2013年5月16日 (木)

ハイチの新事務所が開設されました

 JENのハイチ事務所が移転することになりました。ポルトープランスとグランゴアーブの2事務所を、レオガンに統合します。

 2010年1月12日の大地震以降、交通事情が悪いため、フィールドチームが活動地に移動するのに片道3時間から5時間かかっていました。しかし、これ以上時間をかけ続けるわけにはいきません。渋滞で移動時間が長くなることは安全確保にも影響するため、2010年6月にグランゴアーブに第2の事務所を開設しました。

 しかし最近、状況が大幅に変わりました。道路からの瓦礫の撤去、橋の再建、国道の整備により、グランゴアーブ方面へ向かう70kmの行程は、かなり円滑になりました。順調な日は、わずか1時間半で グランゴアーブに到着することができます。
 加えて、現在ハイチで行っているほとんどの事業が、ポルトープランスとグランゴアーブの半分の距離にあるレオガンで行われているのです。
事務所の統合は、コストを削減し、物資調達やスタッフ間のコミュニケーションの効率を高めるために最適な方法です。

 新しい事務所は、国道から250m、MINUSTAH(国連ハイチ安定化ミッション)キャンプからから300m、二つのガソリンスタンドから500m、更にレオガンの中心地から1kmという理想的な立地に設けられ、治安面も良好です。

 18の事業地の内、17か所が5km以内の場所にあるので、移動のリスクも劇的に減らすことができます。(ただ、グランゴアーブ地区から10分以内にある活動地のジェンティだけは逆に離れてしまいます)
 
 事務所が1つになったことにより、国際スタッフ同士の事業地訪問が容易になりました。
関係機関との調整もしやすくなり、グランゴアーブに建設資材のお店が1軒しかないのに対し、レオガンには多くのお店があるため、調達面でもメリットがあります。ポルトープランスで調達の必要性が発生しても、1時間足らずで帰ってくることができます。

 ハイチでの活動3年にして、5月6日よりJENは新しいスタートを切りました。良い方向に進むと確信しています。

 ロマン・ブリ―

5月 16, 2013 ハイチ |

2013年5月 2日 (木)

ハイチの深刻な住居問題

2010年1月12日の大地震以来、ハイチの住居問題は深刻です。
外国のジャーナリストは、被災者たちの住居環境の整備が遅れていると指摘しています。ハイチ政府は、地震から3年の間に、キャンプで生活していた被災者の79%が、キャンプから移転したと報告しています。
住居環境を整備するためには、まず、住居を建てる場所を確保しなければなりません。震災直後、公共スペースやサッカー場、ラウンドアバウト(環状交差点)に自然とキャンプが発生しました。ペンションビル地区(ポルトープランス郊外にある近代化した地域)のゴルフコースでさえ利用されていました。
住居を建てる場所の問題の他に、被災者たちの住まいの移転が問題です。震災被災者のみならず、その後のハリケーンによる被災者など、今も住まいを移転せざるを得ない人びとがいます。首都ポルトープランスには、既に200万人が住んでいます。ポルトープランスには、この人数が働けるほどの職がないにも関わらず、ポルトープランスへ住まいを移す人は増え続けていて、2030年には600万人にまで膨れ上がるであろうと推測されています。人里離れた市北部の地区には、仮設住居を建てる土地があるのですが、水道、交通機関、もちろん仕事もありません。案の定、ほとんどの被災者たちは、そこへ行きたがりません。
また、限られたスペースで大量の瓦礫を処理しなくてはいけない課題も深刻です。ハイチ国内で、トラック1,000台で、24時間1,000日間は必要と見積られています。そして、瓦礫が処理されても、土地の所有権の問題が発生します。ハイチでは、人口の10%の人たちが、土地の90%を所有しています。土地の所有者たちは、自分の土地に新しくできた仮設住宅を、自分たちが管理しようと占拠したり、高額で貸し出すケースもあり、住居を必要としている人たちには届いていません。
仮設住宅の概念自体も、誤って認識している人も多くいます。緊急人道支援分野では「仮設住宅は1,500ドル以下の15平方メートルで国内避難民が最低3年使用できるもの」と言われていますが、多くのハイチ人たちは「地震で壊れた家を、NGOがきちんとした家に建て直してくれる」と誤解していました。
その上、震災以前に住んでいた家よりも、ベニヤとトタンで作られた仮設住宅の方が良いと感じている人も多いようです。
残念ながらハイチの住居問題は、今後も引き続きそうです。
ロマン・ブリ―

