2009年7月 2日 (木)

村の地図

090702_img_0208s_low  これは、テヨーチャウという村で村人が作った地図です。

 ジェンがシェルター・キット(竹マット、木材、ニッパ椰子など仮設住宅用の資材)を配り、住宅再建が進むにつれ、変化した村に合わせて地図を作ったようです。地図には、家・トイレ・学校・世帯長の家・橋・井戸・道・池・川・独身/未亡人の家・障害者の家・田圃・サイクロンで残った家・店・村の尊敬される人の家・会議室・見張り小屋・木・池といった内容が盛り込まれています。

 通常、村人たちは自分たちの村のことは地図に書くまでもなく、誰よりもよく理解しています。しかし、普段は来ないはずのサイクロンがミャンマーに甚大な被害を与えた今、村人たちは、次なる災害から生き残るための術を身につけなければなりません。

 サイクロンが村人たちに残した心理的な傷跡は今なお大きなものです。村人が書いたこの地図は、次なるサイクロンに対する危機感の表れのような気がしてなりません。

 ジェンは支援者の皆様、そして日本政府の協力を得て、6月22日から耐サイクロン型学校2校の建設および防災教育を開始いたしました。村人を対象に行う防災教育では地図を使います。災害時に倒れそうな木など些細な情報も地図に落として、村人に避難経路を考えてもらうつもりです。

 ジェンは、村人たちが一日も早く不安を取り除き安心して暮らせるよう、村人たちと共に地図を描いていきたいと考えています。

7月 2, 2009 ミャンマー |

2009年6月18日 (木)

いろんな村の名前

090618_khar_chin_kyun_low  ミャンマーの村名はとてもユニークです。

今回1500世帯を対象に支援を行ったボーガレの村々でも、おもしろい名前にたくさん出会います。

「ダボーという木がある島」「菩提樹がある楽しい所」「中国の川」「チェッタニンという鶏」「七つの岬が並んでいる」「金の球」「先頭の川」「誠実」「赤い蟻の島」「家の階段手摺りに使う材木の丸い形の棒」「タヨ―という潅木がある大きい川」「金が果物の房のよう」「水牛の小屋とお姫様」「二つ穴がある鼻」「美しい光景」「ダイアモンドで出来た牛車」「保証」「逃げる鶏」

などです。

 村は川に面しているので、川の名前が多く使われるは分かりますが、それ以外の村は、なぜそのような名前がついているのか、想像できないものが多くあります。ヤンゴンのスタッフにも、村の名前はとても不思議なようです。 090618_kyet_pyae_low_2

 いつか、現場で村人に村の名前のいわれを聞いてみたいと思います。

写真
上:カーチンチュン村=赤い蟻の島
下:チャペー村=逃げる鳥

6月 18, 2009 ミャンマー |

2009年6月 4日 (木)

ジェンのシェルターについて

090604_no3_img_0171s_low   ジャパン・プラットフォームと有志の皆様のご支援を受け、ジェンは巨大サイクロンによって家を失った被災者たちにシェルター・キット(仮設住居の材料一式)の配布を行い、無事4月に終了いたしました。サイクロン被災地で、シェルターを配布したり建設したりしているNGOは確認できるだけでも50数団体ありますが、その中でもジェンは最も多い4500セットのシェルターを配布しました。

 シェルター・キットは竹材・木材・ニッパ椰子など村人に馴染みがある材料でできており、村の人たちでも簡単に建設や補修ができます。サイズを考える際にも、村にある一般的な住宅のサイズと生き残った家族の人数、そして現地の人たちの意見を元に算出し、最終的に15.7㎡に落ち着きました。現地の声に耳を傾け、村人たちの生活にストレスを与えることのない造りになるよう努めました。090604_no2_img_0133s_low

 また、地域では知られていなかった技術を教えることで建物の強度を大きく増すことができました。まず一つめが、ヤンゴンなどの近代的な建物では使用されていますが村では行われていなかった方法で、筋かいという柱をバッテン状につなぎ合わせるものです。さらに、壁を2重にし、柱の基礎部分をレンガと砂とセメントで固めることで、住宅は飛躍的に強くなりました。強風でもシェルターがびくともしなかったことで、村人たちから信頼を得ることができました。

 多くの皆様のご寄附により、このような大規模な支援が行えたことをこの場をお借りして心よりお礼申し上げます。しかしながら、まだまだ被災地は1年経過したことを感じさせないような厳しい状態が続いております。今後とも引き続きのご支援をよろしくお願い申し上げます。

