2014年7月24日 (木)

ハイチ事務所の1日

 JENのハイチ事務所は、ハイチの首都ポルトープランスから片道約1時間離れたレオガンという街にあります。
レオガンは、緑あふれるのどかな街で、首都からの国道の道沿いにはサトウキビ畑が広がっています。レオガンは2010年のハイチ大地震の震源地で、最も被害を受けた場所でもあります。ほかの多くのNGOは首都にオフィスを構えていますが、JENは支援が必要な人々に近い場所として、事業地レオガンを拠点にしています。
 
【緑に囲まれたオフィス】                
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【事務所から見える景色】
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 現在JENハイチ事務所には、約15人のスタッフが勤務しています。これまで何度かこのブログを執筆しているフランス人事務所長のルドビックをはじめ、建設を担当するチーム、衛生促進を担当するチーム、そして総務・経理担当者がいます。そして、忘れてはならないのがオフィスの安全に貢献している番犬のロカ(Lorka)です。
              
【事務所の様子】
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【ロカ】
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 ハイチ事務所の朝は、事務所近辺で飼われている鶏や牛の鳴き声で始まります。毎朝8時にスタッフが出勤してきた後、建設担当チーム・衛生促進チームはトラックで事業地に行って、それぞれ水供給施設の建設や、衛生促進活動を行います。事務所長は、建設の現場に行ったり、首都で他機関とのミーティングや調整を行ったり、事務所で作業をしたりしています。
  

【現場で作業をする建設チーム】     
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【衛生促進チーム(啓発活動を行っている様子)】
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 総務・経理チームは、文字通り裏方として出入金管理や総務全般を担っているわけですが、ハイチの総務担当にはひとつ、重要な任務があります。それは、電源管理!です。
 ハイチは、公共の電気の供給が不規則なので、電気が通っているときに事務所で蓄電したり、蓄電が無くなったら発電機を稼働したりしなければなりません。日本に居ると想像しがたいかもしれませんが、これはかなり重要な任務です。なぜなら、(当たり前ですが)電気が無いと、インターネットも、携帯の充電器も、扇風機も使えないからです(事務所の気温は35度を超えています)!

 仕事をする環境は決して快適とは言えませんが、スタッフ一同、支援事業の目的を明確に、日々たくましく過ごしています。

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7月 24, 2014 ハイチ |

2014年7月10日 (木)

ワールド・カップ

 サッカーはハイチの国民的スポーツです。ハイチのサッカーチームが初めて国際試合を行ったのは1925年3月22日のことです。ワールド・カップに初出場したのは1974年で、この年はハイチのサッカー界においては歴史的な年となり、多くの人々がラジオやテレビでサッカーを観戦しました。それ以来、テレビでサッカーを観戦するのがハイチの人々にとって一般的なこととなりました。

 ハイチのサッカーリーグは12チームにより構成されています。一番有名なのは「レイシング・クラブ・ハイチ」、「ヴィオレット」そして「エーグル・ノワールAC」です。ハイチの人々はテレビでサッカーを見るのが本当に大好きですが、一方でスタジアムに足を運ぶことはあまりありません。週末には多くの人が、スペイン、イングランド、イタリア、フランスなどのサッカーリーグの試合をテレビで見て楽しみます。

 2014年のFIFAワールド・カップもハイチの人々の生活に大きな影響を及ぼしています。ハイチのチーム(通称グルナディエー;精鋭の兵士、という意味)は残念ながらワールド・カップには出場できませんでしたが、多くの人がブラジルやアルゼンチンを応援しています。それらの国々を応援している人々は、自分たちの車や家、住んでいる通りに国旗を飾ったり、応援しているチームのブレスレットやキーホルダーを付けたりしています。

140710_2【Le Nouvelliste紙より引用(2014年6月18日)】

 ワールド・カップ開催中、人々はどこでもテレビでサッカーの試合を見ています。テレビが見られない人は、ラジオで試合を応援しています。テレビを乗せた移動式パブも出現し、人々はその移動式パブの周りに集まってサッカーを見ます。政府までも、薄型TVを都市および田舎に配布し、宝くじ屋、オフィス、庭などあらゆる場所でサッカーを観戦する人々が見られました。サッカーに熱中するあまり、多くの人々が仕事にならず、町の交通量が少なくなったほどです。