5月 2, 2013 ハイチ |

2013年4月18日 (木)

2013年6月末までの復興支援ボランティア募集について

2013年4月以降の復興支援ボランティアの活動日、活動内容は以下の通りです。

みなさまのご参加を、よろしくお願いいたします。

※お申込書、参加のしおりが新しくなりました。2回目以降の参加の方も、予めご確認ください。(2013年3月28日更新)

【申込書】 「b_application_jpn201204__20130328itoukk.doc」をダウンロード



【参加のしおり】 「d_20130327_itou.docx」をダウンロード


********募集期間&日時********

【4月】       
日付    曜日    内容    備考
1    月          
2    火          
3    水          
4    木    漁業支援活動    ※お申し込みは締め切りました。
5    金    漁業支援活動    ※お申し込みは締め切りました。
6    土    漁業支援活動    ※お申し込みは締め切りました。
7    日    漁業支援活動     ※お申し込みは締め切りました。
8    月          
9    火          
10    水          
11    木    桃浦・春祭り手伝い    ※お申し込みは締め切りました。
12    金    桃浦・春祭り手伝い    ※お申し込みは締め切りました。
13    土    漁業支援活動    ※お申し込みは締め切りました。
14    日    漁業支援活動    ※お申し込みは締め切りました。
15    月          
16    火          
17    水          
18    木    農地復旧作業     
19    金    農地復旧作業     
20    土          
21    日          
22    月    漁業支援活動    ※お申し込みは締め切りました
23    火    漁業支援活動    ※お申し込みは締め切りました
24    水    漁業支援活動    ※お申し込みは締め切りました
25    木    漁業支援活動    ※お申し込みは締め切りました
26    金    漁業支援活動    ※お申し込みは締め切りました
27    土          
28    日    花壇づくり活動    門脇町
29    月    花壇づくり活動    門脇町
30    火          

【5月】
日付    曜日    内容    備考
1    水          
2    木          
3    金    漁業支援活動    谷川浜
4    土    漁業支援活動    谷川浜
5    日    渡波明神社お祭り    渡波
6    月    漁業支援活動    ※お申し込みは締め切りました。
7    火    漁業支援活動    ※お申し込みは締め切りました。
8    水    漁業支援活動    ※お申し込みは締め切りました。
9    木    漁業支援活動    ※お申し込みは締め切りました。
10    金    漁業支援活動    ※お申し込みは締め切りました。
11    土          
12    日          
13    月          
14    火          
15    水          
16    木    海岸清掃活動    十三浜白浜
17    金    海岸清掃活動    十三浜白浜
18    土    花壇づくり活動    門脇町
19    日    花壇づくり活動    門脇町
20    月          
21    火          
22    水          
23    木          
24    金          
25    土    花壇づくり活動    門脇町
26    日    花壇づくり活動    門脇町
27    月          
28    火          
29    水          
30    木    漁業支援活動    谷川浜
31    金    漁業支援活動    谷川浜

【6月】
日付    曜日    内容    備考
1    土    花壇づくり活動    門脇町
2    日    花壇づくり活動    門脇町
3    月          
4    火          
5    水          
6    木          
7    金          
8    土    漁業支援活動    谷川浜
9    日    花壇づくり活動     
10    月          
11    火          
12    水          
13    木    漁業支援活動    東浜
14    金    漁業支援活動    東浜
15    土    農地復旧作業    上釜地区
16    日    農地復旧作業    上釜地区
17    月          
18    火          
19    水          
20    木          
21    金          
22    土    漁業支援活動    東浜
23    日    漁業支援活動    東浜
24    月          
25    火          
26    水    花壇づくり活動    門脇町
27    木    花壇づくり活動    門脇町
28    金    花壇づくり活動    門脇町
29    土    漁業支援活動    谷川浜
30    日    漁業支援活動    谷川浜

※活動内容は天候や受け入れ先の都合によって変更する場合がございます。あらかじめご了承ください。7月以降の日程は5月ごろ掲載予定です。
********************************

