協力すればどんなことでも可能になる」ということを示そうとしていました。

何十年にも渡る国の混乱のせいでコミュニティーの結束が失われてしまったハイチでは、このような新しい象徴的な行動はとても意味深い、またユニークな試みとして、評価されるべきだと思います。

(次回に続く)

1月 24, 2013 ハイチ, 文化、生活、習慣 |

2013年1月10日 (木)

ハイチの教育

 私は、JENハイチでフィールオフィサーを担当しているベルラン・ヴィジルといいます。
 約3年前にハイチを襲った大地震の1週間後の2010年1月21日より、JENのスタッフになりました。
 今回は、私が一番心配しているハイチの教育システムの課題についてお話ししたいと思います。

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 ハイチの教育システムは、重大な構造上の欠陥として特徴づけられると思います。教育費は、ハイチの一般家庭の所得の割合からすると高額です。約40%の低所得層は子どもを学校に行かせることが難しい状況です。地方に住む家庭にとっては特にそうです。公立学校は基本教育の需要に対して10%にすぎず、また親は子どもを入学させるために教育費を払わないといけません。

 一般的に、学校は10月に始まり、7月に終わります。クリスマスやイースター休暇があるので、授業数はその分大幅に少なくなります。それを補うため、裕福な家庭の子どものみ個人授業を受けます。

 私立ではフランス語で行なわれ、公立ではクレオール語とフランス語が使われます。
 教材も懸念事項の一つです。ほとんどが輸入品であり、他の輸入品同様非常に高価であるため、毎日の食事でさえ得るのに苦労する低所得層にとっては、教材を購入することはとても難しいのです。そのため、教材を持たずに学校へ行く子どもたちも多いのです。
 ハイチ政府は、真剣に国の教育について考えようとしているようですが、まだ目に見える結果としては出ていません。教育は、この国の特定のニーズとして目を向けられているとは言い難いです。

 公共教育の位置付けは、旧宗主国のフランスに自分の子どもを留学させることが出来るエリート層にとっては良いのかもしれませんが、ハイチの現実に即していないように思います。

 また、ハイチでの教育とはビジネスであると言っても過言ではないのでは、と感じてしまう現実があります。教室は子どもで満杯で、先生は無資格というのは珍しくないため、学校によっては、その目的が子どもの教育ではなくある意味お金稼ぎになっているところがあります。

 一方で、有名な私立のエリート校は設立に宗教が関わっており、一般的に都市に存在します。施設は良く整っており、先生の質は高いため特権階級の家庭の子どもが通います。首都ポルトープランスでは、私立学校はよく道角にあり、人びとは「宝くじ学校」と呼んでいます。これは、宝くじ売り場が道角にあることから来ています。

 私は、この「宝くじ学校」を作るのではなく、資格を持つ先生がいて教材や校舎がしっかりした公立学校がより多く出来ることを切に願っています。そうすれば、より多くの子どもたちが教育を受ける機会に恵まれるからです。

JENハイチフィールドオフィサー ベルラン・ヴィジル

1月 10, 2013 ハイチ |

2012年12月20日 (木)

事業以外での教育

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 ハイチでは、国民の80%は劣悪な環境で貧困状態に置かれているといわれています。しかし、90%以上の学校は私立です。
 これらの数字を比べるだけで、ハイチに関して多くを語ることになります。

 教育は、間違いなく、この国を再建するために主要な鍵の一つになります。これは、どの世代にも共通するものでしょう。

 過去10年以上、ハイチ人の多くは充分な教育を受けることができずにいます。このことは、現地語のクレオール語以外を話せる人があまりいないことや、私たちが会う人たちからの質問や反応から、現地で毎日のように感じます。

 数週間前に、以下のような会話がありました。
「ねえ、デンマークはフランスのどの地域にあるの?寒いところ?それとも暖かいところ?」
「いや、確かにデンマークの冬は寒いけど、フランスにある地域ではなくて、デンマークという国だよ。」
「へぇ、本当?じゃあ、何でその人たちはフランスではなくてそこに行くの?」
「たぶん、そこに住んでいるからだと思うけど、違う?」
「うん、わかった。じゃあ、カメルーンはフランスのどの地方?」

 ジェンはハイチで、衛生促進やコミュニティ開発を通して教育を行っています。
しかし、ハイチで特に業務時間外に多く行なっているのは、現地スタッフや人びとと議論をしたり常識を伝えたりすることです。これは、ハイチで生活をしないと経験できないことかもしれません。
 また、このような事業以外での教育は、本当の意味での人道支援なのかもしれません。

12月 20, 2012 ハイチ, 事務所・スタッフ |

2012年12月 6日 (木)

ハイチ人の誇り

 ジェンが事業を行なっているレオガン、グランゴアーブ間を往復する際、青々とした草原に出会います。これは、サトウキビ畑です。砂糖の原料として使うことはもちろん、そのままかじる人もいます。約10円で、お腹を満たせます。

121206_5 ハイチ人にとって、サトウキビの用途としてもっと重要なものがあります。それは、ラム酒を製造することです。ラム酒は、ハイチ人にとって誇りと言えます。最も有名なブランド「バーバンクール」は特にそうです。これは、世界中に向けて輸出を行っている生産物の一つです。日本で日本酒が有名なように、ハイチはラム酒の生産で有名な国の一つなのです。

121206_6 もし一度でもバーバンクールのラム酒を試す機会があれば、まさかそれが西半球で最貧困の国で生産されたものとは思いもしないでしょう。

 カリブ海諸島全体では、バカラのような他のラム酒もたくさんありますが、バーバンクールの品質レベルには及ばないとハイチ人は思っています。基本的なバーバンクール4年もののラム酒です(3スターと呼ばれます)。8年(5スター)ものもあれば、一番見つけるのが難しい15年もの(8スター)も存在します。全て、オークの樽で熟成されます。

121206_8 驚くべき事に、バーバンクールのラム酒はハイチ経済の後退に影響されてこなかったものの一つです。それにはいくつか理由がありますが、地元での消費量は関係ありません。バーバンクールを飲むハイチ人ははごくわずかで、ほとんどの人はサトウキビをつぶした際に最初にできるクレリンというものを飲みます。約4リットルのクレリン が約650円であるのに対し、750ミリリットルのバーバンクール3スターは大抵600円以上するためです。

 ラム酒やクレリンは、他のお酒と同じように、もちろん最初は飲むものです。プルーンやショウガを加えても、十分おいしく飲めます。

 ラム酒は同様に、宗教の儀式や、病と闘うための神秘的な儀式にも使われます。文化へ順応するために、国外からハイチへ移住した人々はラム酒を飲む人が多いです。彼らはよく、ラム酒の味を風味豊かにアレンジします。

 2010年からグランゴアーブでは、定期的にラム酒品評会が開かれています。つい最近も行われ、JENも新しいラム酒を出品しました。しかし残念なことに、その考えついたラム酒についてしっかりと説明することが出来る人がいなかった為、受賞することはできませんでした。
121206_9 次の品評会への準備は、なるべく早く始めたほうがよさそうです。JENチームは負けたままではいられません。

 良いラム酒はハイチの人々の誇りであり、私たちはそれを尊重する必要があります。

12月 6, 2012 ハイチ |

2012年11月22日 (木)

神秘主義

【2010年にレオガンで撮影したブードゥーホールの壁画】

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“ハイチ社会:2011年9月に女性が死亡したと宣されたが、2012年同日に生きていることがわかった”

これは、今週ハイチのメディアで取り上げられた記事のタイトルです。その記事には、2011年のいつどのようにその女性が葬られ、2012年にどのように蘇ったのかが説明されています。
その記事は、事実は問題にしておらず、奇跡を説明しようとしているわけでもありません。こういった考えは、ハイチでは一般的で珍しいことではありません。

ハイチは新しい楽園なのでしょうか?それともあらゆる神が戻ってくると決めた場所なのでしょうか?または、他に理由があるのでしょうか?

実際、なぜハイチ人がそのような情報を当然のこととして考えるか、またなぜ比較的真面目なメディアが、わざわざ外部に対してそのような情報を公開するのかを理解しようとしなければ、ハイチを理解することはできないかもしれません。

ハイチ人は、ほとんど皆が神秘主義を信じています。これは、ブードゥー教と直接つながっているようです。ですが、ブードゥー教は神秘主義が起源なのか、また逆なのかはわかっていません。

11月 22, 2012 ハイチ, 文化、生活、習慣 |

2012年11月 8日 (木)

出張地ハイチより 2

 ジェンは、2010年1月に発生した大地震直後に実施した緊急支援を経て、2010年5月より、地震の被害が最大であった西県における緊急復興支援として、ニーズが非常に高い水衛生分野に焦点を当て、これまで3年弱の間活動を行ってきました。

 今回は、過去の事業含め、アクセスが可能な事業地を中心に視察しましたので、その模様をお伝えします。というのは、10月末にハイチを襲ったハリケーン・サンディの影響(10月31日現在、ハイチでは54名の方が亡くなった模様。UNOCHA)により、道路のアクセスが確保されないところも多くあったのです。

【塩素によって水の浄化が出来るよう、井戸に隣接して浄化処理設備が備え付けてあります。】
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【洗濯場所が隣接してあります。】
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【現事業地の一つであるここで、貯水槽の建設が急ピッチで行なわれています。】
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【ハリケーンの影響でしょうか、移動中に大木が小川を挟んで倒れていました。】
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【移動中に、素晴らしい景色を見ました。】
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 今後も、引続き皆さまの温かいご支援をどうぞよろしくお願いします。

海外事業部/牛久保純平

11月 8, 2012 ハイチ |

2012年10月25日 (木)

出張地ハイチより

 10月18日に日本を発ち、ニューヨークでトランジット後、翌日正午過ぎにハイチの首都ポルトープランスに到着しました。

 私にとって、今回が初めてのハイチへの渡航ですが、着陸間際に上空から市内を見る限り、薄灰色の簡易ビル群や支援物資の生活用テントばかりが目についたため、第一印象は正直ポジティブなものではありませんでした。

 しかし、ジェンの現地スタッフや事務所近辺の人たちの気さくで優しい態度が、そのイメージを払拭してくれた気がします。

 現在は、ポルトープランス事務所で業務調整を行なっていますが、近々事業地(レオガン、グランゴアーブ)に移動する予定です。その模様は次回お届けするとして、今回は事務所周辺の写真をお楽しみください!

【ポルトープランス事務所入口】
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 カリブの島というイメージの通り、色々な木が茂っています。

【マンゴーの木】
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 事務所の敷地内には、マンゴーやヤシの木もあります。マンゴーを早速頂きましたが、甘くておいしかったです。

【事務所周辺】
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 果物や衣料品他、様々な店が軒を連ねています。

 
 
 海外事業部/牛久保純平

10月 25, 2012 ハイチ, 事務所・スタッフ |

2012年10月18日 (木)

クレオール語 ~ハイチ人のアイデンティティ~


[“JEN” は首都ポルトープランスの壁に見られます。。]
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 ハイチには、フランス語とクレオール語という二つの公用語があります。フランス語は公的機関やビジネス等で使用され、クレオール語はハイチ人が日常的に使います。

 もともとクレオール語は、先住民や奴隷とされた人々がお互いを理解するためにそれぞれの母国語を混ぜ合わせて使っていた言葉でした。それが、奴隷とされた人々だけで使われるように変化していきました。 1804年の独立後には、書き言葉としても体系化されていきました。

 書き言葉としては音標文字に近いです。話し言葉としてのクレオール語はフランス語に近いですが、もう少し複雑で、フランス語を崩したような印象を受けます。

 世界中のどの言語にも見られるように、言語は文化を反映しています。その為、言語を理解することは、その国の人々や関係をより良く理解することにつながります。

 クレオール語は、非常にアバウトな印象も受けますが、一方でイメージを表現する詩のようでもあります。例えば、タイヤを膨らませることを表現する際、ハイチ人は「ゴムに風を入れる」という言い方をします。タイヤを膨らませることは、平凡ではっきりした行動です。しかし、クレオール語では、考えを表現するために、それに関するイメージで表現するのです。

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 上記の写真で書かれている「Viv Ayiti tet Kale」を文字通りに訳すと、「髪の毛を剃って前に進んでいこう、ハイチ」ということになります。これは、昨年の大統領選挙の際に、新しいスタートを推進するスローガンとして使われました。実際、「tet take(髪の毛を剃るという意味)」が意味するのは再スタートです。これが、ハイチ人の表現方法なのです。

 しかし、イメージの解釈は人の数だけ存在します。ほとんどの人が、他人の話に共感し理解しようとするのでなく、自分のイメージの中で解釈しています。ここハイチでは、会話の中で共感はそれほど重要なものではないのです。このことは、もちろんよく誤解を招きます。

 ハイチを訪れる機会があれば、いかにJENが知られた存在かに気がつくでしょう。壁の至る所に「Jen Kore Jen」や「Jen an Aktyon」という文字が書かれています。

 しかし、これらは私たちJENとは何ら関係はなく、「Jen」は若いという意味なのです。つまり、上述の意味は「若者が若者を支援する」ということです。

 昨年大統領に選出されたミシェル・マルテリは、当時最年少の候補者で、このメッセージは彼を支援する言葉でした。

10月 18, 2012 ハイチ, 文化、生活、習慣 |

2012年9月28日 (金)

ハイチ・1つのチーム

 9月17日に、ハイチで水衛生事業を開始してから初めて、JENの3つの事務所(ポルトープランス、レオガン、グラン・ゴアーブ)のメンバーが集まりました。会議はグラン・ゴアーブ事務所で行われました。グラン・ゴアーブが、ハイチの事務所の中で一番アクセスが良く、スタッフ数が一番多いからです。


120927 [グラン・ゴアーブ事務所からの眺め]

 会議の目的は、警備員、運転手を含め、スタッフ全員が1つのチームであることを確認することでした。 最初にグラン・ゴアーブ事務所に到着したスタッフは正午頃でした。各人の活動内容により、それぞれにとって都合のよい時間に合流しました。何か食べ物か飲み物を持参すること、だけが唯一の条件でした。

 レオガン事務所スタッフたちは、今日持参した料理は、前日の日曜日に、皆で集まって準備をしたとのこと。32か月前、ハイチへ緊急支援に入った第一陣のスタッフは、ハイチに到着した時の話をみんなにしてくれました。翌日に29歳の誕生日を迎える、現地スタッフで最も長く働いているバーランドのお祝いもしました。


120927_2 [レオガンチームの料理の準備の様子]

 チームのムードメーカー、エキプ・コウヨンは、ジョークで一日中みんなを楽しませてくれました。一番の古株・バーランドから最近入ったスタッフ・ゼファーまで、JENのハイチでの活動を皆で確認し、それとともにスタッフの尽力にお互い感謝しました。もちろん、この2年半の間に、新たな目標に向かってJENを離れた全ての国内外のスタッフや、ポルトープランス事務所の安全のために留まった警備員たちにも、感謝をしました。

120927_3  [エキプ・コウヨンとその仲間たち]

 2010年4月からプログラムアシスタントとして働いてきたフィフィは詩を作り、グラン・ゴアーブ事務所のアシスタントのマリー・ルイーズは、協力して準備できるようにみんなをリード。

   
120927_4 120927_5 120927_6 120927_7 [食事の準備]

 このように、それまではお互いに知らなかった異なる事務所のスタッフ同士が、皆で協力したことで、この日の特別な集いは大成功を収めました。

120927_8 [JEN ハイチから世界の皆様へごあいさつ]

 この日、JENハイチ が1つのチームとして団結したのです。

9月 28, 2012 ハイチ |

2012年9月13日 (木)

真実を語り続ける

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[ハイチにおけるNGOのあるべき姿]

 今日、ソーシャルメディアやアドボカシー団体では、「透明性」という概念が標準となりつつあります。この傾向は、人道支援の世界に確実に影響を及ぼすでしょう。

 透明性はもともと、人道支援において必要とされる原則のひとつでした。活動状況や実績が見える仕組みがあることで、幻想に惑わされず現実的に支援を行うことができます。また、私たち自身を守り、腐敗を防止することにもつながります。私たちのプログラムの成功や改善のカギとなる、評価・モニタリング・分析も可能にします。さらに、受益者のみならず、支援者に対しての説明責任を果たすことを可能にします。

 世界最貧国の一つであるハイチでも、多くの人々は携帯電話やインターネットを使用しています。それゆえ、情報の正誤性を問わず、誰でも団体、人、プログラムについての悪い情報を容易に拡散させることができます。
 特に小さな団体にとっては、透明性の確保はデマ情報に対処する唯一の有効な対策だと言えます。活動状況が見える仕組みがあれば、誰でも容易に、その団体に関する情報が正しいかどうかを照合することができます。

 人道支援を行うにあたり、当初の計画が想定通り完璧にいくことはほとんどないと言えます。現場ですぐに問題やその解決方法を確認して、申請書を書きあげ、数日か遅くても数週間でプログラム申請を提出しますが、承認まで数週間から数ヵ月を要することもよくあります。実際に事業を開始できるまでに何カ月もかかることは珍しいことではありません。
 この数カ月のうちに状況は刻々と変化していきます。さらに、プログラムが開始されてから新しい問題に直面したり、誤りに気づくこともあるでしょう。時には、自分やスタッフ、行政や協力業者の無力を思い知らされることもあるかもしれません。人道支援業界で働く人にとって、どのような問題に直面しても解決策を見つける能力は重要です。

 人道支援活動を行うことは人生そのものに似ています。失敗や課題を経験すればするほど、人は成長し、有能で尊敬される強い人になれます。共感することができるようになればなるほど、他人のことが理解できるようになり、社会で生きていける力が強くなります。

 私たちの仕事は、さまざまな問題を理解し、その解決策を見つけることです。さらに、ハイチの人たちと共に生活することであり、出会う人々に共感し、教育や文化を理解することです。こうすることで、私たちのプログラムが彼らのニーズにより適したものになるのです。さらに、困難や失敗に直面しそれらに立ち向かうことも、私たちの仕事だと思っています。

 チームが持つあらゆる能力が、成功のツールとなります。そして、透明性は私たちの最高の協力者となり得るのです。

 ハイチ事務所長 セドリック・ターラン

9月 13, 2012 ハイチ |

2012年9月 6日 (木)

日々の努力を通じて地元に受け入れられること

 安全対策は、まずも常識的判断によるところが大きいのですが、支援地のコミュニティとの密な関係づくりや支援事業の進展の中で、構築されていくこともあります。
このことから、JENの各事務所では、団体としての任務、活動地域特有の任務、そして安全を確保するための三原則(現地住民からの支持・保護・抑止力)を反映させた、地域ごとの安全ルールを取り入れる必要があります。

 ハイチのように、安全が脅かされ、犯罪のターゲットになることが起こりがちな国では、現地住民からの支持を得る戦略を立てることが有効です。住民からの支持は与えられるものではなく、日々の生活や私たちが支援活動を行なうコミュニティとの間のネットワークを通して得られるものです。

