2015年10月29日 (木)

女性・女の子たちの声

 こんにちは、ナマステ・チームです。
 
 本日、10月29日にネパールで初の女性大統領が就任しました。女性が大統領となり、今後、社会・政治面で女性の参画がより増えていくことが期待されます。

 残念ながら、4月の大震災後は、女性や女の子たちは、より多くの困難を抱えています。
 国連の調査によると、4月の大震災以降に、7割の女性がより多くの時間を子どもや家族の世話、水汲みなどに使うようになりました。また、7割の女性が休息や睡眠時間が減少した、という結果が出ています。女の子が人身売買の被害にあう件数は、震災後は平常時よりも2倍以上に増加した、という報告もあります。

 このように、ネパールでは、まだまだ女性にとって多くの困難があります。でも、JENが学用品を配布した女子学生は「勉強して学校の先生や看護師になりたい」と将来に向かってとても前向きに進んでいることが、彼らの言葉からよく分かりました。
 
 今回、JENが学用品を提供したことで、女子の教育機会の向上や励ましになったと信じています。JENは、11月の半ばまでモニタリングなどを行いながら、今後もネパールの支援を継続します。

【ネパールの女性は働き者です】
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【女の子も男の子も学校に行きます】
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10月 29, 2015 ネパール, 支援物資配布, 政治、経済、治安, 緊急支援 |

2015年10月22日 (木)

森林破壊が進むハイチ

 ハイチから隣のドミニカ共和国に入ると、緑や木が増えることに気づきます。
 カリフォルニア大学ロサンゼルス校の教授で生物地理学者のジャレド・ダイアモンド(Jared Diamond)は、著書「Collapse」の中で、「ドミニカ共和国の28%の国土は森林で覆われている一方、ハイチにある森林は国土の1%」と述べています。同じイスパニョーラ島にある国なのに、なぜこのような差が生まれるのでしょうか。

 その理由は、人々の生活にあります。ドミニカ共和国では、料理を作る際にガスが使われていますが、ハイチでは炭を利用して火をおこし料理を作っています。
 農村に住んでいるハイチの人びとの収入源は限られます。木を切り倒し、炭を作ることが、貴重な収入源となります。また、貧困層が多いハイチでは、ガスを買う金銭的な余裕はありません。負のサイクルに陥っているのです。

 森林がなくなれば、水を蓄えること、やがては私たちの住む場所も失われます。負のサイクルから抜け出し、少しでも森林破壊を抑制できるように、考えていかなければいけません。

【炭を作る住民】
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【市場に販売しに行く前の炭】
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10月 22, 2015 ハイチ, 政治、経済、治安, 文化、生活、習慣 |

2015年10月 8日 (木)

ガソリン不足がもたらす影響

 こんにちは、ナマステチームです。

 ネパールでは9月20日に新憲法が制定されました。その憲法に対する反対派の運動のために、インドとネパールを結ぶ道路が封鎖されています。そのため、燃料などの物資のインドからの輸入が十分でなくなり、その結果ガソリン不足となって、一般の乗用車が運転できない他、NGOや国際機関の物資配布活動も停滞しています。

 JENはネパール人の事業責任者がいろいろな関係者に連絡をとり、なんとかガソリンを入手して、現在も配布活動を継続しています。今回は、政治状況が大変深刻に活動に影響を及ぼしており、今後どのような国で活動する際にも、ある程度の燃料の備蓄が必要であると痛感しました。

 村の人たちもガソリンが不足していることはよく知っているので、JENのスタッフが今週も配布に行ったときは本当に驚いていました。そして、いつものようにとてもやさしい笑顔でJENのスタッフを迎えてくれました。

 これまでにJENは、シンドゥーパルチョーク郡とカヴレ郡での、生活用品・寝具の800世帯への配布、そして学用品の2,600名の生徒への配布を完了しました。今週もガソリンの調達に力を入れ、支援を必要としている被災者の方たち全員に、1日でも早く物資を届けるように、精一杯努力していきます。

【1年生の女の子】
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【学校帰り】
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【お母さんが、JENが提供した生活用品が役立っていることを教えてくれました】
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10月 8, 2015 ネパール, 支援物資配布, 政治、経済、治安, 緊急支援 |

2015年9月10日 (木)

ハイチで起こる干ばつ

 ハイチでは今年、雨季にあたる4月から6月の間の干ばつによる影響が出ています。
CSSA(Coordination Nationale de la Sécurité Alimentaire)によると、この干ばつにより農産物の収穫が大幅に減っていて、普段の年の半分にも満たない収穫量になる見込みです。異常な天候は今年の12月まで続き、雨量は例年の平均以下になることが予想されています。