 2011年3月11日に発生した東日本大震災と津波により、東北地方は甚大な被害を受けました。震災直後から2012年12月末までに、JENのボランティア派遣プログラムを通じて、ご家庭の泥やがれき、側溝に溜まった泥の撤去や仮設住宅への物資の搬入など、街の復興に参加してくださったボランティアの方々は延べ8,300人を超えました。

 震災から時間が経過し、活動内容はがれき撤去や側溝清掃などの多くの力を必要とする「緊急支援」から、漁業などの生計回復支援や仮設住宅などに住んでいらっしゃる方々の生活支援などの「復興支援」へと変化しています。 JENは「生きる力、を支えていく」をモットーに、中長期的な支援を継続してまいります。

 復興に向かう地域の皆さんが、すこしでも早く元の生活に戻るためのスタート地点にたてるよう、そして前向きな気持ちを一緒に後押しするために、引き続き、皆さんのご参加をよろしくお願いいたします。

<ご参加の条件>
1.石巻事務所または宿舎まで自力でお越しいただける方
2.宿泊所を利用される際、宿泊所で共同生活ができること。
3.作業着、装備を持参できること。
4.ボランティア保険へ加入していること。

集合時間:朝8:00
集合場所:JEN石巻事務所(JR石巻駅から徒歩5分)
(石巻市鋳銭場3-13 SASADENBILL201)
※現地集合、現地解散です。
※始めてご参加される方は必ずオリエンテーションにご参加ください。(詳細は「参加のしおり」を参照)
※活動期間は1日からお受けいたします。
※お申込締切りは、ご参加希望日の一週間前(17:00)です。
※定員:基本的に、各日20名程度
※宿泊所をご利用の場合、施設維持管理費として:1 泊 1,000 円/人徴収させていただいています。(連泊の場合、最大5000円。2013年4月1日より改訂)
宿泊所を心地よく過ごして頂くよう、少し改修いたしました。それに伴って維持管理費が1,000円に変更となりました。ご協力をよろしくお願いいたします。

<作業内容>
◆漁業復興に向けた作業のお手伝い
◆農業復興に向けた作業のお手伝い
◆地元主体の各種イベント等のお手伝い
◆子どもの遊び場であり、地元の方々の拠り所である沢や寺社、公園等の清掃
※その時に最も必要とされている作業をお手伝いいただく予定です。変化する支援のニーズに合わせ、お手伝い頂く作業の内容は随時変わります。ご了承いただけますようお願い申し上げます。

<その他>
◆募集日時や集合場所は、現地の状況によって変わる場合がございます。必ず、ご出発前にJENのホームページ上で変更がないか確認ください。
◆お申込みいただいた後、こちらからメール、または電話にて受付完了したことをお知らせいたします。
◆定員(各回20名)に達し次第、締め切りとなりますのでご了承ください。お申し込みの締切日を過ぎてしまった場合にも、定員に満たない回には、ご参加頂ける場合もございます。個別にご相談ください。
◆悪天候の場合は、活動中止の可能性がありますのでご了承ください。
◆事務所は狭いため、集合時間以前に到着された方にお待ち頂くスペースがございません。集合時間の5分前を目途にお集まり頂けますようお願い致します。

<ボランティア保険加入について>
お申込み前にボランティア保険(地震等にも対応した「天災プラン」)に必ずご加入ください。お近くの社会福祉協議会等でご自身にて加入をお願いいたします。なお、ボランティア保険の有効期限は、毎年4月1日から3月31日までとなります。自動継続はされませんので、ご注意ください。

<お申込み方法について>
ご参加のしおりをお読みの上、申込書をご記入いただき、ボランティア保険への加入を証明する証書(書類)と一緒に E-mail または Faxでお送りください。 ボランティア保険の加入が済んでない場合、お申し込みは完了いたしませんので、ご注意ください。

<東北ボランティアに関するお問い合わせ>
volunteer@jen-npo.org  0225-25-5611 
※受付時間:平日9時~18時

====
 緊急募金を受け付けています。

 ↓↓↓↓↓↓↓
○郵便振替口座 00170-2-538657
口座名 JEN

 
 通信欄に「東日本大震災」と記載ください。
○クレジットカード:http://bit.ly/c7R8iA
プルダウンメニューから「東日本大震災」をお選びください。

その他、銀行へのお振り込みに関しては、恐れ入りますが、ジェン東京本部(03-5225-9352 担当:富田、浅川)までお問い合わせください。

4月 18, 2013 コミュニティ再建, ボランティア派遣(泥だし・漁業支援ほか), 復興支援, 心のケア, 東日本大震災, 生活、習慣、風土, 生計回復・収入創出 |