 グランゴアーブの事務所は、都心から離れた海岸近くにあります。これまで2年半に渡り実施してきた事業は地元住民の支持を受けてきたため、近隣住民との信頼関係を築きやすい環境にあります。こうした環境の中では、日々近隣住民との関係を強化していくことで安全性を確保することが可能となります。

 グランゴアーブより大きな都市であるレオガンでも、これまで私たちが実施してきた事業が住民との良好な関係を築く要因となりました。近隣住民が私たちをコミュニティの一員と考え、他の住民と同等に扱うようになることが重要です。日頃の会話、地元商店での買い物、散歩や時には一緒に歌うことで地元住民との関係は強化されていきます。
レオガンの街は多くのところで外壁が倒壊し、多くの住民がその中で生活を送っています。私たちの事務所周辺もしかりです。そのため周辺住民と状況は変わらないということで支持を受け、特段問題は発生していません。

【レオガン事務所。周辺の壁は崩壊しています。】
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 ポルトープランス事務所は、最近場所を移しました。ここでは、住民から支持を受ける取り組みをより積極的に行う必要があります。なぜなら、この首都では直接的な事業を行なっていないため、事業を通した住民からの支持を得ることが出来ないからです。そのため、隣人と路上で会話し、私たちを知ってもらうための努力を行っています。新しい事務所に移った数時間後には、ほとんどの近隣住民は私たちが移転してきたことを知っていました。彼らの中では、私たちが塀を閉ざして生活をするのではないかという誤った噂が広まっていました。そこで、ハイチでの生活スタイルに習い、警備員の協力を得ながら日中は門を開けて近隣住民との交流を図ることにしました。今のところこの取り組みは成功し、近隣住民が私たちを理解し、彼らに対して何も隠しごとをしていないことも理解してくれるようになってきました。
 彼らが私たちを理解すればするほど、私たちの安全も確保されることとなるのです。


【ポルト―プランス事務所の入口】
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9月 6, 2012 ハイチ |

2012年8月16日 (木)

ハイチに戻って


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【ハイチならでは?グラン・ゴアーブにある標識:「要注意:海辺で「排便」をしないでください」】

 私はこれまで地球上の他の場所で、ハイチ以上に、地獄のような大変な思いをしたことが多々あります。しかし、ハイチは特別であり、そのユニークさはなぜかブレないものがあります。

 私の経験上、一日のうちにこんなにも多くの、変わった面白い出来事に遭遇する国は他にないのではないかと思います。私がハイチに戻った理由はここにあるのかもしれません。
数ヶ月も経てば、今日面白く思えることもストレスの要因となり、他の人たちと同様にハイチに変化をもたらすのは無理だと悲観的になってしまうことが目に見えていても。

 ハイチの可能性は、現実を見て落胆する前の、まだモチベーションが非常に高い人々を、新たに引き寄せる力にあるのかもしれません。

 ハイチでは、次々と色々な出来事が起きます。
 例えば、新居のオーナーが飼っているうホロホロ鳥を私の犬が捕まえてしまいました。私が焦っていたところ、そのオーナーはこの話を聞いて幸運にも笑って済ませてくれました。
 インターネット接続が不安定だからとプロバイダーのヘルプデスクに問い合わせても、「モデムに接続する」以外何も解決策を提案されませんでした。
 冷蔵庫は半日停電状態の台所のコンセントに差し込みっぱなし。「電気なんて一日中は必要ない。テレビさえ見られれば十分」と考えているからのようです。
 更には、家の鍵でと間違えて金庫の鍵を大家さんに渡してしまった、なんておかしな話も聞きました。

 このように、ハイチの現状を面白おかしく受け取ることもできますが、その一方で、未だに深刻な課題は多く残っています。

 ハイチの厳しい現実を反映して、今年開催されたロンドン・オリンピックに出場したハイチ人選手はたったの5人でした。そのうち4人はアメリカで生まれ、育ち、トレーニングを受けてきたそうです。

ハイチ事務所長 セドリック・ターラン

8月 16, 2012 ハイチ, 文化、生活、習慣 |

2012年8月 2日 (木)

公共電力の供給を受けるためには②

 そういった状況を知ってはいましたが、ジェンのレオガン事務所に公共の電気をひこうとした際、大変さを実際に体験することになりました。
 事務所に電気をひくために必要なケーブルの長さを図るための現場調査をするための技術者が来るまでに一か月以上。それでも、レオガン市街地の中心に事務所があり、電柱がすぐ隣にあるという状態は、恵まれていると考えるべきでしょう。

【写真:レオガン事務所】
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 最近ではハイチ電力にはケーブルのストックがないため、家主が高価なケーブルを買わなければいけません。1フィート(約30センチ)が2ドル50セントするので、ジェンの事務所にはケーブル代だけで450ドルかかることになります。ハイチ電力へ支払う登録料の250ドルを足すと、合計700ドル。そこまでしても、安定した電力供給は受けられません・・・

 今回かかる費用は、仕事に就いている恵まれたハイチ人(失業率の高いハイチでは仕事に就いていること自体が恵まれていると考えられます)の6か月分の月給にも匹敵します。

 安定した電力供給を受けるための最善策は、違法な電気ケーブル接続をやめることなのですが、それを人々に理解してもらうのには、長い時間がかかることでしょう。
 悪循環とはまさにこのこと?

8月 2, 2012 ハイチ, 文化、生活、習慣 |

2012年7月19日 (木)

公共電力の供給を受けるためには①

 ハイチにおいて、家に公共の電気をひくことは、非常に難しく、コストがかかり、長いプロセスです。

 多くの途上国同様、ハイチはインフラの不足に苦しんでいます。Baby Docの愛称で知られた独裁者ジャン・クロード・デュバリエが1986年に権力の座を追われて以来、26年の間に18人もの大統領が国を治めてきたのです! 実際には、18人ではなく、13人の大統領が18回にわたり大統領の座を入れ替わり立ち代わり務めていたのですが。なんと、時には一週間にも満たずに大統領が変わることも・・・

 この極度の政情不安、山の多い険しい地理的条件、また頻発するハリケーンが重なり、電気や水道といったインフラが向上するには難しい状況が続いてきました。

 一方で、過去30年間で人口は急速に増え続け(1986年:650万人⇒現在:推定1000万人)、携帯電話、テレビ、ラジオ、扇風機などの電化製品の利用が以前より一般化し、電力需要は高まるばかりです。しかし前述のような様々な事情で、ハイチ電力は人々の需要に応えることができていません。

 そんな中、深刻な事態が起きています。ハイチ電力に幻滅し、ハイチ電力の技術者を何か月も待つことにうんざりしたハイチの人々は、なんと自分たちで違法に電線を繋げて電気を使い始めたのです!

 たくさんの電力が「盗まれている」中、ハイチ電力は電力網を拡大することはできず、さらには電力網がすでにある場合でも、24時間安定した電力供給をすることすらできません。また、さらなる人員を雇う余裕もないため、メンテナンスや違法に繋げた電線の調査などができる状況ではありません。

(続く) 

7月 19, 2012 ハイチ, 政治、経済、治安, 文化、生活、習慣 |

2012年7月 5日 (木)

ハイチでの勘定

 ハイチでの勘定は少し特殊です。公式な通貨はハイチアン・グルドなのですが、ある意味非公式な想像の通貨として、ハイチアン・ドルが存在します。
ハイチアン・ドルはアメリカン・ドルではなく、またハイチアン・ドルの紙幣や硬貨が存在するわけでありません。

 1ハイチアン・ドルは5ハイチアン・グルドに相当し、日常の中では、出回っている通貨はハイチアン・グルドだけですが(写真参照)、物の値段はハイチアン・ドルで言われることが多いです。例えば、コーラは25グルドしますが「5ハイチアン・ドルだ」と値段を言われます。

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 他の国で過去に見られてきたように、インフレーションによって通貨の価値が激減し通貨が変更され、それで前の通貨であったであろうハイチアン・ドルの名残があるのかと最初は思っていました。
 しかし、過去に一度もハイチアン・ドルは存在したことはなく、1980年代に固定相場制が採用されていたときの1米ドル=5ハイチアン・グルドの名残のようです。それにしてもいくら名残と言っても20年以上もの間使われ続けるのは不思議です。

 
 そこで、ハイチ人たちに聞いてみると、ハイチアン・ドルのメリットは数字が小さくて済むことだそうです。1000グルドだと数字が大きいけど、ハイチアン・ドルだと200で済むから数えやすい、とのこと。
 結局ハイチアン・グルドで支払うから割り算もしくは掛け算をしないといけないから最終的にもっと複雑なのではと思うのですが、数字が大きいと、数えるのが大変でいくら使ったか分からなくなる、とまたまたハイチらしい面白い理屈がありました。

7月 5, 2012 ハイチ, 文化、生活、習慣 |

2012年6月21日 (木)

住民総会

現在レオガンで実施している事業において、給水施設の維持管理を図る水管理委員会と、維持管理体制を支える利用料徴収システムの構築を進めています。

 2012年2月からジェンスタッフによるトレーニングを重ねてきた水管理委員会は、地域住民の前で維持管理体制の仕組みと水管理委員会の役割を説明し、理解を得る場として、住民総会を6月から開催し始めました。

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 住民総会のプログラムは下記の通りになっています:

(1) 開始の祈り 
(2) 水管理委員会代表から住民を歓迎する言葉と総会の主旨説明
(3) 水管理委員及び衛生促進ボランティアの紹介
(4) 水管理委員会の経緯
(5) 水管理委員会の規約の紹介・説明
(6) 水管理委員会の予算(利用料金の設定)の説明
(7) 給水施設の維持管理体制への登録の説明
(8) 質疑応答
(9) 水管理委員からの感謝の言葉
(10)  終わりの祈り

(0)住民の集まり
 地域住民との集まりは1時間以上遅れて始まるのが普通です。遅れてくる人たちは、急ぐ様子も悪びれた様子も全くなく、ゆっくり歩いてやってきます(そして結構おしゃれをしてやってきます)。他方で、時間通りに来た人たちは、遅れに苛立つ様子なく、暑い中おしゃべりをしながら待っています。

 (1) (10) 始めと終わりの祈り
 ヴードゥ教と組み合わせている人も多いですが、ハイチ人の8~9割が一応キリスト教徒とされています。そのためほとんどの住民集会の始まりと終わりには祈りが捧げられます。皆が一斉に立ち上がり、暗記済みのお祈りを口にし始めます。

(2)~(7) 説明
 日本人と比較して、ハイチ人の多くは人前で話すのが上手な人が多い、あるいは緊張せずに話す人が多いです。また、住民を笑わせたり、巻き込みながら話せる人の割合が高いです。


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(8)質疑応答
 ハイチ人は比較的遠慮なく質問をし、意見を言います。
 水管理委員会と維持管理体制の説明をする住民総会で必ずと言っていいほど出る質問は、「徴収した利用料を水管理委員が悪用するのでは?」という内容のものです。私利私欲に走る人が多く(必要に応じての場合も多いが)、学校でさえ先生が生徒からお金を取ることがよくあるような社会では、もっともな質問です。

 それでも維持管理体制に登録し、利用料を払う住民が多いことは、水へのニーズが高いこと、維持管理体制の重要性・必要性への理解が得られたこと、さらに水管理委員会への信用が少しずつ築かれていっていることの証だと思います。

6月 21, 2012 ハイチ, 水管理委員会 |

2012年6月 7日 (木)

ピンク・ハウスで12時!

 八千代エンジニアリング/国際協力機構との協働の下、レオガン地区における道路工事労働者支援事業を2012年3月からレオガン市内において実施しています(同じレオガン地区において、ジャパン・プラットフォームの協力により水管理委員会を通じた水衛生改善事業も実施中)。
5月より、レオガン地区での道路補修工事に携わる全ての労働者に対して、毎日正午にセキュリティー・トレーニングを実施しています。

 実施場所はレオガン市内の中心に位置するジェンレオガン事務所―ピンクハウスです。

ピンクハウス
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 現在、レオガン市内の13か所において、地元の建設業者2社が同時並行で工事を進めています。工事進捗に影響が出ないよう、異なるチームから出席者をピンクハウスに集めて、セキュリティー・トレーニングを実施しています。

 トレーニングは、主なセキュリティ・ルールを示した10のショートビデオを使って行われますが、上映中には参加者との活発な質疑応答が行われます。
 それぞれの経験に基づいて、現場で何をすべきかすべきではないかについて議論にまで発展することがあります。



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 トレーニング修了の証として、各労働者はヘルメットにシールを貼られます。また、全ての参加者は、勤務中にヘルメットやベストなどの最低限の防具を装着することに同意する書面に署名します。



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 どの工事現場でも起こりうる事故がなくても、レオガンにおける道路工事は様々な困難に直面しています。
 例えば、水が豊富なレオガン市内では、道路工事のための掘削を行っている途中で水が溢れ出てしまい、水を汲みだすのに何時間もかかることが頻繁に起きています。

 ジェンはこのように厳しい環境の下で働く労働者たちが、少しでも事故に遭わずに安全に仕事を遂行できるように、引き続きセキュリティー・トレーニングを実施しています。

6月 7, 2012 ハイチ |

2012年5月24日 (木)

マンゴの季節、雨の季節、コレラの季節

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 本格的な雨季に先立ち、ハイチでは3月下旬頃から雨が降り始めました。特に夕暮れから夜にかけて、時にはスコールのような大雨が降ります。雨によって道路が遮断されたり、橋が落ちたりと、人々の日々の生活に影響が出ており、さらにコレラ感染のケースも増加し始めています。

 マンゴの季節に入ると、現地のハイチ人スタッフは口々に言い始めました:「マンゴの季節と雨の季節が来ると、コレラの季節が来る!」と。

 マンゴの季節になると、いたるところでマンゴが売れ始めます。
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 ハイチ人スタッフたちの話によると、おいしいマンゴが増えると、マンゴをきちんと洗わずに食べてしまう人が増え、コレラを始めとした感染病も増加する、というつながりがあるようです(ちなみに、マンゴはそのまま皮のある状態でガブリと、がハイチでの食べ方)。

 4月中旬には、国際機関によるコレラの予防接種キャンペーンが開始するなど予防策が取られ始めています。このような状況の中、ジェンはハイチ人スタッフたちによる衛生促進トレーニングを7つのコミュニティーで現在行っています。

5月 24, 2012 ハイチ, 文化、生活、習慣, 衛生教育 |

2012年5月10日 (木)

ハイチのみなさん、2年間ありがとうございました!

 2010年4月下旬に赴任してから2年が過ぎ、大好きなハイチとお別れする時が来ました。到着当初は訳もわからず時が過ぎましたが、ハイチ人スタッフや活動を通して知り合ったたくさんのハイチの方々、またハイチで活動されているたくさんの団体・機関の皆様にお世話になり、無事に任期満了を迎えました。

 さて、復興が遅いと報道されているハイチですが、この2年間で私が見た変化をお伝えしたいと思います。

写真①大統領府
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 未だ崩れたまま変化なし、と思われがちですが、実はがれきが撤去されています!大統領府だけでなく、街中でも変化は顕著です。

写真②豪雨で洪水
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 すぐに洪水になってしまうのは相変わらずですが、実は側溝が新たに建設されており、以前よりも洪水の一因になっていたゴミの量が減った地域もあります。

写真③
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 JENが掘削した井戸を自分達で維持管理できるように、井戸を管理するコミュニティーの水管理委員会が保守及び塩素代として月々約50円の料金を徴収しています。
料金の支払いが完了したことを証明するスタンプブックを掲げている住民の方

写真④
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上記水管理委員会に月々の井戸利用料を支払った証明
 井戸は故障もしますし、飲料水にするためには塩素が必要な地域もあります。井戸を建設するだけでは、一時的な対処にしかなりません。継続的に利用するため、ひいては自立支援につながるよう、コミュニティー自身の力で管理し続ける仕組みが大切で、このスタンプはその成果です。

 住民の方にとって、以前は川の水を無料で使っていたため、水に対して利用料を支払うことは簡単なことではありません。なぜ利用料を払うのか、清潔な水が何故大切なのか。その理由を理解してくれたからこその変化です。

 まだまだ被災者の皆さんが安心して暮らせる状態には至っていませんが、少しずつ、変化は起こっています。また数年後にハイチに戻った時、どんな変化が見られるか楽しみです。

(現地事務所代表 高尾裕香)

5月 10, 2012 ハイチ, 井戸建設 |

2012年4月19日 (木)

ジミー・ピエール、ハイチに新しい仲間が加わりました

20120419  新たに総務・経理アシスタントとなりましたジミー・ピエールです。ハイチの首都、ポルトープランスで生まれ育ちました。双子の娘をもつ39歳の父です。

 私は、CUSOPHAJという、ハイチにて日本文化を振興している団体に所属しています。そこで日本について学ぶと同時に、日本語初級コースの教師としてボランティア活動もおこなっています。

 これまで13年間教師の仕事に就いてきましたが、異なる分野での経験を積みたく、2週間前よりJENで働き始めました。同僚にも恵まれ、支援事業に関する知識やスキルを磨くことができて充実した日々を過ごしています。また、ハイチで活動する様々なNGOの中でも、JENはより明確な支援を実施している団体の一つです。

 大地震の影響は未だ続きますが、私たちハイチ人がこうやってJENと出会えたことは良い縁であると信じています。

4月 19, 2012 ハイチ |

2012年4月 5日 (木)

Back in Haiti!

