2012年5月24日 (木)

マンゴの季節、雨の季節、コレラの季節

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 本格的な雨季に先立ち、ハイチでは3月下旬頃から雨が降り始めました。特に夕暮れから夜にかけて、時にはスコールのような大雨が降ります。雨によって道路が遮断されたり、橋が落ちたりと、人々の日々の生活に影響が出ており、さらにコレラ感染のケースも増加し始めています。

 マンゴの季節に入ると、現地のハイチ人スタッフは口々に言い始めました:「マンゴの季節と雨の季節が来ると、コレラの季節が来る!」と。

 マンゴの季節になると、いたるところでマンゴが売れ始めます。
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 ハイチ人スタッフたちの話によると、おいしいマンゴが増えると、マンゴをきちんと洗わずに食べてしまう人が増え、コレラを始めとした感染病も増加する、というつながりがあるようです(ちなみに、マンゴはそのまま皮のある状態でガブリと、がハイチでの食べ方)。

 4月中旬には、国際機関によるコレラの予防接種キャンペーンが開始するなど予防策が取られ始めています。このような状況の中、ジェンはハイチ人スタッフたちによる衛生促進トレーニングを7つのコミュニティーで現在行っています。

5月 24, 2012 ハイチ, 生活、習慣、風土, 衛生教育 |

2012年5月10日 (木)

ハイチのみなさん、2年間ありがとうございました!

 2010年4月下旬に赴任してから2年が過ぎ、大好きなハイチとお別れする時が来ました。到着当初は訳もわからず時が過ぎましたが、ハイチ人スタッフや活動を通して知り合ったたくさんのハイチの方々、またハイチで活動されているたくさんの団体・機関の皆様にお世話になり、無事に任期満了を迎えました。

 さて、復興が遅いと報道されているハイチですが、この2年間で私が見た変化をお伝えしたいと思います。

写真①大統領府
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 未だ崩れたまま変化なし、と思われがちですが、実はがれきが撤去されています!大統領府だけでなく、街中でも変化は顕著です。

写真②豪雨で洪水
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 すぐに洪水になってしまうのは相変わらずですが、実は側溝が新たに建設されており、以前よりも洪水の一因になっていたゴミの量が減った地域もあります。

写真③
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 JENが掘削した井戸を自分達で維持管理できるように、井戸を管理するコミュニティーの水管理委員会が保守及び塩素代として月々約50円の料金を徴収しています。
料金の支払いが完了したことを証明するスタンプブックを掲げている住民の方

写真④
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上記水管理委員会に月々の井戸利用料を支払った証明
 井戸は故障もしますし、飲料水にするためには塩素が必要な地域もあります。井戸を建設するだけでは、一時的な対処にしかなりません。継続的に利用するため、ひいては自立支援につながるよう、コミュニティー自身の力で管理し続ける仕組みが大切で、このスタンプはその成果です。

 住民の方にとって、以前は川の水を無料で使っていたため、水に対して利用料を支払うことは簡単なことではありません。なぜ利用料を払うのか、清潔な水が何故大切なのか。その理由を理解してくれたからこその変化です。

 まだまだ被災者の皆さんが安心して暮らせる状態には至っていませんが、少しずつ、変化は起こっています。また数年後にハイチに戻った時、どんな変化が見られるか楽しみです。

(現地事務所代表 高尾由香)

5月 10, 2012 ハイチ, 井戸建設 |

2012年4月19日 (木)

ジミー・ピエール、ハイチに新しい仲間が加わりました

20120419  新たに総務・経理アシスタントとなりましたジミー・ピエールです。ハイチの首都、ポルトープランスで生まれ育ちました。双子の娘をもつ39歳の父です。

 私は、CUSOPHAJという、ハイチにて日本文化を振興している団体に所属しています。そこで日本について学ぶと同時に、日本語初級コースの教師としてボランティア活動もおこなっています。

 これまで13年間教師の仕事に就いてきましたが、異なる分野での経験を積みたく、2週間前よりJENで働き始めました。同僚にも恵まれ、支援事業に関する知識やスキルを磨くことができて充実した日々を過ごしています。また、ハイチで活動する様々なNGOの中でも、JENはより明確な支援を実施している団体の一つです。

 大地震の影響は未だ続きますが、私たちハイチ人がこうやってJENと出会えたことは良い縁であると信じています。

4月 19, 2012 ハイチ |

2012年4月 5日 (木)

Back in Haiti!

  プログラム・オフィサー ロマーンです。JENとともに働くために再びハイチに戻り、10日が経ちました。
 この10日間で、ポルトープランスの市内や、グランゴアーヴのオフィスへと延びる幹線道路にあるレオガン、カルフール、Martissant, Mariani, Gressierのいたるところで、復興の兆しを見ることができました。
 2010年3月~2011年7月、ハイチでJENの活動に参加をしていた際、これらの都市は何度も訪れましたが、9ヶ月の間に変化が起きてました。多くの瓦礫が既に撤去されており、道路は全面的に通行可能となっていたのです。地震により深刻な影響を受けていた国道2号線も既に回復しており、渋滞も緩和されています。ポルトープランスの渋滞が完全に解消されるまでには至っていませんが、この国の首都は確実に復興へ向かっています。満員の路線バスは以前よりもしっかりと運行されるようになり、町のゴミ収集システムにも驚くべき改善が見られており、町全体の雰囲気が以前と異なるものになっています。何百人もの子供たちが制服を着て、安全な場所で無料の送迎バスを待つ姿を目にすることもできました。

 こうしたハイチの復興状況を目の当たりにしたことで、私は9ヶ月間もこの国を離れていたのだと考えさせられました。この9ヶ月間を私はヨーロッパで過ごし、そこではハリケーン被害、政治的な緊張や社会不安が起こった時だけではありましたが、メディアによる報道がなされ、ハイチの様子について十分に目にすることができました。しかしながら、私の記憶には2010年3月のこの国の姿があり、そこから多くのものが変わり、現在も変わり続けると感じています。

 また、新たな同僚も加わったオフィスのメンバー、事務所のガードマンからレオガンの知事まで懐かしい顔ぶれの人々と再会しました。中でも、2年前、震災直後から活動を共にした現地スタッフとの再会は、とても感慨深いものとなりました。彼らとは、地震発生後の緊急時に1日掛けて徒歩で山に入り、住宅やとても多くの人が滞在していたキャンプ地の住居を一つずつ巡り地震の被害状況についての調査を実施しました。多くの困難に立ち向かい、肉体的にも疲れ果てていた地震発生直後と現在と比べることはできません。彼らはこの9か月間で驚くほど成長していました。

 私は、9ヶ月の間に心身共にリフレッシュしてきました。そして、このたび、この地で過ごした16ヶ月間の素晴らしい記憶とともにレオガンで新たなプロジェクトをスタートさせるべくハイチに再び戻ることができたことを大変嬉しく思っています。私が今回関わる新たな事業は八千代エンジニアリングと共同で行う道路復旧作業です。私の仕事は、八千代エンジニアリングとともに地元の建設業者が適切に事業を遂行できる環境を整えることです。事業の調整や報告が業務の中心になりますが、“異文化”の中での仕事であることには関わりなく、私自身多くを学んでゆきたいと云思っています。

4月 5, 2012 ハイチ |

2012年3月22日 (木)

Laberger(ラベルジェ)における水管理委員会の選挙

2月上旬に新しいプロジェクト「レオガン地区における水管理委員会を通じた水衛生環境改善事業」という新しいプロジェクトが開始しました。

 この事業では首都のポルト―プランスの西に位置するレオガン地区の7つのコミュニティーで水と衛生環境の改善を行います。ハイチでは長年に渡る国際支援の結果や技術不足から、井戸を掘削しても数年内で故障してそのまま放置されるケースがたくさんあります。JENではこの状態が改善されるように、井戸を責任もって管理できる組織を各コミュニティーに設立します。

 7つのコミュニティーのひとつであるLaberger(ラベルジェ)では、今まで川の水を飲料水として利用していました。このコミュニティーで井戸を掘削し、それを地元の住民自ら管理運営することで、衛生環境を末永く維持できる仕組み作りを行います。

 この水管理委員を選ぶ選挙が先日実施されました。とても「ハイチらしい」選挙でしたので、その様子を紹介します。

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 まずジェンスタッフとの事前打ち合わせ通りに、地元のリーダー的存在の方々がジェンの事業、水管理委員会、さらに各候補者についてそれぞれ説明を始めました。

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 BGMは子豚の鳴き声です。

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 水管理委員会の委員の選定は、挙手による住民投票によって行われます。

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 子どもに授乳をしながらも、住民は参加してくれます。

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 しかし、途中で挙手のカウントが難しくなったようで、「Aを支持する人はこっち、Bを支持する人はあっち」と○×ゲーム形式に代わり、皆がそそくさと移動し始めました。

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 何回かドタバタと移動を繰り返した後、やっと水管理委員会の選定が完了。賑やかに皆が笑い楽しみながら、とてもハイチらしい選挙でした。

(この事業は、ジャパンプラットフォーム、支援者の皆様のご協力で進められています。)

3月 22, 2012 ハイチ, 水管理委員会, 生活、習慣、風土 |

2012年3月 8日 (木)

新スタッフの自己紹介

新たに総務・経理担当としてハイチ事務所に赴任することになりました橋本です。以前は、東京本部にてスリランカ・イラク事業を担当しておりました。

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ハイチを訪れるのは初めてでして、ハイチ人に関しては、純粋で、非常に心優しい人々という第一印象を抱きました。初日から蚊との悪戦苦闘が続いておりますが、日本と同じ地震災害で苦しんでいるこの国の復興に貢献するために、いち早く支援事業の一戦力となれるよう頑張りたいと思います。

どうぞよろしくお願いいたします。

3月 8, 2012 ハイチ, JENスタッフ |

2012年2月23日 (木)

BLOKIS!

「・・・BLOKISは誰もが知っている、いつでもこうさ。
 BLOKISのせいで重要な約束も守れず、電話で嘘をつかなければいけない。
 タップタップ(ハイチの公共ミニバス)は常に満員状態で、イライラし始めて暴れだしたくなる。
 汗をかきながら、電話で「あともう少しで着く」と、遅れるとわかっていながら嘘をつく。
 歩いたほうが速いと思うけど、目的地まだまだ遠い・・・」

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 今ハイチで大人気の若手歌手Wantioの最も有名な曲の一つが、”Blokis=渋滞”です。
その歌詞の一部を抜粋しています。

 ハイチの特に首都の交通渋滞はひどく、ジェンの活動にも影響することは多々あります。
 そして、交通渋滞それ自体に限らず、多くのハイチ人の日常生活における「渋滞状態」の切実さが、印象的に伝わってきます。

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「・・・BLOKISいつでもこうさ、ハイチ全体がBLOKIS状態・・・」

2月 23, 2012 ハイチ, 生活、習慣、風土 |

2012年2月 9日 (木)

Labrietteのようす

 Labrietteでは、ジェンが建設した共同洗濯場を使わずに、すぐ近くにある川を使っている住民が多くいました。
 その理由は、洗濯をする際に多くの水を利用するため、何度も何度もポンプを扱ぐことが大変だったからです。

 そこで、水をためておけるドラムを置きました。
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 そしたら、以前ガラガラだった共同洗濯場が今では、満員状態。
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 さらに、はみ出てしまって、「もっと広く作って~」と、お母さんたちが口にしています。
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 ドラムを設置するというちょっとした工夫が、住民が集まる場づくりにつながりました。

 住民が話し合うスペースとしてだけでなく、水管理委員会が塩素の使い方の説明をするなどの情報伝達の基点ともなっています。

2月 9, 2012 ハイチ, 水管理委員会 |

2012年1月26日 (木)

Toutifのようす

 ジェンがToutifというコミュニティにおいて建設した、給水施設と洗い場の使用状況をお伝えします。

 午前11時です。日光がじりじりと肌にしみます。

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 洗い場では4、5人の女性が、歌ったり、世間話をしながら、2時間くらいかけて家族分の服を洗っています。

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 前は強い直射日光の下で洗濯をしていましたが、洗い場に屋根を設けたおかげで大分楽になりました。

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 黄色いシャツを着て青い空の下にまぶしく輝く彼女は、往復15分かけて、毎日最低3回水を汲みにきます。

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 一つのバケツをいっぱいにするのに3分弱、バケツは大体一個20キロの重さです。
 さわやかに、そして普通のことのように行う彼女ですが、決して楽ではありません。

 それでもジェンによる給水施設建設前は、一番近い水源は、700メートル近く離れた(歩いて往復30分以上かかる)川でした。

 小さな改善の積み重ねで、少しずつ人々の生活が変わっていきます。

1月 26, 2012 ハイチ, 井戸建設 |

2012年1月12日 (木)

安全な水ー知識の伝達

 ハイチでは、水衛生に対する正しい知識と習慣がないためにコラレ等の感染症が発生しております。
 そこで、人々に正しい衛生知識と塩素の役割を知ってもらうために、塩素の使い方の研修を受けたジェンの現地スタッフがトレーナーとなって、地元の人たちに知識の伝達を行いました。

 ジェンが活動しているコミュニティごとに各3名(給水施設を管理する水管理委員会から2名、衛生知識の普及活動を行う保健衛生促進普及員1名)が液体塩素の作り方の研修を受けました。

 ジェンスタッフにより行われた研修の内容は以下の通りです:

 まずは
 ①なぜ塩素を使う必要があるのか、ジェンのチームリーダーが説明をしました。

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 次に、
 ②液体塩素の作り方・気を付けるべき点を、研修を受けている人たちとのやりとりを含めながら、ジェンスタッフが熱く説明しました。
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最後は、きちんとマスクやゴーグルで身を守って(ジェンによって防具セットも配布)、
 ジェンスタッフの母親のような注意深い眼差しの下、一人一人順番に、
 ③実際に作ってみました。
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 研修を受けた水管理委員会と保健衛生普及員がそれぞれの地域住民に対して確実に知識を伝達していけるように、ジェンスタッフは何度も何度も、しつこいと思えるくらいに知識の確認を行っていきました。

 この積み重ねが、知識の伝達のみならず、行動の変化にもつながっていくことを期待しています。

1月 12, 2012 ハイチ, 衛生教育, JENスタッフ |

2011年12月22日 (木)

みんなの健康のために


 JENは皆様とジャパンプラットフォームのご協力により、塩素ディスペンサーの設置を行っています。
井戸のすぐそばに塩素ディスペンサーを設置することによって水源での水処理を可能にし、塩素消毒の重要性を説いて水の処理を促進します。

 12月初め、ジェンのスタッフが、HTHパウダーという粉を使って液体塩素を作るトレーニングを受けました。
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 まずは水量に対して必要な粉の量を計算。塩素は濃度が大切、足りなければ消毒ができず、多すぎると味や健康にも影響します。
 必要量がわかったら、実際に混ぜる前に手袋とマスクをつけて体を保護。

 トレーニングをしてくれたIPA(Innovayions for Poverty Action)のエリーズさんは、トレーニングを行う時は必ず同じ服で行くんだとか。トレーニング中に飛び散った塩素で服が脱色されてしまうからだそうです。

