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2010年9月30日 (木)

ついにサイクロン・シェルター型学校が完成

100928_rimg1596 外務省NGO連携無償資金協力の助成と清原美彌子様のご遺志、そしてご寄付や様々な形でご支援をいただいている皆さまのご協力を得て、9月16日、サイクロン・シェルター型学校2校が完成しました。現地調査・計画から含めると本当に長い時間がかかりました。しかしその甲斐があって、強固で安全な建物を作ることができました。温かく見守って支援をしてくださった皆様のおかげです。本当にありがとうございます。

村人たちの話にあった「夢にまで見た建物」という感覚は、我々も同じです。様々な問題に直面し、何度も「完成できるのだろうか」と思うことがありました。ですが、問題をひとつずつ、村人やスタッフとともに泣き笑いながら乗り越え、完成しました。村人たちが、「ただ支援をもらうのではなく自分たちも協力したからできた。皆が協力すればなんでもできる」そういう希望を持ってくれて初めて、本当の意味で「村でひとつのことが成し遂げられた」と言えると思います。

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子どもたちが本当に嬉しそうに学校じゅうを走り回っている笑顔をみると、仕事の苦労も疲れも吹き飛びます。この続きは、10月末の東京での報告会でお話しいたします。報告会の詳細はホームページなどで近日お知らせいたしますので、皆さまどうぞご参加ください。
 
 最後に改めてサイクロン・シェルター型小学校の建設のために多大なるご支援をいただいた故清原美彌子様、ご遺族の皆様、そして日本の皆さまに心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。

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9月 30, 2010 ミャンマー, 復興支援, 防災訓練・教育 |

2010年9月22日 (水)

「無数の川を越えて」パート2

 20100923_p1040810 30分後、ジェンの車両は雨の中、国道を走っていました。5つの川を問題なくクリア!
現場近くに住むボランティアから、増水で事業地への道が閉ざされてしまい、今日一日事業地には戻れないだろうとの連絡がありました。そこで今日は、隣街グランゴアーブへと事業に必要な物資の買い物に出かけることにしました。

 しかし、さっそく交通渋滞に巻き込まれて、スタッフたちもイライラ。事業地を出て川をクリアしてからグランゴアーブまではわずか5キロの道のりなのですが、車は全く前に進みません。みんな列をつくって並ぶことはなく、泥水にタイヤを取られてしまったわたしたちの車を助けることもありません。結局わずか500メートルを進むのに3時間を費やしました!

20100923_p1040816_2  フォシェの街とグランゴアーブを結ぶ橋が1月12日の地震で崩壊してから、この川を渡る以外に道はありません。通常は「土手」と呼んでいるのですが、雨の続くもう数カ月は「川」のままでしょう。

 今日はハイチの「日常」と呼ぶにはかなりヘビーな日でしたが、こんな日が続かないことを祈るばかりです。数ヵ月後のハリケーンの季節になれば、大規模ハリケーンがハイチを直撃することもあり得るため、用心しなければなりません。また何百万人ものハイチの人々がホームレスになってしまうのですから。

9月 22, 2010 ハイチ |

2010年9月16日 (木)

あと一歩

 サイクロンシェルター兼小学校の完成に向けてあと一歩、というところまできています。

100916gcg_img_2488s  これまでに、様々なことがありました。それを村人とともに乗り越えてきました。村人も完成が待ち遠しいようで、仕事を終えた夕方になると、建物すぐ近くまで寄ってきます。しかし、それが工事の障害にならないように、学校管理委員会は、工事現場でのルールを作りました。

 先日行ったアンケートでは、100%の人が「この建物がなければ、次のサイクロンで生き残れる自信はない」、「この建物があれば生き残れる自信があり、安心して暮らせるようになる」と回答しています。サイクロンから2年半が経った今も、人々の心には、次のサイクロンへの不安が完全に消えることはありません。