  プログラム・オフィサー ロマーンです。JENとともに働くために再びハイチに戻り、10日が経ちました。
 この10日間で、ポルトープランスの市内や、グランゴアーヴのオフィスへと延びる幹線道路にあるレオガン、カルフール、Martissant, Mariani, Gressierのいたるところで、復興の兆しを見ることができました。
 2010年3月~2011年7月、ハイチでJENの活動に参加をしていた際、これらの都市は何度も訪れましたが、9ヶ月の間に変化が起きてました。多くの瓦礫が既に撤去されており、道路は全面的に通行可能となっていたのです。地震により深刻な影響を受けていた国道2号線も既に回復しており、渋滞も緩和されています。ポルトープランスの渋滞が完全に解消されるまでには至っていませんが、この国の首都は確実に復興へ向かっています。満員の路線バスは以前よりもしっかりと運行されるようになり、町のゴミ収集システムにも驚くべき改善が見られており、町全体の雰囲気が以前と異なるものになっています。何百人もの子供たちが制服を着て、安全な場所で無料の送迎バスを待つ姿を目にすることもできました。

 こうしたハイチの復興状況を目の当たりにしたことで、私は9ヶ月間もこの国を離れていたのだと考えさせられました。この9ヶ月間を私はヨーロッパで過ごし、そこではハリケーン被害、政治的な緊張や社会不安が起こった時だけではありましたが、メディアによる報道がなされ、ハイチの様子について十分に目にすることができました。しかしながら、私の記憶には2010年3月のこの国の姿があり、そこから多くのものが変わり、現在も変わり続けると感じています。

 また、新たな同僚も加わったオフィスのメンバー、事務所のガードマンからレオガンの知事まで懐かしい顔ぶれの人々と再会しました。中でも、2年前、震災直後から活動を共にした現地スタッフとの再会は、とても感慨深いものとなりました。彼らとは、地震発生後の緊急時に1日掛けて徒歩で山に入り、住宅やとても多くの人が滞在していたキャンプ地の住居を一つずつ巡り地震の被害状況についての調査を実施しました。多くの困難に立ち向かい、肉体的にも疲れ果てていた地震発生直後と現在と比べることはできません。彼らはこの9か月間で驚くほど成長していました。

 私は、9ヶ月の間に心身共にリフレッシュしてきました。そして、このたび、この地で過ごした16ヶ月間の素晴らしい記憶とともにレオガンで新たなプロジェクトをスタートさせるべくハイチに再び戻ることができたことを大変嬉しく思っています。私が今回関わる新たな事業は八千代エンジニアリングと共同で行う道路復旧作業です。私の仕事は、八千代エンジニアリングとともに地元の建設業者が適切に事業を遂行できる環境を整えることです。事業の調整や報告が業務の中心になりますが、“異文化”の中での仕事であることには関わりなく、私自身多くを学んでゆきたいと云思っています。

4月 5, 2012 ハイチ |

2012年3月22日 (木)

Laberger(ラベルジェ)における水管理委員会の選挙

2月上旬に新しいプロジェクト「レオガン地区における水管理委員会を通じた水衛生環境改善事業」という新しいプロジェクトが開始しました。

 この事業では首都のポルト―プランスの西に位置するレオガン地区の7つのコミュニティーで水と衛生環境の改善を行います。ハイチでは長年に渡る国際支援の結果や技術不足から、井戸を掘削しても数年内で故障してそのまま放置されるケースがたくさんあります。JENではこの状態が改善されるように、井戸を責任もって管理できる組織を各コミュニティーに設立します。

 7つのコミュニティーのひとつであるLaberger(ラベルジェ)では、今まで川の水を飲料水として利用していました。このコミュニティーで井戸を掘削し、それを地元の住民自ら管理運営することで、衛生環境を末永く維持できる仕組み作りを行います。

 この水管理委員を選ぶ選挙が先日実施されました。とても「ハイチらしい」選挙でしたので、その様子を紹介します。

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 まずジェンスタッフとの事前打ち合わせ通りに、地元のリーダー的存在の方々がジェンの事業、水管理委員会、さらに各候補者についてそれぞれ説明を始めました。

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 BGMは子豚の鳴き声です。

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 水管理委員会の委員の選定は、挙手による住民投票によって行われます。

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 子どもに授乳をしながらも、住民は参加してくれます。

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 しかし、途中で挙手のカウントが難しくなったようで、「Aを支持する人はこっち、Bを支持する人はあっち」と○×ゲーム形式に代わり、皆がそそくさと移動し始めました。

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 何回かドタバタと移動を繰り返した後、やっと水管理委員会の選定が完了。賑やかに皆が笑い楽しみながら、とてもハイチらしい選挙でした。

(この事業は、ジャパンプラットフォーム、支援者の皆様のご協力で進められています。)

3月 22, 2012 ハイチ, 文化、生活、習慣, 水管理委員会 |

2012年3月 8日 (木)

新スタッフの自己紹介

新たに総務・経理担当としてハイチ事務所に赴任することになりました橋本です。以前は、東京本部にてスリランカ・イラク事業を担当しておりました。

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ハイチを訪れるのは初めてでして、ハイチ人に関しては、純粋で、非常に心優しい人々という第一印象を抱きました。初日から蚊との悪戦苦闘が続いておりますが、日本と同じ地震災害で苦しんでいるこの国の復興に貢献するために、いち早く支援事業の一戦力となれるよう頑張りたいと思います。

どうぞよろしくお願いいたします。

3月 8, 2012 ハイチ, 事務所・スタッフ |

2012年2月23日 (木)

BLOKIS!

「・・・BLOKISは誰もが知っている、いつでもこうさ。
 BLOKISのせいで重要な約束も守れず、電話で嘘をつかなければいけない。
 タップタップ(ハイチの公共ミニバス)は常に満員状態で、イライラし始めて暴れだしたくなる。
 汗をかきながら、電話で「あともう少しで着く」と、遅れるとわかっていながら嘘をつく。
 歩いたほうが速いと思うけど、目的地まだまだ遠い・・・」

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 今ハイチで大人気の若手歌手Wantioの最も有名な曲の一つが、”Blokis=渋滞”です。
その歌詞の一部を抜粋しています。

 ハイチの特に首都の交通渋滞はひどく、ジェンの活動にも影響することは多々あります。
 そして、交通渋滞それ自体に限らず、多くのハイチ人の日常生活における「渋滞状態」の切実さが、印象的に伝わってきます。

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「・・・BLOKISいつでもこうさ、ハイチ全体がBLOKIS状態・・・」

2月 23, 2012 ハイチ, 文化、生活、習慣 |

2012年2月 9日 (木)

Labrietteのようす

 Labrietteでは、ジェンが建設した共同洗濯場を使わずに、すぐ近くにある川を使っている住民が多くいました。
 その理由は、洗濯をする際に多くの水を利用するため、何度も何度もポンプを扱ぐことが大変だったからです。

 そこで、水をためておけるドラムを置きました。
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 そしたら、以前ガラガラだった共同洗濯場が今では、満員状態。
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 さらに、はみ出てしまって、「もっと広く作って~」と、お母さんたちが口にしています。
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 ドラムを設置するというちょっとした工夫が、住民が集まる場づくりにつながりました。

 住民が話し合うスペースとしてだけでなく、水管理委員会が塩素の使い方の説明をするなどの情報伝達の基点ともなっています。

2月 9, 2012 ハイチ, 水管理委員会 |

2012年1月26日 (木)

Toutifのようす

 ジェンがToutifというコミュニティにおいて建設した、給水施設と洗い場の使用状況をお伝えします。

 午前11時です。日光がじりじりと肌にしみます。

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 洗い場では4、5人の女性が、歌ったり、世間話をしながら、2時間くらいかけて家族分の服を洗っています。

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 前は強い直射日光の下で洗濯をしていましたが、洗い場に屋根を設けたおかげで大分楽になりました。

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 黄色いシャツを着て青い空の下にまぶしく輝く彼女は、往復15分かけて、毎日最低3回水を汲みにきます。

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 一つのバケツをいっぱいにするのに3分弱、バケツは大体一個20キロの重さです。
 さわやかに、そして普通のことのように行う彼女ですが、決して楽ではありません。

 それでもジェンによる給水施設建設前は、一番近い水源は、700メートル近く離れた(歩いて往復30分以上かかる)川でした。

 小さな改善の積み重ねで、少しずつ人々の生活が変わっていきます。

1月 26, 2012 ハイチ, 井戸建設 |

2012年1月12日 (木)

安全な水ー知識の伝達

 ハイチでは、水衛生に対する正しい知識と習慣がないためにコラレ等の感染症が発生しております。
 そこで、人々に正しい衛生知識と塩素の役割を知ってもらうために、塩素の使い方の研修を受けたジェンの現地スタッフがトレーナーとなって、地元の人たちに知識の伝達を行いました。

 ジェンが活動しているコミュニティごとに各3名(給水施設を管理する水管理委員会から2名、衛生知識の普及活動を行う保健衛生促進普及員1名)が液体塩素の作り方の研修を受けました。

 ジェンスタッフにより行われた研修の内容は以下の通りです:

 まずは
 ①なぜ塩素を使う必要があるのか、ジェンのチームリーダーが説明をしました。

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 次に、
 ②液体塩素の作り方・気を付けるべき点を、研修を受けている人たちとのやりとりを含めながら、ジェンスタッフが熱く説明しました。
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最後は、きちんとマスクやゴーグルで身を守って(ジェンによって防具セットも配布)、
 ジェンスタッフの母親のような注意深い眼差しの下、一人一人順番に、
 ③実際に作ってみました。
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 研修を受けた水管理委員会と保健衛生普及員がそれぞれの地域住民に対して確実に知識を伝達していけるように、ジェンスタッフは何度も何度も、しつこいと思えるくらいに知識の確認を行っていきました。

 この積み重ねが、知識の伝達のみならず、行動の変化にもつながっていくことを期待しています。

1月 12, 2012 ハイチ, 事務所・スタッフ, 衛生教育 |

2011年12月22日 (木)

みんなの健康のために


 JENは皆様とジャパンプラットフォームのご協力により、塩素ディスペンサーの設置を行っています。
井戸のすぐそばに塩素ディスペンサーを設置することによって水源での水処理を可能にし、塩素消毒の重要性を説いて水の処理を促進します。

 12月初め、ジェンのスタッフが、HTHパウダーという粉を使って液体塩素を作るトレーニングを受けました。
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 まずは水量に対して必要な粉の量を計算。塩素は濃度が大切、足りなければ消毒ができず、多すぎると味や健康にも影響します。
 必要量がわかったら、実際に混ぜる前に手袋とマスクをつけて体を保護。

 トレーニングをしてくれたIPA(Innovayions for Poverty Action)のエリーズさんは、トレーニングを行う時は必ず同じ服で行くんだとか。トレーニング中に飛び散った塩素で服が脱色されてしまうからだそうです。

 塩素ディスペンサーは、レバーを1回ひねるとハイチで一般的に使用されている5ガロン(約19リットル)のバケツに必要な塩素量を出してくれます。
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 じゃあ1ガロンのバケツが来たらどうするの?
 消毒した後、飲み水として何日間保存できるの?
 実際に運用が始まったら出てきそうな問題を思いつく限り確認します。
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 今後はジェンスタッフが水管理委員会、井戸の管理人やボランティアの方を対象にトレーニングを行い、同時にコミュニティーに対しても啓蒙活動を行って、健康に対する水処理の重要性を理解してもらいます。

 水処理に対する知識を得てもらい、家族の健康が守られることを祈るばかりです。

12月 22, 2011 ハイチ |

2011年12月 8日 (木)

本当の「自立」とは

 東日本大震災後の東北での緊急・復興事業に次いで、ハイチ事業のプログラム・オフィサーとして着任しました。

 東北と同様、自然災害に見舞われたハイチですが、世界初の黒人による共和制国家という名誉ある肩書きを持ちつつも、地震前から長年に渡り貧困や内乱に苦しんできた国です。国際援助への高い依存が嘆かれるハイチにおいて「自立」支援とは何か、着任早々考えざるをえません。

 JENはハイチで、給水施設の建設や衛生教育と並行して、住民による井戸維持管理委員会の設立をサポートしています。
 井戸維持管理委員会とは、住民による井戸の日々の維持管理とともに井戸が故障した場合に備えて住民から月々維持管理費を徴収する、住民による、住民のための仕組みです。井戸維持管理委員会の設立というと簡単そうに聞こえますが、支援に慣れてしまったことが壁となり、実際は時間をかけてひとつ、ひとつ学ぶ難しいプロセスです。

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(写真:自分たちが受けた衛生教育の知識を他の人びと住民に伝える住民)

 自立支援は、井戸維持管理の設立のようにプロジェクトを実施している地域で行われる活動のみならず、JEN内部でも行います。
 私の前任者は、現地スタッフの能力向上に力を入れてきました。パソコンやレポート作成などのスキルとともに、言われたことを実施するのみならず、自分たちの活動成果を分析し、自分たちの行動の結果の責任を負うことを、体験を通じて学ぶ機会を設けています。

 援助依存の高いハイチだからこそ、「自立」支援とは何かを追求しながら活動していきたいと考えています。

岸和田ひとみ
(プログラム・オフィサー)

===== ご報告 =============

平成23年度 外務大臣表彰受賞しました。

これまで、JENの活動を温かくご支援くださいました、

支援者の皆様に、深く感謝申し上げます。

詳しくは、こちら

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12月 8, 2011 ハイチ |

2011年11月24日 (木)

継続は力なり、逆もまた然り

 ジャパンプラットフォームや支援者のみなさまのご支援により、10月末で一つの事業が終了しました。

 この事業で一番苦労したのは、井戸管理委員会の設立・訓練でした。

 井戸利用を有料にし、かつ自分たちで運営していくのですが、井戸の管理人の方のみが有給で、あとの委員の方々は無給で運営にあたります。また、有給と言っても月に約250グルド(6.25ドル)前後。
 いくら失業率が7割と言われるハイチでも、管理人になってくれるという人を見つけるのは至難の業でしたが、ようやく委員会が発足しました。

 11月に始まった新事業では、前期事業で設立した井戸管理委員会の活動をモニタリング・サポートすることが一つの重要な活動です。なぜなら、「継続は力なり」ですが、継続することの難しさを私たちはよく知っているからです。

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 華々しく終了した引き渡し式から1~2週間たって、JENの現地スタッフが予告なしで井戸を訪れました。すると、10の事業地のうち7カ所で、井戸の管理人の姿が見当たりません!がっかりしましたが、これも予想のうち。みなさんも経験があるのではないでしょうか?三日坊主になってしまったあれやこれ。

 委員会と話をしてみると、実際に管理人の業務を始めたら、やることがたくさんあってモチベーションが下がったとのこと。

 解決策として、井戸を開放する時間帯を短くしたり、委員会のメンバーと業務を分担するなどの方法が話し合われています。

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 まだヨチヨチ歩きの井戸管理委員会。委員会が自立できるようになるまで、JENはサポートを続けていきます。

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平成23年度 外務大臣表彰受賞しました。

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11月 24, 2011 ハイチ |

2011年11月10日 (木)

世界をより平和にするために

ジャパン・プラットフォーム(以下、JPF)のモニタリングチームがハイチを訪れました。

 ハイチでは、様々なプロジェクトへJPFからも資金助成を受け、行っています。ハイチで井戸を掘削し、住民による井戸管理委員会を構築し、コミュニティ再生を目指している、現在のプロジェクトも、その一つです。

 世界をより平和にするために支援を行う一つの組織として、JENは、専門家の方々やJPFと共に歩んでいます。

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 現在、ハイチで実施している井戸掘削・井戸管理委員会構築のプロジェクト。

11月 10, 2011 ハイチ |

2011年10月27日 (木)

井戸の完成式が行われました

 日曜日はピエール・ルイスにとって大切な日となりました。

 水管理委員会のメンバーとJENスタッフによる6か月の奮闘の甲斐あって新しい井戸ができあがり、完成式が催されました。

 JENの支援により井戸の管理運営を学んだ委員会のメンバーは、今後も集落が持続して水を利用できるように、管理費の徴収という、集落にとって新しい試みに挑戦します(今までは主に川の水を利用していたので、水の利用に支払いをするというシステムがありませんでした。そのため、課金するシステムは新しい試みなのです)。

 徴収した資金は地元の銀行で管理し、井戸の管理や保守に使われます。これにより、集落の人々は外からの支援に頼らずに、自立して安全な水を自分たちの手で継続的に利用できるようになります。

 式典は地元の方々が準備を行い、ステージでは地元の伝統音楽が歌われ、子ども達によるダンスの披露などが行われました。

 集落全体が楽しみにしていたこともあり、たくさんの人が参加しました。踊りは日が沈むまで続き、笑顔が溢れた式典となりました。

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平成23年度 外務大臣表彰受賞しました。

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10月 27, 2011 ハイチ |

2011年10月13日 (木)

井戸管理委員会、ついに始動

 ジェンは6月から、井戸管理委員会のメンバーとともに住民による井戸管理のシステム作りに奮闘してきました。

 メンバーは投票により選ばれ、無給で活動します。実際に活動を始めてからすべきことの多さに気が付き、委員を辞退するメンバーの方もいました。
 残ってくださった委員の方々は、忙しい仕事の合間を縫って週に2回ジェンの現地スタッフとミーティングをし、井戸利用に関する規約を作り上げました。

 ジェンが規約の内容を決めるのは簡単ですが、コミュニティーが選んだ委員が話し合って、実践できる内容の規約を作ることが大切でした。そのため、なぜその規約が必要なのかをメンバー全員が理解をしているか確認した上で、少しずつ規約を作っていきました。

 その規約をお披露目する機会がついに来ました! 住民のみなさんを招いての井戸管理委員会の集会です。

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 改めて井戸管理委員会の紹介をし、規約を説明します。透明性を高めるため、どういった方法で徴収し、誰がお金を管理し、そのお金はどのように使われるのか、どうやって情報を共有するのか、住民の皆さんに説明していきました。

 わかりやすく話すためには練習が必要なため、ジェンのスタッフと一緒にシミュレーションもしました。その甲斐あって、いくつかのコミュニティーではすでに井戸利用者の登録も始まっています。お金を払って水を買う、そういった習慣が全くなかった地域で、本当に意味のある一歩です。

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平成23年度 外務大臣表彰受賞しました。
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10月 13, 2011 ハイチ, 心のケア, 文化、生活、習慣 |

2011年9月29日 (木)

ハイチに新スタッフが到着しました

 新しくハイチ事務所に経理総務担当として着任しました、小坂です。

 これまでは東北事業の経理総務担当として、東京本部に勤務していました。  

21日、乗る予定だった便が台風で欠航し、急遽翌日のシカゴ・ニューヨーク乗り換えの便に乗り、無事に23日にハイチに到着することができました。  

ハイチは初めてなので、見るもの全てが新しく、ピンクや黄色の花、透き通る海に泳いでいる色とりどりの魚を見る度に、心がわくわくします。

 この国は美しいです。過酷な環境に暮らす人々が、この美しい国で、もっと安心して暮らせる日が、一刻も早く訪れればいいと願わずにはいられません。その一助となるために、今、自分に与えられた仕事を精一杯しようと思います。私にとってのこの仕事は、夢でした。  

 小学生の時、祖父の戦争、戦後体験を聞いてから、ずっと平和に携わることがしたくて、中学を卒業して単身アイルランドへ飛び出し、英語や北アイルランド問題を学び、日本の大学在学中にはコソボやセルビア、ボスニア等旧ユーゴスラビア諸国を訪れ、様々な活動をしました。

 卒業後も夢を追い続け、ジェンでアルバイトをしながら、海外事業部の職員に応募し、今年の5月に採用されました。

 たくさんの人に支えられながら、夢の人生を歩んでいる私は、本当に幸せです。その恩返しを、ほんの少しずつであっても、ハイチの人々にしていきたいです。

 

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 平成23年度 外務大臣表彰受賞しました。

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緊急募金を受け付けています。

 ↓↓↓↓↓↓↓

 ○郵便振替口座 00170-2-538657
 口座名 JEN

 
 通信欄に「東日本大震災」と記載ください。


 ○クレジットカード:http://bit.ly/c7R8iA

 
 プルダウンメニューから「東日本大震災」をお選びください。

 その他、銀行へのお振り込みに関しては、恐れ入りますが、ジェン東京本部(03-5225-9352 担当:富田、浅川)までお問い合わせください。

9月 29, 2011 ハイチ, 事務所・スタッフ |

2011年9月15日 (木)

「別人?!」

 われらが海外事業部長のシリルが8月25日に、約半年ぶりにハイチを訪れました。今回の訪問の主な目的は、現在実施している事業の進捗確認や、次期事業形成、また、来年以降のJENによるハイチ支援の方向性決定のためです。

 JENは井戸管理委員会を住民の方で結成してもらい、将来住民の方のみで井戸の維持、管理ができるよう、活動を続けています。
 そんななか今回シリルが見てびっくりしたのは、JENの現地スタッフの成長ぶり。前回来た時と比べると、もう別人のようになっていたとのこと。

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 ここ半年で特に力を入れていたのは、事業地に住む方のキャパシティービルディング(能力強化・向上)とともに、現地スタッフのキャパシティービルディングでした。

 一言でキャパシティービルディングと言っても、教育の行き届かないハイチでは簡単なことではありません。それでも彼らの可能性を信じて、根気強く駐在員のディミトリは彼らに接していました。

 まずは自主性を持ってもらうこと。そして、自分たちで自分たちの力を信じられるようになること。最初はなんでもJENの駐在員に指示を仰いでいて、自分たちで考え、やるべきことを提案してくることはありませんでした。

 それを徐々に彼ら個々の責任を増やしていき、今では現地スタッフが事業地の住民の方のキャパシティービルディングという責任を担い、うまくいかないと悩みながら、どうしたらよいか自分たちで話し合って考えるまでになっています。

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 現地スタッフたちはJENが今後ハイチを去った後もここに残り、ハイチの復興、発展に貢献します。
 彼らが今後ハイチの方々にどんどん影響を及ぼしていくと考えると、とてもわくわくします。

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9月 15, 2011 ハイチ, 事務所・スタッフ |

2011年9月 1日 (木)

地震「グドゥグドゥ」から1年半 <パート2>

 バージル ベルランドさん(以下Bさん)へのインタビュー

ジェンスタッフ:こんにちは。自己紹介をしてもらえますか?

