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2010年1月31日 (日)

瓦礫の山のふもとで

1  震災から2週間が経ちました。グランゴアーブの街は、いまだに瓦礫で埋まっています。

 数少ない重機は、支援物資を搬入できるようにするため、道路整備やがけ崩れの修復などに出払っているとのこと。そのため、被災者の多くが家族や友人の亡骸の回収をあきらめ、(もちろん小さなつるはしでコンクリートをコツコツと割っているおじいさんなどを見かけることもありますが。)日常の生活を取り戻そうとしています。

Photo_6  ここ数日、瓦礫の山のふもとで、露天の商店が次々にオープンしています。もちろん、裕福でないためにすぐに商売を再開する必要があるのかもしれません。しかし本当に、ハイチの皆さんは強いと思います。それとも、忙しくすることで、大切な人たちを失った悲しみを忘れようとしていらっしゃるのでしょうか。

1月 31, 2010 |

2010年1月30日 (土)

キャンプを作って生活する被災者

Photo_4  被災者の人々は、自宅が倒壊するかもしれない、もしくは、また地震が起こるのではないか、という不安から自宅を離れて近くの空き地やサッカー場で野宿して生活をする人々が多くいます。

 ジェンのスタッフは、毎日グラン・ゴアーブにあるこのようなキャンプを訪問し、被災者の人々の生活状況や支援のニーズについて調査してきました。

 キャンプにはシェルターを作る材料がないので、人々は周辺から拾ってきた木材やブロック、布切れなどを使うしかありません。高さも広さも、家族がぎゅうぎゅう詰めになって横になれるくらいしかありません。地面に敷くマットレスさえありません。

Photo_5  このような状況から、ジェンはまず、本当に支援を必要としている人たちのリストを作り、シェルターを作る道具類を配布することに決定しました。トタン板や、のこぎり、金づち、釘などを、配布予定です。

1月 30, 2010 ハイチ |

2010年1月29日 (金)

国境を越えると

Photo_3  震災直後からハイチの首都ポルトープランスにある国際空港は、米軍および国連のみが使用可能な状況に置かれています。そこで、私たちは、陸路にて28日早朝にハイチへと移動しました。

 ドミニカ共和国では、幹線道路はどこまでも舗装されており、道の両脇にある住居もピンクやエメラルドグリーンなど様々な色に塗られて、まるでカリブの映画を見ているようでした。

 しかし、ハイチ国内に入ると国境周辺も道路は舗装されてはいません。それどころか、すぐ脇にある石灰の切り出し場から、ものすごい量の石灰の粉じんが飛んでいました。窓を開けていた私は、思わず咳き込んでしまいました。

 首都に向かって進めど進めど、バラックとしか呼べない建物が並んでいます。ハイチは震災以前からカリブ地域でも「最貧国」でしたが、その通りの光景でした。その結果、ハイチ地震の被害はとても大きなものになっています。

 なるべく早く緊急支援物資の配布し、そして、防災教育を行いたいと、強く実感しました。

1月 29, 2010 ハイチ |

2010年1月28日 (木)

混沌とする国境

Photo_2  28日午後、すでにハイチ入りしているジェンの調査チームのサポート要員として、私田中富美子もハイチにやってきました。隣国のドミニカ共和国から陸路にてハイチに入国。国境までは予定された通り約4時間で到着したのですが、国境の辺り1キロ地点から2時間近くかかり、ようやくハイチに入国しました。

 国境は、世界各国からハイチへと物資を運ぶトラックと、ハイチからドミニカへと歩いたり乗り合いバスに乗ったりして避難してくる人々でごったがえしていました。その混乱に乗じて、路肩でモノ売りや両替の商売をする人、双方向から無秩序に突っ込んでいくトラックやバスを整理する人、人、人。

 地震のために、ハイチ国境の辺りの道路はところどころ水に沈み、崩れた土砂で一車線となり、援助物資の搬入も思うように進みません。世界中の温かい気持ちが、いち早く被災者の方々に届くようにと祈るばかりです。

1月 28, 2010 ハイチ |

西スマトラ州の観光

 西スマトラ州は、インドネシアでも観光客に人気がある地域として有名です。美しいビーチ、風情のある伝統的な建物、そびえる山々、大きな火山や川、青々と茂った森と美しい湖があります。