2013年4月 4日 (木)

悲しいお話

 3年間警備員として働いていた、Gさんという男性がいました。

 Gさんは人里離れた南部半島の出身で、そこは教育を受けたり仕事を得ることが難しい地方でした。彼は仕事を求めて首都であるポルトープランスにやってきて、何とか生活していました。

 働いている間、彼はよく調子を崩していましたが、決して検査には行こうとしませんでした。しかし実は、彼は休日になけなしのお金を払って私立の病院へ通っていたのです。

 彼が衰弱し始めた頃、事務所の同僚たちが、彼が何かしらの病気に感染しているのではないか、と私に教えてくれました。

 不幸なことに彼はエイズと診断されていました。ハイチでは未だにエイズは恥ずべき病気だとされています。

 一度は衰弱状態から脱したものの、Gさんは病気であることを否定し続け、ブードゥーの呪いと考えるようになりました。その時からブードゥー教の神官や儀式にお金をつぎ込むようになりました。

 住んでいた部屋は、大家にエイズであることが分かったために追い出されてしまい、最終的にシャーロム教会(プロテスタントのキリスト教会)に流れ着きました。

 2週間、街を探して回ってようやくGさんと出会うことができました。彼はとても弱った状態で、多くの同様な境遇の人たちとともに、汚れたコンクリートの上に横たわっていました。傍らでは、彼と同じようにポルトープランスに出てきた兄が、3歳に満たない彼の子の世話をしていました。

 私たちは兄に、子どもも罹っている可能性があることを話しました。兄は彼を、すぐに子どもを検査に連れて行き、ハイチにある無料のエイズケアセンターに登録するよう説得してくれました。
実はGさんは、もしエイズに感染していなかったとしても無料の治療を受けることができたのです。

 ハイチではどれだけこの様なケースがあるでしょうか。多くの人たちが無知や汚名と差別の恐怖の中で苦しんで亡くなっているのがハイチの実情なのです。

 ロマン・ブリ―

4月 4, 2013 ハイチ |

2013年3月21日 (木)

新プログラム・オフィサーの自己紹介

 私の人道支援との関わりは高校生の時に始まりましたが、その頃ははっきりと意識していたわけではありませんでした。当時、消防署で働くことを目指して学校に通っていました。しかしこの仕事は私には向いていないと感じるようになりました。そこで水管理分野に注目し、その中で公衆衛生のための汚染のない安全な水へのアクセスについて学び始め、ルーマニアで4か月間のトレーニングを受ける機会を得ました。

 その後、イギリスで給排水について学び、開発途上国におけるマネジメントの知識を得ました。その時の研究テーマはインドでもっとも貧しい州であるウッタル・プラデーシュ州での生活用水処理の実現です。これが私にとって初めての海外経験でした。私はフランスの海外県であるインド洋の小さな島“リユニオン”出身なので、このように出かける機会がありませんでした。島を出て、家族の元を離れる際には、世界観を広げて、考え方や知識、文化の異なる多くの人に出会うチャンスを数多く持つことを決意しました。

 研究修了後、直ぐにフランスの水衛生関係のNGOで働き始め、ブルンジに行きました。そこではプログラムマネージャーとして18か月間勤務し、経験を積みました。ブルンジでは3つのプログラムに携わり、1つはコンゴからの難民キャンプ(6500人規模)での水衛生管理、残り2つは水管理ネットワークの構築と衛生啓発、水管理委員会や設備管理の研修でした。

 その後、1年半の間、フランスで生活排水処理の公共サービスの仕事をし、再びフランスのNGOで働く機会を得て、ヨルダンでのシリア難民支援に携わりました。そのNGOは難民キャンプで最初に水衛生分野での支援を始めたNGOでした。そこでは8か月間、4つのキャンプで水の供給と排水管理を行い、さらに別の5~6万人規模のキャンプで衛生啓発とおむつの配布を行っていました。