Bさん:こんにちは。私は、1983年9月28日に生まれたバージル・ベルランドです。
ブリストゥ地域にあるぺシオンビルというところに住んでいます。

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ジェンスタッフ:
地震が起きた時、あなたはどこにいましたか。また、その後どうしましたか。

Bさん:地震発生時、私は2人の姉妹と一緒に家にいました。彼女たちは1階、私は2階にいました。
地震が起きた時、私は屋根から屋根へと飛びまわりました。
1人の姉はすぐに家を出ましたが、もう1人は余震が来て家が倒れてしまう直前にようやく家から出てきました。
家が崩壊した瞬間、私たち3人は幸い家から30~40メートル離れたところにいたので助かりました。

私たち誰一人としてこれほど大きな地震を経験したことがなかったのですが、音がとても変だったことを記憶しています。

ジェンスタッフ:地震の間何が一番印象的でしたか?

Bさん:家から飛び出して、屋根から屋根へと飛び移っていた時に、目の前が動いていたのが印象的でした。

ジェンスタッフ:地震直後、あなたの周りはどのような状況でしたか?

Bさん:周辺では大勢の人が叫び、家族の安否を確認していました。
余震の来る前にも、周辺の家々が壊れており、余震後さらにその数が増えていました。
そして、逃げ遅れた家族の名前を呼びながら人々が泣いていました。

最初に感じたのは恐怖で、被害の大きさについてはまだ把握できていませんでした。
15~30分くらい経ってからようやくがれきの下に人が埋まっていることや、多くの犠牲者がいたことに気づきました。

その日は夜がとても早く来たように感じましたが、それでもまだ助けられる人がいないかと外を探す人が歩き回っていました。

私は地震のショックが大きくて、最初何をすればいいかわかりませんでした。
唯一考えていたのは、姉妹が無事に家を脱出したかどうかでした。
なので、周りにいる人たちに彼女たちの安否を尋ね回っていました。
2人に会ったときに初めて安心することができ、親戚たちに電話をしました。

ジェンスタッフ:まだ電話線は繋がっていましたか。

Bさん:はい、地震発生後から1時間たった時から電話が通じました。

ジェンスタッフ:この地震でどなたかお知り合いの方は被害を受けましたか?

Bさん:はい、私はジャクメルで職人として働いていましたが、そこの主任者を務めていた私の従弟と彼の17歳の息子が地震により亡くなりました。また、親友がポルトープランス大学で亡くなってしまいました。

ジェンスタッフ:地震発生直後の夜はどこで泊まりましたか。

Bさん:サッカー場で大勢の人々と一夜を過ごしました。みんな1人で来ていたわけではなかったのですが、グループにまとまっていたわけでもありません。
一晩中人は出入りをしていました。余震がまだ続いていたため、その都度パニックが起き、泣き叫ぶ人もいれば、神様を呼ぶ人もいました。

ジェンスタッフ:あなたは略奪を見かけましたか。

Bさん:地震の最中はそんな余裕はなく、なぜこのような地震が起きたのかと恐怖の中にいました・・・
私だけでなく周りの誰もが経験したことがなかったのです・・・。

しかし、2~3日経ったころに、避難していた私たちは自分の家から物がなくなっていることに気づきました。
その頃から略奪が始まったのではないでしょうか。

ジェンスタッフ:あなた自身は強盗を実際に見かけましたか。

Bさん:いいえ、私はほとんどサッカー場にいたので略奪強盗を見ることはありませんでした。
しかし、自分の家から物がなくなっていました。

ジェンスタッフ:ハイチの今後についてはどのようにお考えですか。

Bさん:まぁ・・・、現時点での物事の進み方は非常に微々たるものだと思います。
まずは、未だに恐怖の中にいる我々を何かのイベントなどを通じてでもいいので一時的に安心させることが必要でしょう。
私自身も何か音を聞くたびにまた大地震だと思い、恐怖が戻ってきています。

国の復興に関しては、国際組織を通して小さな規模でしか進んでいないと思いますが、復興というのは長く時間のかかる取り組みだと思います。

注:ハイチの人々は大地震のことを「グドゥグドゥ」と呼びます

平成23年度 外務大臣表彰受賞しました。

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9月 1, 2011 ハイチ |

2011年8月18日 (木)

地震「グドゥグドゥ」(※)から1年半 

デラジン・マリー・ルイスさん(以下Mさん)へのインタビュー

ジェンスタッフ:こんにちは。自己紹介をしてもらえますか?

Mさん:こんにちは。私は、グランゴアーブ出身のマリー・ルイスです。35歳で、妻であり、4人の子の母親でもあります。
グランゴアーブに住んで14年目になります。

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ジェンスタッフ:地震が起きた時はどこにいましたか。また、その後どうしましたか。

Mさん:地震発生時、私は自分の子ども2人と他3人の友達と一緒に家にいました。
 私は、2人の友達と台所にいて、突然大きな揺れを感じました。急いで家を飛び出し、子どもたちにも外へ出るように呼びかけましたが、子どもたちは家の奥に隠れてしまいました。

転びながらも子どもたちを外に連れ出し、幸い私の家にいた全員が無事でした。

私の家はそれほど被害が大きくなく、窓が割れただけでしたが、周りの家は倒れていて、人の叫びや悲鳴が聞こえました。

地震直後には着の身着のままで町を出て田舎の方に避難しました。それから3か月間、65―70家族と合同でテントの下で暮らしました。

余震は毎日続き、2時間ごとに来ることもありました。一度、いくつかの持ち物を取りに家に帰りましたが、長くはいることができませんでした。近所の家は何か月も誰も戻らず留守のままでした。

3か月後に私はやっと家に戻る決意をしましたが、ほとんどの人は帰るのを怖がり、また帰る家がなくなってしまっているという状況でした。

ジェンスタッフ:この地震で多くの知人は影響を受けましたか?

Mさん:首都のポルトープランスに住んでいた私の叔母さんと叔父さんはビルの下敷きなり、亡くなりました。
レオガンに住む友達も、同じく働いていた学校が崩壊し亡くなりました。

ハイチ全体で多くの犠牲者が出ましたが、私の住むグランゴアーブでは6人ほどが犠牲になったようです。

ジェンスタッフ:ハイチの今後の未来をどのようにお考えですか。

Mさん:まったくわかりません。ハイチの、特にリーダーが頼りなく・・・何も進んでいないように見えます・・・
正直わかりません。

ジェンスタッフ:地震直後にハイチ支援に来た国際組織のことをどう思いますか。

Mさん:とても良い支援活動をしてくれていると思います。

例えば、JENは生きるのに重要な水を提供してくれました。

そのほかにTerre des Hommesという団体は子供を助け、OIMという団体はキャンプに住んでいた人のために家を建て、Samaritan Purseという団体はトイレを設置してくれました。

ジェンスタッフ:あなたは何がハイチの復興を遅らせていると思いますか。

Mさん:そうですね、ハイチの教育施設の数の不足だと思います。

特に首都のポルトープランスでは多くの子供たちが路上生活を送っていて、学校にも通っていません。
そして、道はごみで溢れています。

基本的な衛生教育が必要だと思います。

(※):ハイチの人々は大地震のことを「グドゥグドゥ」と呼びます

8月 18, 2011 ハイチ |

2011年8月 4日 (木)

コミュニティー動員作戦②

110804_7  JENのスタッフたちは今、トレーニングの第二弾で北部にあるPignon(ピニヨン)という町に来ています。ここはHOが1997年から活動している地域で、すでに住民で維持・管理している井戸がいくつもあります。

 実際にHOの活動を目にしたスタッフからは、管理方法などについてたくさんの質問が飛び交います。ですが、HOのもう一人のディレクターであるニールさんはこう言います。

「そういった技術的なことはあとからいくらでも解決法が出てくる。でも、一番大切なのは、3つの信条に基づいているかということ。
 1:透明性、2:義務・責務、3:説明責任。目先の小さいことに取らわらずに、この3つを追及するためにはどうしたらよいか、ということをいつも考えるように」

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 たとえば、水管理委員会の存在を住民が知らなければ、そこに透明性は存在しません。HOはコミュニティーに足を運び、どういった規則に基づいて水管理委員会が活動していて、月々の利用料はいくらで、規則をやぶった場合どういったペナルティーがあるのか、といったことをきちんと利用者が理解しているかテストをします。

 テストをパスしなければ、ポンプの修理・設置はしません。ちゃんと委員会が機能していることを確認してから実際の修理やポンプの設置を行います。

 今まで無料だった水が有料になり、月々50~100円程度の利用料を払わないといけいない。それだけでもほとんど収入のない家庭が多いハイチでは大きな出来事です。

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 住民たちに長期的に井戸を利用できることの重要さ、またコミュニティーが一丸となってみんなが困っている問題に取り組むことの効果を説明して、JENのコミュニティー動員活動は続きます。

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8月 4, 2011 ハイチ, 心のケア, 文化、生活、習慣 |

2011年7月28日 (木)

コミュニティー動員作戦①

 ハイチではコミュニティーという概念が薄く、住民が協力して共通の利益のために活動する、ということがあまりありません。そのため、今までたくさんの国際団体、NG0等が給水施設を建設しても、維持・管理のためのシステムがなく、一度壊れたら放置されていました。

 JENは、建設した井戸を住民の皆さんで維持・管理してもらうため、水管理委員会の設置を推進しています。ただ、今までそういった習慣がなかったコミュニティーにいきなり水管理委員会を動かしてもらおうとしても無理があります。そこで、ハイチの水・衛生分野で長い経験があり、さらにハイチの水衛生局も推奨している団体であるHO(ハイチアウトリーチ)に研修をお願いし、その第一弾が7月初旬に始まりました。

 まずは、JENのスタッフがきちんと方向性も持ってコミュニティーに接することが大事、ということで、HOのディレクターの一人であるロジェさんがJENのスタッフに問いかけます。

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ロジェさん:「今から5年後に、今活動しているコミュニティーの井戸、井戸の周辺はどうなっていると思う?具体的に描写してみて」
JEN(アドン):「水管理委員会がとてもよく機能して、お金が貯まって、そのお金で学校を作り、井戸の周りには花が植わっていて、ベンチもあって、活気にあふれているんじゃないかな」
JEN(ナディア):「水管理委員会は1年もせずにつぶれてしまうわ。帳簿がなくなったとかでだんだん活動しなくなって、水道料金の徴収もできず、ポンプは壊れ、水衛生局はなにもしてくれない。」
ロジェさん:「今ここにいる中で、本当にアドンや他のスタッフがいったような、とてもポジティブな5年後に本当になっていると思う人、手を挙げて?」
誰も手を挙げませんでした。

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 みんなわかっているのです。このままじゃ、きっと水管理委員会を作っても、長期に渡って効果的に活動するのは至難の業だということを。

 それでも、5年後を想像することには意味があります。一つは、自分がどういう方向にコミュニティーを導いていきたいか。もちろん方向性はコミュニティーが決めることですが、スタッフ自身がどういった未来を描けるかによって、彼らのモチベーションも変わりますし、コミュニティーに対しての接し方が変わってきます。二つ目は、起こりうる問題に対して準備ができるということ。

 ナディアが言ったことはあまりにも現実的で、みんなつい笑ってしまいました。リアルすぎたのです。このままではおそらくナディアの言うことが現実になる可能性の方が高いでしょう。でもそうなっては欲しくない、そうみんな思いながらコミュニティーに足を運び、トレーニングは続きます。

(次回へ続く)

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7月 28, 2011 ハイチ, 心のケア, 文化、生活、習慣 |

2011年7月 7日 (木)

レオガン市長との会見

ジェンの活動地であるレオガン市はハイチ地震の震源地に隣接しており、市役所を含む80%の建物が全半壊の被害を受けました。

 わずか30秒間に何千人もの方が亡くなり家を失う中、多くの団体が支援活動を行って、当初、市の中心部はカオスと化していました。

 市役所に勤務する方々も他の市民と全く同じように多くを失い、困難な問題を抱え、家族を守るために必死だったそうです。そのため、市長も市役所のチームも家族を守ることに手一杯で、行政の仕事を両立させることが出来なかったそうです。保存されていた多くの書類やデータが地震により失われたのも、大きな痛手でした。

 2010年5月初めに、国際NGO30団体の代表者50名が集まった調整会議ででは、アレクシス・サントス市長と市役所のチームは、現状を把握するのがやっとでした。復興の進め方について双方に誤解や見解の違いがあり、このNGOと地方政府の初顔合わせでは、建設的な関係が築けたとは言えませんでした。最大の原因は、ハイチではNGOが被災地で活動を始める場合には、事前にあらかじめ地方政府や中央政府と複雑な手続きを経て契約を交わす必要があったからです。

 ジェンは、緊急に支援を必要としている受益者の方々を第一に考えて農村部で活動を続け、事業実績を上げることをとりあえずの目標としました。そして、1年半にわたる活動の中で、CASECsというハイチの最小単位の行政との関係を築きあげ、この度サントス市長と謁見できる運びとなりました。

 サントス市長は既にレオガンでのジェンの活動についてよくご存知で、市レベルのみならず、中央政府との団体登録においても推薦状を発行してご協力くださることになりました。

 それから1カ月後、ハイチでの団体登録に必要な書類の署名がついに完了しました。

 この団体登録が承認されれば、ジェンはハイチでさらに事業を続けていきやすくなります。今後も数多くの事業を通じてこのコミューンの人びとを支援させていただけることは、一番の喜びです。

 (プログラム・オフィサー ロマーン)

7月 7, 2011 ハイチ, 政治、経済、治安 |

2011年6月23日 (木)

地域コミュニティの発展に向けて

 ハイチでは未だ飲み水や電気、教育、医療など生活における基本的なサービスが不足しています。地元政府は、地域コミュニティを活性化させようと、村々に水管理委員会の設置を奨励し始めました。

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 ハイチにおける安全な水へのアクセスについては、以前から国際団体や地元団体が様々に取り組んでいましたが、長く続いたものはあまりありません。ある国際調査団によると、地震の被害の有無にかかわらず、昔建設された井戸で現在使うことができるものは全体の約半分だけでした。

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 水管理委員会の設立は、地域住民が飲み水へのアクセスを自分たちで維持するための第一歩です。委員会のメンバーは地域の中から選ばれます。委員会は様々な問題を地域の人々と話し合って決定していき、さらに水施設の運営を継続維持させるために水の使用料金を回収する仕組みを作ります。

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ジェンは、このように地元住民が自立し、資源を維持していく力を持てるように、縁の下の力持ちとなって水管理委員会の成長をしっかりサポートしていきます。

6月 23, 2011 ハイチ |

2011年6月 9日 (木)

楽しみながら衛生教育

  レオガン市内で行っている衛生教育の様子を見に行ってきました。

 今日はPetit Mignon(ペティ・ミニヨン)という幼稚園で、ユニセフが作成した衛生教育の短編映画を上映します。すでに先生たちに対しては衛生教育指導を行っており、子どもたちの衛生に関する知識は増えたようです。

 小さく仕切られた教室は、屋根はあるものの壁の上部は仕切りがなく、隣の音が聞こえてきます。壁は3方しかなく、入り口にあたる壁は存在しません。そこをブルーシートでふさぎ、映画が見やすいようにします。

 子どもたちが着席したところで、JENの現地スタッフが子どもたちに質問します。
スタッフ:「手は何で洗うの?」
子どもたち:「石鹸!」
スタッフ:「どうやって洗うの?見せてくれる?」
子どもたちが手を挙げて、スタッフに手洗いの仕方を見せてくれます。そして、スタッフが手洗いの歌を歌おうと呼びかけます。手振りを交えてみんな大声で歌いながら、少しずつ歌のスピードが速くなるのがハイチ流。子どもたちはとてもよく歌を覚えていました。

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 次に、スタッフはこれから衛生に関する映画を上映すると伝えます。その時に気を付けることは・・・
スタッフ:「どこを開く?」
子どもたち:「耳!」「目!」「頭!」
スタッフ:「頭を開くのはちょっと難しいかな・・・」と苦笑い。
みんなで大笑いしてから上映会が始まります。30分程度のこの映画は、映像とアニメーションで構成されており、ハイチの主言語であるクレオール語でナレーションが入っています。子どもたちは特にアニメーションがお気に入り。みんな目をキラキラさせて映像に見入ります。

 昨年10月から始まったコレラの蔓延。今年2月には一旦感染報告数が減ったものの、ハリケーンシーズンの開始に伴い増加傾向が見られます。子どもたちはここで学んだ知識を家庭に持ち帰り、両親や兄妹に伝えてくれます。家族全員が健康な生活を送れるよう、支援者の皆さまと、JICAや八千代エンジニヤリングとの協働で活動を続けていきます。

6月 9, 2011 ハイチ |

2011年5月26日 (木)

2011年、ハイチの学校事情

 2010年1月12日の地震により甚大な被害を受けたレオガン地区では、市庁舎や教会、学校を含む全体の約80%の建物が倒壊しました。

 ハイチの学校は全体の90%以上が私立校で、土地の所有権が国の最も大きな問題の一つとなっています(国の土地の90%が、全人口の10%によって保有されている状況)。そこで、多くの大型国際NGOが、ハイチの子供たちが少しでも早く学校に戻り予定通りに卒業できるよう、倒壊した学校の跡地ですぐに仮設校舎の建設を行いました。