 パダンは西スマトラ州の都市で、休日はいつも賑わっています。他の観光地もパダンから一日で往復できる距離にあるため、人々はパダンに宿泊し、そのような有名な観光地に出かけた後、再びパダンに戻ってくるのです。

 しかし、素晴らしい場所に溢れたパダンですが、近年の地震により大きく破壊されてしまいました。パダン美術館は地震後に閉鎖され、政府がいつ再開させるのか誰も分かりません。JENのローカルスタッフによると、パダンビーチは、以前はいつも何百人もの地元の人や観光客で賑わっていましたが、地震の影響と津波の恐怖により人々はビーチへ行かなくなったそうです。

100128_way_to_bukittingi_2  このようななか、観光客はパダンから2時間ほど離れたところにあるブキティンギを訪れるようになりました。近年の地震でたくさんの地滑りが発生し、現在でも激しい雨の後には地滑りがおきていますが、ブキティンギは、美しい山々に囲まれた丘陵地の街として有名です。

100128_clock_tower_2  さらに、ブキティンギには名高い観光名所がたくさんあります。1827年にオランダによって作られた「ジャム・ガダン」(大きな時計塔)、18世紀にオランダによってつくられた「フォート・デゥ・コック」という砦、1942年に日本軍によって作られた地下トンネル、そして有名なプティブングス動物園があり、世界最大の花であるラフレシアもブキティンギで見ることができます。

100128_famous_bridge_in_bukitting_2 来週へ続きます…

1月 28, 2010 インドネシア スマトラ沖緊急支援 |

2010年1月25日 (月)

【ハイチ地震支援速報】瓦礫の中から

250110__3現地から写真が届きました。

現在、JENは首都から約50キロ離れたグラン・ゴアーブという町を調査しています。ここでは、約6割の建物が倒壊しています。

広場やサッカー場など、至るところに「にわかキャンプ」ができ始めています。

写真は倒壊した学校の机や椅子、木の葉を用いた仮の住まいです。

また人々は、瓦礫の中から見つけてきた木片やトタンを合わせ、どうにか住まいを作ろうとしています。もちろんトイレはありません。

250110__5 彼らが瓦礫を撤去したり、自力で小屋を建てるために必要な道具のリストを作成しつつ、隣国のドミニカ共和国からこれらの物資を調達するために、業者の選定を始めました。

伊東(ジェン東京本部事務局 海外事業部ハイチ担当)

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JENでは ハイチ地震の緊急支援募金を受け付けています
より迅速な支援を届けるために、皆さまのご支援が必要です

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00170-2-538657 口座名  JEN
*通信欄にハイチとご記入ください*

ご協力お願いいたします。

1月 25, 2010 ハイチ |

2010年1月21日 (木)

【ハイチ地震支援速報】スタッフ3名がハイチで調査を開始。

海外事業部次長・平野です。
ハイチからの第一報をお届けいたします。

 日本時間20日(現地19日)、ジェンのスタッフ(シリル、オリビエ、米川)の3名は、ドミニカ共和国から陸路で約8時間かけて、ハイチの首都ポルトープランスへ無事に到着しました。

 現在、ポルトープランスには、宿泊できるホテルがほとんどないため、事前に連絡のついた知人宅を拠点にしています。現地では、余震はありますが、建物の中でも比較的安全だとのこと。蚊が媒介する病気があるので、寝るときは蚊帳を使用しています。

 現地との連絡手段は、日本から携行した衛星電話1台のみ。時差が14時間もあるため、日本と連絡するときは、現地はいつも夜です。
通話中も2分おきくらいに切れてしまいます。電気がなく、電話中にメモを取るだけでも苦労しています。

 到着後は、翌日から早速、被災地を訪問。国連・NGOとの調整会議にも出席しています。
また、同時に、町の中心地から約10キロほど離れた町の調査を開始しました。
海外事業部長 シリル・カッパイによると、町の状況は、長年NGOに従事してきた彼でさえ、初めて見る光景で、「まるで爆弾が投下された後みたいだった」とのこと。家という家は全て倒れ、多数の遺体が放置されています。

 JENは調査を通じて、支援を必要としている地域と、支援の内容を決定します。支援物資は隣国ドミニカ共和国から輸送し、配布する予定でいます。現地の状況と支援の進捗は、引き続き、このブログでお伝えいたします。