 塩素ディスペンサーは、レバーを1回ひねるとハイチで一般的に使用されている5ガロン(約19リットル)のバケツに必要な塩素量を出してくれます。
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 じゃあ1ガロンのバケツが来たらどうするの?
 消毒した後、飲み水として何日間保存できるの?
 実際に運用が始まったら出てきそうな問題を思いつく限り確認します。
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 今後はジェンスタッフが水管理委員会、井戸の管理人やボランティアの方を対象にトレーニングを行い、同時にコミュニティーに対しても啓蒙活動を行って、健康に対する水処理の重要性を理解してもらいます。

 水処理に対する知識を得てもらい、家族の健康が守られることを祈るばかりです。

12月 22, 2011 ハイチ |

2011年12月 8日 (木)

本当の「自立」とは

 東日本大震災後の東北での緊急・復興事業に次いで、ハイチ事業のプログラム・オフィサーとして着任しました。

 東北と同様、自然災害に見舞われたハイチですが、世界初の黒人による共和制国家という名誉ある肩書きを持ちつつも、地震前から長年に渡り貧困や内乱に苦しんできた国です。国際援助への高い依存が嘆かれるハイチにおいて「自立」支援とは何か、着任早々考えざるをえません。

 JENはハイチで、給水施設の建設や衛生教育と並行して、住民による井戸維持管理委員会の設立をサポートしています。
 井戸維持管理委員会とは、住民による井戸の日々の維持管理とともに井戸が故障した場合に備えて住民から月々維持管理費を徴収する、住民による、住民のための仕組みです。井戸維持管理委員会の設立というと簡単そうに聞こえますが、支援に慣れてしまったことが壁となり、実際は時間をかけてひとつ、ひとつ学ぶ難しいプロセスです。

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(写真:自分たちが受けた衛生教育の知識を他の人びと住民に伝える住民)

 自立支援は、井戸維持管理の設立のようにプロジェクトを実施している地域で行われる活動のみならず、JEN内部でも行います。
 私の前任者は、現地スタッフの能力向上に力を入れてきました。パソコンやレポート作成などのスキルとともに、言われたことを実施するのみならず、自分たちの活動成果を分析し、自分たちの行動の結果の責任を負うことを、体験を通じて学ぶ機会を設けています。

 援助依存の高いハイチだからこそ、「自立」支援とは何かを追求しながら活動していきたいと考えています。

岸和田ひとみ
(プログラム・オフィサー)

===== ご報告 =============

平成23年度 外務大臣表彰受賞しました。

これまで、JENの活動を温かくご支援くださいました、

支援者の皆様に、深く感謝申し上げます。

詳しくは、こちら

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12月 8, 2011 ハイチ |

2011年11月24日 (木)

継続は力なり、逆もまた然り

 ジャパンプラットフォームや支援者のみなさまのご支援により、10月末で一つの事業が終了しました。

 この事業で一番苦労したのは、井戸管理委員会の設立・訓練でした。

 井戸利用を有料にし、かつ自分たちで運営していくのですが、井戸の管理人の方のみが有給で、あとの委員の方々は無給で運営にあたります。また、有給と言っても月に約250グルド(6.25ドル)前後。
 いくら失業率が7割と言われるハイチでも、管理人になってくれるという人を見つけるのは至難の業でしたが、ようやく委員会が発足しました。

 11月に始まった新事業では、前期事業で設立した井戸管理委員会の活動をモニタリング・サポートすることが一つの重要な活動です。なぜなら、「継続は力なり」ですが、継続することの難しさを私たちはよく知っているからです。

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 華々しく終了した引き渡し式から1~2週間たって、JENの現地スタッフが予告なしで井戸を訪れました。すると、10の事業地のうち7カ所で、井戸の管理人の姿が見当たりません!がっかりしましたが、これも予想のうち。みなさんも経験があるのではないでしょうか?三日坊主になってしまったあれやこれ。

 委員会と話をしてみると、実際に管理人の業務を始めたら、やることがたくさんあってモチベーションが下がったとのこと。

 解決策として、井戸を開放する時間帯を短くしたり、委員会のメンバーと業務を分担するなどの方法が話し合われています。

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 まだヨチヨチ歩きの井戸管理委員会。委員会が自立できるようになるまで、JENはサポートを続けていきます。

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平成23年度 外務大臣表彰受賞しました。

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11月 24, 2011 ハイチ |

2011年11月10日 (木)

世界をより平和にするために

 ハイチに赴任して一ヶ月以上経ちました。

 この間、ジャパン・プラットフォーム(以下、JPF)のモニタリングチームがハイチを訪れました。

 ハイチでは、様々なプロジェクトへJPFからも資金助成を受け、行っています。ハイチで井戸を掘削し、住民による井戸管理委員会を構築し、コミュニティ再生を目指している、現在のプロジェクトも、その一つです。

 世界をより平和にするために支援を行う一つの組織として、JENは、専門家の方々やJPFと共に歩んでいます。

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                                                 現在、ハイチで実施している井戸掘削・井戸管理委員会構築のプロジェクト。

(ハイチ事務所経理総務担当:小坂妙子)

11月 10, 2011 ハイチ |

2011年10月27日 (木)

井戸の完成式が行われました

 日曜日はピエール・ルイスにとって大切な日となりました。

 水管理委員会のメンバーとJENスタッフによる6か月の奮闘の甲斐あって新しい井戸ができあがり、完成式が催されました。

 JENの支援により井戸の管理運営を学んだ委員会のメンバーは、今後も集落が持続して水を利用できるように、管理費の徴収という、集落にとって新しい試みに挑戦します(今までは主に川の水を利用していたので、水の利用に支払いをするというシステムがありませんでした。そのため、課金するシステムは新しい試みなのです)。

 徴収した資金は地元の銀行で管理し、井戸の管理や保守に使われます。これにより、集落の人々は外からの支援に頼らずに、自立して安全な水を自分たちの手で継続的に利用できるようになります。

 式典は地元の方々が準備を行い、ステージでは地元の伝統音楽が歌われ、子ども達によるダンスの披露などが行われました。

 集落全体が楽しみにしていたこともあり、たくさんの人が参加しました。踊りは日が沈むまで続き、笑顔が溢れた式典となりました。

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10月 27, 2011 ハイチ |

2011年10月13日 (木)

井戸管理委員会、ついに始動

 ジェンは6月から、井戸管理委員会のメンバーとともに住民による井戸管理のシステム作りに奮闘してきました。

 メンバーは投票により選ばれ、無給で活動します。実際に活動を始めてからすべきことの多さに気が付き、委員を辞退するメンバーの方もいました。
 残ってくださった委員の方々は、忙しい仕事の合間を縫って週に2回ジェンの現地スタッフとミーティングをし、井戸利用に関する規約を作り上げました。

 ジェンが規約の内容を決めるのは簡単ですが、コミュニティーが選んだ委員が話し合って、実践できる内容の規約を作ることが大切でした。そのため、なぜその規約が必要なのかをメンバー全員が理解をしているか確認した上で、少しずつ規約を作っていきました。

 その規約をお披露目する機会がついに来ました! 住民のみなさんを招いての井戸管理委員会の集会です。

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 改めて井戸管理委員会の紹介をし、規約を説明します。透明性を高めるため、どういった方法で徴収し、誰がお金を管理し、そのお金はどのように使われるのか、どうやって情報を共有するのか、住民の皆さんに説明していきました。

 わかりやすく話すためには練習が必要なため、ジェンのスタッフと一緒にシミュレーションもしました。その甲斐あって、いくつかのコミュニティーではすでに井戸利用者の登録も始まっています。お金を払って水を買う、そういった習慣が全くなかった地域で、本当に意味のある一歩です。

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10月 13, 2011 ハイチ, 心のケア, 生活、習慣、風土 |

2011年9月29日 (木)

ハイチに新スタッフが到着しました

 新しくハイチ事務所に経理総務担当として着任しました、小坂です。

 これまでは東北事業の経理総務担当として、東京本部に勤務していました。  

21日、乗る予定だった便が台風で欠航し、急遽翌日のシカゴ・ニューヨーク乗り換えの便に乗り、無事に23日にハイチに到着することができました。  

ハイチは初めてなので、見るもの全てが新しく、ピンクや黄色の花、透き通る海に泳いでいる色とりどりの魚を見る度に、心がわくわくします。

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 この国は美しいです。過酷な環境に暮らす人々が、この美しい国で、もっと安心して暮らせる日が、一刻も早く訪れればいいと願わずにはいられません。その一助となるために、今、自分に与えられた仕事を精一杯しようと思います。私にとってのこの仕事は、夢でした。  

 小学生の時、祖父の戦争、戦後体験を聞いてから、ずっと平和に携わることがしたくて、中学を卒業して単身アイルランドへ飛び出し、英語や北アイルランド問題を学び、日本の大学在学中にはコソボやセルビア、ボスニア等旧ユーゴスラビア諸国を訪れ、様々な活動をしました。

 卒業後も夢を追い続け、ジェンでアルバイトをしながら、海外事業部の職員に応募し、今年の5月に採用されました。

 たくさんの人に支えられながら、夢の人生を歩んでいる私は、本当に幸せです。その恩返しを、ほんの少しずつであっても、ハイチの人々にしていきたいです。

 

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緊急募金を受け付けています。

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 ○郵便振替口座 00170-2-538657
 口座名 JEN

 
 通信欄に「東日本大震災」と記載ください。


 ○クレジットカード:http://bit.ly/c7R8iA

 
 プルダウンメニューから「東日本大震災」をお選びください。

 その他、銀行へのお振り込みに関しては、恐れ入りますが、ジェン東京本部(03-5225-9352 担当:富田、浅川)までお問い合わせください。

9月 29, 2011 ハイチ, JENスタッフ |

2011年9月15日 (木)

「別人?!」

 われらが海外事業部長のシリルが8月25日に、約半年ぶりにハイチを訪れました。今回の訪問の主な目的は、現在実施している事業の進捗確認や、次期事業形成、また、来年以降のJENによるハイチ支援の方向性決定のためです。

 JENは井戸管理委員会を住民の方で結成してもらい、将来住民の方のみで井戸の維持、管理ができるよう、活動を続けています。
 そんななか今回シリルが見てびっくりしたのは、JENの現地スタッフの成長ぶり。前回来た時と比べると、もう別人のようになっていたとのこと。

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 ここ半年で特に力を入れていたのは、事業地に住む方のキャパシティービルディング(能力強化・向上)とともに、現地スタッフのキャパシティービルディングでした。

 一言でキャパシティービルディングと言っても、教育の行き届かないハイチでは簡単なことではありません。それでも彼らの可能性を信じて、根気強く駐在員のディミトリは彼らに接していました。

 まずは自主性を持ってもらうこと。そして、自分たちで自分たちの力を信じられるようになること。最初はなんでもJENの駐在員に指示を仰いでいて、自分たちで考え、やるべきことを提案してくることはありませんでした。

 それを徐々に彼ら個々の責任を増やしていき、今では現地スタッフが事業地の住民の方のキャパシティービルディングという責任を担い、うまくいかないと悩みながら、どうしたらよいか自分たちで話し合って考えるまでになっています。

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 現地スタッフたちはJENが今後ハイチを去った後もここに残り、ハイチの復興、発展に貢献します。
 彼らが今後ハイチの方々にどんどん影響を及ぼしていくと考えると、とてもわくわくします。

====== ご報告 =============

平成23年度 外務大臣表彰受賞しました。

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9月 15, 2011 ハイチ, JENスタッフ |

2011年9月 1日 (木)

地震「グドゥグドゥ」から1年半 <パート2>

 バージル ベルランドさん(以下Bさん)へのインタビュー

ジェンスタッフ:こんにちは。自己紹介をしてもらえますか?

Bさん:こんにちは。私は、1983年9月28日に生まれたバージル・ベルランドです。
ブリストゥ地域にあるぺシオンビルというところに住んでいます。

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ジェンスタッフ:
地震が起きた時、あなたはどこにいましたか。また、その後どうしましたか。

Bさん:地震発生時、私は2人の姉妹と一緒に家にいました。彼女たちは1階、私は2階にいました。
地震が起きた時、私は屋根から屋根へと飛びまわりました。
1人の姉はすぐに家を出ましたが、もう1人は余震が来て家が倒れてしまう直前にようやく家から出てきました。
家が崩壊した瞬間、私たち3人は幸い家から30~40メートル離れたところにいたので助かりました。

私たち誰一人としてこれほど大きな地震を経験したことがなかったのですが、音がとても変だったことを記憶しています。

ジェンスタッフ:地震の間何が一番印象的でしたか?

Bさん:家から飛び出して、屋根から屋根へと飛び移っていた時に、目の前が動いていたのが印象的でした。

ジェンスタッフ:地震直後、あなたの周りはどのような状況でしたか?

Bさん:周辺では大勢の人が叫び、家族の安否を確認していました。
余震の来る前にも、周辺の家々が壊れており、余震後さらにその数が増えていました。
そして、逃げ遅れた家族の名前を呼びながら人々が泣いていました。

最初に感じたのは恐怖で、被害の大きさについてはまだ把握できていませんでした。
15~30分くらい経ってからようやくがれきの下に人が埋まっていることや、多くの犠牲者がいたことに気づきました。

その日は夜がとても早く来たように感じましたが、それでもまだ助けられる人がいないかと外を探す人が歩き回っていました。

私は地震のショックが大きくて、最初何をすればいいかわかりませんでした。
唯一考えていたのは、姉妹が無事に家を脱出したかどうかでした。
なので、周りにいる人たちに彼女たちの安否を尋ね回っていました。
2人に会ったときに初めて安心することができ、親戚たちに電話をしました。

ジェンスタッフ:まだ電話線は繋がっていましたか。

Bさん:はい、地震発生後から1時間たった時から電話が通じました。

ジェンスタッフ:この地震でどなたかお知り合いの方は被害を受けましたか?

Bさん:はい、私はジャクメルで職人として働いていましたが、そこの主任者を務めていた私の従弟と彼の17歳の息子が地震により亡くなりました。また、親友がポルトープランス大学で亡くなってしまいました。

ジェンスタッフ:地震発生直後の夜はどこで泊まりましたか。

Bさん:サッカー場で大勢の人々と一夜を過ごしました。みんな1人で来ていたわけではなかったのですが、グループにまとまっていたわけでもありません。
一晩中人は出入りをしていました。余震がまだ続いていたため、その都度パニックが起き、泣き叫ぶ人もいれば、神様を呼ぶ人もいました。

ジェンスタッフ:あなたは略奪を見かけましたか。

Bさん:地震の最中はそんな余裕はなく、なぜこのような地震が起きたのかと恐怖の中にいました・・・
私だけでなく周りの誰もが経験したことがなかったのです・・・。

しかし、2~3日経ったころに、避難していた私たちは自分の家から物がなくなっていることに気づきました。
その頃から略奪が始まったのではないでしょうか。

ジェンスタッフ:あなた自身は強盗を実際に見かけましたか。

Bさん:いいえ、私はほとんどサッカー場にいたので略奪強盗を見ることはありませんでした。
しかし、自分の家から物がなくなっていました。

ジェンスタッフ:ハイチの今後についてはどのようにお考えですか。

Bさん:まぁ・・・、現時点での物事の進み方は非常に微々たるものだと思います。
まずは、未だに恐怖の中にいる我々を何かのイベントなどを通じてでもいいので一時的に安心させることが必要でしょう。
私自身も何か音を聞くたびにまた大地震だと思い、恐怖が戻ってきています。

国の復興に関しては、国際組織を通して小さな規模でしか進んでいないと思いますが、復興というのは長く時間のかかる取り組みだと思います。

注:ハイチの人々は大地震のことを「グドゥグドゥ」と呼びます

平成23年度 外務大臣表彰受賞しました。

これまで、JENの活動を温かくご支援くださいました、
支援者の皆様に、深く感謝申し上げます。
詳しくは、こちらへ


9月 1, 2011 ハイチ |

2011年8月18日 (木)

地震「グドゥグドゥ」(※)から1年半 

デラジン・マリー・ルイスさん(以下Mさん)へのインタビュー

ジェンスタッフ:こんにちは。自己紹介をしてもらえますか?