 仮設校舎の中は、天井に届かない高さの木製の壁でたくさんの教室に仕切られています。ハイチの学校では電気が無いのは当たり前で、更に教室はいつも定員オーバーです(30㎡に満たないほどの教室に、なんと最大200人もの児童が入ることも!) 耐え難い暑さの上、あちこちの教室から響いてくる声や道路の騒音で、先生の話は2~3メートル離れた場所に座っている児童にはほとんど理解できません。

 残念なことにこのような状況はあまり変わっていませんが、教材や設備、トイレや食堂が不足している中、先生も児童も毎日できる限りのことを精一杯やっています。

 正式な学校を作るとなると、公共の土地や公衆衛生の諸機関を利用するために沢山の省庁に動いてもらわなくてはならず、課題は山積みです。同時に、しっかりとした教員の養成が必須で、教育プログラムの熟考もしなくてはなりません。ハイチでは人口の60%以上が公用語のフランス語の読み書きも話すこともできないため、児童は家族に勉強を手伝ってもらえない状況です。教材は聖書と1960年代の古いフランスの教科書に限られていて、ハイチの子供たちの興味を引く科目が欠落してしまっています。

 最後に、ハイチでは教師が最低所得層であることから、人材に関する特別な取り組みが必要です。この先取り組まなければならない問題の多さを考えると、今のハイチの子供たちはこの先何年も教育を受けることが必要になります。

 JENはレオガン中心部の13校で、八千代エンジニアリングと共同で学校の公共の水飲み場を作り、教員向けの衛生教育を行っています。より明るい未来への道は開け始めています。

5月 26, 2011 ハイチ |

2011年5月12日 (木)

クロス・クラスター・マッピング・プロジェクト(CCMP)―より良い組織調整へ

 JENは、ハイチにて活動を開始した2010年3月から、レオガンとグランゴアーブ地域で活動している他の団体との調整会議に参加してきました。

 UNOCHA(国連人道問題調整事務所)主催によるこの調整会議は、その活動内容のセクター(水、住居関係、教育、医療、保障、他)によって、各クラスター(分野)に分けられています。調整会議の目的は、各セクターの進捗に関する情報収集・調整・普及を行うことよって、最も支援が必要な人たちに支援が届くようにすることです。

 JENは、そのプロジェクトの内容から、主に水・衛生環境(WASH)クラスターにて、重要な団体として認識されています。中でも特に手押しポンプや衛生促進キャンペーンなどに力を入れています。

 しかし、人道支援参加団体の多様化とプロジェクトが複雑化し、支援調整を難しいものにしています。WASHクラスターでは、同じセクターで活躍する多くのNGOが発信する最新情報にアクセスしやすい仲介システムがないことが原因として考えられます。

 現行のシステムでは、団体の任意参加による情報交換が行われています。未だに紙媒体で情報を集約しているため、必要な情報の取得・分析が困難なのです。このプロセスが複雑なことから情報提供をあきらめる団体が多く、同じ地域内の各団体がどこで何をしているのかがわからない状態が続いています。

 JENは、同じNGOであるSASHと共に、クロス・クラスター・マッピング・プロジェクト(CCMP)という、グーグルアースという地図のソフトウェアを利用した、使いやすい仲介ツールをつくりました。

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 CCMPでは、、地図上で住居関係、教育、医療のクラスター内で現在行われている、または予定されている各団体の活動を一覧できます。ひとつの地図に全ての活動を表示することによって、プロジェクトの重複や、逆に手が行き届いていない地域が一目でわかるため、団体間の調整・協力が効果的に行われ、計画段階での時間の短縮とプロジェクトの質の向上が実現します。また、活動内容の重複を阻止し、より透明で明確な情報共有を行うことによって、地方自治体とのより良い関係構築にも貢献します。

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 第一次マッピングプロジェクトは、ハイチのレオガンにて2011年5月15日から7月15日まで試験的に実施を予定しています。この試験プロジェクトが成功した際には、このツールがハイチ全体の調整のために利用されることになります。

5月 12, 2011 ハイチ |

2011年4月21日 (木)

井戸掘りはスリル満点!パート2

 アルコサービスという会社が、道路のアクセスも良く、空間的にも余裕のあるKafou Thozin(カーフートザン)というところで最初の掘削を開始しました。立地条件という意味ではさほど困難には見えない掘削ポイントです。

 やっと掘削を開始できて、あと少しで最初の水が見られる、と思ったのもつかの間、60センチほど掘ったところで硬い岩に当たり、掘削の機械では掘ることができません。最初は手作業で途中から機械を使用する予定だったのが、機械では無理なので手作業で掘削を続けることになってしまいました。1104214drilling_started

 職人さんが日に日に深く穴に入っていきます。勇気ある職人さんが地中13メートルほど掘ったところでやっと最初の水に到達しました。この時点で地質が変わり、機械で掘削を開始できるのではないかと期待したのですが、残念ながら地質は変わりませんでした。
 職人さんは再度地中へ戻り、吸水トラック2台を使って水を吸い出しながら、第二の地下水面レベル、地中21メートルを目指します。1104215man_going_in_while_water_is_

 岩がなかったら2、3日で終わる予定だった掘削が、結局手作業で2週間。掘ってみるまで分からない、このスリルと闘いながら、きれいな飲料水を必要としている人たちのため、JENの井戸掘りは続きます!

4月 21, 2011 ハイチ |

2011年4月 7日 (木)

井戸掘りはスリル満点!パート1 

ハイチでのJENの新しい活動である井戸の掘削がグランゴアーブで始まり、最初の井戸がついに完成間近です!

予想はしていたことですが、実際の掘削に至るまでの過程が大変です。行政がきちんと機能していないハイチでは、基本的に思えることが難しいのです。
需要という観点からみると、掘削の場所を選択することはそれほど困難ではありません。それが実現可能かどうか、というのが一番重要になってきます。

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最初の問題は掘削ポイントへのアクセスです。掘削の機械はかなり大きなトラックに搭載されているので、道が悪いと簡単には通れませんが、ハイチでは舗装された道路がとても少ないのです。特に、グランゴアーブは山に囲まれた地域。一番需要の大きいコミュニティーこそが、一番アクセスの悪いエリアということが多いのです。道路の状態は、掘削ポイントを調査する際に最初に勘案するポイントです。

110407_2assessment_with_drilling__2  さらに、ハイチで一般的に使用されている手押しポンプで水をくみ上げられる程度の深さで飲料水に適した水が出るかどうか、というのもまた別の問題です。この辺りのエリアでは政府による水理解析が行われていないので、掘削しても飲料に適した水が出るという保証はありません。こういった問題を掘削会社と話あった上で、さらにもう一つ課題がありました:地主を見つけることです。

110407_3kids_watching_assessment_2  ハイチでは、ほとんどの人は土地を借りて住み、地主自身は海外に住んでいることが多いです。地主だと思っていた人がただの借地 人だったりすることもあるので、二重三重に確認を取らないと、実際の地主を見つけることができません。幸いなことに、JENスタッフは住民と密に連絡を取り、地主を見つけ、彼らの私有地にコミュニティー共有の井戸を掘る許可を得ることができました。グランゴアーブの役所やハイチ水衛生局からも、苦労の末承認を得ました。様々な問題を全て解決してから、ついに実際の掘削のスタートです!

4月 7, 2011 ハイチ |

2011年3月24日 (木)

情けは人のためならず

2011年3月11日、大地震が東日本を襲った時、私はハイチのポルトープランスにいました。地震のニュースを見て動揺し、家族の無事を確認するまでに感じた不安は、今もはっきりと覚えています。
震災翌日以降、友人たちが次々に電話やメールで励ましの連絡をくれました。そんな中、一番印象に残ったのはハイチの人たちの温かさです。

 ハイチでは経済的な理由や教育レベルが低いこともあり、新聞を読む人はとても限られています。そんな中、ラジオで日本の地震のニュースを聞いて、スーパーのレジで一緒になった人、事務所があるコミュニティーの住人達、支払い待ちの行列の中で前後になった人など、面識のないたくさんの人たちが私に声を掛けてくれます。日本人かと聞かれてそうだと答えると、「今回の地震のニュースを聞いて、胸を痛めています。」と言ってくれます。
その中でもとても印象に残った言葉があります。「自分たちも同じ経験をしたから、今のあなたのつらい気持ちがよくわかります。自分の国が大変な今、ハイチに残りハイチの復興のために働いてくれて感謝します。ハイチは日本に助けてもらった分、私たちも日本のために何かしたいと思います。」

 JENの活動は、被災者の自立支援です。活動の副産物として、優しい気持ちの伝播がそこにありました。ハイチの人々の多くは、未だ被災者として不自由な生活を強いられています。そんな中でも、見ず知らずの日本人である私を思いやる気持ちがあって、さらに日本のために何かしたいと思ってくれている。そんな助け合いの気持ちが芽生えていることが、私たちへの何よりのご褒美です。

3月 24, 2011 ハイチ |

2011年3月10日 (木)

主体性を持つことの大切さ

 ジェンは2010年1月の震災直後からハイチで活動をしています。貧困や災害、政情不安や治安悪化など、たくさんの問題に悩まされてきたハイチ。問題解決のためには国際社会からの手助けが必要です。しかし、この国際社会からの貢献が人々を国際支援に依存させることになっては元も子もありません。誰であれ、ハイチの自立を手助けしたいと思う場合には、ハイチの人々の主体性を育てながら活動することを忘れてはいけません。110310_community_meeting_on_handove

 私たちはまさに今、人々に主体性を持ってもらおうと奮闘しています。現在ジェンは、地震で被害を受けたり、適切な水路がないなどの問題を抱え、人々の健康に悪影響を及ぼしていた給水施設を修復しています。物理的な支援だけでなく、それぞれの地域のコミュニティーを巻き込んで、衛生促進や給水施設運営に取り組んでいます。

110310_cleaning_demonstration  ジェンはプロジェクト開始から給水施設の引き渡しまで、コミュニティーからボランティアを募り、実際に施設を利用する人々が主体的に行動するよう呼びかけています。この施設は自分たちが利用するだけでなく、継続して利用できるよう維持・管理することも自分たちの責任だと思ってもらうためです。

 修復完了後には施設を利用する人々に集まってもらい、ジェンのスタッフや、無給で衛生促進に努めてくれている衛生促進ボランティアが、水場を清潔に保つことの重要さ、また、給水施設維持管理委員会の役割について説明します。その後、一輪車やデッキブラシ、スコップなどを含む、施設を清潔に保つための維持管理キットを配布します。

 こういったアプローチの目的は、地域の人々を巻き込むことによって将来的に持続可能なシステムを作ることだけではありません。給水施設を適切に維持し、施設周辺を衛生的に保つことによって、コレラを含む下痢などを引き起こす病気や、水が停滞して蚊が増えた結果増加するマラリアなどの病気を減らすことにもつながるのです。

 110310_cleaning_kit_training 人々は将来の維持管理に意欲を示しています。ひとりひとりの決意は小さいかもしれませんが、私たちが目指す、地域の人々の自主性育成の最初の一歩を踏み出せたのではないかと思います。

 ハイチ事務所長 アズマット・アリ

3月 10, 2011 ハイチ |

2011年2月24日 (木)

新しいスタッフの紹介!

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1月から、JENハイチチームになりましたプログラム・オフィサーのディミトリです。
よろしくお願いいたします!

2月 24, 2011 ハイチ |

2011年2月10日 (木)

スタッフの成長に嬉しい驚き

 普段は首都で総務・経理の仕事をしている私が、久々にフィールドに行ってびっくりしたことがあります。

110210_2  現地スタッフ達は炎天下でセメントを練り、手押しポンプの周りの土台をつくる作業に取り掛かっていました。奥さんが3人いていつもにぎやかな配管工のギーさんが冗談を飛ばしつつ、左官のアンスールさんが土台にセメントを塗っています。暑い中の大変な作業ですが、みな笑顔を交えつつ真剣に作業をしています。

110210_3  他のポンプを見るため一旦作業地を離れ、40分ほどで戻ると、なんと土台のほとんどが完成しているではありませんか!

110210_4  作業速度が格段に速くなったことに加え、驚きの理由はもう一つあります。実はここ2週間ほど、ほぼすべて現地スタッフだけで給水施設の補修が行われていたのです。

 数か月前にも1週間ほど現地スタッフに任せて活動してもらったことがありますが、その際は予測していなかった事態に直面すると対処できず、自立して活動するのは困難でした。何をするにも今回はプログラムオフィサーのロマーンの指示を仰ぎ、自分たちで何かできるという自信が欠けていました。しかし今回は、ロマーンも驚くほどチームの役割分担が機能しており、問題が起こるとまずチーム内で話し合って解決しようとしています。

110210_5  給水施設補修を始めて早8か月。
長いスタッフでは以前の事業も含めると1年近く、JENとともに活動しています。大切に育ててきた自立の芽が、今着実に芽吹いています。

総務・経理担当 高尾裕香

2月 10, 2011 ハイチ |

2011年1月27日 (木)

ハイチ、グランゴアーヴのレンガ職人、Ti´Georges!

 ジョージ・ゼフィーは50歳、8人もの子どもの父親で、強く、誇り高いハイチ人です。彼にTi´Georgesというニックネームがついていることは不思議に思われるかもしれませんが、(“Ti”は“小さな”という意味です)彼の名前の前にあるこの“小さな”という形容詞の親しみやすさは彼そのものであり、とても良く似合っています!
彼と知り合ってもう8カ月以上が経ちますが、どんなに苛酷な状況でも、年を重ね、日焼けしたその顔に笑顔を絶やすことはありません。

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  (写真真ん中がTi´Georgesです)

 彼の仕事であるレンガ作りは、灼熱のハイチでは最も困難な仕事で、しかもそんなに稼げるような仕事ではないように思います。
 彼は2人の助手と一緒に、砂を動かす作業に一日に少なくとも10時間は費やします。これはレンガを作るために、砂とセメントと水を適切な硬さに混ぜ合わせる前に必要な作業です。便利な機械などはないので、セメント袋と砂の入った手押し車、そして水の入ったバケツを人力と熱意だけで日に何度も作業場に運んでいるのです!

 次は完全なる手作業での“混ぜ”の段階です。これが十分でなければレンガは作れません。もちろんレンガを成型する機械もなく、古くて錆びた職人道具と、彼らの筋肉だけが頼りです。110127_samuel_jean_joseph_in_acti_2

 きちんと成型され、圧縮された出来立ての新しいレンガは日干しされるのですが、十分に乾かすために4回も動かさないといけません。グランゴアーヴのメイン通りに十分なスペースがない上に、物流上の理由も加わり、25個ずつの山を作るためにまた運ばなければならないのです。

 一山の値段が0.625ドルで、Ti´Georgesのチームが作れるのは一日に250~300。ということは、最高で一日に187.5ドルの収入が期待出来ますが、そこから材料費などが差し引かれるので、最終的に手元に残るお金は、決して彼らの汗に見合うものではないと思います。

 レオガン地区の井戸の修復に使う150個のレンガを購入するため、JENの建設スタッフはほぼ毎朝6時30分頃に山積みの日干しレンガの前に立ち寄ります。そしていつもそこにはTi´Georgesがいてくれるのです!笑顔と強靭な筋肉と共に。

 昨年の7月、私は人道援助従事者として1つの必要な決定を下しました。それは、レンガ作りを首都・ポルトープランスのレンガ工場に頼むのではなく、地元の職人にお願いしたことです。つまりJENの得意先として選んだのがTi´Georgesであり、彼は私が最も誇りに思う人物なのです。

 これからもこのチームにふさわしい仕事が増え、彼らと彼らの家族が生活していけることを願っています。

 ロマーン(プログラムオフィサー)

1月 27, 2011 ハイチ |

2011年1月13日 (木)

タップタップ

 外国の公共交通機関はとてもおもしろいものです。古い車両に描かれた絵は、現地の文化や風習を表しています。同時に、外国の人にとっては公共交通機関の名称もまたおもしろいのではないでしょうか。例えば、乗り合いバスのことを、インドネシアのある地域ではアンコット(Angkot)、ウガンダではマタツ(Matatu)、パキスタンではフライングコーチ(Flying Corch)、そしてここハイチでは“タップタップ”(Tap Tap)と呼ばれています。

 ハイチの人々は信仰深く、サッカーと音楽がとても好きなので、乗り合いバスの車体には主にキリストか、カカやマラドーナといったお気に入りのサッカー選手、またはボブ・マーリーやシャキーラ、テュパックやスヌープドッグといった人気歌手が描かれています。
 タップタップの面白いところは他にもあり、もしバスの上に座るか外の取手にぶら下がれば、大きな荷物がない限り、ほとんどの場合お金を払わなくてもいいのです。
とても危険でリスクが高いですが、人々はそんなことは気にしません。

 時速80~90キロで走るバスに片手で掴まりながら、もう片方の手では何かを食べたり、バックをもったりしているといった光景をよく見かけます。110113_hanging_with_one_hand

 中には、バスの上の端ギリギリに座りながら寝ている人なんかもいるのです!110113_sleeping_on_tap_tap_roof


 飲み物やパンの売り子は、車に掴まりながらタップタップの乗客に商品を売ります。そのような売り子は、一区間が無料で乗れるようになっています。110113_bread_and_cold_drink_selle_2

 首都のポルトープランスから地方都市のミラグワン、 ジャクメル、レオガンを繋ぐ国道2号線はいつもタップタップで混雑しています。運転手は交通ルールなんて気にもしないし、乗り物はいつも大きな音楽が流れています。地震によって道路が崩壊し、激しい雨と洪水によって道路はさらなるダメージを受けています。このことが、多くの死者や負傷者が出る交通事故が毎月のように起こる原因となっているのです。

 ジェンはレオガンで活動しており、何人かのスタッフはポルトープランスに住んでいるので、タップタップで通勤しなければなりません。タップタップは安いですが、ポルトープランスからレオガンまではとても時間がかかります。スタッフは朝4時に家を出るのですが、事務所に到着する頃には既に8時です。私たちはジェンのスタッフを含むすべての人々が事故なく安全であること、そして政府が道路と交通システムをいち早く修繕してくれることを願っています。

1月 13, 2011 ハイチ |

2010年12月16日 (木)

衛生プロモーターの戦い

 JENの活動地レオガンでは、川で人間も家畜も体を洗い、日々の洗濯をし、人々はまた同じ川の水を飲んでいます。川の近くに住む人の多くが、透き通っているからという理由で、「川の近くに穴を掘り、一度その水を捨てて、再び湧いてくる水は、きれいで安全だ」と考えています。

 地震で大きな被害を受けたレオガンにもコレラが蔓延し、多くの方が二重の被害を受けています。JENは、支援者の皆様そしてジャパン・プラットフォームの協力により、レオガンとグラン・ゴアーブのコレラが発生している地域で衛生教育事業を実施しています。

 これまでに459人の衛生プロモーターたちがJENの訓練を受けました。無給ボランティアとして参加した衛生プロモーターたちは、みな、強い信念を持っています。それは、5万人以上におよぶ地元住民の非衛生的な習慣を変えたいという思いです。地元住民の家庭へ訪問している時にも、JENの衛生スタッフたちは、ボランティアの衛生プロモーターによる地道な取り組みを目のあたりにしました。

 衛生に関するメッセージは大部分の方に受け入れられていますが、最初は、プロモーターたちの存在に懐疑的な住民もいらっしゃいました。信念に向かって活動しているのではなく、経済的報酬を受け取るために活動していると誤解されていたのです。多くの方が仕事に就けない国では、ボランティアの概念はなかなか理解されにくいことですが、時間をかけて説明し、JENと共に無償で働いてくれる方を見つけました。

 今日では、コレラ蔓延の実質的被害によって、衛生対策の大切さが広く理解されるようになりました。それに伴い、地元住民の間で、衛生プロモーターたちの評価も上がってきています。多くの人々がコレラの情報と予防法を教えてもらうためにJENの衛生プロモーターを訪ねています。今では地域の「賢者」として見られているようです。

101216village_assemblies_2  衛生プロモーターとJENの衛生スタッフが行っている村の集会では、衛生に関する重要なメッセージを必ず伝えています。そして、今までそれぞれの地域で衛生プロモーターたちが繰り返し伝えてきたメッセージを詩や劇、パンフレットなど様々な方法で再発信しています。

12月 16, 2010 ハイチ |

2010年12月 2日 (木)

JENに家族が加わりました!