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ミャンマー活動報告会開催

2009年6月19日

くわしくは、こちら

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6月 4, 2009 ミャンマー |

2009年5月21日 (木)

復興への絆 - サイクロンから一年を迎えて

090521_dscn8639s_low  先日、サイクロンで亡くなられた方々のために、村人とともに1周忌の法事を行いました。

 村のお坊さんたちにお経をあげてもらい、亡くなった方々の冥福を祈りました。その席では、すすりなく女性の姿が多く見受けられました。1年経過した今でも心の痛みが消えることはないようです。

 JENのスタッフたちも、それぞれ特別な思いでセレモニーに参加したようでした。改めて、ミャンマー人にとって、仏教はとても身近にあり、そして尊いものであることを感じました。法事の後には、子どもから大人まで村人総出で食事をしました。普段は復興の忙しさで、村人達は以前のように頻繁に集まることができないそうです。ささやかな集まりでも、その中の会話を通じて、村人たちが少しずつ被災以前の絆を取り戻していってくれればと思います。090521_dscn8754s_low

 この場を借りて改めて、サイクロン「ナルギス」で亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。被災地が一刻も早く復興できるよう、今後もジェンは支援を継続していく予定です。

5月 21, 2009 ミャンマー |

2009年5月 7日 (木)

ひとときの喜び

090507_img_0282s_low  多くの皆様にご支援をいただき行ってきたシェルターキット1500世帯分の配布が4月に終わりました。船で何時間もかけて資材を運び、到着した後も、大小の困難も伴いましたが、その苦労がいっぺんに報われる出来事が起きました。

 先日、私たちは、シェルターの配布が終わった事業地のひとつ、テーチャウ村へモニタリングに訪れました。ちょうど、住民たちは自分たちで建てたシェルターに住み始めたところでした。

 いつものように村に船で近づくと、船着場に大勢の人がいて、なんだか賑やかです。なんと村人が総出で出迎えをしてくれていたのでした。何より嬉しかったことは、子どもたちが、手作りで作ってくれた赤と青のジェンの旗でした。それも一つや二つではなく、かなりの数でした。ここまで熱烈な歓迎を受けたのは、ミャンマー赴任以来、初めてでした。最初は戸惑ったものの次第にうちとけ、村人と楽しいひとときを過ごすことができました。090507_img_0291s_low

 この村ではサイクロンの影響で、今も多くの農民たちが米作りを再開することができていません。支援物資の食糧で何とかしのいでいる状態です。ほとんど何も持たない村人たちの感謝の気持ちがこもった精一杯のもてなしは、私たちにとって忘れることのできない思い出となりました。

5月 7, 2009 |

2009年4月23日 (木)

ミャンマーの正月

090423_my_water_festivalapril2009c_  4月11日から21日にかけて長いミャンマーの正月「水かけ祭」が行われました。

 毎年、黄色い紫壇の花(現地語ぺダウ)が咲くこの時期になると、人々は灼熱の中、水をかけ合って楽しみます。

 「水かけ祭」の初日は、子どもたちが路上で水鉄砲やバケツを使って、通行人や車に水をかけることから幕が開きます。最も盛大になる翌日から3日間は、ヤンゴンの数箇所で野外ステージが設置されます。ステージ上からホースで湖から汲んできた水をかけ合います。そして、十分に水かけをし、街を清めた後、家で家族と静かに正月を迎えます。090423_my_water_festivalapril2009_2 

 今年の水かけ祭りは例年に比べてステージも少なく、寂しい、という声をよく聞きます。近年の気候の変化のためか、水祭りの4日間は雨が降ったり止んだりで参加者が少なかったようです。

 写真は水かけ祭りと同時に事務所の水道が止まったため、汗だくの日本人スタッフが道路の大混雑する中、水を求めて路上にでたものです。水かけ祭りなのに事務所は水不足という珍事件が起きました。そのため、ジェンスタッフは知人の家の井戸水で水浴びをさせてもらい、1年の汚れを洗い落としました。水のありがたさと隣人のやさしさをしみじみと感じました。090423_my_water_festivalapril2009_3

4月 23, 2009 ミャンマー |

2009年4月 9日 (木)