 応援しているチームがゴールを決めると大きな歓声が上がり、勝つと大騒ぎになります。通りではバンドが音楽を演奏し、特にブラジルが勝ったときは盛り上がります。負けた時はみんなで悔しがり、試合が終わった後は、ワールド・カップの話で持ち切りです。2014年のワールド・カップをハイチの人々は大いに楽しんでいます。



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7月 10, 2014 ハイチ |

2014年6月19日 (木)

ハイチで広まるチクングニヤ熱

「チクングニヤ熱」と呼ばれる感染症がハイチで発生して2ヶ月経った今、ハイチは混乱状態にあります。ハイチ政府がこの感染症に関して発した情報の中でも混乱があり、危機に対応しきれていない状況です。

 しかし、こうした状況になっているのは彼らのせいだけではありません。「チクングニヤ熱」は数カ国に広まり流行していますが、この感染病についての研究はあまり行われておらず、治療法はまだ開発されていません。今のところ、関節の痛み、頭痛と発疹などの症状を痛み止め薬で治療するのが精一杯です。治ってから数年後にまた痛みを感じる人々たちもいますが、幸いに、命に関わるものではありません。

 チクングニヤ熱の媒介生物は一般的にはヤブカと呼ばれる、熱帯シマ蚊です。デング熱などの感染症を媒介する蚊でもあります。デング熱は数年前、ハイチで蔓延しましたが、この存在を否定する医者などもいたため、混乱は増すばかりでした。また、以前いくつかのNGOはマラリアへの対応を行っていましたが、チクングニヤ熱とデング熱が流行してからは、マラリアはあまり注目されなくなりました。

 チクングニヤ熱とデング熱の主な症状は同じですが、デング熱は正しく治療されないと命に関わることもあります。しかし、ハイチでは、お金を節約するために、病院に行かず自己治療で済ませようとするケースも多くあります。
このような状況下では、国全体で計画を策定して対応することが一番効果的ですが、残念ながらハイチではまだその能力を持ち合わせてはいないのが現状です。個々人では、蚊が集まる場所を避けるなど警戒することが最も重要ですが、もちろんそれだけでは問題は解決されません。

 いくつかのNGOは人家の周りにある蚊の巣(水たまり)を破壊する、症状が発生したら病院にかかる等、自分たちで身を守る手段を伝えています。また、蚊の巣を煙であぶって追い出す方法などもあります。これらは有効な手段ですが、資金や人員とともに時間も必要なのが事実です。

 ハイチでは、地域住民が水へ容易にアクセスできるように、多くの井戸が建設されています。ただ、残念ながら、こうした水回りは蚊が好む場所でもあります。ジェンのハイチ事務所の職員も、ほぼ全員が既にチクングンヤ熱に感染した経験があります。

 ハイチの全国民がこうした現実を認識するには数年必要かもしれません。現在ジェンのハイチ事務所では、この対応策について話し合っているところです。



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6月 19, 2014 ハイチ |

2014年5月22日 (木)

チクングニヤがハイチに。。

 蚊を媒介する感染症は、ハイチを含め、世界のある地域ではよく見られます。その中で、マラリアやデング熱は、日本でも名前は聞いたことがあるという人は多いかもしれませんが、チクングニヤ熱を知っている人はそう多くはないのではないでしょうか?

 チクングニヤ熱は、ウイルスを保有している蚊から人へ感染し、その症状は一般的には高熱、発疹、関節痛などです。もし、感染後すぐに治療を施せば大きな問題とはなりませんが、関節痛は年齢や元々の健康状態次第では、数ヵ月から数年続くこともあります。
 これはカリブ海諸国で急速に広まっており、夏の旅行シーズンが間近に迫っていることから、北・南米でも広まってしまうのでは、という懸念があります。

 ハイチ隣国のドミニカ共和国でこの感染が広まったというニュースを聞いてすぐ、JENのコミュニティモビライザーチームは、それぞれ担当のコミュニティを訪問し、この感染症について伝えるとともに、予防法について説明しました。

 過去、ハイチでコレラが蔓延した時に経験した通り、適切に対処可能な病院の数が不足し衛生環境があまり良くない国では、感染症は早く蔓延してしまいます。加えて、現在ハイチは雨季に入り増水していることと、下水システムが整っていないため、汚染された水は街に流れ出てしまいます。
 いくつかのNGOやヘルスケアを行なっている団体が、この感染症に対応しています。コレラで経験したような新たな伝染病の蔓延にならないことを願っています。

 私は約1年間ハイチに住んでいますが、病気にかかったことはありません。蚊に刺されてチクングニヤに感染しないよう、今後数ヵ月は虫よけや蚊取り線香が手放せなくなりそうです。

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5月 22, 2014 ハイチ |

2014年5月 1日 (木)

ララ祭

 ララ祭は、ハイチで2番目に大きな文化行事です。私のハイチ滞在は1年になりますが、昨年は参加することができませんでした。しかし、今年は見逃すわけにはいきません!