 そして、3月からJENに加わり、ハイチで働いています。ハイチの事業はブルンジでの経験によく似ています。ヨルダンでの出会いがJENとの最初のつながりです。

 ちなみにスポーツが好きで、時間があるときにはエクストリームスポーツをしています。

ハイチ事務所 ルドビック・ブランコ

3月 21, 2013 ハイチ |

2013年3月 7日 (木)

JENとハイチ水衛生局~緊密な連携開始から間もなく3年

 JENはレオガン地区で活動を始めたのは、2010年1月の地震の数日後でした。農村部の4000世帯へシェルターキットの緊急配布を行いました。
 
 

JENが水衛生分野で初めに取り組んだのは、105か所のポンプの修繕、10の井戸の新設、コミュニティでの衛生促進でした。
 

 現在行っている水管理委員会の導入は、今だけでなく将来のハイチにとっても重要な活動です。
 

 ハイチ衛生局は、地震が発生する前の2009年に設置され、それ以前はNGOの支援で成り立っていました。
 私たちは2010年に水衛生事業を開始した際に、ハイチ衛生局との緊密な連携が不可欠であることに気づき、共同で活動を開始しました。2011年末には水管理委員会が公式に認められ、JENはレオガン地区のコミュニティでの共同給水施設の自主運営を支援しています。これは将来、ハイチ衛生局が農村部の全世帯に水道を供給できるようになる前段階として必要なステップです。

 事業では、Tシャツや横断幕、建物にハイチ衛生局のデザインをあしらっています。これは人びとに、安全な飲み水へのアクセス方法や、現地の行政機関を知ってもらうための方法のひとつであり、国際社会への依存から自立へ、という変化につながることが期待されます。

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 日本からの無償資金協力によるレオガン地区の道路整備プロジェクトでも、JENはハイチ衛生局と緊密な連携を保っています。

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 新しい排水設備のために地下に水道管を設置するプロジェクトで、JENからトレーニングを受けた10人ほどのチームが、JEN支給のヘルメットや安全帯を身に着けて工事に携わっています。JENはその中でチームの監督と調整の役割を担っています。

 国家計画レベルでのJENとハイチ衛生局との関係も良好です。

 JENとハイチ衛生局の共同でワーキンググループ「資本とハイチ地震から3年に学ぶ教訓」を設置し、その前にはハイチ衛生局コミュニケーションディレクターのステファン・ラクロワさんに、JENスタッフやボランティアが着ているTシャツをつながりの証としてお渡ししました。

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 ただ、残念ながらJENとハイチ衛生局との3年の付き合いもまだ公式なものではありません。
 国に認定されるために必要な書類の準備がなかなか難しいのです・・・

 ですが、間もなくハイチ衛生局とのパートナーシップの正式な手続きができそうです。認定されれば、水へのアクセスや水管理のプロジェクトを今まで以上に推進することができるようになります!

ハイチ事務所 ロマン・ブリー

3月 7, 2013 ハイチ, 水管理委員会 |

2013年2月28日 (木)

アクセスの難しい事業地・ゴマンでの成果

海抜200mに位置するグラン・ゴアーブ近郊にあるゴマンという小さな村には、誰もが立ち寄ってみたいと思うような素晴らしい海の眺めがあります。
 しかし、この地への道のりは、急勾配が続く悪路です。未舗装で車が泥まみれになるような道から始まり、すぐに岩に覆われた河川敷と混ざった道になります。

 JENが初めてゴマンを訪れた際、車では到達できず、最後は歩いてやっと辿り着くことができました。汗だくになって丘を登ってきた私たちにゴマンの人たちは驚き、歓迎してくれました。
 JENの事業について手短に説明し、その地域唯一の水源を案内してもらうために、今度は丘を下っていきました。30分も「ブンダ・チッタ(底の底)」と呼ばれている丘を、落ちないように気を配りながら下り続けました。

 谷のような深い丘を下ると水の音が聞こえ、水源を見つけることができました。その水源は危険な岩場にあり、水道管は壊れています。下流は洗濯をする人たち、水浴びをする人たち、水汲みをしている人たちで共有され、さらには動物も一緒に水を飲んでいました。

 私たちは壊れている水道管を見て、まずは村の長老に状況を確認しに行きました。
 詳しい調査の結果、ゴマンはJENが活動すべき場所であるという結論に至りました。国道は丘を下ったはるか先という場所にあるこの村は、生活の基盤が脆弱で、支援活動の必要性がとても高かったのです。

