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2010年4月28日 (水)

それぞれの自立支援 パート1

   2人のJENのスタッフ・フィフィとスタンリーが、ユニセフ主催の衛生研修に参加するために、先週3日間レオガンへ行ってきました。レオガンは首都ポルトープランスとグランゴアーヴの中間にある町です。

 この研修のあとの週末はちょうど感謝祭で、私たちのチームは実に数週間ぶりに休みをとることができました。感謝祭は、ハイチでとても大切なお祝いです。久しぶりにゆっくり休息を取った週明け、私たちは事務所内部で研修をしました。せっかく2人のスタッフが研修に参加してきたのだから、知識が新鮮なうちに他のスタッフにも情報を共有するためです。

Lecturing_2  研修当日、フィフィとスタンリーの2人が、衛生管理について、2時間の予定で講義を行いました。管理人や運転手も、自らすすんで参加をしました。私たちの事務所のハウスキーパーたちにも、この講義を受けてもらいました。彼女たちにも、衛生管理の詳しい知識が必要だからです。

Training_session_6  しかし、時間管理というものは、なかなか難しいものですね。2時間の予定が、結局6時間かかりました。けれども、この講義を受けたことで、私たちのチームは衛生管理に対する知識を深めることができました。

JENでは ハイチ地震の緊急支援募金を受け付けています より迅速な支援を届けるために、皆さまのご支援が必要です クレジットカードでのご寄付 こちらへ 郵便振替口座でのご寄付 00170-2-538657 口座名  JEN *通信欄にハイチとご記入ください* ご協力お願いいたします。

4月 28, 2010 ハイチ |

結束力

 ミャンマーがサイクロン「ナルギス」によって被害を受けてから間もなく2年になります。被災した村では、被災前の暮らしに戻れるように、村人たちが助け合って生活をしています。JENが支援をしている村では、「百世帯長」と呼ばれる村のリーダーを中心に、家族を失った人、病気を持つ人を助けながら現在まで復興してきました。

Img_0060_2   さて、JENのスタッフが村へ視察に行った時のことです。村道を歩いていたら、突然、あるスタッフのサンダルの鼻緒が切れてしまい、彼はサンダルをパタパタさせて歩いていました。すると、それを見た村人たちが、自分のサンダルを次々に差し出したのです。「大丈夫だから」と断っても、差し出したサンダルを戻そうとはしませんでした。

Img_0079  彼らには助け合う心が備わっています。自分だけが良ければいいという村人は、一人もいません。この優しさが、結束力を生み、この村の復興を支えたのでしょう。まだ村は被災前の状態には戻っていませんが、サイクロンにより一層強まった結束力を、今後も発揮していくのだと思います。

4月 28, 2010 ミャンマー |

2010年4月22日 (木)

JENとの出会い

100422_photo_jen_bantuan  私は西スマトラ州のパダン市に住んでいるカメラマンです。現在も写真を学んでいます。良い写真が撮れたときは、いつもとてもうれしい気持ちになります。

 

 2009年9月30日、あの巨大地震が、私の大好きな町を襲いました。その日、私は今まで見たこともないような光景をたくさん見ました。多くの人たちが亡くなり、子どもたちが泣き叫び、ビルが崩壊していきました。生き残った人たちは、安全な場所を探し回っていました。その後も被災者の惨状をテレビで見ましたが、私は深い悲しみに打ちひしがれ、涙は枯れ果ててしまいました。そのうち、私は一番被害が大きかったパリアマン県へ行きたいと思うようになりました。被害の実情を自分の目で確かめ、人びとのためになにかできればと思いましたが、残念ながらパリアマン県へ行くための車も、現場へ連れて行ってくれる知り合いもいませんでした。

100422_img_0019  そんな時に、ある友達が、JENという団体が被災者のためにパリアマン県で支援活動を行っている、と教えてくれました。いまだにその朝のことを覚えています。JENのスタッフがトラックに支援物資を積んでいるのを見つけ、私も一緒にパリアマン県まで連れて行ってくれないか、と頼んだのです。そこから、私はJENのスタッフとして活動を始めたのです。

 JENの仕事では、仕事に対するプロフェッショナリズムを学びました。また、JENの仕事を通じて、スタッフ同士の固い結束が大切だと感じることができました。

100422_photo_jen_bantuan_2  これからも引き続き、チーム一丸となって活動をしていきたいと思っています。

トーマス・アンダーソン(プロジェクトアシスタント)

4月 22, 2010 インドネシア スマトラ沖緊急支援 |

2010年4月16日 (金)

緊急支援のあれこれ:情報共有のしくみ

 地震発生から約3カ月、ハイチでは大小様々な支援団体が、それぞれの理念の下に、支援活動をしています。このような状況では、それぞれの団体が単独で活動してしまうと、物資が重複してしまったり、一か所に多くの団体が集中してしまい、必要としている他の地域の被災者の方々に支援が行き渡らない、といった問題が発生する可能性が高くなります。このような問題を避けるためには、団体・機関同士の情報共有が不可欠です。それでは、情報共有はどのように行われているのでしょうか?