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1月 21, 2010 ハイチ, 緊急支援 |

村人とともに考える

 ジェンの開催する防災ワークショップでは、ジェンが参加者の皆さんへ一方的に防災知識や避難訓練を教えるわけではありません。

 もちろん、きっかけはジェンのファシリテーターが作りますが、そこから彼らの生活や習慣に合わせたものにしていくのは、村の人びと自身です。村人に積極的に参加してもらえれば、彼らからもさまざまなアイデアや伝統的な知恵も出てきます。

 そのためワークショップは、真剣かつ楽しく、一体感があるものでなければいけません。全員が参加できるゲームをしたり、雰囲気がなごむよう話したり、グループでの作業などを多くとりいれながら、一つのチームを作っていきます。勉強として教わるのではなく、自分たちで防災マニュアルを作りあげてもらうという感覚です。

 そして、結果的に一つの村として団結力も増していく、そうしたことがこの防災ワークショップを通じて少しでも実現できれば、サイクロンで被災した人々の気持ちは前向きになれると信じています。サイクロンから一年半たちましたが、どうぞこれからもジェン・ミャンマーをよろしくお願いいたします。

1月 21, 2010 ミャンマー, 文化、生活、習慣 |

2010年1月18日 (月)

【ハイチ地震支援速報】ハイチ地震被災者 緊急支援

 地震の被害があったハイチの調査と支援物資配布のために、日本から米川正子専門家、フランスからはジェン海外事業部長のシリル・カッパイと、ジェンのパキスタン地震およびレバノン緊急支援で活躍したオリビエが出発しました。

 襲撃事件が起こるなど、治安が悪化する中でも、迅速な調査と支援を安全に行うことができるように、経験豊かなでフランス語が話せる国際スタッフ3名を派遣しました。

 17日にはドミニカ共和国へ入国し、車両などの準備を整えた後、陸路でハイチへ入国する予定です。
被災地には宿泊施設や飲料水が不足しているということから、スタッフ自身が寝泊りするためのテント、救急箱、
浄水剤などを事前にフランスで入手しています。

 通信網(電話)が遮断されているという情報もあり、日本で衛星電話を準備しての出動となっています。

 今回の緊急支援では、ジャパン・プラットフォームの他、すでに多くの支援者の皆様から、励ましのお言葉とご寄付をいただいております。この場をお借りしてお礼申し上げます。

 支援活動は、これから本格化します。引き続き、皆様のご支援をよろしくお願いいたします。

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1月 18, 2010 ハイチ |

2010年1月14日 (木)

【ハイチ地震支援速報】<プレスリリース>ハイチ地震被災者 緊急支援を開始します

プレスリリース

2010年1月13日発生
ハイチ地震被災者 緊急支援を開始します

特定非営利活動法人ジェン(本部:東京都新宿区)は、1月13日に中米カリブ海の島・ハイチで発生した地震への対応として、被災者の緊急支援を開始します。

地震は、1月12日午後4時53分(日本時間13日午前6時53分)に、ハイチの首都・ポルトープランスの直下で発生しました。国際赤十字赤先月社連盟によると、被災者数は、最大で300万人に達することが予測されています。また、同国の大統領は、死者数は3~5万に上る可能性があると発表しました(1月14日現在)。地震による壊滅的な被害は、周辺地域の被災状況の把握が進むにつれ、今後さらに広がると見込まれます。

JENは、過去15年間に渡る、国内外での地震や津波、サイクロンなどの自然災害に対する緊急支援の経験から、今回の緊急支援を決定しました。国外ではこれまでに、現在支援を継続中のインドネシア(2009年10月スマトラ沖地震)、ミャンマー(2008年5月サイクロン「ナルギス」)の他、パキスタン(2008年10月南西部地震、2005年10月カシミール地震)、スリランカ(2004年12月スマトラ沖地震による津波)、イラン東部地震、インド西部地震、モンゴル雪害でも緊急支援を行ってきました。また国内では、2004年10月の新潟県中越大震災にて緊急支援を実施。現在も高齢被災者に対する自立支援を継続しています。