 給水施設を建設する際、工具や鉄、セメントといった道具をすべて水源まで運ぶ必要があります。一部、車やトラックを使うことは出来ましたが、ほとんどはバイクやロバ、徒歩で運ばなければならず、作業は難航しました。しかし、現地の人たちがその悪路を自ら直してくれました。



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 現地の人びとが熱意を持ち、プロジェクトに関わることは、衛生促進活動を行い、コミュニティに広げていくにはとても重要です。また、水管理委員会の設立と運営も、プロジェクトによって毎日の生活がどれくらい改善されたかをコミュニティ全体が実感するためにとても大切です。この村でこのことを実感することができました。
 
 その後私は、ジャパン・プラットフォームのモニタリングでゴマンまで同行しました。衛生促進ボランティアと水管理委員会のメンバーが、給水施設ができてからどれくらい生活が改善されたかについて、関係者であることを示すTシャツを誇らしげに着て説明していたことを、今も思い出します。

(本事業は、ジャパン・プラットフォームの助成及び皆さまからのご支援により行われました。)

ハイチ事務所 ロマン・フリー

2月 28, 2013 ハイチ, 水管理委員会 |

2013年2月 7日 (木)

「キタ・ナゴ」がもたらしたもの(パート2)

 地元の新聞に掲載されていた記事を読んで、「キタ・ナゴ」にはさらに多くの意味があることを知りました。
 
ハイチの現地語であるクレオール語で頻繁に使われる「Mwen pap fe yon pa Kita,yon pa Nagoという表現があり、直訳すると「小さな一歩も長い一歩も踏まない」、意訳すると「私は動かない、ここにいる」という意味です。  キタとナゴはハイチの信仰の一つであるヴードゥー教で信じられている、21の国の中の2つでもあります(ヴードゥー教は、アフリカの複数の国から連れてこられた奴隷たちの信仰や習慣などがベースとなってできたため、ヴードゥー教の儀式では奴隷たちの出身国や部族の名前が多く使われています)。キタ国民は繊細な足を持っていて、ナゴ国民はとても持久力があると考えられています。

 シンボルに使われている木のY字のYはヨルバ族(Yoruba)のYで、奴隷時代にはたくさんの奴隷がヨルバ族から連れてこられたと言われています。このシンボルはヴードゥー教の儀式でヤム(イモの一種)を食べる際にも使用されています。樫の木は、過去には重要な国の資源の一つであり、ハイチがフランスから独立する際に課せられた賠償金の支払いにも多く使われました。

 この行動のもう一つの重要性は、ハイチ国民が外国の支援を受けなくとも、地元にある資源(人的・物質的両面)のみで物事を行えるということを示す機会であるということです。

 700キロは50キロごとに14段階に区切られています。これは、イエス・キリストが死刑判決を受けてゴルゴダの丘で死刑に処されるまでの道中を区切った14ステーションを象徴しており、処刑されてなお復活を遂げたキリストのように、失敗も大きな勝利に転じることができるというメッセージが込められています。

 この行動は、ハイチ人に対して、ハイチの環境のために植林するよう呼びかける良い機会でもあります。レジワからウアナマントへの道のりは、キタ・ナゴ・ロードを人々の心に刻むものであることは間違いないでしょう。

 人々は、「運んでいる木が話す」と言っています。おそらく本当なのでしょう。こういったメッセージを人々に訴えかけながら、この木はたくさんの人々の心に響き、多くのコミュニティーに希望をもたらしました。

 ところで、「キタ」と「ナゴ」と聞くと、上述の意味とは関係ありませんが、日本でも地理的に相反するところ(北と南(沖縄県名護市))にも通じるものがありますね。

☆☆☆☆☆ 参加者大募集中! ☆☆☆☆☆

2/18、2/20 ニュージーランドワインのチャリティ試飲会を開催いたします!

東京会場
■日時:2013年2月18日(月)18:30 – 20:30(18:00開場)
■場所:ザ・リッツ・カールトンホテル東京 2階 グランドボールルーム

大阪会場
■日時:2013年2月20日(水)18:30 – 20:30(18:00開場)
■場所:ホテルモントレ大阪

お問い合わせ、お申込みは、こちら


☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆

2月 7, 2013 ハイチ, 生活、習慣、風土 |

2013年1月24日 (木)

「キタ・ナゴ」がもたらしたもの(パート1)

「キタ・ナゴ(Kita Nago)という儀式的な行進がレオガンに近づいており、渋滞を引き起こすと考えられるため、できるだけ近づかないこと」
このメッセージが治安対策ネットワークを通じて私の携帯電話に届いた時、意味がわかりませんでした。なぜ行進がこの街に近づいているのか、また、有名な儀式であればなぜ今まで聞いたことがなかったのか?