 緊急支援の現場では、国連機関である国連人道問題調整事務所「OCHA」によって、シェルター(住居関連)、保健医療、教育など、分野別に調整会議「クラスター」が開かれます。この会議は、災害発生直後で週3回、発生から3カ月ほど経過すると週2回のペースで行われ、「どの団体が、どのキャンプで、どのような活動を、いつ行うのか」といった具体的な情報が発表されます。また、会議では、様々な情報や問題の議論も行われます。

 さて、「情報共有のしくみ」は、常に進化をしています。ハイチでは、OCHAが管理をするウェブサイト上で、支援を行う全ての団体・機関が、情報共有をできるようになりました。グループソフトを用いて、掲示板を運営しているクラスターもあります。活動地域が遠方のため、会議に出席できない団体や、現場での限られた時間の中では、とても便利です。

 JENは、シェルター分野のクラスターに所属していますが、シェルタークラスターでは、Google Earth(地球上のあらゆる場所の衛生画像・地図などを見る事ができるバーチャル地球儀ソフト)を使って、「どの団体が、どこで、なにを、どれだけ配布したか」を情報共有しています。積極的に他団体と情報共有することによって、安全で効率的な支援を行うことができるのです。

 OCHAが管理するウェブサイト「oneresponse」には、クラスターや国連・NGOなどの垣根を越え、様々な情報が公開されています。

ご興味のある方はこちら⇒

JENでは ハイチ地震の緊急支援募金を受け付けています より迅速な支援を届けるために、皆さまのご支援が必要です クレジットカードでのご寄付 こちらへ 郵便振替口座でのご寄付 00170-2-538657 口座名  JEN *通信欄にハイチとご記入ください* ご協力お願いいたします。

4月 16, 2010 ハイチ |

2010年4月15日 (木)

ミャンマーのお正月「ティンジャン」

 今週は、一年で一番大切な行事、お正月「ティンジャン」です。スリランカも同じ時期にお正月を迎えますが、ミャンマーの方が祭日は長く、2週間近くも休暇を取ります。

 お正月のハイライトは、4日間にわたる「水かけ祭り」です。3月の後半から、水祭りに向けて準備を始めます。街中の広告も水祭りを意識したものが増え、水かけ用のステージがヤンゴンのいろいろな場所に設置されます。

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 この4日間はほとんどすべてのお店が閉まるため、水祭りの前に、ミャンマー人も外国人もこぞって買い物に出掛けます。仕事が休みになるので、ミャンマーを離れる外国人も多くいます。

 今年も、水祭りの1~2週間前から、みんなちょっとずつそわそわしはじめ、街の人々の表情も普段より笑顔が増えていました。
 
 
 ミャンマー人にとってのお正月のように、世界中どこでも、楽しい時期は必ずあるはずです。そして、その時期は、誰でも幸せに過ごすことができると思います。
 
 
 
 彼らの幸せが長く続くことを祈って、「A happy new year and Happy Thingyan」

4月 15, 2010 ミャンマー |

2010年4月 9日 (金)

現地事務所長セドリックのつぶやき

ある一日のスケジュール

20100409_7 7:45
ポルトープランスにあるJEN事務所を出発。
8時半から行なわれるシェルタークラスターミーティング(簡易シェルターを作るための資材の配布や建設を行っている団体が参加するミーティング)に参加するため、国連キャンプへ。日曜日にはわずか10分のこの道のりも、平日は大渋滞のせいでどのくらいかかるか予想もできません。

8:40
ようやく国連キャンプに到着、ミーティングへ出席。

9:55
ミーティング終了。
12時に行なわれる水と衛生に関するミーティングに出席するため、ポルトープランスから西へ約30キロ離れたレオガーヌへ向け出発。

11:35
20100409_5 レオガーヌにある最近できた国連キャンプに到着。
ポルトープランスから1時間ほどかかりましたが、今回はまだ良い方です。他のスタッフはレオガーヌからさらに20キロほど南西へ行ったところにあるグランゴアーヴへ毎日通っていますが、グランゴアーヴまでは2時間から2時間半かかります。仕事に行って帰るだけで毎日5時間近くかかる計算です。

13:45
ミーティング終了。
レオガーヌ・グランゴアーヴ間の路上でフィールドへ出ていた他のスタッフといったん合流し情報交換。

14:15
ポルトープランスへ向け出発。

17:00
JEN事務所に到着。
今日一日、私は9時間以上外出していましたが、結局それぞれ約1時間の会議に2回出ただけでした。

18:15
20100409_6 現場調査に行っていたチームが帰宅。
彼らは今朝6時45分にJEN事務所から出発しました。現地スタッフの人たちは更にこれから自分のうちへ帰らなければなりません。彼らのうちまではタプタプで1時間から2時間もかかるのです(タプタプは小さな乗り合いバスのことで、文字通りおしりが「タプタプ」叩かれているように感じます)。