100916gcg_img_2312s  屋上からの景色は見晴らしがよくきれいですが、5mの高潮が来たらどこにも逃げ場がないことがよく分かります。あと残りわずかですが、村人ともにより頑丈な建物を完成させて、村人たちが安心して暮らせるようにしたいと思います。

 サイクロンシェルター兼小学校の建設事業は、外務省NGO連携支援無償、日本のみなさまのご協力と清原美彌子さまのご遺志により実施しています。

9月 16, 2010 ミャンマー |

2010年9月 9日 (木)

「無数の川を渡って」パート1

20100909p1040818  こんな標題を選ぶと、多くの方がカリブ海で70年代後半に流行ったジャマイカ映画「The harder they come」でジミー・クリフが歌うヒットソング「Many rivers to cross」を思い出されるかもしれません。ハイチの農村部を歩きまわっていると、毎日実際に無数の川を渡ることになります。舗装された道路が少ないので、道は乾期にはでこぼこでほこりっぽく、雨期になり大量の雨が降ると、無数の川と化してしまうためです。

 現在ハイチは雨期の真っただ中で、事業地の村へ向かうのも一苦労です。

  ちょっと、ハイチプログラムオフィサーのある1日の業務をのご紹介します。
朝6時に事務所を出発、40分かけてやっと20キロ進むと、最初の壁にぶち当たりました。前日の夜に降った激しい雨のせいでがけ崩れが起こっており、前に進むためにはフィールドチームは自分たちで道端を掘らなければなりません。20100909rebuilding_a_road_for_the_3

 30分後、ジェンのスタッフはやっと事業地であるレオガン郊外にあるCabaret地区に着きました。今日の作業は井戸の修復。しかし、現場到着2時間後、突然大雨が降り出し、塗ったばかりのセメントが流れそうになりました。20100909p1040806  
 
 間もなく、「近くの川がものすごい勢いで増水している」と村人が教えてくれ、スタッフはすぐに撤退するように言われました。まだ午前9時30分。。。作業のための道具や資材を運び入れたばかりで、帰るには早すぎる時間です。ですが、修復を手伝う住民ボランティアも、早く帰るようにスタッフをせかします。早く帰らないと帰り道が無くなるからです。
しかし、気がついたときには時すでに遅し…いつもの「道」はもうありません。山間部では雨は止むことなく時間とともに川は深くなるばかりです。早く帰らねば!20100909p1040812 

9月 9, 2010 ハイチ |

2010年9月 2日 (木)

ミャンマーの防災教育を通して伝えたかったこと

 事業実施前の調査によると、村のほとんどの人に防災知識がなく、次なる災害への不安がつのる毎日を送っていました。その原因について当初、我々は、防災知識がないことが問題だと思っていました。しかし調査をしながら、防災ワークショップを進めていくうちに、コミュニティの歴史が20年しかなく、コミュニティ力が極めて弱い地域であるということが分かってきました。もちろん被害が大きく死者数も多かった地域を選んだこともありますが、他の地域にくらべ、日常からお互いに助け合う、信じあうという点がとても弱いと感じました。

 そこで、防災ワークショップで、できる限り、皆でできる共同作業や、村について考える時間を増やしました。そして最後に、村人から話を聞いて集めた、被災時の状況、現在の村の状況、防災委員会の構成、村の歴史や将来の計画などを記載した防災ハンドブックを村ごとに作成し、配布しました。彼らはそれらを手にして本当に喜んでくれました。「今まで自分たちの村の歴史などを知ることはなかったけど、こうしてまとまった本にしてくれて本当にうれしい。自分たちの村を誇りに持てる」と。

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 この本によって、彼らが「村というコミュニティ」をより意識し、誇りを持って、一致団結することができれば、再び自然災害が発生したとしてもきっと被害が大幅に軽減され、災害に強い、素晴らしい村になれると思います。100902rimg0819s

防災教育事業は、清原美彌子さまのご遺志、日本政府、日本のみなさまのご協力により実施されました。

9月 2, 2010 ミャンマー, 防災訓練・教育 |