Mさん:こんにちは。私は、グランゴアーブ出身のマリー・ルイスです。35歳で、妻であり、4人の子の母親でもあります。
グランゴアーブに住んで14年目になります。

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ジェンスタッフ:地震が起きた時はどこにいましたか。また、その後どうしましたか。

Mさん:地震発生時、私は自分の子ども2人と他3人の友達と一緒に家にいました。
 私は、2人の友達と台所にいて、突然大きな揺れを感じました。急いで家を飛び出し、子どもたちにも外へ出るように呼びかけましたが、子どもたちは家の奥に隠れてしまいました。

転びながらも子どもたちを外に連れ出し、幸い私の家にいた全員が無事でした。

私の家はそれほど被害が大きくなく、窓が割れただけでしたが、周りの家は倒れていて、人の叫びや悲鳴が聞こえました。

地震直後には着の身着のままで町を出て田舎の方に避難しました。それから3か月間、65―70家族と合同でテントの下で暮らしました。

余震は毎日続き、2時間ごとに来ることもありました。一度、いくつかの持ち物を取りに家に帰りましたが、長くはいることができませんでした。近所の家は何か月も誰も戻らず留守のままでした。

3か月後に私はやっと家に戻る決意をしましたが、ほとんどの人は帰るのを怖がり、また帰る家がなくなってしまっているという状況でした。

ジェンスタッフ:この地震で多くの知人は影響を受けましたか?

Mさん:首都のポルトープランスに住んでいた私の叔母さんと叔父さんはビルの下敷きなり、亡くなりました。
レオガンに住む友達も、同じく働いていた学校が崩壊し亡くなりました。

ハイチ全体で多くの犠牲者が出ましたが、私の住むグランゴアーブでは6人ほどが犠牲になったようです。

ジェンスタッフ:ハイチの今後の未来をどのようにお考えですか。

Mさん:まったくわかりません。ハイチの、特にリーダーが頼りなく・・・何も進んでいないように見えます・・・
正直わかりません。

ジェンスタッフ:地震直後にハイチ支援に来た国際組織のことをどう思いますか。

Mさん:とても良い支援活動をしてくれていると思います。

例えば、JENは生きるのに重要な水を提供してくれました。

そのほかにTerre des Hommesという団体は子供を助け、OIMという団体はキャンプに住んでいた人のために家を建て、Samaritan Purseという団体はトイレを設置してくれました。

ジェンスタッフ:あなたは何がハイチの復興を遅らせていると思いますか。

Mさん:そうですね、ハイチの教育施設の数の不足だと思います。

特に首都のポルトープランスでは多くの子供たちが路上生活を送っていて、学校にも通っていません。
そして、道はごみで溢れています。

基本的な衛生教育が必要だと思います。

(※):ハイチの人々は大地震のことを「グドゥグドゥ」と呼びます

8月 18, 2011 ハイチ |

2011年8月 4日 (木)

コミュニティー動員作戦②

110804_7  JENのスタッフたちは今、トレーニングの第二弾で北部にあるPignon(ピニヨン)という町に来ています。ここはHOが1997年から活動している地域で、すでに住民で維持・管理している井戸がいくつもあります。

 実際にHOの活動を目にしたスタッフからは、管理方法などについてたくさんの質問が飛び交います。ですが、HOのもう一人のディレクターであるニールさんはこう言います。

「そういった技術的なことはあとからいくらでも解決法が出てくる。でも、一番大切なのは、3つの信条に基づいているかということ。
 1:透明性、2:義務・責務、3:説明責任。目先の小さいことに取らわらずに、この3つを追及するためにはどうしたらよいか、ということをいつも考えるように」

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 たとえば、水管理委員会の存在を住民が知らなければ、そこに透明性は存在しません。HOはコミュニティーに足を運び、どういった規則に基づいて水管理委員会が活動していて、月々の利用料はいくらで、規則をやぶった場合どういったペナルティーがあるのか、といったことをきちんと利用者が理解しているかテストをします。

 テストをパスしなければ、ポンプの修理・設置はしません。ちゃんと委員会が機能していることを確認してから実際の修理やポンプの設置を行います。

 今まで無料だった水が有料になり、月々50~100円程度の利用料を払わないといけいない。それだけでもほとんど収入のない家庭が多いハイチでは大きな出来事です。

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 住民たちに長期的に井戸を利用できることの重要さ、またコミュニティーが一丸となってみんなが困っている問題に取り組むことの効果を説明して、JENのコミュニティー動員活動は続きます。

====== ご報告 =============

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8月 4, 2011 ハイチ, 心のケア, 生活、習慣、風土 |

2011年7月28日 (木)

コミュニティー動員作戦①

 ハイチではコミュニティーという概念が薄く、住民が協力して共通の利益のために活動する、ということがあまりありません。そのため、今までたくさんの国際団体、NG0等が給水施設を建設しても、維持・管理のためのシステムがなく、一度壊れたら放置されていました。

 JENは、建設した井戸を住民の皆さんで維持・管理してもらうため、水管理委員会の設置を推進しています。ただ、今までそういった習慣がなかったコミュニティーにいきなり水管理委員会を動かしてもらおうとしても無理があります。そこで、ハイチの水・衛生分野で長い経験があり、さらにハイチの水衛生局も推奨している団体であるHO(ハイチアウトリーチ)に研修をお願いし、その第一弾が7月初旬に始まりました。

 まずは、JENのスタッフがきちんと方向性も持ってコミュニティーに接することが大事、ということで、HOのディレクターの一人であるロジェさんがJENのスタッフに問いかけます。

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ロジェさん:「今から5年後に、今活動しているコミュニティーの井戸、井戸の周辺はどうなっていると思う?具体的に描写してみて」
JEN(アドン):「水管理委員会がとてもよく機能して、お金が貯まって、そのお金で学校を作り、井戸の周りには花が植わっていて、ベンチもあって、活気にあふれているんじゃないかな」
JEN(ナディア):「水管理委員会は1年もせずにつぶれてしまうわ。帳簿がなくなったとかでだんだん活動しなくなって、水道料金の徴収もできず、ポンプは壊れ、水衛生局はなにもしてくれない。」
ロジェさん:「今ここにいる中で、本当にアドンや他のスタッフがいったような、とてもポジティブな5年後に本当になっていると思う人、手を挙げて?」
誰も手を挙げませんでした。

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 みんなわかっているのです。このままじゃ、きっと水管理委員会を作っても、長期に渡って効果的に活動するのは至難の業だということを。

 それでも、5年後を想像することには意味があります。一つは、自分がどういう方向にコミュニティーを導いていきたいか。もちろん方向性はコミュニティーが決めることですが、スタッフ自身がどういった未来を描けるかによって、彼らのモチベーションも変わりますし、コミュニティーに対しての接し方が変わってきます。二つ目は、起こりうる問題に対して準備ができるということ。

 ナディアが言ったことはあまりにも現実的で、みんなつい笑ってしまいました。リアルすぎたのです。このままではおそらくナディアの言うことが現実になる可能性の方が高いでしょう。でもそうなっては欲しくない、そうみんな思いながらコミュニティーに足を運び、トレーニングは続きます。

(次回へ続く)

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7月 28, 2011 ハイチ, 心のケア, 生活、習慣、風土 |

2011年7月 7日 (木)

レオガン市長との会見

ジェンの活動地であるレオガン市はハイチ地震の震源地に隣接しており、市役所を含む80%の建物が全半壊の被害を受けました。

 わずか30秒間に何千人もの方が亡くなり家を失う中、多くの団体が支援活動を行って、当初、市の中心部はカオスと化していました。

 市役所に勤務する方々も他の市民と全く同じように多くを失い、困難な問題を抱え、家族を守るために必死だったそうです。そのため、市長も市役所のチームも家族を守ることに手一杯で、行政の仕事を両立させることが出来なかったそうです。保存されていた多くの書類やデータが地震により失われたのも、大きな痛手でした。

 2010年5月初めに、国際NGO30団体の代表者50名が集まった調整会議ででは、アレクシス・サントス市長と市役所のチームは、現状を把握するのがやっとでした。復興の進め方について双方に誤解や見解の違いがあり、このNGOと地方政府の初顔合わせでは、建設的な関係が築けたとは言えませんでした。最大の原因は、ハイチではNGOが被災地で活動を始める場合には、事前にあらかじめ地方政府や中央政府と複雑な手続きを経て契約を交わす必要があったからです。

 ジェンは、緊急に支援を必要としている受益者の方々を第一に考えて農村部で活動を続け、事業実績を上げることをとりあえずの目標としました。そして、1年半にわたる活動の中で、CASECsというハイチの最小単位の行政との関係を築きあげ、この度サントス市長と謁見できる運びとなりました。

 サントス市長は既にレオガンでのジェンの活動についてよくご存知で、市レベルのみならず、中央政府との団体登録においても推薦状を発行してご協力くださることになりました。

 それから1カ月後、ハイチでの団体登録に必要な書類の署名がついに完了しました。

 この団体登録が承認されれば、ジェンはハイチでさらに事業を続けていきやすくなります。今後も数多くの事業を通じてこのコミューンの人びとを支援させていただけることは、一番の喜びです。

 (プログラム・オフィサー ロマーン)

7月 7, 2011 ハイチ, 政治、経済、治安 |

2011年6月23日 (木)

地域コミュニティの発展に向けて

 ハイチでは未だ飲み水や電気、教育、医療など生活における基本的なサービスが不足しています。地元政府は、地域コミュニティを活性化させようと、村々に水管理委員会の設置を奨励し始めました。

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 ハイチにおける安全な水へのアクセスについては、以前から国際団体や地元団体が様々に取り組んでいましたが、長く続いたものはあまりありません。ある国際調査団によると、地震の被害の有無にかかわらず、昔建設された井戸で現在使うことができるものは全体の約半分だけでした。

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 水管理委員会の設立は、地域住民が飲み水へのアクセスを自分たちで維持するための第一歩です。委員会のメンバーは地域の中から選ばれます。委員会は様々な問題を地域の人々と話し合って決定していき、さらに水施設の運営を継続維持させるために水の使用料金を回収する仕組みを作ります。

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ジェンは、このように地元住民が自立し、資源を維持していく力を持てるように、縁の下の力持ちとなって水管理委員会の成長をしっかりサポートしていきます。

6月 23, 2011 ハイチ |

2011年6月 9日 (木)

楽しみながら衛生教育

  レオガン市内で行っている衛生教育の様子を見に行ってきました。

 今日はPetit Mignon(ペティ・ミニヨン)という幼稚園で、ユニセフが作成した衛生教育の短編映画を上映します。すでに先生たちに対しては衛生教育指導を行っており、子どもたちの衛生に関する知識は増えたようです。

 小さく仕切られた教室は、屋根はあるものの壁の上部は仕切りがなく、隣の音が聞こえてきます。壁は3方しかなく、入り口にあたる壁は存在しません。そこをブルーシートでふさぎ、映画が見やすいようにします。

 子どもたちが着席したところで、JENの現地スタッフが子どもたちに質問します。
スタッフ:「手は何で洗うの?」
子どもたち:「石鹸!」
スタッフ:「どうやって洗うの?見せてくれる?」
子どもたちが手を挙げて、スタッフに手洗いの仕方を見せてくれます。そして、スタッフが手洗いの歌を歌おうと呼びかけます。手振りを交えてみんな大声で歌いながら、少しずつ歌のスピードが速くなるのがハイチ流。子どもたちはとてもよく歌を覚えていました。

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 次に、スタッフはこれから衛生に関する映画を上映すると伝えます。その時に気を付けることは・・・
スタッフ:「どこを開く?」
子どもたち:「耳!」「目!」「頭!」
スタッフ:「頭を開くのはちょっと難しいかな・・・」と苦笑い。
みんなで大笑いしてから上映会が始まります。30分程度のこの映画は、映像とアニメーションで構成されており、ハイチの主言語であるクレオール語でナレーションが入っています。子どもたちは特にアニメーションがお気に入り。みんな目をキラキラさせて映像に見入ります。

 昨年10月から始まったコレラの蔓延。今年2月には一旦感染報告数が減ったものの、ハリケーンシーズンの開始に伴い増加傾向が見られます。子どもたちはここで学んだ知識を家庭に持ち帰り、両親や兄妹に伝えてくれます。家族全員が健康な生活を送れるよう、支援者の皆さまと、JICAや八千代エンジニヤリングとの協働で活動を続けていきます。

6月 9, 2011 ハイチ |

2011年5月26日 (木)

2011年、ハイチの学校事情

 2010年1月12日の地震により甚大な被害を受けたレオガン地区では、市庁舎や教会、学校を含む全体の約80%の建物が倒壊しました。

 ハイチの学校は全体の90%以上が私立校で、土地の所有権が国の最も大きな問題の一つとなっています(国の土地の90%が、全人口の10%によって保有されている状況)。そこで、多くの大型国際NGOが、ハイチの子供たちが少しでも早く学校に戻り予定通りに卒業できるよう、倒壊した学校の跡地ですぐに仮設校舎の建設を行いました。

 仮設校舎の中は、天井に届かない高さの木製の壁でたくさんの教室に仕切られています。ハイチの学校では電気が無いのは当たり前で、更に教室はいつも定員オーバーです(30㎡に満たないほどの教室に、なんと最大200人もの児童が入ることも!) 耐え難い暑さの上、あちこちの教室から響いてくる声や道路の騒音で、先生の話は2~3メートル離れた場所に座っている児童にはほとんど理解できません。

 残念なことにこのような状況はあまり変わっていませんが、教材や設備、トイレや食堂が不足している中、先生も児童も毎日できる限りのことを精一杯やっています。

 正式な学校を作るとなると、公共の土地や公衆衛生の諸機関を利用するために沢山の省庁に動いてもらわなくてはならず、課題は山積みです。同時に、しっかりとした教員の養成が必須で、教育プログラムの熟考もしなくてはなりません。ハイチでは人口の60%以上が公用語のフランス語の読み書きも話すこともできないため、児童は家族に勉強を手伝ってもらえない状況です。教材は聖書と1960年代の古いフランスの教科書に限られていて、ハイチの子供たちの興味を引く科目が欠落してしまっています。