 収穫量の減少とそれに伴う物価の値上がりによって、ハイチ南半島、北西県、北東県、南東県に住む貧しい人々の食糧確保が難しくなることが予測されています(注1)。
 また、灌漑施設の不足や川の水位の低下が、農民や地方の住民の生活をより一層厳しくすることが予想されます(注2)。

 今のところ、レオガン地区では干ばつの影響は目立っていませんが、今後の天候によっては被害がでる可能性があります。 JENは引き続き安全な水へのアクセスを提供し、住民の生活に貢献できるように活動を行っていきます。

【水位が下がった川で洗濯をする人々 事業地バジェラーにて】
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(注1) HAITI Perspectives sur la sécurité alimentaire (CNSA ,2015).

(注2) Bulletin humanitaire Haiti numéro 52/Juillet 2015(OCHA, 2015




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9月 10, 2015 ハイチ, 政治、経済、治安, 水衛生改善 |

2014年1月23日 (木)

震災から4年が過ぎて

 2014年1月12日で、あの大地震からちょうど4年がたちました。特にそのための記念式典はありませんでしたが、ハイチの人々すべてがそのことを思う一日でした。私達全員が耐えてきた4年間でした。

 ところで最近、人道支援に関する興味深い全国調査の結果が公表されました。その調査の主な目的は、支援の対象が適切だったか、NGOの活動が人々の必要としていることとマッチしていたか等を検証することでした。この調査は地震発生後の長い期間にわたって、1000万人ほどとみなされる全人口(2013年)の内、全国の100万人以上の人々を対象にして行われた調査です。

 特筆すべきことは、多数の人々(70%)が人道支援に満足したということです。中でも人々が最も感謝しているのは「医療支援」でした。医療サービスが脆弱なこの国において、このことは十分理解できます。現在でも、国内や国際団体によって提供されている医療サービスを、人々は大変ありがたく感じています。しかしながら、ハイチでは今も民間信仰が根強く残っていて、それに応じた伝統薬が広く使われていることも忘れてはなりません。

 2番目に感謝されているのは、NFIと呼ばれる非食料品の配布でした。木材やビニールシートや板金など、地震直後に仮設の小屋を建てるために配給された物資です。今でも避難所が少し残っていますが、ほとんどの人々は定住用の住まいを得ることができました。

 メディアや政治家たちが、地震直後にハイチの再建について語っていたのを思い出しますが、4年経った今でも、ハイチが再建されたとはとても言えません。語られていたことと正反対になっていることも確かにあります。
 最近のニュースで、医療センター建設に関する謝罪が報道されていました。この医療センターは、太陽光発電を全面的に採用し、最新の設備を備えた国内最大の病院になる予定でした。さらに余った電気は他用途としてネットワークに送られることになっていました。
 このような現実離れした計画は、先進国と言われる私の国(フランス)でもほぼ不可能だと言えると思います。発展途上国が、新しい技術やドラッグ等の展示場になるのは残念な話です。もちろん上手くいくこともありますが、犠牲になるのはいつも同じ人たち、というのは悲しいことです。

 ハイチ事務所長
 ルドビック ブランコ



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1月 23, 2014 ハイチ, 政治、経済、治安 |

2013年12月26日 (木)

2013年の終わりが近づいて

 1年の終わりが近づき、年次報告を書く時期となりました。

 その前に、私が仕事で経験したことをお話ししたいと思います。先日、国際的に有名なある司祭の成功談を聞く集まりに出席する機会がありました。その司祭は30年以上にわたり、水圧の高い人工湖を作るプログラムを実施してきましたが、その結果は驚くべきもので、恩恵は農業、漁業、環境、飲料水など様々な分野に及ぶものでした。こんなに多岐にわたって成功を収めるプログラムは滅多にあるものではありません。

 このような良い話(個人事情はありますが)はあまりないので、ぜひともお伝えしたかった訳ですが、それで私がここで伝えたいポイントがはっきりしました。2013年を振り返り、思い出せる限りで良い点を見てみましょう。

 何よりもまず、今年ハイチは大きな自然災害からまぬがれることができました。たぶん皆さんはまず地震のことを考えるでしょうが、ハリケーンも非常に破壊的なものです。地震を過小評価するつもりはありませんが、ハイチはアフリカやカリブ海北部、カリブ海南部、そしてメキシコ湾から来るハリケーンの交差点に当たるのです。今年いくつかのハリケーンがハイチに近づきましたが、幸いにも直撃せずに済んだのです。
 

