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2009年12月24日 (木)

次のステップに向けて

 2009年9月30日、10月1日に発生したスマトラ沖地震の被災者を支援するために、JENがインドネシア西スマトラ州のパダン・パリアマン県で活動を開始してから2ヵ月以上が経過しました。

 当初から支援してくださる日本の皆さまの十分なご支援を受けることができ、迅速な緊急救援活動が可能となりました。厚くお礼申し上げます。

 現地では緊急支援の時期が過ぎ、政府が復興期の段階に入ったことを宣言するとともに、現地から撤退する国際支援団体も増えています。一方で、家を失った人たちへ政府からの補償金が支給されるにはまだ数ヵ月かかるとみられ、大きな損害を受けた学校もあちらこちらに残されたままです。

 このような状況から、JENは、は2010年から教育分野への簡易衛生施設設置などの活動を通して現地の人びとの復興を支えていく予定です。

 今後とも現地で復興に取り組み人たちを温かく見守っていただければ幸いです。この3ヶ月間、温かいご支援をいただき本当にありがとうございました。

12月 24, 2009 インドネシア スマトラ沖緊急支援, 企業の皆さまからのご支援, 教育支援, 緊急支援 |

2009年12月17日 (木)

ともに生きる

091217_dscn0458  村に滞在するジェンのスタッフは、村人にとっては外部の人間です。そうした状況では、いかに早く、村のひとびととの信頼関係を築くことできるかがプロジェクトを行う上で大変重要となります。その信頼関係次第で、ワークショップや活動への参加率・協力度も変わってくるのです。

 ジェンのスタッフは、できるだけ早く村になじむために、ワークショップ以外の時間でも村人と話す機会を多く設けたり、家を一軒一軒訪問するなどして、お互いの理解を深めるよう努めています。

091217_dscn0453s  先日、ジェンが建設する避難所兼小学校のための道づくりが、タヨーチャウ村で行われました。「村のひとびとがやるなら、ジェンのスタッフだって」ということで、当日現場にいたジェンのスタッフも、村の皆さんと一緒に道づくりを行いました。肉体労働ですが、女性スタッフだって、負けてはいません。

 こうした日常のちょっとしたコミュニティ活動でも、スタッフが参加してゆくことで村人と気持ちが一つになれます。休憩のお菓子も、スタッフが出そうとすると、「いや村から出す」と言って、ごちそうしてくれました。

091217_dscn0178s  まだまだ自分たちが生活していくことも厳しい状況であるのに、村のひとびとに少しだけ受け入れてもらえたと感じることができた一日でした。これからは、「教える」のではなく「ともに生きる」という姿勢をより意識しつつ、防災教育のワークショップを村の皆さんとともにいい活動にしていきたいと思います。

12月 17, 2009 ミャンマー, 文化、生活、習慣 |

初めての避難訓練

 支援してくださる皆さま、およびジャパンプラットフォームのご協力により、現在インドネシア・パダンパリアマン県にて防災教育を実施しています。

 インドネシアの子どもたちは、地震が神、アッラーの怒りによって発生したと信じており、それは自分の行いが悪いからであると、未だに地震の恐怖を抱えています。ジェンは、そのような恐怖を少しでも軽減できるよう、また、再び起こるかもしれない震災に備えることができるように、地震のメカニズムなどの防災知識を教えるとともに避難経路の作成、避難訓練の実施、防災委員会の設置などを行っています。

091217_mock_drill_session  先日実施した避難訓練。初めて参加した避難訓練では大人も子どもも大はしゃぎをしながら訓練に取り組んでいました。このように、ワークショップでは防災知識を身につけるだけでなく、楽しく学びながら被災した子どもたちの心をケアすることも目的としているのです。

12月 17, 2009 インドネシア スマトラ沖緊急支援, 教育支援, 防災訓練・教育 |

2009年12月10日 (木)

Minangkabau

101209_img_3294_resize  パダン市には地震でも倒壊しなかった立派な建物がいくつかありますが、その建物のほとんどが不思議な屋根の形をしています。パダン市を訪れる多くの人がその屋根の形に疑問を覚えるかもしれません。この屋根には面白い話が含まれているに違いない、とJENの現地スタッフに確認してみました。