 最後に、ハイチでは教師が最低所得層であることから、人材に関する特別な取り組みが必要です。この先取り組まなければならない問題の多さを考えると、今のハイチの子供たちはこの先何年も教育を受けることが必要になります。

 JENはレオガン中心部の13校で、八千代エンジニアリングと共同で学校の公共の水飲み場を作り、教員向けの衛生教育を行っています。より明るい未来への道は開け始めています。

5月 26, 2011 ハイチ |

2011年5月12日 (木)

クロス・クラスター・マッピング・プロジェクト(CCMP)―より良い組織調整へ

 JENは、ハイチにて活動を開始した2010年3月から、レオガンとグランゴアーブ地域で活動している他の団体との調整会議に参加してきました。

 UNOCHA(国連人道問題調整事務所)主催によるこの調整会議は、その活動内容のセクター(水、住居関係、教育、医療、保障、他)によって、各クラスター(分野)に分けられています。調整会議の目的は、各セクターの進捗に関する情報収集・調整・普及を行うことよって、最も支援が必要な人たちに支援が届くようにすることです。

 JENは、そのプロジェクトの内容から、主に水・衛生環境(WASH)クラスターにて、重要な団体として認識されています。中でも特に手押しポンプや衛生促進キャンペーンなどに力を入れています。

 しかし、人道支援参加団体の多様化とプロジェクトが複雑化し、支援調整を難しいものにしています。WASHクラスターでは、同じセクターで活躍する多くのNGOが発信する最新情報にアクセスしやすい仲介システムがないことが原因として考えられます。

 現行のシステムでは、団体の任意参加による情報交換が行われています。未だに紙媒体で情報を集約しているため、必要な情報の取得・分析が困難なのです。このプロセスが複雑なことから情報提供をあきらめる団体が多く、同じ地域内の各団体がどこで何をしているのかがわからない状態が続いています。

 JENは、同じNGOであるSASHと共に、クロス・クラスター・マッピング・プロジェクト(CCMP)という、グーグルアースという地図のソフトウェアを利用した、使いやすい仲介ツールをつくりました。

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 CCMPでは、、地図上で住居関係、教育、医療のクラスター内で現在行われている、または予定されている各団体の活動を一覧できます。ひとつの地図に全ての活動を表示することによって、プロジェクトの重複や、逆に手が行き届いていない地域が一目でわかるため、団体間の調整・協力が効果的に行われ、計画段階での時間の短縮とプロジェクトの質の向上が実現します。また、活動内容の重複を阻止し、より透明で明確な情報共有を行うことによって、地方自治体とのより良い関係構築にも貢献します。

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 第一次マッピングプロジェクトは、ハイチのレオガンにて2011年5月15日から7月15日まで試験的に実施を予定しています。この試験プロジェクトが成功した際には、このツールがハイチ全体の調整のために利用されることになります。

5月 12, 2011 ハイチ |

2011年4月21日 (木)

井戸掘りはスリル満点!パート2

 アルコサービスという会社が、道路のアクセスも良く、空間的にも余裕のあるKafou Thozin(カーフートザン)というところで最初の掘削を開始しました。立地条件という意味ではさほど困難には見えない掘削ポイントです。

 やっと掘削を開始できて、あと少しで最初の水が見られる、と思ったのもつかの間、60センチほど掘ったところで硬い岩に当たり、掘削の機械では掘ることができません。最初は手作業で途中から機械を使用する予定だったのが、機械では無理なので手作業で掘削を続けることになってしまいました。1104214drilling_started

 職人さんが日に日に深く穴に入っていきます。勇気ある職人さんが地中13メートルほど掘ったところでやっと最初の水に到達しました。この時点で地質が変わり、機械で掘削を開始できるのではないかと期待したのですが、残念ながら地質は変わりませんでした。
 職人さんは再度地中へ戻り、吸水トラック2台を使って水を吸い出しながら、第二の地下水面レベル、地中21メートルを目指します。1104215man_going_in_while_water_is_

 岩がなかったら2、3日で終わる予定だった掘削が、結局手作業で2週間。掘ってみるまで分からない、このスリルと闘いながら、きれいな飲料水を必要としている人たちのため、JENの井戸掘りは続きます!

4月 21, 2011 ハイチ |

2011年4月 7日 (木)

井戸掘りはスリル満点!パート1 

ハイチでのJENの新しい活動である井戸の掘削がグランゴアーブで始まり、最初の井戸がついに完成間近です!

予想はしていたことですが、実際の掘削に至るまでの過程が大変です。行政がきちんと機能していないハイチでは、基本的に思えることが難しいのです。
需要という観点からみると、掘削の場所を選択することはそれほど困難ではありません。それが実現可能かどうか、というのが一番重要になってきます。

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最初の問題は掘削ポイントへのアクセスです。掘削の機械はかなり大きなトラックに搭載されているので、道が悪いと簡単には通れませんが、ハイチでは舗装された道路がとても少ないのです。特に、グランゴアーブは山に囲まれた地域。一番需要の大きいコミュニティーこそが、一番アクセスの悪いエリアということが多いのです。道路の状態は、掘削ポイントを調査する際に最初に勘案するポイントです。

110407_2assessment_with_drilling__2  さらに、ハイチで一般的に使用されている手押しポンプで水をくみ上げられる程度の深さで飲料水に適した水が出るかどうか、というのもまた別の問題です。この辺りのエリアでは政府による水理解析が行われていないので、掘削しても飲料に適した水が出るという保証はありません。こういった問題を掘削会社と話あった上で、さらにもう一つ課題がありました:地主を見つけることです。

110407_3kids_watching_assessment_2  ハイチでは、ほとんどの人は土地を借りて住み、地主自身は海外に住んでいることが多いです。地主だと思っていた人がただの借地 人だったりすることもあるので、二重三重に確認を取らないと、実際の地主を見つけることができません。幸いなことに、JENスタッフは住民と密に連絡を取り、地主を見つけ、彼らの私有地にコミュニティー共有の井戸を掘る許可を得ることができました。グランゴアーブの役所やハイチ水衛生局からも、苦労の末承認を得ました。様々な問題を全て解決してから、ついに実際の掘削のスタートです!

4月 7, 2011 ハイチ |

2011年3月24日 (木)

情けは人のためならず

2011年3月11日、大地震が東日本を襲った時、私はハイチのポルトープランスにいました。地震のニュースを見て動揺し、家族の無事を確認するまでに感じた不安は、今もはっきりと覚えています。
震災翌日以降、友人たちが次々に電話やメールで励ましの連絡をくれました。そんな中、一番印象に残ったのはハイチの人たちの温かさです。

 ハイチでは経済的な理由や教育レベルが低いこともあり、新聞を読む人はとても限られています。そんな中、ラジオで日本の地震のニュースを聞いて、スーパーのレジで一緒になった人、事務所があるコミュニティーの住人達、支払い待ちの行列の中で前後になった人など、面識のないたくさんの人たちが私に声を掛けてくれます。日本人かと聞かれてそうだと答えると、「今回の地震のニュースを聞いて、胸を痛めています。」と言ってくれます。
その中でもとても印象に残った言葉があります。「自分たちも同じ経験をしたから、今のあなたのつらい気持ちがよくわかります。自分の国が大変な今、ハイチに残りハイチの復興のために働いてくれて感謝します。ハイチは日本に助けてもらった分、私たちも日本のために何かしたいと思います。」

 JENの活動は、被災者の自立支援です。活動の副産物として、優しい気持ちの伝播がそこにありました。ハイチの人々の多くは、未だ被災者として不自由な生活を強いられています。そんな中でも、見ず知らずの日本人である私を思いやる気持ちがあって、さらに日本のために何かしたいと思ってくれている。そんな助け合いの気持ちが芽生えていることが、私たちへの何よりのご褒美です。

3月 24, 2011 ハイチ |

2011年3月10日 (木)

主体性を持つことの大切さ

 ジェンは2010年1月の震災直後からハイチで活動をしています。貧困や災害、政情不安や治安悪化など、たくさんの問題に悩まされてきたハイチ。問題解決のためには国際社会からの手助けが必要です。しかし、この国際社会からの貢献が人々を国際支援に依存させることになっては元も子もありません。誰であれ、ハイチの自立を手助けしたいと思う場合には、ハイチの人々の主体性を育てながら活動することを忘れてはいけません。110310_community_meeting_on_handove

 私たちはまさに今、人々に主体性を持ってもらおうと奮闘しています。現在ジェンは、地震で被害を受けたり、適切な水路がないなどの問題を抱え、人々の健康に悪影響を及ぼしていた給水施設を修復しています。物理的な支援だけでなく、それぞれの地域のコミュニティーを巻き込んで、衛生促進や給水施設運営に取り組んでいます。

110310_cleaning_demonstration  ジェンはプロジェクト開始から給水施設の引き渡しまで、コミュニティーからボランティアを募り、実際に施設を利用する人々が主体的に行動するよう呼びかけています。この施設は自分たちが利用するだけでなく、継続して利用できるよう維持・管理することも自分たちの責任だと思ってもらうためです。

 修復完了後には施設を利用する人々に集まってもらい、ジェンのスタッフや、無給で衛生促進に努めてくれている衛生促進ボランティアが、水場を清潔に保つことの重要さ、また、給水施設維持管理委員会の役割について説明します。その後、一輪車やデッキブラシ、スコップなどを含む、施設を清潔に保つための維持管理キットを配布します。

 こういったアプローチの目的は、地域の人々を巻き込むことによって将来的に持続可能なシステムを作ることだけではありません。給水施設を適切に維持し、施設周辺を衛生的に保つことによって、コレラを含む下痢などを引き起こす病気や、水が停滞して蚊が増えた結果増加するマラリアなどの病気を減らすことにもつながるのです。

 110310_cleaning_kit_training 人々は将来の維持管理に意欲を示しています。ひとりひとりの決意は小さいかもしれませんが、私たちが目指す、地域の人々の自主性育成の最初の一歩を踏み出せたのではないかと思います。

 ハイチ事務所長 アズマット・アリ

3月 10, 2011 ハイチ |

2011年2月24日 (木)

新しいスタッフの紹介!

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1月から、JENハイチチームになりましたプログラム・オフィサーのディミトリです。
よろしくお願いいたします!

2月 24, 2011 ハイチ |

2011年2月10日 (木)

スタッフの成長に嬉しい驚き

 普段は首都で総務・経理の仕事をしている私が、久々にフィールドに行ってびっくりしたことがあります。

110210_2  現地スタッフ達は炎天下でセメントを練り、手押しポンプの周りの土台をつくる作業に取り掛かっていました。奥さんが3人いていつもにぎやかな配管工のギーさんが冗談を飛ばしつつ、左官のアンスールさんが土台にセメントを塗っています。暑い中の大変な作業ですが、みな笑顔を交えつつ真剣に作業をしています。

110210_3  他のポンプを見るため一旦作業地を離れ、40分ほどで戻ると、なんと土台のほとんどが完成しているではありませんか!

110210_4  作業速度が格段に速くなったことに加え、驚きの理由はもう一つあります。実はここ2週間ほど、ほぼすべて現地スタッフだけで給水施設の補修が行われていたのです。

 数か月前にも1週間ほど現地スタッフに任せて活動してもらったことがありますが、その際は予測していなかった事態に直面すると対処できず、自立して活動するのは困難でした。何をするにも今回はプログラムオフィサーのロマーンの指示を仰ぎ、自分たちで何かできるという自信が欠けていました。しかし今回は、ロマーンも驚くほどチームの役割分担が機能しており、問題が起こるとまずチーム内で話し合って解決しようとしています。

110210_5  給水施設補修を始めて早8か月。
長いスタッフでは以前の事業も含めると1年近く、JENとともに活動しています。大切に育ててきた自立の芽が、今着実に芽吹いています。

総務・経理担当 高尾裕香

2月 10, 2011 ハイチ |

2011年1月27日 (木)

ハイチ、グランゴアーヴのレンガ職人、Ti´Georges!

 ジョージ・ゼフィーは50歳、8人もの子どもの父親で、強く、誇り高いハイチ人です。彼にTi´Georgesというニックネームがついていることは不思議に思われるかもしれませんが、(“Ti”は“小さな”という意味です)彼の名前の前にあるこの“小さな”という形容詞の親しみやすさは彼そのものであり、とても良く似合っています!
彼と知り合ってもう8カ月以上が経ちますが、どんなに苛酷な状況でも、年を重ね、日焼けしたその顔に笑顔を絶やすことはありません。

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  (写真真ん中がTi´Georgesです)

 彼の仕事であるレンガ作りは、灼熱のハイチでは最も困難な仕事で、しかもそんなに稼げるような仕事ではないように思います。
 彼は2人の助手と一緒に、砂を動かす作業に一日に少なくとも10時間は費やします。これはレンガを作るために、砂とセメントと水を適切な硬さに混ぜ合わせる前に必要な作業です。便利な機械などはないので、セメント袋と砂の入った手押し車、そして水の入ったバケツを人力と熱意だけで日に何度も作業場に運んでいるのです!