今回の緊急支援では、1月15日から、シリル・カッパイ(海外事業部長、フランス出身)、米川正子、オリビエ・デ・ラ・モット・サン・ピエール(ともに調査員)の3名が、現地に向けて出発(16日頃到着予定)。地震で悪化している治安を考慮しながら、まずは被害状況と必要とされる支援についての情報収集を行います。並行して、可能な限り、必要とされている緊急支援物資の配布をします。

JENでは、ハイチ地震被災者への緊急支援のため、緊急募金を開始しました。より多くの人々に、迅速・的確・柔軟に支援を届けるために、皆さまのご協力をお願いいたします。
なお、現地の最新の情報は、JENホームページおよびメールマガジン号外でご報告いたします。

JENホームページでメルマガ登録ができます。⇒ http://www.jen-npo.org

ハイチ地震 緊急支援募金を受付けています:
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*このリリースに関するお問い合わせは、広報担当:浜津、濱坂 (TEL:03-5225-9352)まで。

1月 14, 2010 ハイチ, 緊急支援 |

【速報】ハイチ地震対応

2010年1月13日にハイチで首都圏直下型地震(マグニチュード7.0)の大地震が発生しました。

JENは現在、被災状況を調査中です。

倒壊した建物のまわりでは、人々が路上生活を余儀なくされているという情報もあります。

引き続き、情報収集を行います。JENの動きは、メルマガでも配信いたします。

この機会に、是非ご登録ください。

1月 14, 2010 ハイチ, 緊急支援 |

豪華絢爛、インドネシアの結婚式

 インドネシア西スマトラ島沖、ミナンカバウ文化は、そのほかの文化と同様、とてもユニークな側面があります。たとえば、部族や家族が女性から始まる、と考えられています。部族や家族の名前は母親の名前として知られることもあります。

100114_nikah_contract_signing_cerem  なかでも、ミナンカバウ文化のユニークな生活様式の一つを表すのが結婚です。西スマトラでは新婦の家族が新郎の家庭を訪れ、婚約の式を行います。この婚約の式を“マミナング”と現地語では呼んでいます。新婦の家族は、新郎に貢ぎ物を贈り、婚約の式が終わると、それ以降は結婚式まで二人は会うことができません。

100114_eating_together_with_the_fam  一方、結婚式の日は、新婦の家庭で祝われることが多いのですが、まず新婦の家族は新郎の家へ行き、伝統的な衣装を自宅へと持って帰ります。そして、ニカアと呼ばれる契約書と誓約書にサインを行い、近所の人々や家長が、結婚の証人となります。結婚式の式事の中でももっとも重要なものです。

100114_decorated_sofa  この式事が終わると、伝統的なドレスに身を包み、特別に用意されたソファーに腰をかけて、友人や親戚、招待客をもてなします。

1月 14, 2010 インドネシア スマトラ沖緊急支援, 文化、生活、習慣 |

2010年1月 7日 (木)

防災教育の積み重ね

100107_dscn0904s  清原美彌子さまのご遺志と日本政府の協力により、ピャーポン県ボーガレ郡で防災教育を実施しています。

 サイクロン「ナルギス」がこの地を襲ってから1年半が過ぎました。今後ナルギスのような巨大サイクロンがこの地を襲った場合、同じような被害が起こる可能性があります。ジェンの事業地の村人たちも、そのことをよく理解し、危機感を持っているのが分かります。

 そのためか、ジェンの防災教育への出席率は80%以上と非常に高い状態が続いています。彼らの防災への興味や姿勢に触れるたびに、我々スタッフも、それに応えなければと身が引き締まる思いがします。

 しかし、ジェンの事業地の他では、次のサイクロンへ備えている村はほとんど見当たりません。ナルギスを経験した人々は当然、誰もが再び起こりうる悲劇に不安を感じていることだと思います。けれども、まず何から手をつけてよいのか、途方に暮れているのでしょう。

100107_dscn1028s  ジェンが事業地の村に設立した防災委員会には、周辺の村へ防災のノウハウを伝えていくように意識を持ってもらえるよう努めています。ジェンの事業がきっかけとなり、他地域にも一日でも早く「悲劇は防げる」ということに気づいてもらい、防災のノウハウが伝わって行くことを目指しています。

1月 7, 2010 ミャンマー, 文化、生活、習慣, 防災訓練・教育 |