 「不思議な屋根がある建物はMinangkabauと呼ばれています。Minangとは勝者、の意味。Kerbauは水牛のことです。101209_img_3306_resize 
 かつて、パダン市では毎年水牛レースがおこなれていました。これはパダン市と近隣のジャワの町が競うものです。ジャワは健康で大きな水牛で有名でした。そのためパダン市はいつもこのレースで負けていたそうです。そこで賢い人が赤ちゃんの水牛をレースに使用することを思いつきました。その水牛の角に刀や刃をつけてレースに臨むのです。赤ちゃん牛はミルクがほしくてジャワの水牛のお腹に突進します。しかし角には鋭い刃がついているので吸い付かれたジャワの牛はお腹を怪我して弱ります。そこで動きが鈍くなったジャワの牛にパダンの牛が勝てるようになりました。その後、そのレースはなくなってしまいました」

 パダン市の奇妙な建物は水牛レースの記念として建てられ、屋根は水牛の角を象徴しているそうです。現在でも60%の政府の建物は はMinangkabauです。

12月 10, 2009 インドネシア スマトラ沖緊急支援, 文化、生活、習慣 |

2009年12月 3日 (木)

防災教育について

 今回の支援速報では、清原美彌子様のご遺志と日本政府の支援によりジェンが行っている防災教育についてご説明します。

 ジェンは村の人びとに対して4日間の防災教育ワークショップを実施します。

 1日目、村人は自然災害についての現象・被害・避難方法などについて、学びます。
ほとんどの人が、防災や減災という言葉を聞いたことがないため、ジェンが基本的な防災知識を教えます。

 2日目は、サイクロンについて振り返ります。人びとにサイクロンの発生から避難生活までを思い返してもらいます。こうすることで「何が事前にできるか?」「何が問題だったか?」「何が役に立ったか?」を住民自身が確認でき、次の災害への対策をイメージできるのです。

 3日目は、村のハザードマップ作り(危険地帯・安全地帯の分かる地図)と、村の年間行事カレンダー作りです。ハザードマップは、いくつかのグループに分かれて村を歩き、危険・安全な場所を探し、地図にして発表します。

 4日目は、村の歴史を振り返り、今後どんなことを準備したりすればよいかを話し合います。防災についての伝言ゲームを行い、正しい情報を伝えることのむずかしさを、ゲームを通して学びます。

 この4日間のワークショップが終了すると、次の段階として村の人びとの合同避難訓練を行います。
これは、「知識」をより「実践」的なものとするためです。「実際に体を動かして避難してみる」ことの方が、参加者の記憶に残り、忘れません。そして、避難訓練の後も村で定期的に行えるように、村人とともにその仕組みを検討していきます。

 最後に、村の人びとと一緒に、ワークショップで学んだことや気づいたこと、決意したことをまとめた防災ハンドブックを作ります。このハンドブックが一家に一冊あることで、家族が防災について考える機会ができ、記憶が曖昧になることを防ぐことができます。ジェンが一方的に防災ハンドブックを作成し配布するのではなく、住民が愛着を持てる「彼らによる、彼らのため」のハンドブックを作っていきます。

 以上が、ジェンの行う、村の人々への防災教育プロジェクトです。

12月 3, 2009 ミャンマー, 企業の皆さまからのご支援, 教育支援, 文化、生活、習慣 |

ところ変われば…

 インドネシアのパダン市に赴任して1ヵ月になります。

 パダン市はインド洋に面するスマトラ島南西部の港町。こちらの文化や習慣を見て感じることは、アラブから伝わったイスラム文化や現地固有の文化、中国系移民の文化などが混ざりあい、非常に豊かな多様性をもつということです。それは現地の食べ物にもよく現れています。

091203_somay  パダンで食べた料理で非常に印象的な料理が、“シュウマイ”という料理です(発音は日本人がシュウマイと発音するほぼそのままです)。なぜこの料理が印象的かというと、実際の料理と、その名前から私たちが思い浮かべる食べ物のギャップが非常に大きいからです。

 パダンのシュウマイは、一口大のジャガイモ、豆腐、キャベツ、肉団子などにピーナッツソースをかけて食べる食べ物です。ちなみに、インドネシアの首都ジャカルタでは、シュウマイというと、日本で言う焼売にピーナッツソースをかけたものを指すそうです。おそらく、中国から焼売がジャカルタに伝わったときに、“ピーナッツソースがけ焼売”になり、さらにパダンまで伝わったときに“ピーナッツソースをかけた食べ物”になったのだろうと思います。

 私の推理が正しいかどうかはわかりませんが、ところ変われば品変わるだなあ、と感心しています。

パダン事務所アドミニファイナンス・オフィサー 成田

12月 3, 2009 インドネシア スマトラ沖緊急支援, 文化、生活、習慣 |