 次は完全なる手作業での“混ぜ”の段階です。これが十分でなければレンガは作れません。もちろんレンガを成型する機械もなく、古くて錆びた職人道具と、彼らの筋肉だけが頼りです。110127_samuel_jean_joseph_in_acti_2

 きちんと成型され、圧縮された出来立ての新しいレンガは日干しされるのですが、十分に乾かすために4回も動かさないといけません。グランゴアーヴのメイン通りに十分なスペースがない上に、物流上の理由も加わり、25個ずつの山を作るためにまた運ばなければならないのです。

 一山の値段が0.625ドルで、Ti´Georgesのチームが作れるのは一日に250~300。ということは、最高で一日に187.5ドルの収入が期待出来ますが、そこから材料費などが差し引かれるので、最終的に手元に残るお金は、決して彼らの汗に見合うものではないと思います。

 レオガン地区の井戸の修復に使う150個のレンガを購入するため、JENの建設スタッフはほぼ毎朝6時30分頃に山積みの日干しレンガの前に立ち寄ります。そしていつもそこにはTi´Georgesがいてくれるのです!笑顔と強靭な筋肉と共に。

 昨年の7月、私は人道援助従事者として1つの必要な決定を下しました。それは、レンガ作りを首都・ポルトープランスのレンガ工場に頼むのではなく、地元の職人にお願いしたことです。つまりJENの得意先として選んだのがTi´Georgesであり、彼は私が最も誇りに思う人物なのです。

 これからもこのチームにふさわしい仕事が増え、彼らと彼らの家族が生活していけることを願っています。

 ロマーン(プログラムオフィサー)

1月 27, 2011 ハイチ |

2011年1月13日 (木)

タップタップ

 外国の公共交通機関はとてもおもしろいものです。古い車両に描かれた絵は、現地の文化や風習を表しています。同時に、外国の人にとっては公共交通機関の名称もまたおもしろいのではないでしょうか。例えば、乗り合いバスのことを、インドネシアのある地域ではアンコット(Angkot)、ウガンダではマタツ(Matatu)、パキスタンではフライングコーチ(Flying Corch)、そしてここハイチでは“タップタップ”(Tap Tap)と呼ばれています。

 ハイチの人々は信仰深く、サッカーと音楽がとても好きなので、乗り合いバスの車体には主にキリストか、カカやマラドーナといったお気に入りのサッカー選手、またはボブ・マーリーやシャキーラ、テュパックやスヌープドッグといった人気歌手が描かれています。
 タップタップの面白いところは他にもあり、もしバスの上に座るか外の取手にぶら下がれば、大きな荷物がない限り、ほとんどの場合お金を払わなくてもいいのです。
とても危険でリスクが高いですが、人々はそんなことは気にしません。

 時速80~90キロで走るバスに片手で掴まりながら、もう片方の手では何かを食べたり、バックをもったりしているといった光景をよく見かけます。110113_hanging_with_one_hand

 中には、バスの上の端ギリギリに座りながら寝ている人なんかもいるのです!110113_sleeping_on_tap_tap_roof


 飲み物やパンの売り子は、車に掴まりながらタップタップの乗客に商品を売ります。そのような売り子は、一区間が無料で乗れるようになっています。110113_bread_and_cold_drink_selle_2

 首都のポルトープランスから地方都市のミラグワン、 ジャクメル、レオガンを繋ぐ国道2号線はいつもタップタップで混雑しています。運転手は交通ルールなんて気にもしないし、乗り物はいつも大きな音楽が流れています。地震によって道路が崩壊し、激しい雨と洪水によって道路はさらなるダメージを受けています。このことが、多くの死者や負傷者が出る交通事故が毎月のように起こる原因となっているのです。

 ジェンはレオガンで活動しており、何人かのスタッフはポルトープランスに住んでいるので、タップタップで通勤しなければなりません。タップタップは安いですが、ポルトープランスからレオガンまではとても時間がかかります。スタッフは朝4時に家を出るのですが、事務所に到着する頃には既に8時です。私たちはジェンのスタッフを含むすべての人々が事故なく安全であること、そして政府が道路と交通システムをいち早く修繕してくれることを願っています。

1月 13, 2011 ハイチ |

2010年12月16日 (木)

衛生プロモーターの戦い

 JENの活動地レオガンでは、川で人間も家畜も体を洗い、日々の洗濯をし、人々はまた同じ川の水を飲んでいます。川の近くに住む人の多くが、透き通っているからという理由で、「川の近くに穴を掘り、一度その水を捨てて、再び湧いてくる水は、きれいで安全だ」と考えています。

 地震で大きな被害を受けたレオガンにもコレラが蔓延し、多くの方が二重の被害を受けています。JENは、支援者の皆様そしてジャパン・プラットフォームの協力により、レオガンとグラン・ゴアーブのコレラが発生している地域で衛生教育事業を実施しています。

 これまでに459人の衛生プロモーターたちがJENの訓練を受けました。無給ボランティアとして参加した衛生プロモーターたちは、みな、強い信念を持っています。それは、5万人以上におよぶ地元住民の非衛生的な習慣を変えたいという思いです。地元住民の家庭へ訪問している時にも、JENの衛生スタッフたちは、ボランティアの衛生プロモーターによる地道な取り組みを目のあたりにしました。

 衛生に関するメッセージは大部分の方に受け入れられていますが、最初は、プロモーターたちの存在に懐疑的な住民もいらっしゃいました。信念に向かって活動しているのではなく、経済的報酬を受け取るために活動していると誤解されていたのです。多くの方が仕事に就けない国では、ボランティアの概念はなかなか理解されにくいことですが、時間をかけて説明し、JENと共に無償で働いてくれる方を見つけました。

 今日では、コレラ蔓延の実質的被害によって、衛生対策の大切さが広く理解されるようになりました。それに伴い、地元住民の間で、衛生プロモーターたちの評価も上がってきています。多くの人々がコレラの情報と予防法を教えてもらうためにJENの衛生プロモーターを訪ねています。今では地域の「賢者」として見られているようです。

101216village_assemblies_2  衛生プロモーターとJENの衛生スタッフが行っている村の集会では、衛生に関する重要なメッセージを必ず伝えています。そして、今までそれぞれの地域で衛生プロモーターたちが繰り返し伝えてきたメッセージを詩や劇、パンフレットなど様々な方法で再発信しています。

12月 16, 2010 ハイチ |

2010年12月 2日 (木)

JENに家族が加わりました!

101129lorka_with_owner  JENのポルトープランス事務所に新しい家族がやってきました!
ハイチ生まれのロトワイヤー犬、まだ11カ月のメス犬です。大地震がハイチを襲ったとき、彼女はたったの1か月でした。飼い主の家は潰れてしまいましたが、彼女もお母さん犬も無事生き残り、テントで育ちました。

101129lorka_with_azmat  実は、ハイチで番犬を探すのは至難の業です。まず、番犬として適当な犬を売っている場所が少ないこと。そして、その場所自体が地震で崩壊してしまい、多くの犬も死んでしまったことが主な理由です。もちろん、近隣諸国から番犬を輸入するという選択肢もありました。しかし、私たちは、大地震のなか生き残ったハイチ生まれの犬を選びました。なぜなら、ハイチ生まれの犬は、“復興”というゴールに向かって私たちとともに活動する、JENスタッフの一員になれると思ったからです。

 幸運なことに、私たちは、JENの運転手を通して、このメス犬に出会いました。私たちと一緒に暮らし始めたのは11月22日。28日の総選挙を目前に控え、また、選挙後に治安が悪化することも懸念される中、警備強化が必要な時でした。

 さて、多くのハイチ人は犬が好きではありません。犬が近寄ろうとすると、犬に石を投げつける人々をよく見かけるほどです。どうして犬が好きではないのか、と尋ねると、彼らは犬に食われたことなんて一度もないのに「犬は卑劣だからだよ」と答えます。

 私がハイチ文化の勉強会に参加したとき、ハイチ人が犬嫌いである訳が、植民地時代の歴史に深く根ざしていることが分かりました。世界で最も豊かな植民地の一つであり、その統治は、残酷卑劣だと言われたハイチ・・・。当時、犬は、奴隷を脅すだけではありませんでした。奴隷が逃げ出したりすれば、彼らは海岸に追い詰められ、「海でおぼれ死ぬ」か「猛犬に食べられる」、二つに一つの選択を突きつけられたのです。また、植民地主義者たちは、犬を見世物としても利用したようです。この抑圧と恐怖の記憶をハイチの人々は引き継いできました。そして、独立から200年経った今も、消し去ることができないでいるのです。

101129johnpeter_with_lorka  JENの新しい家族、ロルカは、子犬ではありますが、もう大きな犬です。彼女が来たばかりの頃、JEN警備スタッフであるジョン・ピーターは、犬を怖がっているように見えました。事務所に住んでいたのでロルカの世話を頼むと、表情はこわばり、笑顔がなくなってまったジョン・ピーター。しかし、数日経つと、ロルカに笑いかけ、可愛がり始めたのです。まさに、恐れは無知からおきるものです。彼は、ロルカの世話を始め、彼女が理由なく彼を攻撃したりはしないことを知り、お互い理解しあえるようになったのですから。

101129after_being_scolded_2  ロルカはあくまでも番犬で、オフィスを守ることが彼女の仕事です。しかし、ロルカの存在が、ハイチ人スタッフたちの中にある“犬嫌い感”をなくし、彼らが、犬への恐怖を克服してくれると願っています。そして、このロルカの仕事が、ハイチの人々の自立と生活再建を支援する、というJENの目標につながると信じています。

12月 2, 2010 ハイチ |

2010年11月18日 (木)

ただ想像してみるだけで

 この国では、何百人もの家族がまともな夕飯も食べることもないまま眠りにつかねばならず、何千人もの子どもたちが学校に通えないでいます。そして、多くの人たちは毎週のように、病院で治療を受けられないまま亡くなっていくのです。なぜでしょうか。

 「貧困・・・」。ある日、JENが活動を行っている村の住人の1人が、「JENで有給の仕事はないのか?」と尋ねてきたことをきっかけに、貧困について彼と議論することになりました。

村人「お腹がペコペコなのに・・・僕には仕事もお金もないんですよ」
JEN「どんな仕事に就きたいのですか? 村で仕事が見つけられないんですか? 見つからないなら、自分や他の住民のためにこの村で仕事を作ってみたらどうですか?」
村人「絶対そんなことできない。 人口の半分以上が働いていないっていうのに、どうして私が仕事を作り出せるっていうんですか?」
JEN「仕事は作りだせるんじゃないですか?だって、ここには、美しいビーチがあるじゃないですか。世界中の多くの人たちはビーチが大好きですよ」
村人「そんなこと知ってますよ。でも、有名でゴミの落ちてないビーチが好きなんですよ、みんな」
JEN「それだけがここのビーチに観光客が来ない理由だと思うんですか?」
村人「う~ん。分からないよ」
JEN「私の話を聞いて、想像してみてください。この村には200家族が暮らしていますよね。各家族から1人だけ募って、ビーチの掃除を始めてみるとする。2日で掃除は終わり、3日目にはきっとゴミが無くなるはず。そのあと、今度は村人たちからお金を集めて、冷たい飲み物を売る店やシーフードレストランを作る。そうすれば、きっと観光客がビーチを訪れ・・・泳いだり、冷たい飲み物を買ったり、ランチを食べたりするのでは?そのとき、この村の何人の人たちが仕事に就いているのか・・・」 

20101118_view_with_garbage_2 20101118_view_without_garbage_2        その村人は考え込んでしまいました。

JEN「そんなことできないと思うんですか?」
村人「い、いえ、そんなことないです。だけど、どうしたら人々がこの村に素敵なビーチがあることに気づくんですか?」
JEN「簡単です。 標識を作って幹線道路にそれを立てる。標識には、ビーチの名前、矢印、それから距離を書くことを忘れずに。 それから、ビーチの美しい写真を何枚か撮って、新聞に掲載してもらう。首都の観光局に行って、自分たちが行ったことを報告する。これさえすれば、みんなが喜んで手伝ってくれるはずですよ。こうやって村の人たちと一致団結したらどのくらいの仕事が生まれると思いますか?」

村人「(指折り数えながら・・・)店の経営者、レストラン従業員、清掃人、警備員、船員、漁民、それから案内人も・・・わ~! 沢山の仕事がある!」
JEN「そうです、望めば何でもできるんですよ。とにかく、この海で稼ぐことを考えてみてください。 村の漁民と同じことですよ」

 その村人は考え始め、そして言いました。
村人「やってみます! まずは、村人を集めて、このアイデアについて話さなくては」

 家族が生活するのに十分なお金を稼ぐ・・・。これこそ、全ての心清きハイチの人々の夢なのです。そして、これはJENの目標でもあります。だからこそ、人々が自立の大切さに気付き、夢を叶えるために自分自身で努力するようになるための支援を行わなければならないのです。

 ハイチは、地震からの、あるいは国の再建のために、“実用的な仕事”が必要な国です。十分な食べ物、病院、道路、そして学校を備えた国となるよう、まずは、国民ひとりひとりが一致団結し、協力し合うところから、はじめければならないのです。

11月 18, 2010 ハイチ |

2010年11月 4日 (木)

村人たちによる衛生キャンペーン

現代の技術は津波、ハリケーン、台風、洪水などの自然災害を予測することができますが、コレラなどの疫病は予告なく襲ってきます。

 JENは西部で5万の家族を対象に衛生促進プロジェクトを行っています。訓練を受けた459人の衛生促進ボランティアの方々が、衛生知識を教えています。彼らはやる気に満ちていて、コレラの大流行に備え、自らの新しく得た知識を村中に広めようとしています。

 ボランティアたちはJENの職員がどのように家や車や死体を消毒するかなどを話し合う緊急対応会議に参加した後、村に行って住民たちにコレラについて説明します。住民たちに、ラジオで衛生に関する情報を聞いたり、住民同士で情報を交換するように促します。グランゴアーブのジェアンティという村では、村の中心に「手洗い場」を設け、石鹸で手を洗うように呼びかけています。
 この取り組みは10月15日の “Global Hand Washing Day”に行われました。みんなが適切に手を洗うことができるようになるように、ボランティア主導で始まったものです。
 その後、ジェアンティの隣の村であるソジンでも、、同じように「手洗い場」を設置することを決めました。JENがプロジェクトを行っているエリアにおいて、このような衛生改善の活動は予想以上に広がりを見せています。ボランティアたちは、コミュニティの人々の生活改善において新しい役割を果たしており、そのことをとても誇りに感じています。

 ハリケーントーマスがハイチを襲えば、コレラの大流行のリスクが高まるかもしれません。JENの500人にもなるハイチチーム(JENのスタッフ、ドライバー、地元の人びとを含みます!)は、約5万人の住民たちが病気にかかるのを防ぐことができるよう、日々活動していきます!

11月 4, 2010 ハイチ |

2010年10月21日 (木)

天災と人災 (パート2)

20101021dscf4848  9月24日の16時頃、突然非常に強い風が吹き荒れ、雨が降り出しました。約20~30分程度の暴風雨でしたが、これだけで少なくとも首都近辺で5人の命が失われました。ビルボードがぼろぼろになり落下、電柱は倒れ、ブロック塀は崩壊、道路は川のようになっていました。この影響で、28日の現在まで首都近辺の多くのエリアで電気の供給がストップしています。しかし、これでもまだ、ハリケーンには程遠いレベルの暴風雨です。

20101021dscf4841  もし木炭以外の燃料に頼れるだけの余裕がハイチにあったら・・・
耐震とまではいかなくても、もう少しちゃんとした建築構造基準があったなら・・・
インフラがちゃんとしていたら・・・。

 何十万という命が失われずに済んだかもしれません。天災だから仕方がないと諦めていては、ハイチの問題は今後も解決されることはないでしょう。天災の被害を何十倍にも増幅するのは、あくまで人災なのです。

 ハイチは今後も末永い支援を必要としています。支援とは、金銭的な支援ももちろんですが、こういった問題を認識し考えることも、ハイチの、ひいては世界のより良い未来につながっていくのではないでしょうか。

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 暴風雨の中、オフィスアシスタントのカローラさんが警備員と運転手さんたちを大声で呼び、停めてあった車まで走って行きました。事務所長には家の中にいるように叫んだそうです。どうしたことかと事務所長が見ていると、みんなが車の中に入って仲良く座り、車が飛ばされないように重しになってくれていました。

10月 21, 2010 ハイチ |

2010年10月 7日 (木)

天災と人災 (パート1)

 今年1月に発生した大地震で世界中の注目を集めたハイチ。、自然災害という意味では今までにも頻繁に災害に遭っています。最近では2008年に4つのハリケーンに見舞われ、死者約800人、被災者は約80万人(人口の約8%)にものぼりました(Relief Web,UN)。2004年には、約2600~3000人の方が熱帯性暴風雨(ハリケーンよりも規模が小さい)による土砂崩れや洪水で亡くなっています。

 2010107_dscf4847_2 環境破壊の影響で異常気象が増えているとしても、ハリケーンや暴風雨自体は自然災害と考えられるでしょう。しかし、ハイチでは人災による被害も発生しています。
 ハイチでは、石油が高価なため、大多数の国民は安価な木炭に頼るしか術がありません。また、農民にとって森林は生活の糧。木炭を売るため、畑を作るため、また、家畜を育てるために森林を伐採します。こうした伐採により、かつて国土の約98%を覆っていた森林のほとんどを失ってしまったハイチでは、豪雨に対する抵抗力がありません。

 1980年にはそれでも国土の25%程度残っていたハイチの森林。1987年のハリケーン(5段階のカテゴリーの中で「カテゴリー3」に分類される破壊力の大きなものであった)に見舞われたにもかかわらず、死者数はゼロでした。しかし、2004年には、1.4%まで激減しまった森林は、洪水や土砂崩れから人々を守ることはできず、30時間程度の豪雨で死者数は2600人以上にも上りました。

(パート2に続く)

10月 7, 2010 ハイチ |

2010年9月22日 (水)

「無数の川を越えて」パート2

 20100923_p1040810 30分後、ジェンの車両は雨の中、国道を走っていました。5つの川を問題なくクリア!
現場近くに住むボランティアから、増水で事業地への道が閉ざされてしまい、今日一日事業地には戻れないだろうとの連絡がありました。そこで今日は、隣街グランゴアーブへと事業に必要な物資の買い物に出かけることにしました。

 しかし、さっそく交通渋滞に巻き込まれて、スタッフたちもイライラ。事業地を出て川をクリアしてからグランゴアーブまではわずか5キロの道のりなのですが、車は全く前に進みません。みんな列をつくって並ぶことはなく、泥水にタイヤを取られてしまったわたしたちの車を助けることもありません。結局わずか500メートルを進むのに3時間を費やしました!