 もちろんこの国で1番大きな行事はカーニバルですが、私にとってララ祭は、よりハイチの文化を反映したもののように思われました。カーニバルは、カリブ地域の他の国々でも体験できることもその理由かもしれません。

 初めは、ララ祭の意味がよく分かりませんでした。

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 イースターの週末は4月20日ですが、その1か月前から、毎晩のように楽器(トランペットや手作りのチューバなど)を持ったバンドが通りを歩き、そのバンドに続いて群れをなす人々と大騒ぎをします。また、その行列には、飲み物がいっぱいに入ったクーラーを積んだ手押し車を持った人もいます。道を練り歩くこのご一行の中には、ライトのためのバッテリーを積んだ手押し車を押している人もいます。
時々、その音楽団は道端で止まり、一人の男性が進み出て、情熱的にそして時折激しくムチをたたきます。そして、またその集団は音楽を演奏しながら道を進んでいくのです。大通りのそばに住んでいる人にとって、毎年3月と4月は悪夢かもしれません。

 また、道でこの音楽団に出くわすのも厄介です。運が良くても数分、運が悪ければ時には1時間も足止めを食らってしまいます。大通りの真ん中で、何百人もの人々の集団が歌い、踊り、演奏し、そしてお酒を飲んでいるのを想像してみてください― 私たちにできることといったら、音楽を楽しむためにひたすら忍耐強く待ち、静かにしていることしかないのです。

 話をもとに戻しましょう。この、(私にとっては)異文化の行事について、その起源を知ろうと地元の人々に聞きまわりました。しかし、いろいろ聞いてみても、ヴードゥー教に由来するものだ、という以上の説明がありません。

 これでは納得がいかなかったので、さらに詳しく調べてみたところ、ついに妥当な答えに行きつきました。どうやらこれは、黒人奴隷の故地、西アフリカの風習です。大まかに説明すると、ちょうど雨季に入る前、農家の人々が近隣の人々に農作業を手伝ってもらうよう頼んで回っていたのですが、その際、夜に農地から農地へと呼びかけて回ったのです。なぜ夜かというと、昼間はもちろん皆働いているからです。

 これは、カーニバル終了から約1か月間行われます。イースターの週末には多くのグループがパレードのために市内に集まります。パレードは夕方6時頃始まり、翌日の朝まで、時には10時頃まで続きます。今年は、このイベント中に事件や事故はなかったようです。

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 この行事への参加は、ハイチの人々の文化を理解するために大変重要でした。また、JENが参加することで、「手洗いは感染症のリスクを減らす効果があります」という基本的な衛生促進メッセージをより多くの人々に、特に子どもたちに伝えるよい機会になりました。

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5月 1, 2014 ハイチ, 生活、習慣、風土, 衛生教育 |

2014年4月17日 (木)

JENハイチで勤務して2年

 皆さん、始めまして。ジミー・ピエールと申します。ジェンには管理・財務アシスタントとして2012年4月9日から約2年間、勤めています。

 私の仕事はとてもやりがいがあって面白いです。毎朝、出勤すると、必ず現金出納帳を確認します。チームをサポートしながら、仕事を通して、事務所の外で新しい人と出会い、友達をつくる機会もあります。時々、フィールドに出て、ジェンのハイチでの活動の成果を自分の目で確かめることもあります。ジェンはハイチの人々たちに処理水を提供し、処理方法と手洗いの知識を広めています。ジェンのスタッフは私の家族です。

 この仕事を通して、私自身の知識も深まり、生活の質は向上しました。更に、家族のためにより良い生活を夢見ることが可能になりました。仕事で身につけたは様々な状況で役に立ちます。ジェンは震災後、私の人生に新たな息吹を吹き込んでくれました。