101129lorka_with_owner  JENのポルトープランス事務所に新しい家族がやってきました!
ハイチ生まれのロトワイヤー犬、まだ11カ月のメス犬です。大地震がハイチを襲ったとき、彼女はたったの1か月でした。飼い主の家は潰れてしまいましたが、彼女もお母さん犬も無事生き残り、テントで育ちました。

101129lorka_with_azmat  実は、ハイチで番犬を探すのは至難の業です。まず、番犬として適当な犬を売っている場所が少ないこと。そして、その場所自体が地震で崩壊してしまい、多くの犬も死んでしまったことが主な理由です。もちろん、近隣諸国から番犬を輸入するという選択肢もありました。しかし、私たちは、大地震のなか生き残ったハイチ生まれの犬を選びました。なぜなら、ハイチ生まれの犬は、“復興”というゴールに向かって私たちとともに活動する、JENスタッフの一員になれると思ったからです。

 幸運なことに、私たちは、JENの運転手を通して、このメス犬に出会いました。私たちと一緒に暮らし始めたのは11月22日。28日の総選挙を目前に控え、また、選挙後に治安が悪化することも懸念される中、警備強化が必要な時でした。

 さて、多くのハイチ人は犬が好きではありません。犬が近寄ろうとすると、犬に石を投げつける人々をよく見かけるほどです。どうして犬が好きではないのか、と尋ねると、彼らは犬に食われたことなんて一度もないのに「犬は卑劣だからだよ」と答えます。

 私がハイチ文化の勉強会に参加したとき、ハイチ人が犬嫌いである訳が、植民地時代の歴史に深く根ざしていることが分かりました。世界で最も豊かな植民地の一つであり、その統治は、残酷卑劣だと言われたハイチ・・・。当時、犬は、奴隷を脅すだけではありませんでした。奴隷が逃げ出したりすれば、彼らは海岸に追い詰められ、「海でおぼれ死ぬ」か「猛犬に食べられる」、二つに一つの選択を突きつけられたのです。また、植民地主義者たちは、犬を見世物としても利用したようです。この抑圧と恐怖の記憶をハイチの人々は引き継いできました。そして、独立から200年経った今も、消し去ることができないでいるのです。

101129johnpeter_with_lorka  JENの新しい家族、ロルカは、子犬ではありますが、もう大きな犬です。彼女が来たばかりの頃、JEN警備スタッフであるジョン・ピーターは、犬を怖がっているように見えました。事務所に住んでいたのでロルカの世話を頼むと、表情はこわばり、笑顔がなくなってまったジョン・ピーター。しかし、数日経つと、ロルカに笑いかけ、可愛がり始めたのです。まさに、恐れは無知からおきるものです。彼は、ロルカの世話を始め、彼女が理由なく彼を攻撃したりはしないことを知り、お互い理解しあえるようになったのですから。

101129after_being_scolded_2  ロルカはあくまでも番犬で、オフィスを守ることが彼女の仕事です。しかし、ロルカの存在が、ハイチ人スタッフたちの中にある“犬嫌い感”をなくし、彼らが、犬への恐怖を克服してくれると願っています。そして、このロルカの仕事が、ハイチの人々の自立と生活再建を支援する、というJENの目標につながると信じています。

12月 2, 2010 ハイチ |

2010年11月18日 (木)

ただ想像してみるだけで

 この国では、何百人もの家族がまともな夕飯も食べることもないまま眠りにつかねばならず、何千人もの子どもたちが学校に通えないでいます。そして、多くの人たちは毎週のように、病院で治療を受けられないまま亡くなっていくのです。なぜでしょうか。

 「貧困・・・」。ある日、JENが活動を行っている村の住人の1人が、「JENで有給の仕事はないのか?」と尋ねてきたことをきっかけに、貧困について彼と議論することになりました。

村人「お腹がペコペコなのに・・・僕には仕事もお金もないんですよ」
JEN「どんな仕事に就きたいのですか? 村で仕事が見つけられないんですか? 見つからないなら、自分や他の住民のためにこの村で仕事を作ってみたらどうですか?」
村人「絶対そんなことできない。 人口の半分以上が働いていないっていうのに、どうして私が仕事を作り出せるっていうんですか?」
JEN「仕事は作りだせるんじゃないですか?だって、ここには、美しいビーチがあるじゃないですか。世界中の多くの人たちはビーチが大好きですよ」
村人「そんなこと知ってますよ。でも、有名でゴミの落ちてないビーチが好きなんですよ、みんな」
JEN「それだけがここのビーチに観光客が来ない理由だと思うんですか?」
村人「う~ん。分からないよ」
JEN「私の話を聞いて、想像してみてください。この村には200家族が暮らしていますよね。各家族から1人だけ募って、ビーチの掃除を始めてみるとする。2日で掃除は終わり、3日目にはきっとゴミが無くなるはず。そのあと、今度は村人たちからお金を集めて、冷たい飲み物を売る店やシーフードレストランを作る。そうすれば、きっと観光客がビーチを訪れ・・・泳いだり、冷たい飲み物を買ったり、ランチを食べたりするのでは?そのとき、この村の何人の人たちが仕事に就いているのか・・・」 

20101118_view_with_garbage_2 20101118_view_without_garbage_2        その村人は考え込んでしまいました。

JEN「そんなことできないと思うんですか?」
村人「い、いえ、そんなことないです。だけど、どうしたら人々がこの村に素敵なビーチがあることに気づくんですか?」
JEN「簡単です。 標識を作って幹線道路にそれを立てる。標識には、ビーチの名前、矢印、それから距離を書くことを忘れずに。 それから、ビーチの美しい写真を何枚か撮って、新聞に掲載してもらう。首都の観光局に行って、自分たちが行ったことを報告する。これさえすれば、みんなが喜んで手伝ってくれるはずですよ。こうやって村の人たちと一致団結したらどのくらいの仕事が生まれると思いますか?」

村人「(指折り数えながら・・・)店の経営者、レストラン従業員、清掃人、警備員、船員、漁民、それから案内人も・・・わ~! 沢山の仕事がある!」
JEN「そうです、望めば何でもできるんですよ。とにかく、この海で稼ぐことを考えてみてください。 村の漁民と同じことですよ」

 その村人は考え始め、そして言いました。
村人「やってみます! まずは、村人を集めて、このアイデアについて話さなくては」

 家族が生活するのに十分なお金を稼ぐ・・・。これこそ、全ての心清きハイチの人々の夢なのです。そして、これはJENの目標でもあります。だからこそ、人々が自立の大切さに気付き、夢を叶えるために自分自身で努力するようになるための支援を行わなければならないのです。

 ハイチは、地震からの、あるいは国の再建のために、“実用的な仕事”が必要な国です。十分な食べ物、病院、道路、そして学校を備えた国となるよう、まずは、国民ひとりひとりが一致団結し、協力し合うところから、はじめければならないのです。

11月 18, 2010 ハイチ |

2010年11月 4日 (木)

村人たちによる衛生キャンペーン

現代の技術は津波、ハリケーン、台風、洪水などの自然災害を予測することができますが、コレラなどの疫病は予告なく襲ってきます。

 JENは西部で5万の家族を対象に衛生促進プロジェクトを行っています。訓練を受けた459人の衛生促進ボランティアの方々が、衛生知識を教えています。彼らはやる気に満ちていて、コレラの大流行に備え、自らの新しく得た知識を村中に広めようとしています。

 ボランティアたちはJENの職員がどのように家や車や死体を消毒するかなどを話し合う緊急対応会議に参加した後、村に行って住民たちにコレラについて説明します。住民たちに、ラジオで衛生に関する情報を聞いたり、住民同士で情報を交換するように促します。グランゴアーブのジェアンティという村では、村の中心に「手洗い場」を設け、石鹸で手を洗うように呼びかけています。
 この取り組みは10月15日の “Global Hand Washing Day”に行われました。みんなが適切に手を洗うことができるようになるように、ボランティア主導で始まったものです。
 その後、ジェアンティの隣の村であるソジンでも、、同じように「手洗い場」を設置することを決めました。JENがプロジェクトを行っているエリアにおいて、このような衛生改善の活動は予想以上に広がりを見せています。ボランティアたちは、コミュニティの人々の生活改善において新しい役割を果たしており、そのことをとても誇りに感じています。

 ハリケーントーマスがハイチを襲えば、コレラの大流行のリスクが高まるかもしれません。JENの500人にもなるハイチチーム(JENのスタッフ、ドライバー、地元の人びとを含みます!)は、約5万人の住民たちが病気にかかるのを防ぐことができるよう、日々活動していきます!

11月 4, 2010 ハイチ |

2010年10月21日 (木)

天災と人災 (パート2)

20101021dscf4848  9月24日の16時頃、突然非常に強い風が吹き荒れ、雨が降り出しました。約20~30分程度の暴風雨でしたが、これだけで少なくとも首都近辺で5人の命が失われました。ビルボードがぼろぼろになり落下、電柱は倒れ、ブロック塀は崩壊、道路は川のようになっていました。この影響で、28日の現在まで首都近辺の多くのエリアで電気の供給がストップしています。しかし、これでもまだ、ハリケーンには程遠いレベルの暴風雨です。

20101021dscf4841  もし木炭以外の燃料に頼れるだけの余裕がハイチにあったら・・・
耐震とまではいかなくても、もう少しちゃんとした建築構造基準があったなら・・・
インフラがちゃんとしていたら・・・。

 何十万という命が失われずに済んだかもしれません。天災だから仕方がないと諦めていては、ハイチの問題は今後も解決されることはないでしょう。天災の被害を何十倍にも増幅するのは、あくまで人災なのです。

 ハイチは今後も末永い支援を必要としています。支援とは、金銭的な支援ももちろんですが、こういった問題を認識し考えることも、ハイチの、ひいては世界のより良い未来につながっていくのではないでしょうか。

20101021dscf4843_2
 暴風雨の中、オフィスアシスタントのカローラさんが警備員と運転手さんたちを大声で呼び、停めてあった車まで走って行きました。事務所長には家の中にいるように叫んだそうです。どうしたことかと事務所長が見ていると、みんなが車の中に入って仲良く座り、車が飛ばされないように重しになってくれていました。

10月 21, 2010 ハイチ |

2010年10月 7日 (木)

天災と人災 (パート1)

 今年1月に発生した大地震で世界中の注目を集めたハイチ。、自然災害という意味では今までにも頻繁に災害に遭っています。最近では2008年に4つのハリケーンに見舞われ、死者約800人、被災者は約80万人(人口の約8%)にものぼりました(Relief Web,UN)。2004年には、約2600~3000人の方が熱帯性暴風雨(ハリケーンよりも規模が小さい)による土砂崩れや洪水で亡くなっています。

 2010107_dscf4847_2 環境破壊の影響で異常気象が増えているとしても、ハリケーンや暴風雨自体は自然災害と考えられるでしょう。しかし、ハイチでは人災による被害も発生しています。
 ハイチでは、石油が高価なため、大多数の国民は安価な木炭に頼るしか術がありません。また、農民にとって森林は生活の糧。木炭を売るため、畑を作るため、また、家畜を育てるために森林を伐採します。こうした伐採により、かつて国土の約98%を覆っていた森林のほとんどを失ってしまったハイチでは、豪雨に対する抵抗力がありません。

 1980年にはそれでも国土の25%程度残っていたハイチの森林。1987年のハリケーン(5段階のカテゴリーの中で「カテゴリー3」に分類される破壊力の大きなものであった)に見舞われたにもかかわらず、死者数はゼロでした。しかし、2004年には、1.4%まで激減しまった森林は、洪水や土砂崩れから人々を守ることはできず、30時間程度の豪雨で死者数は2600人以上にも上りました。

(パート2に続く)

10月 7, 2010 ハイチ |

2010年9月22日 (水)

「無数の川を越えて」パート2

 20100923_p1040810 30分後、ジェンの車両は雨の中、国道を走っていました。5つの川を問題なくクリア!
現場近くに住むボランティアから、増水で事業地への道が閉ざされてしまい、今日一日事業地には戻れないだろうとの連絡がありました。そこで今日は、隣街グランゴアーブへと事業に必要な物資の買い物に出かけることにしました。

 しかし、さっそく交通渋滞に巻き込まれて、スタッフたちもイライラ。事業地を出て川をクリアしてからグランゴアーブまではわずか5キロの道のりなのですが、車は全く前に進みません。みんな列をつくって並ぶことはなく、泥水にタイヤを取られてしまったわたしたちの車を助けることもありません。結局わずか500メートルを進むのに3時間を費やしました!

20100923_p1040816_2  フォシェの街とグランゴアーブを結ぶ橋が1月12日の地震で崩壊してから、この川を渡る以外に道はありません。通常は「土手」と呼んでいるのですが、雨の続くもう数カ月は「川」のままでしょう。

 今日はハイチの「日常」と呼ぶにはかなりヘビーな日でしたが、こんな日が続かないことを祈るばかりです。数ヵ月後のハリケーンの季節になれば、大規模ハリケーンがハイチを直撃することもあり得るため、用心しなければなりません。また何百万人ものハイチの人々がホームレスになってしまうのですから。

9月 22, 2010 ハイチ |

2010年9月 9日 (木)

「無数の川を渡って」パート1

20100909p1040818  こんな標題を選ぶと、多くの方がカリブ海で70年代後半に流行ったジャマイカ映画「The harder they come」でジミー・クリフが歌うヒットソング「Many rivers to cross」を思い出されるかもしれません。ハイチの農村部を歩きまわっていると、毎日実際に無数の川を渡ることになります。舗装された道路が少ないので、道は乾期にはでこぼこでほこりっぽく、雨期になり大量の雨が降ると、無数の川と化してしまうためです。

 現在ハイチは雨期の真っただ中で、事業地の村へ向かうのも一苦労です。

  ちょっと、ハイチプログラムオフィサーのある1日の業務をのご紹介します。
朝6時に事務所を出発、40分かけてやっと20キロ進むと、最初の壁にぶち当たりました。前日の夜に降った激しい雨のせいでがけ崩れが起こっており、前に進むためにはフィールドチームは自分たちで道端を掘らなければなりません。20100909rebuilding_a_road_for_the_3

 30分後、ジェンのスタッフはやっと事業地であるレオガン郊外にあるCabaret地区に着きました。今日の作業は井戸の修復。しかし、現場到着2時間後、突然大雨が降り出し、塗ったばかりのセメントが流れそうになりました。20100909p1040806  
 
 間もなく、「近くの川がものすごい勢いで増水している」と村人が教えてくれ、スタッフはすぐに撤退するように言われました。まだ午前9時30分。。。作業のための道具や資材を運び入れたばかりで、帰るには早すぎる時間です。ですが、修復を手伝う住民ボランティアも、早く帰るようにスタッフをせかします。早く帰らないと帰り道が無くなるからです。
しかし、気がついたときには時すでに遅し…いつもの「道」はもうありません。山間部では雨は止むことなく時間とともに川は深くなるばかりです。早く帰らねば!20100909p1040812 

9月 9, 2010 ハイチ |

2010年8月26日 (木)

ハイチの洗濯場

 JENは、2010年1月に発生した地震の被災者のための支援を行っています。2月から5月まで、物資配布を行いました。現在は、給水場の修復を行っています。併せて、給水場の周辺の人々に対して衛生促進キャンペーンを実施します。

20100826leo_beausejour_4_2   給水場では、飲み水を得る以外に、洗濯をする人もいます。また、雨季が始まって、給水場周辺に水が貯まり、それに汚水が混ざって、マラリアのもととなる蚊が大量に発生しそうな状況になっています。(避難キャンプに住む人々の中には、テントが流された人々も数百人いるとレポートされているほど、大量の雨が降っています。)

 衛生促進キャンペーンでは、人びとに給水場の修復に参加してもらうと共に、自主的に改善する方法を伝えます。
彼らの生活が少しでも改善するよう、応援をよろしくお願いします。

20100826leo_beausejour_8 2010082620100719jpf3_assesment_desc

8月 26, 2010 ハイチ |

2010年8月12日 (木)

集中豪雨:川の出現?!

集中豪雨:川の出現?!

20100812_dscf4739  8月8日午後7時ごろ、格別に暑い一日の終わりにバルコニーで涼んでいると、雷と稲妻を伴う激しい雨が降り出しました。雷好きの私は、バルコニーで稲妻を眺めながら、少し涼しくなった風を楽しんでました。しかし20分ほどして雨が弱まると、近所の人たちが外に出てきてなにやら騒いでいます。何事かと思って家の前の道を見てみると、なんとそこにはさっきはなかった川が!滝のそばにでもいるかのような、どどーっという水の音が聞こえてきます。

20100812_dscf4710  20分ほどの集中豪雨で即席の川ができていたのです。人々は家から出てきて、水の中で遊んでいます。非衛生的な、泥水です。

 

 

 この光景は、ハイチが抱える問題の一部を如実に示しています。排水路もなく、土砂崩れへの対策もありません。人々は破傷風などの感染症の危険があるにも関わらず、泥水に足を入れて遊んでいます。ハイチのハリケーンシーズンはまだ始まったばかり。今回はただの集中豪雨で、ハリケーンですらありません。実際にハリケーンが来たらどれほどの被害が出るのか、心配せずにはいられません。

20100812_dscf4707  JENは今、給水施設の補修・衛生教育の事業を行っています。これはまだまだ最初の一歩ですが、とても重要な一歩です。ハイチはこれからも長期的なサポートを必要としています。インフラの構築、自然災害対策など、ハイチの再建はまだスタートラインに立ったばかりです。

   

   

20100812_dscf4712_2  JENはこれからも支援を続けていきます。

8月 12, 2010 ハイチ |

2010年7月29日 (木)

8ヶ月間で二度も被災者に?