水祭りとサイクロン

090409_dsc00108s_low  昨年5月2日にミャンマーを襲った巨大サイクロン「ナルギス」の悲劇からもうすぐ1年。被災者たちは、サイクロン被害から生活を立て直すための厳しい毎日を繰り返しています。生活用具や仮設住宅など、最低限の支援は満たされつつありますが、元の職業である農業が、サイクロンの運んだ海水による塩害によってうまくいかず、多くの人が仕事を失ったままです。支援物資と少しの魚やカニ取りだけで生活している状態が続いています。

 4月11日からミャンマーの正月を迎えるための水祭りがやってきます。水祭りでは、鮮やかな伝統衣装に身を包んだ女性たちが伝統舞踊を披露したり、通りでは人々は水鉄砲やバケツで通行人や車に水をかけて大騒ぎします。1年の汚れを洗い落とす大切な宗教行事ですが、被災地の村人たちは例年のように心から楽しむことはできないようです。それは、生活の厳しさだけではなく、再び起こるかもしれないサイクロンへの不安があるからです。

090409_dsc09640s_low  ジェンは今、高波が再び押し寄せた際に人々が避難できるシェルター型学校の建設を計画しています。また、巨大サイクロンに備えて防災訓練も行う予定です。被災者たちが、再び安心して水祭りを楽しめるようになるよう、ジェンは支援を続けていきます。

4月 9, 2009 ミャンマー |

2009年3月26日 (木)

今年も雨季がやってくる。。。

090326_img_0148s_low  そろそろ乾期の終わりが近づいています。ヤンゴンでは、今週の月曜日に雨が降りました。乾いた暑い乾期から水祭りの季節へと、季節の移り変わりに嬉しい気持ちもあります。しかし、あの1年前のサイクロンの恐怖を体験した人たちにとっては、恐ろしい季節のはじまりのように感じられてしまいます。

 被災者だけでなく、支援をする国連やNGOのスタッフにとっても同じです。あのサイクロン以来、みんなラジオに釘付けになっています。最近は、事業地に突風が吹いてボートの屋根が飛ばされたり、波が高くなったりと、サイクロンを連想させることが少しずつ起こっています。ジェンのスタッフも心配しています。090326_img_0199s_low

 そのため、ジェンは自然災害の事前情報収集を毎日行い、特に、スタッフの安全管理に細心の注意を払って活動しています。現在行っているシェルターの配布支援が終了したのち、今後のサイクロンが発生してもより多くの人が助かるように、村人に対して防災訓練のワークショップを行う予定です。

3月 26, 2009 ミャンマー |

2009年3月12日 (木)

デンワガツカイニクイデス

090312_img_0234_low  事務所のあるヤンゴンでは、一部つながりにくいエリアはあるものの、携帯電話や固定電話が使えます。現在、JENがシェルターの配布を行っている村では、電話が村に一つあるかないかという状況です。

 ミャンマーでは電話は海岸線のみで使える、大きなアンテナを利用した携帯電話「WCDMA」があります。がしかし、これもエリアによってはつながらないことがあります。村は基本的に電気がないので、ジェンのスタッフは発電機を持っている家や店で携帯電話やカメラの充電をして凌いでいます。

 支援活動では、膨大な量の情報のやりとりがあります。一日の間に様々なことでヤンゴン事務所と支援現場が連絡を取り合っているため、電話は活動のために欠かせません。今のところ何とか工夫して電話が使用できる環境です。今後は通信インフラの改善していきながら、活動を行ってゆく必要があると考えています。090312_img_0120s_low

3月 12, 2009 ミャンマー |

2009年2月26日 (木)

支援している村でのスタッフの生活

090226_iimg_0062_2   市街地から遠く離れた村で支援活動を行うため、現地の村で夜を明かすことは珍しくありません。サイクロンでほとんどの家が流されているので、泊まれるような家があることは稀です。時には、数少なく残った家の方が親切にも泊めてくれようとしてくれますが、ほとんどの場合は、移動手段である舟で寝ることになります。

 食事も、その地区の近くの市街地で1週間分の食料と水を買いこみます。そして、舟で3~4時間移動して現地の村に入り、持ち込んだ食材で2~3種類の限られたメニューのローテーションです。魚・卵・魚・卵・・・のように。出張期間が長くなると、スタッフの間では「野菜が食べたい」や「魚ばかりでそろそろしっぽが出てきそう・・・」という会話もでてきます。090226_img_0060

 フィールドでの生活は厳しいこともありますが、スタッフ同士、冗談など言いながら、明るく過ごしています。

2月 26, 2009 ミャンマー |