 一刻も早く被災者の方々にシェルターキットを届けたい、そんな思いとは裏腹に、多くの時間を移動に取られてしまいます。人口が集中しているエリアで、しかも地震後となれば仕方のないことかもしれませんが、ハイチの渋滞は私が経験した中でもとくにひどいものです。しかし、いまだ生活が安定しない被災者の方々のニーズを確認し、効率的により多くの方々をサポートするために、こういったミーティングで他のNGOや国連機関と情報交換や調整をすることは、現場で調査や配布をすることと同じくらい大切なことなのです。

 私は渋滞に巻き込まれている間、よく「バイクがあればいいのにな」と思います。バイクは車より渋滞の影響を受けにくいからです。しかし、よくバイクに乗っている友達は私に「ここでバイクに乗るのはまるでテレビゲームをしているようだよ」、と言います。道を歩いている男の人をよけ、女の人をよけ、車をよけてから子どもをよけて、それからカーブを曲がって・・・・・・もしソファーに座ってテレビゲームをしているだけなら楽しいでしょう。しかし、ここでは現実に自分か他の人の命を危険にさらすことになります。JENは安全のため、スタッフがバイクに乗ることを禁止しています。

 こういった状況でJENにできることは、スタッフの安全を確保しつつ、その時点でできる最大限のことをしていくだけです。渋滞にもめげず、JENは今後も精力的に活動を続けていきます。

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4月 9, 2010 ハイチ |

2010年4月 8日 (木)

アンダラス・ラーマヤーナ・プラザ、営業再開、大安売り

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「アンダラス・ラーマヤーナ・プラザ、営業再開、大安売り」
4月1日の現地新聞各紙でこの見出しが踊りました。

100406_earthquake_night_3   西スマトラ州の州都パダン市の中心にあるアンダラス・ラーマヤーナ・プラザは州内で最大級のものでした。しかし、昨年の9月30日、家、学校、病院、ホテル、そしてアンダラス・ラーマヤーナ・プラザのようなショッピングモールを破壊した、あの大地震が発生しました。西スマトラの人々は地震で家を失っただけでなく、彼らの大好きなモールをも失くしたことに大きなショックを受けました。

 7ヶ月間の復興作業の後、アンダラス・ラーマヤーナ・プラザは市長の認定を受け営業を再開しました。また、多くの人気チェーン店も新たに出店し、新しいお客さんを獲得しようとしています。再オープンの日、首都ジャカルタから招かれた人気アーティストやバンドがパダンの人々を楽しませ、集まった大勢の人々全員が歓喜の中、共に歌いました。

 モールの再開は大地震発生後僅か7ヶ月後のことです。この巨大ショッピングモールの再開は人々を幸せにし、生活に変化を起こしています。人々は以前と同じように買い物を楽しむことができ、日用品を買ったり、子どもたちはゲームセンターで遊んだりできるようになったのです。プラザの再オープンはパダン市の経済復興にも役立っています。失業率を改善し、昔からある市場にも良い影響を与えています。

 今、パダンは着実に復興を果たしつつあります。

4月 8, 2010 インドネシア スマトラ沖緊急支援 |

2010年4月 1日 (木)

貧困の陰で

 ハイチには、日本ではあまり知られていない「でっち奉公(レスタベック)」の習慣が根強く残っています。国民の半数が1日1ドル以下、78%が2ドル以下で生活する、西半球の最貧国と言われるこの国では、多くの家庭が貧困のために子どもを育てられず、子ども(多くは幼い女児)を裕福な家庭に奉公に出します。実際は「働きに出す」というよりも、「子どもを捨てざるを得ない」もしくは「子どもと生き別れになる」ケースが多いと言われています。国連児童基金(UNICEF)によると、地震以前に奉公に出ていた女児(6歳から17歳まで)は10万人とのことです。

 奉公をしていた子どもたちは、奉公先で地震に遭い、家族や家を失い、住む家も頼る家族もなくなってしまいました。避難先のキャンプでは、子どもたちの面倒をみる地域、教会、学校、警察による保護システムが全く機能しておらず、多くの子どもたちがストリートチルドレンとなっています。

 JENは、被災した人々が少しでも早く自立した生活を取り戻せるよう、今後も支援活動を続けていきます。

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地震発生直後、ハイチの街で見かけた子どもたち。

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ご協力お願いいたします。

4月 1, 2010 ハイチ |

Chabo! 勝間さんとともに現地を視察

 先週、Chabo!メンバーの一人である経済評論家・勝間和代さんとともに、ミャンマーの事業地を訪問し、事業モニタリングを行いました。

 事業モニタリングとは事業を公正に評価することです。具体的には、さまざまな事業や人に会って、事業の全体像を掴み、その国の支援活動全体から見た、JENの活動の効果や成果を確認することです。

011401_img_0140  現地のスタッフにとって、支援者によるモニタリングは、自分たちの事業を見てもらうことができる、とてもよい機会です。「活動を支援し、見守ってくれている人がいる」ことを、改めて実感することができます。そして「ミャンマーの人々のためにより良い支援ができるようにこれからも引き続き努力していきたい」と、強く思いました。

4月 1, 2010 ミャンマー |