 ハイチは、とても悲しい歴史と致命的な出来事のために、世界で最も貧しい国の一つとなっています。ハイチの貧困層は、いつの時代もハリケーン、洪水、地震、そして政治的紛争や暴力によって何度も被害を被ってきました。

 ハイチは自然災害という観点から見て、とても傷つきやすい国です。2004年にはハリケーンや洪水によって3000人以上の人が亡くなりました。2008年に襲ったハリケーンでは、80万人もの人が被害を受け、400人以上が亡くなりました。こういった災害は人々に直接的な被害を与えるだけでなく、この国の経済にも影響を与え、常に問題を抱えています。ハイチの人々は農業に専念することができません。そして、史上最悪の災害は2010年1月に起こった地震です。主要な都市であるポルトー・プランスやレオガン、プチ・ゴアーブはその80%が破壊され、経済は壊滅状態になりました。30万人以上の人々が亡くなり、何十万人もの人が家を失いました。
8月からハリケーンシーズンが始まりますが、地震からわずか6ヶ月しか経っていません。来たるハリケーンシーズンは過去最悪のものになるだろうと言われています。キャンプに住んでいる人びとの多くは、ハリケーンのもたらすリスクを知っているので、家の再建をしようとせず、劣悪な条件下でそのまま暮らすことを望む傾向にあります。たった8ヶ月の間に、二度も被災者になりたくないのです。

 ハイチの復興のためには、まだまだ支援が必要です。ハイチがより良くなることを共に願いましょう。この世界に不可能なことはないのですから。

7月 29, 2010 ハイチ |

2010年7月15日 (木)

励ましてくれるもの~1番人気はブラジル、2番はアルゼンチン~

 巨大な地震がハイチを襲い、20万人もの人びとが亡くなったのはついこの間の話です。数えきれないほどの人びとが家を失い、受け入れてくれる家がある人びとはそこで仮住まいを、そのほかの人びとは1200ほどある仮設キャンプ場で避難生活を強いられています。毎日、被災者の人びとがいかに困難な生活を送っているかを目の当たりにしながら、支援活動を行っています。

 このような状況にあるハイチの人たちを大いに励ますイベントが、サッカーワールドカップでした。ワールドカップの試合が始まる時間になると、バスや車のラジオなど街中のいたるところから大音量の実況中継が聞こえてきます。自分のラジオを持っている人はラジオ片手に歩いたり仕事をしたりしています。一番面白いのは、お店やレストランにあるテレビの周りに大勢の人たちが集まっている光景です。自分のお気に入りのチームがゴールを決めるたびに、サポーターの人から大歓声が上がります。

20100715_argentina_flag_on_a_car_2 20100715_people_gathered_to_watch_2

 ハイチの人のあいだではブラジルが一番人気で、アルゼンチンが二番目に人気です。JENは試合後に町中がにぎやかになるのを見ながら、治安に気を配りつつ活動していました。そして今、さらに人びとを勇気づけることができるような事業を計画しています。

7月 15, 2010 ハイチ, 文化、生活、習慣 |

2010年6月24日 (木)

テーマソング

20100624_smaller_dscf4574  生活していると、聞こえてくる音があります。赤ちゃんの泣き声、洗濯している水の音、トラックが通り過ぎる音・・・中でも朝から頻繁に聞こえてくる音として、水を運ぶトラックの「テーマソング」があります。

 ハイチでは、水道が通ってない場合など、水を水売り屋さんから買うのが一般的です。そのため、町でタンクつきのトラックをよく見かけます。そして、トラックが来ると決まって聞こえてくる音楽があります。アイスクリーム売りの車から流れてくる音楽がありますけど、その水売り屋さんバージョンですね。音楽を流すこと自体は不思議でもなんでもないのですが、私が興味を惹かれたのはその選曲です。2種類あって、一世を風靡した某映画の主題歌「My Heart Will Go On」と、季節はずれの「ジングルベル」のどちらか。ずーっと変わらず水を提供しますよ、という意味と、年中クリスマス気分で過ごせたらいいな、という願いを込めての選曲なのでしょうか・・・?

 ハイチの人々にとっては当たり前になっている音も、日本から来た私には、とても興味深い生活の一コマです。今回はハイチの生活の一部となっている「音」の紹介でした。

JENでは ハイチ地震の緊急支援募金を受け付けています より迅速な支援を届けるために、皆さまのご支援が必要です クレジットカードでのご寄付 こちらへ 郵便振替口座でのご寄付 00170-2-538657 口座名  JEN *通信欄にハイチとご記入ください* ご協力お願いいたします。

6月 24, 2010 ハイチ, 文化、生活、習慣 |

2010年5月24日 (月)

アドミニ・ファイナンスオフィサー奮闘記:あなどれない荷積み

 私が総務・経理担当者としてハイチに着任してからもうすぐ1ヶ月が経ちます。今日は、普段はあまりする機会のない裏方の話をしたいと思います。

 私の仕事の一つは、荷積みをすることです。配布の前日、被災者の方々へ配布するシェルターキットの材料をトラックに積み込みます。単純に、注文した材料を受け取って積み込むだけの単純作業のように聞こえますが、これが意外と大変です。

 まず、トラックが時間通りに来ない。前日に電話をして8時と念を押しても、数時間遅れることもあります。ひどい時には6時間以上待つことも。

240510_jpf_loading_512_2  そして到着したトラックに積み込むのはまず木材。一人当たり5本配布するので、これをワンセットとして人数分数えます。中には質の悪い木材も混ざっているので、注意を怠れません。
 
  
 

   

240510_jpf_loadingcounting_512_3  次に、トタンを数えます。これが一番の難関かもしれません。なんせ、暑いコンテナーの中で、薄いトタンを一枚一枚数えなくてはなりません。配布予定の人数が多いときなどは、3000枚以上(!)数えるのです。2枚がしっかりとくっついていて数えずらいこともありますし、何より単純作業ほど、暑さで集中力が途切れがちです。
 
  

240510_jpf_loadingcounting2_512_2   この数えながら荷積みする作業に2時間以上かかります。声を出し合って数えて、100枚に達するたびに何人かで確認しつつ作業を進めます。
  
 
 
 
 

 その他のシェルターキットの内容物も、箱がきれいに保たれていない限りは全部数えます。ちゃんとしているように見えても、実際は箱に記載されている数よりも少なかったりすることがあるからです。

240510_jpf_loadingdrivers_512_2  単純そうに見える荷積みでさえ、ほとんど丸一日を費やしての作業です。そんな中何よりもうれしいのは、一緒になって作業を手伝ってくれる運転手さんたちです。トラックのドライバーも、私たちJENのスタッフが利用する車のドライバーも、彼らの契約には入っていないにも関わらず、荷積み、配布などを手伝ってくれます(私のフランス語・クレール語の先生でもあります)。一緒に汗まみれになって働いてくれるのです。彼らの中にも、ハイチの人々に少しでも早く自立した生活を営んでほしい、という想いが芽生えているのでしょう。

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5月 24, 2010 ハイチ |

2010年5月 7日 (金)

それぞれの自立支援 パート2

 衛生管理の講義に続いて、私たちは人道支援の理念を見直すことにしました。人道支援の理念とは、つまり原則のことです。この講義は、以前研修を受けたエルマイユとベルランドが行いました。

 人道の原則は、「国際赤十字、赤月運動、災害救援を行うNGOのための行動規範」で定められており、JENもこの行動規範に署名をしています。この人道の原則を尊重することこそが、私たちの仕事の前提です。

 人道、公平、独立、中立、非暴力、危害を加えないという理念、説明責任、透明性、そして「人道が最優先」という深い考えがなければ、人道主義者とは呼べません。

 最後に、プログラムオフィサーのロマーンも、ハイチでJENの活動に就いてちょうど1カ月になるので、この1ヶ月間の進捗を発表しました。私たちのチームがこの1ヶ月で学んだこと、失敗した点、成功した点について評価をしました。
 評価をすることによって、客観的に成果をみることができ、また共有することによってチームの絆を強化し、新たな気持ちで業務に向かうことができるからです。

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5月 7, 2010 ハイチ |

2010年4月28日 (水)

それぞれの自立支援 パート1

   2人のJENのスタッフ・フィフィとスタンリーが、ユニセフ主催の衛生研修に参加するために、先週3日間レオガンへ行ってきました。レオガンは首都ポルトープランスとグランゴアーヴの中間にある町です。

 この研修のあとの週末はちょうど感謝祭で、私たちのチームは実に数週間ぶりに休みをとることができました。感謝祭は、ハイチでとても大切なお祝いです。久しぶりにゆっくり休息を取った週明け、私たちは事務所内部で研修をしました。せっかく2人のスタッフが研修に参加してきたのだから、知識が新鮮なうちに他のスタッフにも情報を共有するためです。

Lecturing_2  研修当日、フィフィとスタンリーの2人が、衛生管理について、2時間の予定で講義を行いました。管理人や運転手も、自らすすんで参加をしました。私たちの事務所のハウスキーパーたちにも、この講義を受けてもらいました。彼女たちにも、衛生管理の詳しい知識が必要だからです。

Training_session_6  しかし、時間管理というものは、なかなか難しいものですね。2時間の予定が、結局6時間かかりました。けれども、この講義を受けたことで、私たちのチームは衛生管理に対する知識を深めることができました。

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4月 28, 2010 ハイチ |

2010年4月16日 (金)

緊急支援のあれこれ:情報共有のしくみ

 地震発生から約3カ月、ハイチでは大小様々な支援団体が、それぞれの理念の下に、支援活動をしています。このような状況では、それぞれの団体が単独で活動してしまうと、物資が重複してしまったり、一か所に多くの団体が集中してしまい、必要としている他の地域の被災者の方々に支援が行き渡らない、といった問題が発生する可能性が高くなります。このような問題を避けるためには、団体・機関同士の情報共有が不可欠です。それでは、情報共有はどのように行われているのでしょうか?

 緊急支援の現場では、国連機関である国連人道問題調整事務所「OCHA」によって、シェルター(住居関連)、保健医療、教育など、分野別に調整会議「クラスター」が開かれます。この会議は、災害発生直後で週3回、発生から3カ月ほど経過すると週2回のペースで行われ、「どの団体が、どのキャンプで、どのような活動を、いつ行うのか」といった具体的な情報が発表されます。また、会議では、様々な情報や問題の議論も行われます。

 さて、「情報共有のしくみ」は、常に進化をしています。ハイチでは、OCHAが管理をするウェブサイト上で、支援を行う全ての団体・機関が、情報共有をできるようになりました。グループソフトを用いて、掲示板を運営しているクラスターもあります。活動地域が遠方のため、会議に出席できない団体や、現場での限られた時間の中では、とても便利です。

 JENは、シェルター分野のクラスターに所属していますが、シェルタークラスターでは、Google Earth(地球上のあらゆる場所の衛生画像・地図などを見る事ができるバーチャル地球儀ソフト)を使って、「どの団体が、どこで、なにを、どれだけ配布したか」を情報共有しています。積極的に他団体と情報共有することによって、安全で効率的な支援を行うことができるのです。

 OCHAが管理するウェブサイト「oneresponse」には、クラスターや国連・NGOなどの垣根を越え、様々な情報が公開されています。

ご興味のある方はこちら⇒

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4月 16, 2010 ハイチ |

2010年4月 9日 (金)

現地事務所長セドリックのつぶやき

ある一日のスケジュール

20100409_7 7:45
ポルトープランスにあるJEN事務所を出発。
8時半から行なわれるシェルタークラスターミーティング(簡易シェルターを作るための資材の配布や建設を行っている団体が参加するミーティング)に参加するため、国連キャンプへ。日曜日にはわずか10分のこの道のりも、平日は大渋滞のせいでどのくらいかかるか予想もできません。

8:40
ようやく国連キャンプに到着、ミーティングへ出席。

9:55
ミーティング終了。
12時に行なわれる水と衛生に関するミーティングに出席するため、ポルトープランスから西へ約30キロ離れたレオガーヌへ向け出発。

11:35
20100409_5 レオガーヌにある最近できた国連キャンプに到着。
ポルトープランスから1時間ほどかかりましたが、今回はまだ良い方です。他のスタッフはレオガーヌからさらに20キロほど南西へ行ったところにあるグランゴアーヴへ毎日通っていますが、グランゴアーヴまでは2時間から2時間半かかります。仕事に行って帰るだけで毎日5時間近くかかる計算です。

13:45
ミーティング終了。
レオガーヌ・グランゴアーヴ間の路上でフィールドへ出ていた他のスタッフといったん合流し情報交換。

14:15
ポルトープランスへ向け出発。

17:00
JEN事務所に到着。
今日一日、私は9時間以上外出していましたが、結局それぞれ約1時間の会議に2回出ただけでした。

18:15
20100409_6 現場調査に行っていたチームが帰宅。
彼らは今朝6時45分にJEN事務所から出発しました。現地スタッフの人たちは更にこれから自分のうちへ帰らなければなりません。彼らのうちまではタプタプで1時間から2時間もかかるのです(タプタプは小さな乗り合いバスのことで、文字通りおしりが「タプタプ」叩かれているように感じます)。

 一刻も早く被災者の方々にシェルターキットを届けたい、そんな思いとは裏腹に、多くの時間を移動に取られてしまいます。人口が集中しているエリアで、しかも地震後となれば仕方のないことかもしれませんが、ハイチの渋滞は私が経験した中でもとくにひどいものです。しかし、いまだ生活が安定しない被災者の方々のニーズを確認し、効率的により多くの方々をサポートするために、こういったミーティングで他のNGOや国連機関と情報交換や調整をすることは、現場で調査や配布をすることと同じくらい大切なことなのです。

 私は渋滞に巻き込まれている間、よく「バイクがあればいいのにな」と思います。バイクは車より渋滞の影響を受けにくいからです。しかし、よくバイクに乗っている友達は私に「ここでバイクに乗るのはまるでテレビゲームをしているようだよ」、と言います。道を歩いている男の人をよけ、女の人をよけ、車をよけてから子どもをよけて、それからカーブを曲がって・・・・・・もしソファーに座ってテレビゲームをしているだけなら楽しいでしょう。しかし、ここでは現実に自分か他の人の命を危険にさらすことになります。JENは安全のため、スタッフがバイクに乗ることを禁止しています。

 こういった状況でJENにできることは、スタッフの安全を確保しつつ、その時点でできる最大限のことをしていくだけです。渋滞にもめげず、JENは今後も精力的に活動を続けていきます。

JENでは ハイチ地震の緊急支援募金を受け付けています より迅速な支援を届けるために、皆さまのご支援が必要です クレジットカードでのご寄付 こちらへ 郵便振替口座でのご寄付 00170-2-538657 口座名  JEN *通信欄にハイチとご記入ください* ご協力お願いいたします。

4月 9, 2010 ハイチ |

2010年4月 1日 (木)

貧困の陰で

 ハイチには、日本ではあまり知られていない「でっち奉公(レスタベック)」の習慣が根強く残っています。国民の半数が1日1ドル以下、78%が2ドル以下で生活する、西半球の最貧国と言われるこの国では、多くの家庭が貧困のために子どもを育てられず、子ども(多くは幼い女児)を裕福な家庭に奉公に出します。実際は「働きに出す」というよりも、「子どもを捨てざるを得ない」もしくは「子どもと生き別れになる」ケースが多いと言われています。国連児童基金(UNICEF)によると、地震以前に奉公に出ていた女児(6歳から17歳まで)は10万人とのことです。

 奉公をしていた子どもたちは、奉公先で地震に遭い、家族や家を失い、住む家も頼る家族もなくなってしまいました。避難先のキャンプでは、子どもたちの面倒をみる地域、教会、学校、警察による保護システムが全く機能しておらず、多くの子どもたちがストリートチルドレンとなっています。

 JENは、被災した人々が少しでも早く自立した生活を取り戻せるよう、今後も支援活動を続けていきます。

0401

地震発生直後、ハイチの街で見かけた子どもたち。

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4月 1, 2010 ハイチ |

2010年3月24日 (水)

確実に、効率的に。一番支援を必要としている人々へ

20100324_jpf220100318photo_of_vieux  3月11日、グラン・ゴアーブの山間の町、ヴューカイユに住む73世帯の被災者の方々に、住宅再建のためのシェルターキットの配布を行いました。雨期の激しい雨に備えて、今回は前回配布したトタン板、ハンマー、釘、のこぎり、軍手に加え、木材を配布しました。ただし、様々な物資が不足しているので、3世帯で1つのこぎりを共有してもらうことになりました。

 最も支援を必要としている被災者の元へ、確実に効率的に支援を届けるためには、コミュニティの協力が必要不可欠です。

 当たり前のことですが、地域の方々がコミュニティのことを一番良く知っているからです。そこで、今回の配布では、地元のリーダー、ナデルさんに加え、多くのボランティアにもご協力いただきました。

20100324_jpf2_20100318assessment__2  事前調査では、各世帯の被災状況を一軒一軒訪問しながら、対象となる世帯を特定しました。

  20100324_jpf2_20100318calling_benef

 配布当日は、現地スタッフとベルランドさんが、調査に基づいて支援の対象となった方の名前を読み上げます。次に、ナデルさんはメガフォンを使って呼びかけて、本人確認をします。これは、二重配布や対象外の方への配布を防ぐためです。

 そして、スタッフとボランティアが、あらかじめ用意しておいたキットを配布します。

20100324_jpf2_20100318tool_distribu 20100324_jpf2_20100318beneficiary_2 

 ボランティアの協力なしでは、これら連携を要するJENの活動は成り立ちません。

「現地の人々とともに」「自立を支援する」というモットーのもとに、今後も活動していきたいと思います。

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3月 24, 2010 ハイチ |

2010年3月 9日 (火)

現地のスタッフとともに

 3月11日(木)、これまで準備を進めてきた4000世帯へのシェルターキットの配布を始めます。

20100309p1000993_3  コミュニティーにより用意された名簿をもとに、ジェンのスタッフが一軒一軒被災者の自宅を訪問して、崩壊具合や避難生活の様子を調査してきました。現地のスタッフも、調査票を作成し、データベースをデザインし、何度も調査のシミュレーションを重ねてきました。

 現地のスタッフは、1つのプロジェクトをやり遂げる「仲間」として、また、ハイチの文化や生活を理解するために、なくてはならない存在です。

3月 9, 2010 ハイチ |

2010年2月18日 (木)

【ハイチ地震緊急支援速報】フォトアーカイブ、その2

さて、シリル・カッパイのアーカイブ、第2弾。

P1000012_low

*人々の衛生状態が気になります

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*原型をとどめていない街

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*にわかキャンプでの生活

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*道路わきには、シーツを壁にしたシェルターが

にわかキャンプでの生活で、少しでもストレスをためなくてよいように、

JENは引き続き、4000世帯を対象に、ツールキットとトタンの配布を行っています。

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2月 18, 2010 ハイチ |

2010年2月17日 (水)

次はシェルターキットを4,000世帯に

 支援者の皆さまとジャパン・プラットフォームのご支援により、ジェンは2月16日よりで被災した4,000世帯にシェルターキットを配布できることとなりました。一世帯あたりのキットの内容は、トタン板10枚、ハンマー1丁、釘1キロ、のこぎり1丁、軍手を予定していますが、今回はそれに加え、シェルターの柱となる木材も加わる予定です。

 震災後1カ月間の事業で700世帯に配布したキットを、前回カバーすることができなかったグラン・ゴアーブ山間部の方々にも届けます。

20100217  ジェンのチームは、現地でいくつかの業者を周り、質の高いキットをいち早く被災者の方々に届けられるよう準備を進めているところです。同時に、グラン・ゴアーブで支援を待っている方々の名簿を作成し始めています。20100217_2

2月 17, 2010 ハイチ |

2010年2月13日 (土)

地震で亡くなった方々の数

Photo_12  当初20万人と伝えられていた死亡者の数は、10日、ハイチ政府により23万人に上方修正されました。

 人口1000万人の国で50人に一人以上が亡くなったことになります。自分の生活に当てはめてみると、改めてその被害の大きさを実感しました。

 それは、たとえば、高校の同級生400人のうち8人、サッカーの試合を観戦した2万人のうち、400人以上がいっぺんに亡くなったということに匹敵します。

Photo_13  被災地では、生き残った人たちが力を合わせて復興させていかなければなりません。それは、とても長い道のりになると思います。

 ジェンはハイチの人々の「自立」を支援するため、これからも必要な限りこの場に留まりサポートを続けていきたいと思います。

2月 13, 2010 ハイチ |

2010年2月11日 (木)

ジェンのシェルターキットは今

Photo_5  2月4~7日にかけて配布したシェルターキットの使用状況を調べるため、ジェンのスタッフが配布コミュニティーへと戻りました。

 シーツやカーテンに代わり、屋根や壁がトタン板に代わっていました。物資だけでなく工具もセットになっていたことで、素早く日曜大工ができたとの声が聞かれました。

Photo_2 Photo_3

■補修したシェルターの前で

Photo_4

■修復作業を行っている人びと

2月 11, 2010 ハイチ |

2010年2月 7日 (日)

700世帯へのシェルターキット配布完了!