 2番目は1番目の結果でもあるのですが、今年の収穫が大変良かったことです。これによっていくつかの地域の食料不安が和らぎ、インフレが少し安定します。今年は気象が農家に味方しました。農産物を輸出するにはまだほど遠いですが、少なくとも良いスタートだと言えます。

 前回環境問題に言及しましたが、再度取り上げても悪くはないでしょう。ハイチには、体系的に実施されていなくとも、環境に関する法律があります。人々は環境について話し、大きな町では行動を起こそうとしていると報じられています。そして再び、私はハイチに来たばかりのころのことを思い出します。今とは比較にならない日々のことを。

 ところで、微妙な問題ではありますが、現政府はまだ健在です。ハイチ政府が直面している問題は全て簡単に解決できることではありません。しかし年末に大統領が「選挙法」を公布したため、国内の緊張は和らぎました。
 若い人々は、国民の信頼を得ることができた大統領を知りません。現大統領がそのようになれるかわかりませんが、そうなった時の良い影響が期待できるだけに、私達は前向きでいたいものです。地理的に、ハイチは経済面でも観光面でも絶好の場所に位置しています。政府はそれを理解し、うまく活用することで都市を発達させようと明言しています。
 政治面でもうひとつの良かった点は、もちろんセキュリティーです。セキュリティーが日々良くなっていることは誰の目にも明らかで、2012年に比べてずっとよくなっていることはデータからもわかります。

 締めくくりとして、2014年のハイチへの私の願いを書きます。
 まず第1に、この国の人々が自然災害に遭わないよう心から願い、同時にフィリピンの災害に思いを馳せます。
 第2に、政治が安定し、発展に向けて離陸できますように。そして最後に、ここでは言及しませんでしたが、健康管理や人権に関して改善がみられますように。

ハイチ事務所長
ルドビック ブランコ



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12月 26, 2013 ハイチ, 事務所・スタッフ, 政治、経済、治安 |

2013年8月22日 (木)

2013年ハリケーンシーズンまっただ中

6月1日に到来が正式に発表されたハリケーンシーズンは、ハイチでは年間を通して最も緊張感の高まる期間です。

降雨は農業収穫に欠かすことができないため、雨が多く降るこの時期は、農業従事者にとって大切です。また、外国で暮らすハイチの人びとが、夏休みを利用して故郷を訪れる時期でもあり、更には様々な催し物が行われるのもこの時期の特徴です。

生まれ変わった夏の「フラワー・カーニバル」(前回分参照)も含め、定期的な集まりやビーチでのパーティなど、お祝いをする機会は多々あります。

ハイチの主要都市のほとんどで、夏季は地域コミュニティが開催するパーティーも毎週行なわれます。

例えば今年は、プティ・ゴアーブ市誕生350周年記念の祝祭が、ハイチで著名な歌手やバンドを集めて8月中旬に行われました。現大統領であるミシェル・マーテリーも、この時ばかりは大統領としてではなく、かつて歌手として一世を風靡したスウィート・ミッキー(Sweet Mickey)として参加しました。

これら全ての祭典をよそに、今はハリケーンシーズン真只中だということを誰も忘れることは出来ません。今年は例年ほど降雨量は多くないですが、気温や湿度はとても高いです。

たとえば、今年はすでに18もの熱帯波動が予報され、そのうち8個は既に名づけられています。ということは、少なくとも熱帯性低気圧による破壊的なハリケーンが、かつてない数量予測されているということになります。

ハイチは、ハリケーンに関しては苦い歴史があります。それは、中米をハリケーンが通過する3つのルートの交差路にハイチが位置していることが大きな理由の一つです。ハイチ東方のアフリカからカリブ海東南部の小アンティル諸島経由、もしくは北方、または南西からジャマイカ近辺経由で、いずれにしても嵐やハリケーンは、どうにかしてハイチに到達しようとするのです。

山が多く、森林伐採により国土の2%ほどしか木々に恵まれていないハイチは、大雨による洪水や地滑りに対して極めて脆弱です。

今年は、今のところ幸運に恵まれています。

というのは、”Chantal”と”Dorian”という2つの熱帯性低気圧が連続して大西洋に発生し、ハイチを襲う絶好のルートだったものの、双方ともハイチに到達する前にその勢力が衰えました。特に、”Chantal”はハイチ南部に達する50キロ手前で勢力が弱まったのです。

嵐に関しては幸運に恵まれていますが、雨に恵まれている年だとは言い難いです。
ハイチのほぼ全土で例年より雨が少ないため、専門家は干ばつの危機感を強めています。少なくとも秋の収穫には影響し、数ヵ月後には厳しい食糧危機に直面する可能性もあります。