すぐに、たくさんの追加情報が届きました。中には矛盾している内容もあって、混乱するほどでした。それと同時に行進中の集団が街の中心部に到着しました。とても穏やかで幸せそうでしたが、同時にとても疲れて見えました。
それもそのはずです。この人たちは、Y字型をしたとても大きくて重い木を交代で運んできたのですから。ハイチ南部の半島部分で見ることができる、とても古くて美しい樫の木でできていました。

1週間後、「キタ・ナゴ」についてもっと知ることができました。ハイチ共和国の独立記念日にあたる1月1日にレジワというハイチの最も南西にある街を出発し、ウアナマントという最も北東に位置する街まで、実に700キロもの距離を歩くという試みでした。みんなで協力して木を運ぶことによって、参加者たちは他のハイチ人に、「みんなが協力すればどんなことでも可能になる」ということを示そうとしていました。

何十年にも渡る国の混乱のせいでコミュニティーの結束が失われてしまったハイチでは、このような新しい象徴的な行動はとても意味深い、またユニークな試みとして、評価されるべきだと思います。

(次回に続く)

1月 24, 2013 ハイチ, 生活、習慣、風土 |

2013年1月10日 (木)

ハイチの教育

 私は、JENハイチでフィールオフィサーを担当しているベルラン・ヴィジルといいます。
 約3年前にハイチを襲った大地震の1週間後の2010年1月21日より、JENのスタッフになりました。
 今回は、私が一番心配しているハイチの教育システムの課題についてお話ししたいと思います。

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 ハイチの教育システムは、重大な構造上の欠陥として特徴づけられると思います。教育費は、ハイチの一般家庭の所得の割合からすると高額です。約40%の低所得層は子どもを学校に行かせることが難しい状況です。地方に住む家庭にとっては特にそうです。公立学校は基本教育の需要に対して10%にすぎず、また親は子どもを入学させるために教育費を払わないといけません。

 一般的に、学校は10月に始まり、7月に終わります。クリスマスやイースター休暇があるので、授業数はその分大幅に少なくなります。それを補うため、裕福な家庭の子どものみ個人授業を受けます。

 私立ではフランス語で行なわれ、公立ではクレオール語とフランス語が使われます。
 教材も懸念事項の一つです。ほとんどが輸入品であり、他の輸入品同様非常に高価であるため、毎日の食事でさえ得るのに苦労する低所得層にとっては、教材を購入することはとても難しいのです。そのため、教材を持たずに学校へ行く子どもたちも多いのです。
 ハイチ政府は、真剣に国の教育について考えようとしているようですが、まだ目に見える結果としては出ていません。教育は、この国の特定のニーズとして目を向けられているとは言い難いです。

 公共教育の位置付けは、旧宗主国のフランスに自分の子どもを留学させることが出来るエリート層にとっては良いのかもしれませんが、ハイチの現実に即していないように思います。

 また、ハイチでの教育とはビジネスであると言っても過言ではないのでは、と感じてしまう現実があります。教室は子どもで満杯で、先生は無資格というのは珍しくないため、学校によっては、その目的が子どもの教育ではなくある意味お金稼ぎになっているところがあります。

 一方で、有名な私立のエリート校は設立に宗教が関わっており、一般的に都市に存在します。施設は良く整っており、先生の質は高いため特権階級の家庭の子どもが通います。首都ポルトープランスでは、私立学校はよく道角にあり、人びとは「宝くじ学校」と呼んでいます。これは、宝くじ売り場が道角にあることから来ています。

 私は、この「宝くじ学校」を作るのではなく、資格を持つ先生がいて教材や校舎がしっかりした公立学校がより多く出来ることを切に願っています。そうすれば、より多くの子どもたちが教育を受ける機会に恵まれるからです。

JENハイチフィールドオフィサー ベルラン・ヴィジル

1月 10, 2013 ハイチ |