Jen   2月7日、4日間にわたる700世帯へのシェルターキット配布が完了しました。配布最終日は日曜日でキリスト教の礼拝日にあたり、キャンプ内の礼拝が終わる12時からの配布となりました。

Photo_5    コミュニティー・リーダーとボランティアの若者たちの協力により、配布は大変スムーズに進み、わずか2時間ほどで配布名簿の160名に配布し終わりました。中には、名前が呼ばれると、喜びのあまり歓声をあげながら走って受け取り場所に現れるお母さんもいらっしゃいました。

Photo_6  配布したキットにより、被災者の方々が、5月頃に始まると言われている雨期を通じて安心して生活ができることを心から祈っています。来週には、配布したシェルターキットの使用状況などを確認するために、プログラム・オフィサーらが事業地に戻ります。

2月 7, 2010 ハイチ |

2010年2月 5日 (金)

【ハイチ地震緊急支援】 第1回物資配布無事終了!!

 2月4日(日本時間2月5日)、第1回目の物資の配布を行いました。

Photo_3  グランゴアーブにて、4つの「にわかキャンプ」189世帯が対象です。配布の際、懸念されていた混乱はなく、無地に、支援を待ち続けていた人々の手に物資が手渡されました。

1世帯当たりの配布物資の内容は、トタン板10枚、ハンマー1本、ノコギリ1本、軍手1足、釘1キロです。

Jen 配布が終わった後、米川専門家がキットを受け取った人たちのお宅を訪問しました。皆さん、ほっとした表情で、配布物資を手に明日への1歩を踏み出しました。

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2月 5, 2010 ハイチ |

【ハイチ地震緊急支援】支援物資の配布、その1

みなさま、

現地から届いたばかりの写真です。

グラン・ゴアーブの人々にも、ほっとした笑顔が。

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Jencgi

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2月 5, 2010 ハイチ |

2010年2月 4日 (木)

ハイチ緊急支援活動報告会 開催!

JENでは、ハイチ大地震により被害を受けた現地住民への緊急支援活動報告を、2010年2月15日(月)18時30分より開催いたします。

報告会では、地震直後から現地で緊急支援活動に携わった米川正子が、劣悪な状況下で行ったニーズ調査の様子と、緊急物資配布を待つ現地の声を、被災地の写真・映像を交えながらご報告いたします。

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JENは、地震発生直後から現在までに、隣国ドミニカ共和国を経由して、4名のスタッフをハイチの首都・ポルトープランスへ派遣しています。住居のニーズが非常に高いため、ポルトープランスから50キロほど西にあるグランゴアーブ地区の避難民700世帯に対して、瓦礫撤去および小屋建設のために、トタン板、ハンマー、ノコギリ、釘の配布を行っています。

インフラが壊滅的な打撃を受けたまま、地震発生から1カ月が経過しました。同国首相の発表によると、2月2日現在の死者数は20万人に達しています。現地には、もうすぐハリケーンのシーズンがやってきます。今後、JENは、現地の人々が自立した生活を取り戻すために、支援を続けていく予定です。

<米川正子による JENハイチ緊急支援活動報告会>

■日時: 2月15日(月) 18:30~20:30 (受付:18:00~)

■会場: 新宿多文化共生プラザ
新宿区歌舞伎町2-44-1東京都健康プラザハイジア11階
(JR、地下鉄 新宿駅徒歩5分)
アクセス→ http://bit.ly/dk4Nu6

■定員: 35名

■資料費: JEN&JSC会員(無料)、非会員(500円)

■電話またはE-mailで、東京本部事務局(担当:浜津・池田)まで、
氏名、ご所属、ご連絡先をお知らせください。
(Tel: 03-5225-9352 / E-mail: info@jen-npo.org
*報告会当日のご連絡も、JEN東京本部事務局までお願いします。

■報告者:米川正子 (フランス語圏緊急支援専門家)
1992年から国連ボランティア、UNHCRにてアフリカ各地でフィールド担当官として活動。UNHCR本部で高等弁務官補佐官、JICA国際協力機構では平和構築客員専門員として活躍。現在は、宇都宮大学国際学部特任准教授。

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*本件に関するお問い合わせ先*
特定非営利活動法人JEN(ジェン)  担当:浜津・池田
〒162-0824 東京都新宿区揚場町2-16第二東文堂ビル7F
Tel: 03-5225-9352  Fax: 03-5225-9357 
Email: info@jen-npo.org  URL: http://www.jen-npo.org

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2月 4, 2010 ハイチ |

【ハイチ地震緊急支援速報】フォトアーカイブ、その1

みなさま、

本日、海外事業部長 シリル・カッパイが、ハイチの初動ミッションを終え帰国しました。

ポルトープランスでのひとコマです。

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2月 4, 2010 ハイチ |

2010年2月 3日 (水)

トラックよ、早くグラン・ゴアーブに届け!

 2月3日、明日キャンプ4か所で配布予定のシェルターキットを、業者倉庫にてトラックに積み込みました。この物資は「日本の皆さまのご協力でグラン・ゴアーブで被災生活を送る方々に配布するの」と伝えると、業者の方々もサウナのようになった炎天下のコンテナの中で、積極的に積み込み作業をしてくださいました。

0203_2  ジェンのシェルターキットは、トタン板、金槌、のこぎり、釘、軍手です。被災者の方々はこれをもって、今ありあわせのシーツやカーテン、切り開いたごみ袋、木の葉などで囲われている家の天井や壁を、雨風に耐えられるトタンに作り替えることができます。

0203  支援者の皆さまの温かい気持ちがいっぱい詰まったこのトラックが早くグラン・ゴアーブの被災者の方々に届くよう、ここポルトープランスから祈っています。

2月 3, 2010 ハイチ |

2010年2月 2日 (火)

におい

 街を走っていると、ふと鼻につく「臭い」が2種類あります。どちらもいい「香り」ではありません。

 1つは死臭。残念なことに、被災から3週間、犠牲者の遺体は瓦礫の下に埋もれたまま。常夏のハイチの太陽の下で、遺体の損壊が進んでいます。窓を開けていると、よくふとこの臭いが漂ってきます。あたりを見渡すと、必ずといっていいほど、完全に崩壊したビルがあります。

 もうひとつは汗や汚物の臭い。被災者の方々が避難生活を続けるキャンプ周辺では、必ずといっていいほどこの臭いがします。これまで主に医療活動、物資配布や食料配布が支援の中心となっていることから、衛生面は悪化する一方だとも聞いています。

0202  いっぺんに全てのキャンプにおいて全ての分野の支援をすることはとても難しいことではあります。しかし、近くにいると、詳細な調査などしなくてもニーズが山積みなのが痛いほどわかり、いち早く被災者の方々の生活環境が改善されることを願わずにはいられません。

2月 2, 2010 ハイチ |

2010年1月30日 (土)

キャンプを作って生活する被災者

Photo_4  被災者の人々は、自宅が倒壊するかもしれない、もしくは、また地震が起こるのではないか、という不安から自宅を離れて近くの空き地やサッカー場で野宿して生活をする人々が多くいます。

 ジェンのスタッフは、毎日グラン・ゴアーブにあるこのようなキャンプを訪問し、被災者の人々の生活状況や支援のニーズについて調査してきました。

 キャンプにはシェルターを作る材料がないので、人々は周辺から拾ってきた木材やブロック、布切れなどを使うしかありません。高さも広さも、家族がぎゅうぎゅう詰めになって横になれるくらいしかありません。地面に敷くマットレスさえありません。

Photo_5  このような状況から、ジェンはまず、本当に支援を必要としている人たちのリストを作り、シェルターを作る道具類を配布することに決定しました。トタン板や、のこぎり、金づち、釘などを、配布予定です。

1月 30, 2010 ハイチ |

2010年1月29日 (金)

国境を越えると

Photo_3  震災直後からハイチの首都ポルトープランスにある国際空港は、米軍および国連のみが使用可能な状況に置かれています。そこで、私たちは、陸路にて28日早朝にハイチへと移動しました。

 ドミニカ共和国では、幹線道路はどこまでも舗装されており、道の両脇にある住居もピンクやエメラルドグリーンなど様々な色に塗られて、まるでカリブの映画を見ているようでした。

 しかし、ハイチ国内に入ると国境周辺も道路は舗装されてはいません。それどころか、すぐ脇にある石灰の切り出し場から、ものすごい量の石灰の粉じんが飛んでいました。窓を開けていた私は、思わず咳き込んでしまいました。

 首都に向かって進めど進めど、バラックとしか呼べない建物が並んでいます。ハイチは震災以前からカリブ地域でも「最貧国」でしたが、その通りの光景でした。その結果、ハイチ地震の被害はとても大きなものになっています。

 なるべく早く緊急支援物資の配布し、そして、防災教育を行いたいと、強く実感しました。

1月 29, 2010 ハイチ |

2010年1月28日 (木)

混沌とする国境

Photo_2  28日午後、すでにハイチ入りしているジェンの調査チームのサポート要員として、私田中富美子もハイチにやってきました。隣国のドミニカ共和国から陸路にてハイチに入国。国境までは予定された通り約4時間で到着したのですが、国境の辺り1キロ地点から2時間近くかかり、ようやくハイチに入国しました。

 国境は、世界各国からハイチへと物資を運ぶトラックと、ハイチからドミニカへと歩いたり乗り合いバスに乗ったりして避難してくる人々でごったがえしていました。その混乱に乗じて、路肩でモノ売りや両替の商売をする人、双方向から無秩序に突っ込んでいくトラックやバスを整理する人、人、人。

 地震のために、ハイチ国境の辺りの道路はところどころ水に沈み、崩れた土砂で一車線となり、援助物資の搬入も思うように進みません。世界中の温かい気持ちが、いち早く被災者の方々に届くようにと祈るばかりです。

1月 28, 2010 ハイチ |

2010年1月25日 (月)

【ハイチ地震支援速報】瓦礫の中から

250110__3現地から写真が届きました。

現在、JENは首都から約50キロ離れたグラン・ゴアーブという町を調査しています。ここでは、約6割の建物が倒壊しています。

広場やサッカー場など、至るところに「にわかキャンプ」ができ始めています。

写真は倒壊した学校の机や椅子、木の葉を用いた仮の住まいです。

また人々は、瓦礫の中から見つけてきた木片やトタンを合わせ、どうにか住まいを作ろうとしています。もちろんトイレはありません。

250110__5 彼らが瓦礫を撤去したり、自力で小屋を建てるために必要な道具のリストを作成しつつ、隣国のドミニカ共和国からこれらの物資を調達するために、業者の選定を始めました。

伊東(ジェン東京本部事務局 海外事業部ハイチ担当)

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1月 25, 2010 ハイチ |

2010年1月21日 (木)

【ハイチ地震支援速報】スタッフ3名がハイチで調査を開始。

海外事業部次長・平野です。
ハイチからの第一報をお届けいたします。

 日本時間20日(現地19日)、ジェンのスタッフ(シリル、オリビエ、米川)の3名は、ドミニカ共和国から陸路で約8時間かけて、ハイチの首都ポルトープランスへ無事に到着しました。

 現在、ポルトープランスには、宿泊できるホテルがほとんどないため、事前に連絡のついた知人宅を拠点にしています。現地では、余震はありますが、建物の中でも比較的安全だとのこと。蚊が媒介する病気があるので、寝るときは蚊帳を使用しています。

 現地との連絡手段は、日本から携行した衛星電話1台のみ。時差が14時間もあるため、日本と連絡するときは、現地はいつも夜です。
通話中も2分おきくらいに切れてしまいます。電気がなく、電話中にメモを取るだけでも苦労しています。

 到着後は、翌日から早速、被災地を訪問。国連・NGOとの調整会議にも出席しています。
また、同時に、町の中心地から約10キロほど離れた町の調査を開始しました。
海外事業部長 シリル・カッパイによると、町の状況は、長年NGOに従事してきた彼でさえ、初めて見る光景で、「まるで爆弾が投下された後みたいだった」とのこと。家という家は全て倒れ、多数の遺体が放置されています。

 JENは調査を通じて、支援を必要としている地域と、支援の内容を決定します。支援物資は隣国ドミニカ共和国から輸送し、配布する予定でいます。現地の状況と支援の進捗は、引き続き、このブログでお伝えいたします。

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1月 21, 2010 ハイチ, 緊急支援 |

2010年1月18日 (月)

【ハイチ地震支援速報】ハイチ地震被災者 緊急支援

 地震の被害があったハイチの調査と支援物資配布のために、日本から米川正子専門家、フランスからはジェン海外事業部長のシリル・カッパイと、ジェンのパキスタン地震およびレバノン緊急支援で活躍したオリビエが出発しました。

 襲撃事件が起こるなど、治安が悪化する中でも、迅速な調査と支援を安全に行うことができるように、経験豊かなでフランス語が話せる国際スタッフ3名を派遣しました。

 17日にはドミニカ共和国へ入国し、車両などの準備を整えた後、陸路でハイチへ入国する予定です。
被災地には宿泊施設や飲料水が不足しているということから、スタッフ自身が寝泊りするためのテント、救急箱、
浄水剤などを事前にフランスで入手しています。

 通信網(電話)が遮断されているという情報もあり、日本で衛星電話を準備しての出動となっています。

 今回の緊急支援では、ジャパン・プラットフォームの他、すでに多くの支援者の皆様から、励ましのお言葉とご寄付をいただいております。この場をお借りしてお礼申し上げます。

 支援活動は、これから本格化します。引き続き、皆様のご支援をよろしくお願いいたします。

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1月 18, 2010 ハイチ |

2010年1月14日 (木)

【ハイチ地震支援速報】<プレスリリース>ハイチ地震被災者 緊急支援を開始します

プレスリリース

2010年1月13日発生
ハイチ地震被災者 緊急支援を開始します

特定非営利活動法人ジェン(本部:東京都新宿区)は、1月13日に中米カリブ海の島・ハイチで発生した地震への対応として、被災者の緊急支援を開始します。

地震は、1月12日午後4時53分(日本時間13日午前6時53分)に、ハイチの首都・ポルトープランスの直下で発生しました。国際赤十字赤先月社連盟によると、被災者数は、最大で300万人に達することが予測されています。また、同国の大統領は、死者数は3~5万に上る可能性があると発表しました(1月14日現在)。地震による壊滅的な被害は、周辺地域の被災状況の把握が進むにつれ、今後さらに広がると見込まれます。

JENは、過去15年間に渡る、国内外での地震や津波、サイクロンなどの自然災害に対する緊急支援の経験から、今回の緊急支援を決定しました。国外ではこれまでに、現在支援を継続中のインドネシア(2009年10月スマトラ沖地震)、ミャンマー(2008年5月サイクロン「ナルギス」)の他、パキスタン(2008年10月南西部地震、2005年10月カシミール地震)、スリランカ(2004年12月スマトラ沖地震による津波)、イラン東部地震、インド西部地震、モンゴル雪害でも緊急支援を行ってきました。また国内では、2004年10月の新潟県中越大震災にて緊急支援を実施。現在も高齢被災者に対する自立支援を継続しています。

今回の緊急支援では、1月15日から、シリル・カッパイ(海外事業部長、フランス出身)、米川正子、オリビエ・デ・ラ・モット・サン・ピエール(ともに調査員)の3名が、現地に向けて出発(16日頃到着予定)。地震で悪化している治安を考慮しながら、まずは被害状況と必要とされる支援についての情報収集を行います。並行して、可能な限り、必要とされている緊急支援物資の配布をします。

JENでは、ハイチ地震被災者への緊急支援のため、緊急募金を開始しました。より多くの人々に、迅速・的確・柔軟に支援を届けるために、皆さまのご協力をお願いいたします。
なお、現地の最新の情報は、JENホームページおよびメールマガジン号外でご報告いたします。

JENホームページでメルマガ登録ができます。⇒ http://www.jen-npo.org

ハイチ地震 緊急支援募金を受付けています:
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*このリリースに関するお問い合わせは、広報担当:浜津、濱坂 (TEL:03-5225-9352)まで。

1月 14, 2010 ハイチ, 緊急支援 |

【速報】ハイチ地震対応

2010年1月13日にハイチで首都圏直下型地震(マグニチュード7.0)の大地震が発生しました。

JENは現在、被災状況を調査中です。

倒壊した建物のまわりでは、人々が路上生活を余儀なくされているという情報もあります。

引き続き、情報収集を行います。JENの動きは、メルマガでも配信いたします。

この機会に、是非ご登録ください。

1月 14, 2010 ハイチ, 緊急支援 |