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2008年12月25日 (木)

ヤンゴンより年末のご挨拶

今回は、ジェンの国際スタッフが駐在しているヤンゴンの情報をお伝えします。

遠くに見えるのは、ヤンゴンで一番大きいパゴダ(仏塔)です。ヤンゴンの中心部は高波の影響を受けなかったため、比較的早く復興しています。最近、ある通りを歩いていてこんなものを見つけましたの。なんと、サイクロンで倒れた大木をからできた彫刻です。この彫刻の売上の一部は、サイクロン被災者の支援のために使われています。サイクロン被害の象徴ともいえる倒木が、サイクロンの被災者のために再利用されるという循環感銘を受けました。

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このように様々な形で支援が行われていますが、被害の大きかった地区ではまだまだ支援が不足しており、厳しい状況が続いています。

今年最後の支援速報となりましたが、5月のサイクロン発生から8か月間、多くの皆さまからご支援とご協力を頂きました。この場をお借りして、ヤンゴン事務所一同、心よりお礼申し上げます。今後も息の長い支援を行うことで、サイクロンからの自立復興を支えていきたいと思います。来年も、なにとぞよろしくお願い申し上げます。皆さまにとって来年が素敵な一年でありますように。



12月 25, 2008 ミャンマー, 事務所・スタッフ |

2008年12月18日 (木)

支援の届かない村で

081218_bo__danyinpyu_013_date_20__2   現在、ラプタとボーガレの二つの地区で、シェルターのニーズ調査を行っています。調査を進めるにしたがって、海に近い部分だけでなく、サイクロンが真上を通ったエリアの被害が大きなものであったことがわかりました。

 たとえば、ボーガレのチョンダーヤという地域では、30村すべてで半数以上の村びとが亡くなったということです。村によっては3分の2の村びとが亡くなってしまったところもあります。そのような村は、もちろん家もない状態にあり、7カ月たった今も厳しい状況が続いています。しかし、街から遠いため、今もあまり支援を受けることができていません。最終的な調査結果は出ていませんが、081218_bo__kyuntharyar_041_date_22_

 このように被害が大きいのにも関わらず、支援の届いていなかった地域で、シェルターを配布することによって少しでも人びとを勇気づけられればと思っています。

12月 18, 2008 ミャンマー |

2008年12月11日 (木)

親を亡くした子どもの問題

081211_dscn2968s_low_2   現在、シェルターキットの配布対象を決定するため、詳細なニーズ調査を行っています。

 先日、ニーズ調査の最中に、4人の子どもたちと出会いました。この4人は兄弟で、両親をサイクロンで亡くしたために、親戚の家で暮らしていました。しかし、親戚も仕事がなく、子どもが1人いるために、4人を養う余裕がありません。

 一般的に、親のいない子どもたちは、養護施設に入ることを行政から勧められます。しかし、兄弟が離れ離れになってしまう可能性が高いため、この親戚が4人全員の面倒をみているそうです。

 自分の子どもに加え、さらに4人を学校に行かせるのはとても難しいと話していました。でも、他の人に預けたら、働き手となってしまい学校に通える可能性は少ない、と言います。生活は苦しくても、なんとか4人の面倒を見ているとのことでした。

 この子どもたちに出会って、サイクロンが単に家やひとの命を奪うだけでなく、人生に影響を与える様々な問題を引き起こすことを実感しました。

 今後の支援内容を考えながら、現在取り組んでいるシェルターの配布事業を進めています。

12月 11, 2008 緊急支援 |

2008年12月 4日 (木)

イェイウェイ村のお話

04dec_sany0264_low  先日、事業のモニタリングのために、ラプタからボートで約2時間の場所にあるイェイウェイ村を訪問しました。イェイウェイは、被災した地域の中で最も高い波(約3M60CM)に襲われた村です。そのため、サイクロン前には1,500人(300世帯)だった人口が、今では隣村からの数世帯を含む500人(150世帯)にまで減少してしまいました。

 サイクロンに襲われた際、最も丈夫だと思われていた僧院が、真っ先に倒壊したそうです。それを見た村人は、2階建ての学校や村の有力者の家に逃げ込んだり、大きな木にしがみついたりして助かりました。

 中でも、2階建ての家に逃げ込んで助かったお母さんと赤ちゃんの話が有名で、村に入るとすぐにそのお母さんを紹介され、話を聞くことになりました。そのお母さんは、サイクロンで発生した高波を避けるために2階建ての家に逃げ込んだそうです。ところが2階に上がった直後、家の屋根が吹き飛ばされてしまいました(写真)。その直後に高波に襲われたそうです。お母さんは、高波から身を守るために片手で家の柱を抱き、もう片方の手で赤ん坊を高く持ち上げ続け、赤ちゃんと2人、なんとか生き延びることができたそうです。

04dec_sany0219__low  当時のまま残っている建物を見ると、サイクロンや高波のすさまじい威力が思い起こされます。一方、この建物は、赤ん坊が奇跡的に助かったことに対する喜びを、村人たちが笑顔で共有できる場所にもなっているのだそうです。

 支援活動を通じて、村人たちから生きることの大切さを学び、彼らの強さに刺激され力をもらいながら、活動を続けています。

12月 4, 2008 ミャンマー |