20100923_p1040816_2  フォシェの街とグランゴアーブを結ぶ橋が1月12日の地震で崩壊してから、この川を渡る以外に道はありません。通常は「土手」と呼んでいるのですが、雨の続くもう数カ月は「川」のままでしょう。

 今日はハイチの「日常」と呼ぶにはかなりヘビーな日でしたが、こんな日が続かないことを祈るばかりです。数ヵ月後のハリケーンの季節になれば、大規模ハリケーンがハイチを直撃することもあり得るため、用心しなければなりません。また何百万人ものハイチの人々がホームレスになってしまうのですから。

9月 22, 2010 ハイチ |

2010年9月 9日 (木)

「無数の川を渡って」パート1

20100909p1040818  こんな標題を選ぶと、多くの方がカリブ海で70年代後半に流行ったジャマイカ映画「The harder they come」でジミー・クリフが歌うヒットソング「Many rivers to cross」を思い出されるかもしれません。ハイチの農村部を歩きまわっていると、毎日実際に無数の川を渡ることになります。舗装された道路が少ないので、道は乾期にはでこぼこでほこりっぽく、雨期になり大量の雨が降ると、無数の川と化してしまうためです。

 現在ハイチは雨期の真っただ中で、事業地の村へ向かうのも一苦労です。

  ちょっと、ハイチプログラムオフィサーのある1日の業務をのご紹介します。
朝6時に事務所を出発、40分かけてやっと20キロ進むと、最初の壁にぶち当たりました。前日の夜に降った激しい雨のせいでがけ崩れが起こっており、前に進むためにはフィールドチームは自分たちで道端を掘らなければなりません。20100909rebuilding_a_road_for_the_3

 30分後、ジェンのスタッフはやっと事業地であるレオガン郊外にあるCabaret地区に着きました。今日の作業は井戸の修復。しかし、現場到着2時間後、突然大雨が降り出し、塗ったばかりのセメントが流れそうになりました。20100909p1040806  
 
 間もなく、「近くの川がものすごい勢いで増水している」と村人が教えてくれ、スタッフはすぐに撤退するように言われました。まだ午前9時30分。。。作業のための道具や資材を運び入れたばかりで、帰るには早すぎる時間です。ですが、修復を手伝う住民ボランティアも、早く帰るようにスタッフをせかします。早く帰らないと帰り道が無くなるからです。
しかし、気がついたときには時すでに遅し…いつもの「道」はもうありません。山間部では雨は止むことなく時間とともに川は深くなるばかりです。早く帰らねば!20100909p1040812 

9月 9, 2010 ハイチ |

2010年8月26日 (木)

ハイチの洗濯場

 JENは、2010年1月に発生した地震の被災者のための支援を行っています。2月から5月まで、物資配布を行いました。現在は、給水場の修復を行っています。併せて、給水場の周辺の人々に対して衛生促進キャンペーンを実施します。

20100826leo_beausejour_4_2   給水場では、飲み水を得る以外に、洗濯をする人もいます。また、雨季が始まって、給水場周辺に水が貯まり、それに汚水が混ざって、マラリアのもととなる蚊が大量に発生しそうな状況になっています。(避難キャンプに住む人々の中には、テントが流された人々も数百人いるとレポートされているほど、大量の雨が降っています。)

 衛生促進キャンペーンでは、人びとに給水場の修復に参加してもらうと共に、自主的に改善する方法を伝えます。
彼らの生活が少しでも改善するよう、応援をよろしくお願いします。

20100826leo_beausejour_8 2010082620100719jpf3_assesment_desc

8月 26, 2010 ハイチ |

2010年8月12日 (木)

集中豪雨:川の出現?!

集中豪雨:川の出現?!

20100812_dscf4739  8月8日午後7時ごろ、格別に暑い一日の終わりにバルコニーで涼んでいると、雷と稲妻を伴う激しい雨が降り出しました。雷好きの私は、バルコニーで稲妻を眺めながら、少し涼しくなった風を楽しんでました。しかし20分ほどして雨が弱まると、近所の人たちが外に出てきてなにやら騒いでいます。何事かと思って家の前の道を見てみると、なんとそこにはさっきはなかった川が!滝のそばにでもいるかのような、どどーっという水の音が聞こえてきます。

20100812_dscf4710  20分ほどの集中豪雨で即席の川ができていたのです。人々は家から出てきて、水の中で遊んでいます。非衛生的な、泥水です。

 

 

 この光景は、ハイチが抱える問題の一部を如実に示しています。排水路もなく、土砂崩れへの対策もありません。人々は破傷風などの感染症の危険があるにも関わらず、泥水に足を入れて遊んでいます。ハイチのハリケーンシーズンはまだ始まったばかり。今回はただの集中豪雨で、ハリケーンですらありません。実際にハリケーンが来たらどれほどの被害が出るのか、心配せずにはいられません。

20100812_dscf4707  JENは今、給水施設の補修・衛生教育の事業を行っています。これはまだまだ最初の一歩ですが、とても重要な一歩です。ハイチはこれからも長期的なサポートを必要としています。インフラの構築、自然災害対策など、ハイチの再建はまだスタートラインに立ったばかりです。

   

   

20100812_dscf4712_2  JENはこれからも支援を続けていきます。

8月 12, 2010 ハイチ |

2010年7月29日 (木)

8ヶ月間で二度も被災者に?

 ハイチは、とても悲しい歴史と致命的な出来事のために、世界で最も貧しい国の一つとなっています。ハイチの貧困層は、いつの時代もハリケーン、洪水、地震、そして政治的紛争や暴力によって何度も被害を被ってきました。

 ハイチは自然災害という観点から見て、とても傷つきやすい国です。2004年にはハリケーンや洪水によって3000人以上の人が亡くなりました。2008年に襲ったハリケーンでは、80万人もの人が被害を受け、400人以上が亡くなりました。こういった災害は人々に直接的な被害を与えるだけでなく、この国の経済にも影響を与え、常に問題を抱えています。ハイチの人々は農業に専念することができません。そして、史上最悪の災害は2010年1月に起こった地震です。主要な都市であるポルトー・プランスやレオガン、プチ・ゴアーブはその80%が破壊され、経済は壊滅状態になりました。30万人以上の人々が亡くなり、何十万人もの人が家を失いました。
8月からハリケーンシーズンが始まりますが、地震からわずか6ヶ月しか経っていません。来たるハリケーンシーズンは過去最悪のものになるだろうと言われています。キャンプに住んでいる人びとの多くは、ハリケーンのもたらすリスクを知っているので、家の再建をしようとせず、劣悪な条件下でそのまま暮らすことを望む傾向にあります。たった8ヶ月の間に、二度も被災者になりたくないのです。

 ハイチの復興のためには、まだまだ支援が必要です。ハイチがより良くなることを共に願いましょう。この世界に不可能なことはないのですから。

7月 29, 2010 ハイチ |

2010年7月15日 (木)

励ましてくれるもの~1番人気はブラジル、2番はアルゼンチン~

 巨大な地震がハイチを襲い、20万人もの人びとが亡くなったのはついこの間の話です。数えきれないほどの人びとが家を失い、受け入れてくれる家がある人びとはそこで仮住まいを、そのほかの人びとは1200ほどある仮設キャンプ場で避難生活を強いられています。毎日、被災者の人びとがいかに困難な生活を送っているかを目の当たりにしながら、支援活動を行っています。

 このような状況にあるハイチの人たちを大いに励ますイベントが、サッカーワールドカップでした。ワールドカップの試合が始まる時間になると、バスや車のラジオなど街中のいたるところから大音量の実況中継が聞こえてきます。自分のラジオを持っている人はラジオ片手に歩いたり仕事をしたりしています。一番面白いのは、お店やレストランにあるテレビの周りに大勢の人たちが集まっている光景です。自分のお気に入りのチームがゴールを決めるたびに、サポーターの人から大歓声が上がります。

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 ハイチの人のあいだではブラジルが一番人気で、アルゼンチンが二番目に人気です。JENは試合後に町中がにぎやかになるのを見ながら、治安に気を配りつつ活動していました。そして今、さらに人びとを勇気づけることができるような事業を計画しています。

7月 15, 2010 ハイチ, 生活、習慣、風土 |

2010年6月24日 (木)

テーマソング

20100624_smaller_dscf4574  生活していると、聞こえてくる音があります。赤ちゃんの泣き声、洗濯している水の音、トラックが通り過ぎる音・・・中でも朝から頻繁に聞こえてくる音として、水を運ぶトラックの「テーマソング」があります。

 ハイチでは、水道が通ってない場合など、水を水売り屋さんから買うのが一般的です。そのため、町でタンクつきのトラックをよく見かけます。そして、トラックが来ると決まって聞こえてくる音楽があります。アイスクリーム売りの車から流れてくる音楽がありますけど、その水売り屋さんバージョンですね。音楽を流すこと自体は不思議でもなんでもないのですが、私が興味を惹かれたのはその選曲です。2種類あって、一世を風靡した某映画の主題歌「My Heart Will Go On」と、季節はずれの「ジングルベル」のどちらか。ずーっと変わらず水を提供しますよ、という意味と、年中クリスマス気分で過ごせたらいいな、という願いを込めての選曲なのでしょうか・・・?

 ハイチの人々にとっては当たり前になっている音も、日本から来た私には、とても興味深い生活の一コマです。今回はハイチの生活の一部となっている「音」の紹介でした。

JENでは ハイチ地震の緊急支援募金を受け付けています より迅速な支援を届けるために、皆さまのご支援が必要です クレジットカードでのご寄付 こちらへ 郵便振替口座でのご寄付 00170-2-538657 口座名  JEN *通信欄にハイチとご記入ください* ご協力お願いいたします。

6月 24, 2010 ハイチ, 生活、習慣、風土 |

2010年5月24日 (月)

アドミニ・ファイナンスオフィサー奮闘記:あなどれない荷積み

 私が総務・経理担当者としてハイチに着任してからもうすぐ1ヶ月が経ちます。今日は、普段はあまりする機会のない裏方の話をしたいと思います。

 私の仕事の一つは、荷積みをすることです。配布の前日、被災者の方々へ配布するシェルターキットの材料をトラックに積み込みます。単純に、注文した材料を受け取って積み込むだけの単純作業のように聞こえますが、これが意外と大変です。

 まず、トラックが時間通りに来ない。前日に電話をして8時と念を押しても、数時間遅れることもあります。ひどい時には6時間以上待つことも。

240510_jpf_loading_512_2  そして到着したトラックに積み込むのはまず木材。一人当たり5本配布するので、これをワンセットとして人数分数えます。中には質の悪い木材も混ざっているので、注意を怠れません。
 
  
 

   

240510_jpf_loadingcounting_512_3  次に、トタンを数えます。これが一番の難関かもしれません。なんせ、暑いコンテナーの中で、薄いトタンを一枚一枚数えなくてはなりません。配布予定の人数が多いときなどは、3000枚以上(!)数えるのです。2枚がしっかりとくっついていて数えずらいこともありますし、何より単純作業ほど、暑さで集中力が途切れがちです。
 
  

240510_jpf_loadingcounting2_512_2   この数えながら荷積みする作業に2時間以上かかります。声を出し合って数えて、100枚に達するたびに何人かで確認しつつ作業を進めます。
  
 
 
 
 

 その他のシェルターキットの内容物も、箱がきれいに保たれていない限りは全部数えます。ちゃんとしているように見えても、実際は箱に記載されている数よりも少なかったりすることがあるからです。

240510_jpf_loadingdrivers_512_2  単純そうに見える荷積みでさえ、ほとんど丸一日を費やしての作業です。そんな中何よりもうれしいのは、一緒になって作業を手伝ってくれる運転手さんたちです。トラックのドライバーも、私たちJENのスタッフが利用する車のドライバーも、彼らの契約には入っていないにも関わらず、荷積み、配布などを手伝ってくれます(私のフランス語・クレール語の先生でもあります)。一緒に汗まみれになって働いてくれるのです。彼らの中にも、ハイチの人々に少しでも早く自立した生活を営んでほしい、という想いが芽生えているのでしょう。

JENでは ハイチ地震の緊急支援募金を受け付けています より迅速な支援を届けるために、皆さまのご支援が必要です クレジットカードでのご寄付 こちらへ 郵便振替口座でのご寄付 00170-2-538657 口座名  JEN *通信欄にハイチとご記入ください* ご協力お願いいたします。

5月 24, 2010 ハイチ |

2010年5月 7日 (金)

それぞれの自立支援 パート2

 衛生管理の講義に続いて、私たちは人道支援の理念を見直すことにしました。人道支援の理念とは、つまり原則のことです。この講義は、以前研修を受けたエルマイユとベルランドが行いました。

 人道の原則は、「国際赤十字、赤月運動、災害救援を行うNGOのための行動規範」で定められており、JENもこの行動規範に署名をしています。この人道の原則を尊重することこそが、私たちの仕事の前提です。

 人道、公平、独立、中立、非暴力、危害を加えないという理念、説明責任、透明性、そして「人道が最優先」という深い考えがなければ、人道主義者とは呼べません。

 最後に、プログラムオフィサーのロマーンも、ハイチでJENの活動に就いてちょうど1カ月になるので、この1ヶ月間の進捗を発表しました。私たちのチームがこの1ヶ月で学んだこと、失敗した点、成功した点について評価をしました。
 評価をすることによって、客観的に成果をみることができ、また共有することによってチームの絆を強化し、新たな気持ちで業務に向かうことができるからです。