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4月 17, 2014 ハイチ, JENスタッフ |

2014年4月 3日 (木)

世界水の日

 3月22日は何の日か知っていますか?
 答えは「世界水の日」で、1993年に国連総会で定められました。

 JENハイチでの支援活動は水に関わるものなので、この日にちなんで水の重要性について住民の方に伝える良い機会にし、特別なイベントを実施しようと考えました。

 JENは現在18のコミュニティにおいて事業を実施していますが、そのうちの4つのコミュニティにおいて衛生促進活動の実施を決定しました。その中でこのイベントは、水管理委員会や衛生促進ボランティアとともに時間をかけて計画しました。

 イベントでは主に、水の保護方法、汚染された水の処理、水をきれいに維持管理する方法等に焦点を合わせました。水処理の重要性を示すため、「Dlo+Tretman=Sante」というスローガンを掲げました。「水処理は健康につながる」という意味です。音楽や演劇、ゲーム等を用いてイベントの準備をし、多くのボランティアが準備段階からサポートしてくれました。

 西半球で最も貧しい国と言われている通り、ハイチはNGOや国際機関からの支援に頼っているのが現状です。私たちは、過去4年以上ハイチで活動してきた経験から、多くのハイチ人は共用施設の維持管理に対して責任を持つことに消極的で、NGOや国際機関がその責任を負う事に頼ってしまっていることがその原因だと理解しています。

 JENのハイチでの活動の目的の一つは、コミュニティが自立して給水施設の維持管理を長期的に行なえる環境作りをサポートすることです。

 こうした理由から、より多くの住民がこのイベントで行なう紙芝居やクイズに参加できるよう事前に練習する機会も設けました。また、UNICEFやMSFといった団体から以前寄付された衛生キットを、住民に配布しました。ただし、事前練習に参加したり、このイベントの活動に参加した住民のみが、この衛生キットを受け取ることが出来ると事前に住民に説明しました。

 コミュニティの大人たち、子どもたち、皆がこのイベントを楽しみ、重要なことを学んだのではないか、と考えています。

【「世界水の日」バナー】
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【JENスタッフによる水処理トレーニング】
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【「Dlo+Tretman=Sante」(水処理は健康につながる)スローガンが入ったブレスレッドを巻いています】
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【衛生キットの配布】
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【演劇やゲームを見る為に住民が集まりました】
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【手洗いの適切な方法の練習をする子どもたち】
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4月 3, 2014 ハイチ, 水管理委員会, 衛生教育 |

2014年3月11日 (火)

ハイチ中にオートバイが広がった理由

 1990年代の後半までハイチではオートバイは殆ど見かけられなく、人々の交通手段は徒歩でした。1996年から1997年に、現在上院議員で当時ジャクメルの貿易業者だったエド・ゼニー氏が、失業している若者たちを助けるため、生計手段を目的としてオートバイを提供しました。
それは、オートバイを受け取った若者たちが、時間をかけて利息付きでバイク代を返済するシステムでした。しかし、ゼニー氏はこの時、どれほどオートバイが国中に広がるかは予測していなかったでしょう。
 2000年には、オートバイ販売店が首都ポルトー・プランスや地方の町で増加し、交通量も急速に増えてきました。これは後に、治安面の問題等、警察が統制できない状況となり、更には大気汚染によって既存の農作物の生産率を低下させました。
 警察の報告によると、バイクに関する負の側面として、犯罪者たちの移動性を高めることで、特に首都ポルトー・プランスでの治安が悪化しています。バイクに乗った強盗たちは一人で盗みをするだけでなくグループで窃盗団として行動することも可能です。犯罪以外にも、バイク関連の事故も大きな問題があります。運転教習を受けていない無免許運転手が多いため、事故による死亡率は武器等による死亡率より高くなっています。
 また、ここ数年、バイク問題ほど深刻ではありませんが、新たな社会現象がハイチで見られます。それは、現地のクレオール語で‘チョフェ・ハス・ドワット’と呼ばれており、若い男子が学校を中退し、田舎の家を離れ、出稼ぎのためポルトー・プランスでトラック運転手になるということです。
 バイクを利用したバイクタクシーとトラックの運転手が増える二つの社会現象によって、農業に従事する人数が減少しています。ある報告によると食糧生産率が50%も減った地域もあり、多くの農家は家族を養える収入を得ていません。国中の失業率が高い今、手っ取り早く稼げるバイクタクシーやトラックを運転して得られるわずかな金額は、多くの家庭にとって重要な収入源なのです。