嵐に関しては幸運に恵まれていると言いましたが、決してシーズンが終わったわけではありません。特に、2008年は”Fay”、”Gustave”、”Hanna”、”Ike”が8月16日から9月6日にかけてハイチを続けざまに襲いました。昨年は、”Sandy”がハイチを襲ったのが10月24日だったことを考えると、今年もまだまだハリケーンシーズンに楽観視していられないのです。

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8月 22, 2013 ハイチ, 事務所・スタッフ, 政治、経済、治安, 文化、生活、習慣, 衛生教育 |

2012年7月19日 (木)

公共電力の供給を受けるためには①

 ハイチにおいて、家に公共の電気をひくことは、非常に難しく、コストがかかり、長いプロセスです。

 多くの途上国同様、ハイチはインフラの不足に苦しんでいます。Baby Docの愛称で知られた独裁者ジャン・クロード・デュバリエが1986年に権力の座を追われて以来、26年の間に18人もの大統領が国を治めてきたのです! 実際には、18人ではなく、13人の大統領が18回にわたり大統領の座を入れ替わり立ち代わり務めていたのですが。なんと、時には一週間にも満たずに大統領が変わることも・・・

 この極度の政情不安、山の多い険しい地理的条件、また頻発するハリケーンが重なり、電気や水道といったインフラが向上するには難しい状況が続いてきました。

 一方で、過去30年間で人口は急速に増え続け(1986年:650万人⇒現在:推定1000万人)、携帯電話、テレビ、ラジオ、扇風機などの電化製品の利用が以前より一般化し、電力需要は高まるばかりです。しかし前述のような様々な事情で、ハイチ電力は人々の需要に応えることができていません。

 そんな中、深刻な事態が起きています。ハイチ電力に幻滅し、ハイチ電力の技術者を何か月も待つことにうんざりしたハイチの人々は、なんと自分たちで違法に電線を繋げて電気を使い始めたのです!

 たくさんの電力が「盗まれている」中、ハイチ電力は電力網を拡大することはできず、さらには電力網がすでにある場合でも、24時間安定した電力供給をすることすらできません。また、さらなる人員を雇う余裕もないため、メンテナンスや違法に繋げた電線の調査などができる状況ではありません。

(続く) 

7月 19, 2012 ハイチ, 政治、経済、治安, 文化、生活、習慣 |

2011年7月 7日 (木)

レオガン市長との会見

ジェンの活動地であるレオガン市はハイチ地震の震源地に隣接しており、市役所を含む80%の建物が全半壊の被害を受けました。

 わずか30秒間に何千人もの方が亡くなり家を失う中、多くの団体が支援活動を行って、当初、市の中心部はカオスと化していました。

 市役所に勤務する方々も他の市民と全く同じように多くを失い、困難な問題を抱え、家族を守るために必死だったそうです。そのため、市長も市役所のチームも家族を守ることに手一杯で、行政の仕事を両立させることが出来なかったそうです。保存されていた多くの書類やデータが地震により失われたのも、大きな痛手でした。

 2010年5月初めに、国際NGO30団体の代表者50名が集まった調整会議ででは、アレクシス・サントス市長と市役所のチームは、現状を把握するのがやっとでした。復興の進め方について双方に誤解や見解の違いがあり、このNGOと地方政府の初顔合わせでは、建設的な関係が築けたとは言えませんでした。最大の原因は、ハイチではNGOが被災地で活動を始める場合には、事前にあらかじめ地方政府や中央政府と複雑な手続きを経て契約を交わす必要があったからです。

 ジェンは、緊急に支援を必要としている受益者の方々を第一に考えて農村部で活動を続け、事業実績を上げることをとりあえずの目標としました。そして、1年半にわたる活動の中で、CASECsというハイチの最小単位の行政との関係を築きあげ、この度サントス市長と謁見できる運びとなりました。

 サントス市長は既にレオガンでのジェンの活動についてよくご存知で、市レベルのみならず、中央政府との団体登録においても推薦状を発行してご協力くださることになりました。

 それから1カ月後、ハイチでの団体登録に必要な書類の署名がついに完了しました。

 この団体登録が承認されれば、ジェンはハイチでさらに事業を続けていきやすくなります。今後も数多くの事業を通じてこのコミューンの人びとを支援させていただけることは、一番の喜びです。

 (プログラム・オフィサー ロマーン)

7月 7, 2011 ハイチ, 政治、経済、治安 |