JENでは ハイチ地震の緊急支援募金を受け付けています より迅速な支援を届けるために、皆さまのご支援が必要です クレジットカードでのご寄付 こちらへ 郵便振替口座でのご寄付 00170-2-538657 口座名  JEN *通信欄にハイチとご記入ください* ご協力お願いいたします。

5月 7, 2010 ハイチ |

2010年4月28日 (水)

それぞれの自立支援 パート1

   2人のJENのスタッフ・フィフィとスタンリーが、ユニセフ主催の衛生研修に参加するために、先週3日間レオガンへ行ってきました。レオガンは首都ポルトープランスとグランゴアーヴの中間にある町です。

 この研修のあとの週末はちょうど感謝祭で、私たちのチームは実に数週間ぶりに休みをとることができました。感謝祭は、ハイチでとても大切なお祝いです。久しぶりにゆっくり休息を取った週明け、私たちは事務所内部で研修をしました。せっかく2人のスタッフが研修に参加してきたのだから、知識が新鮮なうちに他のスタッフにも情報を共有するためです。

Lecturing_2  研修当日、フィフィとスタンリーの2人が、衛生管理について、2時間の予定で講義を行いました。管理人や運転手も、自らすすんで参加をしました。私たちの事務所のハウスキーパーたちにも、この講義を受けてもらいました。彼女たちにも、衛生管理の詳しい知識が必要だからです。

Training_session_6  しかし、時間管理というものは、なかなか難しいものですね。2時間の予定が、結局6時間かかりました。けれども、この講義を受けたことで、私たちのチームは衛生管理に対する知識を深めることができました。

JENでは ハイチ地震の緊急支援募金を受け付けています より迅速な支援を届けるために、皆さまのご支援が必要です クレジットカードでのご寄付 こちらへ 郵便振替口座でのご寄付 00170-2-538657 口座名  JEN *通信欄にハイチとご記入ください* ご協力お願いいたします。

4月 28, 2010 ハイチ |

2010年4月16日 (金)

緊急支援のあれこれ:情報共有のしくみ

 地震発生から約3カ月、ハイチでは大小様々な支援団体が、それぞれの理念の下に、支援活動をしています。このような状況では、それぞれの団体が単独で活動してしまうと、物資が重複してしまったり、一か所に多くの団体が集中してしまい、必要としている他の地域の被災者の方々に支援が行き渡らない、といった問題が発生する可能性が高くなります。このような問題を避けるためには、団体・機関同士の情報共有が不可欠です。それでは、情報共有はどのように行われているのでしょうか?

 緊急支援の現場では、国連機関である国連人道問題調整事務所「OCHA」によって、シェルター(住居関連)、保健医療、教育など、分野別に調整会議「クラスター」が開かれます。この会議は、災害発生直後で週3回、発生から3カ月ほど経過すると週2回のペースで行われ、「どの団体が、どのキャンプで、どのような活動を、いつ行うのか」といった具体的な情報が発表されます。また、会議では、様々な情報や問題の議論も行われます。

 さて、「情報共有のしくみ」は、常に進化をしています。ハイチでは、OCHAが管理をするウェブサイト上で、支援を行う全ての団体・機関が、情報共有をできるようになりました。グループソフトを用いて、掲示板を運営しているクラスターもあります。活動地域が遠方のため、会議に出席できない団体や、現場での限られた時間の中では、とても便利です。

 JENは、シェルター分野のクラスターに所属していますが、シェルタークラスターでは、Google Earth(地球上のあらゆる場所の衛生画像・地図などを見る事ができるバーチャル地球儀ソフト)を使って、「どの団体が、どこで、なにを、どれだけ配布したか」を情報共有しています。積極的に他団体と情報共有することによって、安全で効率的な支援を行うことができるのです。

 OCHAが管理するウェブサイト「oneresponse」には、クラスターや国連・NGOなどの垣根を越え、様々な情報が公開されています。

ご興味のある方はこちら⇒

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4月 16, 2010 ハイチ |

2010年4月 9日 (金)

現地事務所長セドリックのつぶやき

ある一日のスケジュール

20100409_7 7:45
ポルトープランスにあるJEN事務所を出発。
8時半から行なわれるシェルタークラスターミーティング(簡易シェルターを作るための資材の配布や建設を行っている団体が参加するミーティング)に参加するため、国連キャンプへ。日曜日にはわずか10分のこの道のりも、平日は大渋滞のせいでどのくらいかかるか予想もできません。

8:40
ようやく国連キャンプに到着、ミーティングへ出席。

9:55
ミーティング終了。
12時に行なわれる水と衛生に関するミーティングに出席するため、ポルトープランスから西へ約30キロ離れたレオガーヌへ向け出発。

11:35
20100409_5 レオガーヌにある最近できた国連キャンプに到着。
ポルトープランスから1時間ほどかかりましたが、今回はまだ良い方です。他のスタッフはレオガーヌからさらに20キロほど南西へ行ったところにあるグランゴアーヴへ毎日通っていますが、グランゴアーヴまでは2時間から2時間半かかります。仕事に行って帰るだけで毎日5時間近くかかる計算です。

13:45
ミーティング終了。
レオガーヌ・グランゴアーヴ間の路上でフィールドへ出ていた他のスタッフといったん合流し情報交換。

14:15
ポルトープランスへ向け出発。

17:00
JEN事務所に到着。
今日一日、私は9時間以上外出していましたが、結局それぞれ約1時間の会議に2回出ただけでした。

18:15
20100409_6 現場調査に行っていたチームが帰宅。
彼らは今朝6時45分にJEN事務所から出発しました。現地スタッフの人たちは更にこれから自分のうちへ帰らなければなりません。彼らのうちまではタプタプで1時間から2時間もかかるのです(タプタプは小さな乗り合いバスのことで、文字通りおしりが「タプタプ」叩かれているように感じます)。

 一刻も早く被災者の方々にシェルターキットを届けたい、そんな思いとは裏腹に、多くの時間を移動に取られてしまいます。人口が集中しているエリアで、しかも地震後となれば仕方のないことかもしれませんが、ハイチの渋滞は私が経験した中でもとくにひどいものです。しかし、いまだ生活が安定しない被災者の方々のニーズを確認し、効率的により多くの方々をサポートするために、こういったミーティングで他のNGOや国連機関と情報交換や調整をすることは、現場で調査や配布をすることと同じくらい大切なことなのです。

 私は渋滞に巻き込まれている間、よく「バイクがあればいいのにな」と思います。バイクは車より渋滞の影響を受けにくいからです。しかし、よくバイクに乗っている友達は私に「ここでバイクに乗るのはまるでテレビゲームをしているようだよ」、と言います。道を歩いている男の人をよけ、女の人をよけ、車をよけてから子どもをよけて、それからカーブを曲がって・・・・・・もしソファーに座ってテレビゲームをしているだけなら楽しいでしょう。しかし、ここでは現実に自分か他の人の命を危険にさらすことになります。JENは安全のため、スタッフがバイクに乗ることを禁止しています。

 こういった状況でJENにできることは、スタッフの安全を確保しつつ、その時点でできる最大限のことをしていくだけです。渋滞にもめげず、JENは今後も精力的に活動を続けていきます。

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4月 9, 2010 ハイチ |

2010年4月 1日 (木)

貧困の陰で

 ハイチには、日本ではあまり知られていない「でっち奉公(レスタベック)」の習慣が根強く残っています。国民の半数が1日1ドル以下、78%が2ドル以下で生活する、西半球の最貧国と言われるこの国では、多くの家庭が貧困のために子どもを育てられず、子ども(多くは幼い女児)を裕福な家庭に奉公に出します。実際は「働きに出す」というよりも、「子どもを捨てざるを得ない」もしくは「子どもと生き別れになる」ケースが多いと言われています。国連児童基金(UNICEF)によると、地震以前に奉公に出ていた女児(6歳から17歳まで)は10万人とのことです。

 奉公をしていた子どもたちは、奉公先で地震に遭い、家族や家を失い、住む家も頼る家族もなくなってしまいました。避難先のキャンプでは、子どもたちの面倒をみる地域、教会、学校、警察による保護システムが全く機能しておらず、多くの子どもたちがストリートチルドレンとなっています。

 JENは、被災した人々が少しでも早く自立した生活を取り戻せるよう、今後も支援活動を続けていきます。

0401

地震発生直後、ハイチの街で見かけた子どもたち。

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4月 1, 2010 ハイチ |

2010年3月24日 (水)

確実に、効率的に。一番支援を必要としている人々へ

20100324_jpf220100318photo_of_vieux  3月11日、グラン・ゴアーブの山間の町、ヴューカイユに住む73世帯の被災者の方々に、住宅再建のためのシェルターキットの配布を行いました。雨期の激しい雨に備えて、今回は前回配布したトタン板、ハンマー、釘、のこぎり、軍手に加え、木材を配布しました。ただし、様々な物資が不足しているので、3世帯で1つのこぎりを共有してもらうことになりました。

 最も支援を必要としている被災者の元へ、確実に効率的に支援を届けるためには、コミュニティの協力が必要不可欠です。

 当たり前のことですが、地域の方々がコミュニティのことを一番良く知っているからです。そこで、今回の配布では、地元のリーダー、ナデルさんに加え、多くのボランティアにもご協力いただきました。

20100324_jpf2_20100318assessment__2  事前調査では、各世帯の被災状況を一軒一軒訪問しながら、対象となる世帯を特定しました。

  20100324_jpf2_20100318calling_benef

 配布当日は、現地スタッフとベルランドさんが、調査に基づいて支援の対象となった方の名前を読み上げます。次に、ナデルさんはメガフォンを使って呼びかけて、本人確認をします。これは、二重配布や対象外の方への配布を防ぐためです。

 そして、スタッフとボランティアが、あらかじめ用意しておいたキットを配布します。

20100324_jpf2_20100318tool_distribu 20100324_jpf2_20100318beneficiary_2 

 ボランティアの協力なしでは、これら連携を要するJENの活動は成り立ちません。

「現地の人々とともに」「自立を支援する」というモットーのもとに、今後も活動していきたいと思います。

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3月 24, 2010 ハイチ |

2010年3月 9日 (火)

現地のスタッフとともに

 3月11日(木)、これまで準備を進めてきた4000世帯へのシェルターキットの配布を始めます。

20100309p1000993_3  コミュニティーにより用意された名簿をもとに、ジェンのスタッフが一軒一軒被災者の自宅を訪問して、崩壊具合や避難生活の様子を調査してきました。現地のスタッフも、調査票を作成し、データベースをデザインし、何度も調査のシミュレーションを重ねてきました。

 現地のスタッフは、1つのプロジェクトをやり遂げる「仲間」として、また、ハイチの文化や生活を理解するために、なくてはならない存在です。

3月 9, 2010 ハイチ |

2010年2月18日 (木)

【ハイチ地震緊急支援速報】フォトアーカイブ、その2

さて、シリル・カッパイのアーカイブ、第2弾。

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*人々の衛生状態が気になります

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*原型をとどめていない街

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*にわかキャンプでの生活

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*道路わきには、シーツを壁にしたシェルターが

にわかキャンプでの生活で、少しでもストレスをためなくてよいように、

JENは引き続き、4000世帯を対象に、ツールキットとトタンの配布を行っています。

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2月 18, 2010 ハイチ |

2010年2月17日 (水)

次はシェルターキットを4,000世帯に

 支援者の皆さまとジャパン・プラットフォームのご支援により、ジェンは2月16日よりで被災した4,000世帯にシェルターキットを配布できることとなりました。一世帯あたりのキットの内容は、トタン板10枚、ハンマー1丁、釘1キロ、のこぎり1丁、軍手を予定していますが、今回はそれに加え、シェルターの柱となる木材も加わる予定です。

 震災後1カ月間の事業で700世帯に配布したキットを、前回カバーすることができなかったグラン・ゴアーブ山間部の方々にも届けます。

20100217  ジェンのチームは、現地でいくつかの業者を周り、質の高いキットをいち早く被災者の方々に届けられるよう準備を進めているところです。同時に、グラン・ゴアーブで支援を待っている方々の名簿を作成し始めています。20100217_2

2月 17, 2010 ハイチ |

2010年2月13日 (土)

地震で亡くなった方々の数

Photo_12  当初20万人と伝えられていた死亡者の数は、10日、ハイチ政府により23万人に上方修正されました。

 人口1000万人の国で50人に一人以上が亡くなったことになります。自分の生活に当てはめてみると、改めてその被害の大きさを実感しました。

 それは、たとえば、高校の同級生400人のうち8人、サッカーの試合を観戦した2万人のうち、400人以上がいっぺんに亡くなったということに匹敵します。

Photo_13  被災地では、生き残った人たちが力を合わせて復興させていかなければなりません。それは、とても長い道のりになると思います。

 ジェンはハイチの人々の「自立」を支援するため、これからも必要な限りこの場に留まりサポートを続けていきたいと思います。

2月 13, 2010 ハイチ |

2010年2月11日 (木)

ジェンのシェルターキットは今

Photo_5  2月4~7日にかけて配布したシェルターキットの使用状況を調べるため、ジェンのスタッフが配布コミュニティーへと戻りました。

 シーツやカーテンに代わり、屋根や壁がトタン板に代わっていました。物資だけでなく工具もセットになっていたことで、素早く日曜大工ができたとの声が聞かれました。

Photo_2 Photo_3

■補修したシェルターの前で

Photo_4

■修復作業を行っている人びと

2月 11, 2010 ハイチ |

2010年2月 7日 (日)

700世帯へのシェルターキット配布完了!

Jen   2月7日、4日間にわたる700世帯へのシェルターキット配布が完了しました。配布最終日は日曜日でキリスト教の礼拝日にあたり、キャンプ内の礼拝が終わる12時からの配布となりました。

Photo_5    コミュニティー・リーダーとボランティアの若者たちの協力により、配布は大変スムーズに進み、わずか2時間ほどで配布名簿の160名に配布し終わりました。中には、名前が呼ばれると、喜びのあまり歓声をあげながら走って受け取り場所に現れるお母さんもいらっしゃいました。

Photo_6  配布したキットにより、被災者の方々が、5月頃に始まると言われている雨期を通じて安心して生活ができることを心から祈っています。来週には、配布したシェルターキットの使用状況などを確認するために、プログラム・オフィサーらが事業地に戻ります。

2月 7, 2010 ハイチ |

2010年2月 5日 (金)

【ハイチ地震緊急支援】 第1回物資配布無事終了!!

 2月4日(日本時間2月5日)、第1回目の物資の配布を行いました。

Photo_3  グランゴアーブにて、4つの「にわかキャンプ」189世帯が対象です。配布の際、懸念されていた混乱はなく、無地に、支援を待ち続けていた人々の手に物資が手渡されました。

1世帯当たりの配布物資の内容は、トタン板10枚、ハンマー1本、ノコギリ1本、軍手1足、釘1キロです。

Jen 配布が終わった後、米川専門家がキットを受け取った人たちのお宅を訪問しました。皆さん、ほっとした表情で、配布物資を手に明日への1歩を踏み出しました。

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2月 5, 2010 ハイチ |

【ハイチ地震緊急支援】支援物資の配布、その1

みなさま、

現地から届いたばかりの写真です。

グラン・ゴアーブの人々にも、ほっとした笑顔が。

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Jencgi

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2月 5, 2010 ハイチ |

2010年2月 4日 (木)

ハイチ緊急支援活動報告会 開催!