3月 11, 2014 ハイチ |

2014年1月30日 (木)

ハイチで日本の文化紹介

 皆さん、こんにちは。
 私は、ジミー・ピエールと申します。JENハイチに総務経理アシスタントとして採用され、2年ほど勤務しています。同僚と仕事をするのを心地良く感じており、毎日刺激的です。

 平日はJENで勤務し、週末の土曜日はボランティアとして日本語を教えています。私は、日本の文化を振興する日本ハイチ協会の一員です。この協会は、2010年1月12日にハイチを襲った大震災後に設立されました。

 生徒は20名ほどで、日本語・日本の文化を学んでいます。ハイチ人は言語を学ぶことに興味を持っています。それぞれのセッションは4ヶ月間ですが、生徒数は増加しています。現在、セッションの終わりに近づいており、以下は生徒が日本語の試験を受けている様子です。

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 当初、先生はハイチで勤務する日本人駐在員のみで、出張で来られる人が時々見に来たりしました。日本の音楽や表現方法を彼らから学びました。また、日本大使館の大使が訪問される機会もありました。日本大使館はこの活動に協力的で、それぞれの等級で3名の生徒に対してプレゼントを提供してくださいました。現在6つの等級がありますが、今後拡大予定です。

 毎年、日本大使館は文化的な催しを開いてくださいます。

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【クリスマス前の催し】
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【日本大使館による映像上映】
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【字幕付き日本の映画鑑賞】

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【剣道をやっている様子】
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【盆踊りの様子】
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 私のJENとしての業務も、生徒の皆さんに伝えています。ハイチから日本は遠いですが、ハイチ人は日本語や日本の文化を学んでいます。地震の多い島に住んでいる同士として、私たちはもっと日本のことを学びたいと思っています。

 JENはハイチと日本を繋いでいるのです。

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1月 30, 2014 ハイチ, 生活、習慣、風土, JENスタッフ |

2014年1月23日 (木)

震災から4年が過ぎて

 2014年1月12日で、あの大地震からちょうど4年がたちました。特にそのための記念式典はありませんでしたが、ハイチの人々すべてがそのことを思う一日でした。私達全員が耐えてきた4年間でした。

 ところで最近、人道支援に関する興味深い全国調査の結果が公表されました。その調査の主な目的は、支援の対象が適切だったか、NGOの活動が人々の必要としていることとマッチしていたか等を検証することでした。この調査は地震発生後の長い期間にわたって、1000万人ほどとみなされる全人口(2013年)の内、全国の100万人以上の人々を対象にして行われた調査です。

 特筆すべきことは、多数の人々(70%)が人道支援に満足したということです。中でも人々が最も感謝しているのは「医療支援」でした。医療サービスが脆弱なこの国において、このことは十分理解できます。現在でも、国内や国際団体によって提供されている医療サービスを、人々は大変ありがたく感じています。しかしながら、ハイチでは今も民間信仰が根強く残っていて、それに応じた伝統薬が広く使われていることも忘れてはなりません。

 2番目に感謝されているのは、NFIと呼ばれる非食料品の配布でした。木材やビニールシートや板金など、地震直後に仮設の小屋を建てるために配給された物資です。今でも避難所が少し残っていますが、ほとんどの人々は定住用の住まいを得ることができました。

 メディアや政治家たちが、地震直後にハイチの再建について語っていたのを思い出しますが、4年経った今でも、ハイチが再建されたとはとても言えません。語られていたことと正反対になっていることも確かにあります。
 最近のニュースで、医療センター建設に関する謝罪が報道されていました。この医療センターは、太陽光発電を全面的に採用し、最新の設備を備えた国内最大の病院になる予定でした。さらに余った電気は他用途としてネットワークに送られることになっていました。
 このような現実離れした計画は、先進国と言われる私の国(フランス)でもほぼ不可能だと言えると思います。発展途上国が、新しい技術やドラッグ等の展示場になるのは残念な話です。もちろん上手くいくこともありますが、犠牲になるのはいつも同じ人たち、というのは悲しいことです。

 ハイチ事務所長
 ルドビック ブランコ



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1月 23, 2014 ハイチ, 政治、経済、治安 |