JENでは、ハイチ大地震により被害を受けた現地住民への緊急支援活動報告を、2010年2月15日(月)18時30分より開催いたします。

報告会では、地震直後から現地で緊急支援活動に携わった米川正子が、劣悪な状況下で行ったニーズ調査の様子と、緊急物資配布を待つ現地の声を、被災地の写真・映像を交えながらご報告いたします。

Photo

JENは、地震発生直後から現在までに、隣国ドミニカ共和国を経由して、4名のスタッフをハイチの首都・ポルトープランスへ派遣しています。住居のニーズが非常に高いため、ポルトープランスから50キロほど西にあるグランゴアーブ地区の避難民700世帯に対して、瓦礫撤去および小屋建設のために、トタン板、ハンマー、ノコギリ、釘の配布を行っています。

インフラが壊滅的な打撃を受けたまま、地震発生から1カ月が経過しました。同国首相の発表によると、2月2日現在の死者数は20万人に達しています。現地には、もうすぐハリケーンのシーズンがやってきます。今後、JENは、現地の人々が自立した生活を取り戻すために、支援を続けていく予定です。

<米川正子による JENハイチ緊急支援活動報告会>

■日時: 2月15日(月) 18:30~20:30 (受付:18:00~)

■会場: 新宿多文化共生プラザ
新宿区歌舞伎町2-44-1東京都健康プラザハイジア11階
(JR、地下鉄 新宿駅徒歩5分)
アクセス→ http://bit.ly/dk4Nu6

■定員: 35名

■資料費: JEN&JSC会員(無料)、非会員(500円)

■電話またはE-mailで、東京本部事務局(担当:浜津・池田)まで、
氏名、ご所属、ご連絡先をお知らせください。
(Tel: 03-5225-9352 / E-mail: info@jen-npo.org
*報告会当日のご連絡も、JEN東京本部事務局までお願いします。

■報告者:米川正子 (フランス語圏緊急支援専門家)
1992年から国連ボランティア、UNHCRにてアフリカ各地でフィールド担当官として活動。UNHCR本部で高等弁務官補佐官、JICA国際協力機構では平和構築客員専門員として活躍。現在は、宇都宮大学国際学部特任准教授。

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*本件に関するお問い合わせ先*
特定非営利活動法人JEN(ジェン)  担当:浜津・池田
〒162-0824 東京都新宿区揚場町2-16第二東文堂ビル7F
Tel: 03-5225-9352  Fax: 03-5225-9357 
Email: info@jen-npo.org  URL: http://www.jen-npo.org

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2月 4, 2010 ハイチ |

【ハイチ地震緊急支援速報】フォトアーカイブ、その1

みなさま、

本日、海外事業部長 シリル・カッパイが、ハイチの初動ミッションを終え帰国しました。

ポルトープランスでのひとコマです。

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2月 4, 2010 ハイチ |

2010年2月 3日 (水)

トラックよ、早くグラン・ゴアーブに届け!

 2月3日、明日キャンプ4か所で配布予定のシェルターキットを、業者倉庫にてトラックに積み込みました。この物資は「日本の皆さまのご協力でグラン・ゴアーブで被災生活を送る方々に配布するの」と伝えると、業者の方々もサウナのようになった炎天下のコンテナの中で、積極的に積み込み作業をしてくださいました。

0203_2  ジェンのシェルターキットは、トタン板、金槌、のこぎり、釘、軍手です。被災者の方々はこれをもって、今ありあわせのシーツやカーテン、切り開いたごみ袋、木の葉などで囲われている家の天井や壁を、雨風に耐えられるトタンに作り替えることができます。

0203  支援者の皆さまの温かい気持ちがいっぱい詰まったこのトラックが早くグラン・ゴアーブの被災者の方々に届くよう、ここポルトープランスから祈っています。

2月 3, 2010 ハイチ |

2010年2月 2日 (火)

におい

 街を走っていると、ふと鼻につく「臭い」が2種類あります。どちらもいい「香り」ではありません。

 1つは死臭。残念なことに、被災から3週間、犠牲者の遺体は瓦礫の下に埋もれたまま。常夏のハイチの太陽の下で、遺体の損壊が進んでいます。窓を開けていると、よくふとこの臭いが漂ってきます。あたりを見渡すと、必ずといっていいほど、完全に崩壊したビルがあります。

 もうひとつは汗や汚物の臭い。被災者の方々が避難生活を続けるキャンプ周辺では、必ずといっていいほどこの臭いがします。これまで主に医療活動、物資配布や食料配布が支援の中心となっていることから、衛生面は悪化する一方だとも聞いています。

0202  いっぺんに全てのキャンプにおいて全ての分野の支援をすることはとても難しいことではあります。しかし、近くにいると、詳細な調査などしなくてもニーズが山積みなのが痛いほどわかり、いち早く被災者の方々の生活環境が改善されることを願わずにはいられません。

2月 2, 2010 ハイチ |

2010年1月30日 (土)

キャンプを作って生活する被災者

Photo_4  被災者の人々は、自宅が倒壊するかもしれない、もしくは、また地震が起こるのではないか、という不安から自宅を離れて近くの空き地やサッカー場で野宿して生活をする人々が多くいます。

 ジェンのスタッフは、毎日グラン・ゴアーブにあるこのようなキャンプを訪問し、被災者の人々の生活状況や支援のニーズについて調査してきました。

 キャンプにはシェルターを作る材料がないので、人々は周辺から拾ってきた木材やブロック、布切れなどを使うしかありません。高さも広さも、家族がぎゅうぎゅう詰めになって横になれるくらいしかありません。地面に敷くマットレスさえありません。

Photo_5  このような状況から、ジェンはまず、本当に支援を必要としている人たちのリストを作り、シェルターを作る道具類を配布することに決定しました。トタン板や、のこぎり、金づち、釘などを、配布予定です。

1月 30, 2010 ハイチ |

2010年1月29日 (金)

国境を越えると

Photo_3  震災直後からハイチの首都ポルトープランスにある国際空港は、米軍および国連のみが使用可能な状況に置かれています。そこで、私たちは、陸路にて28日早朝にハイチへと移動しました。

 ドミニカ共和国では、幹線道路はどこまでも舗装されており、道の両脇にある住居もピンクやエメラルドグリーンなど様々な色に塗られて、まるでカリブの映画を見ているようでした。

 しかし、ハイチ国内に入ると国境周辺も道路は舗装されてはいません。それどころか、すぐ脇にある石灰の切り出し場から、ものすごい量の石灰の粉じんが飛んでいました。窓を開けていた私は、思わず咳き込んでしまいました。

 首都に向かって進めど進めど、バラックとしか呼べない建物が並んでいます。ハイチは震災以前からカリブ地域でも「最貧国」でしたが、その通りの光景でした。その結果、ハイチ地震の被害はとても大きなものになっています。

 なるべく早く緊急支援物資の配布し、そして、防災教育を行いたいと、強く実感しました。

1月 29, 2010 ハイチ |

2010年1月28日 (木)

混沌とする国境

Photo_2  28日午後、すでにハイチ入りしているジェンの調査チームのサポート要員として、私田中富美子もハイチにやってきました。隣国のドミニカ共和国から陸路にてハイチに入国。国境までは予定された通り約4時間で到着したのですが、国境の辺り1キロ地点から2時間近くかかり、ようやくハイチに入国しました。

 国境は、世界各国からハイチへと物資を運ぶトラックと、ハイチからドミニカへと歩いたり乗り合いバスに乗ったりして避難してくる人々でごったがえしていました。その混乱に乗じて、路肩でモノ売りや両替の商売をする人、双方向から無秩序に突っ込んでいくトラックやバスを整理する人、人、人。

 地震のために、ハイチ国境の辺りの道路はところどころ水に沈み、崩れた土砂で一車線となり、援助物資の搬入も思うように進みません。世界中の温かい気持ちが、いち早く被災者の方々に届くようにと祈るばかりです。

1月 28, 2010 ハイチ |

2010年1月25日 (月)

【ハイチ地震支援速報】瓦礫の中から

250110__3現地から写真が届きました。

現在、JENは首都から約50キロ離れたグラン・ゴアーブという町を調査しています。ここでは、約6割の建物が倒壊しています。

広場やサッカー場など、至るところに「にわかキャンプ」ができ始めています。

写真は倒壊した学校の机や椅子、木の葉を用いた仮の住まいです。

また人々は、瓦礫の中から見つけてきた木片やトタンを合わせ、どうにか住まいを作ろうとしています。もちろんトイレはありません。

250110__5 彼らが瓦礫を撤去したり、自力で小屋を建てるために必要な道具のリストを作成しつつ、隣国のドミニカ共和国からこれらの物資を調達するために、業者の選定を始めました。

伊東(ジェン東京本部事務局 海外事業部ハイチ担当)

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1月 25, 2010 ハイチ |

2010年1月21日 (木)

【ハイチ地震支援速報】スタッフ3名がハイチで調査を開始。

海外事業部次長・平野です。
ハイチからの第一報をお届けいたします。

 日本時間20日(現地19日)、ジェンのスタッフ(シリル、オリビエ、米川)の3名は、ドミニカ共和国から陸路で約8時間かけて、ハイチの首都ポルトープランスへ無事に到着しました。

 現在、ポルトープランスには、宿泊できるホテルがほとんどないため、事前に連絡のついた知人宅を拠点にしています。現地では、余震はありますが、建物の中でも比較的安全だとのこと。蚊が媒介する病気があるので、寝るときは蚊帳を使用しています。

 現地との連絡手段は、日本から携行した衛星電話1台のみ。時差が14時間もあるため、日本と連絡するときは、現地はいつも夜です。
通話中も2分おきくらいに切れてしまいます。電気がなく、電話中にメモを取るだけでも苦労しています。

 到着後は、翌日から早速、被災地を訪問。国連・NGOとの調整会議にも出席しています。
また、同時に、町の中心地から約10キロほど離れた町の調査を開始しました。
海外事業部長 シリル・カッパイによると、町の状況は、長年NGOに従事してきた彼でさえ、初めて見る光景で、「まるで爆弾が投下された後みたいだった」とのこと。家という家は全て倒れ、多数の遺体が放置されています。

 JENは調査を通じて、支援を必要としている地域と、支援の内容を決定します。支援物資は隣国ドミニカ共和国から輸送し、配布する予定でいます。現地の状況と支援の進捗は、引き続き、このブログでお伝えいたします。

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1月 21, 2010 ハイチ, 緊急支援 |

2010年1月18日 (月)

【ハイチ地震支援速報】ハイチ地震被災者 緊急支援

 地震の被害があったハイチの調査と支援物資配布のために、日本から米川正子専門家、フランスからはジェン海外事業部長のシリル・カッパイと、ジェンのパキスタン地震およびレバノン緊急支援で活躍したオリビエが出発しました。

 襲撃事件が起こるなど、治安が悪化する中でも、迅速な調査と支援を安全に行うことができるように、経験豊かなでフランス語が話せる国際スタッフ3名を派遣しました。

 17日にはドミニカ共和国へ入国し、車両などの準備を整えた後、陸路でハイチへ入国する予定です。
被災地には宿泊施設や飲料水が不足しているということから、スタッフ自身が寝泊りするためのテント、救急箱、
浄水剤などを事前にフランスで入手しています。

 通信網(電話)が遮断されているという情報もあり、日本で衛星電話を準備しての出動となっています。

 今回の緊急支援では、ジャパン・プラットフォームの他、すでに多くの支援者の皆様から、励ましのお言葉とご寄付をいただいております。この場をお借りしてお礼申し上げます。

 支援活動は、これから本格化します。引き続き、皆様のご支援をよろしくお願いいたします。

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JENではハイチ地震の緊急支援募金を受け付けています
より迅速な支援を届けるために皆さまのご支援が必要です

クレジットカードでのご寄付

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1月 18, 2010 ハイチ |

2010年1月14日 (木)

【ハイチ地震支援速報】<プレスリリース>ハイチ地震被災者 緊急支援を開始します

プレスリリース

2010年1月13日発生
ハイチ地震被災者 緊急支援を開始します

特定非営利活動法人ジェン(本部:東京都新宿区)は、1月13日に中米カリブ海の島・ハイチで発生した地震への対応として、被災者の緊急支援を開始します。

地震は、1月12日午後4時53分(日本時間13日午前6時53分)に、ハイチの首都・ポルトープランスの直下で発生しました。国際赤十字赤先月社連盟によると、被災者数は、最大で300万人に達することが予測されています。また、同国の大統領は、死者数は3~5万に上る可能性があると発表しました(1月14日現在)。地震による壊滅的な被害は、周辺地域の被災状況の把握が進むにつれ、今後さらに広がると見込まれます。

JENは、過去15年間に渡る、国内外での地震や津波、サイクロンなどの自然災害に対する緊急支援の経験から、今回の緊急支援を決定しました。国外ではこれまでに、現在支援を継続中のインドネシア(2009年10月スマトラ沖地震)、ミャンマー(2008年5月サイクロン「ナルギス」)の他、パキスタン(2008年10月南西部地震、2005年10月カシミール地震)、スリランカ(2004年12月スマトラ沖地震による津波)、イラン東部地震、インド西部地震、モンゴル雪害でも緊急支援を行ってきました。また国内では、2004年10月の新潟県中越大震災にて緊急支援を実施。現在も高齢被災者に対する自立支援を継続しています。

今回の緊急支援では、1月15日から、シリル・カッパイ(海外事業部長、フランス出身)、米川正子、オリビエ・デ・ラ・モット・サン・ピエール(ともに調査員)の3名が、現地に向けて出発(16日頃到着予定)。地震で悪化している治安を考慮しながら、まずは被害状況と必要とされる支援についての情報収集を行います。並行して、可能な限り、必要とされている緊急支援物資の配布をします。

JENでは、ハイチ地震被災者への緊急支援のため、緊急募金を開始しました。より多くの人々に、迅速・的確・柔軟に支援を届けるために、皆さまのご協力をお願いいたします。
なお、現地の最新の情報は、JENホームページおよびメールマガジン号外でご報告いたします。

JENホームページでメルマガ登録ができます。⇒ http://www.jen-npo.org

ハイチ地震 緊急支援募金を受付けています:
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*このリリースに関するお問い合わせは、広報担当:浜津、濱坂 (TEL:03-5225-9352)まで。

1月 14, 2010 ハイチ, 緊急支援 |

【速報】ハイチ地震対応

2010年1月13日にハイチで首都圏直下型地震(マグニチュード7.0)の大地震が発生しました。

JENは現在、被災状況を調査中です。

倒壊した建物のまわりでは、人々が路上生活を余儀なくされているという情報もあります。

引き続き、情報収集を行います。JENの動きは、メルマガでも配信いたします。

この機会に、是非ご登録ください。

1月 14, 2010 ハイチ, 緊急支援 |